魔法少女リリカルなのは 短編







 アリシア.6


 時空管理局本局施設は、一つの天文学的規模を誇る超大型時空航行艦船として機能する。原型となった次元世界の平和維持機構が使用していた旗艦をベースとした らしいが真意は分からない。黎明期の情報がすべて公開されるのは情報開示法に則るならば随分と先の話となっている。闇を内包しない純潔的な組織なんて有り得な いので、複雑且つ表沙汰にしたくない事情があるのではないか、という憶測が多い。
 ともすれ。管理局が発足された当時から組織のホームとして機能し。増築と改装を繰り返した結果、極々小さな次元世界と何ら変わらない巨大構造物となった。 勿論貿易等と言った要素こそ無いが、その物流は大勢の人間達が一生を過不足無く過ごすに足る量で施設内を潤し、もう少し世代交代が進めば、ここで生まれ、ここで 死んでゆく者も出て来るだろうと言われている。
 国ではないが、街としての多機能性と多目的性を保有している管理局本局施設で手に入らない物品は殆ど無い。無論、法に抵触するような危険物──局が許可していな い対物火器や薬物の類──は取り扱えないが、その市場はクラナガンには劣るものの、下手な貿易都市よりも潤沢だった。何せ働く人間の歳も人種も多種多様を極めてい る。多くのニーズに応えようとすれば、そのような形に落ち着くのは当然の結果だ。デバイスを翳して次元犯罪者を取り締まる九歳一○歳の幼い局員も、ストレスは鬱積 するし、その発散方法は歳相応のもの。一種のケアも含まれている。
 女性局員向けの施設も揃っている。
 例えば、美容室。
 例えば、エステ。
 例えば──ジュエリーショップ。

「男二人でジュエリーショップってというのも、何だかとても微妙な気分になるなぁ」
「そう言いながら、君も随分愉しそうだぞ」
「こういう店にはあまり入った事が無いからね。雑学的好奇心が刺激されて余りあるかな。だから、あまり知識として頼りにはならないよ、僕は」

 残念と困った笑顔で肩を竦める親友の一人に一瞥も遣らず。クロノはショーケース内で数多と輝く宝石達に熱心な視線を巡らせている。
 静かな店内に疎らな客の翳。自由待機中の時間潰しにウィンドゥショッピングを愉しむ女性局員が殆どだ。時々側のヴェロッサ・アコース査察官以外の眼線の気配も 感じるが、構わずにクロノは物色を続けている。利用客の九割が女性という店で、尚且つ局内でもそこそこ有名な人物に該当するクロノと、あらゆる部署から敬遠される 監察官として名を馳せているヴェロッサが連れ立って歩いていれば、それなりに目立つ。

「普通のプレゼントなら意見の一つも求めたかもしれないが。一人で入る勇気が無かっただけだ」
「ん〜確かに。義姉さんやはやてに贈り物をするにしても、僕も一人じゃジュエリーショップには入り難いかな」
「シスターシャッハが抜けているぞ」

 聖王教会が誇る聖王騎士団の一人にして、自他共に認める武闘派のシスターを思い出す。ヴェロッサの教育係として彼を真人間──今の飄々とした掴みどころの無い 風貌が不真面目に映ってお気に召さないらしい──にしようと躍起になるボブカットの彼女も、美しい女性である。除外してしまうのは意地も悪ければ趣味も如何な ものか。

「シャッハにはリングやネックレスより、ダース単位のカートリッジの方が喜ばれるんだよ」

 大変失礼だと承知しつつ、苦笑を禁じ得ず。何より合点がいった。本人に知られればその双剣型アームドデバイスで地獄を見るのは間違いない。

「実感の篭もった発言だな」
「そりゃもう。今度のバースディはどうしようかなぁ」
「もう一度リングやネックレスを贈ってみたらどうだ?」
「それはそれで一興だけどね。シャッハはツンデレだから対応に困るかなぁ」
「ツンデレ?」

 博識なこの友は時々想像もできない難解な比喩を使う。今の言葉は時々耳にした覚えがあるが、詳細は知らない。何でも、ザフィーラに対するアルフの態度であったり、 アリサ・バニングスがうるさいと連呼している時に似合う喩えだと、はやてが言っていた。

「そう、ツンデレ。フェイトちゃんは某所じゃクーデレ判定だけど、僕はオドデレだと思ってる。まぁそれは作者の願望だけどね。的外れじゃないとは思うけど、実際は クーデレなのかなぁ。ヤンデレのフェイトちゃんはこのお話の元の長編で充分だよ、うん」
「ロッサ。時々君の言っている事がサッパリ分からない時があるんだが」
「何事も行き過ぎはいけないって事だよ、クロノ君」

 何とも遠回しな忠告を右の耳から入れて左の耳へ押し流す。今は趣味が枯死している自分がこれまでの人生の中で最も高価な買い物をしようと蜂起している真っ最中 である。ふらりとアースラに現れた友を丁度良いと旅は道連れ的に連れて来たが、もしかすれば気心の知れた同性の友としてはユーノの方が適任だったのかもしれないと、 ちょっとだけ後悔もする。
 そんな疑わしい気配を、監察官として多くの人間達の裏側を看破して来たヴェロッサ・アコースが見抜けぬはずも無く。彼はコホンと演技臭い咳払いをして気分を 律する。

「物凄く今更だけど、フェイトちゃんの指のサイズは分かってる?」
「そこまで迂闊じゃないさ」
「なら、そろそろ決めないと。店に入ってもう二時間だよ?」

 言われるまでもない。店員の好奇な眼差しも、そろそろ不躾なそれに変わろうとしている。随分昔に本局内──ここからでは区画がかなり遠いが──を化け物クラス の排気量を誇る自動二輪駆動車で爆走して一時期は顔も名前も尾鰭を付けて有名になってしまったクロノである。成長してあどけなさも捨てても面影はある。分かる人間 には、分かる。

「フェイトちゃんは無欲な上に遠慮深いから、あまり派手なのを贈ると困らせてしまうかもしれないね」
「かと言って安物は、な」
「これなんてどうかな? シンプルで値段もそこそこだけど」
「……悪くはないが、地味過ぎないか?」
「う〜ん、確かに。フェイトちゃん、私生活だと服が妙に大人しくて、ちょっと地味になっちゃうところがあるからね。もっと歳相応の、そうだな、はやてみたいな 明るめの服でもいいんじゃないかな」
「フェイトには何より黒が似合うから地味になるのは……おい。どうしてロッサがそういうところまで知ってるんだ?」
「これでも監察官だから」
「関係無いだろう。しばらくアースラを出入り禁止にするぞ」
「クロノ君の嫉妬ってとてつもなく珍しいというか何というか。新鮮味があるなぁ」

 とてつもないのはこの会話の不毛さな気がしてならない。果たして我が親友はこんなキャラだっただろうかと記憶を反芻してみる。
 ポケットに忍ばせていた携帯電話が震える。今日は私用で本局に出向いているので、デバイスは持参せず。代用として持ち込んだ個人デバイスが、所属艦船への帰還時刻 を無音で告げて来る。

「クロノ君、そろそろ戻らないと。いくらオフシフトでも、艦長が受け持つ艦を離れるのはあまり褒められないから」
「分かってる。もう決める」

 私服の類ですら殆ど自身の手で選んで購入した事の無い自分が相手にするには、結婚指輪の選定はあまりに荷が重い。アースラを出る時はかつての執務官試験 当日の朝と同じ心境であった。澄まし顔でちょっと本局まで行って来るとエイミィに告げるのも一苦労だった。あれを何度も繰り返す気には到底なれないし、艦長が何度も 所属艦船を空けるのは問題行動だ。ヴェロッサに嗜められるまでもなく把握している。
 今決めなければいけない。
 フェイトの検査結果が出たという知らせが届いた今日手にしなければいけない。
 仕事を徹底して片付けて時間を捻り出して、彼女と一緒に病院を訪ねる状況を整えた今日──クロノの手の中になければ、駄目なのだ。

「……フェイトちゃんの身体の事だけど」

 独り言を滑らせるように、ヴェロッサが口火を切る。もう一部には彼女の身体の不調について説明している。

「僕もその辺りについては知識が無いけど……遺伝子疾患の一種なら、遺伝子治療の線で攻めれば何か変わるんじゃないかな?」
「シャマルも同じ事を口にしていた。今後は周期的にフェイトの健康診断はやるという話だ」

 先日ミッドチルダの医療技術観点からシャマルが彼女の身体を走査。何重幾重にも及ぶ検査が実施されてフェイトをヘトヘトにさせてしまったが、結果は白だ。生殖機能 が全く動いていない以外は全くの健康体。それでも遺伝子疾患が一度は発生している以上は楽観視ができない為、長い期間、定期健診を行う事態になった。
 クロノも含めて安堵した最大の要因は、遺伝子疾患の状況だ。ターナー症候群であるとほぼ確定しているような診断結果だったが、それ以外の不具合は発見されなかった。
 ただ。どうやら普通のターナー症候群ではないという見方がされている。その点、海鳴総合病院へはシャマルも同行する事になっていた。フェイトの主治医として、 向こうの専門家にも聞いておきたい事柄があるらしい。詳しくはクロノも知らなかったが、フェイトを治療する術に絡んでいるのだろうと思慮はしている。即ち──。

「……あの子には遺伝子治療の可能性がある」
「でも、フェイトちゃんは」

 言葉を切るヴェロッサ。伊達に付き合いは長くない。フェイトがどういった経緯でこの世に生を受けたのか、殆どの事情は熟知している。
 羊水で満たされた子宮で育まれた存在では無い。優しい母親が、子を喪うという現実に耐え切れずに精神を圧壊させ壊れ狂い、禁忌に手を伸ばし、そうして創り出した 人造生命体。
 ──アリシア・テスタロッサの、出来損ない──。
 情報上、塩基配列はアリシア・テスタロッサと寸分違わぬ構造をしているはずだった。それなのに五歳でこの世を去った少女とは相違点がある。
 無邪気で活発で我侭を言って母親を困らせて奔放に振舞っていたというアリシア。オーバーSクラスの魔導師たるプレシアの娘でありながら、魔力資質も素質も何一つ 無く、普通の無垢な少女だったという。ところがフェイトは感情表現が苦手なはにかみ屋で大人しい。我侭なんて一切口にせず、母親の魔導師としての才能を何より 引き継いでより昇華させている。彼女の金色の魔力光がプレシアの病んでいた心に決定的な亀裂を与えたというのは、バルディッシュの中央集積回路に眠っている彼の 造物主の記憶でしか紐解けない隠れされた悲劇の引鉄。
 これら相違点は遺伝子学の矛盾である。その矛盾が、今回フェイトに生殖機能不全として発現しているのだ。
 この遺伝子を本来の正しい形に戻すには、元となった塩基配列パターンが必要不可欠。
 つまり、母親と父親の遺伝子。
 プレシアはもうこの世にはいない。生死不明とされているが、あの状況を鑑みれば間違いなく死亡しているだろう。

「フェイトの……というよりも、アリシアの父親だな。彼の血液があればいいらしい」
「……父親の調査は?」
「ジュエルシード事件の時、一応な。ただ、捜査に関して徹底して非協力的だった。プレシアに対して、あまり良い感情を抱いていなかったようだ」

 その所為であの事件の裁判が延長し、再会を待ち望む少女二人に歯痒い思いをさせてしまった。当時も腹が立ったが、今は輪を掛けて苛立ちを隠せない。

「プレシア女史は、間違ってしまったけれど、とても優秀な科学者であって、魔導師だったからね。民間企業に属する工業魔導師でオーバーSクラスなんて、後にも 先にも彼女ぐらいのものかもしれない。良く当時の管理局も野放しにしていたと思うよ」
「いや。あの手この手で口説いたらしい。ただ、彼女の名が知れ始めたのは結婚してアリシアを儲けた後だったらしくて、子供との時間が少なくなるからと、局の誘いは すべて蹴ったそうだ。ジュエルシード事件が、規模もそうだったが、局内でも妙に有名になったのはその辺りに原因がある」
「なるほどね。高い知名度と才能で管理局から熱心な勧誘を受ける女性なら、男性のつまらない矜持は傷だらけだ」

 クロノがジュエルシード事件を担当したのは一四歳の頃。その当時、プレシアの離婚した元夫がそれなりの報奨すら用意したこちら側の申し出を無碍にし、強硬な態度 で簡単な調書すら採らせてくれなかったのか、分からなかった。今ならそれが良く分かる。ヴェロッサの軽口の通り、何とつまらない。器量の小さい男性だ。腹の底辺で 鬱憤が蓄積してゆくような感覚だ。
 ただ、男とは非常に面倒な面を多数持つ。富や名誉よりも己が面子と矜持を優先せざるを得ない情けない生き物なのだ。数年前、フェイトやなのは達の才能の前に非 凡な自分が今まで培い組み上げ育んで来た儚い自信を瓦解させてしまったクロノは、その辺りについては不本意ながら少しは理解を示せる。同類と見なされるのは絶対に 御免だが。

「そうなると、フェイトちゃんの治療にも……?」
「期待できない」

 父親の協力が問題解決の一番の近道なのは明白だが、同時に非常に困難なのも、かつての経験からクロノは熟知している。当時調書一枚採る為に提示した報奨金も相当な 額だった。今回は彼にとって忌み嫌う存在たるプレシア・テスタロッサと自身の間に儲けた娘を救う為に血液なり体液を寄越せという内容である。少々の質疑応答で済む のとは違う。しかもアリシアが事故死しているのは彼も知り得ており、フェイトが生命蘇生の禁忌を犯した末に創り出されたアリシアのクローンだという事実も知っている。 協力の要請に首を縦に振る方がおかしい。
 自己満足以外何も恩恵を齎さない矜持を跳ね飛ばしてしまうほどの法外な金額を電子小切手に書いて渡してやれば、あの強情な元夫も態度を変わるかもしれないが。

「……でも、それでフェイトちゃんの不妊症が治るなら」
「分かってる。今日の診断結果と、シャマルの判断次第では、そうする」
「フェイトちゃんが知れば、素直に喜ばないだろうね」
「父親を言葉でしか知らないからな。僕も、似たようなものだけど──」

 苦笑する口と不愉快さも含んで濁る思考を中断して。クロノは、こちらの動向を密かに観察していた店員を呼ぶ。
 幾つかの事柄を同時平行で処理するマルチタスクはお手の物だ。ヴェロッサとの会話の中で、クロノは彼女に似合うだろう一品を選び終えていた。






 to be continued
















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