魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.3 Nocturne









 眼が覚めると、隣で眠っていたはずのアルフが居なくなっていた。彼女の姿を探して広い室内に視線を巡らせるが、やはり見当たらない。気配もしない。
 閉じているカーテンの隙間から、薄い光の線が射し込んでいた。空を飛翔している小鳥の鳴き声が微かに聞こえる。
 早朝だった。
 フェイトはまだ重い瞼を擦りながらベッドを降りる。意識がどうにもはっきりしなかった。
 夢を見ていた。酷く辛く、酷く嬉しい夢だった。

「ゆ、め……か」

 噛み締めながらフェイトは思った。なんてリアルな夢だったのだろうと。
 クロノと喧嘩をして、なのはやはやてを初めとする色々な人達に助けてもらい、最終的に彼と仲直りをするという内容だった。それだけでなく、フェイトがずっと抱き続けて来た想いに彼が気付いてくれたのだ。
 何と甘美で、何と充実した夢だったのだろう。フェイトは覚めてしまった自分を恨んだ。細部まで思い出せる分、始末が悪い。

「ある訳、ないよね」

 自嘲の笑みを浮かべて、フェイトは寝間着を脱ぐ。
 彼が、クロノが自分の気持ちに気付くはずがない。彼が好きだと自覚してから、色々なアクションを行って来たフェイトだが、その努力が実を結んだ事は一度として 無かった。
 自分の感情が都合よく作り出した幻想。まさに夢。フェイトはそう結論付けて、着替える手を早めた。
 アルフがベッドに居ないという事は、キッチンで朝食の準備をしているのだろう。それを手伝わなければならない。今日は一週間の長期休暇の二日目である。せっか くクロノと一緒にゆっくり過ごせるチャンスなのだから、ちゃんとアプローチをしていかなければ。もっとも、どこまで彼に通じるかは分からない。そもそも、今までのアクションは彼には一切通じていないの だから、徒労に終わる可能性もあった。
 直接面と向かって”好き”だと伝えれば、どんなに鈍感な彼でも分かるはずだ。それをしないのは、拒絶された時が怖いからだ。現在のような家族以上恋人未満の関係すら壊れてしまうかもしれない。それだけは絶対に嫌だった。
 臆病でどうしようもない自分。なのに求める。彼を。彼の優しさを。彼の温もりを。何て我侭なんだろうと思う。
 あの夢の中のように通じ合えたら、どんなに幸せだろうか。きっと、辛い事など無くなるはずだ。休暇後の暴走デバイス鎮圧の任務でも何でもこなせそうな気がした。

「……頑張れ、私」

 揺れ動く己を奮い立たせる為、フェイトは力強く呟いた。そうだ、頑張らなくては。彼と一緒に一週間の休暇なんて、今後は有り得ないだろう。
 フェイトはクローゼットの扉を開け、制服を探す。着替えが済めば、次は洗面所に行って身だしなみを整える。然る後にキッチンだ。アルフの手伝いをしなければ。喩え家族以上の絆で結ばれているアルフが相手でも、彼の朝食を作る役目だけは譲れない。
 だが、いくらクローゼットの中を探しても制服は影すら見つからなかった。ひとまず室内を見渡してみるが、やはり無い。ハンガーにはお気に入りの黒の上着が引っかかっている。
 首を傾げる。汚して洗濯でもしたのだろうか。そういえば、昨日は夜遅くに酷い夕立があった。濡れてしまったのか。
 そこまで思案して、フェイトは記憶に妙な混乱がある事に気付いた。どうにも不明瞭なのである。なのはと一緒に学校を出て、暴走デバイスの話をしていたまではしっかりと覚えているのだが、その後がはっきりしないのだ。夕立があったのは夢の中だったはずなのだ。その中をフェイトは泣きじゃくりながら走って――。

「……あれ?」

 もう一度首を傾げる。何度思い出しても何度考えても記憶がはっきりとしない。取り合えず、フェイトは予備の制服をプラスチックケースから出す事にした。
 テキパキと着替えを済ませたフェイトは自室を後にした。その途端、耳にアルフとクロノの話し声が飛び込んで来た。

「あ〜ッ! 良い汗掻いたッ!」
「僕の場合は冷や汗だったよ、まったく。朝から加減無しで戦闘訓練なんて何を考えてるんだ?」
「やる以上は全力全開ってね。あ、これはなのはの台詞か」
「全力を出すのは良い事だが、まだ早朝だぞ?」
「朝からビシッと行かないと何か気が抜けるでしょ?」
「それはそうだが」
「まぁ、昨日フェイトを泣かせた償いって事で」
「……それを言われるとどうしようもない……」

 玄関の扉が閉まり、靴を脱ぐ物音がする。徐々に近付いて来る二つの足音に、フェイトは静かに戸惑った。
 前半のやりとりはいい。早朝から魔法戦闘訓練は確かに凄いと思う。なのはも自己鍛錬という事で郊外の山の中で特訓をしている。
 だが、後半が激しく気になった。泣かせた償い? 私を?
 確かにフェイトは泣いた。泣き腫らして、眼が痛むくらい泣いた。だが、それは夢の中の話である。現実にフェイトは泣いてなど居ないはずだった。
 三度、フェイトは首を傾げる。そうしていると、クロノとアルフが廊下を歩いて来た。二人共身軽な格好をしていて、肩からハンドタオルを引っさげている。

「あ。おはようフェイト。眼ぇ覚めた?」

 アルフが部屋の前で立ち尽くしているフェイトに言った。

「う、うん。おはようアルフ」
「元気そうで何よりッ」

 アルフは快活に微笑むと、後ろのクロノに振り返る。

「クロノ、先にシャワー使わせてもらうよ〜」
「それは構わないが、昨日みたいな格好で出て来るのは自粛してくれ」
「努力するよ」

 手を振って、アルフはバスルームへと歩いて行った。
 クロノが残され、フェイトは広い廊下で彼と二人きりになる。
 何故か酷く気まずい雰囲気になった。クロノは落ち着かない様子で頭の裏を掻いたり額の汗を拭いたりしている。

「お……おはよう、クロノ」
「あ、ああ……。おはよう、フェイト」

 勇気を出して挨拶をしても会話には発展しない。無言になる二人。重苦しい沈黙。それが嫌で、フェイトは口を開ける。

「クロノ」
「フェイト」

 見事に二人の声が重なった。喉を出掛けていた言葉が引っ込んで行く。

「な、なに、クロノ」
「君の方こそ」

 妙に遠慮し合う二人。フェイトはどうしてこうなっているのかまったく分からず、当惑した。やはり昨日の記憶が曖昧なせいなのだろうか。だが、昨日一体何が あったのか、深く思い出す事が出来なかった。

「……よく、眠れたか?」

 不意にクロノが訊いた。

「う、うん」
「そうか。安心した。眠れなかったのなら、やっぱり僕の責任になるから」

 僕の責任? 茫然とするフェイトに、クロノが顔を近付ける。顔色を伺うように彼女の顔を覗き込んだ。
 唐突な彼の行動に、フェイトの心臓は急転直下で早鐘を打つ。汗を掻いている彼の匂いがした。

「顔色も良さそうだな」
「え……あ……うん」
「君の制服だが、後でクリーニングに出すつもりだ。大丈夫か?」
「……うん」
「じゃ、僕はリビングに行くから」

 そう言って、彼は少し足早にリビングに向かって行った。

「………」

 濃霧の向こうにあった昨日の記憶が、凄まじい勢いで脳裏に浮かんで来る。それはすべて今朝見た夢の光景だ。
 彼と喧嘩をしたのも。泣きながら街を彷徨い、なのはと偶然にも会ったのも。八神邸にクロノが迎えに来て、彼が告白してくれたのも。はやてがライバル宣言をしたのも。彼の背におぶられ、 マンションに帰って来たのも。すべて夢ではない。昨日現実にあった事だ。

「………」

 試しに頬を抓ってみる。

「痛い……」

 つまり、今のこれも夢ではない。夢ではないのだ。
 耳が熱い。頭がくらくらする。背中が焙られているかのように熱い。汗すら出て来た。気恥ずかしいなんてレベルではない。恥ずかしくて死んでしまいそうだ。
 鮮明に蘇った昨日の記憶が、やはり昨日と同じように頭の中で繰り返された。

”それでも僕は……君の事が好きだから”

 決して聞き違いようのないクロノの告白。フェイトの想いに気付いただけでなく、彼もフェイトに好意を抱いていた。
 フェイトはバスルームからアルフが出て来るまで、ずっと立ち尽くしていた。



 ☆



 ミネラルウォーターのペットボトルから口を離して、クロノはようやく一息をつく事が出来た。
 まさかフェイトと鉢合わせするとは思いもしていなかった為、何を話していいのか分からず、結局逃げるようにリビングに来てしまった。

「何も緊張する事ないだろう……」

 今まで”妹”と見てこなかった分、意識して見てやらなければならない。自分自身で言った通り、緊張しなくても出来る事だ。簡単と言ってもいい。だが、何故か緊張してしまう。
 クロノはペットボトルにキャップを閉めて冷蔵庫の中に戻すと、リビングのソファに腰掛けた。アルフがシャワーから出て来るまで特にやる事もないので、テレビでも見て時間を潰そうとした時、小気味の良い電子音が鳴 った。次元通信を受信した空間モニターのコール音だった。
 クロノは持っていたテレビのリモコンをテーブルに置くと、代わりにタッチパネル式の電子ボードを取った。画面に触れ、通信を受信する。テーブルの上に小さな魔法陣が形成され、仮想ディスプレイが表示された。
 画面に映ったのは、神経質そうな細面の男性だった。スーツの上にシミ一つ無い白衣を羽織っている。

『この度は当社製品をご購入いただきまして、誠にありがとうございます』

 男が淀みの無い滑らかな営業口調で言った。

『私、ゼニス社のデバイス設計・開発部門のレイン・レンと申します』

 自己紹介と共に、男性の電子名刺が送られて来る。クロノは電子ボードを操作して、受信した名刺を閲覧した。簡潔なプロフィールから所属部署の詳細等が記載されている。

「クロノ・ハラオウンです。昨日の夜に発注をしたばかりなんですが、もう手続きを?」
『すべてに於いて業界最速。それが当社の社訓でございます』
「なるほど」

 ゼニス社はデバイス関連の技術会社の中でもそれなりの規模を誇る企業の一つだ。デバイスの本体の開発も行っているが、主に周辺機材の開発を手がけており、老舗には無い斬新さに定評がある。

『さっそくですがハラオウン様。ご注文の品の確認をさせていただきます。ストレージデバイス用OS、”ロッティン・バウンド”を一基。以上で宜しかったでしょうか?』

 OS、オペレーティングシステムの事である。ハードウェアの抽象化、アプリケーションの管理、使用効率向上を目的としたソフトウェアだ。インテリジェントデバイスは人工知能がこの役割を代行しているが、ストレージデバイスの場合は操作を円滑にする為、基本的にOSを搭載しなければならない。OSの性能が処理速度向上や術式管理等に直に影響が出る為、最新型へのOS更新はそのままデバイスの性能向上に繋がる。
 ゼニス社が発表したストレージデバイス用の新型OS”ロッティン・バウンド”は、主に術式管理と出力増幅を主眼に設計されており、搭載するだけで基本パフォーマンスが二十パーセントから三十パーセントも向上するという物だった。まだ市場に出回って一ヶ月程度だが、着実にこのOSを搭載するストレージデバイスは増えている。管理局内でストレージデバイスを使用している教導隊や捜査官も実装を始めている程だ。

「ええ。それで頼みます」
『かしこまりました。搭載予定のデバイスは? こちらで基本設定を行いますので、可能な限りお教え下さい』
「いえ、その必要はありません。基本設定はすべてこちらで行います」

 男性――レイン・レンが大袈裟に眉を潜める。

『しかし、それでは』
「デバイスの知識には多少自信があります。それに私が使用しているストレージデバイスは自作機なので、基本設定も少々違いますから」
『左様でございますか。さすがは時空管理局執務官。恐れ入ります。それではOSの方は白紙のまま発送させていただきます。料金の方は代引きと入金がありますが?』
「最初に発注した通り、入金でお願いします」
『それでは後程メールを送信させていただきます。そちらに従ってご入金をお願い致します』
「ありがとう。助かります」
『いえいえ。噂に名高いクロノ・ハラオウン執務官様に利用していただけるのですから、開発者としてこれ程名誉な事はありません』

 レンがにっこりと笑う。先程までの営業面ではない、本心の笑顔だ。
 クロノはそこに形容し難い違和感を感じた。彼が言っている事はその笑顔と同様に本心であると分かる。だが、真実ではない。クロノは直感でそれを理解した。
 そんな心中の事を表に出さず、クロノは訊く。

「開発者自ら発注確認の連絡を?」
『これが私のポリシーでございます。当社の製品の中から私が手がけた商品をご購入していただいたお客様には、こうして挨拶をさせていただいております』
「……良い事だと思います。その思いに恥じないよう、OSは使わせてもらいます」
『そのお言葉、何よりの励みになります。それでは商品の発送、只今から行わせていただきます。明日中にはお届け出来るかと思います。それでは失礼致します』

 光の線が走り、仮想ディスプレイが消失した。魔法陣も消え、電子ボードが通信終了という文字を映し出す。
 クロノは後味の悪い感覚を覚えずにはいられなかった。あの男、一体何なのだろうか。外見やその発言に特におかしな点は無い。会社を愛し、客を愛しているただの技術開発者だ。
 男の笑顔がこびり付いた油のように脳裏から離れない。
 クロノは軽く頭を振って、今度こそテレビを付けた。あの男がどういう人間なのかは置いておくとして、新型OSが予定よりも早く手に入るのだ。それは良しとすべきである。S2Uの出力不足もこれで解消されるだろう。アースラと合流して、迷惑を掛けているシグナムとヴィータをはやての下に返さなくては。
 そこで、クロノは忘れていた事を思い出した。

「フェイトに話すのを忘れてた……」

 シグナムとヴィータが自分達の代わりにアースラに出向して暴走デバイス鎮圧の任務に着いている事。デュランダルが手元に戻り次第、クロノは休暇を取りや めてアースラに戻る事。フェイトは一週間しっかり休む事。それらの事を昨日のゴタゴタでフェイトに話すを完璧に忘れていたのだ。と言っても、昨日フェイトと一緒にマンションに帰って来た後、喩え覚えていたとしても話すどころではなかった。
 アルフが泣きながらフェイトを怒り、フェイトが泣いて飛び出して行った原因がクロノにあると知れば今度はバリアジャケットまで形成して臨戦態勢を整えたのだ。それを諌めるのにどれだけ労力を傾けた事か。
 今更ながらに休暇の一日目を振り返り、クロノは身体が妙に重くなるのを感じた。

「……メディアから貰ったペアウォッチも渡してないな」

 はやてを送った後に寄ったアンティークショップで手に入れた少し古めのペアウォッチ。綺麗に包装されたそれは、クロノの部屋の机上に置かれている。

「話す時に渡せばいいか。一応時間はまだあるし」

 今日の夜に話す事を決めて、クロノはテレビの視聴をした。しばらくすると、アルフとフェイトがリビングに現れた。

「バスルーム空いたよ、クロノ」

 カットジーンズとキャミソールという格好で、アルフ。

「ああ、ありがとう」

 ソファを立つクロノ。すると、フェイトと視線が合った。
 緊張する一瞬。取り合えず話す事に慣れておかなければと思い、クロノは口を開ける。

「フェイト、今日の朝食は……」
「な、なに食べたいッ?」

 力んだ大声が飛んで来た。フェイトは顔を隠すように俯きながら、制服のスカートを握り締めている。

「え、えっと」

 予想外の彼女の反応に、クロノは口をぱくぱくさせた。混乱する頭を何とか制御する。

「何でもいいよ。フェイトが作るものなら」

 ガバッ、と顔を上げるフェイト。首まで完璧に赤く染まっている。横に立つアルフも、恥ずかしそうにクロノを見た。
 何か拙い事でも言っただろうか?

「す、すぐ用意するからッ!」

 加速魔法を使ったかのように、フェイトがキッチンに飛び込んで行った。クロノは呆気に取られ、少女の背を見送る。
 キッチンから派手な騒音がした。彼女の悲鳴が重なる。

「んにゃぁッ!?」

 実にフェイトらしからぬ悲鳴だった。

「フェ、フェイト〜ッ?」
「だ、大丈夫ッ! アルフはリビングで待ってて! 私が作るからッ! わわッ!」

 二度目の騒音。クロノの心中を凄まじい不安がくすぐる。どうするべきか迷っていると、アルフが近付いて来て、肩を抱いた。

「ア、アルフ?」
「小粒坊主……。あんた、まだ私に言ってない事があるんじゃないの? 昨日の事でさぁ」
「ば、馬鹿を言うな! 洗いざらい白状したぞッ!」
「本当に? 嘘じゃない?」
「本当だ!」
「フェイトが好きだって告白したのも、本当に本当?」

 告白? 何か語弊を生みそうな言葉だが、間違いでもない。クロノは頷く。

「本当だ! 僕はフェイトの事が好きだぞッ!」

 三度目の騒音は最大級に巨大だった。鍋やらフライパンやらの落下音が濁流のように響き、食器が砕ける清音が続く。

「わわわわわわわッ!」

 さすがにこれは拙い。アルフはクロノから身体を離すとキッチンへ駆け込む。

「クロノ、取り合えずあんたはシャワー浴びて来な! フェイト、ちょっと落ち着きなって」
「お、落ち着いてるよッ」
「タコみたいに真赤になって言われても説得力無いよ。食器は私が片付けるから、フェイトは鍋拾って」
「う……うん」

 二人のやりとりを聞きながら、クロノはアルフの言う通りにシャワーを浴びる為、リビングを出た。フェイトは何故あんなに慌てていたのだろうと、心底疑問に思いながら。



 ☆



 出だしは困難を極めたが、軌道に乗った朝食作りは恙無く終了した。テーブルの上には純粋な和食が並んでいる。
 焼き魚。だし巻き卵。コンニャクと里芋の煮物。味海苔。お漬物一式。作るのに時間は掛からないものだが良く出来ている。後は味噌汁とご飯をつければ非の打ち所の無い和食朝食の出来上がりだ。

「フェイト、随分張り切ったねぇ」

 アルフは爛々と眼を輝かせ、テーブルの上の料理達を見渡す。

「そうかな?」
「そうそう。小坊主の為だもんね」
「ア、アルフッ」
「照れない照れない。本当の事なんだから」
「う、う〜……」

 返す言葉が見当たらず、フェイトはしどろもどろする。特に意識した訳ではなかったが、気付けばこれだけ作っていた。それもいつもよりずっと味には注意して。
 シャワーに行く前に言っていたクロノの言葉が、フェイトに確かな実感を与えていた。彼を通じ合えたという実感を。
 油断すると、すぐに頬が緩んで来てしまう。

「……ホント、良かったねフェイト」

 静かに頷く。

「しばらくの間、精神リンク切る?」
「ど、どうして?」
「いや、だってさぁ、クロノに甘えてる時には邪魔でしょ?」
「甘えるッ!?」

 素っ頓狂な声を上げる。

「せっかく恋人同士になったんだから。甘えないで何するの?」
「恋人ッ!? そんな、早すぎるよッ! だって、え? あッ!」
「あ〜。落ち着く落ち着く。昨日寝る前に涎垂らして言ってたじゃない。”これからいっぱい甘えるんだぁ〜”とか」

 そんな事言った記憶はない。思い出した昨日の記憶のどこを探しても見当たらない。

「言ってないよそんな事をッ!」
「えぇ〜。言ってたよ」
「言ってない!」
「言ってた」

 言った言ってないという不毛な言い争いをしていると、クロノがシャワーから戻って来た。
 フェイトは慌てて言い争いを止めた。ガチガチに緊張しながら味噌汁とご飯の用意をする。

「クロノ遅い〜。もうご飯出来てるよ〜ッ!」
「済まない。気持ちよかったものだから」

 謝りながらクロノが席に着く。フェイトはご飯をよそった茶碗を彼に渡した。手は緊張のせいで少しだけ震えている。

「ああ、ありがとうフェイト」
「た……沢山、食べてね」

 茶碗を受け取った彼は笑顔で頷く。その笑顔がこれからは自分の物になると思うと、フェイトは軽く眩暈を覚えた。

「フェイト〜。私にもご飯〜」

 アルフの催促する声がフェイトの足元を救う。

「ご、ごめん。えっと、大盛りでいい?」
「当然〜!」

 ドンブリサイズの茶碗にご飯を山盛りにする。アルフに渡した後、フェイトは自分用の茶碗にもご飯をよそい、席に着いた。
 それぞれで”いただきます”をして、朝食を食べ始める。アルフはがっついて。クロノはきびきびと。フェイトは慎ましく。
 テレビは昨日と同様に朝のワイドショーを放送していた。

「クロノ、チャンネル変えて〜。ズームインよりめざましテレビの方がいい〜」
「どれも同じだろ?」
「私はめざましテレビの方が好きなの。今日のわんこもやるし」
「……ザフィーラが出てた奴か。アルフ、やっぱり君も出たらどうだ?」
「やだ。ザフィーラに笑われる」

 頬を膨らませ、アルフ。フェイトはだし巻き卵を飲み込んで言った。

「ポチたまはどうかな? 結構良いと思うんだけど」

 フェイトがゴールデンタイムに放送されている癒し系ペット番組の名を上げる。

「あのデッカいゴールデンリトリバーに絡まれそうでやだ」
「我侭だな君は」
「選んでるって言ってよ」

 クロノはリモコンを操作して、テレビのチャンネルを変えた。芸能タイムらしく、色々な芸能ニュースが流れ始める。三人は何気なくテレビを眺めながら食事を進めた。
 焼き魚の骨を綺麗に取り除いたフェイトが醤油を探していると、テーブルの真ん中に見つけた。手を伸ばす。だが、クロノも醤油を使うつもりだったらしく、彼も手を伸ばしていた。
 醤油が入った容器の上で、フェイトとクロノの指が触れ合う。

「あ……」

 サッと手を引くフェイト。まるで腫れ物に触れたかのようだ。クロノは恥ずかしそうに頬を染めると、醤油の容器を取り、フェイトの焼き魚に少しだけ掛けてやる。

「これくらいでいいか?」
「あ……ありが、とう……」

 クロノが自分の食事に戻る。
 ほんの一瞬、僅かに指先が彼と触れ合っただけなのに、フェイトの心臓は爆発寸前だった。昨日彼におぶってもらった時、好き勝手に身体を密着させていた事 が嘘のようだ。今そんな事をしようものなら、血液が沸騰して死んでしまう。
 彼に醤油を掛けて貰った焼き魚の味は、とてもおいしかった。



 ☆



 朝食が終わった頃にはちょうど登校時間になっていた。フェイトは朝食の後片付けをアルフに任せ、身支度を整えている。クロノはアルフの横に立って、後片付けを手伝っていた。だが、その手元は酷く危うい。

「AAA+の魔導師も、家事全般はてんで駄目なんだねぇ」

 泡にまみれた食器達をかちゃかちゃと洗いながら、アルフが呆れる。

「仕方ないだろう。ほとんどした事が無いんだから。僕が得意なのは作る方だ」
「器用なのか不器用なのか。これくらい私一人でも出来るから、テレビでも見てなよ」
「用意から後片付けまで全部君やフェイトにやらせる訳にはいかないよ」
「お優しいね、クロノは」

 フェイトの声が飛び込んで来る。

「アルフッ、クロノッ、行って来ますッ!」
「ああ、行って……」

 アルフが無造作にクロノの尻に蹴りを入れる。最後まで言えず、クロノはよろめいた。

「いきなり何するんだッ?」
「見送り。行ってあげて」

 クロノを見向きもせず、アルフが言った。

「いや、しかし」
「いいから行くッ」

 アルフの剣幕はなかなかのものだった。クロノは訳も分からず従う。
 廊下を走って玄関に向かうと、靴を履き終えようとしているフェイトが居た。
 こうした経験が皆無なので、クロノはどう言って見送ればいいのか分からず、迷った挙句にこう言った。

「車に気を付けてな」

 魔導師の彼女がこちらの世界で交通事故に巻き込まれる可能性は絶望的に低い。分かっているものの、他に何も浮かんで来なかったのだから仕方がない。
 フェイトはどこか緊張した面持ちで答える。

「う、うん。大丈夫だよ」
「そう、だと思うんだけど、一応ね。……昨日話せなかった事なんだが、なのはは本当にデバイス鎮圧に協力すると言ったのか?」
「……うん」

 フェイトが表情を暗く一変させた。

「そうか。……彼女が所属している武装隊に連絡を入れておこう。元々母さんの権限で出していた無茶な命令だったからね。今日中には正式な命令として彼女にも鎮圧任務が来るはずだ」

 戦技教導隊を目指して、現在なのはは武装隊に士官として所属していた。事件が起これば彼女も武装局員として現場に派遣されているのだが、デバイス暴走事件に関してはクロノやフェイトが巻き込みたくないとして、リンディが体調不良を理由になのはを一時的休職にさせていた。もちろん、なのはには内密にである。肝心の彼女にも不用意に管理局に来ないようにユーノを通して連絡を入れていた。

「あの、クロノ。その事なんだけど。私達のお休みが終わった後じゃ駄目かな?」
「……一週間後、僕達と一緒にアースラに行くって事か?」
「うん。出来ればでいいんだ」

 なのはは対物設定で魔法を行使した事はあっても、殺傷設定にした事は無いはずだった。暴走したデバイスを前にすれば、きっと不安と悲しさでいっぱいになるだろう。そんな彼女を、フェイトは側で支えたいのだ。ある程度予想されていた返答だった。
 クロノは思案を吟味する。自分はデュランダルのオーバーホールとS2Uの強化が終了次第、アースラに復帰。シグナムかヴィータのどちらかを帰還させ、その数日後にフェイトとなのはが合流する。
 何も問題は無い。元々なのはの参加は予定外のものだったし、むしろ彼女の強力な砲撃能力は心強い。巻き込んでしまった事に関しては酷く心が痛んだ。

「……分かった。母さんにだけ連絡をしておく。多分大丈夫だろう」
「ありがとう、クロノ」
「……学校、愉しいで来いよ」
「うん。じゃ、行って来るね」

 フェイトが玄関の扉のノブを掴む。

「あ、ちょっと待てフェイト」

 呼び止めて、クロノは彼女に歩み寄った。不思議そうにするフェイトの顔を覗き込み、その耳元に指を這わせる。

「クロノ……?」
「よし、取れた」

 指先についたゴミに満足して、クロノは身体を離した。

「……え?」
「ゴミがついてたんだ。取れたから大丈夫」
「………」

 フェイトはどこか拍子抜けしたように立っている。

「どうした、フェイト」
「……何でもない」

 不満そうに言って、フェイトは踵を返した。扉を開け、朝日の眩しい外へ向かう。
 強い日差しを浴びながら、彼女はクロノに振り返った。数瞬前の不満な声が嘘のようにはにかむ。

「行って来ます」
「ああ」

 クロノは手を振って、妹を見送った。





 to be continued.





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 □ あとがき □  珍しくフェイト×クロノ一色。勘違い恋爆発。何か平和だなぁ。SCらしくない(え)。でも地味に中盤以降の布石配置。予告編では散々出て来ていた”白衣の男” がようやく名前で登場。
 ちなみに筆者はズームイン朝よりもめざましテレビ派です。ポチたまは凄まじい癒しを感じます。
 サブタイトルは水樹奈々さんのアルバムの一曲よりいただきました。しばらくこのサブタイトルで続きます。
 読んでいただきましてありがとうございました〜。





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