魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.3 Nocturne









 太陽の煌々とした光を妨げる雲は、空のどこを探しても無かった。どこまでも広がっている青空は、まるでフェイトの心のようだった。
 フェイトは通い慣れた通学路を歩きながら、初夏の空を見上げる。

「フェイトちゃん、凄く嬉しそうだね」

 なのはが満足そうな顔で隣を歩いていた。

「そうかな?」
「うん。何か、見てる私まで嬉しくなっちゃうくらい」
「えへへ……」

 フェイトの声は今にもとろけてしまいそうだ。半年も想い続けて来た彼と両想いになれたのだ。これが嬉しくないはずがない。絶対的な歓喜である。
 家を出て来る前にクロノに触れられた耳元が、今でも温かい熱を持っていた。フェイトは髪を掃うと、その箇所を熱を確かめるように指でなぞる。こそばゆい 感覚が身体中を駆け巡り、胸の奥がいっぱいになった。
 ようやく実感が沸いて来る。想いが通じ、彼が応えてくれた事に。
 聖祥小学校の白い制服を着た子供達が疎らに歩く通学路に、一台の黒いリムジンが進んで来た。リムジンはなのはとフェイトの横に付けると、速度を落として車窓 を開ける。

「おはよう二人とも」

 顔を出したのはアリサだった。すずかも便乗しており、車内の奥で手を振っている。

「おはよう、アリサちゃん、すずかちゃん」
「おはよ」
「鮫島、ここで降ろして」
「かしこまりました、お嬢様」

 程なくリムジンが停車する。綺麗な折り目の付いたスーツを着こなした初老の運転手、鮫島が車外に出て、手早く後部座席のドアを開けた。アリサとすずかがそれぞれ 礼を告げて降りて来る。鮫島は優雅な一礼を残すと、颯爽と運転席に戻り、静かにリムジンを走らせて行った。
 いつもの四人組になった少女達は揃って通学路を歩き始める。

「さぁフェイトッ! 今日は遊ぶわよ〜ッ!」

 腕まくりまでして意気込みアリサ。昨日はすずかと共に習い事の発表会があって、久方ぶりに姿を見せたフェイトと遊ぶ事が出来なかったのだが、それが相当残念 だったらしい。

「うん。私も遊びたい」
「だったらはやてちゃんの家に行かない? はやてちゃん、今日は病院も無くて暇だぁ〜ってメールで言ってたの」

 すずかが胸の前で手を合わせ、提案する。

「あ、それいいねッ!」
「ヴィータも居るし、ナイスアイディアだわ」

 アリサの言葉に、フェイトは疑問を持った。昨日八神邸に行った時、ヴィータとシグナムの姿が見えなかったのだ。散歩にでも出ていたのかと一瞬考えてみたものの、 あの時の土砂降りを思い出して、すぐにその予想を捨てる。管理局の任務で留守にしていると考えた方が現実的だ。

「アリサ、ヴィータだけど、多分居ないと思う」
「ホント? え〜と、時空管理局の仕事で?」

 アリサやすずかには魔法に関するすべての事情を説明している。はやてやヴィータ達ヴォルケンリッターに関しても同様だが、あくまでも問題が無い程度の 所までで説明は切っていた。ヴィータ達が厳密に言えば人間ではなく、魔導生命体である事等はさすがに二人の理解の範疇を逸脱すると思われる為に伏せている。もっとも、プログラム であるヴォルケンリッター達は外見的な成長をしないので、その内真相は知られてしまうだろうが。

「うん。そうだと思う」
「そっか〜。久しぶりにあの強情な赤毛を思う存分いじくり回せると思ったのに」
「にゃはは。アリサちゃん、ヴィータちゃんの髪触るの好きだよね」
「あんなにセットし甲斐のある髪はそう無いわよ」

 腕を組むアリサ。以前この四人で八神邸に泊まりがけで遊びに行った時、アリサがヴィータの赤髪を珍しがって一晩中遊んでいた事があった。
 すずかが言う。

「でも、ヴィータちゃんはおさげが一番似合うと思うなぁ」
「そう? ポニーテールもそれなりだと思うんだけど。ねぇフェイト、ザフィーラは居るの?」
「うん、居たよ」
「それならいいわ。あの青犬、今日こそ手懐けてやるッ」

 拳を握り、アリサが熱く宣言する。ヴィータと共に彼女の犠牲になったのは子犬フォームでくつろいでいたザフィーラだった。彼が実は屈強な筋骨隆々の守護獣である 事は、アリサ達に話していないヴォルケンリッターの機密の一つである。結果、アリサにとってザフィーラは友人宅に居るチワワ系の可愛い子犬となり、良いように 遊び相手にされてしまったという訳である。

「アリサちゃん、程々にね」

 苦笑いで、なのは。アリサは髪をすくい上げると、不敵な笑みを浮かべた。

「それはザフィーラ次第ね」

 フェイトは蒼き狼に心から同情した。きっと今日は彼の新たなるトラウマの誕生日になるだろう。昨日は愛犬紹介番組に無理矢理出演させていたし、その内家出でも するのではないのだろうか、とフェイトは本気で心配する。
 なのはと同様の苦い笑みを作るフェイトを置いて、アリサはなのはと昨日のテレビ番組の話を始めた。

「フェイトちゃん」

 すずかが声を掛ける。

「なに?」
「何か良い事あった?」
「そうそう。車の中から見ても一発で分かったんだけど、今日のフェイト凄い嬉しそうよね」
「え、えっと」

 普段から歳にそぐわない物静かさを持つフェイト故に、今の彼女の静かな高揚と歓喜は外からは丸見えらしい。口籠るフェイトを、横からすずかが、前からアリサが 囲み、逃げ道を封鎖する。

「……薄く赤くなった顔。もじもじする態度。……フェイト、ネタは上がってるんだから白状しなさい」
「きょ、拒否権は?」
「無いわ。もちろん黙秘権も無し」

 親友の容赦の無い答えは、フェイトの最後の逃避口を完璧に潰した。
 学校まではまだまだ時間がある。フェイトは今日一日ひたすらからかわれ続ける事に観念して、恥ずかしそうに、それでいて嬉しそうに口を開けた。



 ☆



『先輩〜! やっぱり私には無理ですよぉ〜ッ!』

 コンソール上に表示された仮想ディスプレイの奥で、眼鏡を掛けたやや童顔気味の女性が泣き喚く。髪は寝癖がそのままになっており、羽織った白衣もいくらかくたび れて見えた。泣きじゃくる顔は、顔色こそ良いものの、憔悴の色が滲み出ている。

「そう言わないでよマリー。あなたが頼りなんだから」

 凝りに凝った肩を揉み解しながら、エイミィが慰める。それでも通信相手である後輩のマリーは泣き止まず、大きな隈が出来た眼許を押さえると、どこからか ティッシュを取り出して来て、鼻をかんだ。

『私は元々装備課で、デバイスのメンテナンスが本業なんです! 先輩だってご存知じゃないですかぁ。暴走したデバイスの調査と原因解明なんて無理ですよぉ〜!』
「私もそうは思うんだけど……」

 後輩の泣き言も、エイミィはそれなりに理解出来た。アースラの通信機器が故障か暴走を起こして使用出来なくなったとしても、エイミィには通信機器を 事細かく部品ごとに分解して、原因を調査する事なんて出来ない。砂場に埋もれた胡麻を探すようなものだ。彼女が熟知し、精通しているのはあくまでもソフトウェ アであり、ハードウェアの物理的な故障に関しては詳細な知識はほとんど持ち合わせてはいない。

『大体、暴走デバイスの残骸って何かウニョウニョしてて凄く気持ち悪いんです。残留魔力があって、破片になってもまだ動いてるんですよッ』
「トカゲみたいだね」
『他人事みたいに言わないで下さい〜ッ!』

 ついに癇癪を起こして、マリーはディスプレイの中で両手をぶんぶん振り回す。

『暴走デバイスとの戦闘で破損した子達デバイスの修理もあるんです! 装備課も今は火の車なんですよ〜ッ!』
「今はどこの課も火の車だと思うんだけどなぁ」
『うッ! た、確かにそうですけど……』

 暴走デバイス事件に関しては、ミッドチルダの時空管理局支部施設に設置された対策本部が対処している。対策本部は一つの事件としては異例の規模と戦力を誇り、 総勢で百名弱しか居ない戦技教導隊を中心戦力にした対暴走デバイス鎮圧部隊と、暴走の原因を究明する捜査班と分析班の三つで構成されていた。アースラは鎮圧 部隊に組み込まれ、マリーは装備課から分析班に出向しているのだが、この暴走事件に人材を多く投入し過ぎた為か、他で起こっている事件に手が回り切らないという 非常事態に陥っており、時空管理局本局はその処理に迷走に近い奔走をしている。皺寄せが管理局のあちこちの課に飛び火しているのだ。

『でも、正直限界です……。もう二週間も家に帰ってませんし……』

 マリーが重そうに肩を落とす。

「本部勤めのマリーには辛いね。ちゃんと休んでる?」
『それなりに寝れてはいますけど、起きてはデバイスの破片と睨めっこしてまた寝るの繰り返しです。回収されたデバイスの原型が無いから、大した調査も分析も 出来ないんですよ。もう八方塞です……』
「う〜ん」

 顎に手を添えて、エイミィはコンソール上に広がったキーボードを操作した。彼女の滑らか且つ迅速な操作に従って、コンソールが新たな情報をディスプレイに次々に 投影して行く。分析班が対策本部に提出している暴走デバイスの分析結果だ。マリーとは個人的に親しいエイミィは、より詳細な情報を彼女からリークしてもらっている。

「確かに大した事は分かってないね」

 製造会社、デバイスタイプ、登録されている魔導師の情報、その他いくつかが画面をスクロールして行くが、ほとんどが些細なものだった。暴走の原因に繋が るような有益な物は何一つとして無い。結論付けるなら、取るに足らない情報だった。

『デバイスとの戦闘データはどうなんでしょうか?』
「真新しい情報は無いわ。寄生された魔導師達がどうして意思を失っているのかは、前に報告した通りよ」
『デバイスが魔力を脳内麻薬に変換して、魔導師の脳にあるレセプターを埋めてしまうっていう奴ですか? 正直言うと、イマイチ理解出来ないんですよね、私』
「生物学だからね。簡単に説明すると、ドーパミンとかアドレナリンとか、有名な脳内麻薬ってあるよね? それらは脳の中にあるレセプターって言う”鍵穴”に はまって機能する。ここまではいい?」

 ディスプレイの中でマリーが頷く。

「暴走したデバイスは、寄生した魔導師から得た魔力を一種の脳内麻薬……構造的にはメタンフェタミンとかモルヒネに似てるものに変換して、魔導師に魔力のお礼の 代わりに送り込むの。幻覚性と鎮痛作用が極端に強いみたいで、結果として魔導師は意識を失い、デバイスがその身体を乗っ取っちゃうって訳だね」
『だからどんなに攻撃されても動き回れてたんですか……?』
「うん。病院に収容された魔導師達の脳内に過剰な脳内麻薬の跡があったから、まず間違いないだろうって。……これ以外、記録してる戦闘データからは何も分かって ないわ」
『捜査班の方達は?』
「寄生された魔導師達の近辺を調査してるみたいだけど、何も分かってないみたい。報告とかほとんど来ないから」

 その時、通信受信を知らせる電子音が鳴った。新たな仮想ディスプレイが虚空に現れる。映った顔は、疲労を色濃く表情に出したユーノだった。マリーと同様に眼の 下には大きい上に濃い隈を作っている。端正な顔付きが台無しだった。

「ユーノ君、大丈夫?」

 やつれた感すらある彼に、たまらずエイミィが言った。

『大丈夫……って言えば嘘になりますけど、大丈夫です』
「気持ちは分かるけど、無理しちゃ駄目だよ」

 眉尻を下げるエイミィに、ユーノは疲れた笑顔を見せる。

『レイジングハートやバルディッシュが暴走してしまうかもしれないのに、のんびり休んでる暇なんてありません』

 そして、彼は疲れた身体に鞭を入れ、表情を引き締めた。

『無限書庫で過去に同様の事件が無かったか検索していましたが、やっぱりありませんでした』
「そっか。……本局の対処が遅かったのも、やっぱり単純に慣れてなかったからか」
『多分そうだと思います。デバイスの暴走は、開発当時にはそれなりあったみたいなんですが、今回のような異常性は無かったようです。リミッターを外して出力的に 暴走させ、都市一つを丸ごと吹き飛ばした事件が六十年くらい前にあったようですが……』
「他に何か分かった事は?」
『アームドデバイスも含めたデバイス開発の歴史書を何点か見つけました。資料くらいにはなると思います』
「ありがとう、助かるよ。対策本部と分析班に回してもらえるかな?」
『分かりました。このまま検索を続けます』
「……根詰めすぎないようにね」

 恐らく無駄な忠告に終わるだろうとエイミィは思った。

『努力してみます』

 ユーノの憔悴の笑顔を残して仮想ディスプレイが消失する。程なくユーノからいくつかの資料が送信されて来た。コンソールに設置されたディスプレイに高速で表示 されて行く。

「マリー、そっちにも行ってる?」
『はい、今来ました』

 デバイス開発の歴史書が事件解決にどれだけ役に立つか、正直分からない。だが、暴走の原因を追求しようにも現実は難しい。暴走デバイスが原型を留める事無く破壊 されてしまっている為、マリーの言うように調査と分析をしようにも出来ないのだ。物的証拠に乏しい以上、他で原因追求をするしか捜査手段は無い。

『先輩』

 ユーノの戦果に眼を通していると、マリーが呼んだ。

「なに?」
『……私、もう少し頑張ります』

 コンソールから眼を離して、エイミィはディスプレイのマリーを見た。そこには、先程まで弱音しか吐かず、仕事放棄手前だった後輩は居なかった。

『いえ、やれる所までやります』

 揺るぎの無い声で、マリーが宣言する。頼りない眼鏡の下には、強い決意を秘めた二つの瞳がある。

「マリー……」
『この間入局したばかりの子があれだけ頑張ってるのに、先輩の私がこんなんじゃ駄目ですよね』
「ユーノ君の場合、好きな子のデバイスも懸かってるからね」

 苦笑するエイミィ。マリーも釣られて微笑んだ。

『私、入局した時の気持ちを忘れてました』
「……デバイスが犯罪に使われるのが嫌で入局したんだっけ」
『はい』

 往々にして、装備課に配属される局員の入局志望動機はそうしたものが多かった。道具として行使されるデバイス。確かにどう使おうが所有者である魔導師の勝手 である。だが、マリーは身勝手に犯罪に使われるデバイス達を憂いていた。彼らに罪は無い。あるのは行使する魔導師達なのだ。
 デバイスを助けたい。救ってあげたい。そう思って、マリーは管理局に入局し、装備課に入ったのだ。

「……あなたも無理しないようにね、マリー」
『お互い様にですよ、先輩』
「私はいいの。無茶は結構慣れてるからね。レイジングハートやバルディッシュもそうだけど、クロノ君のS2Uも暴走しちゃう可能性があるから、ユーノ君と一緒で あんまりのんびりしてらんないのよ」

 部下として姉として、彼の事がとにかく気がかりだった。暴走事件を起こしている七割から八割のデバイスがストレージであり、現状のS2Uはレイジングハートやバルデ ィッシュに比べて遥かに暴走する可能性が高いと予測される。

『あ、クロノ執務官で思い出したんですけど、彼から預かってたデュランダルのオーバーホール、予定通り明後日には終わりそうです』
「ホント? 助かる〜!」

 デュランダルもストレージデバイスだが、インテリジェントデバイスの人工知能とは別軸で開発された最新型のAIを搭載している画期的なデバイスだ。従来型とは 一線を画する性能を持ち、S2Uと比較して暴走する可能性はずっと低い。

『終了次第、アースラに転送しますね』
「うん、お願い」

 マリーは力強く頷く。そして、少し迷うような素振りを見せた。声を細めて言う。

『……先輩。その、これは言おうかどうか迷ったんですが……』
「? なになに?」

 マリーは僅かな逡巡の後、口火を切った。

『クロノ執務官、ゼニス社からストレージデバイス用のOSを個人で購入したみたいです』
「ゼニス社から?」

 その辺りにはあまり詳しくないエイミィでも、その社名は聞き覚えがあった。術式管理と出力増幅に優れているストレージデバイス用OS、”ロッティン・バウン ド”を発売して以降、驚異的な速度で実績を伸ばしているデバイス開発関連企業である。

『はい。知り合いがゼニス社に勤めるんですが、その子から聞いたんです。”時空管理局の最年少執務官から注文が来た!”って騒いでて。でも、クロノ執務官には 必要無いと思うんですけど、新型OSなんて』
「………」

 エイミィ自身もそう思っている。クロノの基本魔法戦術は、魔導師の魔力量に左右されない汎用性の高いものだ。なのはやフェイトには火力面で一歩及ばないものの、 柔軟性や多様性等、攻撃力面以外ではすべてに於いて彼の方が優れている。また、一点突出型の彼女達に比べて、遠・中・近距離、攻防のバランスが圧倒的に取れてい るのだ。デバイスの強化は無用でないにしろ、彼にはあまり必要の無いもののはずだ。
 唐突に嫌な予感がした。直感と言っても良い。

『先輩?』

 怪訝顔をするマリーには何も答えず、エイミィは背中に感じた不快感に身震いを起こす。彼女は肩を抱き締めて、口を噤んだ。



 ☆



 夕食を終え、後片付けを済ませ、いよいよクロノはやる事を失った。寂しい事に、話相手であるアルフも今は湯船の中で優雅なバスタイムを過ごしている。
 テレビではプロ野球がやっていた。もちろんルールなんて知る由も無いが、エイミィからは”仕事で疲れて帰宅したお父さんが、ビールとつまみを相棒に視聴する 番組”と聞かされていたので、興味本位で見ていたのだが、やはりルールを知らないスポーツを観戦しても面白いはずもなく、程なくクロノはテレビを消した。
 静まり返る室内。廊下の奥から木霊するアルフの鼻歌だけが耳朶を打つ。

「フェイト、遅いな」

 時刻は八時を回り、半刻を過ぎていた。小さな女の子が出歩くには遅すぎる時間だ。
 昼過ぎに、今日ははやての家に遊びに行くと念話が来ていた。夕食も彼女の家でご馳走になるらしい。クロノは遅くなるようなら連絡をするように言って念話を 終えたのだが、まだフェイトからは何の連絡も来てはいない。何度か念話を送ろうとしたが、せっかく友達同士で遊んでいるのだし、気が引けたので止めている。
 だが、さすがに八時も過ぎると心配の色も強くなって来た。

「迎えに行くか」

 即決してクロノはソファから離れた。八神邸まで距離はあるが、トレーニングも兼ねて走って行けばそう遠くはない。
 玄関に向かう途中で、クロノはバスルームの前で脚を止めた。

「アルフ、フェイトを迎えに行って来る」
「あいよ〜。気を付けてねぇ〜」

 気の無いくぐもった声が返って来た。
 クロノは手早く靴を履くと外に出る。梅雨という季節柄のせいか、外気には強い湿気があった。不快感が頬を撫で、身体を包む。不安になって夜空を覗き込むと、 数多の雲の影が見えた。だが、月明かりを隠すまでには至っていない。雨が降る気配は無かった。
 エレベータに乗り込み、一階へ。無遠慮だと思いながら、フェイトに念話を送る。

『フェイト。今大丈夫か?』
『クロノ? うん、大丈夫だよ』

 元気が声が返って来た。

『まだはやての家に居るのか? 一応迎えに行くつもりなんだが』
『あ、大丈夫だよ。実はもうマンションの前なんだ』

 エレベータが小気味の良い音を鳴らして停止する。浮遊感が消え、二重構造の扉が左右に開く。エレベータを降りて、共通玄関となっているエントランスホールを 突っ切り、クロノは外へ出た。途端、フェイトの言っていた意味が理解出来た。

「ただいま、クロノ」

 笑顔のフェイトが眼前に立っていた。彼女の後ろには黒色の大型車輌――リムジンが停車していて、三人の少女の姿が見える。

「アリサの車で送ってもらったんだ」
「そういう事か。だが、出来れば連絡の一つもしてくれ。心配するだろう」
「あ。……ごめんなさい」

 しゅんとして、フェイトは顔色を伺うようにクロノを上目遣いで見上げる。可憐で痛々しいその態度に、クロノの胸は彼の意思とは無関係に高鳴った。

「いや、出来ればでいいんだ。その、別に怒ってる訳じゃないから」

 その言葉に、フェイトは雰囲気から表情まで一変させる。頬を桜色にして、輝くような笑顔で頷く。

「うんッ!」

 その時、フェイトの後ろから囁くような話し声が聞こえて来た。

「あれは確かになのはの言う通りね……」
「なのはちゃん、凄いライバルの登場だよ?」
「すずかちゃん、前にも言ったと思うけど、それどういう意味?」
「というか、あのクロノ・ハラオウンもようやく気付いたの? って感じだけど」
「クロノ君かぁ。いいなぁ、優しそうで格好良いし……」
「フェイトののろけ話聞いてる限りはね。でも鈍感っていうのは大きなマイナスポイントだわ」

 筒抜けという訳ではないが、クロノにはそれなりに丸聞こえだった。距離的に変わらない場所に居るフェイトの耳にも、彼女達の会話はもちろん入っている。

「い、いくらアリサやすずかでも、クロノは駄目だから」

 彼女達とクロノと間に立ちはだかるフェイト。

「別に捕らないわよ。ねぇなのは?」
「捕るとか捕らないのか、イマイチよく分からないんですけど、私」
「優しそうで格好良いなって思っただけだからね、フェイトちゃん」

 和やかに答える友人達に、フェイトの非常警戒態勢はすぐに解除された。
 吐息をつき、アリサが告げる。

「それじゃフェイト、また明日ね」
「おやすみ、フェイトちゃん」
「うん、おやすみ。すずか、アリサ」

 すずかがリムジンの運転手に手を引かれ、後部座席に乗り込む。

「なのは、家まで送るわよ」
「ううん、ここでいいよアリサちゃん。すぐ近くだし、ちょっとフェイトちゃんやクロノ君と話したい事があるから」

 なのははそう言うと、とことことフェイトに歩み寄る。

「そう? まぁ、あんまり二人の仲を邪魔しないようにね」
「ちゅ、注意します」

 難しそうに唸りながら、なのははアリサに手を振った。振り返したアリサはすずかが待つ後部座席に乗る。初老の運転手はなのは達に一礼をすると、運転席に戻り、 リムジンを発車させた。
 車が夜の住宅街に溶け込んで行く。完璧に見えなくなった後、なのははクロノに振り返った。少女の顔には先程まであった無邪気な笑みは無く、およそ小学生らしからぬ 引き締まった表情をしている。
 クロノには、彼女が今から言わんとしている事が看破出来た。

「昨日はバタバタしていて何も話せなかったからな。……なのは、本当に良いのか」

 単刀直入だった。暴走デバイス鎮圧任務に参加するか否か。
 何の躊躇も無く、なのはは頷く。

「私を巻き込みたくないっていうフェイトちゃんやクロノ君の気持ち、凄く嬉しかった。でも、同時に凄く寂しかった。私は……」

 一度言葉を切り、なのはは軽く深呼吸をする。

「私は、時空管理局武装隊所属、高町なのはです」

 軽い衝撃を受けて、クロノは言葉を失う。
 そう、彼女は類稀なる才能と魔力を持った最年少の武装隊士官、高町なのはなのだ。すでにいくつもの事件を体験して、半年前の闇の書事件の時よりもさらに成長 を果たしている。何より、武装隊士官としての自覚を持ち始めている。すなわち、管理局の使命と義務を知り始めているのだ。

「私は殺傷設定で魔法を使った事が無いし、喩え皆を守る為でも使いたくない。でも、それは誰でも一緒だと思うの。クロノ君も、フェイトちゃんも、皆同じだと 思う」

 フェイトとクロノは何も言わない。

「私は願いも悲しさも分かち合いたいんだ。苦しさも、辛さも、愉しさも全部。だから、私も一緒に戦います。フェイトちゃんの為に。クロノ君の為に。自分の為に」

 クロノは改めて痛感した。彼女が強い理由を。それは天賦の才でも図抜けた魔力量でもない。意思の強さなのだ。決して揺るがない、強固で直向な意思を最後まで 貫き通す。それが彼女の強さを根底から支えているものなのだ。
 フェイトが彼女の心を案じて事件を知らせなかったのも、ある意味で正しい事だ。親友をこんな凄惨な事件に巻き込みたくないという彼女の気持ちは当然間違っては いない。だが、それはなのはにしてみれば手前勝手な理由だったのかもしれない。

「……済まない、なのは。君の力を借りる」
「うん。私で良ければ」

 なのはは差し出されたクロノの右手を、嬉しそうに両手で握り締めた。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 アリサつえぇ。彼女に掛かれば紅の鉄騎も蒼き狼も形無しだぁ。
 どうも読んでいただきましてありがとうございます。日常を書くつもりが、気付けば意思確認話に。というかマリー難しいよマリー。あの人管理局のどこ所属なのぉ。 エイミィを先輩って言う割にはAsだとレイジングハートとバルディッシュ修理してて、どっからかベルカ式カートリッジシステム持って来てる謎な人。コミック版では レティさんの部下っぽく武装局員の装備関係を準備してたので都合良く”装備課”にしました。それで何故白衣を着ているのだろう…orz
 鮫島はAsじゃ出てこなかったなぁと思って二回も登場。そしてSC十一話にしてようやくユーノ登場。
 ではまた次回で〜。






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