魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.3 Nocturne









 砂糖をひとさじ、ミルクを適量入れて、用意されたスプーンで数回掻き回す。真っ黒だったコーヒーが独特な匂いを発する茶色に変化した。スプーンを取り出してカップ の横に置き、苦味が薄れたコーヒーを口にする。
 豆から挽かれた味はなかなかの物だった。クロノは何口か楽しんだ後、カップをコースターに戻す。
 なのはとの会話から一時間が過ぎていた。

「時空管理局武装隊所属、高町なのは、か」

 呟きが漏れた。
 クロノの横にはフェイトの姿がある。シャワーを浴びた彼女は黒と白を基調にした可愛らしい寝巻き姿でミルクを啜るように飲んでいた。長い金色の髪は左右で結わえら れておらず、湿り気を残して綺麗に降ろされている。アルフというと、キッチンで明日の昼食の準備に励んでいるので二人の前には居なかった。

「彼女も、もう局員だったんだな」
「……うん」

 静かに答えるフェイト。ミルクに口をつけた後、続ける。

「なのはは強いね。昨日も言われたんだ。苦しさも辛さも愉しさも分かり合いたいって」
「……要らないお節介だったな、彼女に事件の事を話さなかったのは」
「……そうかも」

 少しだけ寂しそうにして、フェイトは中身が半分くらいに減ったコップをコースターに戻した。
 気遣い。心配。配慮。他人と接する上ではとても大切なものだ。心配されて嫌な気持ちになる人間はまず居ない。だが、それも状況や気遣い次第で不要な ものとなる。過剰な配慮は疎ましいものにもなる。況してや、覚悟を決めた人間――自分が傷つく事も厭わない高町なのはにとっては、喩え自分を案じてくれた配慮で あっても、事件を知らせてくれなかった事は寂しかったに違いない。

「でも、僕は君が取った行動も間違っていなかったと思う」

 彼女の覚悟を考慮せず、手前勝手な理由を付けて事件を知らせなかった。確かに要らぬ世話だったかもしれない。だが、クロノはフェイトの行動は正解の一つである と思っていた。

「そうかな……?」

 不安そうにフェイトはクロノを見る。
 選択した行動が間違っていたとしても、友達を心配する気持ちが間違っているはずがないのだ。

「そうだよ。だからこそ、なのはに内密にしようって決めた時、母さんも賛成してしてくれたんだ」

 クロノに慰めているつもりは無い。ただ素直に思い、感じた事を口にする。

「どんなに強く覚悟してても、それは本人でしか分からない。特になのはは口にしないからね、そういう事は」
「クロノ……」

 彼女の髪に手を伸ばす。水分を残している金の髪は、しっとりとした肌触りを返して来た。

「母さんに連絡しておいた。すぐに正式な通達がなのはに出される。彼女が所属してる武装隊ごと、アースラに組み込まれると思う」

 労わるようにして、クロノはフェイトの髪を撫でる。

「ほ、ほんと?」

 別の意味で緊張した面持ちで、フェイト。シャワーを浴びて赤くなっていた頬が、さらに赤みを増している。

「AAAクラス以上の魔導師が三人以上同じ艦に乗艦するのは拙いんだが、事態が事態だから。君となのはのコンビには期待してる」
「う、うん。……が、頑張る、ね……。その、クロノは……」

 フェイトが震える手を動かす。髪に触れている彼の手を取り、その指に自分の指を絡めた。

「クロノは無茶しないでね。何かあったら、私が絶対に守るから。私はなのはの剣だけど、クロノの剣でもあるんだから……」

 フェイトは彼の手の甲に頬を押し当てる。クロノの手は少年の歳には不似合いな程に堅く、大きかった。
 数ヶ月前、闇の書事件が終わって間もない頃だ。管理局の任務で、クロノとフェイトは非合法武装組織の摘発を行った事があった。規模や人員、武装等の組織情報 は事前から完璧に把握され、当初の予定では、喩え抵抗があったとしても、苦戦を強いられる事無く組織構成員達を確保出来るはずだった。組織の中核を担っている 召喚魔導師が魔力増強用の低規模ロストロギアさえ使わなければ。
 召喚されたのは、圧倒的な魔力と巨躯を誇る竜型魔法生物。闇の書の意思が召喚した赤竜を桁違いで上回るその竜型魔法生物の駆逐には、クロノとフェイト、アルフの 魔力をすべて空にしなければならなかった。問題となる事件が起こったのは、竜駆逐後である。
 切り札的な存在だった召喚竜を撃破された事で、召喚魔導師が恐慌。枯渇していたはずの魔力を振り絞り、武装組織のメンバー達を異形な魔法生物へ変貌させた。本来 ならば苦戦するような相手ではなかったが、疲弊し切っていたクロノは捌き切れず、殺傷設定の砲撃魔法に被弾してしまった。
 腕が引き千切れてしまいそうな痛みの中、クロノが聞いたのはフェイトの悲鳴だけだった。彼女は魔力が底をついている状態であるにも関わらず、ザンバーフォーム を発動させ、命乞いをする召喚魔導師を執拗なまでに攻撃した。非殺傷設定を解除した魔法で。
 幸いにも召喚魔導師は一命を取り止め、フェイトは人殺しにはならなかった。それでも彼女の衝撃は大きく、部屋に閉じ篭った。大切な人を傷つけられれば、誰であろうと 憤怒に身を焼くだろう。クロノは痛み腕を無視して、彼女と話をした。すべては自分の未熟が招いた事なのだから、君が気にする必要はない、と。
 結局、その後クロノは入院となり、一週間以上を本局内の病院で過ごす事になった。その時だった。フェイトがクロノの剣になると誓ったのは。

「あの時も言ったけど、自分の面倒は自分で見るさ。それに、僕は君より弱いつもりは無いが?」

 事実、フェイトは戦闘訓練でクロノに勝利した事が未だにほとんど無い。紙一重の差で勝った事が二、三回あるくらいだ。完璧に子供扱いされていた訓練当初と 比較すれば飛躍的な進歩であるが、フェイトはその結果に納得出来ていなかった。
 彼の邪魔をするモノすべてを斬り払う”剣”になる事を誓ったのだ。彼よりも強くならなくてはならない。絶対に。

「そ、そうだけど……」
「それに」

 絡められている指を外して、クロノは手の甲を返した。フェイトの熱くなっている頬を掌で包む。彼女の息を呑む音が聞こえた。

「僕はなのはと一緒で、君の”盾”だ。君を脅かすモノを打ち倒す”盾”だ。だから、”剣”である君が、”盾”である僕を守るっていうのは語弊がある」

 意地悪な顔をして、彼はこう続けた。

「僕が君を守る」

 フェイトは眼を何度も瞬かせる。彼の言葉を一瞬で理解出来ない様子だ。
 やがて、彼女はそわそわし始めた。酷く落ち着かない眼差しをクロノに向ける。

「そんな、クロノ、私、えっと……」

 紡ぐ言葉が言葉になっていない。フェイトはひたすらにごにょごにょと口先で呟き続ける。
 気になったので、クロノは聞き取ろうと顔を近づけようとする。その拍子で、前髪が彼女の髪に触れた。

『あ……』

 二人の声が重なる。
 慌ててクロノが離れようとした。その彼の手を、フェイトが条件反射でしっかりと掴む。それでも彼の離れようとする勢いは強かった。 腕を掴んだはずのフェイトは、逆に引っ張られるようにクロノの胸に飛び込んでしまう。
 思わぬ衝撃に、クロノは派手にバランスを崩した。もつれ合うようにして、二人はテーブルのソファと間に落下する。

「うわッ!?」
「きゃッ……!」

 背中からリビングの床に落ちるクロノ。彼を下敷きにするようにフェイトが覆いかぶさった。

「つぅ……」

 背中と一緒に頭もぶつけたのか、クロノの頭の中では痛みが反響していた。顔を顰めて耐えていると、胸の上の柔らかな重みとほんのりとした温かさに気付く。
 湿り気のある金髪が、ぱらぱらと顔に落ちて来る。気持ちの良い匂いがした。
 眼を見開いているフェイトの顔が眼前にあった。
 紅色の瞳は思い詰めたように潤んでいる。何かを告げようとして開き掛けている唇は綺麗な程に滑らかだった。倒れた拍子で着崩れを起こしたのか、寝巻きの第 二ボタンが外れていて、透き通るようなうなじが見えた。

「フェ、フェイト……?」

 テーブルとソファの間という空間は、非常に限られたスペースしかなかった。クロノは身じろぎ一つ出来ず、何故か退いてくれないフェイトを見上げる事しか出来ない。

「くろの……」

 とろけそうな声がした。徐々に彼女の顔が近付いて来る。破滅的に鈍感なクロノでも、フェイトが何をしようとしているのかが理解出来た。
 滝のような冷や汗が背中に噴き出した。拙い。義理とは言え、妹とそんな破廉恥な。錯乱するクロノの頭は、何故フェイトがそんな行為に及んでいるかまるで考え ようとしなかった。

「フェイトッ! お、落ち着けッ!」

 声は無様なまでに引き攣っていた。だが、すでに息遣いが分かるくらいまで接近しているフェイトはまるで聞いていない。とろんとした紅い瞳がすぐそこにあった。
 一点のくもりも無い、玲瓏な瞳。クロノは言葉を失う。

「だ、め……?」

 切ないげにフェイトが訊ねる。
 何て答えればいいのだろう。クロノは心中で頭を抱えた。別にキスくらいはいいのではないかと思う。家族間での軽いスキンシップだ。リンディがクロノの幼少の頃に していたのと同じである。フェイトは妹として甘えたいだけなのだろう。
 それにしては妙に熱っぽく見えるのだが、気のせいだろうか。しばらくの黙考の後、クロノは唾を飲み込んだ。

「君が、いいなら……」

 そう言ってしまった。妹として見ると決めたのだ。度が過ぎたスキンシップにもちゃんと応えてやらなければ。

「……うん」

 フェイトが眼を瞑る。そのまま一直線に唇と唇が重なって――。

「準備完了〜ッ! 明日はアルフ特製のカレーだよッ!」

 エプロンを引っ掛けたアルフが満面の笑みでキッチンから出て来た。

「バッチリな出来で……」

 言葉は続かなかった。アルフの眼が、やたら狭い空間でもつれ合うように抱き合っているフェイトとクロノをしっかりと捉えてしまったのだ。
 クロノは首も動かせないが、フェイトは驚いたように顔を上げる。真赤な顔は赤いペンキでも頭からかぶったかのようだった。
 凍り付く時間と空間。

「コラ小坊主」

 指の間接を鳴らしながら、アルフはゆったりとした足取りで二人に、正確にはクロノに歩み寄る。憤怒に任せて編み上げられた術式がバリアジャケットを刹那の間に 形成した。しかも手甲付きで。
 完全装備を果たしたアルフがクロノの頭上に立った。

「まだ早いんじゃないのかい? そーゆーのは」
「アルフ、まずは落ち着け。落ち着いて話をしよう。というか魔力の無駄使いだから早くバリアジャケットを解いた方がいい。むしろ推奨。さらに言うとこの状況はどう見 ても僕に罪は無いと思うんだがッ!?」
「バリアブレイクか、チェーンバインドで絡めて虚数空間に放り込むか、選ばせてやるよ」
「どちらも御免被るッ!」

 クロノの絶叫が夜のマンションに響いた。



 ☆



 叩こうとして、でも叩けない。手は何度も上下運動を繰り返す。
 フェイトはクロノの部屋の前に立っていた。リビングでの騒ぎから随分経っていて、すでに深夜近くと言ってもいい時間帯になっている。
 瞼は重く、思考も徐々に鈍く緩慢になって来ている。そろそろ就寝しなければ明日の学校に響くというのは誰よりもフェイトは分かっている。分かってはいるが、 火照った身体をどうにかしたかった。
 クロノの体温が、身体の感触が、息遣いが、すべてが生々しく脳裏に焼きついている。思い出しただけでも頭に熱が回り、ふらふらとした。ベッドに入ってもとても 寝れそうにないし、寝れる自信も無い。

「アルフのばか……」

 本心でそう思う。
 彼女のタイミングは完璧だった。せめてもう少し早いか遅ければ良かったのにと、フェイトは思う。早ければ我慢出来ただろうし、遅ければキス出来ていただろうし。
 そう考えると、身体がまた熱さを増した。脳裏で勝手に想像される彼の唇の感触を、フェイトは頭を振って振り払う。

「……よし」

 邪欲まみれの想像が薄らぐ。グッと握り拳を作って決意を固めたフェイトは、決闘に挑む戦士のような眼差しで部屋の扉をノックした。
 蒸し暑さの漂う廊下に乾いた音が響く。

「あの、フェイトです」
「空いてるよ」
「お、お邪魔します」

 中に入ると、寝巻き姿のクロノが居た。彼は床に座り、ベッドに背を預け、無骨な機械仕掛けの魔導師の杖を整備していた。工具箱を傍らに置いて作業している その様は、魔導師というよりも整備師だ。
 ヘッド部位が最も派手に解体、整備されていた。中枢機能である淡い黄緑色の魔石は取り外され、梱包材の上に鎮座している。他にも一体どこの機能を司っているの か定かではない部品や回路、配線関係が綺麗に整理され、床に置かれていた。

「あ……。本当にお邪魔だったかな……?」
「大丈夫だよ。ちょっとしたチェックだから」

 ストレージデバイスに関しては素人なフェイトからは、とても”ちょっとしたチェック”をしているようには見えなかった。
 扉の前に立ったまま作業に没頭しているクロノを傍観していると、彼が不思議そうにして顔を上げた。

「どうしたんだ、フェイト」
「え!? えっと、その……」

 火照る身体を押さえるように胸元に両手を添え、フェイトは視線を泳がせる。
 そういえば、私はどうするつもりだったのだろう。まさか面と向かってクロノに”さっきの続きをして下さい”とでも言うつもりか?

「そ、そんな事、い、言える訳ないよ……!」
「え?」
「な、ななななんでもないッ! その、特に用というか、そういうのは無かったんだけど、え〜と……」

 適当な言葉が出て来なかった。元々フェイトは比較的無口な性格だし、なのはを初めとする友人達と話をする時も聞き手に回る時の方が圧倒的に多い。こういう時は 何て言葉を繋いで行けばいいのか、さっぱり分からなかった。
 すったもんだするフェイト。しばらくの間、それを眺めていたクロノは、思い出したように手を打った。工具を工具箱に戻して整備中のS2Uを置くと、彼は床に 転がっている部品達を器用に跨いで机に寄った。机上に置かれていた木箱を取る。

「フェイト」
「は、はいッ」

 フェイトは彷徨わせていた視線をクロノに向けた。彼はフェイトのすぐ側まで歩み寄ると、大切そうに抱えていた木箱を開けた。
 中に入っていたのは腕時計だった。古いデザインで、古風さすら漂わせている。時計以外の機能は無いらしく、実用品というよりも鑑賞品という雰囲気があった。

「これは……?」
「アルフとの契約記念だ。昨日はやてを送った帰りに色々あって手に入れたものだ」

 少し照れくさそうにして、クロノが言った。

「ペアウォッチらしい。片方はもうアルフに渡してある。去年は何も贈れなかったから……」

 彼は一度深呼吸をすると、木箱から時計を出して、彼女に差し出す。

「今年は贈りたかったんだ。もし良ければ受け取って欲しい」
「……ありが、とう……」

 フェイトはおずおずと腕時計を受け取った。アンティーク品を連想させる繊細な作りのそれは、一瞥してフェイトにはあまり似合わないように思える。だが、そん な事は関係無かった。彼がくれた初めてのプレゼントなのだから。
 掌で大切に腕時計を包み込み、胸に抱く。時計の金属の感触が彼女に実感を与えて行った。
 改めて、フェイトは言った。

「ありがとう、クロノ」

 彼は満足そうに頷く。

「着けてみてくれないか? 古い型らしいから合うかどうか分からないんだ。アルフのは一応合ったんだけど……」

 フェイトは割れ物を扱うようにして腕時計を左手首に着けてみた。革製のバンドは古びていたが、くたびれてはいなかった。しっくりと手に馴染む。

「うん、凄くピッタリ」
「そうか、良かった」

 そう言って、彼は笑みをこぼす。安心したような、あどけない笑みだった。
 忘れていた身体の火照りが思い出された。胸に手を置いて、高鳴る胸の鼓動を抑えようとするが、もちろんそんな事で収まるはずがない。
 不意にフェイトは現状の”良さ”に気付いた。彼の部屋で二人きりで、プレゼントを貰い、しかも見詰め合っている。
 偶然というべきか、フェイトが望んでいた環境が形成されていた。これなら、自然な形でリビングの続きに移る事が出来るのではないのか。
 無意識にフェイトの右手が背中に行く。手探りでドアノブを探して、静かに鍵を閉めた。これで不用意な出来事があっても邪魔は入らない。勇気を出して頼めば、 きっと彼は聞き入れてくれるだろう。

「フェイト」

 引き締まった彼の声が耳朶を打った。思考が問答無用で中断させられる。

「え、あ、は、はい」
「本当なら昨日言うつもりだったんだが、僕は明後日にはアースラに戻る」
「戻るって……あ、明後日ッ?」

 唐突な切り出しに、フェイトの思考は強制的に切り替えられてしまった。

「ど、どうして……?」
「今日はやての家に行って来たんだろう? ……シグナムとヴィータは居たか?」

 訳が分からず、フェイトは首を横に振る。

「僕と君が抜けた穴を埋める為に、母さんとレティ提督が二人に暴走デバイス駆逐を依頼したんだ。今はアースラに居る」
「シグナムと、ヴィータが……?」

 現状の管理局にクロノとフェイトの代わりとなる人材は、残念ながら少ない。武装隊特別捜査官として年初めに入局したヴォルケンリッターを除けば、教導隊、 もしくは武装隊の高位士官級でもなければ二人の代役を務める事は難しかった。

「今日母さんと連絡を取って分かった事だけど、ここ三日でさらに暴走件数が増えてるらしい。ミッドチルダの対策本部も相当焦ってる。……最初は早く戻って、 シグナムかヴィータか、どちらかをはやての所へ戻すつもりで居たけど、どうやらそれも難しいみたいだ」
「………」
「非常時の教導隊が召集されて、対策本部も規模を拡大するらしい。デバイス駆逐任務に就いているアースラの執務官として、僕は現場に出る義務がある」
「……だから、戻るの?」
「ああ。デュランダルのオーバーホールも予定通りに終わるらしいし、魔力も体力も大方戻ってる。問題はないよ」
「そう、かもしれないけど……」

 自分達が休んでいる事で、多方面に負担を強いている。シグナムとヴィータを巻き込み、リンディを初めとするアースラスタッフに多大な迷惑を掛けている。 それは理解出来た。だが、だからと言って、クロノが予定より早く現場復帰する事には納得は出来なかった。

「フェイト。君は残り五日間、しっかり休むんだ。魔力は戻っても、まだ体力が辛いだろう。五日後になのはと一緒にアースラに来てくれればいい」

 甲斐甲斐しくクロノが説明した。
 ますます納得出来なかった。

「……やだよ」

 呟くように言う。

「私もクロノと一緒にアースラに戻る」
「駄目だ。君はちゃんと休んでおけ」
「どうして? クロノだって私と同じで疲れてたじゃない。なのにどうしてクロノだけ戻る事になるの?」

 ふつふつと腹の底から苛立ちがこみ上げて来た。

「僕は執務官だ。担当してる事件が酷い方向に変化して行くのに、のんびり休んでる訳にはいかない」
「なら私もそうだよ。執務官候補生なんだから」
「……フェイト」

 彼は困ったように顔を顰める。
 フェイトは苛立ちを実感すると同時に、酷く悲しく惨めになった。なのはの気持ちが今ならとてもよく分かる。
 クロノはフェイトに負担を掛けまいと言っているのだ。休暇を打ち切って現場に戻れば、また無尽蔵に出現する暴走デバイスとの飽くなき戦闘が待っている。先延ばし にする訳ではないが、休暇はまだ五日間も残されているのだ。その五日間の間に事件が急展開して解決に向けて動き出す可能性もある。そうなれば、フェイトやなのは が殺傷設定の魔法を行使する回数も減少するはずだ。
 自分を気遣い、労わってくれているのはとても嬉しかった。でも、彼から信頼されていないと思うと、悲しく、惨めだった。きっとなのはも同様の感情を抱いたに 違いない。

「クロノ、なのはが言ってた事、また言うね?」

 勧告をするように告げた後、彼女は射抜くようにクロノを見据えた。

「私は、時空管理局嘱託魔導師・執務官候補生、フェイト・T・ハラオウンです」

 クロノは何も言い返せず、茫然とフェイトを見詰め返した。

「確かにデバイスとの戦闘は辛いけど、でも私は時空管理局の魔導師なんだ。誰かを傷つけたり、自分が傷ついたりする覚悟は出来てる」
「……フェイト」
「それに、私はクロノの”剣”だから。”剣”が持ち主から離れたら駄目でしょ?」

 そっと彼に寄り添う。

「絶対に一緒に行くから」

 迷うような沈黙の後、クロノは謝罪する。

「済まない」
「……クロノは優しいね。本当に……」

 彼の胸に耳を押し当てる。服の生地越しに確かな鼓動が聞こえた。緊張しているのか、その音は速い。フェイトの胸の高鳴りと同じように。

「……帰還は明後日だ。いいか?」
「朝から戻るの?」
「それはまだ未定だ。デュランダルのオーバーホールが終わればすぐにでも戻るつもりだけど」
「なら、一応まだ二日間あるって事だね?」
「ああ。遊ぶ時間はまだあるぞ」

 綻んだ声でクロノが言った。フェイトも釣られて笑みを浮かべる。

「うん。ちょうど明後日は創立記念日で学校はお休みだし」

 実は今日学校に行って、なのは達とお喋りをしていて知った情報だった。学校が無いのは残念だが、なのはやはやて、アリサ、すずか達と思う存分遊べると思うと心が 踊る。

「……休みなのか」

 思案するようにクロノが繰り返す。何か悩んでいる様子だった。身体を離して彼の顔を覗き込む。

「クロノ?」
「フェイト。明後日は何か予定は入ってるか?」
「ううん。今日なのは達と話して来たんだけど、まだ何も」
「そうか……」

 残念そうにクロノは眼を伏せた。彼らしからぬ行動に、フェイトは首を傾げる。

「もし良かったら買い物にでも一緒に行こうかと思ったんだけど」

 買い物?

「え……?」

 言葉の意図が掴めず、フェイトは茫然とする。

「新しい靴とか、欲しくないか?」

 ますます意味が分からない。だが、フェイトは本能的に聴覚に意識を総動員した。魔力まで使って強化する。彼の一言一言を決して聞き逃してはならないと、頭 のどこかで警報が鳴り響いていた。
 クロノは言葉を選ぶように、おずおずと続けた。

「昨日、君が靴を履いていなかったのを見て思ったんだ。そろそろ新しい靴が欲しいんじゃないかなって。今履いてる物はこっちに越して来た時に母さんが買った 物だろう?」
「う、うん。いくつか買ってもらったんだけど……」

 闇の書事件の時、このマンションに越して来たリンディは真っ先にフェイトの日用雑貨品の購入に走っていた。フェイトはそれは激しく遠慮した。ジュエルシード 探索の際にいくつか揃えていた物もあったし、急いで新しい物を買う必要が無いと思ったのだ。それに、フェイトは衣服に執着はあまり無い。無頓着という訳では ないのだが、最低限の機能性があればいいと思っている。それが逆にリンディを刺激してしまい、遠慮するフェイトを引き摺り回して、服や下着、靴等を一通り揃えてしま ったのだ。
 あれからもう半年以上が経過している。服は何着かなのはと遊びに行った先で購入していたが、靴はまだ新調していなかった。

「その、買って来てもいいんだが、僕はそういう経験が無いから、どういうものがいいのか分からないんだ」

 なるほど。だから一緒に行かないかと誘ったという訳か。だが、それはつまり――。

「………いいの?」

 デートの誘いという事だ。ただの買い物かもしれないが、好き合っている男女が二人きりで買い物に行く事を、大体の人間はデートと呼ぶだろう。

「あ、ああ。君さえ良ければ」

 彼はそう答えた後、顔を背けた。恥ずかしそうに頬を掻いている。
 フェイトはじっくりと吟味する。明後日の予定は、今日なのはやアリサ達と話して来たが、結局決まらずじまいだった。つまり未定という事だ。
 予定は未定。空いているも同様である。なのは達と一緒に遊べないのは残念だが、彼からの初めての誘いを無下にする事は出来なかった。

「お、お願いします……!」

 気付いた時には、フェイトは頭を下げてそう言っていた。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 やっぱり何日か掛けて書くもんですね。一日で書くには体力が…orz 読んでいただきましてありがとうございます。SCでは珍しく文中にフェイトとクロノ以外の 人がほとんど出て来てません(アルフが若干くらい)。そろそろ中盤が近付いて来てるというか、修羅場の第二段階に脚をかけ始めているというか。
 今回書いてて無事に時計を渡す事が出来ましたが、当初の予定より遥かに小さな小道具になってしまいましたorz う〜ん、失敗したかも。
 では〜。






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