魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.3 Nocturne









 マリーが所属している本局装備課には当然劣るものの、アースラ内にも設備の整った大規模なデバイス整備室がある。主にストレージデバイスの調整・整備等を行う 部屋だ。高度な人工知能を備えたインテリジェントデバイスならば年に数回の定期整備を受ければ事足りるのだが、純粋な記憶媒体としてしか機能しないストレージ デバイスの場合はそうはいかない。最低限のメンテナンスプログラムが組み込まれてはいるが、インテリジェントデバイスの優れた自己判断プログラムほど精度の高い ものではなく、小さな不具合までは感知する事が難しかった。
 些細な見落としが、現場では即最悪な事態に直結する。ストレージデバイスには常日頃から念入りな整備や点検が必要だった。だが、常に本局の装備課で綿密な整備を 受けられる訳ではない。人手不足を嘆かれている時空管理局でも、武装局員や捜査官、執務官等、ストレージデバイスを愛用している魔導師の数は圧倒的に多く、彼らの すべてのデバイスの整備、点検業務を装備課が一手に担うという事は事実上不可能だった。その為、武装隊を初めとするデバイスを扱うすべての局員には、高度なデバ イスの整備訓練が課せられている。制限時間内でのデバイスの解体、整備、組み上げから、基本構造、仕組みの熟知という内容だ。
 戦闘や魔法にはまったく関係の無い訓練項目だったが、ほとんどの者が親身になってこの訓練を受けていた。デバイスはほとんどの場合が管理局からの支給品となる が、自分の命を預ける大切な相棒である。無為にする者の方が圧倒的に少なかった。
 局員達が自分で自分のデバイスの面倒を見れるように、巡航艦船には整備室が設けられている。内装は”魔法”という言葉からはおよそ掛け離れたもので、デバイス の整備用の固定ベッドが並び、部品を保管・管理しておくロッカーが壁に設置され、モニターやディスプレイが周囲を埋めている。軍の物騒な武器庫を連想させる作り だった。

「はい、二人とも」

 エイミィが待機状態の二機のアームドデバイス――レヴァンティンとグラーフアイゼンを差し出した。

「済まない、エイミィ」
「サンキュー」

 それぞれで礼を告げて、シグナムとヴィータは己が相棒を受け取る。二機のアームドデバイスは待機状態でも武器の形状を取っており、一見すれば、一風変わった シルバーアクセサリーに見えた。

「本当に頑丈だね、その子達。まったく異常無しだよ」

 驚嘆半分呆れ半分と言った様子で、エイミィが簡易整備の感想を告げた。

「だから最初に言ったろ。大丈夫だって。柔な作りじゃ、あたし達ヴォルケンリッターの相棒は務まんないよ」

 エイミィの言葉を褒め言葉として受け取ったのか、ヴィータは少年のような笑みを浮かべた。
 昨日一日で、彼女達は五回以上暴走デバイスとの戦闘を行っていた。幸いにも魔力も規模も過剰な成長をしていないデバイスが目標だったが、喩え戦技教導隊のス タッフであっても根を上げてもおかしくはない出動件数である。しかし、二人には疲れた様子がまったく無かった。元々強行軍を行う事に慣れている為、これくらい は問題無いらしい。もっとも、彼女達が使っているアームドデバイスはそうはいかない。近距離での打撃近接戦闘――要はどつき合いに特化している頑強なデバイス ではあるが、その作りは決して簡易ではない。連続出動での過剰な使用に不具合が起きている可能性が少なからずともあった。
 心配したエイミィが、整備は自分達で行うというシグナムとヴィータを説き伏せて、簡易的だが整備を行ったのだが、結果は何の問題も無かった。杞憂に終わった ようだ。

「ん〜。確かにそうだったかも」
「そーそー」

 頭の裏で指を組むヴィータ。そんな彼女をシグナムがたしなめた。

「ヴィータ、如何に優れたデバイスでも、整備を怠れば、その機能をすべて振るう事は出来んぞ。それに、レヴァンティンもグラーフアイゼンも、中身を新型に入れ 替えてから実戦ではあまり使ってはいない。念入りな整備は行うべきだ。エイミィ、感謝する」
『Danke.』

 レヴァンティンが無骨な電子音声で感謝を告げる。

「そう言ってもらえると嬉しいな」

 照れくさそうに笑うエイミィ。すると、ヴィータが罰の悪そうな顔でもごもごとした。

「……ありがとう」
「ん、ヴィータちゃんも」

 エイミィは少女の赤髪を優しく撫でてやる。ヴィータは安心したように笑った。

「エイミィ、もし可能ならカートリッジの補充も頼めるか?」
「もちろん。そう言うと思って、マリーからダース単位で貰ってあるよ」

 エイミィは部品保管用のロッカーに歩み寄ると、スリットに局員IDを通した。電子音が鳴り、ロッカーが開放される。中を漁って、緑色のケースを引っ張り出した。 細長いそれは、銃火器の弾丸を保管しておく保管ケースに良く似ていて、何の飾り気も無い。外装には”BELKA Cartridge System”という焼印 が押されていた。

「こっちがヴィータちゃんので、こっちはシグナムの」

 それぞれに手渡す。シグナムは厳重な封を開け、中身を確認した。エイミィの言葉は大袈裟なものではなかったらしく、中には百発近いアームドデバイス用のカー トリッジが納められている。

「済まない、エイミィ。これで存分に戦える」

 不敵な笑みがこぼれた。戦闘中に携帯出来る数は限られているが、これだけの数があれば、カートリッジに依存する大規模な魔法でも気兼ね無く行使出来るという ものだ。

「発注はいつでも出来るから、足りなくなる前に言ってね」
「そうさせてもらう。新式になってから装填数も増えたが、お陰で消費量も増えているからな」

 武装隊所属特別捜査官補佐という長ったらしい役職で局入りを果たした際、シグナム達のアームドデバイスは外見こそ変化しないものの、内部の駆動系統や魔力回路 等をほぼすべて新型に改装していた。処理速度や術式管理、魔力増幅と言ったデバイス本来の機能向上も行われているが、最も改良が加えられた箇所がカートリッジの 装填数だった。レイジングハートやバルディッシュの最大装填数六発に比べ、レヴァンティンは四発、グラーフアイゼンは三発と明らかに見劣りしている。戦場に於いて この差は非常に大きい。改良の末、レヴァンティン、グラーフアイゼン共に最大装填数を五発に増やす事に成功していた。
 エイミィはロッカーを閉め、電子ロックを施すと、呟くように言った。

「足りなくなる事態にはなって欲しくないんだけどね」

 眉尻を下げている彼女に、いつもの陽気な覇気は無かった。
 百発近くのカートリッジを使い切るという事態は、言い換えれば非常事態だ。実際にそうなった時、一体どれ程の都市が焦土を化しているか想像出来ないし、エイミィ 自身、想像したくなかった。

「……捜査はどうなってんだ?」

 カートリッジケースを重そうに持ちながら、ヴィータが訊ねる。

「残念ながら、大した進展は無し」
「……証拠不足からデバイスの調査が行き詰っているのは聞いているが、分析班や捜査班も駄目なのか?」

 眉を顰め、訝しがるシグナム。
 事件捜査は、回収されたデバイスの残骸から暴走の原因を調査している分析班と、暴走したデバイスの入手経路の究明や、持ち主である魔導師の近辺調査を行ってい る捜査班の二班に別れて行われている。

「うん。捜査班の方も結構行き詰っちゃってるんだ。寄生された魔導師達に接点は無いし、年齢も出身も職業も得意魔法も、何から何まで違うみたいで」
「魔導師に接点は無し、か。となると」

 シグナムが言葉を切る。エイミィは神妙な顔で頷くと、続きの言葉を口にした。

「暴走の原因は、やっぱりデバイスそのものにあるって事だね」
「なるほど。デバイスを原型を留めたまま確保する必要があるな」
「……アレを、捕まえるのか?」

 嫌悪感すら浮かべ、ヴィータが言った。

「それしか手は無いだろう」
「でもさ、本体ブッ壊さないと止まらないんだぜ、アレ」
「……それ、なんだけど」

 エイミィが口を挟む。だが、その声は酷く暗い。重苦しい空気すら含んでいた。
 シグナムとヴィータの視線が集中する。何度か迷うように口を開けたり閉めたりした後、エイミィは厳かに告げた。

「……ついさっき、デバイスの解析をしてるマリーから報告があったんだけど……寄生されてる魔導師の生命活動を止めれば、デバイスも停止する可能性があるみたい なんだ」
「それって……」
「魔導師を殺すという事か?」

 シグナムの言葉を皮切りに、整備室は沈黙に包まれた。三人は誰からも口を開かず、この事実を享受する。
 事件を解決する糸口を掴む為には、人一人を犠牲にするしかない――。



 ☆



 フェイトは悩んでいた。いや、苦悩していると言っていい。これまで遭遇した事の無い困難な問題に彼女は直面していた。
 自室に籠もってから早一時間。夕食をアルフに一任したフェイトは、この一時間をひたすら悩む事に費やしている。最初は容易に答えが出ると思っていたのだが、 現実はそう甘くなかった。

「どうしよう……」

 不安げに呟くフェイトの眼前には、彼女が今現在持っている服すべてがあった。季節を問わない種類が多く、その数はフローリングの床一面を埋め尽くす程で、ほ とんどがリンディが購入した物である。すべてに袖を通しているが、中には高価過ぎてなかなか着る事の出来ない服もあった。
 六割の服が黒色を基調とした配色だ。ワンピース、トップス、フレアーチュニック、その他軽く羽織る物として、コンパクトカーディガンやミニボレロ等もある。 下に履く物はほとんどがスカートで、白を基調色にした物が多い。
 フェイトは下着姿で、それら大量の服達を吟味していた。もちろん、明日のクロノとのデートの為である。すでに何着か気になる服を試着してみたが、どうにも しっくりこなかった。
 途方に暮れ、ついには床にへたり込んでしまう。脚とお尻を冷たい感触が包んだ。
 やはりアリサ達に強力を要請すべきだった。フェイトは学校で下してしまった自分の判断を強く後悔する。
 昼休みに明日の創立記念日の過ごし方を議題にして、 いつもの面子が集まったのだが、フェイトはその場で諸事情から明日は一緒に遊べなくなってしまったと告げていた。もちろん、その”諸事情”の本当の意味は口に していない。言おうものなら、色恋沙汰に興味津々なアリサに格好の話題を与えるようなものである。だが、なのはも含めて三人から詮索されてしまい、結局、クロノと 二人きりで買い物に行く事になったと告白してしまった。それが運の尽きとなり、フェイトは二日連続でアリサにクロノとの仲を冷やかされてしまった。
 フェイトはその冷やかしを心地良く思いながらも、やっぱり恥ずかしかった。明日着て行く物を皆で物色しようと決め込むアリサ達を少し強引に拒否して、フェイトは 逃げるように一人で帰宅。現在に至っている。

「やっぱりアリサ達に手伝ってもらった方が良かったかなぁ……」

 衣服に深い執着が無いフェイトだが、彼との初めてのデートである。出来得る限り可愛く、綺麗に着飾りたかった。だが、床を占拠している大量の服の中から自分を 一番可愛く見せてくれる一着が決まらない。いや、決められなかった。それなりに目星をつけた時もあったが、今度は彼が好む服は何だろうという疑問が浮かんでしま ったのだ。
 ロストロギアにすれば封印指定間違いなしの鈍感さを持つ彼の事だ。女性の服装に特に好みなど無いと思ったものの、出来るなら彼が可愛いと思う服を着たい。

「う〜……」

 悩みが悩みを呼ぶ。どうにも一人で解決するのは難しい問題である。渋い顔をして現状をじっくりと吟味したフェイトは、大きな溜め息をついて決断した。

「アルフにお願いしよう」

 もうそれしかない。ジュエルシード捜索の際、アルフはフェイトに似合う衣服を何着か近くの繁華街で購入して来た事があった。彼女にコーディネイトしてもらえば 取り合えず間違いはないだろう。似合う服を見繕った後にクロノ好みの服を模索すればいい。もしそれが出なかった時は、その時はその時だ。覚悟を決めるしかない。
 フェイトは立ち上がると、アルフの夕食作りを手伝う為に着替えを始めようとした。
 その時、姿見に映っている自分の姿が眼に入った。等身大の大きな鏡の中には、可愛らしい白の下着だけを身に着けた小さな少女が居る。
 伸びていない背丈。華奢な手足。細くもくびれていない腰。平らに近い胸。小学四年生なのだから当たり前の身体だ。不満は無いが、完璧な成長期の真っ只中に居る クロノに釣り合うのかなと思うと溜め息が出てしまう。
 闇の書事件から半年以上が経過しているが、あの時から比べて、クロノの身体は随分と成長していた。肩幅は広くなり、 手足も眼に見えて伸びて、顔からも子供らしさが抜け始めている。特に顕著に見える変化が身長だ。半年前はフェイトと頭一つの差も無かった彼の背は、今では明らかに 頭一つ分違う。
 明日のデートの光景を想像する。肩が触れ合うくらいの距離で歩く二人の姿を、周囲の人達はどんな目で見るだろうか。
 仲睦ましい恋人同士に見えるだろうか。それとも、ただの仲の良い兄妹に見えるのだろうか――。
 考えるまでもない。後者の人間の方が圧倒的に多いだろう。クロノと違って、フェイトはまだ成長期ではない。子供そのものだ。恋人に見られる方が難しい。
 フェイトは激しく頭を振ると、サッサと着替える事にした。こんな事を考えていても意味は無いし、周囲がどれだけ”兄妹”と見ようと、実際には”恋人”なのだ。
 着替えを済ませた後、床に散りばめた服を一旦クローゼットへ押し込む。目星をつけていた物はハンガーへ。片付けた後、キッチンへ向かおうとする。

「………」

 ドアノブを掴んだ手が動かなかった。フェイトはもう一度姿見を見詰める。
 子供の自分。外見的に彼と釣り合わない自分――。
 ノブから手を離して、フェイトは姿見に歩み寄った。
 リンディの養子縁組を受け、姓をテスタロッサからハラオウンに変えた時、フェイトは物心がついた時からずっと変える事のなかった髪型をやめた。二つに結わえて いた髪を解き、一つに束ねた。もちろん、常にそうしている訳ではない。元々ツーテールは気に入っていたし、何より長い髪を一つに束ねるという事が意外にも難しい。 今は管理局の執務官候補生の制服に袖を通している時のみ、新たな髪型に変え、学校やその他の時は従来のままだ。
 髪型を変えると決めた時、なのはがどうして変えるのかと、不思議そうに訊ねた事があった。
 一つの決別のつもりだった。”テスタロッサ”という姓と、十年近く母だと信じ続けて来た女性、そして、姉と言うべき小さな少女への。
 そう答えると、なのはは複雑な顔をした。嬉しそうで、切なそうで、悲しそうで。彼女は何も言わず、自分のリボンでフェイトの髪を綺麗に一つに束ねた。
 髪型を変えただけで何かが変わる訳ではない。姓もハラオウンになったが、テスタロッサの名はアルファベットになって名前に残っている。
 決別はした。だが、忘却する為の決別ではなかった。言い換えればけじめである。ハラオウンを名乗り、時空管理局執務官という本当になりたい目標を見つけた 以上、テスタロッサという過去にけじめをつけたかった。その為の明確な行動を起こしたかったのだ。それが、一時的とは言え髪型をやめるという事だった。
 髪を下ろして、初めて執務官候補生の制服を着た時、はやてが言っていた事を思い出す。

「大人っぽい、か……」

 本当にそう見えるのだろうか? クロノと並んで一緒に歩いても、兄妹に見えないくらい変わるのだろうか?
 そう言った観点で、フェイトは髪を下ろした自分を見た事が無い。

「……よし」

 なら、今やってみよう。
 眼を瞑り、頭の左右で結わえている髪を解く。戒めから解き放たれた鮮やかな金髪が、ふわりと広がった。
 ゆっくりと眼を開け、姿見を見る。そこには、先程と明らかに雰囲気を変えた少女が居た。
 膝裏まで到達している長い金の髪は、フェイトの全身を、綺麗に、可憐に、玲瓏に包み込んでいた。
 彼女は二つに結えていた髪を解いただけだ。他には本当に何もしていない。だが、姿見の中のフェイトは明らかに変わっていた。急激な変化とまでは行かないが、 それでも年齢を少し高く見えるには充分過ぎた。
 はやての言った通りだ。確かに大人びて見える。髪を束ねる為に鏡の前で悪戦苦闘していた時はまったく気付かなかった。
 試しに、フェイトは軽く身じろぎしてみた。束縛を受けていない髪は少しの挙動で羽毛のように舞う。ふと、以前アリサが見せてくれたファッション雑誌を思い出す。 スラリとした長身のモデル達が、それぞれ魅惑的なポーズを取り、自信を漲らせた笑みを浮かべていた。可能な限りそれを思い出してみる。
 腰に手を当て、顎を引き、口許を緩める。髪を軽く掻き上げ、靡かせて見た。

「………」

 身体は子供なので雑誌のモデル達には当然勝てないが、雰囲気はそれなりに出ていると思った。何度か顔の角度を変えて、再度鏡の中の自分を凝視するフェイト。

「………うん」

 フェイトは即決に近い決断を下した。自分を綺麗に見せる為には、少しでも彼に釣り合うようにする為には、これしかない。握り拳を作り、力強く頷いた彼女は、 慣れた手付きで髪を元のツーテールに戻すと、部屋を後にした。
 髪を解いた姿をクロノに見せるのは明日だ。びっくりして頬を紅潮させる彼を想像しながら、フェイトは羽のように軽い脚をリビングへ向ける。

「アルフ、お夕飯の支度、手伝うよ」

 キッチンに入ると、包丁で食材を刻んでいたアルフが意外そうな顔をした。

「服はもう選べたの?」
「え〜と……。出来れば後で手伝って欲しいなぁ〜って」
「一人じゃ選べなかった?」
「う、うん。その、うまく決められなくて」

 照れ隠しをするように手を洗う。アルフはにかっ、と笑った。

「フェイトなら何着ても可愛いのに」
「そ、そんな事無いよ。あの、クロノは? 部屋?」
「さっきまではね。何かデバイスの慣らしをしたいからって屋上に行ってる」
「慣らし?」

 昨日、バラバラに分解されていたS2Uを思い出す。

「なに? 愛しの彼が気になる?」
「え!?」

 意地悪そうな顔をしたアルフは、浮かべていた快活な笑みを、酷く邪な笑みに変えた。
 学校ではアリサ、自宅ではアルフ。どうやら、フェイトをからかって楽しむ人間は多いようだ。



 ☆



 誰も居ない屋上。傾きつつある太陽が、少年の影を歪める。コンクリートの床から熱が引き始め、屋上全体の温度を少しずつ下げていた。

「封時結界、形成完了……」
『Operating system ”Rottin bound” normal operation confirmation.』

 聞き慣れた電子音声が報告をする。
 新たに組み込まれた最新型の補助OS”ロッティン・バウンド”は、何の支障も無くS2Uに馴染んでいた。登録されている術式の管理系統がより精密化され、 魔導師の魔力を増幅・放出する出力回路がアイドリンク状態のエンジンのような力強い鼓動を鳴らしている。

「これは……確かに凄いな」

 デバイスモードのS2Uを握り締め、クロノは眼に見えた強化を実感する。すべての動作効率が軒並み二十パーセントは上昇し、術式管理と出力増幅に至っては 三十パーセント以上も基本性能が向上していた。これなら、従来よりもさらに低い魔力でより強力な魔法を行使する事が可能だ。

「よし」

 クロノは空を見上げた。茜色に染まっている上空にはもちろん何も無い。だからこそ、試射にはもってこいだった。フェイトに模擬戦闘を頼めば より確かな性能確認をする事が出来るのだが、そうなると本格的な戦闘訓練になってしまう。それも悪くはないのだが、今は取り合えずどれくらいの強化がされているの かを確かめたかった。
 S2Uを振りかざし、機械仕掛けの先端を空へ向ける。深呼吸をして、クロノはゆっくりと魔法発動の為の四工程を紡ぐ。クロノの中心として、無機質なコンクリー トの床一面に水色の魔法陣が形成された。
 魔力供給。中枢機能を司る先端部位の魔石に魔力を注入。
 魔法選択。砲撃魔法を選定。登録呼称名、ブレイズキャノン。
 術式展開。極めて複雑な数学公式を解き、有機的な理数を構築する。
 ここで予想外の事が起こった。クロノが想像していた速度よりも遥かに速く、円滑に術式が編み上げられたのだ。新たに搭載された補助OSはこの三工程目のサポート 主眼に開発されている。その恩恵のようだ。
 魔力の収集と圧縮の役割を担う足元の魔法陣が輝きを増し、回転率を上昇させる。クロノは驚き、眼を見張りながらも最後の四工程に取り掛かる。
 制御解放。完成した術式をS2Uへ。長尺の柄を両手でしっかりとホールドして、術式を解放する。S2Uが無機質な電子音声でトリガーヴォイスを紡いだ。

『Blaze Cannon.』

 魔法発動の宣言と共に、爆発的な熱量を秘めた白銀の光が空へ放たれた。耳をつんざく轟音が鳴り響く。焼かれた周辺の大気が不気味などよめきを起こした。
 ブレイズキャノンは、破壊力と射程、発射間隔がバランス良く整っている直線的砲撃魔法だ。フェイトのプラズマスマッシャーには破壊力、射程で一歩及ばないが、 発射間隔が一歩上回っている。小回りが利く上に高水準の火力を誇る魔法として、クロノが最も信頼している魔法の一つだ。
 だが、今S2Uから放たれているブレイズキャノンは、クロノが知るブレイズキャノンでは無かった。白銀の砲撃はすでに”砲”ではない。壁だ。なのはのディバ インバスター・フルパワーに勝るとも劣らない圧倒的な破壊力を秘めた高密度魔力の塊である。
 ブレイズキャノンが、上空数十メートルの位置で形成されていた封時結界を容赦無く殴る。凄まじい勢いで結界一面にヒビが駆け抜けた。
 尋常ではない反動がS2Uの構成材を軋ませている。暴れ回る愛用の杖を、クロノは奥歯を噛み締めながら押さえつけ、力任せに制御する。
 足元で微かに何かが割れる音がした。クロノの両脚がコンクリートの床にめり込んだのだ。

「くッ……!」

 呻きがこぼれた。多少の攻撃力上昇は予想していたとは言え、これは完全にその予想を逸脱している。クロノが作った封時結界は本来のブレイズキャノンならば 余裕で耐えられる強度を誇っているはずなのだ。なのはの砲撃にも耐えられる防御魔法の使い手、ユーノに教わったのだから間違いはない。
 それが今、たった一発の砲撃で破壊されようとしている。
 クロノは放出され続けているブレイズキャノンを制御しながら、消去シークエンスに移る。野太い光が徐々に収束を始めた。程なくして、降り止む雨のように砲撃が 停止する。まったく同時に、空を覆っていた結界が自然消滅してしまった。もう半秒遅ければ、ブレイズキャノンは結界を食い破り、破壊し、空を切り裂いていた事 だろう。
 反動から解放されたクロノは、S2Uを地面に突き立て、重く吐息をついた。

「OSを変えただけでこんなに強くなるものなのか……?」

 額に浮かんでいた汗を、震える腕で拭う。背中には不快感があった。冷や汗だ。
 戦慄というのが素直な感想だった。術式管理と出力増幅を主な強化点に据え、搭載するだけで基本性能が三十パーセントも向上するOSと載せたからと言って、これ は明らかに異常である。最大出力で撃とうものなら、喩え相手が暴走デバイスでも完璧に消し炭にする事が出来るだろう。無論、そんな事は出来ない。寄生されている 魔導師まで殺害してしまう。
 他の魔法、スティンガーレイやスティンガースナイプも同様に火力が異常上昇していると考えていいだろう。バインドは拘束時間が劇的に伸び、ブレイクインパルスは 固有振動パターンの解析を必要としないかもしれない。
 なのはやフェイトに最大魔力で劣るクロノにとって、使用魔力を変えずに火力が向上したという事実は歓迎すべき事だった。戦闘は火力ですべてが左右される訳ではな く、その場に適した魔法選択と応用力が最も必要だと考えているクロノだが、高火力になるのに越した事はない。暴走デバイスのように、力押しで来る相手に対しては 、こちらもそれなりの火力を持って対応しなければ単純に力負けしてしまう。
 クロノはコンクリートに刺さっているS2Uに視線を向けた。機械仕掛けの魔導師の杖は、先程の驚異的な砲撃が幻であったかのように静寂と沈黙を保っている。
 その様が、クロノには歪に見えた。違和感を感じるレベルではない。見慣れているはずの愛杖が、初めて見る異質なデバイスに見えて仕方がなかった。
 何故だろうと自問するが、当然答えは出なかった。代わりに、”ロッティン・バウンド”の製作者を名乗っていた白衣の技術開発者を思い出した。脳裏にこびり付いて いたあの笑顔が浮かぶ。
 顔を顰めて、クロノは技術開発者――レイン・レンを記憶の隅に押し込んだ。どうして思い出されたのか理由は分からない。

「とにかく、制御しなきゃ拙いな、これは」

 慣れていないからと言って、満足に制御出来ないようでは意味が無い。暴走デバイス鎮圧の際、誤ってデバイス諸共魔導師を吹き飛ばしてしまっては洒落にもならない。 制御と微調整が必要だ。

「明日までに多少は慣らしておかないと。……アースラに戻った時、余裕があればユーノに付き合ってもらうか」

 ユーノの結界魔導師としての技量は、少なくともクロノが知る限りでは最高クラスである。攻撃魔法をほとんど扱えない代わりに補助系統に特化しているらしい。 彼の結界魔法があれば、強化されたS2Uでも十二分に魔法を行使する事が出来るだろう。
 とは言っても、彼も今は無限書庫司書という本来の業務から少し外れて、暴走デバイス事件に協力している。エイミィの話では、レイジングハートやバルディッシュ にも暴走の危険性がある為、寝食を忘れて資料捜索に当たっているらしい。外見に似合わずに無理をするものだ。

「訊いてみるか」

 訓練に協力出来るかどうか、訊いておいた方がいいだろう。そもそも訓練が出来る余裕があるかどうか分からないが、仮に出来た場合、彼に話を通しておいた方が 都合はいいはずだ。
 S2Uを手に取る。やはり別の杖に思える。それでもクロノは操作して、内蔵されている次元間通信機を起動させた。航行艦アースラへ通信を繋ぐ。程なく眼前に 魔法陣が作られた。

「時空管理局執務官、クロノ・ハラオウンだ。応答してくれ」

 投影ディスプレイである魔法陣に呼びかけると、すぐにエイミィが顔を見せた。

『こちらエイミィ。クロノ君、どうしたの?』
「ユーノは頼みごとがあってね。……事件の方はどうなってる?」

 エイミィは顔を曇らせた。

『進展があったような無いような……』
「どういう意味だ?」

 訊ねると、エイミィは珍しく口数を少なくして、現状の捜査状況を報告した。
 捜査班が八方塞な状況にある事。分析班が暴走デバイスの解析に苦戦している事。ほとんどが休暇前から聞いていた情報だった。

「捜査は進まず、か」
『うん。それでね、今朝マリーから報告があったんだけど……』

 躊躇するように歯切れを悪くして、エイミィが続けた。彼女の口から語られる話を、クロノは表情を変えずにずっと聞いていた。

「却下だ」

 話が終わると同時に、彼はきっぱりと断言した。

『……だよね』
「事件を解決する為に被害者を犠牲にするなんて、考えるまでもないだろう」
『……対策本部でも同じ意見なんだけど……。昨日も言ったよね、民間で犠牲者が出たって』

 そう、すでに犠牲者は出ている。AAAランク魔導師を超えるまでに成長を果たした二機のデバイスが閑静な住宅街のど真ん中で大量破壊魔法を行使したのだ。シグナム とヴィータが何とか鎮圧したとの事だが、その時の犠牲者は数千単位だったという。
 ついに犠牲者が出てしまった。生き残った住民も居たそうだが、彼らのこれからの事を思うとやるせなくなる。結局、自分はまた悲しみを止める事が出来なかった。
 クロノは露骨に顔を顰め、唇を噛んだ。エイミィの言葉が、”もう千人単位で死者が出ているのだから、一人増えたくらい問題ないだろう?”と言っているように 聞こえたのだ。もちろんそんなつもりは彼女にも無いというのは分かる。伊達に付き合いは長くない。それでも、クロノは不快感を隠す事が出来なかった。

「犠牲者はこれ以上絶対に出さない。民間人にも、管理局局員にも、寄生される魔導師もだ」
『クロノ君……』
「本局はどう言って来てるんだ?」
『捜査続行。この件に関しては検討、保留するって』
「……時間はあまり無いか」

 このまま事件解決に向けた動きが無く、暴走デバイスが無作為に暴れ続ける状況が続けば、穏健な管理局でも強行的な手段を取らざるを得なくなるだろう。寄生された 魔導師を殺害して、強制停止させた暴走デバイスを確保しろという最悪の命令が下される可能性がある。

「分かった。予定通り、明日、フェイトと一緒にアースラに戻る。時間は決めてないが、事前にまた連絡するよ」
『了解。でも、本当に休暇切り上げちゃってもいいの?』
「いいんだ。充分に休めたし。それに、今の話を聞くようじゃますます休んでなんていられない。正直、すぐにでも戻りたいよ」
『そういう訳にも行かないでしょ?』

 エイミィの表情が、憔悴していたそれから、いつもの綻んだ顔になった。

『アルフから聞いたよ。明日フェイトちゃんとデートなんだって?』
「デ、デートッ!?」

 クロノは思わず素っ頓狂な声を上げ、赤くなった顔を凄い勢いで横に振る。

「ち、違う! ただのか、買い物だ!」
『でもフェイトちゃんと二人きりでしょ? 世間一般じゃ、それをデートって言うんだよ』
「フェ、フェイトは僕の妹だぞッ!? デ、デートになる訳ないだろうッ!」
『……クロノ君、それ本気で言ってるの?』
「本気だッ!」

 エイミィの言っている事が良く分からないが、断言する。
 長い長い沈黙の後、エイミィは重たげに額を指で支え、深い深い溜め息をついた。

『………はぁ』
「な、なんだよ……?」

 その態度が、クロノの癪に触った。憮然と訊く。すると、エイミィが少し怒った顔をした。出来の悪い弟を叱るように言う。

『クロノ君。いい加減にフェイトちゃんの気持ちに気付いてあげないと駄目だよ。っていうか、多分フェイトちゃん、凄い誤解してると思う』
「……どういう事だ?」
『それは自分で考えて、時空管理局最年少執務官、クロノ・ハラオウン君。ただ、年上のお姉さんから言わせてもらえば、今のフェイトちゃんを”妹”って言わない 方がいいと思うよ。少なくとも、あの子の前じゃね』

 まるで意味が分からなかった。フェイトの気持ち? 誤解? 妹と言うな? 数日前、はやてにも似たような事を言われていたが、それは大体解決しているはずだった。 フェイトを家族と、妹と見てやれず、彼女のささやかな我侭に気付く事が出来なかった自分の鈍感さをはやては説いてくれた。
 それとはまた違うのだろうか?

『あの子の事、もう一回考えてあげてね。……泣かせたら、絶対に駄目だから』

 エイミィは眼を細め、そう言った。

「当たり前だろ。大事な妹を泣かせるもんか」

 憮然と答えると、エイミィは文字通り頭を抱えた。

『だから、ああ、もうッ! とにかく、明日はしっかりデート楽しんで来てね。ところで、ユーノ君に話があるんじゃなかったっけ?』
「デートじゃないって言ってるだろッ!? ……明日そっちに戻った時、ユーノに訓練用の結界を張ってもらえないかと思ったんだ」
『訓練用の結界?』
「S2Uを少しいじって強化してみたんだが、思いの他強力になり過ぎてね。僕の結界魔法じゃ空間を保護し切れないんだ」
『……いじったって、あのロッティン・バウンドって言うOSを載せたの?』
「そうだが……。何故君がそれを知ってるんだ?」

 あれは個人的に購入した物だった。彼女は知る由もないはずだ。

『マリーの友達で、ゼニス社に勤務してる子が居るの。そこから聞いたんだ』

 思わず溜め息が出てしまう。顧客の情報を流すなんて、一体何を考えているのだろうか。

『……ユーノ君だけど、結構疲れてるみたいだから、ちょっと難しいかもしれない。一応訊いてはみるけど』
「そうか。無理にとは言わないんだ。訊くだけ訊いてみてくれ」
『了解。……クロノ君』
「何だ?」

 エイミィが何かを言おうとする。だが、僅かな逡巡を見せた。出掛けていた言葉を飲み込んでしまう。

「エイミィ?」
『ううん、やっぱり何でもない。クロノ君が強くなるに越した事は無いんだから』

 言葉の後半は、まるで自分に言い聞かせているようだった。

『それじゃ、また明日ね』

 手を振るエイミィを最後に、投影ディスプレイが消えた。
 クロノはしばらくの間、釈然としない顔で大気中に消えて行った魔法陣を眺めていた。
 強くなる事に越した事は無い。それはそうだ。悲しみを広げない為に、大切な人達を守る為に、強くなる力が必要なのだ。
 クロノは、フェイトが夕飯時を告げに来るまで、ずっと立ち尽くしていた。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 進展が遅くてすいません。読んでいただきましてありがとうございます。
 デートまで行きたかった〜というのが本音というか何と言うか、シグナムとヴィータのシーンが何だか似たり寄ったりになってしまっている…。技量不足というか テロップミスというか。にしても、前半部分と後半のS2Uや魔法設定がかなり好き勝手に書いてますが、書いてて非常に面白かった…orz 俺は元々メカマニアなの でもうこの手の文書を書き出すと止まりません。自粛自粛。
 フェイトが髪を下ろした理由は個人的な考えというか、こういうのじゃないかな? と思ったものです。コミック版のエピローグでは養子縁組を受けた時と髪を下ろしていた のが五月っぽかったので。
 ではまた次回で。






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