魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.3 Nocturne









 起きてみれば、時計は五時半という朝方を指し示していた。
 クロノは休日であるからと言って睡眠を貪るような真似はしない。自身で定めたタイムスケジュールに従って動く。特に起床時間は正確な体内時計によって変動 する事はほとんど無い。誤差が出たとしても前後五分である。
 なのに、どういう訳か、クロノはいつもより一時間以上早く眼が覚めてしまった。
 昨日は夜遅くまで体力の基礎トレーニングを行っていたのだが、その疲れも取れている。

「………」

 なのはに感じた感情に対する戸惑いのせいかもしれない。クロノは溜め息をつき、頭の後ろで指を組んだ。早起きした理由が他に無いか、どうでもいい事だったが 思案してみた。
 昨日のおかしな出力を発揮したS2Uのせいか。いや違う。確かに気がかりだが、現状では体内時計を狂わせる程の問題ではない。
 これが否定された事で、クロノの早起きの理由は限られたものとなった。
 一つは昨日のなのは。そしてもう一つは――。

「だから、デートとじゃないって……ッ」

 シーツを蹴飛ばす勢いで、クロノが身を起こす。
 昨日、エイミィに言われた事が耳に残っていた。女の子と二人きりで買い物に行く事を世間一般的にはデートと呼称しているらしい。もちろん、クロノとしては そんなつもりはない。何せ一緒に買い物に行く相手はフェイトなのだ。大切で可愛い妹である。妹とデートをしてどうなるのだ。そもそも、妹とデートなど出来ないと 思う。
 気付くと、クロノは自分に言い聞かせるようにそんな事を黙考していた。舌打ちをして思考を打ち消す。

「エイミィの奴、余計な事を言ってくれるもんだ」

 自然と意識してしまうではないか。フェイトを女の子として。
 クロノは頬が勝手に熱くなって行くのを感じた。フェイトは確かに妹だが義理である。二人が出会ったのもここ一年余りの事だ。家族と意識する方に無理がある。 クロノは心のどこかで、フェイトを無理矢理妹として見るように務めていた。
 そんな自分の無意識の事など、もちろん気付かないクロノは、寝直す為にベッドに横になった。シーツを頭から被る。

「………」

 だが、いつまで経っても眠気などやってこなかった。意識は完全に覚醒して、眼は冴え渡っている。
 五分が経って、クロノは観念したようにシーツを剥いだ。

「……起きるか」

 他に選択肢は無かった。ベッドから降りて着替えを済ませる。カーテンを開けると、顔を見せ始めている太陽が見える。晴天を予感させる鮮やかな空模様だった。
 洗面所に向かう為に廊下に出ると、リビングの方からやたら騒々しい物音と、微かな会話が聞こえる。

「フェイト、本当に冷凍食品使わないの?」
「使わないよ」
「どうして? 楽なのに」
「楽でも使わないの。全部手作り」

 香ばしい匂いがする。会話から察するに、食事を作っているらしい。だが、まだ時刻は五時半である。一般家庭の朝食には早すぎる時間だった。
 それなりに空腹を感じていたクロノは気になったものの、様子を見に行く事は無かった。何となくフェイトを顔を合わせ難かったからだ。彼は控えめな音を鳴らす 胃を抱えながら、洗面所で歯磨きその他朝の準備を済ませると、そそくさと自室に戻った。新型補助OSを導入した事で異常出力を発揮しているS2Uの調整に取り 掛かる。就寝前まで行っていた作業で、仮想戦闘シミュレーションも行い、微細な調整に没頭する。
 そうしていると、気付けば八時を回っていた。いつもならすでに朝食の時間だが、フェイトもアルフも呼びに来る気配が無い。創立記念日で休校になっている為か、 食事は遅めになるようだ。
 調整作業も一区切りがついたので、クロノはS2Uを待機形態であるタロットカードに変えると、出掛ける準備を始めた。まだ早いような気もするが、寸前になって 慌しくするのは彼の流儀ではない。
 もっとも、彼の準備は簡単且つ簡潔なものだ。それなりの資金を詰め込んだ財布をジーンズのポケットにねじこみ、ハンカチ等の必需品を上着に突っ込む。身だし なみは先程確認済みだ。
 これで終了である。残念ながら、クロノの辞書に”めかし込む”という言葉は無かった。

「……まぁ、邪魔にはならないし、持って行くか」

 そう言って、彼はタロットカードに姿を変えているS2Uを上着の内ポケットに入れる。肌に離さず持ち歩いている品であり、喩え必要が無いと分かっていても、 手放して出歩くという事に言いようの無い心細さを覚えてしてしまうのだ。非常用の電子端末という役割も備えており、持参しても邪魔になるようなものでもない。

「こんなものか」

 出来上がった自分の姿を鏡で確認する。シンプルな白のクルーネックTシャツに、スリムなストレートジーンズ。ハンカチやS2Uが入っている上着は、ミリタリー テイストのエンブロイシャツである。急成長するクロノに合わせてリンディが購入して来た服だが、実際に着るのはほとんど初めてだった。何せ着る暇が無い。買うだけ 買って、成長した身体には小さすぎる為に着れず、廃棄処分となった服も幾らかあるくらいだ。闇の書事件の時に来ていたお気に入りの黒のセーターも、すでに使えなく なっている。
 街を闊歩している若者と何ら変わらない出で立ちの自分に、クロノは多少の違和感を覚える。お洒落などという言葉とは無縁と思っていた自分が、 こうして若者らしい服を着ているのだ。苦笑すら勝手に出て来てしまう。
 取り合えず身形は整った。次はフェイトの靴を見に行く店の吟味である。幾つかの候補はすでに頭の中にあった。アルフの話では、先日オープンしたばかりの大型アミューズメ ントパークにそれなりの規模を誇る百貨店が入っているらしい。低年齢層向けの服や靴なども充実しているそうで、そこに行けばまず問題は無さそうだった。アミュー ズメントパーク――つまりは遊園地にフェイトと一緒に行くのは、もしかしたら彼女が嫌がるかなという懸念もあったが、もしそうなれば繁華街のショップを見て回れば いいだろう。
 場所も決まり、出発の準備は完璧に終わった。程よく、朝食を知らせるアルフの声がする。

「クロノ〜、朝飯だよ〜。起きてる〜?」
「起きてるよ。今行く」

 クロノは自室を後にする。
 リビングに行くと、クロノの到着をテーブルについて待っていたアルフとフェイトが、揃って驚きの声を上げた。二人の視線はクロノの見慣れない格好に注がれる。

「どうした、二人とも。……やっぱり僕にこういう普通の格好は似合わないか?」

 不安になったので訊いてみると、二人はこれまた揃って首を横に振る。特にフェイトは首がむちうちになりそうな激しい勢いだった。

「ぜ、全然! 凄く似合ってると思うッ」
「そうか?」

 ならどうしてそんなに凝視して来るのだろう。訝しがるクロノを前に、アルフはごにょごにょとフェイトに耳打ちする。

「小坊主の奴、何か気合入ってんなぁ」
「う、うん。クロノのあんな格好、初めて見た……」
「随分と様になってるし。まぁ、デートなんだから当たり前か」
「………」
「……フェイト、あんたもしかして見惚れてる?」
「え!? あ……ちょ、ちょっとだけ……」
「今から熱上げすぎないようにね。手ぇ繋いだ時とかどうすんの」
「!? ど、どうしよう……!」
「………」

 もちろん小声なので、そんな二人の会話はクロノの耳には届かない。

「二人とも、朝食にしてもらってもいいかな?」

 控えめにクロノは言った。腹の音もそろそろ大きくなっている。

「そうだね。フェイトは準備もあるし。パパッと済まそっか」
「う、うん」

 こうして、ハラオウン家にしては少し遅めの朝食は始まった。



 ☆



 遅い。

「……まだか」

 つい口に出てしまった。
 クロノは一人、テーブルに頬杖をつき、コーヒーを飲んでいた。すでに朝食の終わり、流し台も含め、すべてが綺麗サッパリ後片付けがなされている。
 フェイトとアルフが彼女達の部屋に籠もってから早三十分。完璧な手持ち無沙汰になったクロノは、こうしてコーヒーを片手にテレビを眺め、時間を潰している。

「やっぱり、女の子は時間が掛かるものなのか……?」

 自問してみて、クロノは以前エイミィが言っていた事を思い出した。彼女曰く、”女性は出掛ける際、時間が必要”なのだそうだ。もっとも、フェイトはまだ”女性” と呼べる年齢ではない。

「一体何にそんな時間を使うんだ?」

 ミルクを入れて苦味を薄めたコーヒーを啜る。
 それから五分くらいがして、少しずつ飲んでいたコーヒーが底をついた頃。ようやくアルフがリビングに姿を見せた。

「お待たせ、クロノ」
「遅い」

 憮然と言って、クロノは席を立つ。

「ごめんごめん」
「フェイトは?」

 戻って来たのはアルフだけである。肝心のフェイトの姿が無い。
 訊ねるクロノに、アルフはにんまりと微笑んで見せた。心底ご満悦な顔である。

「焦らない焦らない。すぅ〜ぐに見せてあげるから」
「……?」
「フェイト、入って来て」

 リビングの扉が開いて、フェイトが入って来た。
 おずおずと、おっかなびっくりな足取りで。何かを怖がるように顔を少しだけ伏せ、瞳を上目遣いにしながら。
 フェイトはノー・スリーブのワンピースを着ていた。さらさらとした生地で、女性らしいふんわりとしたシルエット。色は鮮やかなまでの白で、所々に黒い色のリボ ンが設えられており、とても可愛らしい印象だ。
 クロノが見守る中、フェイトはちょこちょこと彼の眼前まで歩いて行く。足は素足で、戦闘魔導師とは思えない華奢な二本の脚が露になっている。

「ど……どうかな?」

 定まらない眼を必死に合わせて来るフェイトに、クロノはどう答えていいか分からなかった。静かに苦慮する。確かに可愛らしい格好だが、特別眼を引くような派手な 服を着ている訳ではない。変に露出度の高い服でもない。
 それなのに、何故こんなにもクロノの胸は高鳴りを覚えているのか。
 彼女は髪を解いていた。濡れたように艶やかなその金色の髪は、普段のように頭の両側で結わえられてはおらず、腰の辺りで大きな黒色のリボンによって一つに されていた。
 こうした髪型のフェイトは特に珍しくはない。管理局の執務官候補生の制服を着ている時は常にこの一つに結わえた髪型をしている。クロノも幾度と無く見ていた。 ただ、私服でこの髪型をしているフェイトを見るのは間違いなく初めてである。
 初めて見るフェイトの着飾った姿。髪も服も、どちらかが無ければ成立しない新しいフェイトの姿――。
 脇腹に鋭い痛みが走る。軽く呻いて横を見ると、目配りをするアルフが立っていた。何か言ってやれ。彼女はそう言っている。
 この数瞬、クロノは未だかつて無い程に悩んだ。一度は落ちた執務官試験の試験勉強の時もこれ程深く悩みはしなかった。

「……似合う、と思う、ぞ」
「本当に?」

 子犬のような眼でフェイトがクロノを見上げる。
 再び脇腹に痛み。一瞥したアルフの表情は随分と引き攣っていた。ついには秘匿念話で言って来る。

『気の利いた台詞の一つや二つ、浮かばないのかいッ! 管理局執務官だろッ!?』
『いや、こういうのに執務官は関係無いと……』
『ああもう! とにかく”可愛い”って言ってあげて! クロノもそう思うだろッ!? この子凄く悩んだんだからッ!』

 可愛い。その通りだ。アルフに言われるまでもなくそう思う。髪を解き、一つにした事で普段とは明らかに違う雰囲気が今のフェイトにはあった。柔らかな”女性” の匂いがするのだ。

「えっと……」

 なのに、クロノは口籠った。理由は分からなかった。
 フェイトの顔が、徐々に落ち込んで行く。眉尻が下がり、悲しげに瞳を伏せて行く。
 その仕草が、どうしようもなくクロノの胸を締め付けた。

「――可愛いよ、フェイト」

 自動的に口が動いた。
 紡がれた言葉に、少女の表情は見る見る内に明るくなって行く。眼を細め、これ以上無いくらいの満面の笑みを浮かべ、彼女は頷いた。

「――ありがとう、クロノ」
「良かったねフェイトッ」
「うんッ」

 喜び合う二人を他所に、クロノは穏やかではない心中に息を呑む。これからこのフェイトと一緒に買い物に行くと思うと、酷く落ち着かない気分になった。爆弾を 抱えているような錯覚に陥る。

(落ち着け、クロノ・ハラオウン。いいか、フェイトは妹だぞ? 妹に何ドキドキしてるんだ。落ち着け、落ち着け、落ち着け……!)
「クロノ」

 突然フェイトの声がした。

「な、なんだ?」
「買い物が終わった後……その、出来たらでいいんだ……どこか、公園とか、行かない……?」

 そう儚げに訊いて来る。
 買い物の後の事は、クロノも特には考えていなかった。何せ彼はデートという意識が無いのである。単純にフェイトに靴を買ってあげたかっただけなのだから当たり前 かもしれない。

「そう、だな。君がそうしたいのなら、僕は構わないよ」

 これが終われば、昼夜を問わない暴走デバイスの鎮圧任務が待っている。ギリギリまでそれを忘れ、無邪気に時間を過ごすのもいいだろう。

「じゃ、じゃあちょっと待ってて」

 一つの束ねた髪を靡かせて、フェイトがキッチンに駆け込む。手に大きめのトートバックを引っさげて戻って来た。

「それは?」

 クロノが訊ねると、フェイトは頬を薄く赤くしてはにかむ。

「秘密。後で分かるから」
「?」
「さ、二人ともそろそろ出た方がいいんじゃない?」

 アルフが言った。

「そうだな。じゃ、行くかフェイト」
「うん。アルフ、ごめんね。置いて行っちゃって」
「あ〜、私の事なんて気にしない気にしない。大体、着いてくなんて野暮な事出来るもんか。……思いっきり楽しんで来て」
「うんッ」

 別に着いて来ても問題無いのにと思いながらも、クロノはそれを口にするのは止めた。深い理由は無い。ただ、言えばきっとフェイトは悲しそうにすると思ったから。 そんな彼女は見たくなかったから。
 玄関に移動する。クロノはいつもの靴を履き、フェイトはシンプルなサンダルに脚を引っ掛けた。

「アルフ、留守を頼むぞ」
「ああ。今日中にはアースラに戻るんだろ? 一応大体の準備は出来てる。いつでも行けるよ」
「済まないな。それじゃ、行って来る」

 扉を開ける。初夏の陽気がクロノの頬を撫でた。空は見事な快晴で、雲一つ無い。昇り始めている太陽の全身がくっきりと見えた。きっと日差しが強くなるだろう。
 靴と一緒に、大きめの帽子も買ってあげようとクロノは思った。フェイトのワンピースに合わせて白がいい。きっと似合う。

「行って来ます、アルフ」
「うん、行ってらっしゃい」



 共通廊下を歩いて行く二人を見送った後、アルフは速やかに行動を開始した。部屋に行って、エイミィから預かっていた映像記録端末を引っ張り出す。待機形態のレイジング ハートと良く似た赤い宝石のような外見だ。記憶容量が空に近い事を確認して、すでに待機済みであるはやてとなのはに念話で連絡を取った。

『なのは、はやて? 二人が出てったよ』
『オッケー。確認したで。ん〜〜〜! フェイトちゃんごっつ可愛ぇなぁ』
『うん。フェイトちゃん、本当に可愛い……』

 二人が感想を返して来る。

『だろだろ? 黒もいいけど、いつもそうだからさ。思い切って逆の色にしてみたんだ。これまた見事にぴったりだったよ』
『さすが使い魔!』
『皆もう来てる?』
『うん。アリサちゃんもすずかちゃんも、皆居るよ』
『私とザフィーラもお邪魔してます』

 シャマルの声がした。
 彼女達は、アルフが組織した”フェイトの初デート追跡記録チーム”である。今回の件をエイミィに伝えた所、彼女がデートする二人と見たと暴れた為、急遽編成された 特別チームだ。もちろん、アルフも含めたすべての面子が野次馬根性丸出しなのは言うまでもない。ちなみに、映像記録端末はアースラの備品であり、市販の物を大容 量化・高画質化させた特別製だ。もちろん使用には艦長であるリンディの許可が必要だったが、彼女が許可を出さないはずがなかった。

『う〜ん。七人も居るのか。何か凄い大所帯だね』

 手早く用意を済ませたアルフは家を出る。鍵を閉め、共通廊下に誰も居ない事を確認すると、もはや本来の姿と言っても過言ではない子犬フォームに変身を済ませる。 映像端末を首に引っ掛け、マンションの下で待機しているはやて達の下へ急いだ。
 フェイトと同様に、アルフの心も喜びに満ちていた。あんな幸せそうなフェイトは、共に成長して来たアルフでも数回しか見た事が無い。なのはと友達になれた時や、 三月にあった大人数でのお花見の際、リンディから受けていた養子縁組の話を受諾した時くらいである。
 親友と家族を得た時の喜び。今度は恋人という訳だ。
 アルフは四本になった脚を使って、器用に非常階段を下る。浮かれる心を抑えつけるのに苦労した。駐車場に行くと、隠れるように柱の側に居るはやて達が見えた。
 この時のアルフに、これから起こる出来事を予想出来る術は無かった。自分の命よりも大切な主の心が蹂躙される事件が起こる事を。



 ☆



 海鳴市は都心部は高層ビルが立ち並び、いくつもの繁華街が連なっている賑やかな街だが、郊外に行くと静かな自然が色濃く残されている。開店したばかりという 大型アミューズメントパークは、その自然を幾らか切り取って建設されていた。
 最新型の絶叫マシンが轟々と立ち並び、最高クラスの規模を誇る観覧車が時を刻むように優雅に回り、定番の遊戯施設が人々の楽しげな喧騒と共に忙しく稼動している。
 今日は一般的には平日な上に午前中なのだが、それでも客の入りは上々なようで、母親に連れられた子供や腕を組んだ恋人達が場内を所狭しと闊歩していた。

「おっきい〜……」

 トートバックを両手で下げ、フェイトは広大な敷地を見渡す。

「規模的にはこの辺りで一番大きいらしい。百貨店も入っているし、買い物にも丁度良い場所だそうだ」

 入場口を抜けて来たクロノが、フェイトの側に来る。
 マンションを出てた後、クロノがどこか心配そうにこの遊園地に来ようと言い出した時、フェイトは驚かずにはいられなかった。デートの経験が無いはずのクロノの口から、デートス ポットとしては定番である遊園地の名前が出て来たのが正直に言えば意外だったのだ。
 慣れない事に悩み、きっと苦労して考えてくれたに違いない。フェイトはそう思い、溜まらなく嬉しくなった。改めて彼と恋仲になった事を実感する。

「クロノ。お買い物の後、色々見て回らない?」
「ああ、いいよ」

 一際眼を引くのは観覧車だった。遊園地と言えば観覧車。観覧車と言えば恋人の乗り物である。大型の物になれば一週するのに十五分以上は掛かる。その間、あの 小さな密室の中で二人きりという訳だ。昨日アルフに妨害されてしまったキスの続きもしっかりと出来る。
 キスの後、見詰め合う二人。そのまま――。
 邪な空想を、フェイトは頭を振って振り払った。

「どうしたフェイト?」
「何でもないよ、クロノ」

 そうだ。焦ったって仕方が無い。何せ、彼とは恋人なのだから。抱き締められるのだって、キスだって、望めば彼はいくらでもしてくれるのだから。
 もちろん、そんな事を言い出す勇気は無い。
 ふと、二人の眼前をカップルが通り過ぎて行った。幸せそうに会話をしていたその男女は、腕を組むどころではなく、お互いの腰にお互いの腕を回して、身体をより 密着させていた。

「………」

 眼が勝手にカップルを追う。顔が赤面しているのが分かった。
 二人は寄り添うように遊園地までも道のりを来ていたが、残念ながら手はまだ繋いでいなかった。フェイトは照れくさくて、なかなか一歩を踏み出せないのだ。本当 は繋ぎたくて繋ぎたくて仕方が無いのに。

「クロノ、あの」
「フェイト」

 勇気を出して切り出した言葉は、しかし、彼の言葉で遮られた。

「な、なに、クロノ」
「手を繋いでもいいか?」

 耳を疑う。

「……え?」
「この人ゴミじゃはぐれてしまう。……嫌か?」

 少しだけ恥ずかしそうにクロノが言った。
 嫌なはずがなかった。

「私も……手、繋ぎたいよ」

 震える手を彼の手に伸ばす。

「そうか」

 その手を、クロノはしっかりと握り締める。フェイトの小さな手は、彼の大きな手ですっぱりと覆われた。
 彼とこうするのは、これが初めてではない。同じようなシチュエーションで手を繋いだ事がある。でも、今とは明らかに違う所がある。
 あの時は親友以上恋人未満だった関係だった。でも今は違う。今は恋人同士である。
 フェイトは汗が浮かぶ指を奮い立たせ、自分自身を叱咤激励し、以前は出来なかった事をする。
 ゆっくりと握り返す。クロノの体温を味わうように。

「これで……絶対にはぐれないね」

 そう言うと、彼の指に力が入った。

「ああ、そうだな」

 腕を組むのも、さっきの男女のように抱き合うように歩くのも、まだ当分出来そうにない。
 それでもフェイトは満足だった。

「靴、見に行くか」
「うん」

 こうして、二人の初めてのデートは始まった。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございます。やっとデートまで辿りついた。
 一番悩んだのはフェイトのワンピースです。ネットであちこち探しました。クロノの服は男性なので問題なく想像出来たのですが(同じような服を持っているので)、 フェイトに似合う大人な雰囲気の服って何だろうと右往左往。最初は一期の頃に着ていた黒と赤いリボンがついたゴスロリテイストの服にしようと思っていたのです が、この前買ったAsファンブックに堂々と”普段着”って書いてあったので断念orz
 タイトルは再び水樹奈々さんのアルバムより拝借しています。
 崩壊の絶壁が目前まで迫っとります。ではまた次回に。

 2006/7/07 改稿






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