魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.4 Matsumusisou









『シグナム、ヴィータちゃん、そのまま聞いて』

 警報に鳴り止む気配は無かった。照明は非常事態を示す赤色灯に切り替えられており、通路を急ぐ二人――シグナムとヴィータの視界を赤くぼやかしている。
 赤い通路には人気が一切無い。局員達はすでにそれぞれの持ち場につき、最悪の事態を想定して動いていた。

『出現した暴走デバイスの数は全部で七体。多少のバラつきはあるけど、出現当時は全員AA魔導師判定よ』
「現在の瞬間発揮出力は?」
『三百五十万。今も上昇中』
「クロノの奴と同じじゃねぇーか」

 入り組んだ通路を颯爽を疾駆する二人は、すでに騎士甲冑をその身に纏っていた。半身とも言うべきデバイスも、待機形態から通常形態であるデバイスフォルムに 変化を終え、主の手の内に納められている。

「魔力だけならAAA+判定、か。現場の状況は?」

 事件発生の一報が入って三十分。当初は本部に駐屯している戦技教導隊のスタッフだけで事足りるはずだった。だが、現状は刻一刻と最悪の方向に傾いている。
 教導隊が暴走体の鎮圧に失敗したのだ。

『民間人の避難は終わってる。武装隊で強装結界を構築して六体とも捕縛はしてあるけど』
「手を出す事は出来んな。教導隊でも処理出来なかった暴走体を、武装局員がどうにか出来るとは思えん」

 容赦の無いシグナムの発言。状況を客観的に吟味し、続ける。

「しかし、残念だが我々二人が向かったとしても状況打破は不可能だ」

 断言だった。ヴィータもそう思っているのか、口を開けようとしなかった。外見こそ幼く、子供の一面も覗かせているが、こと戦闘に於いては異常なまでに冷静に 対応する。もちろん感情的になる場面もあるが、それでもヴィータの戦場に於ける状況判断能力はシグナムのそれを超えていた。

「ベルカの騎士と言えど、AAA+の魔導師を七人も相手にする事は出来ない」

 決して弱気から来る言葉ではなかった。厳然たる事実である。
 ブリッジに居るエイミィは、シグナムの言葉には何も返さず、状況報告を続ける。

『本局に応援要請をしてあるけど、到着には一時間は必要なの』
「あたし達は時間稼ぎ役か」

 ヴィータが言った。まるで他人事のようだった。

『……ごめんなさい。他に頼れる戦力が居ないんだ』

 言葉が切れる。それから、誰も口を開けようとはしなかった。シグナムとヴィータの足音が警報に掻き乱され、虚空に消えて行く。
 沈黙が続いた。二人は速度を落とす事無く、目的地である貨物室に到着した。厳重に幾重にも施されたエアロックを解除して、分厚い壁で覆われた気圧室を通り、 貨物室の整備連絡通路に出る。そこは先程までの艦内通路とは一変して、酷く狭い作りになっていた。一本の道のような通路が、奥にあるハッチまで伸びている。
 今、アースラはミッドチルダ上空を低空飛行していた。壮大な高層の摩天楼を眼下に従え、悠然と飛空しているその姿は圧巻の一言だった。
 シグナムとヴィータが駆け付けた場所は、機外作業を行う為の連絡通路の一本である。ハッチを開ければ、そこには広大な空がどこまでも広がっている。

「エイミィ、ハッチを開放してくれ。現地へ向かう」
『……了解』

 簡潔明瞭なやりとりの後、ハッチが横にスライドして開放された。凶器のような風が線のような通路に吹き荒れ、シグナムとヴィータの頬を殴りつけて行く。 急激な気圧の変化で、一般的な人間と変わりない機能を持つ二人の耳は瞬く間に詰まったように何も聞こえなくなった。
 シグナムは使えなくなった通信機のスイッチを切り、念話でエイミィに告げる。

『エイミィ、お前は優秀な執務官補佐だが、テスタロッサ同様、少々早とちりな部分がある』
『え……?』

 シグナムが通路を進む。立っているのも辛い暴風でも、その足取りは変わらない。欠片の迷いも淀みも無い。

『確かに七体同時というのは不可能だ』

 彼女の後を、ヴィータが続く。はやてがくれた大切な帽子を押さえつけ、シグナム同様の歩調で通路を進んで行く。

『あたしらはベルカの騎士だ。大勢の連中とやり合うのは慣れてる。やり方次第でどうとでもなるぜ』
『もっとも、その大勢というのもレベル次第だがな。……やってみせよう。時間稼ぎと言わず、一体や二体は黙らせてやる』

 足元に広がるのはコンクリートに支配された鋼の大地だ。ミッドチルダ中央都市部の一角であり、見る者を圧倒するオフィスビル群が立ち並ぶ経済都市である。
 シグナムは小さなタラップに脚を掛ける。後頭部で結わえた桜色の髪が風に吹かれて騒いだ。
 黙っていたエイミィが、ようやく口を開けた。

『……お願い、シグナム、ヴィータちゃんッ!』

 心強く背中を押してくれる一言だった。
 二人は何も答えず、口許に笑みを浮かべ、空へ身を投げ出した。
 身体を押し潰すような大気の本流が二人を包む。耳は轟然とした風の音しか聞こえない。
 重力に身を任せた二人は、ひたすらに乱流に揉まれながら、地面に向かって突き進む。元々高高度からの降下では無かった為、見る見る内にアスファルトの黒灰色が 迫って来た。風景に過ぎなかったビル達がすぐ側に見える。

『この辺りか。ヴィータ』
『あ〜いよ!』

 飛行魔法を発動。重力に引っ張られるモノに過ぎなかった二人の身体が、物理法則を無視して急停止した。耳を裂くように吹き荒れていた風が止み、静かなそよ風が 頬を優しく撫でて行く。
 シグナムは広大なビル群に視線を走らせる。すでにここは武装局員達が形成した強装結界の内部だ。民間人の避難も終了しており、完璧な無人都市になっている。 言わばゴーストタウンだ。
 目標である暴走デバイス達は、この空間のどこかで息を潜めているはずだった。その力を着実に育みながら。

「やれるな、ヴィータ」

 念話ではなく、口頭で問う。

「当たり前じゃんか」

 ヴィータは悪戯っ子のような笑みを浮かべる。シグナムも釣られて笑みをこぼすが、すぐに引き締めてしまう。

「エイミィにはああ言ったが、生き残る事を最優先し、可能な限り時間を稼げ。あらゆる戦略と魔法を駆使し、意地でもこの一時間を生き残るぞ」
「言われるまでもねぇー。でも、シグナムは大丈夫か? あたしはバリア出力が高めだから何とかなると思うけど……」
「私がお前より優れている点、それは何だったかな?」

 考えるまでもない事である。機動性と柔軟性。そして野生動物に匹敵する鍛えられた直感だ。

「個別に動くぞ。一体ずつ相手にして撹乱する。程を見て合流。相手を変えて離脱する」

 言葉にすれば簡単な作戦である。戦場も市街地の真っ只中であり、遮蔽物や身を潜めるような場所は無限に存在する。生き残る事を目的にした戦闘ならば展開は難しく はないはずなのだが、今回は相手が悪過ぎた。瞬間発揮出力ならクロノ・ハラオウンと同格レベルの暴走デバイスである。彼らは破壊の根源であり、躊躇う事を知らな い。眼前に立つモノを壊し、完膚無きまでに殺す事以外に何も考えない。コンクリートの分厚い壁など、彼らの前には紙細工同然だ。ただの撹乱戦術と言えど、 遂行するのは至難である。
 至難。そう、確かに至難だ。だが、無理ではない。魔力を尽くし、弾丸を尽くし、戦略を尽くし、死力を尽くせば活路を見出す事が可能なのだ。

「カートリッジは予備を残しておけ。迂闊に連発するな」
「分かってるよ。シグナムこそ気をつけろよ。あんたのレヴァンティンはリロード面倒なんだから」
「それはお互い様だ」

 シグナムが左手に携えていたレヴァンティンを抜く。

「行くぞ、レヴァンティン……!」

 ヴィータがグラーフアイゼンを軽々と翳し、肩に背負う。

「暴れるぞ、グラーフアイゼンッ!」

 呼応する二機のデバイス。

『ja!』

 重い砲撃音がしたのは、まさにその瞬間だった。
 足元からの射撃。殺気に満ち溢れた高密度の魔力の塊が、一条の矢となってシグナムとヴィータの間を切り裂く。二人の鼻先を貫いた赤い砲撃は、そのまま天空に 消えて行った。
 二人は声を掛け合う事も無く、弾かれたように離脱する。いつまでも上空という見通しの良い場所に陣取るつもりは無かった。
 シグナムは速やかに地上に降りる。速度を落とさず、魔力で構成された強固なブーツで地面を削る。摩擦熱で派手に煙が起こった。暴走体の気配を己の勘と魔力を駆使 して探りながら道路を進む。ゴーストタウンは物音一つ立てず、不気味なまでの静寂を保っていた。それがシグナムの神経をより鮮度の高いモノへ昇華させて行く。
 だが、気配はしなかった。十字路をいくつも渡り、三百六十度方向すべてに研ぎ澄ませた神経をやっても何も感じない。
 音もしない。気配もしない。魔力も感じない。先程の殺気の塊のような砲撃が幻であったかのようだ。本来なら、成長具合にも左右されるものの、明瞭な殺意を持って 襲い掛かって来るというのに――。
 変化は唐突だった。思わずシグナムは脚を止め、その光景を口を開けて傍観してしまった。
 道の中央に人が立っていた。いや、正確に言うのなら”人の影”と言うべきか。漆黒なのだ。シルエットだけの人間。頭の上から爪先まで、すべてが黒一色に支配 されている。
 何かのパネルのようにひっそりと、それは佇んでいた。

「暴走体……なのか」

 素直な疑問が舌の上を転がった。もちろん答えは返って来なかった。”人の影”は微動だにせず、ずっと立っている。
 頭の中にヴィータの困惑した声が響いた。

『おいシグナムッ! こいつら一体何なんだ!?』

 シグナムは黙考する。暴走体なのは間違いない。強装結界に包囲されたこの空間内で、自分達以外に動いているのは暴走体だけだ。だが、それでも”人の影”の存在 は異形過ぎた。暴走の根源であるデバイスが見当たらないのだ。
 何がどうなっている? その時、エイミィから通信が入った。

『二人とも聞いてッ! 暴走した七体中、四体の魔力数値が異常上昇してる! AAA+からSに移行ッ!』
「ヴィータッ!」

 エイミィの言葉が終わるか終わらないかの所で、シグナムは地面を蹴っていた。まったく同時に”人の影”――Sランクにまで成長を遂げた暴走体が飛翔する。気配も 魔力も殺気もすべてが皆無な影がシグナムへ肉迫する。恐るべき速度。そして無駄が存在しない動き。予備動作も無く、影は貫手を放つ。
 反射神経を総動員して身を捻る。ごうッ、という音がして、影の腕がシグナムの脇を掠った。忌々しげに顔を歪め、レヴァンティンを影の肩へ振り下ろす。寄生され ている魔導師の身を案じている場合ではなかった。
 殺らなければ、こちらが殺られる。

「!?」

 強固な金属が衝突する甲高い悲鳴がした。今まで感じた事の無い衝撃がレヴァンティンを持つ腕を貫く。
 レヴァンティンの刃は、影を切り裂く事が出来ず、その肩口で停止していた。
 デバイスとしての機能を限界まで削り、剣としての機能、切断力を優先して組み上げられたレヴァンティンの刃が通らない。恐るべき強固な装甲。そう、”装甲”だ。 この影の黒い表面は、恐らくは高町なのはの砲撃すら弾く防御性能を秘めている。
 初めての事態に、シグナムの思考は回転を数瞬の間停止した。それが絶望的な時間となってしまった。
 影が蹴りの動作に入る。先程の貫手とは明らかに違う。たっぷりと時間を掛け、力を込めている。
 シグナムは咄嗟に左手の鞘を盾にする。だが、次の瞬間に襲い掛かって来た回し蹴りに対して、鞘はあまりにも脆弱だった。木材のように苦も無く粉砕された。
 驚愕する暇も無く、シグナムは重い一撃を左脇に喰らった。肋骨が砕ける音がする。打ち出されるように吹き飛ばされ、彼女の身体はビルに突き刺さった。

「がッ……!」

 硝子が割れ、埃が舞う。シグナムは受付カウンターに背中から突っ込み、長身の身体を弓なりに歪めた。
 呼吸が出来なかった。そして体勢を立て直す時間も無かった。
 影が視界いっぱいに広がる。何の攻撃が来るのか分からないし予想も出来ない。防御も出来ない。出来るのは回避のみ。
 右に転がる。背中で影の貫手がカウンターを破壊した。
 痛む身体を叱責して、シグナムは床を蹴る。同時に叫んだ。

「レヴァンティンッ!」
『ja!』

 柄付近にあるダクトがスライドする。空薬莢が吐き出され、誰も居ないロビーの床に転がった。
 灼熱の炎が片刃の魔剣を包み込む。
 床に着地して、くるりと踵を返し、跳躍。熱量と破壊を刃に凝縮したレヴァンティンを片手で振り上げ、影へ飛びかかる。
 紫電一閃。
 さすがにこの一刀を素手で受け止める気にはなれなかったのか、影は右手に”何か”を生み出した。黒い槍のような形状。先端にはデバイスの名残のような部品が 付いている。

(あれが本体か!?)

 噛み合うレヴァンティンと影のデバイス。火の粉と魔力が飛び散る。この一撃を皮切りに斬撃の攻防が始まった。
 いつもの体術を織り交ぜた接近戦闘は出来ない。何せ相手はレヴァンティンの刃すら通らない肌の持ち主だ。魔力で保護したとしても、蹴りを入れればこちらの脚が 間違いなく折れる。
 純粋な斬撃、射撃魔法のみで打倒するしかなかった。
 強装結界の影響で、ビル群は昼間だというのに夜のように暗い。その闇を鈍色に輝く刃が切り裂く。複雑に絡み合う二つの影。一方が離れれば一方が追いすがり、 苛烈な斬撃を見舞い、狡猾に命を奪い合う。ロビーのあちこちに置かれていた応接用ソファは騒音を上げて転がり、豪奢な受付カウンターが見る影も無く破壊された。
 シグナムの殺気と斬撃が、影の流れるような魔力と体術が、それらが余波となり、硝子という硝子を粉々にして行く。鋭利は破片が豪雨のように二人に降り注いだ。
 シグナムは魔力で身体を包み込むと、硝子の破片をモノともせず、転がるように走った。寄り添うように影が来る。
 一撃、突き出されるデバイス。二撃、貫手。三撃、膝蹴り。すべてがシグナムの胸を狙って放たれる。
 一撃目を潜り、二撃目をレヴァンティンで弾き、三撃目を後転して凌ぐ。散乱した硝子が嫌な音を立てた。それらを蹴り立てて、シグナムは影へ突っ込む。
 Sランクにまで成長した暴走体の動きは、シグナムと同格かそれ以上だった。数日前に戦ったAAA+に相当する暴走体よりも遥かに優秀であり、洗練されている。 あの時は技術ばかりで経験が無かった為、シグナムは圧倒する事が出来たが、この影には確かに戦闘経験があった。腕の動き、身体の流れ、放たれる攻撃の一刀一刀が 素人ではない。
 大胆にして慎重。以前は通用したフェイントも、この影には一切通用しない。鉄壁の守りと暴力的な攻めが見事に混合、調和していた。
 恐ろしく高度な近接戦闘の中、シグナムは打倒する方法を模索する。当初の撹乱作戦など、この影に対しては無いも同然だ。全力で挑めば一体ならば何とかなるが、 損害を出さずに倒す事は難しい。これが複数居ると思うと眩暈がした。
 とにかく、ヴィータと連絡を取らなければならない。
 一際大きく、レヴァンティンとデバイスが衝突した。

『ヴィータ、応答しろ。無事か?』

 鍔迫り合いを行いながら、念話で問いかける。

『ギリ、ギリ……だッ!』

 余裕が感じられない声が返って来る。

『今何体と交戦中だ?』
『二体……! 何か真っ黒いのといつも通りの! そっちは!?』
『一体だ。残り四体と合流されるとどうにもならんな』
『どうすんだよ!?』

 ヴィータの声は雑音だらけだった。念話に回る魔力すら惜しいのだ。
 シグナムは歯を食いしばり、影のデバイスをレヴァンティンで押さえつける。

『全員が姿を見せていない現状をチャンスと考えよう。ヴィータ、どれくらい持つ?』

 時間が空く。

『分かんねぇけど、多分十分くらい! それ以上はカートリッジが切れる!』
『上出来だ。三分でこちらはケリを付ける。それまで必ず生き残れ』
『当たり前だッ!』

 通信が切れた。
 さぁ、ここからが本番だ――!

「待たせたな」

 レヴァンティンを押し返そうとしている影へ言う。

「そんなに離れたいのか? ならば離れるがいいッ!」

 手首の力を抜き、保たれていた力の拮抗を崩す。不意に負荷を失った事で、影は僅かに戸惑った。デバイスから力と魔力が一瞬だけ消失する。
 シグナムが動いた。これまで培い、育んで来た経験と技術を一瞬の一挙手一投足に注ぎ込む。
 左手に魔力を凝縮・圧縮・集中。一度は粉砕破壊された鞘を召喚。再構成されて行く新たな鞘へレヴァンティンを納める。同時にカートリッジ をロード。
 床を踏み締める。硝子の破片が僅かに浮いた。左脚を引き、右脚を軸に体重を可能な限り下に落とす。落とした体重を引いた左脚へ移動。
 影が戸惑いから復旧した。鞘を召喚したシグナムに危機感を覚え、デバイスに魔力を集中させ、必倒の一刀を繰り出して来る。
 シグナムが深く踏み込む。深く深く。影の懐深く。踏み締めた硝子が清音を立てて粉砕された。
 倒れてしまいそうな程の深い前傾姿勢。だが、視界はどこまでも真っ直ぐに前を向いていた。影と本体であるデバイスを捉えていた。

「ベルカ式」

 鞘の中では、レヴァンティンが熱い鼓動を鳴らしていた。すべてを両断する一刀を放てとシグナムに執拗に要求して来る。
 繰り出される影のデバイス。ドス黒い色の魔力を纏ったそれは、直撃すれば間違いなく即死だ。
 柄を握る。柔らかく、労わるように。

「抜刀術」

 踏み込みと同時にシグナムの右手が駆けた。肺の中の空気を吐き出し、腰を回し、鞘からレヴァンティンを疾らせる。

「紫電」

 解き放たれたレヴァンティンは変貌していた。刃の形状は変わらない。変わっているのはその厚みだ。紙よりも尚薄い。シグナムの魔法技術とカートリッジロード で得られた瞬間魔力出力を用いて、一原子分という有り得ない薄さに再構成されていた。
 縦にすれば視認不可能な刃が、鮮やかな弧を空間に刻み込む。
 微かな手応えが届く。視界の隅に放物線を描いて跳んでいるデバイスの片割れが見えた。

「両断」

 振り終えた刃を返し、シグナムはゆっくりとレヴァンティンを鞘に戻して行く。一原子分の厚みの刃が鞘に完璧に納められた時、沈黙していた影がようやく動いた。
 風に吹かれた不安定な棒のようにその身をぐらつかせる。真っ二つにされたデバイスを持つ右腕から、徐々に黒が抜けて行く。影の下にあったのは間違いなく 肌の色だった。
 姿を変えながら、暴走体は仰向けに倒れた。

「テスタロッサ用の一刀をくれてやったのだ。そこでしばらく大人しくしていろ」

 吐き捨てるように告げて、シグナムは身を翻した。
 これで残り六体。SランクとAAA+ランクが三体ずつ。
 絶望をしている暇は無かった。ビルから飛び出したシグナムは肋骨に簡易の回復魔法を施しながらヴィータとの合流を急いだ。



 ☆



 百貨店はアミューズメントパークの中央に建造されていた。店内は平日にしては客の入りは上々で、人々の雑音が広い店内に響いている。迷子の店内放送がひっきりなし に流れている所を見ると、家族連れが多いようだった。
 そんな中を、どこか挙動不審な六人と一匹がこそこそと移動して行く。

「あああ〜! もうッ! フェイトの奴、もっと大胆に行きなさいよッ!」

 二メートルはあろう巨大なクマのぬいぐるみの影に隠れて、アリサが声を潜めて地団駄を踏んだ。そんな彼女を、学校と同じようにすずかが優しく宥める。

「アリサちゃん、落ち着いて。暴れると見つかっちゃうよ?」
「う……。わ、分かってるわよ。でも、こう、もどかしいのよね……」
「そうですか? 私はとっても和むんですが」

 子供を見守る母親のような笑みで、シャマルが言った。彼女は相変わらず怪しさ大爆発な扮装だった。初夏だというのにトレンチコートと帽子を着用し、ご丁寧に サングラスまで掛けており、すずかやアリサと一緒に居ればかなりの確率で警察に通報されそうである。

「まぁ、和むこた和むけどなぁ。でもシャマル、その格好何とかならんの……?」
『ああ。目立ち過ぎる』

 呆れるはやてとザフィーラ。ちなみにザフィーラは子犬フォームではやての胸に抱かれており、完璧な愛玩動物状態になっている。会話には念話で参加だ。
 二人の容赦の無い言葉に、シャマルは声を引き攣らせた。

「そうですか? 結構イケてると思うんですけど……」
「石田先生も言うとったで。シャマルは美的感覚がどっかおかしいって」
「ひ、酷いッ!」
「ザフィーラもそう思うやろ?」
「……ワン」
「あああ! うるさい!」
「アリサちゃん落ち着いて〜!」

 ファンシーショップの片隅はいつまでも騒がしかった。

「何やってるの、あの子達……」
「アリサちゃ〜ん。多分アリサちゃんが一番うるさいと思うよ〜……」

 アリサ達から少し離れた婦人服売り場に居たアルフとなのはが、遠眼で暴れる彼女達を眺めて言った。
 現在、”フェイトの初デート追跡記録チーム”は二つに分かれて機能している。はやてが車椅子で動き難い上、シャマルという怪しい爆弾を抱えている以上、デート を満喫しているクロノとフェイトを見失う可能性があったからだ。現在は映像記録担当者のアルフとその補佐であるなのはが先行隊としてクロノとフェイトの動向を 見ている。

「でも、アリサの言う事は分かるかな。もう少しくっついてもいいのに」
「私には充分くっついてるように見えるのですが……」

 婦人服売り場から程近い靴売り場にクロノとフェイトは居た。並んでいる商品は子供向けの物がメインのようだが、高級そうな雰囲気がある。二人は 手を繋いだまま、棚や壁に陳列されている靴を眺めていた。
 アルフは握り拳を作り、フェイトの様子を撮影しながら、時々「行け!」だの「もっともっと」だの、なのはには良く分からない声を上げていた。
 なのはは自分からクロノとフェイトのデートを覗きに来た訳ではなかった。アリサとはやてに少々強引に誘われて、引き摺られるような形でやって来たのである。
 もちろん二人の事が気になった。フェイトは大切な親友であるし、クロノは頼れる友人だ。それに数日前、二人が喧嘩の末に想いを通じ合えた光景を目の当たりにして いる。気にならないはずがない。
 だが、やっぱり覗き見は良くないと思った。せっかくの初デートなのだから、ちゃんと二人きりにさせてやりたかった。

「アルフさん、まだ続けるんですか?」

 ずっと感じていた罪悪感に我慢が出来なくなり、控えめに進言してみる。

「まだって……? なのは、二人の事が気にならないのかい?」
「気にはなるんですけど……。その、何だかお邪魔をしてるような気がして」
「そう?」
「はい。やっぱりちゃんと二人きりにさせてあげないと……」

 その時、はやての念話が二人の会話に割り込んで来た。

『アルフアルフ! シャッターチャンスやで!』
「なぬ!?」

 慌てて映像端末の操作に没頭するアルフ。なのはもいけないと思いながら視線を靴売り場へ向ける。
 良い物が見つかったのか、フェイトは試着をしていた。長椅子に腰掛け、サンダルを脱ぐ。準備が出来た彼女の前に、赤い靴を持ったクロノが膝をつく。どうやら 履かせるつもりらしい。フェイトが真赤になって拒否をするが、クロノは構わずに作業に入った。
 白い脚に手を添え、ゆっくりと靴を履かせて行くクロノ。フェイトはその様子をガチガチに固まって傍観している。

『クロノ君、本当に真顔で恥ずかしい事やるなぁ』
『王子様ですね〜』
『……ワン』
『感想は犬語かい、ザフィーラ』

 それぞれで感想を告げるはやて達。アリサやすずかも同様に何やら騒いでいる。皆一様に笑みを浮かべていた。
 言葉にこそ出さないものの、なのはも同じだった。優しい態度を当たり前だと思って取るクロノと、そんな彼にどぎまぎして緊張するフェイトは、見ていて本当に 飽きが来ない。とても微笑ましい、初々しい恋人の光景だった。
 試着が終わる。クロノに靴を履かせてもらったフェイトはその場をとことこと歩き回った。時々舞うようにワンピースが広がり、可愛らしさを演出する。
 どうやら気に入ったようである。

「決まったみたいだね」

 フェイトは靴を脱ごうとする。クロノの手を煩わさないようにする為か、立ったままだ。
 だがバランスを崩してしまう。慣れない靴で片脚立ちは辛かったのだろう。全員が見守り、息を呑む中、クロノが動いた。滑り込むようにフェイトを受け止める。

「ナイスクロノッ!」

 思わず指を鳴らすアルフ。なのはも安心して胸を撫で下ろす。
 クロノの腕の中で固まるフェイト。

『いいですね〜お姫様抱っこ。女の子の憧れです』
『うん。でもシャマルは無理やな』
『はやてちゃんッ! 何だかさっきから酷いです! っていうか、何だか朝からずっと機嫌悪くありませんか!?』
『ん、気のせいや気のせい。なぁザフィーラ?』
『主。笑顔で締め付けるのはやめて下さい。肋骨が痛いです』
『なぁザフィーラ。私全然機嫌悪くないなぁ?』
『……はい、主』

 三人の念話を聞きながら、なのははシャマルとザフィーラに軽く同情した。シャマルの言う通り、早朝からはやての機嫌は悪かった。理由は定かではないのだが、 笑顔でなかなか痛烈な一言を言って来る。

「はやてちゃん、何だか荒れてますね」
「もしかして、クロノの事が好きだったりしてね」

 笑いながらアルフが言うが、なのはは違うと思った。何せクロノとはやては接点が薄い。好きになるとかそれ以前の問題だろう。
 フェイト達へ視線を戻す。
 クロノはフェイトを優しく咎めると、長椅子まで彼女を抱っこして行った。他の客の視線が気になったのか、フェイトが恥ずかしそうに暴れる。

『主、お願いですから力を緩めて下さい。肋骨が……!』
『ザフィーラはかわええなぁ』
『はやてちゃん。あの、ザフィーラが割と本気で苦しそうなんですけど……』

 長椅子にフェイトを座らせるクロノ。そのまま彼は残っていた片脚の靴を脱がせた。代わりにサンダルを履かせ、手を差し伸べる。
 フェイトは周囲の興味深い視線を感じながらも、クロノの手を取って立ち上がった。再び手を繋いだ二人はそのまま店の奥にあるレジカウンターへ進んで行く。

「なのは、移動するよッ!」
「は、はいッ!」

 アルフに手を引っ張られ、なのはは走り出す。婦人服売り場からでは靴売り場のレジカウンターは死角になっていて見えないのだ。
 ファンシーショップに待機していた別働隊も動き始める。
 時刻はそろそろ十二時に差し掛かろうとしていた。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 妙なギャップなアレな十五話でした。読んでいただきましてありがとうございます。ザフィーラは噛めば噛む程味が出るキャラである事が判明(違)。
 そして勝手な新技登場。格ゲーネタでシグナム用に考えていた抜刀術の”紫電両断”をそのまま流用。ベルカ式抜刀術って何だ!? ミッドチルダ式もあるのかなぁ。
 にしてもキャラ数増えたなぁ…。動かすのが一苦労。ではまた次回に。

 2006/4/28 一部改稿






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