魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.4 Matsumusisou









 まず、焦りがあった。恐怖や戦慄、憎悪という感情もあるが、最も先行して大きくなっているのは焦燥心だった。
 ビルの影。ヴィータはそこに潜んでいた。横には大きな業務用のゴミ箱がある。強装結界内でなければ強烈な悪臭が漂っている場所だ。

『グラーフアイゼン、報告……!』

 呼吸を整えながら、ヴィータは思念通話で相棒に訊ねる。今は僅かな物音が死に直結する事態なのだ。声なんて出せる訳がない。

『ハンマーヘッド一部大破。魔力回路一部断絶、リカバリー不能。構成材質の六十七パーセントに重度の疲労を確認、リカバリー可能』

 矢継ぎ早にグラーフアイゼンが答えた。ヴィータは顔を顰め、右手を見た。
 細い少女の手の先には、長年苦楽を共にして来た相棒があった。二対式のロングハンマー。それが今、片方を欠損させ、半ばスクラップに成り果てていた。ハンマー ヘッドと柄を連結させているコッキングカバーもほとんどが剥離していて、カートリッジシステムの内部機構が露出してしまっている。
 胸が痛かった。ここまで相棒をズタズタにされたのは初めてだ。

『……ごめん、グラーフアイゼン』

 柄を握る指に力が籠もる。喩え相手が何であろうと、相棒をこんな無様な姿にさせてしまったのは明らかに自分の力不足が原因だ。非常識極まりない戦闘能力を発揮 して来た意味不明な暴走体よりも、この事実がヴィータに暗澹たる感情を与えていた。

『――他損傷レベル低規模、リカバリー不要』

 グラーフアイゼンは非力を嘆く主を黙殺して、損傷の報告を終えた。そして、こう続ける。

『――我は主と共にあり。主は我と共にあり』
『……グラーフアイゼン』
『――敵性反応接近中。全方位警戒』

 鉄の伯爵が沈黙した。
 アームドデバイスは、インテリジェントデバイス程優れた人工知能を備えてはいない。純粋な武装として組み上げられているアームドデバイスに、完璧な意思疎通 能力はあまり必要とされなかった。より鋭利に、より強く、質実剛健の武器を目指し、アームドデバイスは設計、開発されている。操る騎士達も、会話能力よりも武 装としての強度を求めた。アームドデバイス達の会話能力は非常に簡素だった。だが、簡素故に素直だ。主を信頼する事に一切の疑いを持たず、全身全霊を懸け、主 に仕え、主を守る。主である騎士達は、彼らの直向な忠誠を裏切らないように己を磨く。ベルカ式魔法を操る者達は常にそうして来た。
 ヴィータはベルカの騎士である。騎士として、相棒であるアームドデバイス、グラーフアイゼンの忠誠に応えなければならない。

『……サンキュ』

 緊張で強張っていた頬を緩め、ヴィータは感謝した。相棒は何も答えなかったが、いつでも最大駆動出来るように機体状況を整えている。
 緩んだのは頬だけではなかった。焦る心が徐々に落ち着きを取り戻して行く。恐怖も戦慄も合わせて薄くなる。思考がシャープになって明瞭とした。
 まずは装備の確認だ。
 グラーフアイゼンは中破しているがまだまだ戦える。ハンマーヘッドの片方がもげており、攻撃力も半減しているが、ラケーテンフォルムになれば一時的にだが 破壊力は取り戻せる。
 次に自分の状態。これも問題無い。魔力も体力もまだ行ける。あれだけ荒くなっていた呼吸も、今は嘘だったかのように静まっていた。
 最後にカートリッジの残弾だった。これが問題だった。祈るような気持ちで腰の後ろにあるアタッチメントポーチを探る。期待はすぐに落胆になった。
 手応えは何とも心細かった。取り合えずポーチ内のカートリッジを全部引っ張り出す。

「残り五発……」

 いつもなら予備の予備も含め、十五発は携帯しているが、今回は違った。マリーから支給された合計百発のカートリッジの四分の一、つまり二十五発ものカートリッジ を携帯して来ていたのだ。にも関わらず、今は五発しか残っていない。
 さすがに舌打ちを止める事は出来なかった。二十発のカートリッジをたったの五分で使い切ってしまったのだ。二十五発もあれば充分に事足りるだろうと予測をした のだが、事態はヴィータの予想を遥かに裏切って進行中らしい。
 敵を侮っていた訳ではない。獅子は兎を殺すのに全力を尽くすように、ヴィータもいつ如何なる時も全力で敵と相対する。そこに油断も侮りも無い。激情家と思われる 紅の鉄騎は、本能に近い状況判断能力を有している。
 それでも、あの暴走体の戦闘能力は全く予想出来なかった。
 Sランク魔導師に相当する成長を遂げた暴走デバイス。彼らは寄生している魔導師を黒い殻で覆い、襲い掛かって来た。その攻撃は苛烈を極めた。結果が満身創痍 のグラーフアイゼンであり、僅か五分で二十発ものカートリッジを消費したという現状である。
 苛烈な物理攻撃。仮借ない技術。容赦の無い戦術。狡猾な機動。鉄壁の装甲。それらを思い出すと身の毛もよだった。
 黒い暴走体――”影”の側にはAAA+クラスの暴走体も居た。初めて見た時はその異形な姿に顔を顰めてしまったが、影と比較すれば遥かにまともだ。それ程までに 影は常軌を逸した戦闘能力を秘めていた。根本からすべてが違う。AAA+と起源は同じだが、しかし、相違している。
 ヴィータには、あの黒い物体はすべての生きとし生ける生物を冒涜しているように思えた。
 だから、黒い物体の面妖な面構えが眼前に唐突に何の前触れも無く現れたとしても、ヴィータはどうしようもなかった。温和な草食動物は獰猛な肉食動物に勝つ事は 叶わない。それと同じように。
 呼吸が止まる。もしかしたら心臓さえも刹那の時を停止させたかもしれない。
 影はふてぶてしい態度で眼の前にしゃがんでいた。
 これまでほとんど感じる事が無かった感情が、紅の鉄騎の小さな身体を束縛する。消えかけていたはずの恐怖と戦慄が、不可視のバインドとなった。
 それを解除したのは、他の誰でもない。鉄の伯爵だった。

『主!』

 彼の声が胸を打つ。最低限の会話能力しか持たない彼の警告が、不可視のバインドを破壊した。
 人の影がおもむろに右手を引く。貫手の動作。水流のような動き。ヴィータの強固な防御魔法すら一撃で粉砕しかねない徒手空拳。

「いつまでも」

 ヴィータは左手に魔力を集中する。従来の術式を構築するには絶望的に時間が足りない為、省く事が可能な工程は徹底的に省く。

「図に乗ってるんじゃ」

 生成されたのは一つの銀色の球。子供の指の間でも挟める程の小さな物だ。強引な術式構築、展開の結果としては上々である。
 本来ならグラーフアイゼンのハンマーヘッドで強打し、その衝撃を起爆剤として発動する魔法を、腕そのものを微動だにさせずに無理矢理行使する。

「ねぇーッ!」

 憤怒の咆哮をトリガーヴォイスに魔法が発動する。魔力で練り上げられた銀色の球が光り輝いた。
 市街地が鮮やかに照らされる。
 角膜を焼くような閃光と共に、耳をつんざく轟音が鳴り響く。擬似的な爆音だ。いや、爆音にもならない。何百匹もの獣という獣の遠吠えが見事な不協和音を 奏でているような音だ。
 アイゼンゲホイル。対魔、対物攻撃力を一切持たない閃光魔法。非致死性暴徒鎮圧電子兵装のスタングレネードとほぼ同様の性能を持つ補助魔法である。
 ヴィータは魔力を脚に回して、予備動作無しで跳躍した。眼前の忌々しい影が突然の閃光に呻いている今が逃走の絶好のチャンスであり、唯一のチャンスだ。AAA +級の暴走デバイスは何とかなる。二体までなら同時に相手をして、勝利出来ないにしても敗北する気はしない。だが、この影だけは別だ。
 感じた事のない恐怖を覚えたのだから。
 身を屈める影の頭を踏み台に、ヴィータはさらに跳んだ。ビルの屋上に着地。

「!?」

 飛行魔法を発動させようとしていた思考が急停止した。
 膝をついたヴィータの前に、AAA+の暴走体が佇んでいた。右手のデバイスを振り上げている。寄生した魔導師の魔力を貪欲に吸い続け、成長に成長を重ねた デバイスは、その形状を戦闘に最適化させる。今の暴走体のデバイスは、アイゼンゲホイルの閃光の余韻を浴び、鈍色に輝いていた。
 それが振り下ろされる。ヴィータを真っ二つにするべく大気を切り裂く。

『Panzerschild!』

 回避不能の危機を電子音声が救った。
 眼と鼻の先に白銀の魔法陣が展開される。ベルカ式の頂点に円を描いた正三角形。
 接触した暴走体のデバイスが眩い火花を撒き散らせた。凶悪な摩擦がグラーフアイゼンが自動発動させた防御魔法を削って行く。耳を裂くその音がヴィータを我に 引き戻す。

「サンキュー、グラーフアイゼン!」
『ja!』

 心強い相棒が応答する。今日は本当に助けられてばかりだ。
 容姿に似合った笑顔を浮かべ、ヴィータは突風のような脚払いを暴走体に仕掛けた。踏み込んでいた暴走体は呆気無くバランスを崩す。ヴィータは軽く地を蹴り、 空中で身体を一回転させた。
 綺麗に整ったフォーム。
 腰を捻り、グラーフアイゼンを両手でホールドして、ゴルフのフルスイングのように放つ。

「ぶっ飛べェッ!」

 ハンマーヘッドが暴走体のデバイスを捉えた。ありったけの魔力と遠心力が凝縮された一撃だった。猛烈な衝撃力が防御の上から暴走体を貫き、弾く。砲丸の如く 打ち出された暴走体は土煙を上げながら吹き飛んだ。金網製のフェンスを突き破り、隣のビルに衝突。硝子の甲高い悲鳴を道連れにさらに飛ぶ。突っ込んだビルを貫通 した暴走体は、さらに次のビルに背中から突入した。それでも止まらない。
 騒音が遠ざかって行く。

「よしッ!」

 逃走再開だ。追跡して破壊するという手段もあったが、本体であるデバイスは堅牢だ。破壊には最大出力のラケーテンハンマーの使用が不可欠である。カートリッジ 残弾数が五発という現状では難しい問題ではないが、敵はまだ五体も残されている。四発になったカートリッジで五体の暴走体と戦闘し、時間を稼ぐ事は出来るか?
 無理であり無謀な選択だった。ならば採用すべき選択は一つだけだ。
 逃走。シグナムの言う通り、ありとあらゆる戦術を駆使して逃げるのみだ。
 飛行魔法を発動させたヴィータは、最大戦速でビルの隙間を飛翔した。

「シグナムの奴、まだかよ……!」

 三分で合流出来ると言っていた彼女だが、未だその姿は見えない。彼女との念話中、ヴィータは余裕など無かった。大きな口を叩いているが虚勢に過ぎない。
 戦闘開始から六分が経過した。

「まさかやられたんじゃねぇーんだろうな」

 呟いてみて、ヴィータは戦慄する。可能性としてはむしろ高いその予想だったが、すぐに否定する。烈火の将が簡単に敗北する訳がない。小言ばかり言って手を上げ て、他人にも自分にも厳しいバトルマニアで、厳かな態度には似合わずに胸ばかり大きなあのシグナムが負けるはずがない。

『シグナムッ! てめぇ返事しろッ!』

 飛ぶのを止めて、ヴィータは念話で怒鳴った。
 返事は無かった。

『シグナム! バトルマニア! おっぱい魔人! 剣術馬鹿! 返事を……返事をしろよォッ!』

 恐怖が三度発現する。死神が肩を叩き、背中から抱き締めて来た気がした。
 実際、死神はそこにいた。
 影。
 その存在を認識するよりも早く、ヴィータは殴られた。
 打ち捨てられた人形のように、小さな身体が虚空を横転した。十秒掛けて飛行して来た道を、二秒の時間で駆け抜ける。地面に突き刺さっても止まらない。 アスファルトの硬い地面に頬を押し付ける。焼けるように痛い。殴られた腕が痛い。大好きな帽子がどこかに転がって行った。
 五回目のバウンドの後、ようやくヴィータは止まった。
 悲鳴も、呻きも、気の聞いた悪態も、何も出なかった。
 定まらない焦点が砕けたアスファルトと打ち捨てられたグラーフアイゼンを見詰める。
 真っ白になっている頭を抱え、ヴィータは身を起こす。幸い、殴られた腕は折れてはいなかった。グラーフアイゼンは再び自動発動で防御魔法を詠唱してくれたのだ。 それが無ければ恐らく殴打の衝撃に身体が耐え切れず、文字通り引き裂かれていただろう。
 腕と頬が痛かったが、無視する。無言のままグラーフアイゼンを拾う。

「ちくしょう……!」

 豆粒のように小さくなっている影を睨み付ける。悠然と空に佇む人の影。畏怖すべき存在。有機物そのものを否定する存在。
 シグナムを殺した者の仲間。
 数日前の光景が浮かんだ。
 建築材の墓場となった住宅街。
 生き埋めになっている人々の断末魔。
 半分になったぬいぐるみ。
 付着していた炭化した小さな手首。

「ちくしょお……!!!」

 歪んでいた視界が白熱する。

「ちくしょォぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおッ!!!!!!」

 もう知らない。魔導師が取り込まれているとか、救出しなければいけないとか、そんなものはどうでもいい。
 ヴィータは泣き叫んだ。

「カァートリッジィッ! ロォードォッ!」
『――Jawohl! Nachaden!』

 ”鉄の伯爵”が僅かな躊躇いの後に命令を復唱した。
 ハンマーヘッド連結部位のカートリッジシリンダーが雄々しく回転する。剥き出しになっている薬室で、装填されていた二発のカートリッジが連続で使用された。
 荒れ狂う魔力を相棒へ供給。選択する魔法は破壊力のみを追い求めた究極の形。故に展開すべき、構築すべき術式は容易。

「ギガントォッ、シュラァークァッ!!!!!」

 だってこいつらはシグナムを殺した。はやてと同じくらい好きな、大好きなシグナムを。
 そんな奴ら、許せるものか。
 限界を振り切り、加熱した思考は麻痺を起こす。行動を統括する意思は理性から本能に移行する。
 数日前、初めて暴走体と相対した時を超越する怒りが、ヴィータの身体と意思を焼き、支配した。

「随分好き勝手に言ってくれたものだ」

 その言葉は、今のヴィータにとってまさに冷水だった。

「――え――」

 人の気配がする。頭の上に温かい何かが乗った。

「その上勝手に殺すな」

 苦笑を含んだ声。ゆっくりとヴィータは横を見た。

「シグ――ナム――」
「遅くなった。すまん」

 彼女は酷い有様だった。ゆったりとした騎士甲冑は鮮血と埃に塗れ、無事な場所はどこにもない。手首を防御する左右の装甲も破損して、指を保護する装備品はすべて 無くなっていた。髪も解けていて、綺麗な桜色の髪がカーテンのように舞っている。

「一体は仕留めたが、二体目が手強くてな。どうやらデータリンク機能を備えているらしい」
「………」
「抑える事には成功したが討つ事は出来なかった」

 鞘に納めていたレヴァンティンを抜く。彼も満身創痍だった。本来の曇り無き刃は姿無く、淀み、亀裂を含んでいる。

「レヴァンティン、まだ行けるな?」
『Dumm frage!』

 外見からは想像も出来ない力強い声が返って来る。

「それでこそ我が剣だ」

 シグナムが微笑む。生と死が入り乱れる戦闘の真っ只中とは思えない程、その笑みは安らいでいた。
 幽霊を見るようなヴィータの眼が変わる。大きな蒼い瞳に浮かんだ感情は、一度は治まりを見せた怒りだった。沸々と沸いて来る。
 発動寸前だったギガントシュラークの制御解放をグラーフアイゼンに押し付け、思い切りシグナムの脚を蹴飛ばした。

「痛いぞヴィータ」
「うるさい馬鹿! 馬鹿だ絶対! てめぇは馬鹿に決まってる!」
「……馬鹿と言う方が馬鹿だと思うのだが」

 シグナムが難しい顔をした。

「いや、馬鹿だ! 誰がなんつったって馬鹿だ! 馬鹿だ……! 馬鹿だぁ……!」

 限界だった。ヴィータは溢れて来る涙を堪え切れず、ぐしぐしと手の甲で拭う。頬の裂傷に当たって無茶苦茶痛かった。

「将失格だな、私は」

 困ったようにそう呟いたシグナムは、泣き喚く妹のような少女を撫でる。鼻を啜る情けない音がした。

「バケツ型ジャンボアイス一ヶ月分。それで勘弁してやる」

 シグナムの表情が凍り付く。ジャンボアイスの一個当たりの相場額は約九百円。一ヶ月三十一日計算で二万七千九百円だ。なかなか半端ではない金額である。

「ま、待て。私にそんな財力は無いぞ」
「管理局の給料あるだろ」
「すべて貯金している! せめて一週間にしろッ!」
「問答無用」

 ヴィータはにんまりと邪悪な笑みを浮かべた。うろたえて思案したシグナムは額に汗を作り、呻くように受諾する。

「……よかろう。主はやてには内密だ」
「よっしゃ!」
「……今月は剣道雑誌を諦めるか……」

 嘆息づいて愚痴をこぼしたシグナムは、一気に雰囲気を切り替えた。

「あんな文字ばっかりの本読んでて楽しいか?」

 ほくそ笑みヴィータ。彼女もまた、先程までの弱気は皆無だった。眼許には涙の跡があり、傷だらけの顔は表情を変えると酷く痛んだが、それでも微笑まずには いられなかった。

「ああ。お前も読んでみるといい」
「遠慮しとく」

 血と埃に包まれた守護騎士がそれぞれ構えを取る。
 ささやかな談話と休憩は終わりを告げた。

『シグナムッ、ヴィータちゃん! 無事!?』

 時間を稼ぐ手段を模索していた二人の頭に、エイミィの呼び掛けが響いた。

『こちらシグナム。辛うじて無事だ』
『良かった……』
『S級を一体仕留めた。現在S級一体と交戦中』

 交戦中とは言うものの、肝心の目標であるS級の暴走体は宙に浮遊したまま動く気配を見せない。ヴィータを殴り飛ばした体勢で停止している。合流した二人を警戒 しているのか。
 エイミィと代わり、リンディの声がした。

『他の暴走体はどう?』
『AAA+はあたしがぶっ飛ばしたけど……』
『仕留めた後、もう一体のS級と戦闘を行いました。鎮圧には至っていませんが、拘束をしています』

 僅かな沈黙。

『残りの三体は?』

 二度目の沈黙。

『まだ見てねぇーけど……』
「まさか!?」

 眼を見開き、シグナムが空を仰いだ。強装結界の影響を受けた空は、虚数空間にも似た不可思議な色をしている。

「ヴィータ、残りの三体を探すぞ!」
「え、な、何でだよ。それどころじゃ……」

 ヴィータは分からなかった。焦燥を剥き出しにするシグナムの言葉が理解出来ない。
 エイミィが説明をする。

『こっちでもモニタリングしてたんだけど、強装結界に正体不明の魔力が取り付いてるの。凄いスピードで結界の術式プログラムを浸食してるんだけど発生元が分から なくて』

 出来なかった事が一瞬で出来た。ヴィータはシグナム同様に眼を見張る。

「結界を食い破るってのか!?」
「他の三体は出て来ないんじゃない。出て来れないのだ。迂闊だった……!」
『無茶ばかり言うのだけど、ごめんなさい、急いで下さい。私も出ますが、仮に強装結界が破られた場合、もう打つ手がありません』

 強装結界は強固だ。数十人単位の武装局員が自身のすべての魔力を放出し、その魔力を仲間の魔力と連結させ硬質化。単独では絶対に展開不能の結界を形成する。 連結して硬質化した魔力はさらに同調。余程強力な放出魔法の類でもない限り破壊する事は難しい。

「ヴィータ、手分けして探すぞ! いいか、絶対に止めるんだ!」
「分かってる!」

 結界が破壊されれば、総勢で六体の暴走体は瞬く間に周囲に散る。それは飢えた狼を抵抗の出来ない羊の群れに放り込むようなものだ。結界外も住民の 避難は完了しているが、気休めにもならない。野に放たれた暴走体はたちどころに避難場所へ殺到する。
 二人が地を蹴ろうとしたその瞬間、宙に浮かんでいた影が動いた。正確に言うのなら消えた。忽然と。何の前触れも無く。

「なッ……!?」

 息を呑む二人。同時に通信。

『強装結界の一部に空洞が発生……!? そんな早すぎる! 転移魔法の発動を確認! 魔力反応六つ!』

 シグナムとヴィータは何も言えず、エイミィの報告に聞き耳を立てる。

『逃がすもんか。絶対に……!』
『待機している艦船に連絡! 非常警戒態勢を!』

 凛としたリンディの指示が飛ぶ。

『よしッ、反応キャッチ!』
『このまま追跡する。エイミィ、位置と座標を』

 シグナムの要求に、しかし、エイミィは答えない。苛立ったようにヴィータが急かした。

『エイミィッ、早くしろッ!』
『嘘……』
『エイミィ?』

 リンディの声。

『そんな……。シグナム、ヴィータちゃん急いで! 早く!』

 エイミィの焦り方は尋常ではなかった。少なくとも、シグナムもヴィータも彼女のそんな声を聞くのは初めてだった。
 虚を衝かれ、ヴィータは言葉を濁す。

『ど、どうしたんだよ……?』
『いいから早くッ!』

 ヒステリックな要求。本当に彼女らしくなかった。

『落ち着けエイミィ。まずは位置と座標を教えてくれ。それが無ければ我々でも転移は出来ん』
『転移先はなのはちゃんの世界! それも海鳴市ッ! 六体全部、そっちに転送してるッ!』

 シグナムとヴィータは、エイミィの焦りを一瞬で理解した。



 ☆



 来て良かった。意識が睡魔の中を浮き沈みしている中、クロノはそう思う。
 やはりフェイトには笑顔が似合う。誰でもそうだ。悲しい顔や怒っている顔が似合う人間は稀である。だが、それを差し引いてもフェイトには笑顔が似合っていた。
 その笑顔を、今日は一日中見ている。アースラに帰還するまでの間、ずっと彼女は微笑んでいる事だろう。
 頭を乗せている彼女の膝は驚く程に柔らかかった。気持ちの良い匂いがする。とてもAAAに該当する戦闘魔導師とは思えなかった。
 眼を瞑る。瞼がとてつもなく重かったというのもあるが、照れ臭くてフェイトの顔を見ていられなかったからだ。
 静かだった。だから、心臓の音が明瞭に聞こえた。どくどくと全身に血を送っている生命のポンプとも言うべき内臓は、いつもよりその動きを速めており、胸の 上に投げ出した腕が一定のリズムで上下している。
 速くなっている理由は分かり切っている。フェイトである。
 義理とは言え、彼女は妹だ。掛け替えの無い大切な家族だ。


 なのに、何故僕はこんなにも意識しているのだろう。


 フェイトを女の子として見てしまうのだろう。





 僕が好きな子はあの子なのに――。





 それ以上は考える事が出来なかった。理路整然としている彼の思考は完璧に形を失っていた。
 日差しは樹木に生い茂っている葉が遮り、涼しげな風がどこからかやって来る。風は指揮者となり、葉を支配して子守唄を演奏した。
 初夏の陽気。
 睡魔という湖面を漂っていた意識が沈んで行く。今度は浮上する事は無い。どんどん落ちて行く。深い深い眠りの底へ。
 それが起こるまで、クロノは眠っていた。時間にして数分。秒で計算すればたったの数百秒。それでも、彼はこれまで経験した事が無い程の深い眠りを体験していた。
 だから、クロノの反応は遅れてしまった。
 最初は何が起こったのかまったく把握出来なかった。混濁した意識は外部の異常を感知してくれない。戦闘訓練と数え切れない程の実戦で培って来た第六感も沈黙を守っている。

「何がッ……!」

 上半身を起こす。頭を包み込んでいた温もりが去って行った。
 立ち上がり、それが起こった場所を見る。位置は公園の出入り口の遥か奥、つまり、アミューズメントパークの本体と言うべき遊戯施設や百貨店が設置された中央区画 だった。
 炎が見えた。
 言葉は出なかった。立ち上がらず、座り込んだままのフェイトも茫然と炎を傍観している。
 大規模な爆発による炎だった。吐き出される数百度、数千度の火炎が建築物を理不尽に飲み込んで行く。倒壊した建築物の落下音がして、それが起こす地響きを感 じた。人工芝がぴりぴりと震えていた。
 人の悲鳴が聞こえた。
 公園に居た全員が爆発に釘付けになっている。無邪気に遊んでいた子供達でさえ、身体を動かす事を忘れて傾注している。
 青い空が赤色に染まって行く。
 見えない力で束縛される公園。その力を最初に振り払ったのはクロノだった。靴に飛びつき、踵を叩き込む。慣れた指捌きで紐を結び、地を蹴る。芝生を抉り、 彼は破壊の中心にある遊園地へ走った。
 爆発に魅了されていた時間は僅か五秒に過ぎない。だが、一時間以上縛り付けられていた感覚がある。
 背後から声がする。

「クロノッ!」

 フェイトだった。走る事に適さないサンダルでクロノの後を追って来る。

「君はそこに居ろッ!」
「でもッ!」
「クロノ君!」

 まったく予想外の声がした。思わず立ち止まり、クロノは声がした方に視線を走らせる。
 そこには見知った顔ぶれが雁首を揃えていた。

「ど……どうして君達がここに居るんだ!?」

 頓狂な声で彼は感想を告げた。
 なのはにアルフ。シャマルに車椅子を押して貰っているはやて。彼女の膝に乗っている子犬フォームのザフィーラ。そして不安そうに手を繋いでいるアリサとすずか。

「なのは……? はやて、すずか、アリサ……え、あ、へ?」

 唐突過ぎる親友達の登場に、フェイトは錯乱した頭を傾げる。
 まずはアルフが言い訳を切り出した。

「え〜と、その何と言うか」
「もしかして、ずっと着いて来てたのッ!?」

 腰まで届く金髪を跳ね上げる勢いでフェイトが叫んだ。
 アルフを始め、全員が言葉を濁した。誰も視線を合わせようとせず、明後日を望む。
 フェイトは酸素を求める魚のように口を開け閉めする。そして怒った。照れた。遠くで爆発している建造物のように炎を撒き散らした。

「ば、ばばばばばかぁー! アルフのばかぁーッ!!!」
「私だけじゃないって!」
「みんなのばかあーッ!」

 いつもより肌がよく見える服装をしている分、フェイトの紅潮加減は一瞥で分かった。眼許に涙を溜め、鼻息を荒くし、ワンピースの裾を力いっぱい握り締めた 彼女は、アルフを初めとする親友達を睨み付ける。
 なのはが言葉を探りながら言った。

「フェイトちゃん、あのね、その〜……」
「なのはまで……。酷いよ……」
「あかん、なのはちゃんの言葉も届かへん……」
「気になったものは仕方ないでしょー」
「アリサちゃんは黙って。これ以上フェイトちゃんを怒らせると駄目だよ」

 クロノは口を噤む。呆れて言葉も出ないというのが本音だった。まさか買い物をこんな大所帯で覗き見するなんて。アルフの性格を考えれば可能性としてはあったが、 なのはやザフィーラまで同行するとは思わなかった。
 昼食に至るまでの過程を思い返して、クロノは赤面する。手を繋いで百貨店に入り、二人で靴を選んで、転倒し掛けたフェイトを抱きかかえて救出して、最後には 膝枕。恐らくすべて完璧に目撃されたと想定するべきだ。
 なのはにも見られてしまった――。

『ハラオウン執務官』

 額を掌で覆って項垂れていた時、叱責するような声が響いた。声は発せられていない。念話だ。
 クロノの視線がはやての膝の上のザフィーラに移る。

『ザフィーラ、君まで何でこんな事を……』
『それに関しては後で弁明する。今はあれを何とかするべきだ』

 新たな爆音がした。大気が歪な軋み声を上げる。人々の悲鳴を苦も無く飲み込む。

『分かってる』

 何が原因かは分からない。遊戯施設の事故か、何かの事件か。どちらにしろ尋常ではない事態だ。断続的に続いている爆発は並みではなく、それこそ広範囲攻撃魔法 を無差別に放出しているように感じられる。

『クロノ君ッ、応答して! クロノ君!』

 聞き慣れた同僚の声がした。だが、いつものくつろいだ雰囲気が無い。余程の事が無い限り、絶対的な緊張感が漂っている中でも決してユーモアを忘れない エイミィ・リミエッタの声が、今は無様な程に震えていた。
 彼女は次元間長距離通信で語り掛けて来ている。クロノは一握りの魔力を練り上げ、受信状況を整えた。

『クロノだ。どうした、エイミィ』
『暴走体が強装結界を突破して、そっちの世界に転移したのッ! 正確な位置特定は出来てないけど、海鳴市に行ってるのは間違いないんだ!』

 単刀直入の明瞭快活な返答だった。
 クロノは視線を爆心地へ向ける。新たに発生した黒煙が、出口を求めて空へ殺到している。
 破壊魔法による無差別攻撃。この光景の原因はそれしかなかった。

『数は!?』
『六体! 一度教導隊が鎮圧に失敗しちゃって、三体がSランクにまで成長しちゃってる! 残りの三体もAAA+!』

 気が遠くなった。
 S級の魔導師は管理局でも極々一部の提督クラスにしか存在しない。AAA級でさえ管理局に属している全魔導師の五パーセントに満たないのだ。
 クロノもAAAから上の魔導師とは戦闘した経験が絶望的に少ない。そもそも存在が希少なのだ。S級魔導師との交戦経験は今まで数回しかない。

『結界は間に合うかッ!?』
『艦長がシグナムとヴィータちゃんと一緒にそっちに転移してるから、多分何とか!』
『了解した。三人が来るまで何とかする! アースラは最大戦速で現場に急行ッ!』
『了解! 気を付けて、クロノ君!』

 祈るようなエイミィの言葉を最後に、長距離通信が途絶える。
 アリサやすずかも含めた全員の視線がクロノに集中していた。フェイトも落ち着いたのか、まだ少し赤い顔をしているが冷静さを取り戻している。
 首筋に剃刀を当てられているような緊張感が漂う。

「時間が無い、説明は後でするから各自指示通りに動いてくれ」

 誰も異論は唱えない。それぞれが頷く。

「シャマルはアリサとすずかを連れて、公園に居る民間人を安全な場所まで誘導してくれ。はやて、ザフィーラ、アルフ、フェイト、なのはは僕と一緒に現場に向かう。 魔法は殺傷設定に変更。それから――」

 言葉はそれ以上続かなかった。
 全員が動いた。シャマルははやてを抱きかかえ、アルフはザフィーラの首を乱暴に掴み、なのははすずかを、フェイトはアリサをそれぞれ連れて、最後にクロノが 跳躍した。
 八人と一匹が集っていた大地に、黒い砲弾が突き刺さる。
 地震が起こった。寸分の狂いも無く敷き詰められていた人工芝が破壊される。緑の絨毯が塵屑のように吹き飛ばされ、下にあった整地された土の大地が 抉り出された。巻き上げられた大量の土砂が周囲に飛び散り、茶色の雨を降らせる。

「こいつが……」

 忌々しくクロノが言う。
 砲弾は人型をしていた。だが、人型をしているだけだ。その外見はすべてが闇色で支配されている。光に照らされ、大地に浮かぶ人の影。人のシルエット。
 あまりにも異形と言うべきか。すべての理を真正面から否定したようなそれは、確かに暴走体である。その証拠に、右手には杖のような黒い物体が握られている。
 クロノは直感で悟った。

「Sランクの暴走体……!」

 戦場は防御結界が形成されていない、民間人がひしめき合う公園。
 相手は悪魔のような魔力量を秘めた暴走デバイス。
 絶望的な戦闘が開幕した。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 変な文書になってますが読んでいただきましてありがとうございます。
 サブタイトル”Dead or Alive”は如何にも普通そうですが、一応拝借物。ちなみに乳揺れ3D格ゲーを連想された方が普通ですね(汗)。仮面ライダー ファイズの第一期EDテーマから拝借。
 しばらく戦闘で。序盤から中盤への橋渡り的な戦闘になるのでじっくり書こうかなと思いつつ、六対六の戦闘を一つずつ書くとさすがに洒落にならないのでどうしよう と今頃悩むorz アルフとザフィーラ、シグナムとヴィータが1セットで2on1になる事しか決まってないです…。
 なのはAsDVD三巻が出て助かったと実は内心ホッとしてます。七話のフェイトvsシグナムが戦闘資料としてはこれ以上ない程においしいので。十一話のなのはvs 闇の書の意思は高火力大出力衝突戦闘なので、ちょっと求める先が違う。ちなみにやってしまった事の反省ですが、三巻についていた魔法解説本によると、シグナムの ”鞘”はレヴァンティン同様の強度があるとの事。十六話で粉々にブッ壊してる俺!?
 クロノのSランク魔導師との戦闘回数は数回、と文中に出しましたが、これも妄想です。相手はプレシアさんと、短編集”罪と罰”に登場したオリジナルキャラクター、 ディンゴ・レオンです。彼はS+という設定でしたが。
 レヴァンティンの”Dumm frage”は直訳で”愚かな質問”です。”愚問”って事でどうですか(滝汗)。

 2006/4/28 一部改稿




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