魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.5 Black minaloushe









 メインシステム、及び補助OS”ロッティンバウンド”起動。
 主魔力炉点火。
 全機関緊急強制接続。
 魔力回路正常稼動確認。
 全員の顔が強張り、呼吸を忘れている中、クロノは思案する。恐ろしいまでに冷静で柔軟な思考は、構築しかけていた付け焼刃的な作戦を瞬く間に破棄した。
 完璧な顕示を果たしていない愛杖を掴む。黒に近い蒼が掌の中で凝縮され、本来よりも遥かに素早く円滑にその姿を形作った。

 全機能正常稼動確認コンディション・オールグリーン。S2U、起動。

 思念通話をアースラに繋げる。

「エイミィ」
『なに、クロノ君ッ?』
「……問題のSランク暴走体と遭遇した」

 息を呑む音。

「こちらの状況はモニタリングしているか?」
『五秒頂戴』

 とてつもなく長い五秒が経過した。

『す、すずかちゃんとアリサちゃんも居るのッ!?』
「ああ。周辺に現地民間人も居る。ここで戦闘は出来ない。転送は出来るか?」
『距離次第。最速で百八十秒くらい!』

 最速の即答が返って来た。

「アリサ・バニングスと月村すずかは残してくれ。転送先はどこでも良い。可能な限り民間人が居ない場所にしてくれれば」
『可能な限り、ね……!』

 エイミィの手元には、アミューズメントパークの詳細な位置データが当然だが存在しない。地図が無い以上、転送先は手探りで捜索するしかなかった。センサー 系統を活用すればある程度の目星も付ける事が可能だが、あくまでも”ある程度”だ。住宅地の中心に跳ばされる事は無いだろうが、完璧な無人地帯に送られる 可能性は少ない。
 火を灯した魔力炉が鼓動する。魔力という血脈を得た補助OS”ロッティンバウンド”がS2Uのすべての出力を増幅して行く。

「出来るか?」
『やるよ』

 静かな問いに静かな答え。エイミィの声に逡巡は皆無だった。だが、クロノにはあった。それは逡巡ではなく、躊躇だった。
 不安から来る躊躇い。要素はいくらでもあった。魔法の存在が感知されていない管理外世界に於いて、殺傷設定の魔法を加減無しで行使しなければならない事。 それによる周辺への被害。危険に晒される無関係の現地民間人。数値だけの調整を済ませただけのS2Uの実戦使用。
 そして何より、眼前に現れた影――S級の暴走体を鎮圧出来るのかという事。
 影は動かない。気配を殺し、魔力を抑制し、殺気を消し、そこに立っている。
 異形にして異常。魔法を知らない人間ならば訝しみながら歩み寄るだろう。それ程までに影には有機物としての雰囲気が欠如していた。
 だが、魔法を熟知し、行使する人間ならば、この影が如何に狂った存在なのかを理解出来る。

「頼む」

 復唱を待たず、クロノは通話を打ち切る。彼は影に最大限の警戒心を払いながら、慎重に散り散りになったフェイト達を確認した。
 ほぼ全員が同じような顔をしていた。突然現れた影の存在が理解出来ないのだ。これだけ歪で異形なのだから無理も無い。アリサやすずかは眼を見開いたまま、影 同様にぴくりとも動かない。闇の書事件の時に巻き込まれ、魔法の存在を認知するに至った彼女達だが、驚きのあまりに言葉を失っていた。
 エイミィの報告では、暴走体は全部で六体居るはずだ。S級が三体とAAA+級が三体。その内の一体、S級暴走体が今眼前に居る。残りの五体の所在は不明だったが、 すぐにでもその姿を見せるかもしれない。
 ひとまず時間を稼がねばならない。すべてはエイミィの転送魔法が発動してからだ。
 クロノは芝生を踏み締めた。
 誰かに声を掛けている暇は無い。現状、最も冷静で、最も状況判断に優れているクロノ以外、時間を稼ぐ役割を果たせる人間は誰も居なかった。
 S級暴走デバイス――人の”影”との距離は十メートル以上。一足一刀から遥かに離れた距離を、クロノは最小限の予備動作で起こした跳躍で駆け抜けた。
 起動したばかりの回路に魔力を叩き込み、同時に近接戦闘に適した補助魔法を選択。”ロッティンバウンド”が猛獣のように駆動する。刹那で構築、展開される術式。 圧倒的な速度。クロノは得たそれを制御し、解放した。

『Blaze Saber.』

 S2Uの先端部位に生まれたのは、折れる事を知らない、実体を持たない灼熱の剣。目標を”断つ”のではなく、”溶断”する刃だ。本来は大型ナイフ程度の刃渡りし か持たないそれは、”ロッティンバウンド”の恩恵を一身に受け、突撃槍に近い巨躯を誇っている。半ば予想していた現象だったが、それでもクロノは驚かずには いられなかった。
 最低限の加減すら出来るかどうか分からなかった。いや、それ以前に、S級に成長を遂げた暴走体を加減して倒せるのか?
 答えは否だろう。クロノは自問の結果に眉を険しくする。
 突風となって迫るクロノに、影が動く。眼も鼻も口も耳も何も無い”顔”を向け、デバイスの先端を銃口に見立てて突き付けた。
 赤い砲撃が放たれる。完璧な殺傷設定のその魔法は、クロノを五回引き裂いて余りある火力を備えている。
 しかし、クロノは引き裂かれない。自動発動としてセットされていた防御魔法を展開。
 強固な遮蔽性能を備えた蒼い魔法陣が砲撃を弾く。爆発が生まれ、四散した炎が飛び散り、芝生を焼いた。

「クロノッ!?」

 アリサを抱えたフェイトが悲鳴を上げる。それに応えるように、黒煙と爆炎を掻き乱してクロノが影へ踊りかかった。
 肉迫。斬撃。
 影のデバイスとS2Uが噛み合う。魔力の衝突で生み出された紫電がクロノの肌を焼いた。
 一撃、二撃、三撃、四撃、五撃。
 振り上げ。袈裟斬り。横薙ぎ。衝き。袈裟斬り。
 S2Uとデバイスが衝突する度に大気が鳴いた。鼓膜を叩き壊すような悲鳴だった。その中で、クロノは演舞のようなしなやかな体捌きで灼熱の刃を操る。柔らかな 芝生を踏み締め、軽くステップを踏み、的確な迎撃と無駄の無い反撃を繰り出して来る影と打ち合う。
 影のデバイスが放たれる。空を翔る稲妻の如き衝き。クロノは僅かに半身を引き、首を傾げ、皮一枚の隙間でかわす。そのままデバイスに掌を添え、圧縮 魔力で跳ね上げた。がら空きになる影の懐。S2Uを腰の下で構え、踏み込もうとする。

「――!?」

 覚醒した集中力と鋭い感覚がざわめく。
 それは闇夜に差す月明かりのようだった。影の貫手が想像を絶する異常に低い位置からクロノの顎を砕かんと迫る。削られた芝生が黒い拳と共に眼前を支配する。
 反射神経を酷使して、倒れるように横に跳ぶ。手で地面を弾き、反動を得て強引に姿勢を保ち、芝生を蹴散らして脚から着地する。
 追い縋る影。猛烈な蹴りが来る。寸前の所でクロノは身をかわす。上着の袖が鋭利な刃物に切り裂かれたように割れた。すでに打撃の域ではない。耐魔、耐衝撃性能 に優れているバリアジャケットがあれば裂傷の危険性は無いが、今はそんなものを装備している時間も余裕も何も無かった。
 クロノに臆する時間も恐怖するゆとりも無かった。全身全霊を持って影の迎撃に没頭する。
 S2Uを掬い上げるように一閃。灼熱の刃が影の脇を切り裂く。しかし、浅い。影が紙一重の差で僅かに重心を背後にやったのだ。手応えも軽かった。そしてそこに 言い知れぬ違和感を感じる。クロノは刹那の間に黙考して、その違和感の原因を突き止める。
 硬いのだ。ブレイズセイバーの白銀の刃は熱量を含んだ魔力で構成されている。言わば実体の無い剣だ。魔力を通わせていないモノで斬り受ける事は出来ない魔法であり、 通魔していない物体であれば切り裂けない物は存在しない。鋼鉄であろうとチタンだろうと、バターのように切断する事が可能なのだ。
 にも関わらず、クロノは確かな手応えを感じた。デバイスではなく、影の身体を斬り付けたというのに。
 だが、特に驚く必要も無かった。近接戦闘に異常特化しているのは忌むべき事だが、元々暴走体は強固だ。正確には本体であるデバイスが表面を物質化した魔力 で覆い、防御性能を向上させている。S級にもなれば身体として使用されている魔導師にもその効果が現れると考えてもおかしくはないだろう。

「この攻めの上に」

 影が鮮やかな脚捌きを見せ、貫手を繰り出す。まったく同時に、クロノは弓を射るような姿勢で衝きを放った。
 影の鋭利な指が、クロノのシャツを裂く。
 クロノの灼熱の刃が、影の頬に裂傷を刻む。

「硬いッ!」

 地面を蹴り上げ、飛び退く両者。そして激突。一進一退の攻防が過熱する。衝突の度に芝生が抉られ、湿り気のある土が蹴り立てられた。

「クロノッ!」
「クロノ君ッ!」

 フェイト達が叫ぶ。クロノは何とか彼女達から影を遠ざけようと離脱を試みるが、影は狡猾且つ執拗に追って来た。拘束魔法やバリアジャケット生成を行わせない腹なのか、 異常な手数で攻めて来る。圧倒的な質と量を誇る牽制攻撃。舞い落ちる木の葉のように見えながら、隙も無駄も何も無い。逆にクロノが僅かな隙を見せようものなら、 木の葉は苛烈な嵐に変貌して襲い掛かって来る。
 そこに、クロノはまったく予期しない既視感を感じた。
 影が何かと重なって見えた。いや、正確には影の身体の動き一つ一つが、何かに似ているように思えた。
 疑問に思った時、死の突風がクロノの胸に迫った。

「ちッ!」

 迎撃は可能だが得策ではない。クロノは後転して飛び退く。
 影の仮借ない踏み込み。下段から切り上げるようにデバイスを一閃。髪が一房切り裂かれる。返す刃でさらに一閃。上着が切断される。三回目の斬撃が繰り出されようと した時、クロノは抉るように地面を踏み締めていた。影に背中を向けるように片脚を軸に身を切り返し、縦一文字にS2Uを振り上げる。
 噛み合うデバイスとS2U。しかし、それも一瞬だ。クロノは両脚に魔力を集中し、跳躍。同時に影へS2Uを突きつける。

『Stinger Blade.』

 虚空に顕示された七本の光の剣が、環状魔法陣を射出口にして影へ殺到する。出力増幅の結果、剣は眼を見張る程に大きく、その速度はまさに光速。しかし、 影に恐怖する様子は無い。すべてを貫き、粉砕する剣の存在を無視するように弾幕の中へ飛び込む。
 七本すべてが影に突き刺さる。爆発。黒煙。

「こいつ――!」

 影は速度を落とさず、黒煙を従えて空を駆けて来た。滞空中のクロノにまっしぐらに迫り、デバイスを横薙ぎにする。
 クロノはS2Uを縦に突き出し、際どい所で斬り受ける。堅牢な魔力複合素材で構成された柄が断末魔の軋み音を上げ、尋常ならざる腕力がクロノの両腕 を襲う。

「……ッ!」

 単純な力の拮抗でクロノに勝ち目は無かった。さらに影は跳躍時の勢いを生かし、押し潰すような重みを与えて来る。
 耐えられるはずがなかった。押し負けたクロノは仰向けの姿勢で地面へ突き落とされる。完全な無防備状態だった。影がデバイスを向け、無詠唱で砲撃魔法を発動。
 初撃と同様の赤い砲撃魔法が放たれる。
 背中から迫る地面。前方から迫る死の壁。
 誰かの悲鳴が聞こえた。

「防御……!」

 S2Uを操作。飛行、及び防御魔法展開。

『Round Shield.』

 僅かな浮遊感と共に視界が弾けた。魔力の粒子が雨のように散る。S2Uを支える十本の指が瞬く間に痺れ、感覚が無くなった。
 一瞬とも永遠ともつかない時間の後、砲撃が止む。

「ぐッ……!」

 着地。クロノは空を仰いだ。
 人の影は何事も無かったかのように虚空に佇んでいた。その呼吸に乱れた跡は無い。いや、そもそも酸素を取り込んで動いているのかさえ定かではない。
 予想を遥かに超える、規格外の化け物だった。太刀筋、指一本に至るまでの身の動かし方、状況判断、どれを取っても無駄が無く、そして鋭利だ。幾つもの 鍛錬を積み、集積された深い経験が無ければ展開不可能な嵐のような近接戦闘。
 ”近接戦闘をする可能性もある”という、暴走デバイスに対する見解は捨てるべきだと、クロノは状況打開策を模索しながら痛感した。
 不意な呟きが聞こえた。

「――シグナム――?」

 声に誘われて見ると、そこにはフェイトが居た。呆けた顔で影を見ている。
 そう、この影の動きは彼女にどこか似ていた。凪いだ湖面の水のように静かでありながら、猛る炎のように荒々しい。それは烈火の将シグナムの動きそのものである。
 意味が分からなかった。何故彼女の動きを影が真似ているのか。だが、問題ではそこではない。現状の問題であり驚異は、影の近接戦闘能力があのシグナムと同格という 事だ。クロノはシグナムと一対一での戦闘経験は無いが、フェイトの話や訓練の記録映像を見る限り、近接間合いは彼女の領域だ。拘束魔法や戦術を駆使すれば 勝てなくもないというのがクロノの見解だったが、この影にはそうした戦術を組み上げたとしても、その暴力的な魔力と装甲ですべてを弾いてしまうだろう。
 近接戦闘では駄目だ。このままでは時間稼ぎすらままらない――!

『クロノ君ッ、お待たせ!』

 救援の声がした。

「百七十五秒! 上出来だ!」
『かなり荒っぽい転送魔法になっちゃったけどね!』
「やれッ、エイミィッ!」

 クロノの怒号のような要請を引鉄に、影が虚空を蹴る。
 腕力と魔力と重量を乗せた重い重い一撃が来た。
 咄嗟に防御魔法を展開して、クロノは影を受け止めた。歯を食いしばり、何とか耐える。
 エイミィがその場に居る全員に思念通話を送信する。

『こちらエイミィッ! これから転送魔法を掛けますッ! 対ショック姿勢!』

 質問も復唱も許されなかった。次の瞬間、絡み合うクロノと影を中心に転送魔法の魔法陣が広がった。温かさすら含んだ淡い魔法光は拡大を続け、傍観者になってい たフェイト達を包み込む。
 転送先の状況は、転送魔法を機械的に制御しているエイミィですら正確な事は分からない。詳細なデータが無かったのだ。極短距離の転送になるだろうが、 その先が無人である事を祈るしかない。
 そう、祈るしかないのだ。クロノはS2Uと影のデバイスが噛み合う事で作られた歪な十字を睨み、名も知らぬ神に祈った。
 アースラの魔力炉から供給された魔力が転送魔法陣を活性化させる。魔力の放出が始まり、雪のような光が地面から溢れ、空を昇って行く。



 ☆



 驚愕と呆気に支配されていた心中を嘲笑うかのように、突然現れた魔法光は穏やかだった。
 雪景色のように白くなって行く視界。同時に掠れ始める。先程のエイミィの宣言通り、転送が始まったのだ。
 影はクロノを叩き潰さんばかりに、爆発的な魔力を凝縮したデバイスをぶつけている。クロノは防御魔法と健気な回避運動を取り、影の苛烈な猛撃を防ぎ、捌いている。
 影が何なのか、フェイトには当然理解出来た。あれは暴走体だ。暴走したデバイスの成れの果てにして、過剰な成長を果たした姿である。
 いや、成長ではない。変貌だ。シグナムの動きをトレースしている影は、寄生している魔導師の身体をより戦闘に特化させていた。闇色の表面が”装甲”の役目を果たしているのは、戦闘による 破損から魔導師を純粋に防護する為であり、無理、無茶、無謀な戦闘を強制的に遂行させる為の拘束具なのだ。少なくともフェイトにはそう見えた。
 喩えクロノでも、そんな戦闘兵器と真正面から衝突して無傷で終わるはずがない。負けないにしても、彼はきっと大きな痛手を負う。
 それは嫌だ。クロノが傷付くところなんて見たくない。
 守らなければ。彼の”剣”として。彼の――恋人として。
 掌にある金色の台座を握り締める。待機状態にある”彼”も、すでに戦闘準備を終えている。主であるフェイトの意思一つで、彼は大地を裂く斧となり、無双の槍となり、 虚空を薙ぐ鎌となり、大切な人を守る剣となる。
 しかし、フェイトはバルディッシュに意思を伝える事が出来なかった。

「フェイト……」

 子犬の鳴き声にも似た心細い声。アリサだった。彼女はフェイトに抱かれるような形で彼女の腕にしがみ付いている。そこに学校で見せる気丈で勇ましい少女の姿は 無い。無力で無知なただの子供に過ぎない。
 アリサはすずかと共に闇の書事件に巻き込まれ、魔法を認知すると共に、その威力を身を持って知っている。だからこそなのか、彼女は脅えているのだ。

「大丈夫だよ、アリサ。大丈夫」

 穏やかな口調で語りかけ、フェイトは軽く彼女を抱き締める。大丈夫なはずだ。転送魔法は発動している。どこに転送されるか定かではないが、エイミィがアリサと すずかを安全区域に別転送してくれるはずだ。
 心配すべき事は無い。
 フェイトの言葉を聞き、アリサは少しだけ表情を明るくした。
 地面に描かれた魔法陣が、その輝きをさらに増し、魔力を加速させる。視界が真っ白になった。感覚が一瞬だけ消失する。
 刹那なのか、それとも悠久なのか。時間の感覚すら曖昧になった。
 視界が切り替わる。無地色のキャンパスに徐々に光と物の輪郭が戻って来る。
 焼けるような熱さがフェイトを襲った。
 そこはすでに緑の芝生と自然の樹木が植えられていた公園ではなかった。
 理不尽な破壊に侵された遊園地の中心。霧のように死が充満する空間。

「ここはッ!?」
「遊園地……?」

 アルフが呟き、なのはが答えるように茫然と言った。
 無残に引き裂かれたメリーゴーランドの部品が見えた。割れた馬の建材が炎の足元に散乱している。さらにその下に赤い何かが見えたのは気のせいではない。
 ジェットコースターのレールがただの鉄筋に成り果て、あちこちの遊戯施設の屋根を抉っている。そのレールに混ざり、コースターが見えた。ショッピングモールに 矢のように突き刺さっている。もちろん中には客達が乗っている事だろう。
 火災が火災を呼び、すべてのものを焼き尽くす勢いでその劫火を撒き散らしている。耳をつんざく騒音は耐える事が無い。
 自然と人の悲鳴は聞こえなかった。

「……そんな……」

 フェイトの舌の上を、はっきりとした絶望が転がった。さっきまで、つい先程まで楽しげな喧騒に溢れた場所はすでに無かった。ここは家族連れと恋人達で賑わいを 見せていたアミューズメントパークではない。
 一方的に蹂躙された災害の跡地だ。
 誰がこれをやったのか、改めて問い返す必要は無い。
 フェイトはクロノと絡み合う影を見る。影は転送された事に気付く素振りも無く、クロノを殺害せんと戦闘を続行している。

「あなたがやったんですか」

 握り締めたバルディッシュが掌に食い込む。震える拳。
 心中を黒い何かが支配して行く。意識がただ一つの事に集中して行く。
 改めて問う必要は無かった。それでも、フェイトは訊かずにはいられなかった。

「あなたがやったんですか――!?」

 影は何も答えない。フェイトに背を向け、体術と剣撃と砲撃を駆使し、容赦の無い攻めでクロノと追い詰めて行く。この破壊の跡にクロノを放り込むべく、狡猾に 攻めて行く。
 それは駄目だ。許容出来ない。そう、絶対に出来ない――!
 踏み出そうとしたフェイトに、か細い腕が絡みついた。

「フェイト」

 その声は、獰悪な黒い感情を押し留めるのように充分な能力を秘めていた。
 アリサだった。転送前とまったく変わらない、脅えた子供の表情で彼女はそこに居た。

「アリサ――? そんな……どうして!?」

 見ると、なのはの側にはすずかも居た。アリサと同様の顔だ。そして、彼女を見たなのはもまた、フェイトと同じ表情をしている。
 何故、彼女達が一緒に転送されているのか。

「エイミィッ、アリサとすずかがッ!」

 叫ぶように思念通話。

『そ、そんなッ! 二人ともちゃんと別の空間に……!』
「フェイトッ、避けてッ!」

 アルフの絶叫が思念通話を断ち切った。その声が意図するものが何なのか、フェイトは理解するよりも早くアリサを抱えて地を蹴る。
 衝撃。
 空気を抉る轟音と共に、二人が居た場所を赤い砲撃が直撃した。アスファルトが巻き上げられ、巨大な穴が穿つ。
 地団駄を踏むように着地したフェイトは咄嗟に空を仰ぐ。
 手を翳し、地上を見下ろしている五体の影がそこにはあった。そう、五体の”影”が。
 ぼそぼそとエイミィの声が聞こえた。

『魔力発揮数六百万……六体全員……S級に到達――!?』

 デタラメだ。フェイトは状況を完璧に飲み込めていないものの、本能で感知する。
 ミッドチルダからこの世界に転移して来た暴走デバイスは全部で六体。それら全員がAAA+を超え、S級にまで成長したのだ。
 思考が凍る。その氷を溶かし、粉砕したのは、クロノの叫び声だった。

「全員散開しろッ! 固まるなッ!」

 その瞬間、麻痺していた身体が生き返った。アリサの脇を抱き締め、脚に魔力を集中、凝縮、跳ぶ。同時に飛行魔法を発動。場違いな程に白いワンピースがはためく。

「なのはッ、すずかをッ!」
「う、うんッ!」

 頷くなのはだが、その動きはぎこちない。彼女は遠眼から見ても青ざめていた。
 なのははこれまで多くの魔法戦を潜り抜けて来ている。そんな彼女の眼から見ても、遊園地の惨状は酷なものだろう。さらに何の前触れも無く現れた暴走体――影の 存在が、なのはの思考を緩慢にしていた。
 空に浮かぶ影の内、一体が動く。予備動作がまったくない。気配も魔力も何も発してはいない。虚空を蹴り上げて降下するその姿は、獲物を補足した猛禽類のように 見えた。
 捉えられた獲物は、なのはとすずか。
 助けに入る時間はフェイトには存在しない。すでに離脱体勢にあり、さらにアリサを連れている現状だ。下手な動きはアリサを危険に晒すだけだ。
 クロノも動けない。一体目の影と着かず離れずの近接戦闘を強いられている彼にそんな余裕は無い。
 残りの影達が一拍遅れて動き出す。なのはとすずかを狙う影同様に、彼らは散り散りになった。アルフとザフィーラに一体が、シャマル、はやてに二体が、そして フェイトとアリサに一体が、それぞれ飛びかかって行く。

「なのはッ! すずかぁッ!」

 弾丸のように飛び込んで来る影を無視して、フェイトは叫ぶ。叫ばずにはいられなかった。自分はまだいい。喩えアリサを連れていても逃げ切る自信はある。だが、 今のなのはでは難しい。さらに、彼女は世辞にも運動神経が良いとは言えない。魔法を行使せずにこの影の猛撃を捌き切る事が可能だろうか。
 不可能だ。
 眼前に影が迫った。デバイスが一閃される。寸前の所でフェイトは身をかわす。返す刃でもう一撃が来た。これも何とか回避する。だが次は駄目だ。アリサを抱えている 状況ではまったく動けない。高速移動魔法のブリッツアクションを使えば離脱も可能だが、やはりアリサを連れている状況では無理だ。あの移動速度は音速に匹敵する。 フェイトは加速に対する衝撃吸収性能を持つバリアジャケットを装備すれば問題は無いが、アリサはそうはいかない。
 状況打破の案が数瞬の間に幾つも浮かんだ。だが、どれもが即廃案になる。迷いが、躊躇いが、フェイトから僅かな時間を容赦なく削り取って行く。
 それでも身体が勝手に動いたのは、物心ついた頃から優しくも厳しい訓練を課して来たリニスのお蔭だった。顎を捉えるように繰り出される影のデバイスを、 魔力を凝縮させた脚で受け止め、その反動を生かして一気に跳び、影の間合いから逃れる。
 腕の中でアリサが短い悲鳴を上げる。身体を震わせ、必死に恐怖と戦っている。

「ごめん、アリサ」

 僅かな滑空の後、フェイトは膝をつくような姿勢で着地した。影との距離は軽く十メートル以上は開けていた。
 全員の様子を伺う。可愛らしい子犬フォームから屈強な人型に変化したザフィーラが、防御魔法を展開して二体の影からシャマルとはやてを防衛している。盾の 守護獣の名は伊達ではなく、影の砲撃魔法を至近距離から防ぎ切っている。驚く程に堅牢である。
 アルフはバリアジャケットと近接戦闘用の強化装甲を手足に装備し、真正面から影と打ち合いを始めていた。一撃目が放たれた瞬間には二撃目が打ち込まれる という高速の近接戦闘。拳と拳が食い込み、脚と脚があらゆる角度で衝突する。
 クロノは、戦いの場を空に移していた。距離を確保しようとする彼に、影が執拗な猛撃を仕掛けているという状況だった。
 クロノもそうだが、アルフとザフィーラ、二人の表情にも余裕は無い。皆無だ。アルフは焦燥を露にして、ザフィーラは歯を食いしばり、褐色の額に一滴の汗を 作っている。
 なのはは、ザフィーラと同様に防御魔法を行使して、影のデバイスを防御していた。レイジングハートは起動していないが、徒手で分厚いラウンドシールドを張っている。 彼女の足元には、ぺたんと尻餅をついているすずかの姿がある。

「なのは、逃げてッ!」

 バリアジャケット生成を後回しにして、フェイトはバルディッシュを待機形態からデバイスモードへ移行させた。白銀色の長柄が生まれ、その先端に無骨なコッキング カバーが装着される。内蔵されているリボルバーシリンダーが高速回転し、カートリッジの初弾を装填する。準備を終えたコッキングカバーに、鈍色に輝く戦斧が力強く 納まり、意思を備えた金色の宝石が中央に生み出された。
 フェイトは完成したばかりのバルディッシュを掌で回転させ、その刃の先をなのはに喰らい付いている影へ向けた。魔力のみを供給して、術式の構築から制御解放 まですべてバルディッシュに一任する。

『Plasma――』

 しかし、トリガーヴォイスは最後まで紡がれる事は無かった。途中で一方的に制御解放を放棄したバルディッシュは、いつもの抑揚の無い電子音声を鋭くして警告 を発する。

『Front.』

 正面? 疑問に思った刹那、フェイトの背を恐怖が駆け抜けた。
 デバイスを大きく空に掲げた影が、彼女の視界を埋め尽くした。
 咄嗟に両腕でバルディッシュを突き出す。鋼のデバイスは通常の倍近い速度で魔法詠唱を行う。さらにカートリッジを一発ロード。

『Defenser.』

 半透明の防壁がフェイトとアリサを守るように展開された。刹那、影のデバイスが振り下ろされる。
 麻袋で殴られたような衝撃がフェイトを襲った。一瞬だけ気が遠くなり、バルディッシュを支えている腕の感覚が一気に消失する。”防ぐ”事を苦手としているから と言っても、こんな事は初めてだった。
 膜のような防壁が一瞬でヒビだらけになる。まるで割れかけたフロントガラスだった。
 受け流す為のディフェンサーでは駄目だ。ラウンドシールドを張らなければ。そう思った瞬間、フェイトの眼に再びデバイスを掲げる影が映る。
 その姿はまさに死刑執行人。咎人に鋭い剣を振るう断罪者。
 駄目だ、防げない。バルディッシュが持ったとしても、それを支えるフェイトがまず持たない。
 せめてアリサだけでも――!

「フェイトッ!? ぐッ……!?」

 彼女の危機に気付いたクロノだが、彼も自身に襲い掛かって来る影を捌くだけでも限界だった。未だにバリアジャケットすら生成出来ていないのだ。誰かを援護している 余裕があるはずがない。
 アルフもザフィーラも、シャマルもはやても、そしてなのはも。全員が動けない。

「フェイトォッ!」

 アルフの絶叫が響く。
 フェイトは麻痺した両腕を叱咤して、可能な限り魔力を回した。防ぎ切れないのなら、斬撃を弱めるしかない。自分は致命傷を負うかもしれないが、アリサは助かる。
 主の意思に呼応するように、バルディッシュがさらに高速自動詠唱。魔力回路が焼き切れる勢いで過熱する。カートリッジを二回ロード。
 放たれる二刀目。

「バルディッシュ!」
『Yes sir.』

 ディフェンサープラスを展開。ヒビだらけの防壁がその強度と濃度を向上させ、再構築された。
 二度目の衝撃は先程よりも酷かった。腕に引き千切られたかのような激痛が走る。視界が白くなり、音が聞こえなくなった。
 膝をつく。

「フェイトちゃんッ!」
「フェイトッ!」

 親友達の声すら、フェイトには良く聞こえなかった。
 だが、彼女は倒れない。踏み止まり、射抜くように影を睨む。感覚の無い手からバルディッシュがこぼれ落ち、澄んだ金属音を鳴らした。
 三刀目。これを防ぐ障害物は何も無い。影のデバイスは迷う事無くフェイトの頭上に振るわれる。
 フェイトはきつく眼を閉じ、顔を伏せ――。
 そうして、甲高い金属音がした。

「同じような展開が多いな、今日は」

 安堵感に溢れた声がした。
 ゆっくりと顔を上げたフェイトは、眼と鼻の先で停止している影のデバイスを見た。それは何かに行く手を阻まれ、小刻みに震えている。

「無事か、テスタロッサ」
「シグナム――!?」

 デバイスをレヴァンティンで斬り受けて、彼女は立っていた。だが、彼女はいつもの颯爽とした姿ではない。髪は解け、淀みの無い騎士甲冑は血と埃で汚れ、手首 を保護する装甲を失っている。完全に満身創痍だった。デバイスを抑え込んでいるレヴァンティンもまた、主同様に酷い有様だ。あれ程強固な刃は所々が欠け、本来の 勇壮さがまったく無い。

「どうして……!?」
「こいつらは元々私とヴィータが鎮圧予定だった連中だ。とは言っても、見ての通り、派手にやられたがな」

 鼻を鳴らすシグナム。姿こそ酷いものだが、その物腰はいつもの通りだ。揺るぎのない静けさを秘めている。

「早くアリサ・バニングスを避難させろ。こいつらは全力で行かなければ倒す事は出来ん。ヴィータッ!」
「なのはッ、動くなよォッ!」

 空から快活な声がした。シグナムの言葉の通り、ヴィータの姿が見えた。火災で熱気を帯びた空を貫き、なのはにデバイスを浴びせている影に突貫する。
 急速降下の加速と衝撃を愛用をグラーフアイゼンに乗せ、影の脇腹を一撃。
 影は跳ね飛ばされたボーリングのピンのように打ち出された。何回と地面に身体を打ち付け、どこまでも転がって行く。
 降り立つ赤い少女。彼女もシグナムとほとんど変わりない状況だった。お気に入りの帽子はすでに無く、頬には大きな裂傷がある。ドレスのような騎士甲冑には数多 の傷があり、頬から流れ落ちた血がべっとりとこびりついていた。

「ヴィータちゃん……」
「んだよ、シケた面しやがって。助けてやったんだからもう少し嬉しそうにしろよ」
「ヴィータッ、シグナムッ!」

 ザフィーラの背中の裏で、はやてが叫ぶ。
 僅かに緊張の糸が解れかけたが、危険な状況は未だ脱してはいない。クロノ以外、一方的な戦闘は続いている。アルフの手甲は影の堅牢さの前に歪み、すでに傷だらけだった。

「まったく、好き勝手にやってくれるな、お前達は」

 シグナムが言った。口許に獰猛な笑みを浮かべて。

「ヴィータ、お前は主はやての下へ!」
「言われるまでもねぇー!」

 荒々しくヴィータが跳躍する。それを見送り、シグナムは叫んだ。

「レヴァンティン!」
『ja!』

 ダクトが弾かれたようにスライドする。排出される空薬莢。そうして生み出された炎は、影を喰らうように轟々と猛る。
 影が後退する。何かに脅えるような離脱だった。一拍遅れてシグナムが追う。恐ろしい程滑らかな軌跡。レヴァンティンが一閃される。影がデバイスで受け止めるが、 シグナムの太刀筋はどこまでも鋭利で、どこまでも力強かった。闇色のデバイスが殴られたように弾かれる。返す刃で斬撃。シグナムはさらに身を捻り、魔力を上乗せ した脚の裏を影の懐に叩き込んだ。
 吹き飛ぶ影。自身の離脱時の勢いが加速度をつける。ショッピングモールのショーウィンドゥに背中から突っ込んだ。
 フェイトは茫然とシグナムの動きに見入る。横のアリサに至ってはぽかんと口を開けていた。
 傷だらけの身体とはとても思えない動きだった。
 シグナムはそんな感想を持つフェイトには構わず、油断無くレヴァンティンを構えたまま、戦闘中のクロノに大声で告げる。

「クロノ執務官ッ! 我々も加わります! 指示をッ!」

 砲撃音が鳴った。クロノと鍔迫り合いをしていた影が白銀の光に飲み込まれ、遥か空へ打ち出される。零距離でのブレイズキャノンだった。
 クロノは荒い呼吸を肩で整えながら頷く。

「一対一での戦闘は可能な限り避けるんだ! 僕とシグナム、ヴィータで前に出る! はやて、ザフィーラ、アルフはバックス! 互いを援護し合うぞ!」
「了解!」
「フェイトとなのはは、アリサとすずかをどこかに避難させてくれ! 現状、安全地帯は無いが、巻き込んで戦闘するよりも遥かにマシだ!」
「う、うんッ!」
「アルフ、もう少し頑張ってッ!」
「任せなッ!」

 フェイトがアリサを、なのはがすずかを抱え、飛行魔法を発動させた。緩やかな速度で離脱して行く。クロノの言葉の通り、この付近に安全な場所は存在しない。 暴走体の事もあるが、破壊の限りを尽くされたアミューズメントパークそのものが危険な空間となっている。だが、殺傷設定の魔法が飛び交う戦闘現場より少しでも 離れている方が明らかに安全だ。
 遠くではヴィータが一体の影を吹き飛ばしている。執拗な攻撃から逃れたザフィーラは、その豪腕に溢れる魔力を付随して、残る影を殴り飛ばした。

「シグナム、リンディ提督はッ?」
「アースラの局員と共に民間人の誘導に当たられています。ハラオウン提督の結界魔法は期待出来ません」

 事実を伝え、シグナムはレヴァンティンにカートリッジを放り込む。
 その時、弱々しい声が思念通話となって聞こえた。

『……クロノ君、ごめん……』

 エイミィだった。アリサとすずかを誤って転送に巻き込んでしまった事を悔いているのだろう。僅かにその声は上擦っている。

「気にするな。守り切れば同じ事さ」
『……ごめん』
「……後で本人達となのは達に謝ろう。現場監督として、僕の責任でもある」
『………』

 通話が途切れる。
 音を上げて吐息をついたクロノは、バリアジャケットを生成した。蒼穹の光が彼を包み込み、私服が黒灰色の外套に変化する。

「広範囲魔法を使わずに何とかするしかない、か」
「魔力の総量では圧倒的に負けていますが、数ではこちらが上です」
「確かにそうだが、なのはとフェイトが戻って来るまでは数でも同じだ」
「ならば」

 言葉を切って、シグナムは放り込んだカートリッジを薬室内に装填する。

「コンビネーションで押すまでです」
「その通りだ。行くぞ、シグナムッ!」
「了解ッ!」

 クロノはS2Uを携え、シグナムはレヴァンティンを従え、同時に疾駆した。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございました。盛り上げなければならない戦闘なのに、多分今まで一番酷いスランプに陥り、只今のたうってます。本当に酷い。全然 書けません。文書が頭の中に浮かばない〜! シグナムが言っている”同じ展開が多いな”は作者である俺への突っ込みでもありますorz
 サブタイトルは有名傑作メカアクション対戦ゲーム”電脳戦機バーチャロン フォース”より、個人的になのはにピッタリなバーチャロイド”ライデン512E2” の専用BGMから拝借。格好良いんですよあの音楽。
 ダラダラ長い戦闘、何とかしなければ。

 2006/4/28 一部改稿





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