魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.5 Black minaloushe









 集中する攻撃。
 砲撃、射撃、近接、あらゆる系統の攻撃魔法が殺傷設定にされ、はやてに押し寄せて来る。
 回避し、防ぎ、仲間達に守られ、はやてはそれらを凌ぐ。
 生きた心地がまったくしなかった。
 刹那の前まで居た空間が、万物に死を与える風に抉られて行く。

「狙いを主はやてに絞って来たか……!」

 シグナムが苦虫を噛んだように言った。

「ヴィータッ、はやてをッ!」

 バインドの隙を伺いながらクロノが叫ぶ。

「だから言われるまでもねぇーってんだろッ!」

 怒鳴り散らしたヴィータが、今まさにはやてを殺害せんと繰り出された砲撃魔法を弾く。

「やっぱり、私の魔力じゃ広域結果は……!」

 混乱を来たしたシャマルの声。

「シャマル、落ち着け。敵のジャミングさえ薄くなれば何とかなる。アルフッ、そちらはまだ行けるか!?」

 どこまでも冷静なザフィーラの問いかけ。

「誰に向かって言ってんだいッ、このロリコン犬!」

 軽口を叩き付け、さらに敵に鋼の拳を叩き込むアルフ。
 全員が全員、余力など完全に無かった。戦渦の遊園地を舞台に、死力を尽くした戦闘行為に没頭している。
 広域結界は展開していない。正確には展開している余力が誰一人として無いのだ。結界展開妨害用の強力なジャミングフィールドが形成され、展開を阻害されている というのも一つの原因となっている。
 はやては状況を可能な限り、出来得る限り反芻する。
 唐突な破壊。唐突な襲撃者。唐突な戦闘。唐突な再会。
 すべてが突発的な出来事であり、まさに迫る荒波そのものだった。この波を前に、はやてに出来る事はそう多くない。いや、限界 まで限られていると言っても過言ではないだろう。
 戦い、異形なる来訪者を討つか。
 戦い、異形なる来訪者に討たれるか。
 この二つの選択肢しか、はやてには用意されてはいなかった。理不尽な事この上無い。逃亡という手段もあるが、非戦闘員にして 親友が二人、危険に晒されている状況では、この逃亡という選択肢は最初からはやての中には存在していない。
 だが思う。シュベルトクロイツを構え、魔法を構築し、疾走し、人のシルエットが物質化したような意味不明、理解不能な来訪者を迎 撃しながら、はやては考え、思考する。
 この影達は何者なのか。何故クロノは、魔法の非殺傷設定の解除を皆に要求したのだろうか。新人武装局員の教官に出向したはずの シグナムとヴィータが、何故現場に現れたのか。しかも傷だらけの姿で。
 分からない。分からない事だらけだ。だが、やらなければならない事、執らなければならない行動、全力を持って遂行しなければな らない事は、すでに決定している。揺るぎない決意と共にはやての心中に凝縮されている。
 眼の前で影と怒涛の打ち合いを繰り広げているヴィータの頭上に、もう一体の影が現れた。その右手に握り締めた黒い槍のような物を向 ける。それが何なのか、はやてには看破する事は叶わない。恐らくはデバイスの機能を司る何らかの道具なのだろう。正確な正体は分から ないが、あれが如何なる現象を現実空間に顕現させるものなのか、それは結果を見るまでも無く、本能で悟った。

「ヴィータッ、上やッ!」

 警告と同時に、構築、展開を終えた術式をシュベルトクロイツに移行。ベルカ、ミッドの系統がまるで異なる二つの魔法の同時行使 にも耐える新機軸のストレージデバイスは、はやての魔法を制御し、解放した。
 ヴィータは打ち合いを切り上げるべく、全身を使った強烈な一撃を放つ。厚さ五十センチの金属の壁も容易に粉砕出来る打撃は、影を 防御の上から殴り飛ばした。弾き飛ばされ、背中から瓦礫に突っ込む影。戦果を確認するまでもなく、紅の鉄騎は突風を纏って離脱する。
 同時にトリガーヴォイス。

「貫けッ、ブラッディダガー!」

 紅い刃が合計十六発顕現され、同時に投射された。
 爆発。小型の指向性炸裂ダガーをたらふくその身に飲み込んだ上空の影が、炎と黒煙に包まれる。全弾直撃。喩え並み以上の戦闘魔導士が全方位 防御魔法を展開していても、それなりの衝撃と損傷を与えられたはずだ。ましてや、あの空の影は防御魔法すら――。
 一条の光が射出された。

「!?」

 シグナムに無理を言って付き合ってもらった訓練の賜物だろうか。はやての身体は本人も眼を見張る程、支障無く動く。ステップを踏み、 撃ち込まれる光から飛び退く。だが、光は執拗だ。はやてが動く度に、その足元に黒い弾痕を穿つ。

「本当に硬いやっちゃなッ!」

 軽口を叩き、さらにはやては後退した。空では、すでに消え入りそうな黒煙を外套のように羽織っている影が居る。手にした闇色の 槍が、驚くべき速度で直射型砲撃魔法を連射している。そう、驚くべき術式の高速展開、構築。そして制御解放。だが、真に顔を顰める べき別にあった。
 ブラッディダガーの全弾直撃にも関わらず、影には傷らしき傷が一切見受けられなかった。防御魔法を展開した痕跡も無ければ、回避 運動も取っていた様子も無かったというのに。
 異形な外見に異常な戦闘能力。頭の先から足の爪先まで、この歪で理解出来ない影は魔法戦闘に特化しているというのか。
 光から逃れ続けるはやての背に、瓦解した観覧車のカーゴが立ち塞がった。駄目だ、これ以上は下がれない。

「はやてッ!」

 聞き慣れた少女の声がした。ヴィータが猛烈なスピードで走って来る。建材を蹴り立てて、荒れた馬が脚を止めるように停止。グラー フアイゼンを振りかぶり、死を齎す光を真正面から殴り返した。
 鏡に反射した日光のように、強烈な熱量を伴った光が跳ね返る。撃ち出した影へ突き進み、直撃。
 再び炎と黒煙が影を支配した。

「ナイスショットや、ヴィータ!」
「はやてッ、次来るぜッ!」

 緊張した叫びが続く。その警告通り、ヴィータの一撃を喰らって瓦礫の中に突っ込んでいたはずの影が、まっしぐらに二人に迫って 来る。こちらもやはり無傷だ。殺傷設定に切り替えられたヴィータの一撃は、喩え瑣末な物であったとしても、十分に人を殺害して余 りある破壊力を有している。防御していたとは言え、まったくの無傷というのは異常を通り越して非常識の域だ。
 影は自らが起こした戦禍の炎に身を揺らしながら、絶対的な死を引き連れて来る。そこには有機物的な気配は何も無い。何も感じら れない。酷く機械的で、どこまでも無感情で、自動的だ。
 彼らを突き動かすものは一体何なのか。そこまでして自分達を殺したいのだろうか。彼らを止める為に、クロノは魔法の非殺傷設定 の解除を促したのか。

「はやてッ……!」

 現実に立ち返れば、愛しい家族の呻き声があった。
 眼前に火花が散っている。おぞましい程の魔力が湯水のように現れ、それらは打撃となり、はやての前に立ち塞がっているヴィータを 殴り付けていた。盾のように翳されたグラーフアイゼンは、半壊したその身にベルカ式魔法陣を描き、仮借ない影の打撃を凌いでいる。
 一瞬だけ思考が白紙になった。その一瞬が、影に渾身の一撃を放つ事を許可する。
 弓を射るような姿勢から、影が槍を放った。嗜好を凝らした技術はそこには無い。純粋な衝きだ。だが、それ故の必殺の衝きだった。
 ヴィータの防御魔法が、硝子が砕けるような音を上げて破壊された。
 突き飛ばされたような衝撃がはやての胸を打つ。これまで感じた事の無い衝撃が、彼女の肺機能を少しの間停止させた。
 息が出来ないと感じる暇も無く、ヴィータの小さな身体を受け止めるような姿勢で、はやては背後にあった観覧車のカーゴに衝突する。
 今度は背中を突き上げるような感覚が来た。やはり呼吸が出来ない。
 誰かの叫び声がしたが、とても応えられそうになかった。でも誰だろう。シグナム?
 そんな事を考えていると、掠れる視界に影が映った。たっぷりとした予備動作を踏み、手続きを取るように槍を振り上げている。完璧に 殺すつもりだ。
 ヴィータは動かなかった。はやての腕の中でぐったりとしている。意識を失っているのだろうか。確認している時間は無かった。
 はやての手が、意思とは無関係に動く。無意識な動作。シュベルトクロイツを握る。魔法行使に必要な四工程を紡ぐ。
 魔力供給――加減はしない。最大出力。
 魔法選択――何でもいい。防御魔法。
 術式展開――自己最短記録を更新。
 制御解放――シュベルトクロイツが一心にサポートを行う。
 圧迫された肺が、その機能を取り戻すよりも圧倒的に早く、はやては名も無い防御魔法を展開した。
 振り下ろされた影の槍が、白い魔法陣に衝突して、鼓膜を焼くような火の粉を撒き散らす。

「……ええ加減にせぇ……」

 自分でも何を言っているのか分からない、がらがらな声。
 はやてはヴィータを抱き寄せ、影を睨み付けた。
 影が直向な死を与えようと迫る理不尽な存在である事はよく分かった。自分を殺そうとしているのも痛い程分かった。崩壊した遊園地の 戦禍に、ヴィータ達を加えようとしているのも十分に分かった。

「誰がそんな事……!」

 だからこそ認める訳にはいかない。自分が死ぬのはまだ良い。だが、自分の大切な者達を傷つけようと、殺そうとしているのは駄目だ。 絶対に認めない。認めるものか。
 ヴィータ達を守り、巻き込んだアリサやすずかを守る為に殺傷設定の魔法を行使しなければならないのなら、はやてはいくらでも行使 する。今まで数え切れない悲劇を生み、罪と罰を生み、人の心を蝕み続けて来た闇の書の力を遺憾無く発揮する。

「させるもんかぁッ!」

 防御魔法を展開しながら、素早く魔法選択。別魔法の術式を構築、展開。形式はミッドチルダ。
 影の槍を阻んでいた魔法陣が、一際大きく輝きを放った。

「バリアバーストォッ!」

 周囲を明るく照らす程まで輝きを増したはやての防御魔法陣が、そのトリガーヴォイスと共に閃光と爆発に変化した。
 はやてはヴィータを抱き、転がるように黒煙から脱出する。影は仰向けに弾き飛ばされ、地面に打ち付けられた。だが、それも一瞬 の事だ。地面との接触や爆発の衝撃を根本から無視したような鋭利な動作で姿勢を回復。きりもみ回転をしながら、脚を地面に突き刺 すように着地する。
 今さら驚く事でもない。はやては片手で巧みにシュベルトクロイツを操作する。手元の操桿を薙ぎ倒し、使用魔法系統をベルカから ミッドへ完全に切り替えた。魔力回路が変更。再接続。ソフトウェアが最適化作業を殺人的な速度で行う。
 影が踏み出す。最適化が終了する。
 この間、二秒半。
 影は射撃魔法を放ちながら迫って来る。対物衝撃力よりも貫通性能を重視した高速魔法弾頭。それらは雨となり、はやてとヴィータ を打つ。
 しかし、はやては回避行動を取らなかった。ヴィータを乗せた膝を地面に付け、まるで狙撃兵のようにシュベルトクロイツを両手で 構える。剣十字の紋章が設えられた先端が、一切の狂いを排して影を捉えた。
 影の射撃魔法は牽制弾だ。直撃は狙っていない。こちらの動きを制限する事を目的としているのだ。最低限の防御魔法を起動させつ つ、はやてはミッド式の術式の構築、展開に集中する。
 影が迫る。どこまでも迫る。限界ギリギリ、すぐそこ、眼と鼻の先、眼前にまで殺到する。

「なのはちゃん、魔法借りるでッ!」

 完璧なまでに編み上げられた術式が解放された。
 シュベルトクロイツの先端を取り囲むように、四つの環状魔法陣が出現する。さらに、杖本体を保護し、射撃の反動から守る大型帯状 魔法陣が発生。身の毛もよだつ魔力がはやてを中心に渦状に生み出され、足元に散らばっていた瓦礫や建材を吹き飛ばした。
 出現した魔法陣、そして魔力ははやての魔法色である白ではない。眼と心を奪って余りある綺麗な桜色をしていた。

「ディバイン――!」

 影とはやての距離が限り無くゼロになった瞬間、その砲撃魔法はトリガーヴォイスの入力と共に完成する。

「バスタァーッ!!!」 

 解放されたのはすべてを包み込み、薙ぎ払う閃光の砲。はやても、ヴィータも、影も、桜色にその身を塗り潰され、支配され、 光の中に消えた。



 ☆



 その閃光と魔力、そして衝撃は、ザフィーラの注意を引き付けるには充分過ぎた。

「主ッ!?」

 見れば、崩壊した観覧車の足元で凄まじい桜色の光が生まれている。膨大なまでの魔力の圧縮と放出がされ、砲撃が放たれた。高町なのはの主砲ディバインバスター をエミュレーションした、はやての砲撃魔法だった。
 砲撃の光の中には影が見れた。そのシルエットを歪ませたと思えば、押し寄せる魔力の濁流に耐え切れずに、光の中を転がって行く。
 ディバインバスターは停止する事無く、遥か彼方のショッピングモールを直撃した。外装が吹き飛び、硝子が割れ、鉄筋がもげ、コンクリートが紙細工のように抉ら れる。直径五、六メートルの巨大な砲痕が形成され、影は魔力の渦に飲み込まれながらそこへ突っ込んだ。

「主ッ!」

 観覧車の方に眼をやる。だが、砲撃の余波をまともに受けた現場は埃と細かい建材が舞い上がっており、視認する事が叶わなかった。
 細部までは見ていなかったので分からないが、かなりの至近距離で砲撃魔法を放ったようだった。
 言葉に出来ない嫌な感覚を覚えたザフィーラが地を蹴ろうとした時、別の感覚が彼を襲う。
 身体が自動的に動いた。魔力で脚部を保護すると同時に、魔力を凝固化。
 四角から肉迫していた影の貫手を、疾風のような回り蹴りで弾く。よろめく影。ザフィーラは身を返し、衝きを放つ。影の鳩尾に拳がめり込む。さらに腰を捻り、地面 を踏み締め、打撃の衝撃を影の肌では無く、影の中へ浸透。
 拳の直撃から一拍遅れで、影が吹き飛んだ。並みの人間なら、防御魔法の上からでも殺傷して余りある打撃だった。
 だが、影は並みの存在ではない。ベースとなっている魔導師の身体を、より暴走に、より戦闘に適した”道具”に作り変え、最適化させている存在だ。ザフィーラの 培われた技術と全身の魔力を封入した一撃とて、影にとっては多少重い打撃でしかない。
 地面に二本の溝を作り、影が止まる。損傷をまったく感じさせない力強さで疾走を開始。ザフィーラに再び迫る。
 ぎりぃ、と奥歯が嫌な音を立てた。

「貴様ら――!」

 迫る影は徒手空拳では無い。槍のようなデバイスを握り締めている。確実にこちらを仕留めようという腹なのだろう。
 ならば、こちらも容赦を捨てよう。いや、元々していて勝てるような相手でもない。捨てるというのは、可能な限り人命を尊重して戦うという姿勢をだ。影がどう言った 存在なのかは理解出来ないが、クロノやシグナムの戦い方を見る限り、何かに憑依されている人なのだろう。彼らの戦い方は、当然全力を持って影を打倒しようとして いるものだが、攻撃を影の槍のようなデバイスに集中させている。
 あれを破壊すれば、恐らくは影は停止するのかもしれない。だが、ザフィーラはそれを狙うのを止めた。

「邪魔をするなァッ!」

 デバイスの一閃を回避して、ザフィーラは影の胸部に拳を叩き込んだ。確かな手応え。影の身体が僅かに浮く。さらに後頭部を蹴り、地面に叩き付けた。
 影が顔面から地面に突っ込む。攻撃は止まらない。膝を蹴り上げる。容赦しないと決めたのだ。道徳を気にした攻め方をするつもりもなかった。
 凄まじい衝撃が影を空へ打ち出した。
 術式構築、展開。ザフィーラが扱う魔法の中で、唯一目標に対して効果を発揮する”拘束魔法”を編み上げる。
 ザフィーラはただ一つの魔法系統に特化している。防御魔法である。如何なる砲撃、射撃、打撃、斬撃魔法も弾く絶対防壁。その高出力と引き換えに、彼は攻撃魔法の 類を一切使用出来ない。そういう意味では、ユーノ・スクライアと通ずるモノがある。
 ”盾の守護獣”という名は伊達や酔狂では無い。まさに、”その名の通り”なのだ。
 構築と展開が一瞬で終わる。己の身体同様に、どこまで慣れ親しんだ魔法だ。腕を上げるという動作を、普段から意識して行う人間はそうは居ない。
 両腕を広げる。影に向かって胸を突き出すと、白銀のベルカ式の魔法陣が出現した。
 頂点に円を描いた三角形型魔法陣。ザフィーラは術式を制御、解放する。

「貴様らの自由、終わらせてやる……ッ!」

 その言葉と共に、魔法陣から無数の鎖が放出された。魔法陣同様に白銀色のその鎖は、真っ直ぐに空の影に殺到。黒いシルエットを雁字搦めにして、完璧に拘束して みせた。
 ザフィーラは鎖の中でも、特に分厚く強固な二本を選定し、握り締めた。力任せに牽引する。
 身体そのものを拘束された影が、まさに弾丸のように戻って来た。
 すぐそこまで来ている影に、ザフィーラは咆哮を上げる。それは遠吠えだ。正確な言葉にする事が出来ない、純粋で、獰猛な感情の猛りだ。
 全力で蹴る。文字通り、身をくの字にして、影が真横に弾かれる。

「おおおおおおおおおおおッ!!!」

 身を屈め、両脚で地面を弾く。踏み締めたアスファルトが瓦解して、周囲が陥没を起こした。円形の衝撃波が広がり、重量の軽い瓦礫達が小石か何かのように転がって 行く。
 意思無き人形のように転がる影に肉迫。その顔面に向かって両の拳を交互に放つ。首が折れんばかりに傾いた。右脚で蹴る。二回目のくの字体勢。さらに左脚で腹を弾く。 三回目のくの字体勢。
 四発の打撃が影を加速させる。ザフィーラは蒼い弾丸となって、自らが打ち出した影に追い縋り、追い抜いた。
 地面を抉って減速。同時に向き直る。左の拳に魔力を集中。拳を限界まで強固化。
 鋼の軛に拘束された影が突っ込んで来る。足掻いている様子だが、白銀の鎖はどこまでも頑丈だった。

「無駄だ。我が軛から逃れる事は出来んッ!」

 右の拳に魔力を凝縮する。その魔力量は凄まじく、白い輝きを放ち始めた彼の拳は、魔力の陽炎を作った。

「打ち貫け――!!!」

 簀巻き状態の影に、ザフィーラは正拳突きを叩き込んだ。
 拳は腹部を捉えていた。深々と貫通してしまうかのように突き刺さっている。
 音も無く、影は地面に崩れ落ちた。その身体を拘束していた鎖達が魔力残滓となって霧散して行く。
 影は動かない。微かに手足を動かす程度だ。ザフィーラは右脚を振り上げると、デバイスを踏みつける。先程までの強固な手応えが嘘のように、デバイスは呆気無く 粉砕された。
 影から闇色が落ちて行く。洗い流される絵具のようだ。その下には、全身打撲を負った魔導師の姿があった。
 一体目、鎮圧。

「主ッ!」

 影には見向きもせず、ザフィーラは観覧車に向かおうとする。そんな彼を、突然接続された思念通話が止めた。

『大丈夫や、ザフィーラッ!』

 観覧車の周辺は、相変わらず埃と建材の群れが漂っている。いや、むしろその濃さを増していた。砲撃の余韻に晒されている建造物達が、時間を掛けて地面に落下 して行く。

『ですが……!』
『ええから! 私もヴィータも無事や! 何ともないッ!』
『主……!』
『自分の身くらい、自分で守るッ! それが出来へんで何が夜天の主やッ! 私の事はええから、シャマルとアルフさんをッ!』

 彼女達の名前を聞き、ザフィーラは確かな恐怖を覚えた。
 シャマルはまだ良い。彼女もザフィーラ同様に攻撃魔法はまったく使えないが、その分補助魔法に特化している。彼女の防御魔法を貫通する事は容易ではない。喩え この影達が相手でも、防戦に集中していれば身の危険は少ない。
 その証拠に、彼女から思念通話が来た。

『ザフィーラッ!』

 だが、その声は完全に震えていた。悲鳴に近い。

『どうした、シャマルッ!?』
『アルフさんが……! アルフさんがッ!』

 胸に覚えた恐怖が爆発する。ザフィーラは何も聞かず、また何も言わず、飛翔した。


 ☆



 攻撃はどこまでも執拗だった。
 手足の感覚が鈍くなって来ている。まだ使い物になるという事に安堵するものの、いつ駄目になるか分からない事に恐怖する。
 アルフは背中を駆け巡る悪寒を我慢する事が出来なかった。
 初めてだった。怖いと、おぞましいと感じたのは。
 初めてだった。戦うという選択を、逃げるという選択に変えたいと思った事は。

「こぉのぉッ!」

 それでもアルフは戦う。Sランクにまで成長してしまった暴走デバイスと近接戦闘を繰り広げる。
 逃げる事は許されなかった。逃げたい衝動に駆られても、逃げる訳にはいかなかった。
 暴走体をこのままにしておく事は出来ない。暴走事件が始まって三週間、アルフもフェイトやクロノと共に暴走体の鎮圧任務に忙殺されている。その危険性は肌で感 じて知っていた。その上、避難させたとは言え、アリサとすずかが現場の付近に居るのだ。大規模な砲撃魔法を撃たせる訳にはいかない。ならば、至近距離での近接 戦闘を挑み、抑え付け、倒すしかない。
 繰り出される拳は無数。風を裂き、地面を穿ち、裂帛の気合と共に打ち出された重い打撃は、しかし、すべて影の拳と蹴りで防がれ、受け流されてしまう。  まるで鏡を相手にしているような気分だった。それがアルフが初めて感じたほの暗い、薄気味悪い感情を掻き立てて行く。
 影の動きが鋭さを増す。重みを増す。アルフの粉砕を、瓦解を求めて動き出す。軽く地を蹴り、身体を左右に振り、影は彼女の背に回り込んだ。
 放たれる貫手。

「!?」

 本能が本来備わっていた動物の勘を動かさなければ、アルフはその身体を穿たれる所だった。横転するように身を返した彼女は、傷だらけの手甲を交差させ、最大出力 で防御魔法を展開。貫手を防御する。
 腕が折れたような衝撃と痛みが走った。破砕された手甲の破片が舞い、激痛のあまりに歪んだアルフの頬を切り裂く。
 眼許に涙が浮かんだ。こんな化け物、一体どうすればいいんだ――!
 それでもアルフは抵抗する。涙がこぼれた。純粋な恐怖からだった。
 肘から先の感覚がぷっつりと切れた腕を衝きにして繰り出す。
 影は最低限の動作でそれを避ける。アルフの健気な反撃を嘲笑するような動きだった。そして、無防備になったアルフの胸へ手刀を一閃させた。
 肋骨が折れる音がした。肺が潰されるような感覚。呼吸が出来ない。それらを自覚した次の瞬間、アルフの身体は瓦礫に背中から突き刺さる。
 悲鳴は出なかった。霞んだ視界が赤くなった。頭のどこかを切ったらしい。動かない身体に不明瞭な視界。戦闘に於いては死を意味する。

「アルフさんッ!」

 影の前に、シャマルが飛び出した。両手を翳し、防御魔法を展開する。
 憤怒した猛牛の突進を止める事は容易ではない。身を守る壁だけで狂った闘牛を止めるのは不可能だ。銃器を用いて、その命を絶って止めるしか手段は無い。
 影にも同じ事が言えた。シャマルに真正面から衝突した影は、彼女の防御魔法を貫通する事が出来なかった。しかし、衝突時の衝撃でその防御魔法ごと、シャマルを 吹き飛ばす事は出来た。

「あぁ……ッ!」

 シャマルが近場の瓦礫に衝突する。
 影は一瞬だけ速度を落としたものの、突進そのものは止まらなかった。
 死の津波となり、アルフに迫る。

「う……ぁ……!」

 消耗した体力と魔力が、磨耗した身体が、恐怖に浸食された意思が、アルフの身を拘束する。反撃も抵抗も、もう出来そうになかった。
 痙攣するように震える手足。
 ――こんな所で死にたくない。
 恐怖でこみ上げた涙が視界を遮る。
 ――フェイトの使い魔として、彼女が死ぬ時まで一緒に居るんだ。
 歯ががちがちと噛み合い、無様に震えた。
 ――嫌だ、死にたくない。嫌だ、死ねない。
 動かない脚を引き摺り、後ずさりをする。
 ――あいつに会えなくなる。あいつに甘えられなくなる。
 影はすぐそこまで来ていた。シャマルは何とか立ち上がっている所だった。もう絶対に助けに入れない。
 背中に瓦礫がぶつかる。退路が断たれる。
 ――まだ甘えてない。まだ、まだやりたい事が、したい事が沢山ある。
 影が貫手の予備操作に入る。アルフの胸を貫き、その心臓の動きを完膚無きまでに停止させる為に。
 ――それに、謝ってない。あいつと遊ぶアリサに嫉妬して、酷い事を言った。謝らないと、謝らないと嫌われる。
 悲鳴は我慢した。そんな格好悪い事は彼女の最後の意地が許さなかった。だから、こう叫んだ。

「ザフィーラぁ!!!」

 放たれる貫手の前に、アルフは眼を閉じる。次に来るだろう死の痛みに備える。
 だが、痛みは来なかった。代わりに声がした。

「呼んだか、アルフ」

 その声に導かれ、アルフは眼を開ける。
 影の鋭利な指先が見えた。だが、それは小刻みに震えて止まっている。いや、止められていた。
 ザフィーラの手が、影の腕を掴んで止めていたのだ。

「―――」

 アルフは茫然とザフィーラを見上げる。その視線を感じて、彼が振り返った。
 口許を僅かに歪め、微笑む。

「ざ、ふぃ……ら……」

 震える声でアルフが彼を呼ぶ。

「すまない、遅くなった」

 それだけ言って、ザフィーラは影を見る。同時に金属が割れる音がした。

「……貴様、こいつに何をした?」

 ザフィーラの指が影の腕に食い込み、闇色の肌を破壊して行く。アルフではどう足掻いても傷一つ負わせる事が出来なかった装甲のような肌を。

「何をしたかと聞いているのだぁッ!!!」

 獰猛に怒り狂い、憤激した獣の咆哮。そして一撃。ザフィーラの拳を顔面に貰った影は、その身を地面に何度もぶつけながら転がって行った。横転しまくり、 頭を瓦礫に幾度と無くぶつける。それでも影は停止せず、ジェットコースターのレールに突き刺さった。限界を超えた衝撃を受けた鉄筋がへし折れ、周辺の建築物と巻 き込んで倒壊。火災した建材が、鉄筋が、あらゆる物が影へ雪崩れ込み、飲み込んで行く。
 そうして破壊の音が止んだ。

「………」

 言葉が出て来なかった。アルフは口をぽかんと開け、ちょっとした山を築いた残骸を見る。
 たったの一撃だった。アルフが魔力と技術を賭し、死力を尽くしても止められなかった影を、ザフィーラはたった一発の拳で止めたのだ。

「無事か、アルフ」

 残骸に注意を傾けながら、ザフィーラが歩み寄って来る。

「……何とか」

 彼の視線から逃れるように、アルフは顔を背ける。無様な悲鳴は我慢して良かったと、安堵に溢れる心中で思いつつ、彼に格好悪い所を見られてしまった事を悔やむ。
 ザフィーラは何も言わず、アルフの片腕を取る。
 激痛が走った。

「つぅ……!」

 何とか耐える。彼の前でこれ以上無様な姿は晒したくないという意地がそうさせた。

「痛むか?」
「べ、別に……」
「……まだ怒っているのか?」

 訝しむザフィーラの声。

「………」

 アリサに良いように玩具にされ、特にまんざらでもなさそうな彼に呆れて、ついでに悲しくなった。まぁ仕方が無いと言えば仕方が無いのだ。何せザフィーラの正体 は未だアリサやすずかには秘密となっている。彼女達にとって、ザフィーラは親友宅の可愛らしい雑種の子犬なのだ。
 それでも、非の無い彼になかなか凄い事を嫉妬のままに言ってしまった。謝らなければならない。そうさっき思ったばかりだ。
 だが、アルフは明後日を向いたまま動かない。

「……まぁいい。シャマルッ!」

 諦めたのか、それともそんな事を討論している余裕は無いと思い出したのか、ザフィーラが立ち上がる。

「あ……」

 遠ざかる彼に手を伸ばそうと思ったが、肝心の手が動かない。いや、腕そのものがほとんど動かなかった。見れば、血塗れの二本の腕が見えた。破壊されてしまった 手甲が破片となり、至る所に食い込んでいる。眼を背けたくなるような裂傷と打撲痕だらけの腕だった。
 シャマルが駆け寄る。アルフの腕の惨状を見て、口を掌で覆った。

「酷い……」
「シャマル、治療を頼む」

 有無を言わさず告げたザフィーラは、影が衝突し、建材の山が築かれた箇所を睥睨した。
 建材の塊が盛り上がった。子供の身体程ある瓦礫がばらばらと崩れ落ちて行く。その奥に身を潜めているのは、身体一面にヒビを作った影だった。火災の炎に揺れるその姿はまるで陽炎だ。

「……!」

 アルフはこみ上げる悲鳴を何とか我慢する。そんな彼女を庇うように、シャマルが前に出た。
 影は自分の肩に乗っていた分厚い鉄筋を掴むと、二人に向けて無造作に投擲する。
 恐ろしい速度と正確さで放たれた鉄筋の矢は、しかし、アルフ達には到達しなかった。
 ザフィーラが両手を広げ、鉄筋を抱き止めた。巨躯が揺れ、地面を踏み締める。

「貴様らがどういう存在なのか、俺には分からん」

 受け止めた鉄筋を足元に放る。三百キロの鉄の塊が甲高い悲鳴を上げて地面に転がった。
 その音を引鉄に、影が走り出す。ザフィーラ目掛け、まっしぐらに突貫する。

「だが、主や仲間を」

 空を裂く高速の貫手。ザフィーラはそれを目視すらせず、片腕で受け止める。アルフの手甲を砕き、彼女の心を恐怖させた一撃は、呆気ない程容易に止められた。

「こいつを傷つけるというのなら」

 僅かに動きを鈍くさせた影が、一拍遅れで二撃目となる手刀を振り下ろす。
 だが、ザフィーラは何の問題も無く、表情一つ変えずに受け止めた。
 眼前に迫る面妖な影の顔を睨み、ザフィーラは吼えた。

「容赦はせんぞォッ!」

 重く、鋭く、一撃一撃が必殺となる格闘戦闘が開始した。





 to be continued.





 続きを読む

 戻る







 □ あとがき □
 団体戦のつまりが団体戦にならずorz 読んでいただきましてありがとうございます。
 はやてが何やら魔法連発してますが、何だか丁度よい魔法が無いので、彼女…。破壊魔法ばっかりじゃん…。





inserted by FC2 system