魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.5 Black minaloushe









 クロノの言う通り、現場に安全地帯は存在しなかった。
 見渡す限りの廃墟がどこまでも続いていた。一時間前には多くの家族連れや恋人達で賑わっていた遊園地の姿はすでに無い。あるのは人の気配ではなく、破壊の残響と 火災の音だけだった。
 フェイトとなのはは、大切な親友を連れ、廃墟の上空を飛んでいた。戦闘現場からはすでに離脱しつつあるが、暴走体の能力を考慮すれば安心は出来ない。稼げるだ け距離は稼がなければならなかった。
 暴走体との戦闘は、ひたすらに純粋で、徹底した殺し合いだ。成長の有無に関わらず、寄生している魔導師の魔力が枯渇するまで攻撃魔法を周囲にばら撒き、 そこに立っている生物を殺害する。
 破壊衝動のみで活動する暴走体。彼らは理不尽な存在なのだ。中でも、あの黒い影――Sランクの魔導師に相当する成長を果たした 暴走体はあまりにも危険である。リニスによって育まれ、度重なる訓練と実戦で鍛えられた直感がそう告げている。
 シグナムの技術を模範し、クロノと互角かそれ以上の近接戦闘を披露して見せた影。
 アリサを支えているフェイトの手に力が籠もる。
 そわそわしていて、酷く落ち着かない。思考を纏めようと努力するが、思考は理性の制御を徐々に外れて行く。
 不安が、懸念が、焦燥が胸を圧迫する。
 早く、早く戻らなければ。はやてが、アルフが、シグナム達が、クロノが危ない。

「フェイト。もうちょっとゆっくり出来ない……!?」

 アリサが苦しげに言った。見れば、彼女はきつく眼を閉じ、加速の衝撃と突風に耐えていた。
 今のフェイトの飛行速度は、何の訓練も予備知識も無い少女にとっては辛いものだった。さらに、すぐ横を飛んでいたなのはとすずかの姿も無い。彼女達は かなり離れた後方に居た。
 焦りのあまりに周囲の事を忘れてしまっていた。

「ご、ごめんアリサッ」

 速度を緩めると、アリサがほっと吐息をついた。

「アリサ、大丈夫……?」
「眼が痛い……」
「……ごめんね」

 フェイトは何度か軽く深呼吸をして、何とか平静さを取り戻そうと足掻いてみた。
 だが、結局は徒労に終わった。冷静になれと自分に言い聞かせる度に逆に勝手な想像が頭の中を引っ掻き回した。
 無残な姿のシグナムとヴィータ。彼女達は大丈夫だろうか。
 シャマルとザフィーラ。完璧に巻き込むような形になってしまった。無事だろうか。
 はやて。経験が最も乏しい彼女が、あの暴走体を相手に出来るだろうか。
 アルフ。精神リンクがあまりにも不安定だ。呼びかけても返事が無い。怪我をしたのだろうか。
 クロノ。誰よりも早く、バリアジャケットすら生成せず、暴走体に立ち向かって行った。
 どうか、どうか無事で居て。怪我なんてしないで。無茶なんてしないで。
 彼の技術は知っている。戦闘訓練でも勝てた回数は絶望的に少ない。だが、相手はあのシグナムの技術を模範し、再現し、有り余る魔力でそれを実行していた 暴走体だ。楽天的にクロノの勝利を信じられる程、フェイトは無知ではない。何せシグナムの技は身を持って知っているのだ。
 五分程飛んだだろうか。フェイトの視界にクロノと一緒に靴を買った百貨店が見えた。周囲に眼を凝らせば、あまり破壊の跡が見えない。外装が剥がれる等の破損は 見られたが、崩壊している箇所は無かった。
 戦闘現場からもかなり離れている。落石の危険性も少ないこの付近が安全地帯と言えば安全地帯だろう。
 なのはに思念通話を繋げる。

『なのは、この辺りで降りよう』
『うん、そうだね』

 後方を飛ぶなのはが頷く。

「アリサ、降りるね」
「あ……。うん」

 衝撃を最小限にして着地する。すずかを連れたなのはもフェイトを倣う。
 そこは百貨店の入り口前だった。ひっそりと静まり返った建造物。不意に頭上を仰げば、灰色の空が見えた。戦闘前まではあれだけ晴れていたというのに。

「ここなら安全だ」
「ほ……本当に……?」

 アリサは決してフェイトから離れようとしない。それなりの安全が確保されたというのは、彼女でも何となく分かるというものだ。
 声にも活発さは無い。学校で自信に溢れた顔で友人達を引っ張っている面影はどこにもなかった。
 半年前の闇の書事件を目の当たりにして、魔法や時空管理局に関する事情を知っていても、やはりアリサやすずかは普通の十歳の少女なのだ。彼女達の今の反応が 歳相応の反応なのだろう。
 ずきりと胸の奥が痛んだ。

「うん、大丈夫。さっきの場所から結構離れてるし、それに――」

 子供をあやすような声が止まった。
 唐突な悲鳴が響く。喉を裂くような金切り声。
 フェイトが振り向くと、すずかが肩を痙攣するように震わせ、なのはにしがみ付いていた。
 二人の足元には瓦礫がある。百貨店の壁が剥離した建材だ。鉄筋コンクリート製の、どこにでも有り触れた物体だった。
 その下に、赤いモノがあった。
 フェイトは凝視せずとも、それが何なのか分かった。
 赤いモノは人だった。はみ出している手首で分かる。少し離れた所に、千切れた脚があった。

「……どうしたの?」

 アリサがフェイトの視線の先を探ろうとする。

「駄目! アリサは見ちゃ駄目ッ!」

 乱暴に彼女を止めたフェイトは、親友を抱き込む。
 確かにここは身の安全がそれなりに保障されている。現場からは離れている。大規模な砲撃魔法でも使わない限り、戦闘の余波は来ない。臨時の避難場所としては 打ってつけだ。
 だが、ここは凄惨な蹂躙の跡地だったのだ。
 人が死んでいた。黒い炭のようなモノが折り重なっている。人の形をしたモノが燃えている。頭をおかしな方向に向け、まったく動かない人が居る。
 こんな所に二人を残せというのか。こんな凄惨で陰惨で、どうしようもない死が充満している現場に、右も左も分からない少女二人を残せというのか。

「そんなの……」

 アリサを抱き締めて、フェイトは呟く。そんな暴挙、出来るはずがない。喩えそれなりの安全が確保されているとは言え、二人を残しておけるはずがない。 だが、自分達はすぐに現場に戻らなければならない。クロノが、はやてが、アルフが、皆が戦っている。
 じっくりと吟味したフェイトは、選択の余地はほとんど無い事をすぐに悟った。
 決意は刹那で固まる。

「なのは」

 親友の声に、なのはがゆっくりと首を巡らせる。何かに耐えている様子で、彼女は顔面を青白くしていた。
 戦闘という行為に慣れ、武装隊士官候補生として様々な現場に出向いたなのはは、これと同じ光景を見て来ているはずだった。だが、十歳になって間もない少女に 死体を見慣れろというのはあまりにも残酷だ。フェイトは執務官候補生として、クロノと共にこれと同様の血生臭い光景を見て来た。そんな彼女でも、未だに慣れて はいないのだ。
 フェイトはもう一度親友の名を呼ぶ。優しく励ますように。

「なのは、聞いて。なのはは、ここに残って」
「え……」
「クロノも言ってたけど、ここに安全地帯なんて無い。あの暴走体だって、もしかしたらもっと居るかもしれない。だから、なのはが二人を守って」
「で、でもそれだと」

 すずかを支え、歩み寄ろうとするなのは。フェイトはそれを優しく言葉で制する。

「大丈夫。クロノ達は私が助けるから」
「フェイトちゃん……」

 なのはだって不安で居ても立ってもいられないはずだ。予期せぬ暴走体の出現、理不尽な破壊、打ち捨てられている死体、二度目の親友の巻き添え。自分の事 よりも他人の事を優先してしまう彼女だからこそ、この現状は辛く、痛く、いたたまれないはずだ。

「うん、大丈夫」

 それでも、今は彼女に任せるしかない。フェイトは防御魔法の出力が低く、言ってしまえば防御性能が低い。不測の事態――暴走体の予備戦力と遭遇してしまった場合、 フェイトではアリサとすずかを守りながら戦うという器用な真似は出来そうにも無かった。だが、防御魔法に長けているなのはならば、二人を守る事が出来る。暴走体に 勝てないにしても、逃げ回り、防御に徹し、生存する事が出来る。
 どちらが残る事が適切で最良の選択なのか、改めて吟味する必要は無かった。
 なのははフェイトのそんな考えを理解出来たのか、下唇を噛み、小さく頷いた。

「建物の中に入れば、多分大丈夫だと思う。なのは、二人をお願い」
「……うん。フェイトちゃん、気を付けてね」

 力強く頷いてみせたフェイトは、アリサをなのはに預ける。

「フェイト」
「フェイトちゃん……」

 親友の呼び掛けに、フェイトはにっこりと微笑んだ。言葉は必要無い。今の彼女達に必要なのは安っぽい慰めの言葉は無い。安心させてあげられる笑顔なのだ。そして、 この現状を打破し、無事に自宅へと帰す事なのだ。
 フェイトは踵を返し、迷いの無い強い足取りでなのは達から離れて行く。
 相棒を握り込む。

「バルディッシュッ!」
『Yes sir.』

 揺ぎない意思を秘めた相棒が、低く、重い声で復唱する。

『Barrier jacket.Lightning form get set.』

 金色の光が煌き、一瞬で弾ける。閃光の下には、すでに歳相応の服を着た少女の姿は無かった。そこには、魔力で編まれた魔法戦闘用の防護服を身に付けた 魔導師が居た。
 闇色の外套。身体を包み込む漆黒の服。無骨な戦斧。
 一つに結わえられていた金の髪が、頭の左右で二つに結ばれる。
 戦闘前の儀式は、終わった。
 フェイトは振り向かず、身を屈め、深呼吸の後に高々と跳躍をした。飛行魔法を発動。魔力を解放して、最大速度で来た道を飛翔する。
 なのは達に振り返る事は無かった。今は一刻も早く、あの暴走体達を制圧しなければならない。
 フェイトは左手にそっと触れる。そこには、鋼色をした手甲が手首を守るように装備されている。近接戦闘用の補助装甲だ。
 その下には、彼から貰った大切な、とても大切な腕時計がある。
 押さえ込んでいたあらゆる懸念が蘇って来る。もう一秒だって我慢は出来なかった。

「バルディッシュ、行くよッ!」
『Yes sir.』

 二本の金色の尾を残し、フェイトはさらに加速した。



 ☆



 絶望的という程でも無いが、戦況は徐々にそういう方向に傾きつつあった。
 戦闘開始から十分弱でアルフが擱座した。影の堅牢さと近接性能に奮戦したものの、攻撃力の差が歴然とし過ぎていた。ザフィーラが救出に入り、影を一体鎮圧。 アルフは怪我こそ酷いものの、無事だった。現在はシャマルに治療されている。
 二人目はヴィータだった。はやてを守ろうとして影の猛撃を正面から受けた。意識は不明。アルフ同様にシャマルの治療を受けているが、重傷。
 影は一体鎮圧されたとは言え、残り五体。対して、こちらはまともに戦える者はクロノ、はやて、ザフィーラ、シグナムの四人になっている。
 彼我戦力差はすでに絶対的だった。
 デバイスを手にした二体の影が左右から迫る。

「ちッ!」

 舌打ちをして、クロノは打開案を練る。一体ですら紙一重で互角というのに、二体も同時に相手に出来るはずがない。
 二体の速度には若干のバラつきがあった。付け入る隙はそこにしかない。
 S2Uを操作する。補助OS”ロッティンバウンド”を通し、魔力回路の機能を限界まで引き上げる。選択された魔法に必要過多な魔力を供給する。
 スティンガーレイを発動。僅かに踏み込みの速い一体目へ牽制射撃。
 怒涛の勢いで白銀の弾頭が掃射された。本来ならば三点バースト方式で発射される高速射撃魔法だが、その原型は無い。完璧なフルオート式の機関砲だ。
 凄まじい反動で照準がブレる。クロノは暴れるS2Uを抑え付けた。
 先頭を切っていた一体目が被弾する。無数の光弾が弾け、影が薙ぎ倒された。
 クロノは続けて二体目を狙おうとしたものの、その時には二体目は跳躍していた。デバイスを槍のように構え、まっしぐらに降下して来る。
 スティンガーレイを停止させ、後退。直後、影とそのデバイスがクロノが居た空間を抉り、地面に突き刺さった。

「この……!」

 忌々しげにこぼれ出たその言葉は、影に対してではない。未知のデバイスと化した愛杖S2Uに対してだった。
 新たに搭載した補助OS”ロッティンバウンド”の恩恵は素晴らしいものがあった。魔力消耗の高い近接斬撃魔法ブレイズセイバーも容易に行使出来た上、破壊力より も貫通性能と弾速を重視したスティンガーレイがこの威力である。
 術式管理によって詠唱の時間が大幅に短縮、簡略化さら、その上出力増幅によって、Sランク魔導師と同格の力を持つ暴走体を一撃で薙ぎ倒す。
 異常な性能向上は昨夜の内から承知済みだったが、その性能向上にクロノ自身が対応出来ていなかった。訓練の一つでも積んでおけば問題は無かったのかもしれないが、 すでに後の祭りだ。いや、元々そんな時間は無かった。
 さらに魔力の消耗も激しい。魔力供給を上げる事で出力増幅を行っているのだろうか。それは使用者であるクロノですら分からない。
 出力増幅。今にして思えば、一体どうやって増幅しているのだろうか。”ロッティンバウンド”は魔力回路に最も根強く接続されている。供給する魔力を増加させて 火力を上げていると考えるのが妥当だ。だが、そうだとしても最も火力の低いスティンガーレイでこれは異常だ。

「クロノ君ッ!」

 はやての声がした。影がすぐそこまで来ていた。
 クロノは思案を破棄した。出力増幅の真相は後回しだ。今は何としても強化されたS2Uを使いこなし、暴走体を打倒しなければならない。
 魔力供給。ブレイズセイバー行使。
 膨大な熱量が刃となり、S2Uの先端に出現。繰り出された影のデバイスを斬り結ぶ。
 接近戦闘は圧倒的に不利だ。シグナムが今まで育んで来た技を模範している。対応し切れない。だが、射撃戦闘ではS2Uの暴走に近い出力に振り回される。
 中距離だ。アウトレンジでの戦闘が出来ないのなら、クロスレンジとミドルレンジで立ち回り、バインド等の罠を仕掛け、何とかするしかない。
 力任せにデバイスを弾き、ブレイズセイバーで斬り付ける。実体の無い灼熱の刃が影の肘を浅く裂いた。続けて掌でS2Uを回転させ、柄の末端を影の腹部に 押し付ける。
 出力調整。供給魔力制限。選択魔法ブレイズキャノン。同時にトラップ用のディレイドバインドを詠唱。

「吹き飛べェッ!」

 雑言をトリガーヴォイスにして、威力を調整された砲撃魔法が発動した。ほぼ零距離。圧縮された魔力をたらふく腹に喰らって、影が吹き飛んだ。打ち捨てられた 丸太のように転がって行く。
 それと入れ替わるように、スティンガーレイに被弾して動きを止めていた一体目の影が飛びかかって来た。
 鋭い電子音声が響く。

『Delayed Bind.』

 虚空から無数の鎖が伸び、影の手足を拘束する。いや、しようとした。
 放たれた鎖は確かに影の手首に絡まった。本来なら、そこで相手は動きを強制停止させられるはずだった。
 だが、影は動いた。何事も無かったかのようにバインドの鎖を引き千切り、容赦無くクロノにデバイスを振り下ろす。
 一瞬の驚愕がクロノの身体を戒めた。

「クロノ君ッ! 動かんといてッ!」

 はやての警告。同時にトリガーヴォイス。

「ディバインシューターッ!」

 対物破壊性能ストッピングパワーに優れた誘導操作弾が影を直撃する。鳩尾に一発。さらに顔面に二発の砲弾を喰らった影が 飛び跳ね、よろめく。その隙に、クロノはS2Uで脚払いを仕掛けた。バランスを崩した影が転倒する。余計な追撃は掛けず、離脱。はやての側まで一気に後退した。

「すまない、助かった」

 S2Uを構え直す。
 はやてはシュベルトクロイツver13を操作。柄を脇で支え、備わっている操桿を倒し、魔力回路を変更する。ガシャンという金属音が鳴り、ハードウェア的にも ソフトウェア的にも使用魔法系統がベルカに切り替えられる。その動作は、まるで狙撃銃のボルトアクションだ。

「怪我無いか、クロノ君?」
「何とかね。君は」
「問題無しや」

 二人が見守る中、二体の影がゆっくりと身を起こす。

「シグナムとザフィーラは?」
「大丈夫。二人とも無事やで」

 クロノがはやてを庇うように前に出る。

「シャマル達は?」
「ヴィータは気ぃ失ってる。アルフさんもちょっと拙いかもしれへん。怪我が思ったより酷いみたいや。シャマルが診てるけど……」

 体勢を立て直した二体の影が一歩、脚を踏み出す。同時に、もう一体の影が彼らの背後に現れた。
 三体のS級暴走体。

「クロノ君。この黒いの、一体何なんや? 普通やないで、この人達……!」
「……彼らは暴走したデバイスだ」
「デ、デバイス!? あれがッ!?」
「そうだ。正確には、暴走したデバイスに寄生された魔導師達だ」

 三体が一気に間合いを詰めて来る。二体は一直線に。一体は横に移動し、砲撃魔法の体勢に入っている。

「詳しくは後で説明する。はやて、狙うなら彼らのデバイスを攻撃するんだ。デバイスを破壊すれば元も戻る」
「……殺傷魔法で……か?」
「……ああ」

 ブレイズセイバーを再び行使。長槍となったS2Uを振り翳し、影の猛撃に備える。

「……了解や。でも、終わったらちゃんと事情聞かせてな、クロノ君」

 二体の影が速度を上げる。一体が脚を止め、デバイスに魔力を凝縮している。
 クロノははやてに頷きながら、三体の打倒策を模索するが、まともな案は何も出て来なかった。
 バインドが通用しない。クロノは自分でも気付かない程、この事実にショックを覚えていた。攻撃魔法は軒並み”ロッティンバウンド”の恩恵を受けているが、 あくまでも戦闘補助魔法に該当するバインド系は出力増幅の効果を得られていなかったのだ。術式管理で詠唱そのものには無駄が無くなっており、発動までの時間は 大幅に短縮されていたものの、それも通用しなければ意味が無い。
 クロノは”力押し”的な戦術は好まない。無駄が多い上に体力も魔力も消耗する。最低限の行動で最大限の成果を。それがクロノの基本戦術の根底に根付くものだ。 だからこそ、火力よりも追加効果の強化や、効果範囲の広い攻撃魔法を習得し、バインド等の直接的な攻撃力を持たない魔法の錬度を向上させて来た。
 それが、この影には通用しない。

「……いや」

 頭を振る。
 まだ完全に通用しないと決まった訳ではない。魔力の供給率を上げ、強固にしたバインドならば拘束も可能かもしれない。影は魔力と技術を使った愚直なまでの 猪突猛進型だ。この十分間の戦闘で癖もそれなりに掴んでいる。トラップを仕掛ける隙はいくらでも存在する。
 魔法戦闘は魔力がすべてではない。状況に応じた魔法の選択とその応用力が必要なのだ。

「やるぞ、S2U」

 ストレージデバイスである愛杖に語りかける。機械仕掛けの魔導師の杖は何も答えない。
 代わりに、別の声がした。

「クロノッ! はやてッ!」

 少女の声。直後、微かな風が起こり、闇色の外套が靡いた。
 誰も居なかった眼の前の空間に、金色の髪の少女が背を向けて立っていた。
 クロノとはやてが少女の名を呼ぶよりも早く、彼女は己が鋼の相棒に命令する。

「バルディッシュ!」
『Haken Form.Get set.』

 鋭い撃発音が鳴り、バルディッシュに内蔵されたリボルバーシリンダーが回転する。硝煙を吐き出して、カートリッジがロードされた。
 戦斧の刃が跳ね上がり、魔力光が放出される。何の統率も無いように思われた魔力は、次の瞬間に巨大な刃を形作った。同時に刃後部に三枚の姿勢制御用 フィンブースターが形成される。
 巨大な戦鎌となったバルディッシュが、肉迫して来た影のデバイスを噛み合う。フィンブースターが加速力を持った魔力を放出して、逆噴射の要領でフェイトを 補助した。
 二体目が来る。
 三体目が砲撃魔法が放つ。
 クロノが地を蹴る。
 はやてが防御魔法を展開する。
 衝突するクロノと影。
 拮抗する防御魔法と砲撃魔法。

「フェイトちゃん! 二人はッ!?」
「遠くに避難させて来た!」
「なのはは!?」
「残して来た! アリサとすずかを二人だけにしたくなかったからッ!」

 これで五対五。条件は相変わらず劣悪だが、数の上では五分だ。

「フェイトッ、はやてッ、確実に一体ずつ倒すぞッ!」
「うんッ!」

 二人の少女が頷く。
 複数対複数。それならば勝率は遥かに上昇する。一人では出来なかった戦術も、意思疎通の出来た仲間が居れば容易に行う事も出来る。
 魔法戦闘の勝敗を左右するのは、やはり魔力ではないのだ。

「はやてッ!」

 彼女が動く。ベルカ式防御魔法の展開と維持をデバイス管理から自己管理に移し、右手でシュベルトクロイツの操桿を握った。振り回すように荒々しくボルトアク ション。使用魔法系統をベルカからミッドへ。同時に魔法構築。そして制御解放。

「バリアバーストッ!」

 防御魔法陣が閃光を放って爆発した。衝撃が影の砲撃魔法を相殺する。濛々とした黒煙が影も含めたクロノ達三人の視界を遮った。
 影の気配が僅かに変わる。シグナムの技術を模範しているのであれば、彼女と同様の直感が備わっていても不思議ではなかった。
 視界が完璧に遮断されている中で、クロノとフェイトは躊躇無く動いた。
 二人同時に鍔迫り合いを弾く。同時にクロノは身を沈め、フェイトは小さく跳躍。
 影の気配は躊躇する気配だった。この煙幕の中、クロノとフェイトがどういう行動に出るのか。シグナムの直感すら模範しているだろう彼らは、その直感を信じていい のかどうなのか躊躇ってしまったのだ。

「甘い――!」

 クロノが二体の影の脚にS2Uを放つ。足元を掬われ、膝をつく敵達。

「バルディッシュ、最大出力ッ!」

 フェイトが宙で身を返す。

『Yes sir――!』

 フィンブースターが唸り、金色の魔力残滓が推進剤のように放出された。
 凄まじい遠心力をその身に加えたバルディッシュが、一体目の脇腹を直撃した。だが止まらない。彼を操るフェイトも止まらない。フィンブースターの出力を上昇 させ、一体目を二体目に叩き付け、二体同時に吹き飛ばした。
 転がって行く二体に、はやてがシュベルトクロイツを向ける。詠唱はすでに終了していた。

「フェイトちゃんッ、魔法借りるなッ!」

 金色のミッド式魔法陣が一気に地面に広がった。粒上の魔力光が溢れ、膨大な数の環状魔法陣がシュベルトクロイツに集中する。

「プラズマスマッシャーッ!!!」

 轟音が鳴り、雷属性の砲撃魔法は解放された。地面を抉りながら直進した魔力の濁流は、苦も無く二体の影を飲み込み、押し流し、遥か彼方に佇んでいるウォーター アトラクションの施設を破壊する。
 入れ替わるように三体目が来た。迎撃を警戒してか、左右に身を振り、ジグザグ走行で迫る。
 フェイトが跳躍の予備体勢に入る中、クロノが射撃魔法を制御解放する。再び雷雨のようなスティンガーレイが発射された。恐ろしい対物破壊力を持つ光弾が三体目 を直撃する。
 強化された彼の魔法に、フェイトは僅かに驚いたものの、すぐに疾走した。バルディッシュを一閃。衝撃と斬撃がよろめく影を打ちのめし、上空へ弾き飛ばした。
 その影に、クロノとはやてはそれぞれのデバイスの先端を翳した。完璧に同調している二人の魔力が一際巨大な環状魔法陣を生み出す。

「はやてッ!」
「クロノ君ッ!」

 クロノは右手でS2Uを支え、はやては左手でシュベルトクロイツを構え、背と肩を寄せ合う。
 溶け合う魔力。
 選択されたのは同じ魔法。
 構築されている同じ術式。
 同時に制御解放。トリガーヴォイス。

『ブレイズキャノンッ!!!』

 鼓膜を焼く白い壁が影を喰らった。大型の環状魔法陣と二機のデバイスから放たれた巨大なブレイズキャノンは一条の光となって空を駆け抜け、雨雲を貫く。
 しばらくして、ぶすぶすとくすぶるような音を立てながら、影が落下して来た。残骸になったメリーゴーランドの屋根に突き刺さる。それが止めとなり、崩壊しかけ ていた鉄筋と建材が崩れ、影に雪崩れ込んだ。

「どうだ……!?」

 騒音の鳴り止まない遊戯施設を睨むクロノ。だが、自分の言葉とは裏腹に、彼はすでに次なる魔法の詠唱を開始していた。
 フェイトもはやても同様だった。フェイトは戦鎌の刃を維持し、はやてはシュベルトクロイツをミッドに固定している。
 変化はすぐに現れた。
 メリーゴーランドを完璧に破壊した影が建材の山から脱出して来た。細かな残骸を血風のように纏い、はやてに直進する。
 フェイトがはやての正面に回ろうとするが、出来なかった。

「!?」

 転移魔法でも使ったのか。はやてのプラズマスマッシャーを受けて吹き飛ばされたはずの影が、フェイトの背後に佇んでいた。

「フェイトッ!」

 クロノの悲鳴を引鉄に、影がデバイスを振るう。フェイトは振り向く事も許されず、バルディッシュが自動的に展開した最低限の防御魔法に防衛され、影の一撃を 喰らった。
 華奢な身体が横転する。何とか体勢を立て直そうとする彼女だが、影は許可しなかった。二撃目で弾き飛ばす。
 悲鳴すら上げられず、フェイトはショッピングモールに突っ込んだ。まるで弾丸のように。
 建物の中に消えたフェイトを追い、影が跳躍する。

「フェイトォッ!」

 影の動きに淀みは無かった。あれだけの攻撃を受けたにも関わらず、損傷らしい損傷が無かった。殺傷設定の魔法でもあの闇色の装甲を抜く事は出来ないというの だろうか。
 何度目になるか分からない戦慄がクロノの思考と身体を支配する。その戦慄が次の瞬間、最悪な予感に変化した。
 背中を駆け抜ける寒気。嘔吐感に似た違和感。
 その正体が何なのか。悟るよりも速く、クロノはS2Uを横に構え、突き出した。
 衝撃。

「ぐぁ……!」

 重過ぎる一刀だった。受け止めただけで気が遠くなった。
 デバイスをS2Uにぶつけている影の姿がすぐ側に見えた。やはり目立つような傷跡は見受けられない。
 化け物だった。正真正銘、この黒い暴走体は化け物だ。気付けば、S2Uを支えている両腕が小刻みに震えていた。
 力の拮抗で生まれたモノではない。恐怖で彼の身体は震えていた。
 冗談ではなかった。暴走事件が発生して三週間、彼はフェイトと共にAAAクラスの暴走体を幾度と無く鎮圧している。苦戦こそ強いられたものの、恐怖を覚える事 は無かった。彼らの不条理で理不尽な魔力と成長に舌を巻き、満身創痍になりながらも臆する事無く戦い、駆逐して来た。
 その自信が、今、音を立てて崩れて行く。
 はやては防御魔法を展開して影の接近戦闘を受け止めている。強力な近接魔法は使えても、彼女には近接戦闘に関する技術が何一つとしてない。接近されれば、なのは 以上にどうしようもなかった。
 フェイトは大丈夫か。影の一撃を防御したとは言え、完璧に貰っていた。無傷では済まないだろう。
 クロノに震えている時間は無かった。一刻も早く大切な仲間達を助けなければならない。
 だが、彼は動けなかった。
 視界が薄らいだ。

「な……」

 眼に入る光景すべてがぼんやりとした。影の面妖な顔もはっきりとしない。そのデバイスも、S2Uの形状も。
 膝の力が抜けた。支えを失った下半身ががくりと歪み、膝が地面につく。
 意味が分からなかった。

「ク、クロノ君――!?」

 自分を呼ぶはやての声もよく聞こえない。フィルターを掛けたようにくぐもって聞こえた。
 上半身には辛うじて力が残っていた。躊躇う事無く攻め込んで来る影のデバイスを何とか支える。
 不明瞭な視界が、徐々に迫って来るデバイスを捉えた。輪郭すら巧く視認出来ない。
 猛烈な倦怠感と脱力感が襲って来た。
 混乱する頭。思考は視覚や聴覚とは違い、はっきりとしている。状況把握をしようと高速回転する事を許してくれている。
 結果、出された結論は簡単なものだった。

「魔力が……尽きた……」

 それは、この状況下で死を意味した。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 後二話くらいかなぁと思いつつ。読んでいただきましてありがとうございました。
 二十話目です。ありがとうございます。早いなぁ…。その為の犠牲はあまりにも大きいorz
 はやてが妙に男前な事やってます。趣味です、気にしないで下さいorz ボルトアクションとポンプアクションは男の夢!
 シグナム出番無いなぁと思っていたら、次回辺りでまた冒険しそうです。ドライブイグニッションでもやっていただきましょう。剣と鉄槌の二刀流で。
 では。

 2006/4/28





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