魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.5 Black minaloushe









 衝撃。弾く。
 斬撃。捌く。
 打撃。凌ぐ。
 射撃。防ぐ。
 砲撃。躱す。
 突き進んで来る、向かって来る攻撃をすべて回避する。
 跳躍。後退。着地。
 一拍の呼吸をする。
 疾走。前進。肉迫。
 衝撃。弾かれる。
 斬撃。捌かれる。
 打撃。凌がれる。
 射撃。防がれる。
 砲撃。躱される。
 全身全霊で放たれる、繰り出される攻撃がすべて回避される。
 乱れる呼吸の間を縫い、シグナムは侮蔑の意味も込めて言った。

「まるで鏡を相手にしている気分だ」

 まったく感慨の含まれない感想だった。
 シグナムの猛撃を弾き、回避してみせた影が踏み込んで来る。
 慣れとは恐ろしいものだ。今度は声に出さず、シグナムは感想の続きを口の中で呟いた。
 暴走体の一挙手一投足が、緩慢なモノになってシグナムの瞳に映る。
 暴走体が起こす空気の流れが、危険を告げる調べとなってシグナムの感覚を刺激する。
 バックステップを踏み、デバイスの一閃を回避。騎士甲冑に切れ目が走る。しかし、その下にある肌には傷一つ付かない。まさに紙一重。
 あまりにも際どいが、シグナムには避け切る自信があった。影の攻撃が、阿吽の呼吸のように分かるのだ。最低限の動作で紙一重で回避する事は難しいものでもない。
 だが、これから先が難しい。自分と全く同じ攻め方をして来る敵を突き崩す手段が思い付かなかった。体力的にも魔力的にも、また武装的にも、シグナムに残されている 手段は絶対的に少ない。
 噛み合う黒いデバイスと満身創痍の刀身。刃毀れが起こり、刀身の一部が砕けた。

「すまぬ、レヴァンティン」

 シグナムの身体はまだもつ。もたせられる自信もある。だが、レヴァンティンの限界は近かった。いつ折れてしまうか定かではない。
 紙一重だが、絶対に破る事の出来ない紙一重の攻防が続く。衝きを繰り出せば弾かれ、斬り込めばいなされる。全く同様の事をシグナムも行った。放たれる突風のような 衝きを弾き返し、強引に斬り込んで来られれば身体を振っていなす。
 時間と体力があれば永遠に続くだろう打ち合い。これの打破方法を、シグナムは編み出す事が出来なかった。何をするにしても魔力が足りない。レヴァンティ ンも無理をさせられない。させらないから打破出来ない。
 焦りが生まれつつあった。それがシグナムに迂闊な攻撃を許してしまう。

「耐えろッ、レヴァンティンッ!」

 カートリッジロード。撃発音。排気ダクトがスライドして空薬莢を排出。
 澄んだ落下音と共に、砕けつつある刃が息を吹き返す。劫火の如き炎がレヴァンティンを包み込んだ。
 紫電一閃。奥の手中の奥の手である紫電両断ならば、確実に影のデバイスを断つ事も可能だ。だが、破損したレヴァンティンでは、紫電一閃以上の斬撃魔法を行使 する事は出来なかった。
 影の気配が変わる。警戒するようにデバイスを構えた。

「紫電一閃ッ!」

 そのデバイス目掛け、威力不足であるものの、最も信頼している一刀を放つ。赤い灼熱の刀身は一直線にデバイスに突き進み――。

「――ちィッ!」

 弾かれた。鈍い痛みが手首に走る。それを味わう暇は無かった。
 影のデバイスが振り下ろされる。閃く黒い刃。何とか身を捻り、伏せるように回避する。その瞬間、死角からの膝蹴りがシグナムを襲った。ボロボロのレヴァンティンの 刃を横にして、寸前の所で防御した。
 強烈な一撃だった。金属の悲鳴が鳴り響き、深く、大きなヒビがレヴァンティンを侵した。
 聞こえるはずのない相棒の悲鳴を、シグナムは聞いた。

「レヴァン――ッ!?」

 言葉は最後まで喉を通らなかった。
 影の無造作な蹴りがシグナムの腹部に突き刺さる。胃を直接蹴られたような衝撃だった。痛みは痛みとして認知されず、違和感となってシグナムの脳を刺激する。
 蹴り飛ばされたシグナムは地面を何度も転がった。世界が幾度と無く回転した。
 何とか受身を取り、余勢を殺す。膝をついて、シグナムは停止した。
 違和感となっていた痛みが身体全体に広がって行く。特に腹部の打撲は痛烈だ。耐え切れず、背中を丸める。

「シグナムッ!」

 悲鳴を上げ、シャマルが駆け寄って来る。
 大丈夫だと答えようとするものの、痛みのせいで言葉を発する事が出来なかった。

「今回復をッ!」

 シャマルが回復魔法の詠唱に入る。シグナムは激痛に顔を歪めながら、彼女の身体を乱暴に押し退けた。

「不要……だ! 私に、構わず……ヴィータとアルフを守れッ!」

 強引に立ち上がる。薄弱になる意識。今までこれ程の痛みを覚えた事はほとんど無かった。リンカーコアを強引に蒐集された時以上の痛みだ。
 レヴァンティンはすでに限界を超えている。ヒビが無い箇所が無い。もう一撃はデバイスを受け止められるかもしれないが、二撃目は無い。間違いなく折れる。
内部構造も度重なる衝撃で四割が破損していた。魔法行使も危険領域だ。
 カートリッジの残弾は五発。レヴァンティンの状況を考慮すれば、もう使えないと言ってもいい。だが、影は残り五体。唯一の弱点だったデバイスは紫電一閃を軽々 と弾き返す程の強度を得ている。
 一つの文字がシグナムの心中に浮かんだ。
 絶望。
 それにシグナムが押し潰されそうになってしまった時、

『おい』

 無遠慮で不機嫌そうな声がした。
 思念通話だった。ぎりぎりと痛む首を捻って振り返れば、アルフと共に地面に座り込んでいるヴィータが見えた。
 まるで睨み殺してしまいそうな眼だった。ギラギラとした蒼い双眸。磨き上げられた刃のような視線。

『使えよ』

 ヴィータの手元で何かが輝き、消えた。
 左手に不意な重みが来た。ずっしりとした重みだった。質量のある金属製の何かだ。
 その正体を、シグナムは確認する必要は無かった。
 鉄の伯爵”グラーフアイゼン”。紅の鉄騎の相棒。

『そいつもボロボロなんだ。あんまり無茶させるなよ』

 シグナムが答えようとした瞬間、思念通話は音をたてて切断された。
 ヴィータが顔を俯かせ、肩を力無く落としている。動く気配は一切無い。完璧に気を失っている。

「ヴィータちゃん!」

 シャマルが駆け寄る。
 ヴィータの言う通り、グラーフアイゼンは酷い有様だった。二対式のハンマーヘッドは片方が無い。至る所が傷だらけで、破砕寸前のレヴァンティンより多少マシな損傷 具合だ。
 シグナムはそんな鉄槌を掌で軽く回転させる。纏まりのある重量感のレヴァンティンとは違い、先端が重いグラーフアイゼンはどこか不安定な感覚がある。格闘も 使えるが、ほぼ剣のみに特化しているシグナムにとっては果てしなく未知であり、運用方法が掴めない武装だった。
 だが、戸惑いは一瞬で終わった。

「グラーフアイゼン」
『ja!』

 鈍色に輝く鉄の伯爵。その返答は外見からは想像も出来ない程に逞しく、力強い。

「力を貸してくれ」
『jawohl!』

 逆手にグラーフアイゼンを握る。熱い鋼の鼓動が伝わって来る。魔力回路には、ヴィータの残り少ない魔力がすべて残されていた。暴れ回り、脈打つ魔力が、翳りを 見せていたシグナムの心中を熱く滾らせて行く。
 装填されているカートリッジ数は五発。奇しくもレヴァンティンと同じ数が鉄槌の薬室内に残されている。合計十発のカートリッジがシグナムに残された対抗回数 だった。

「レヴァンティン」

 痛みを押し殺し、相棒を呼ぶ。

『――j――a――』
「我が主を脅かし、我が友を苦しめる敵は未だ多い。……まだやれるか等とはもう聞かん」

 柄をスライドさせる。壊れた扉のようにぎこちなく開放された装填口に、残りのカートリッジすべてを放り込む。そして閉鎖。そして装填。小気味の良い金属音が した。

「五体すべてを倒すまで、決して膝を折るなッ!」
『――ja――wo、hl!!!』

 相棒の復唱が、何よりも背中を押し、激痛に苛まれている身体を叱咤激励した。
 レヴァンティンとグラーフアイゼンを高々と掲げ、交差させる。くず折れてしまいそうな二機のデバイスが、刃と柄で交わされ、朽ち果てた十字架を模造した。
 深く澄んだ声が命令を下す。

「カートリッジ、ロードッ!」

 撃発音。同時に硝煙が鼻をつく。嗅ぎ慣れた匂いがシグナムにさらなる鋭敏な世界を見せた。
 影がゆっくりと地面に降りる。デバイスを脇に挟み込み、前傾姿勢で構えを取る。
 吐き出された二発の空薬莢が地面を打つ。
 得られたモノは魔力。純粋に破壊に使用される事を目的に精製された魔力。それが今、レヴァンティンとグラーフアイゼンを満たして行く。

「グラーフアイゼンッ、ラケーテンフォルムッ!」
『ja!』

 満たされた魔力は、シグナムの要求に従い、血よりも尚赤い光となって半壊しているハンマーヘッドを包み込む。その中で刹那に行われる作業は擬似的な再生と 瞬間的な強化だ。より鋭く、より敵を粉砕し易い形状に最適化される。
 光が消み、弾けた。新たに現れたのは、左右非対称になった凶悪なハンマーヘッドだ。
 衝突時の衝撃を凝縮、集中する為の菱形状のスパイクヘッド。液体燃料推進器をそのまま取り付けたようなブースターヘッド。
 影は動かない。殺合に於いて紳士的とも言える武の構えを維持したまま、シグナムを向いている。
 シグナムは敵の思惑が手に取るように分かった。何故なら、自分もこういう場面に出くわせば、同じ行動を取るからだ。
 手負いの敵程、警戒しなければならないモノはない。それが新たな武装を得たとなれば尚更だ。
 影は慎重になっている。

「いい加減、私の真似事を見ているのも飽きが来た」

 重みを増したグラーフアイゼンを軽く左右に振り、感触を確かめる。ラケーテンフォルムは、魔力によって構成素材が増加しており、仮想重量が発生している。
 悪くない。先程よりも安定性が増している。シグナムは軽く笑った。もちろん微笑ではない。不敵な笑みだった。

「気分も悪い」

 粉砕する事に突出したグラーフアイゼンを逆手に構える。
 カートリッジロードで得られた魔力をその内に貯蔵しているレヴァンティンを正眼に構える。
 準備は整った。

「サッサと決めさせてもらう――!」

 ブースター点火。最大出力。
 桁外れの速度でシグナムは駆けた。加速の衝撃が容赦無く傷を殴るが耐える。あまりの速度に、ボロ布のようになっていた騎士甲冑の白い外套がすべて千切れた。
 猛烈な勢いで突進して来るシグナムに、影は慌てる事も無く迎撃態勢を整える。だが、今のシグナムにとってその動作は緩慢過ぎた。

「遅いッ!」

 抉り込むように、下からグラーフアイゼンが斬り上げられる。火花が散り、影のデバイスが大きく仰け反った。
 ブースターヘッドはさらに加速する。噴射ノズルがすぼみ、蒼白い魔力の炎を凝縮して吐き出す。
 弧を描くように、シグナムは宙で回転する。回転方向は常に不規則。解けた桜色の髪が広がった。
 得られた加速を載せ、レヴァンティンを影の身体に放った。左肩から右の鳩尾に掛け、歪な斬痕が刻まれる。シグナムはさらに回転して、グラーフアイゼンを 繰り出した。スパイクヘッドが右肩に食い込み、黒い装甲を抉り、左の鳩尾に抜ける。
 明らかな致命傷だった。だがしかし、影は動いた。何事も無かったかのように跳躍を行い、空へ逃げる。
 今までひたすらに猪突猛進だった影が初めて見せる撤退的な後退だった。

「どうした?」

 シグナムはグラーフアイゼンを持ち直すと、スパイクヘッドで地面を全力で殴った。地響きと破壊を残して、独力では得られなかった力強い跳躍をする。
 ブースターヘッドの推進力を加算して、さらに加速。一瞬して影に肉迫した。

「お前達が好む接近戦で勝負してやろうと言っているのだッ!」

 グラーフアイゼンを振りかぶる。スパイクヘッドが耳障りな騒音を掻き立てて回転を始めた。
 影がデバイスを翳す。闇色の魔法陣が形成された。
 衝突。
 初めて見る影の防御魔法。黒い肌同様に、黒い防御魔法陣は堅牢だった。

「ヴィータの台詞だが、ここは言わせてもらおう」

 凄惨な笑みを浮かべ、シグナムは裂帛の咆哮を上げる。

「ぶち抜けェェェェェェェェエエエエエエエエエッ!!!」
『jawohl!』

 噴射ノズルから炎が伸びる。どこまでも伸びて行く。影の防御魔法を粉砕し、突破に必要な加速力と衝撃力を掻き集めて行く。
 黒い魔法陣が破壊された。硝子窓が放射状のヒビを刻んで割れるように。
 もはやグラーフアイゼンを遮るモノは無い。
 削岩機のように高速回転しているスパイクヘッドが、影のデバイスを直撃した。スパイクヘッドは眩い火花が断続的に生み出しながら、デバイスを問答無用 で削って行く。闇色の装甲が剥ぎ取られ、内部構造を容赦無く抉って行く。
 だが、粉砕には至らなかった。影がデバイスを引き、空いた手で弾丸のような貫手をシグナムの懐へ放った。
 レヴァンティンの腹で防御。カートリッジロードで得ていた魔力で刀身を保護していた為、何とか耐える。

「本物を超える贋作。あるかも知れんな。だが――」

 影の腕を弾く。
 影が仰け反る。
 グラーフアイゼンのブースターヘッドが沈黙する。
 レヴァンティンの内に秘めていた魔力の炎を解き放つ。
 影がデバイスを掲げる。
 防御魔法は無かった。

「本物として、贋作に敗北を喫する訳には――」

 炎の魔剣がデバイスに食い込む。グラーフアイゼンが抉り、作り上げた大きな傷跡に。

「いかんッ!」

 紫電一閃。今までも、そしてこれからもシグナムを支えて行くだろう一刀が、影のデバイスを両断した。



 ☆



「すずか……大丈夫?」

 ひっそりとした館内に、不気味な程アリサの声が木霊した。
 三人は場所を入り口から館内に移していた。今は大きな玩具屋に身を潜めている。当然だが、館内は無人だった。
 すずかはなのはとしっかりと手を結んでいる。

「……うん、大丈夫……」

 無理な笑顔を作り、すずかが言った。なのはとアリサは何も言えず、口を噤む。
 アリサは、なのはとすずかが目撃したモノを見てはいない。だが、覗き込もうとした時のフェイトの態度を考えれば、大体は想像がついた。
 死体だったのだろう。しかも、直視出来ない程に損傷した死体だ。
 ゲーム好きなアリサにとって、人の死はあくまでもデジタルな遊戯の中の出来事に過ぎない。どれだけリアルに表現されていても、所詮は画面の中の作り物の死だ。
 それでも、見るに耐えない本物の人の遺体がどのようなものなのか、それなりに想像はついた。ここに来た時に嗅いだ異臭が、その想像に色を付けて行く。
 身体が震えた。見ずに済んだ事、止めてくれたフェイトに感謝をして、すずかを思う。

「……アリサちゃん、すずかちゃん、ごめんね……」

 細い声が耳朶を打った。なのはだった。

「また、巻き込んじゃって……」

 顔を伏せている彼女の顔に浮んでいるのは、鎮痛な表情だった。

「別になのはのせいじゃないでしょ?」

 震えと恐怖を得意の意地で押さえ込み、アリサが言った。意地っ張りという性格もたまには役に立つものだと思った。
 すずかも微かに頷く。やはり無理矢理作った笑みを浮かべて。しっかりとなのはの手を握り。

「フェイトのせいでもない」
「アリサちゃん……」
「はやてちゃんのせいでもないよ?」
「すずかちゃん……」

 アリサがなのはの額を指で軽く小突く。

「何でもかんでも自分のせいにしないの。なのはの悪い癖よ、ホント」
「……ごめんなさい」
「分かれば宜しい」

 腕を組み、満足げに頷くアリサ。
 赤くなった額を押さえるなのは。
 学校でいつも見かける光景がそこにはあった。
 すずかの顔から、作られた笑みが消える。顔色は青白いままだが、小さくくすりと笑った。
 その時だった。空間そのものを揺らす衝撃が来たのは。
 棚に陳列されていた玩具が音を立てて落下した。硬い物が砕ける音。天井の埃がぱらぱらと落ちて来る。
 すずかが再び身を硬くする。アリサも縋るようになのはの側に寄る。
 親友二人を支えながら、なのはは鋭い視線を周囲に向けた。
 遥か遠くから、低い音が木霊して来る。酷く断続的な意味不明の残響。
 多分爆音だ。アリサは何となくそれが分かった。あれだけ離れたというのに、こんな所にまで戦いの音が余波となって進出して来ている。
 フェイトやはやて達が戦っているのだ。今この時も。勝敗はもちろんアリサには分からない。どのような戦況になっているのかも知る由も無い。ただ、シグナムと ヴィータがボロボロになっていた事しか知らない。その二人の満身創痍の姿が、想像の充分過ぎる材料になった。
 殺されるかもしれない。親友達が。

「なのは」

 唾を飲み込み、アリサがなのはを呼んだ。
 周囲を警戒していたなのはが、アリサを見る。

「行って」

 自分に力を込めるように、アリサが言う。

「え……」
「行って、あの変なのをやっつけて来なさい!」

 立ち上がり、アリサは仁王立ちをした。

「アリサちゃん……。でも……」

 なのはが残ったのは、アリサとすずかをこんな凄惨な現場に残しておけなかった為だ。あの時、フェイトとなのはの間で交わされた視線で察せない程、アリサは鈍感 ではない。
 二人の心遣いがアリサは嬉しかった。今は何とか我慢しているが、本当は怖くて立っていられないのだ。すずかの事もある。ここでなのはにフェイトの後を追って もらうのは、アリサとすずかにとって酷でしかない。
 だが、アリサはなのはに行ってもらいたかった。フェイトやはやて、クロノ、シグナム達を失いたくはないから。

「すずかには私が着いてるわ。それじゃ不満?」
「アリサちゃん……」

 無理をしているのは筒抜けだった。なのはの痛々しい表情を見れば分かる。それでもアリサは続けた。

「なのはも心配なんでしょ、フェイト達の事」
「……うん」
「なのはには魔法があるんでしょ。それで戦えるなら、フェイト達を助けて。あの変な黒い奴、皆やっつけて。そしたら、すずかも安心出来るわ」

 多分、それは難しい。アリサはシグナムとヴィータの実力を知らないが、フェイトから”凄く強い人達”と聞いていた。彼女にそう言わせたあの二人が、 あれだけ酷い姿を晒していた。あの影達を倒すのは容易な事ではないだろう。
 だからこそ、なのはには行って欲しい。フェイトを助け、はやてを助け、皆を助け、あの影達を倒して、すずかを安心させて欲しい。
 そう考えるアリサの頭の中に、自分の事は入っていなかった。

「なのは、行って」

 再び告げて、アリサは口を閉ざした。
 なのはは黙ったまま、すずかを見る。答えを求めるようにではなく、許可を求めるように。

「行って、なのはちゃん」

 真っ白な顔で、すずかが言った。

「―――」

 なのははやはり黙ったままだ。だが、立ち上がる。痛みを覚える程の強さで握られていたすずかの手を解き、佇む。

「すぐに戻って来るから」

 なのはの手には、いつの間にか杖があった。先端に赤い宝石と金色の三日月を設えた長柄の杖だ。

「期待してるわ」
「気を付けてね」

 親友達の言葉に、なのはは頷く。そうして、彼女は駆け出した。



 ☆



 痛みは想像していたよりも軽かった。

「くッ……」

 朦朧とする頭を振りながら立ち上がる。右腕が痺れていて思うように動かなかったので、身体を起こすだけでも苦労した。
 周囲を見渡すと、ここが化粧品店である事に気付く。もちろん客の姿は無い。
 フェイトは壁に出来た大きな穴を見た。正確には、その奥――外に居るだろう影を見ていた。赤い双眸で見据えられた影は、引き寄せられるように走って来る。 残骸を蹴り立てて一直線に走るその姿は押し寄せる黒い津波だ。
 バルディッシュの最大出力のハーケンフォームとはやての砲撃魔法の直撃を受けながら、影は動いている。物理法則でも無視しているような存在だった。
 じっくりと作戦変更を思案している時間は無かった上、クロノとはやての安否が気になったので、フェイトは離脱を試みた。反応の鈍い右手に魔力で構築した擬似 神経を通わせるという手段もあったが、障害物の多いここでは思うように戦えない。
 その時、思念通話が突然繋がれた。

『誰でもええ! 誰かッ!』
「はやてッ!?」
『フェイトちゃんッ!? クロノ君がッ! クロノ君がぁッ!』

 雑音ばかりの思念通話は、最後まで言葉を告げる事を許さず切断された。
 クロノがどうしたというのか。はやての声とこの状況を考慮すれば改めて思案する必要は無かった。
 彼に危険が迫っている。はやてが恐怖してしまうような危険が。

「クロノ――!」

 頭を焼く感情。
 胸を抉る感情。
 身体を突き動かす感情。
 影が飛び込んで来る。戦慄するような速度。だが、フェイトは何も感じなかった。ただ、邪魔だと思った。最短ルートで彼の元に辿り着く為には、この影が邪魔だ。 そして、この重いバリアジャケットも邪魔だ。

「退けェェェェェッ!!!」

 右手を握り込む。動けという意志を拒絶していた細い手が、力と魔力によって強引に動かされた。素早くハーケンフォームのバルディッシュを持ち替え、激情に任 せ、魔力を供給する。

『Sonic form stand by ready Get set.』

 機動性と柔軟性を重視していたバリアジャケットが、淡い魔力光を発して、機動性と柔軟性に特化したバリアジャケットに変化した。装甲の役割を果たしていた 外部オプションパーツ――マントや腰部のスカート――が消失する。さらに、両手両脚に装備されている装甲から、加速機動用の金色の翼が伸びた。
 金色の翼、ソニックセイルが羽ばたく。
 カートリッジを二発連続ロード。撃発音が木霊し、硝煙が吐き出され、電子音声がトリガーヴォイスを告げた。

『Haken Slash.』

 巨大な金色の刃が厚みを増し、輝きを増した。フィンブースターが異常とも思える規模に変化する。
 さらに魔法詠唱。

『Blitz Rush.』

 地を蹴る。文字通り残像を虚空に残し、滑るようにフェイトは疾走した。合計十枚のソニックセイルが魔力光を曳き、少女の身体を加速させる。
 視認出来るような速度ではなかった。影が脚を止めて迎撃しようする。

「うあああああああああああああああッ!!!」

 身の丈の二倍以上に成長したバルディッシュで影を殴り飛ばす。影は辛うじてデバイスで防御するが、ソニックセイルで得られた加速とフィンブースターの過剰出力 に耐える事は出来なかった。背中から清算カウンターに衝突する。それでも止まらない。棚という棚を蹴散らし、どこまでも吹き飛ばされて行く。
 障害を排除したフェイトは外へ飛び出した。

「クロノォッ!!!」





 to be continued.





 続きを読む

 戻る







 □ あとがき □
 仮面ライダーカブトの主題歌NEXT LEVELを聴きつつ書いたので、何だか”加速”って言葉多くなってますorz 高速のヴィジョン、見逃すな〜♪ ついてこれるなら〜♪
 二刀流は悩みつつ。何だかオリジナル嫌い嫌いと言いつつ、本当にオリジナルになって来ました。反省。でもそれなりに書けたのでそこそこ満足です。
 戦闘プロットを立てて書いてたんですが、若干の手違いから次回で終わりそうにない事に気付きましたorz もうちょい続きます。すいません…。
 それでは読んでいただきましてありがとうございました〜。

 2006/4/28 一部改稿





inserted by FC2 system