魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.5 Black minaloushe









 三対三。数の上では互角である。だが、魔法戦闘の根本に於いては、フェイト達が絶対的に不利だった。魔力の瞬間最大出力の差である。これに関しては誰一人とし てSランクに該当する暴走体と肩を並べる事は出来なかった。だが、これと同様に、フェイト達は暴走体に対して一つの大きなアドバンテージを取っている。
 デバイスとの同調と仲間との共闘だ。インテリジェントデバイスと魔導師の呼吸が同調すれば、発揮される力は通常の計算式を遥かに超える。さらに、独りでは出来ない 事も、仲間の手助けがあれば容易に行う事が出来る。
 三体の影が、こちらの様子を伺うように間合いを取った。二体は一足で近接間合いに入り込めるような距離を保ち、もう一体はアウトレンジに控えている。
 彼らもフェイト達同様に協力体制を取ろうとしているが、協調性は薄かった。お互いの足りない部分を補い合うような動きではなく、効率性を重視した結果生み出された 協力体制だった。
 綻びはいくらでも見つける事が出来る。いや、一瞥しただけで数多と見つかった。
 フェイトがちらりと親友二人に目配りをする。思念通話もしない。だが、なのはとはやては力強く頷いた。

「はやてちゃんッ!」

 なのはが、狙撃形態シューティングモードから通常形態アクセルモードに変形したレイジングハートを振り翳す。桜色の 円形魔法陣が地面に描かれた。

「ええで、なのはちゃんッ!」

 答えたはやてが、ベルカ式魔法専用となったシュベルトクロイツを操作した。白銀色の三角形魔法陣が地面に描かれる。

「バルディッシュ、ザンバーフォームッ!」
『Yes sir.Zamber form』

 鉄の電子音声が復唱する。リボルバーシリンダーが硝煙を上げてカートリッジをロードした。
 ハーケンの刃を納めたバルディッシュが、その長柄を短縮して行く。戦斧の刃が二つに分離して鍔を形成。本体である金色の宝玉が鍔と柄の連結部位に填め込まれた。
 フェイトは術式を構築しながら、脳裏に一つの映像を思い起こす。それは一振りの剣。呆れる程の大きさを誇る両刃の剣。それを術式に組み込む。
 放電が起こった。激しい紫電を撒き散らしながら、バルディッシュが金の刃を生み出す。それは圧縮と凝固を繰り返し、限界まで研ぎ澄まされたフェイトの魔力 そのものだった。
 大型武装に属するハーケンフォームを遥かに超える超大型武装。
 戦闘態勢を整えた三人の少女に、三体の影が一斉に活動を開始した。二体の影がなのはとはやてへ跳躍して、一体の影がフェイトへデバイスを向ける。

「行かせないッ!」

 カートリッジを連続して二発ロード。シリンダーが鋭く回転、撃発。金色の大剣を振るうに必要な魔力をフェイトへ注ぎ込む。
 巨剣を振るうに必要な魔力を得たフェイトは、刃で地面を削りながら舞った。二房の金の髪が靡く。魔力の風と剣圧が邪魔な残骸の破片を一掃した。

「ジェット――ッ!」

 親友達に襲い掛かろうとしている二体の影へバルディッシュを振るう。解き放たれた濃密な魔力が不可視の衝撃波となって影達を薙ぎ払った。吹き荒れた突風―― 驚異的な剣圧が影達の脚を止める。その瞬間、なのはとはやてが同時にトリガーヴォイスを入力した。

「アクセルシューターッ!」
「ブラッディダガーッ!」

 制御解放された術式が、桜色の砲弾と紅の短剣を顕現させる。その数は数多。その速度は烈風が如く。二つの射撃魔法が、二体の影へ殺到した。弾丸は集中豪雨とな り、短剣は爆ぜ、影とそのデバイスに衝撃を与えて行く。猛烈な攻撃力を持つ分厚い弾幕は、彼らに反撃を許さなかった。
 援護という形で奥に控えていた一体が、砲撃魔法の詠唱を開始した。闇色の魔法陣が作り出され、影がその魔法陣にデバイスを突き立てる。完成した砲撃魔法は爆発 的な熱量と衝撃となってフェイト達に襲い掛かった。
 フェイトは膝を軽く落とした。巨剣を肩に担ぎ、その柄を軽く握り直す。二発のカートリッジから得られた魔力を糧にして、未発動となっている斬撃魔法にトリガー ヴォイスを入力した。

「――ザンバァー!!!」

 斬撃。
 巨剣が伸びて行く。近接武装とは思えない規模となった魔力の刃が影の砲撃魔法を直撃した。魔力と魔力の衝突が発生したが、拮抗は一瞬だった。
 文字通り、巨剣が砲撃魔法を破壊した。圧壊だった。振るわれた剣は止まる事を知らず、砲撃魔法の発射元に居た影を叩き潰す。砕かれる地面。抉られるアスファルト。 魔力と衝撃が溢れ、地震を引き起こした。
 はやてが後ろへ跳び、なのはが空へ跳んだ。
 彼女達の射撃魔法を受けていた二体の影が、残骸の中から飛び出して来る。ほぼ同時にフェイトも地を蹴った。延長していた刃を通常に戻して、二体の影のデバイス と同時に斬り結ぶ。超巨大武装だからこそ出来る荒業だった。
 後退したはやてが魔法詠唱に突入する。魔力を魔力回路に注ぎ込み、数多とある魔法の中から最良の物を選択。種別は砲撃魔法。ベルカ式魔法の中では比較的 珍しい種別故、その術式は複雑だ。だが、はやては何の問題も無く構築、展開する。ベルカの魔法陣が再び地面に走る。
 ジェットザンバーに潰された一体が地面から脱出した。はやての砲撃魔法の危険性を察したのか、その影は脇目も振らずに彼女へ突き進んで行く。フェイトは二体 の暴走体と同時に斬り結んでいた為、止める事が出来ない。だが、彼女の表情は明るかった。

「なのはッ!」

 フェイトが空を仰ぐ。彼女の視線の先には、狙撃形態シューティングモードのレイジングハートを構えるなのはが居た。

「レイジングハートッ、エクセリオンモードッ! ドライブッ――!!!」

 コッキングカバーがスライドして、使用されたカートリッジが排出される。

『Ignition.Excellion mode standby ready set up』

 柔らかな電子音声が復唱する。
 槍を連想させる先端が柄から競り上がり、二対の切っ先を複雑に折り重ねて行く。新たな構成素材を魔力で生成。金色の刃が排熱ダクトの上に追加装備される。
本体である赤い宝玉が、厚みを増した先端に納まった。
 見間違える程の変形を遂げたレイジングハートを片手に、なのはははやてに向かっている影へ突進した。自爆技に近い突撃砲は使わず、最大出力で駆ける。
 はやてに迫っていた影が彼女の懐に到達する。しかし、はやては眉一つ動かさない。背後に身を投げ出すようにデバイスの一刀から逃れる。
 二刀目が放たれようとした時、突撃槍を携えたなのはが彼女の眼前に飛び込んだ。甲高い金属音。一際眩い火花が二人の少女に散る。
 レイジングハートとデバイスがぶつかる。二つの武装の間合いはほぼ同じだった。だが、なのはには突撃力はあっても影と競り合えるような近接技能は 無く、非力だ。魔力を総動員して影の圧力に耐える。大切な相棒と自分を殺害せんと迫るデバイスを前に、だが、彼女は自信に満ち溢れた表情をしていた。

「よっと」

 場違いな程に緊張感の無い一声がする。はやてだった。彼女は空いている手をなのはの脇から通して、影のデバイスを掴んだ。
 不敵な笑みがこぼれた。術式はすでに構築済みであり、彼女の足元にはベルカ式の魔法陣が制御解放を切望するように回転している。展開されている魔法は砲撃魔法 ではなく、広範囲攻撃魔法だった。

「零距離」
「もらったぁッ!」

 彼女達の思惑を悟った影が離脱を試みるが、時はすでに遅かった。

「広範囲魔法も応用一つやッ! デアボリック・エミッションッ!!!」

 本来は魔力を圧縮するだけ圧縮して、破壊力を凝縮した後に一斉に制御解放する広範囲の純粋魔力攻撃だ。それをはやては解放範囲を極々一部に設定して行使した。
 デバイスを掴んだはやての手から、白銀の光が放射状に溢れて行く。本来ならどこまでも拡大して行くはずのその光は、影となのは、はやての三人を包み込んだ所で 拡大を停止させた。
 暴走体に純粋魔力攻撃設定の魔法は通用しない。魔導師のリンカーコアを捕食し、その生命が尽きるまで暴走を続ける。だが、その純粋魔力攻撃も、度が過ぎたものなら ば、機能障害を起こさせる事も充分に可能だった。デアボリック・エミッションはS−に該当する超強力な広範囲純粋魔力攻撃魔法である。その影響範囲を一部に設定 して圧縮率を高め、その上で零距離発動。これで落ちなければそれこそ化け物を超越した化け物になる。
 木漏れ日のような暖かな光が収束して行く。爆音は無く、静かだった。
 なのはとはやてが光の中から現れる。最後に影も姿を見せた。
 影ははやてにデバイスを保持されたまま、小刻みに震えていた。唐突な魔力の減少にフリーズを起こしているのだ。

「なのはちゃんッ! とどめッ!」

 はやてが離れながら叫んだ。なのはは一瞬だけ悲しそうに影を見たが、すぐに頷く。

「うんッ!」

 コッキングカバーが連続で駆動して、使用された空薬莢を吐き出した。排熱ダクトの直上に装備されていた四本の刃が展開され、槍となったフレームが数多の ハッチを開放する。
 アクセルチャージャー起動。レイジングハートの槍身が桜色の翼を生み出し、その身に纏う。魔力圧縮加速器がなのはの底無しの魔力を槍身へ集束させ、一本の 槍を形成した。
 一瞬の逡巡と躊躇いの後、なのはは槍となったレイジングハートを一閃させる。
 多くの民間人を殺害し、親友と仲間達をその手にかけようとした暴走体。憎くくないと言えば嘘になる。それでもなのはは迷った。暴走を起こしたデバイスも、 暴走なんて行為はきっと望んでいなかったはずだ。ストレージもインテリジェントも関係無い。マスターである魔導師に連れ添い、共に成長して行くはずだった。
 なのに。それなのに。

「―――!」

 なのはがそう思ったのは、本当に一瞬だった。振るわれたレイジングハートが確かな手応えをなのはに伝え、影のデバイスを一刀両断した。
 魔導師が闇色の肌から解放される。徐々に人の形と色を取り戻して行く被害者を、はやてが優しく支えた。
 一体撃破。残り二体。
 フェイトは巨剣を縦横無尽に操り、二体の影とひたすらに斬り結んでいる。ザンバーフォームとなったバルディッシュは振るわれる度に不可視の衝撃波――かまい たちを発生させ、影達を翻弄した。思うように肉迫出来ない二体の影は、非常識な間合いを誇るザンバーの前に思うような攻撃を出来ずに攻めあぐねている。さもなけ れば、喩え近接戦闘を得意とするフェイトでも、シグナムの技術を模範している暴走体を二体同時に相手に出来るはずがなかった。

「シグナムなら、このくらいは笑いながら掻い潜って来るよ――!」

 嘲笑ではなく、フェイトは真実を告げる。
 シグナムとは何度も模擬戦闘を行い、巨剣と長剣の戦いを繰り広げていた。結果はフェイトの敗北で終わる事が多い。影達は彼女の動きを見事に模範しているが、 なり切れていない。所詮が贋作に過ぎなかった。
 一体を撃破した事で、さらにフェイトの動きは鋭利さを増した。光さえ遅いと思わせる鮮やかな軌跡を残し、舞台に立つ演舞者のように身体を捌く。 巨剣を操り、影達と斬り結ぶ。殺傷設定の衝撃波が乱れ飛び、死の風となって二体の風を包み、威嚇した。

「フェイトちゃんッ!」
「なのはッ!」

 なのはがフェイトの背中に降り立つ。同時にアクセルシューターを目標自動追尾で全方位射出。放出された合計十六発の砲弾が二体の影を包囲、その身体を捉える。 砲弾の嵐に耐え切れず、影達はシューターを破壊しながら大きく飛び退いた。そこへ、間髪入れず上空からさらに同規模のシューターが降り注ぐ。
 空には魔導師を抱えたはやてが居た。ミッド式の魔法陣を足元に描き、シュベルトクロイツを構えている。

「はやてッ!」
「フェイトちゃん、なのはちゃんッ、一気に畳むでッ!」
「うんッ! フェイトちゃん!」
「行くよ、なのはッ!」

 フェイトが駆け出す。防御を完璧なまでに破棄した装備と補助魔法が彼女の背中をどこまでも押して行く。倒れてしまうかのような低い前傾姿勢で、彼女は 影へ突き進んだ。その姿は地上を滑空する燕そのものだ。あまりの速度に影の反応は遅れる。
 フェイトの背後で、なのはがレイジングハートを頭上で回転させる。桜色の翼はもちろん健在だ。術式を構築、展開して、振り翳すと同時に制御解放。 トリガーヴォイスを入力。

「バレルショットッ!!!」

 フェイトの斬撃同様に、視認不能の衝撃波がレイジングハートから放たれた。なのはの脚が僅かに地面にめり込む。
 フェイトは足元の残骸を踏み砕いて停止。同時に跳躍。紙一重の差で、足元をバレルショットが通過する。
 衝撃波が二体の影を直撃した。だが、彼らは吹き飛ばされもしなければ傷も負わない。見えない力に拘束され、その場に磔にされた。
 遥か上空に跳んでいたフェイトは、目標を一体に定めて降下。加速を可能な限りつけ、それをザンバーに付随させる。体当たりをするように、狙い定めた 影のデバイスへザンバーを叩き込んだ。
 しっかりとした手応えがザンバーを伝ってフェイトの手に届く。両断されたデバイスの破片が綺麗な放物線を作りながら飛んで行った。
 影の一体が膝を折った。他の影と同じように元の姿に戻って行く。
 一体撃破。残り一体。次でラスト――!
 フェイトが姿勢を整える。なのはが砲撃体勢に入る。はやてが射撃魔法を詠唱する。誰かの一撃がデバイスを捉えれば、それが終止符になるだろう。最後の暴走体 のデバイスは砕かれ、狂った遭遇戦は終わりを迎える。フェイトも、なのはも、はやても、誰しもがそう確信した。
 その確信が気の緩みとなってしまった。
 最後の一体がバレルショットの拘束を食い破って跳躍した。小さな飛翔を繰り返し、まさに脱兎の如く後退して行く。これまで見せた戦術的な一時的後退ではない。 退避だった。

「逃げ――!?」

 まさかそんな選択を選んで来るとは思いもしなかった。その突飛と言っても良い影の行動は、三人の思考を停止させるには充分過ぎた。
 その間にも影は加速度をつけて遠ざかって行く。早く追わなければ見失ってしまうだろう。そうなれば、あの暴走体にさらなる成長の猶予を与えてしまう事になる。 その結果がどのようなものなのか、改めて考えるまでもなかった。

「あかんッ、やばいでッ!」

 はやてが叫んだ時、地上から新しい人影が飛び出した。それは酷く不安定な軌道を描いて影の追跡を始める。その人影が誰なのか、フェイトは誰よりも早く気付いた。

「クロノ――ッ!?」



 ☆



 彼女達は一体何なのだろう。空虚な心でクロノは疑問に思った。
 視界は随分と良好になり、聴覚もそれなりに機能を取り戻しつつあった。休んでいたのはものの数分だったが、休養としては充分だった。
 クロノはなのはと出会ったばかりの頃に、彼女の非常識な瞬間最大出力と底抜けの魔力をこう評価している。
 馬鹿魔力。
 出会った時から、なのはやフェイトはクロノの瞬間最大出力を超える数値を叩き出していた。
 恐るべき魔力資質だった。だが真に驚嘆すべきはそこではない。持ち合わせた素質、才能も、彼女達は図抜けていた。
 ”クロノ君よりも上だねぇ〜”と軽口を叩くエイミィを、クロノは自分の信念の一つになっている言葉を使い、こう嗜めた。

「魔法戦闘は魔力の大きさだけじゃない……。状況に応じた魔法の選択とその応用力が必要なんだ……」

 今もそう思っている。いや、そう思いたかった。すでに切望に近い。そうあって欲しいと、クロノは思ってしまった。
 それがどうだ。大量の魔力を遺憾なく操り、彼女達は真正面からSランクの暴走体を駆逐して行く。この非常識とも思える戦闘は何だ。これが瞬間最大出力の差なのか。 生まれ持った才能、素質の違いなのか。
 影に追い詰められた時よりも遥かに密度の濃い絶望が、クロノの心を覆って行く。
 強化したS2Uでも、クロノはこの暴走体に満足な傷を負わせる事が出来なかった。それどころか、魔力量を見誤り、追い詰められ、フェイトに助けられてしまった。 得意としているバインドも通用せず、無様な姿を晒してしまった。
 クロノは別の質問を己に投げかけた。
 自分がこれまで培って来た物は、一体何だったのだろうか、と。
 幼少の頃から二人の師匠に魔法と戦闘技術を学び、貪欲に魔法の知識を得て、ひと時は笑顔も忘れた。師匠から素質は無いと言われたが、それも努力で補い、 日々の鍛錬も忘れず、ひたむきに己を磨いて来た。
 それがクロノの十五年間である。すべては自分と同じ悲しい思いを、辛い思いをする人間を無くす為だった。減らす為だった。
 自分に力が無いせいで、救える命を救えなかった。素質が無いという理由で救えなかった。
 フェイトの姿が見えた。二体の影を同時に相手にしながら、余裕さえ感じさせる近接戦闘を繰り広げている。
 奥歯がぎりっという音を上げた。自分は一体相手で苦戦し、その末に敗北したというのに。この子は二体同時に相手にしている。

『これが現実だ』

 クロノの中で誰かが言った。それは理性だ。理性が腹立たしい程冷静に現状を把握して、ありのままを伝えて来た。
 眼を背けたい現実。これを認めれば、物心がついた頃から行って来た訓練すべてが水泡に帰してしまうような気がした。
 そう考えたのは感情だった。理性では御する事の出来ない感情が、子供のような喚きを上げている。

『人には得手不得手がある。相手が悪かっただけだ』

 事実、その通りだ。クロノは模擬戦でフェイトやなのはに負けた事はほとんど無い。デバイスをフルドライブさせた彼女達に幾度と無く勝利している。手の内を 知っているというのも一つだが、未だ力押し戦術な所がある彼女達には突くべき隙がいくらでもあるのだ。魔力の総量で押して来る相手には、突き崩すべき隙が必 ずある。
 それが、この影達には無かった。だからクロノは敗北した。だが、なのはやフェイトは勝利している。
 一体が鎮圧された。はやてが強引な方法で暴走体の魔力を一時的に枯渇させ、なのはが止めを刺したのだ。
 はやての規格外の能力は仕方が無かった。彼女は蒐集で得た相手の魔法をエミュレーションして行使する事が出来る。なのはやフェイトの魔法も、若干火力や付随効果 が低下するものの、カートリッジ無しで行使出来る。ブレイズキャノンも術式を教えて訓練させたら、すぐに習得してしまった。蒐集能力が無くとも、彼女は優れ た資質を持つ魔導騎士なのだ。

「……最後には……資質、なのか……」

 結局はそういう事なのか。それ以外に、なのは達が暴走体を倒している理由が見当たらなかった。
 クロノははっきりと悔しいと思った。こんなにも悔しいと感じたのは初めてだった。
 二体目が鎮圧された。フェイトの冗談めいた斬撃が、異常な堅牢さを誇っていたデバイスを両断したのだ。

「―――」

 この戦いはクロノにとって拷問だ。影の理不尽な戦闘能力が、なのは達の予想を遥かに上回る魔力資質が、クロノのすべてを否定していた。
 これ以上見たくはなかった。クロノは眼を瞑ろうとする。意識が妙な浮遊感のようなものを感じていた。眼を閉じればきっと落ちる事が出来るだろう。そうすれば、 一時的にだが、この悪夢ような現実から逃避する事が出来る。
 だが、瞼が閉じる事は無かった。
 なのはのバレルショットの拘束を無理矢理振り解いた最後の暴走体が、脱兎の勢いで退避を始めたのだ。あまりに予想外の事だったのか、なのは達三人は全く動けな い。
 クロノにしても、その影の行動は充分に驚くべき事だった。だが、鍛えられた実戦の勘が動く。
 撤退は有り得る選択肢だ。盲目的な戦術しか取らない彼らだが、最低限の状況判断は出来るはずである。勝ち目が皆無の戦闘に挑むのは勇気ある行動ではない。 無謀な行動である。
 クロノはS2Uを文字通り杖代わりにして立ち上がる。体力も魔力も、本当に僅かだが回復している。
 理性が言った。追っても無駄だ。こんな死人のような身体で何が出来る。大人しく資質ある彼女達に任せれば良い。
 クロノは迷わなかった。理性を無視して、感情のままに動いた。飛行魔法を行使。ふらつく脚で跳躍して、出せる限りの速度で影の追跡を開始する。
 後にして思えば、クロノの十五年間の人生の中で感情の赴くままに行動したのは、これが初めてだったのかもしれない。



 ☆



 永遠に続くと思われていた破壊の残響が消えて数分が経過した。
 アリサはすずかを抱き締めながら、恐る恐る天井を見上げる。残響の度に振るえ、微かな埃を落としていた天井が、今は沈黙を保っていた。

「……終わった、の……?」

 呟いてみるが、もちろん答えてくれる人は居ない。唯一居る他人のすずかは震えるばかりだ。
 しばらくの沈黙。その間、アリサは自分の鼓動の音と息遣いに聞き耳を立てる。頭の裏と背中が熱くなり、頭の中に空洞が出来たような感覚に陥った。
 どれくらいそうしていたか。不意にアリサは心中で数を数え始めた。
 十秒。二十秒。三十秒。
 何も起こらない。誰も居ない地下空間には沈黙しかない。

「………」

 注意深く周辺を見渡しながら、アリサは秒読みを続ける。
 四十秒。四十五秒。五十秒。

「アリサちゃん……?」

 すずかが怪訝そうに顔を上げた。アリサは眼を合わせず、その小さな肩を掌で包み、最後の五秒を数えた。
 一分を過ぎて何も無ければ、ここを出よう。
 五、四、三、二、一。

「ゼロ」

 声に出す。何も起こらない。変化は無い。
 アリサはすっと立ち上がった。彼女と手を繋いでいたすずかも引き摺られるように腰を上げる。

「ア、アリサちゃん……」
「すずか、ここを出ましょう」

 外の光景を見たすずかにとって、それは死刑宣告にも近い提案だった。

「で、でも……」
「さっきから聞こえてたおっきな音が無くなったの。多分終わったんだと思う……」
「……本当に……?」

 訊ねて来る親友に、アリサは胸を張って答える事が出来なかった。一分なんて時間は彼女が勝手に想定した時間である。実際に戦闘が終わっている保証は、当然だが どこにも無い。
 不安そうに見詰めてくるすずかに、アリサは静かに頷いた。

「多分、ね。……すずかが嫌なら、なのは達が来てくれるまでここに居るけど、どうする?」

 それが正しい選択だろう。アリサは自分の言葉との矛盾を覚えながら思った。もし戦闘が終わっていなければ、外に出るのは危険過ぎる。だが、もし戦闘が終わって いれば? すずかもそうだったが、アリサもこんな薄気味悪い場所から出たかった。
 視界を覆うような暗闇。ひたすらに広い館内。人の気配は皆無。地響きも無くなってしまえば墓場のようにひっそりとしている。脱出したくなって当たり前の場所 なのだ。凄惨な死体を見るのはもちろん嫌だが、我慢の限界もある。

「……出よう、アリサちゃん」

 震える声で、すずかが言った。

「……いいの?」

 外には彼女を恐怖のどん底に突き落とした死体が数多と転がっているはずだ。それを再び目撃せずに済む保証も無い。
 アリサの問いに、すずかはコクンと頷いた。やはり彼女もこの空間の空気に限界を感じていたようだった。
 手を取り合った二人の少女は、小走りで非常階段へ向かった。来る時に使ったルートである。エレベータは電源が死んでいるようで動いてはいない。
 不規則な足音が木霊する。それがより二人の恐怖を掻き立てて行く。アリサはすずかが遅れないように気を使いながら急いだ。
 光が見えた。踊り場を明るく照らしている。
 二人の顔に安堵の笑みが広がった。ここに来るまで三分。その間、破壊の音と思われる騒音は一切無かった。やはり戦闘は終わったようだ。
 アリサとすずかは足並みを揃え、最後の階段を駆け上がった。踊り場に到着する。外に通じる出入り口が見えた。もうすぐ外に出られる。
 そこで、二人は脚を止めた。
 分厚い硝子が粉砕された。耳をつんざく破音。すずかがアリサに飛びつく。
 アリサは息を呑み、硝子を破壊して中に入って来た入室者を見た。一瞬だが、なのはかフェイトかと思った。しかし、彼女達がこんな手荒いやり方で入って来るとは 思えなかった。
 入室者を見たすずかが短い悲鳴を上げる。

「ひッ――!」

 真っ黒い人間が立っていた。人の影が好き勝手に歩き回っているような物体だった。
 アリサは茫然と人の影を注視する。見覚えがある。遊園地を焼き、公園に現れた意味不明な物体だ。そして、なのは達と戦っているはずの物体だ。
 その物体がゆっくりと近付いて来た。



 ☆



 追跡していた影が一つの建物に入って行った。クロノも見覚えのある建物である。フェイトの靴を買いに彼女と訪れた百貨店だ。
 クロノは痛む身体を強引に黙らせると、何とか着地する。残された魔力量を確認しつつ、S2Uを構える。
 行使出来る魔法は後一回が限度だ。それ以上行えば、機能不全を起こしているリンカーコアが本当に破損を来たす。それこそ生命の危険に晒されるだろう。
 神経を研ぎ澄まし、回復したばかりの聴覚を酷使し、クロノは影が消えた百貨店に歩み寄って行く。
 正面出入り口に辿り着く。影が侵入する為にやったのか、硝子が派手に破壊されていた。足元に注意しながら中に入る。踏み締めた硝子が鈍い音をたてた。
 微かな悲鳴が耳朶を打った。人の悲鳴。しかも少女。
 咄嗟に視線を走らせる。すぐ横に影が居た。そしてその奥には、見慣れた二人の少女が顔面を蒼白させて立っていた。

「君達は……!?」

 アリサ・バニングスと月村すずか。なのはとフェイト、はやてのかけがえの無い親友。
 驚愕が思考を掠らせる。停止しなかったのはこれまで得て来た経験の賜物だった。
 どうして彼女達がこんな所に居るのか。なのはとフェイトがここまで避難させたのだろう。ここは先程の戦闘現場から相当離れている。距離的には安全だ。
 分からないのは、影が何故ここに来たのかという事だけだ。まるで誘われるようにここに来た。数瞬の思案の後、クロノは一つの結論に到達する。

「人質にするつもりかッ!?」

 想定範囲内の事である。何せクロノは逃走する影を見て、最低限の自己判断能力を持っていると評価したばかりだったのだ。
 影が振り向く。クロノの姿を見るなり、形振り構わないという態度でアリサとすずかに駆け寄った。やはり人質に取るつもりだ。

「させるかッ!」

 感覚の鈍い身体を叱咤して、クロノはS2Uを操作した。残された魔力をすべて投入する。バリアジャケットを形成している魔力をも供給する。引き裂かれていた 黒灰色の法衣が血塗れの私服に変化した。
 攻撃魔法は使えない。アリサとすずかを巻き込む危険性がある。いや、そもそも今のクロノが使える攻撃魔法で、影に対して有効打となる魔法は何も無かった。
 魔法を選択する。使用魔法は――。

「――ストラグルバインド――」

 強化魔法を強制的に解除する拘束力の弱いバインド。自己鍛錬で習得したこの魔法に、クロノは多くの運用方法を見出す事が出来ないでいた。闇の書事件では色々と 役に立ったが、どうにも使い勝手が悪い。だが、デバイス暴走事件に於いては最終兵器とも言える魔法となっていた。

「くそッ――!」

 術式を構築、展開。完璧な独力で習得した魔法故に計算しなければならない公式が多かった。”ロッティンバウンド”の補助に支えられながら公式を紡ぐ。
 暴走したデバイスは、寄生した魔導師の魔力を使って強力な脳内麻薬に似た物質を生成し、魔導師の脳へ送り込む。これによって、魔導師は強力な幻覚作用と鎮痛 作用を受けて痛みを痛みとして受け付けなくなる。暴走デバイスは、言わば強化魔法の一種のような物を寄生した魔導師に送り続けるのだ。
 ストラグルバインドは、強化魔法に分類される魔法をすべて強制的に解除する。つまり、暴走デバイスが魔力で作り出した脳内麻薬も無効化してしまうのだ。
 術式が完成する。魔力回路がクロノの魔力を根こそぎ奪って行った。ストラグルバインドは多くの魔力を必要としないが、それを根こそぎ奪われると感じてしまう程、 クロノの魔力は低下し切っているらしい。
 アリサがすずかを抱き締めて横に飛ぶ。影の手が紙一重でアリサの軌跡を抉った。
 構築された特殊な術式を制御する。後はトリガーヴォイスを入力するだけとなった。
 脳内麻薬を解除された魔導師はどうなるのか。一定の段階を踏んで消去して行けば大きな問題にはならない。少しの間、身体が不自由になるだけで完治はする。 だが、電源を落とすように段階を踏まずして消去した場合は別だった。デバイス暴走事件が多発し始めて間もない頃、脳内麻薬の正体を突き止めた局員がこう言った。

『過剰な脳内麻薬を時間を掛けずに排除した場合、凄まじい反動が脳を萎縮させると思われます。間違いなく脳は破壊されます。ストラグルバインドで拘束した場合、 暴走デバイスは停止するでしょうが、寄生されている魔導師はまず廃人になるでしょう』

 床に投げ出されたアリサが、すずかを庇うように彼女に覆いかぶさる。背を丸める小さな二人の少女に、影は容赦しなかった。腕を伸ばし、彼女達を人質にしようと する。
 一秒だって時間は残されていなかった。クロノは血を吐くようにトリガーヴォイスを叫んだ。

「ストラグルバインドッ!」

 影の足元に蒼い魔法陣が展開する。攻撃魔法ではない魔法の発動に影の腕が止まった。直後、魔法陣から魔力で編まれた帯が伸びて影の身体に絡みつく。瞬く間に 数を増やした帯は、影の身体を容易に包み込んだ。
 クロノはよろめく身体をS2Uで支え、荒い呼吸で怒鳴り散らした。

「早く逃げろォッ!」

 二人の少女が顔を上げる。だが、それ以上動かなかった。いや、動けないのだ。土気色にも近い顔で、眼を真赤にしている。クロノは胸を抉られるような痛みを覚えた。
 自分が一体でもこの暴走体を駆逐していれば、アリサとすずかはこんな怖い目に合わずに済んだというのに。自分に資質が、力が無いせいで――!
 暴れ回る影。だが、その動きは鈍く緩慢だ。蜘蛛の巣に捕らえられた蝶のようにもがき足掻くが、逃れられる気配は無い。
 寄生されている魔導師の脳内では、今まさに脳内麻薬が一斉に消去されているはずだ。魔導師が廃人になれば、如何にSランクにまで成長した暴走デバイスでも 暴走を続ける事は出来ない。
 アリサとすずかはまだ動かない。影は最後の抵抗のつもりなのか、デバイスを顕現させて振り回し始めた。恐ろしい凶器が無力な少女達を殺害せんと暴れ回る。

「頼む……! 逃げてくれェッ!」

 クロノの悲痛な叫びが、アリサの身体を突き動かした。眼を見開き、凝り固まっていた顔のまま立ち上がる。ほとんど死人顔だ。だが、彼女が取った行動は勇気ある ものだった。
 すすかに優しげに何かを語りかけ、彼女の手を引いて立ち上がる。一緒になって走り出した。蒼い光に拘束されている影の脇をすり抜け、クロノに駆け寄ろうとする。
 クロノは片手を差し伸べ、彼女達を迎えようとした。アリサの手が伸びる。すぐそこまで。後少しで――。
 アリサの手が止まった。
 影のデバイスがアリサの背中に食い込んだ。

「や――」

 視界が白熱する。
 血飛沫が上がる。嫌な音をたてて壁に飛び散る。

「め――」

 皮膚が裂け、血管が断たれ、肉が抉られた。そして髪が切り落とされた。
 散って行く黄葉のように切断された髪が舞った。
 無言のままアリサが倒れる。彼女の背中からは咽返る程の血が噴き出している。
 すずかが狂ったように声を上げた。もはや声ではない。硝子に爪を立てたような判別不能の絶叫。アリサに駆け寄り、彼女を助け起こす。瞬く間にすずかの服は 血痕で支配された。
 アリサは動かなかった。すずかも動こうとしなかった。
 影がデバイスを彼女達へ振り下ろす。

「ろぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおッ!!!」

 慟哭。
 デバイスが止まる。すずかの額を眼の前にして、闇色の凶器は停止した。
 影が倒れる物音が、どこか遠い世界の出来事のようにクロノに届く。
 Sランク暴走体、七体全員鎮圧完了――。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございました。ちょっとダラけ気味つ続いていましたが、無事にBlack minaloushe終了です。嗚呼、六話も あったorz
 ここからSCは中盤戦へ移行します。一山を超えたので結構安心してます。ここからが大変だぁ。
 では〜。

 2006/4/30 一部改稿





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