魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.1 Reckless drivig









 魔法のスムーズな運用や詠唱を行い、魔導師を補助するシステム・ツール。それがデバイスである。主に稼動しているデバイスは、大きく分けて二種類存在する。
 魔法プログラムを保存する事しか出来ないが、処理能力に特化したストレージデバイス。
 自律行動を行い、思考能力を持ったインテリジェントデバイス。
 それぞれに一長一短で、どちらが優れているかとは言い表し難いが、使いこなす事が出来れば、インテリジェントデバイスの方が遥かに高いパフォーマンスを発揮 する。
 そのデバイスが魔導師の制御から離れ、暴走する事件が、最近になってミッドチルダの各地で多発していた。
 デバイス暴走事件という名で呼ばれる、原因不明の奇怪な事件である。
 原因はまったく分かっていない。ストレージ、インテリジェント、起動中、待機中を選ばず暴走は発生している。暴走したデバイスは、持ち主である魔導師に寄生。 その魔力を摂取する事で”成長”しつつ、周辺に無差別に破壊魔法を撒き散らかす。その被害は魔導師の魔力によって左右されるが、デバイスが成長する事で魔法の 出力は上昇し、有り得ない破壊力を生む時もあった。さらに、暴走して魔導師の身体に寄生したデバイスは、そのままリンカーコアを”捕食”する。魔力と生命力 が続く限り、デバイスは成長を繰り返すのだ。
 暴走の兆候もまったく無く、防御結界が張られていない状況で破壊魔法が無尽蔵に放出される為、周辺の被害はとにかく大きかった。また、暴走デ バイスを駆逐・鎮圧するには多大な労力を割き、現在、管理局は所属しているAAA以上の魔導師をフルタイムで活動させ、被害拡大を防いでいる。もっとも、 暴走デバイスを駆逐する魔導師も当たり前だがデバイスを使う。これが暴走すればもはやどうしようもなかった。そうした事例は一応何度かあったが、鎮圧作業を 止める訳にはいかなかった。被害が無尽蔵に広がってしまう。
 本局では特別対策本部を設置して事態収拾に乗り出しているが、兆候を発見するどころか、原因すら完全に不明なままである。
 アースラの自室にて、クロノは傷だらけの身体を押して、報告書の作成を行っていた。
 フェイトによって最後の暴走デバイスが鎮圧された後、気を失ったクロノはアースラの医療室に収容された。処置が迅速且つ的確に行われた為か、彼の意識は すぐに回復した。問題はその後で、ずっと手を握って見守っていたフェイトは声を上げて泣き出し、エイミィがそれを茶化して、リンディが命令を無視したフェイト を本気で叱り、ともかく大変だった。
 キーを叩く合間に、クロノは破片で切り裂かれた頬に触れる。脱脂綿の心地よい触感。痛みはリンディの強力な治癒魔法のお陰で随分引いている。右腕にも同様の 傷があった

「僕もまだまだ未熟だな……」

 優れた状況判断。現場に応じた魔法の選択。その応用力。そして決断力。クロノが戦闘や訓練の中でずっと培って来た魔法戦闘の基本だ。だが、今日の暴走デバイス との戦闘では、どれもが鈍っていたような気がする。バインド等を応用しておけば、もっと手早く、被害を最小限にして暴走体を鎮圧出来たはずだ。
 デュランダルを大規模なオーバーホールに出しているから、今は出力的に乏しいS2Uで戦う事を強いられているが、デバイスの責任にするつもりは毛頭無かった。

「今度、なのはとフェイト二人がかりで訓練に付き合ってもらうか」

 そんな無茶苦茶な訓練メニューを組み立てる。あの二人を同時に相手にして無事で居られる者など、恐らくどこにも居ないだろう。いや、闇の書の意思が居たか。
 苦笑を浮かべ、クロノはキーボードの操作を続ける。傷に響くので、エイミィが代わりに製作をすると申し出てくれたのだが、生真面目なクロノは拒否した。
 報告書の製作程度、問題は無い。

「………こんなところか」

 手を止め、クロノは一息つく。扉が控えめに鳴ったのはその時だった。

「開いてる」

 簡潔に答える。入って来たのはフェイトだった。幼い顔には、濃い疲労の色が浮かんでいる。
 数少ないAAAクラスの魔導師として、彼女もまたクロノと同様に暴走デバイスの鎮圧任務に忙殺されていた。小学校にもあまり登校していないし、なのはやすずか、 アリサ達とも思うように遊べない日が続いている。

「クロノ、身体、大丈夫……?」

 それでも他人を労わる。クロノはずきりと痛む胸に耐えた。
 闇の書事件の時もそうだったが、いくら優れた才能と魔力を持っているからと言っても、まだ遊びたい年頃の少女達を戦力としてアテにするのはどうだろうか。
 そんな心中などおくびにも出さず、クロノは務めて笑顔で彼女を迎える。

「ああ、大丈夫だ。包帯の感覚が嫌だけどね」

 上半身に巻きつけられた包帯や脱脂綿等がもどかしい。リーゼロッテやリーゼアリアと実戦形式での模擬訓練を行っていた頃は生傷が絶えなかったので、よく今 のような痒い所に手が届かない感覚を味わったものだ。だから、懐かしいと言えば懐かしい感覚でもある。

「本当? 無理とかしてない?」
「本当だって」

 助けに来た彼女の前で昏倒したのだから、心配をされても無理は無い。

「何なら、訓練の一つでもやってみるか?」

 冗談めいて言う。フェイトは驚いたように眼を丸くして、ようやく笑った。

「安心した。本当に大丈夫みたいだね、クロノ」
「だから言ったろう? そういう君は怪我していないのか?」
「うん。魔力がほとんど空っぽだけど」

 そんな状態であの成長した暴走デバイスと戦い、勝利したというのか。クロノは改めて少女の底知れぬ魔力に感心する。

「なら早く休んでおくといい。いつ出撃要請が来るか分からないからな」
「うん。そうするつもり。でも、寝る前にクロノとお話したくなって」

 子供らしい無邪気な笑みで、フェイトはベッドに腰掛ける。そこで、ようやくフェイトはクロノが報告書を作っていた事に気付いた。

「クロノ、駄目じゃない。報告書なんて書いてちゃ」

 悪戯した子供を咎める親のように、フェイトが言った。

「そうはいかないよ。報告書はその日中に製作しなくちゃいけない。ちゃんとした仕事なんだ」
「だから、余計にだめ」

 ベッドから離れたフェイトは、クロノの頬に張られた脱脂綿に触れる。

「怪我、いっぱいしたんだから。無理しないで」
「執務官が報告書も作らずに休む訳にはいかないって」
「なら、私が作る。執務官候補生なんだから、代理で書いても大丈夫だよね?」
「いや、だから……」

 傷の治療後、クロノはエイミィとほとんど同じ押し問答をした。結局クロノが執務官として、執務官補佐であるエイミィに命令して決着がついたのだが、フェイト 相手ではそれもあまり期待出来そうになかった。
 ドアをノックする音が響く。

「クロノ、少しいいかしら?」

 澄んだ声と共に、いつもの青い制服姿のリンディが姿を見せた。フェイト程ではないが、彼女の表情にも疲労の色が濃い。AAAクラスの魔導師の乗り降りが激しい アースラは艦規模で忙殺されている。艦長として、提督として、リンディやスタッフにも相当な負担が来ていた。

「あら、フェイトも居たのね」
「はい」

 フェイトがおどおどする。先程リンディに強く怒られたばかりなので気まずいらしい。
 だが、リンディにはそんな素振りは無かった。柔らかな笑みを浮かべ、フェイトの髪を優しく撫でる。

「ごめんなさいね。少し、強く言い過ぎたかしら?」
「い、いえ! その……だ、大丈夫です……」

 リンディの顔を見る事が出来ず、フェイトは赤い顔を伏せたまま言った。

「艦長。何かご用でしょうか?」

 なのはの世界にある自宅マンションなら母と子の関係だが、アースラ乗艦中は提督と執務官、上官と部下という間柄である。
 痛む身体の事を顔には出さず、クロノは直立してリンディを迎えた。

「我慢しなくてもいいのよ、クロノ。痛いなら痛いって言えば」
「いえ。これくらい、何の問題もありません」

 フェイトの手前、口が裂けても痛いとは言えない。

「正解だったみたいね、私の申請は」
「申請?」
「クロノ・ハラオウン執務官、並びにフェイト・T・ハラオウン執務官候補生に命じます」

 フェイトが一瞬だけ唖然とするが、すぐにクロノを習って、背筋を伸ばし、リンディを傾注した。

「休暇命令です。期間一週間」

 そんな命令、聞いた事がない。クロノは軽く絶句した。抗議しようとしたところ、先にフェイトが口を開けた。

「そんな、母さん。約束が違いますッ」

 ようやく言い慣れた呼び名で、リンディに抗議するフェイト。

「約束?」

 フェイトを見ると、彼女は慌てて口に手を当てている所だった。

「……どういう事だ?」
「フェイトが私に言ったの。クロノを休ませてあげて欲しいって」

 確かに、今のこの身体で出撃は出来ない。底をついている魔力は睡眠で回復するが、身体の怪我は治癒魔法でもすぐには完治しない。傷は治っても、落ちた体力までは 魔法では補えないのだ。
 そういう点では、怪我をしていないフェイトがクロノの休暇を要請してもおかしくはない。だが、クロノが居ない分、フェイト一人で異常成長を繰り返す暴走デバイス と戦わなければならなくなる。それはあまりにも危険過ぎだ。

「か、母さん……」

 恨めしそうにフェイトは母となったリンディを睨む。そんな事まで言わなくてもと言いたげだ。
 リンディはそんな新しい我が子の髪を優しく撫でる。

「フェイトも聞いて。確かに、いつ大規模な暴走事件が起こるか分からない状況で、AAA以上の魔導師を休ませておく訳にはいかないけど、これ以上二人に無理 をさせる事は出来ないの。魔力は眠れば回復するけど、体力はそうはいかないわ。いくらあなた達が子供で回復が早いからって、近い内に大きな事故になる」
「確かにそうかもしれないけど……」
「ちなみに、これは提督としての命令です。あなた達には従う義務があります」
「う……」

 そう言われるとクロノは従うしかない。何せ、今日エイミィの申し出を上官命令で拒否したばかりなのだ。
 口を閉じたクロノに代わって、フェイトが食い下がった。

「私はまだ大丈夫です。怪我もしてません。それに、私まで抜けたらアースラは……」
「子供はそこまで心配しなくてもいいの。……たまには親らしい事もさせて。クロノ、フェイト」

 二人を抱き寄せ、リンディが静かに言った。
 突然の抱擁に、二人は抗議を続ける事も出来ず、黙って休暇命令に従うしかなかった。



 ≫3



「とは言っても……」

 自宅となっているなのはの世界のマンションに帰った翌日。洗面台の前で、クロノは歯磨きをしていた。起床して間もないので、髪にはあちこちに寝癖がつきまくって いる。

「一週間も僕に何をして過ごせって言うんだ、母さん」

 フェイトはいい。最近行っていなかった学校に登校して、なのは達と久しぶりに顔を合わせられる。ちなみに、なのははデバイス暴走事件をほとんど知らない。 クロノとフェイトが巻き込む訳にはいかないと、口合わせをしていた。

「デュランダルのオーバーホールが終わるから、調整でもするか」

 それくらいしか浮かばなかった。この夏でめでたく十五歳になったクロノだが、その歳で仕事の虫である。管理局に勤め始めて数年、有休は溜まる一方だ。 休暇の過ごし方なんてサッパリ分からない。

「そういえば、ゼニス社からストレージ用の補助OSが新規で出てたな。……S2Uに搭載してみるのも有りか」

 ギル・グレアム元提督から託されたデュランダルは、ストレージでありながら高性能の人工知能を搭載し、最低限の自己判断能力を備えている。処理速度や詠唱補助、 魔力増幅機能はS2Uと比べて非常に優れているが、クロノはすんなりとデュランダルに乗り換えるつもりは無かった。S2Uは長年使って来た愛杖である。そう簡単に 別の杖に換えられる程、薄い愛着は抱いていない。
 歯磨きを終え、顔を洗う。昨日の怪我は、外見だけならリンディの治癒魔法の効果でほぼ完治していた。全身の打撲も今はあまり気にならない程だ。
 洗面所を出る。休暇の過ごし方を検討しながらリビングに向かった。扉を開けると、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。

「あ、クロノ。おはよう」

 可愛らしいピンク色のエプロンをつけたフェイトが、満面の笑みで挨拶をした。すでに身支度を整えており、エプロンの下は白い聖祥小学校の制服だ。

「おう小坊主。おはッ」

 キッチンからフライパンを片手にアルフが顔を見せる。厚焼き玉子を作っている最中らしい。

「ああ、おはよう二人とも。というかアルフ、その小坊主というのはやめてくれ……」
「なら小粒坊主」
「小さいって言うな」

 頬を引き攣らせてテーブルに座る。テレビを見ると、朝のワイドショーがやっていた。”今日のワンコ”と大きな文字が出ている。視聴者の飼い犬を紹介する コーナーだ。
 テーブルに頬杖をつき、無関心に眺める。

「アルフ、君も出たらどうだ?」
「落とすよ小坊主ッ!」

 フライパンがガチャンガチャンと荒々しい音を上げた。フェイトは微笑みながら二人のスキンシップを見守っている。
 ナレーションの声が流れた。

『初夏の匂いもして来たこの季節。ここ海鳴市では……』
「あ、この街が出てる」
「マジで?」

 料理をする手を止め、フェイトとアルフがテレビに飛びついた。
 テレビの映像は、日頃からフェイト達が見ている街の光景だった。知っている商店街や街並みが映っている。
 三人の見守る中、ナレーションは進む。

『今日はこちら、八神家にお邪魔します』

 とても見慣れた家が出た。

「ブゥッ!」

 吹き出すクロノ。

「はやての家だ……!」

 驚嘆するフェイト。

「てぇー事は」

 この後の映像を想像するアルフ。
 そんな彼女の想像通りの映像が、画面の切り替わったテレビに映った。

『車椅子のご主人様をいつも助けているのが、このザフィーラ君』

 アルフから教授された子犬フォーム姿のザフィーラが、ギクシャクした様子で登場した。彼はとことこと廊下を通り、ポストの中から新聞紙を咥え、 車椅子に乗っているはやてに届ける。

『ザフィーラ君はとってもお利口さん』

 続けて、やはりぎこちない動きで剣道の竹刀をぶら下げたシグナムが登場する。ザフィーラは口に竹刀を構え、あろう事かシグナムと勝負を始めた。お互いに 間合いを読み合い、激しい打ち合いを始める。

「これはお利口さんというレベルじゃないぞ……」

 クロノは呆れて顔を抑える。

『小さなご主人様も大好き』

 今度はヴィータだ。こちらはザフィーラやシグナムと違って、非常にいつも通りだ。ザフィーラとじゃれ合う映像が流れる。何も知らない人が見れば、小さな 子供が子犬と戯れているシーンなのだろうが、実物を知っているクロノ達から見れば、なかなか壮絶な光景だった。
 ザフィーラの左右の頬を、大笑いしながら引っ張るヴィータ。怒ったザフィーラが、ヴィータの手に軽く噛み付く。それから縺れ合い、地面を転がる一人と 一匹。

「これ、結構本気だよな?」
「うん……」

 きっと撮影が終わった後、別次元で壮絶な魔法戦闘を繰り広げたんだろうなぁと、クロノとフェイトは思った。

『今日も夕食の買出しを手伝うザフィーラ君でした〜』

 最後にスーパーからシャマルが出て来て、買い物袋をザフィーラの口に食わさせ、商店街を歩いて行った。
 画面が切り替わり、CMが入る。

「まったく、朝からとんでもないものを見せられた……」
「はやてが応募したのかな?」
「十中八九、ヴィータだな」

 それ以外考えられなかった。
 不意に焦げ臭い匂いが鼻をつく。

「アルフッ、玉子焼きッ!」
「しまったッ!?」

 初日の休日の朝は、慌しく過ぎて行った。



 ≫4



 フェイトを送り出し、朝食の後片付けを終えたら、いきなりやる事が無くなった。
 デュランダルのオーバーホールも、後三日はかかる。S2Uの補助OSも、発注してから届くまで三、四日は時間が必要だ。
 テレビをつけても”暴れん坊将軍”しかやっていない。あまりにも暇だったのでそのまま最後まで視聴してしまった。

「暇そうだね、クロノ」

 洗濯物を干し終えたアルフがリビングに戻って来た。エプロン姿もなかなか様になっている。

「暇なんじゃない。時間の使い方が分からないんだ」

 口を尖らせて、無駄な訂正を試みる。

「それを暇って言うの。何か趣味とかないのかい?」
「……訓練」
「まぁ、趣味と言えば趣味ね。そういえば、クロノって格闘出来る?」
「ロッテに教わっていたから、それなりには」
「なら、屋上で勝負してみるかい? 時間潰しにはなるし、あんたの趣味って奴の訓練にもなるし」

 不適に口先を歪めて、アルフが提案した。
 彼女の格闘戦のセンスは知っている。フェイトと同様に、リニスというプレシア・テスタロッサの使い魔から教わったそうだが、その技術は大したものだ。闇の書 事件の際、腕力と魔力で勝るザフィーラを相手にほぼ互角に渡り合っている。
 彼女との組み手は、一人でメンタルトレーニングをしているよりも遥かに有意義だろう。

「良い提案だ。言っておくが、手加減はしないぞ?」
「そりゃこっちのセリフだ。で、あたしが勝ったら何か貰うよ? フェイトとの契約記念日祝いってことで」
「そういえば、そろそろ君達の契約記念日か」

 最近の騒動ですっかり忘れていた。そういえば、初めて記念日を祝った時は、まだPT事件の裁判中でバタバタしていた為、ちゃんとしたプレゼントを贈って いなかった。

「安心しろ。今年はしっかりと何か贈るから」
「本当?」
「去年は事前までほとんど知らなかったからな。君は何が欲しい?」

 アルフは天井を仰いで思案する。

「ん〜……。肉ッ!」
「結局食い物か、君は」

 ある程度予想はしていたが、クロノは力無く肩を落とす。

「記念日のプレゼントなんだから、形の残る物にした方がいいぞ」
「ああ、それとこれは別。そっちはまだ時間あるからゆっくり決める。で、今からやる格闘勝負で、あたしが買ったら昼ごはんに肉をプレゼントするッ!」
「……もう少しフェイトの慎みを見習え、君は」
「これがあたしの持ち味だからね、無理! で、どうする?」

 挑戦的な笑みでクロノを睨むアルフ。返答など、すでに決まっていた。

「上等だ」

 暴れん坊将軍のスタッフロールが、ちょうど終了を告げた。



 マンションの屋上はいつも開放状態だった。というよりも、管理人から鍵を預かっていて、出入りが自由なのだ。
 初夏に入ろうとしている日差しは、暑さを感じる程だった。照らされたアスファルトの熱気が、佇む二人を包み込む。

「怪我もしてるし、加減しようか?」
「大体治ってる。体力が多少落ちてるだけだ。気にする程でもない」
「そうかい? なら……」

 アルフの眼付きが一変する。雰囲気もくつろいでいたそれから、緊張感に満たされた。
 構えを取る。

「思い切りやるよ」
「そうでなければ訓練の意味が無いだろう?」

 クロノも半身を引く。徒手空拳で構え、アルフを傾注した。
 両者とも、まったく動かない。全身から吹き出している緊張感が空気中でぶつかり、周辺の雰囲気そのものを徐々に張り詰めさせて行く。
 そんな異様な空気に我慢出来なくなったのか。貯水タンクの上で羽を休めていた小鳥達が、一斉に飛び出した。
 耳をつく騒音。切っ掛けにするには充分過ぎた。
 まったく同時に踏み込む。いや、アルフがコンマの差で速い。

(――速い!?)

 アルフが眼前に肉迫する。フェイトと同じシャンプーを使っているのか、夕焼けのような茜色の髪からは彼女と同じ匂いがした。
 突き出される右の拳の衝き。すんでの所で首を捩る。空気を薙ぎ払う物騒な音が耳朶を打った。
 アルフの攻撃は続く。左の拳でアッパー。余勢を殺さずに下半身を捻り、膝蹴り。クロノは一撃目と同じように、首だけ動かしてアッパーを回避し、 膝蹴りは身体を伏せ、大きくかわした。

「ちッ!」

 放たれた大砲のような膝蹴りは、ただの膝蹴りではなかった。そのまま脚を伸ばし切る。長い脚を使った上段蹴りだった。
 クロノはアルフの片脚に脚払いを掛ける。不安定な態勢だった彼女は少しの力でバランスを崩すものの、咄嗟に手から着地して、掌圧で地面を 弾き、強引に態勢を立て直す。

「呆れた怪力だッ!」
「怪力言うなッ!」

 疾風を纏い、アルフが深く踏み込む。対してクロノはランニングでもするような軽い動きでステップを踏み、彼女を迎え撃った。
 膝蹴り同様、戦車の主砲のような衝きが連続して放たれる。だが、どれも紙一重でクロノの肌を捉えられなかった。クロノは片脚を引き、半身を逸らし、首を捻り、 最低限の体捌きしか行ってはいない。

「この……ッ!」

 苛立ちを隠さないアルフ。

「君は急所を狙い過ぎだ。最初の二発で分かった。顔面と顎、そして後頭部。君の拳が入れば、昏倒しない人間は居ないだろうッ」

 側頭部を狙った蹴りを、クロノは上半身を逸らして避ける。そのまま後転。地面を両手で弾いてアルフから遠ざかる。後退の余勢が終わると同時に、這うようにアルフ 目掛け疾走する。

「当たれば、だがッ!」

 クロノが矢のような衝きを繰り出す。アルフは横に跳んでそれを避け、身を投げ出すような上段回し蹴りを放つ。クロノは再びギリギリで捌く。だが、アルフの攻撃 は終わらない。脚から着地すると、鋭い手刀を放つ。クロノは片脚を引き、回避。さらにアルフは踏み込み、体当たりをする勢い で肘鉄を入れる。
 少し大きめにバックステップを踏み、クロノは避け切った。

「回避一択かいッ!?」
「当たれば即死なんでねッ!」

 物騒な言葉で答えるクロノの顔は笑っていた。確かにアルフの攻撃は回避出来る。攻撃の筋を見切れば、目標の打撃位置が割り出せる。アルフの場合、その攻撃の 筋がそれ程多くは無かった。その上で急所を的確に狙った打撃である。猛烈な濁流でも、事前に知っていれば避難は容易だ。回避に没頭すれば何時間でも避け続け られる自信が、クロノにはあった。
 だが、それでは勝てない。
 クロノが動く。アルフの手刀を片手で弾き、その腕を掴んだ。残像を残すかのような滑らか且つ素早い動きでアルフの懐に忍び込み、相手の攻撃の勢いをそのまま 生かして、彼女を地面に投げる。
 背中から思い切り叩きつけられるアルフ。何が起こったのか分からず、眼を見張っていた。クロノは彼女の腕を取り、関節を決める。

「いたたたたたッ!!!」
「降参するか?」
「ギブギブ!」

 バンバンと地面を叩くアルフ。クロノは一息ついて、彼女を解放した。

「君とフェイトの師は本当に優れた人物だったようだな。ここまで確実な型はそう簡単には作れない」
「ちくしょう〜。小坊主のくせに」

 アルフは胡坐をかくと、恨めしそうにクロノを睨んだ。

「最後のアレ、何だったの? 何か気付いたら投げられてたんだけど」
「こちらの世界の護身術の一つで、合気道というものらしい。僕も詳しくは知らないが、相手の力を殺さずに相手に返すという武術だそうだ」

 説明するが、アルフは不思議そうに首を傾げるだけだ。

「全然分かんない」
「つまり、相手の力が強ければ強い程、こちらが有利になって事さ。技術的に勝っていなきゃ出来ない事だけど」

 クロノ自身も、本で見て興味があったから独学で身に付けた付け焼刃に過ぎない。あまり詳しくは説明出来なかった。

「……それって、あたしはずっとあんたに勝てないって事かい?」
「いや、そういう事でもない。君の格闘センスは実際大したものだ。フェイトの使い魔だけの事はある。だが、フェイト同様、攻撃に傾倒し過ぎている。もっと 相手を観察して、出方を伺うんだ。君の場合、一発でも相手に入ればほとんどそれで終わりだから、一発一発を大事にした方がいい」
「ん〜。やっぱよく分かんない……」

 腕を組み、頭を捻るアルフ。

「なら、もう一戦やるか? 君の場合、言葉よりも身体で覚える方だろう?」
「おおッ、やるやる! まぁ勝負には負けたから、肉は我慢するけど」
「……そういえばそんな約束してたんだっけ」

 初夏の日差しの中、二人は時間も忘れて訓練に没頭した。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 茶目っ気な第二話。八神家の今日のワンコはホントにその場のノリ。他サイト様のSSに触発されて。今日のワンコの和やかナレーションでザフィーラ君は想像 出来ん……。
 ちなみに作者は合気道を何年か習ってました。やたら難しいです。本物みたい人はスティーブン・セガールさん出演の映画を見ましょう。といってもあの人のは 乱暴過ぎるのでアレですが。
 後、フェイトがもう養子を受け入れたって事になってます。♯1でリンディさんがフェイトをさん付けしてますが、任務中だったので付けてたって事で。……早く 修正しないとorz 多分SS03でやってくれる養子ネタ。今は妄想パワーを全力全開で入れてみました。後、この連載小説は”なのは短編集”にリンクしてます。 ラブラブ。
 では三話で。読んでいただきましてありがとうござました〜。






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