魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.1 Reckless drivig









 クロノは絆創膏をケースに収め、救急箱に戻した。

「昨日怪我をした所にまた怪我をする事になるとは思わなかったな……」

 貼り付けたばかりの頬の絆創膏に触れながら、クロノは溜め息をついた。だが、顔は陰鬱とはしていない。一仕事を終えた後のような、そんな晴れ晴れとした表情 だった。
 アルフが持ちかけた格闘訓練は実に二時間にも及んでいた。途中小休憩も挟んだが、ほぼぶっ続けである。魔力的な疲れは一切無いが、体力はそれなりに底をついて いた。今は心地よい疲れが身体を包んでいる。掻いた汗のせいで身体がベトベトしていて気持ち悪いが、悪い気分ではなかった。
 テーブルの上に置いてあったミネラルウォーターを手に取り、キャップを開ける。五百ミリリットルの容器を満たしている透明な水は、とても冷たかった。それを、 渇きを覚えている喉に一気に流し込む。
 半分くらい飲んだところで、クロノは飲み口から口を離した。テレビの上に乗っているデジタル時計は、そろそろ二時を示そうとしていた。

「アルフ、シャワーが長いな」

 訓練が終わると、アルフは汗で張り付いたシャツに不快感を露にして、バスルームに籠もってしまった。それからすでに三十分が経過している。
 クロノもシャワーを浴びたかったが、催促するにも気が引けた。粗暴でいい加減で適当だが、アルフも女性である。汗の匂いには敏感なのだろう。

「元が狼だし、仕方ないか」

 脱水所から出て来る気配の無い彼女に、クロノは苦笑した。疲労を訴える身体を労わるように、ソファに体重を預け、天井を見上げる。
 仕事を忘れ、これだけゆっくりとするのはどれくらいぶりだろうか。眼を閉じて思案するが、まったく思い出せなかった。クロノはそんな自分に呆れてしまう。
 五歳からリーゼ姉妹に指導を受け、魔法の勉強に没頭し、士官学校に入学。そこでエイミィと知り合い、執務官の試験勉強を始めた。一度は落ちてしまったが、それでも 諦めずに頑張り、合格率十五パーセントという難関中の難関を突破。それが三年以上前の話だ。そろそろ四年前にもなろうとしている。
 今まで落ち着いて振り返る事も無かったが、思い返してみると、本当に全力疾走を続けて来た経歴だった。休暇の過ごし方が分からないという情けない事情も、 クロノは自分で納得してしまう。
 何故、こんなにも必死になって走り続けているんだろうか――。

「――決まってるじゃないか」

 クロノは眼を開け、天井の一点を睨む。
 父親の死。クロノはそれをあまり覚えてはいない。まだ三歳になって間もない頃だったのだから、無理も無かった。顔や声、優しかったのか厳し かったのかすらほとんど記憶に残っていない。だが、それでも一つだけ、自分の頬に触れて優しく微笑んでいる顔は覚えていた。映像的には酷く曖昧だが、しかし、 ちゃんと思い出す事が出来る。
 それ以上に克明に覚えているのは、父が死んだという翌日の母の顔だ。
 頬と目許にあった涙の痕。彼女は眼を兎のように充血させながらも、いつも通りの笑顔で朝食を作ってくれていた。声は風邪を引いたように掠れていたような気が する。調味料を取ってくれた手は、幼いクロノでも分かるくらい震えていた。
 クロノは、どうしたの? とは訊かなかった。幼いながらも、母が想像もつかない悲しみを負ったのが分かった。だから、何も訊かなかった。クロノがその悲しみ の原因を知ったのは、初めてギル・グレアム元提督と会った時だ。
 彼との初対面は、母が時空管理局提督という重責についた後、彼女に連れられて本局を訪れた時だ。後に聞いた話では、グレアムが会いたいと言い出したらしい。
 仕事に行く母と別れたクロノは、グレアムと彼の使い魔、リーゼ姉妹達と共に本局内を見学して回り、時間が許す限り、沢山の事を話した。この頃のクロノは、 母の仕事に興味を持ち始めていたので、それこそ機関銃のようにグレアムを質問攻めをしていた。
 話すだけ話して、これ以上質問する事も無くなった頃、ずっと笑ってクロノの話を聞いていたグレアムが、不意に重苦しく口を開けた。何かに耐えるように、何かに 怯えるように、初老を間近にしていた男は言葉を紡ぐ。

”クロノ君、お父さんの事は覚えているかね?”

 クロノは首を横に振って、ただ一言、”知らない”と答えた。今は微かに思い出す事は出来ても、当時のクロノにとっては、”父親”は、その言葉そのものがほとんど 意味の分からない言葉だったのだ。
 不思議そうにするクロノに、グレアムは堪えていた何かを吐き出すように、細い瞳から涙を流し、深い皺に塗れた顔を歪めた。クロノは突然泣き始めた彼が理解 出来ず、彼に歩み寄り、俯く彼の顔を覗き込んだ。

”どこか痛いの、おじさん”

 グレアムは何も答えず、大きな皺だらけの手でクロノの頭を撫で、ただ一言だけ言った。

”君からお父さんを奪ったのは、この私だ。本当に――済まない”

 ”父親”に関して抜け落ちていたクロノは、何故グレアムが涙を流しながら謝罪をするのか、まるで分からなかった。それでも、父親という存在が自分に居ない理由 は理解出来た。
 それからだった。クロノが時空管理局に入ろうと決意したのは。

「もう、誰も悲しませない」

 それが、クロノが後ろを振り返らず、ずっと全力疾走を続けて来た理由だった。
 最愛の人を無くしながらも、笑顔で幼い息子に接して、弱音一つ漏らさず、提督として任務に従事している母。
 どうしようもない状況とは言え、物心もついていない子供から父親を奪ってしまい、その責任を感じ続けて来た初老の提督。
 誰かが悲しむ姿なんて見たくなかった。だからクロノは、幼い心に誓ったのだ。
 もう誰も悲しませない、と。
 成長して、リーゼ姉妹に戦闘技術を請い、管理局に入って執務官を目指して行く中で、クロノはそんな事は不可能である事を痛感した。世界は複数の次元世界から成立して おり、そのすべてを管理する事は、喩え高度発達した科学と魔法を行使する時空管理局でも絶対に不可能だった。
 一つの事件を未然に解決したと思えば、一つの事件が止められず、結果、悲しみが広がる。
 それでもクロノは諦めなかった。
 すべてが無理なのであれば、せめて眼につく人々を悲しみから救おう。
 それは事件の関係者であり、それは親しい友人であり、それは掛け替えの無い家族だ。
 その為の努力を、クロノは怠った事は無い。リーゼ姉妹に魔法の才能は無いと言われようと、両親から譲り受けた回転の速い頭を武器に彼は七転八倒して来た。結果 は、執務官として奔走している今の生活に如実に現れている。
 PT事件を防ぎ、なのはと共にフェイトを助けた。父を奪い、多くの人達に”こんなはずじゃない人生”を与えて来た闇の書を消滅させた。
 この先、何度同じ事を繰り返して行けばいいのか分からない。今起こっているデバイス暴走事件もそうだ。無秩序に破壊魔法をばら撒く分、周辺の被害は 甚大だ。幸い死者はまだ出ていないが、暴走したデバイスのマスターである魔導師達は死の淵を何日も彷徨っている。
 本来なら休んでいる場合ではなかった。悲しみを広げないように、一刻も早く元凶を叩かなければならない。リンディの休暇命令は正直歯がゆい気持ちもあった。だが、 提督としてではなく、母親として自分とフェイトを気遣い、無理をしてでも休暇を出した事は嬉しかった。

「復帰したら、もう怪我なんてしないように注意しなくちゃいけないな」

 魔力さえなのはやフェイト達と同格レベルにあれば、こんな歯がゆい思いをせずに済むのに。

「……無い物を強請ねだってどうするんだ、僕は」

 溜め息をついて、クロノはミネラルウォーターに口をつける。リーゼ姉妹に魔力量はあっても才能は無いと太鼓判を押された事があった。才能が無ければ努力と鍛錬で 補えばいい。クロノはずっとそうして来たが、魔力量だけはどうにもならなかった。闇の書事件以降からだが、クロノはそれを気にし始めている。
 なのはやフェイトと差がある魔力量。圧倒的ではないにしろ、かなりの格差がすでに存在している。

「……もっと強くならなきゃ……」

 その為にも、デュランダルの調整とS2Uの改修が必要だ。足りない魔力量は技術と経験、デバイスで補えば良いのだ。
 ミネラルウォーターを飲み干す。空になったペットボトル容器に蓋をして、プラスチック用のゴミ箱に捨てた。

「あ〜ッ! スッキリしたぁ〜ッ!」

 わしゃわしゃと乱暴に髪を拭きながら、アルフがリビングに現れた。出る所は出て、締まっている所はキッチリと締まっているその身体は、今は バスタオル一枚に包まれている。

「お待たせクロノ〜」

 ほとんど裸のような格好だが、アルフはまったく気にかけない。
 クロノは赤めた頬を引き攣らせ、溜め息をついた。

「アルフ。やっぱり君は主人のフェイトをもっと見習うべきだ」
「は?」

 何の事か分からず、アルフはきょとんとする。
 クロノは顔を手で覆うと、ソファから立ち上がった。

「ちょっと出かけて来る。夜までには戻るから」
「え? シャワーは?」
「我慢する」

 憮然と言い放ち、彼は足早に去って行った。
 残された半裸のアルフは、不思議そうに彼の背を見送り、眼を瞬かせる。

「変なの。ま、いっか。さぁ〜アイスアイス〜ッ」

 そのままの格好で、アルフは冷蔵庫に飛びついた。



 ☆



「まったく、何でフェイトの使い魔がああなんだ?」

 毒づきながら、クロノは商店街を闊歩していた。真昼間という時間帯なので、いつもは賑わっている商店街も閑散としている。

「今度フェイトからしっかり言ってもらわないと。……身が持たない」

 これでも十五歳。思春期真っ只中だ。先程のアルフの姿はなかなか、というか、相当な破壊力があった。勝手に脳裏に浮かんで来る。

「まだまだ未熟だな、僕は」

 脚を止めて、何度目になるか分からない溜め息をつく。
 夜になるまでには戻ると言ったものの、行く宛など無かった。元々クロノは、あまりこちらの世界で出歩かないので、どこに何があるのか分からない。ついでに 趣味がほとんど無いので、興味をそそられる場所も無い。

「……どうするか」

 持って来た財布にはそれなりの資金が入っている。執務官の仕事に忙殺される日々だったので、給料は生活費にしか使っていない為、相当な額が口座にあった。

「取り合えず昼食でも摂るか」

 昼間はアルフとずっと訓練をしていた為、食事はしていない。クロノは元々小食なので食欲旺盛という訳ではないが、空くものは空く。
 周囲を見渡すと、それなりに店が眼に入った。洋食、和食、中華、ファーストフード等々である。時間も時間なので、混んでいる様子は無い。

「あれ、クロノ君?」

 背後からの声に振り返ると、意外そうな顔で車椅子に乗る少女が居た。

「はやてか。これは偶然だな」
「そうやね。こんな所で会えるなんて思わんかったわ」

 袖の無い上着とスパッツという出で立ちで、はやてが嬉しそうに言った。
 闇の書事件以降、彼女はヴォルケンリッターと共に管理局から保護観察処分を受け、現在は特別捜査官として管理局の任務に従事している。とは言っても、 はやての脚はまだ完璧に完治しておらず、彼女は闇の書の意思――リィンフォースから引き継いだ蒐集能力が必要とされる特殊な任務にのみ出動して、大抵の 任務はシグナム達が遂行していた。

「久しぶりやね。一ヶ月ぶりくらいやな」
「それくらいだな。元気だったか?」

 彼女はにっこりと頷く。

「うん。元気いっぱいや。最近は管理局からお仕事も来ぃへんし、暇なくらいや」
「そうか。ところで、今日は一人なのか?」
「うん。シャマルは町内会の会合で、ザフィーラは寝てる」
「ちょ、町内会の会合……」

 ご近所の奥様達と楽しげに会話をしているシャマルの姿が浮かんだ。元々順応性の高い彼女だが、守護騎士がそれでいいのかとも思う。
 ザフィーラは寝ているという事だが、きっと朝のアレが原因なのだろう。

「そういえば、今日の朝、テレビを見ていたらとんでもないものを見たぞ」

 はやては引き攣った笑みを浮かべた。

「クロノ君、見ちゃったんか……?」
「偶然、な。フェイトやアルフも一緒に全部。誰が応募したんだ、あれは?」
「そ、想像通りだと思う」

 つまり、ヴィータという訳だ。

「よくザフィーラも出たな」
「もちろん嫌がったんや。せやけど、もうテレビ局来た後でなぁ」
「拒否権無しか」
「大好物のドックフードをおやつに買ってあげるって言ったら、渋々やけど出てくれて」
「買収か。盾の守護獣の名が泣くぞ」

 きっと彼自身も泣いたに違いない。家で不貞寝している蒼き狼にクロノは心から同情した。

「シグナムとヴィータはどうしたんだ?」
「ああ、リンディさんのお願いで、二人ともミッドチルダにいっとる」
「母さんの……?」
「うん。夜電話が掛かって来てな。何や武装局員の新人さんが多いらしくて、教官をシグナムとヴィータにお願いしたいって」
「……そうか」

 AAA+の魔導師に匹敵する魔力を持っているあの二人を召集。考えるまでもなく、クロノはその理由を看破した。
 クロノとフェイトの代わりに召集されたのだろう。二人程の魔導師が抜けた穴を埋められる使い手は少ない。デバイス暴走事件以外の次元犯罪に対処すべく、予備 戦力として温存されていたヴォルケンリッターに命令が下ったのも仕方が無い事だった。
 ちなみに、はやてには暴走事件の事は知らされていない。守護騎士達と同様に、彼女は大きな予備戦力だ。蒐集能力という極めて希少なスキルは、特殊な事件に於い て真価を発揮する。デバイス暴走事件も充分に脅威だったが、犯罪や事件はこれだけでないのだ。無用な心配をかけさせない為にも暴走事件の事は内密とされていた。 三週間も管理局の仕事が無かったのはそのせいだった。
 クロノは心中でシグナムとヴィータに謝罪と礼をした。今度会ったら、ちゃんとしなければならないが。

「そういえば、クロノ君は今日はどうしたん? 今日は管理局の仕事はお休み?」
「まぁ休みと言えば休みだ」
「そっか〜。シグナムがクロノ君と模擬戦闘をしたいって前から言ってたんやけど。惜しかったなぁ」
「……機会があれば是非やりたいな」
「帰って来たら伝えとくね。ところでクロノ君。この後何か用事でもある?」
「いや、特に無い。食事でも摂ろうかと思っていたくらいさ」
「んッ、ナイスタイミングやぁ」

 ぱちんと胸の前で手を合わせるはやて。

「実はな、私もそうやったんや」
「家で食べなかったのか?」
「食べよ思たんやけど、シグナムとヴィータはおらんし、シャマルは会合に行ってるし、ザフィーラは不貞寝しとるし、何や自分のだけ作るのもあれやったから、 たまには外食にしようかなと思て。ザフィーラの分作って出て来たんや」
「なるほど」
「あちこち見て回ってたんやけど、なかなか決まらんでな。良かったら一緒に食べへんか?」
「君が良ければ」

 クロノもどこにしようか迷っていたところだ。それに一人で食べるより、二人で話しながら食べた方が有意義である。

「なら決まり! クロノ君、どこか食べないのとかある?」
「いや、特に決めてない。君は?」
「さっきも言った通り。クロノ君、何かリクエストとかあったら言ってな。あんまりこの辺りの地理は詳しくないやろ?」
「ああ。ほとんど初めてだよ。何かお勧めの所とかは無いか?」
「せやな〜……」

 顎に指を添え、じっくりと考え込むはやて。しばらくすると、何か決まったらしく、強く頷いた。

「時間も時間やし、軽めのでもええか?」

 後三時間もすれば夕食時だ。確かに腹一杯に食べるのはあまりよくないかもしれない。

「そうだな。こってりしたのは避けてもらえるとありがたい」
「なら良い場所がある。いこか?」

 車椅子の車輪を手で押し始めるはやて。クロノは何も言わず、背面にあるグリップを握り、押してやる。

「行き先を言ってくれ。押してくから」
「ん。ありがとな、クロノ君」

 人通りの少ない商店街は、スムーズに車椅子で進む事が出来た。



 ☆



 はやてが案内した店は、商店街の端にあった。本当に端で、その店の隣からは大きな川と橋を挟み、ベッドタウンが広がっている。
 外から見ると、喫茶店のようだった。視線を誘う派手さは無く、こじんまりとしている。だが、寂れた印象は自然と無かった。店の主人が聞けば怒るかも しれないが、質素という言葉が一番似合う。

「ここや」

 どこか品定めをするように外見を見るクロノを置いて、はやては車椅子を操って店に入って行く。慌てて後を追い、車椅子を押すクロノ。
 ちりん、という小気味の良い鈴の音を鳴らして、二人は店内に入った。
 樫製の壁に囲まれた店内はがらんとしていた。時間も時間で、さらにこんな商店街の片隅にあれば仕方が無い。数人の客が居るだけで、店はとても静かだった。

「こんにちは」

 はやてが言うと、カウンターで皿を磨いていた主人が軽く会釈をして出て来た。すらりとした長身の初老で、真っ白の髪を首の後ろで結え、同じく白い髭を顎の下に 蓄えていた。どこか堅い緊張感のようなものを滲ませているが、その黒い瞳は深く、とても優しげだった。
 クロノはグレアムを思い出しながら、会釈を返す。

「いらっしゃい、はやてさん。男の子と一緒とは珍しいね。彼氏かな?」
「ち、ちちちちち違いますよ! 友達ですッ!」

 はやては真赤になりながら両手を勢い良く振る。

「ムキになって否定する所が怪しいね」
「もう、いじめないで下さいッ! あの、いつものテーブル、空いてますか?」

 すると、主人はにっこりと笑った。

「ええ、もちろん。オーダーはいつものでいいかな?」
「はい。クロノ君は? オーダー表はあっちにあるで」

 はやてが指差す壁を見ると、達筆な字でメニューが書かれたボードが張られていた。漢字は相変わらず苦手なので、取り合えずカタカナで書いてある物を頼む。

「コーヒーとトーストセットでお願いします」
「かしこまりました。クロノ君、と呼べばいいのかな? 彼女専用の席が窓際にあるんだ。押してあげて行ってくれないかな」
「はい、分かりました」

 話し方といい、その物腰といい、やはりグレアムに似ている。懐かしい感覚を感じながら、クロノは車椅子を押して、はやてを彼女専用の席という所へ案内した。
 窓際にある席の、一番奥にそれはあった。四人掛けの大きな席で、片方のソファが妙に大きい。脚が不自由なはやて用に作られているのだろう。

「ここでいいのか?」
「うん、ここがウチの特等席なんや」

 笑顔で答えるはやて。

「それじゃ、席に移すが、いいか?」
「うん、ええよ。お願い」

 膝の裏に左手を入れて、背中を右手で支えて持ち上げる。はやては落ちないようにクロノの首の後ろに手を回した。
 すぐ近くに、彼女の顔があった。

「えへへ。何か緊張するなぁ」
「ば、馬鹿を言うな」
「ええ〜。クロノ君、ドキドキせえへんの? 私じゃ駄目かな?」

 屈託の無い笑顔で、はやてが顔を近づける。彼女の息遣いがすぐ近くで感じられた。

「あ、朝から訓練をやってて、シャワーも浴びてないから汗臭いぞ、今の僕は」
「男の子って感じがして、私は好きやけど?」

 クロノは何も答えず、代わりに仏頂面を赤めた。いそいそと彼女を席に移し、車椅子を他の客の邪魔にならないように移動させる。

「あ〜。クロノ君、もしかして怒った?」
「違う。呆れただけだ」

 不機嫌に言い返し、クロノも席についた。
 窓際という事で、外の風景がよく見えた。それなりに傾き始めている太陽の光がぽかぽかと二人を照らす。
 クロノは改めて店内を見渡した。

「落ち着いた店だ」

 はやてはにっこりと頷く。

「うん。あんまり知られてない秘境や」
「秘境とまで言うと、主人に失礼な気もするが……」
「良い意味で秘境。お父さんとお母さんが亡くなる前に連れて来てくれてな、以来常連なんや。ご主人さんもすっごく良い人やし」

 少しだけ寂しそうに、はやてが言った。

「……良い所をご存知だったんだな、君のご両親は」
「私の親やからな」

 小さな胸を張っはやては、嬉しそうに続けた。

「クロノ君と落ち着いて話すのって久しぶりやね」
「そうか?」
「そうや。五月の連休もお見合いや何やで全然会えへんかったし。六月は六月で提督研修行っちゃうし。寂しかったー」

 歳相応の声音で、はやて。テーブルに頬杖をつき、言葉とは裏腹ににこにことクロノを見る。

「シグナム達も居るし、特に寂しい事も無いだろう?」
「そらそうやけど……。もう、分からへんかな?」
「?」

 クロノには、はやてが何を言いたいのかサッパリ分からなかった。

「そんなに寂しかったのか?」
「うん、寂しかったで。フェイトちゃんがすっごい羨ましかった」
「フェイトが? 何故だ?」
「だって、クロノ君といっつも一緒に居たみたいやし」

 はやてが唇を尖らせる。

「僕はあの子の試験官と指導官を兼ねているから。時間が空いている時は勉強を見てやらなきゃいけない」
「もう、そういうんじゃなくて……まぁええわ」

 嘆息づいたはやては、気を取り直してように言った。

「クロノ君。お盆って知ってる?」
「ああ。この世界の行事の一つだろう? 祖先の霊を供養するものだと聞いている」
「そや。それでね、出来ればでええんやけど……クロノ君のお父さんのお墓、お参りしてもええか?」

 闇の書事件が終わって二ヶ月が経った今年の二月。一つの事件が起こった。
 闇の書はこれまで多くの犠牲者を出して来た。クロノの父であるクライド・ハラオウンは、十一年前の闇の書事件の時に殉職。他にも多くの局員が亡くなっている。
 遺された遺族にとって、闇の書の力を引き継いだはやては家族の仇であり、守護騎士達は憎むべき対象だった。喩え闇の書から本来の夜天の魔導書になろうとそれは 変わらない。
 二月に起こった事件は、そうした遺族らが闇の書を断罪しようとしたものだった。正確には、力を引き継いだはやてを殺害しようというものだ。
 多くの古参提督によって引き起こされたこの事件は、クロノの手によって解決された。傷付きながらはやてを守り、はやてはリィンフォースが犯してしまった罪を罰 を償う事を誓った。

「……他の遺族の所は、もう回ったのか?」

 頷くはやて。

「うん。レティさんにも手伝ってもらって、分かる範囲で。……あの提督さんの所も、回ったよ」

 あの提督。十一年前の闇の書事件の時、戦技教導隊だった息子を失ったという初老の提督だ。クロノにとって、ギル・グレアムと並ぶ師匠的な人物だった。

「息子さんのお墓、参らせてもろた。……後はクロノ君のお父さんだけや」
「……分かった。今度母さんやフェイトに話しておく」
「うん、ありがと」

 時間はゆっくりと過ぎて行く。二人の会話は大きな盛り上がりを見える事は無かったが、話題は尽きる事が無かった。どちらかと言えば、はやてが色々と話を振って 行くような形だった。

「クロノ君。クロノ君って好きな子ととかおるんか?」
「な! なななななにを言い出すんだいきなりッ!?」

 咽そうになる胸を押さえ、クロノは声を荒げた。

「なんや面白い反応やなぁ。さては、おるな? もしかしてエイミィさん?」

 クロノは勢い良く額をテーブルにぶつける。

「クロノ君?」

 心配そうにはやてが覗き込むと、クロノは首だけ動かして、彼女を恨めしそうに睨む。

「落ち着きの無い女性はタイプじゃない……」
「落ち着き無いのは駄目、と。なら、なのはちゃん?」
「ヴァッ!?」

 二度目の荒い声を上げ、クロノが席を立った。真赤な顔で、酸欠になった金魚のように口をパクパクさせる。

「おお! 脈有りな反応やなッ!」
「お、面白がってるだろ君はッ!?」
「気のせいや気のせい〜」
「絶対に面白がってるッ!」

 にやつくはやてを指差すクロノ。

「だから気のせいやって。で、好きなんか? なのはちゃんの事?」
「べ、別に……」

 視線を逸らして、クロノは席に座る。さすがに人気の無い店内でも、一応他にも客は居る。好奇な眼に晒されるのは御免被りたい。

「素直やないや〜」
「だ、だから別に僕は何とも思ってないって」

 その時、主人がトレイを持って姿を現した。

「お待たせしました」

 無駄の無い手捌きでトレイに載っているカップや皿をテーブルに置いて行く。
 クロノはコーヒーとトースト、ハムやトマト等をトッピングした軽食セット。はやてはハーブティとチーズケーキだ。

「ありがとうございます〜」
「ではごゆっくり」

 会釈をして、主人はカウンターに戻って行く。

「そうさ。僕は別に何とも……」

 手元にコーヒーを寄せて、付属されているミルクを開ける。

「クロノ君。ミルクをトーストに掛けてどうするつもり?」

 はやての言葉に、クロノは手元を確認した。ダラダラと白いミルクが、狐色の香ばしいトーストの上に載って行く。

「くッ!」
「モロバレやな、クロノ君は」

 クロノは以前、シグナムが珍しく愚痴を言っていたのを思い出した。

”一時期に比べて、主はやてはとても元気になって来た。これはとても喜ばしい事なのだが、どうにも最近、私やザフィーラを弄って遊んでいる節があってな……。”

「こういう事か、シグナム……ッ」
「ん? シグナムがどうかしたんか?」

 笑みを崩さず、はやてが訊く。

「何でもない……」

 これから来るだろうはやての質問攻めに、クロノは覚悟を決め、ミルクを入れ損ねた苦いコーヒーを一口飲んだ。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 萌えも燃えも何も無いお話です。クロノがあれだけ頑張ってる理由を自分なりに解釈して文書に。何かダラ〜っとしてていかんですね。
 何かクロノ×フェイトなのに、はやてになってる……。結構はやては好きです。ええ、文書が非常に書き難い以外は…orz 関西弁おかしくても突っ込まないで 下さいませ……。
 アルフは何か気にしなさそうなので。あの身体はきっと思春期のクロノにとっては毒以外の何者でもないでしょう(遠い目)。
 では次回四話で。読んでいただきましてありがとうございました。

 2006/5/9 一部改稿





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