魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.1 Reckless drivig









「またね、フェイトちゃん」
「うん、またね」

 無邪気な笑みを残して、友達の一人が教室を出て行った。
 喧騒が鳴り止まない放課後。勉強という枷から解放された子供達が仲の良い友達と連れ立って、思い思いの場所へ散って行く。これからが彼ら子供達の本当の時間、 遊ぶ時間の始まりだ。

「フェイトちゃん、私達も帰ろうッ」

 フェイトが帰宅準備を整えていると、息を弾ませてなのはが誘って来た。頭の両方で結っている栗色の髪が愛らしく揺れている。
 彼女に振り向いたフェイトは、満面の笑みで頷く。

「うん、なのは」

 二人は登校用の鞄を背負うと、とりとめのない話を交わしながら教室を出た。
 教室の中もそうだったが、廊下は下校を急ぐ生徒や掃除当番の生徒達で大きな賑わいを見せていた。その中を、フェイトとなのはは器用に並んで歩いて行く。

「アリサちゃんとすずかちゃん、残念そうだったね」
「うん。でもお稽古の発表会があるんじゃ仕方ないよ」

 久しぶりに、それこそ三週間ぶりにフェイトが登校出来たというのに、アリサとすずかは運悪く習い事の発表会で授業が終わると同時に帰宅してしまった。休憩中や 昼食の時等に沢山話は出来たが、小学生くらいの子供にとって、三週間は大人の二ヶ月に相当する長い時間だ。一時間や二時間程度では話したい事の四分の一も話せない。
 昇降口から外に出た二人は、商店街に向かう道を笑い合いながら歩いて行った。
 話題は尽きなかった。家族の事、学校の授業や先生の事、他の友達の事、最近起きた何でもない事。周りの風景が時間と共に変わって行く事も忘れ、二人は 言葉さえ交わせなかった数週間を取り返すようにコミュニケーションに没頭する。

「この前アリサちゃんのお家に遊びに遊びに行った時なんかねッ」

 話題を振るのはもっぱらなのはだ。珍しく興奮して、彼女は身振り手振りで話して来る。

「あの子猫、そんなに大きくなったんだ」

 フェイトは聞く方である。嬉々とするなのはを見ているだけで、フェイトは楽しかった。ここ数週間、ひたすらに暴走デバイスの駆逐と鎮圧に忙殺されていた疲れが嘘のように 消えて行く。
 肉体的疲れではない。精神的な疲れがである。
 暴走デバイスを止める最も的確な方法は、単純な破壊だ。魔法を対物・殺傷性に設定して攻撃をすればいい。だが、それは暴走デバイスの魔力供給元である魔導師を 殺傷性設定の魔法で攻撃するという事だ。
 母の言いなりだった頃から、フェイトは魔法を殺傷性に設定した事がほとんど無い。ジュエルシード回収の時に仕方なく設定をした事が何度かあった程度だ。
 目的の為とは言え、誰かを傷つける事はしたくない。
 だが、現状はそうはいかない。暴走したデバイスは破壊の根源となる。寄生した魔導師の魔力を餌に成長を続け、AAA+の魔導師を超える魔力を手に入 れる。そうなれば民間人だけでなく、駆逐・鎮圧に当たる管理局局員にも死者が出てしまうのは明白だ。
 そうなる前に止めるしかないのだ。殺傷性設定にした魔法で。

「フェイトちゃん?」

 視界をなのはの顔が埋めた。

「どうしたの、ぼ〜っとして」

 どうやら物思いに耽ってしまったらしい。フェイトは笑って首を横に振った。

「な、なんでもないよ。ごめんね、ちょっと考え事しちゃってて……」
「……管理局のお仕事?」

 不意になのはの声に緊張感が帯びた。無邪気に話をしていた明るい顔は形を潜め、およそ子供らしくない引き締まった顔付きになる。

「……うん」
「……何も話さないで三週間も学校をお休みしてたのも、やっぱり管理局の……?」

 話さなかったのではなく、話せなかったのだ。
 最初のデバイス暴走事件が発生した時、フェイトは嘱託魔導師の任務を終えて、クロノ指導の下、執務官試験の本格的な 試験勉強に打ち込んでいた。そこへ市街地の中心で膨大な魔力が検出されたという情報が入り、急遽クロノとフェイトが状況確認を兼ねて現地へ飛んだのである。結果、 初めて暴走したデバイスという破壊の根源と遭遇。以来、暴走デバイスは日に二回から多い時で五回以上のペースで出現を繰り返し、時空管理局を混乱の渦中に叩き落し た。

「フェイトちゃん、いきなり学校に来なくなって。携帯電話に掛けてもずっと繋がらないし、クロノ君に連絡を取ろうとしても駄目だったし、管理局に聞こうと思ったら ユーノ君に止められちゃうし……」

 細くなるなのはの声に、フェイトの胸は痛んだ。
 暴走事件が発生してから一週間あまりが経過した頃、ようやく状況をある程度把握し始めた管理局は、戦技教導隊を中心戦力にした臨時の対暴走デバイス鎮圧部隊を 編成し、ミッドチルダの管理局支部施設に対策本部と共に設置した。管理局はミッドチルダ専門の司法警察機関ではなく、多次元世界の司法警察機関である。紛失・流失して いる遺失物の回収や封印を始めとして、文化管理、災害救助、その他あらゆるトラブルを扱っている。さらには管轄外の次元世界で魔法を無為に行使している者や組織 が存在していないかの監視をも行っており、一つの次元世界で起こっている一つの事件に組織の大部分の労力を傾けていられる程、人員的にも予算的にも時間的にも 余裕が無かったのだ。
 結果、対暴走デバイス鎮圧部隊に組み込まれた魔導師や艦船は忙殺された。クロノやフェイト、アースラスタッフがその最たる例だ。

「……ごめんね、なのは」

 フェイトはなのはを見る事が出来ず、自分の爪先を見詰める。
 戦技教導隊を中心に編成された対暴走デバイス用部隊は、AAAクラス以上の実力を持った魔導師で構成されており、クロノもその一翼を担っていた。だが、如何に 個々の能力が優れていても、暴走デバイスは雑草のように漸増し続けており、教導隊のメンバー達は体力も魔力も磨耗させ、枯渇させて行った。傷つき、戦線から離脱 した者も少なくない。そうした彼ら援護する為に、多くの武装局員達が部隊に組み込まれた。
 武装隊士官として管理局に入局していたなのはも、当初の予定ではその部隊の一員となる予定だった。一般士官であるなのはだが、彼女の魔力、砲撃戦闘能力はA AA+に匹敵する。攻撃力だけに着目すれば、戦技教導隊の中でも上から数えた方が優秀な程である。
 だが、結果としてなのはに部隊出向の命令は通達される事は無かった。リンディとクロノが撤回させたのである。

「………」

 なのはが無言でフェイトを見詰める。
 フェイトはなのはをこの事件には巻き込みたくなかったのだ。
 一年と数ヶ月前。自分の身を省みず、一心にフェイトを助けようとしていたなのは。友達になろうとしてくれたなのは。優し過ぎるこの少女に、民間人を守る為 とは言え、殺傷設定で罪の無い魔導師を攻撃させる事は出来ない。当初はフェイトが言い出した事だったが、クロノやエイミィ、リンディ、ユーノやアルフ等、なのは を深く知る全員がほぼ同じ事を考えていた。
 なのはも現在は武装局員の一人として、クロノ達の任務を手伝い、多くの事件解決に貢献を果たしている。その中で、いくつものどうにも出来ない事件に直面してい た。PT事件の時や闇の書 事件の時のように都合良く物事が進まない状況も体験している。綺麗事なんて、もう吐けなくなる。だが、それでもフェイトはこの事件に巻き込みたくなかった。
 何も言わなかったのは、言えば必ずなのはは協力を申し出ると分かっていたからだ。どんなに辛くても、きっと彼女は笑顔で辛くないと言うに決まっている。そんな 無理をするなのはを、フェイトは絶対に見たくなかった。
 はやてにも同様の事が言えた。予備戦力的な意味合いで彼女には事件の事は通達されてはいない。この事に、フェイトは心を撫で下ろす事が出来た。

「フェイトちゃん」
「……なに、なのは?」

 二人の間に、少し前まであった無邪気な空気はどこにもなかった。

「教えて。今フェイトちゃんとクロノ君、皆が何をしてるのか」

 一度言い出せば、なのはは自分が納得するまで絶対に引こうとしない。良く言えば一途で、悪く言えば頑固な少女だ。フェイトは色々な意味でそれを身を持って 知っている。
 それでも迷う。なのはを巻き込む事に。

「お願い、フェイトちゃん」

 力になるとも、友達だよねとも、何も言わず、なのははただ一言だけそう言った。

「……多分、辛い事になると思う。それでもいい?」
「……私、フェイトちゃんと会って、友達になりたいって思った時、一緒に決めた事があるの」

 なのはは言葉を切り、フェイトの瞳を見て、にっこりと微笑んだ。

「願いも悲しみも分かち合いたい。喩え悲しみでも。私はフェイトちゃんと分かち合いたいんだ」

 これが高町なのはという少女なのだ。人の寂しさや悲しさを放っておけない。自分がどんなに辛くなっても、真っ直ぐな気持ちで受け入れ、立ち向かう。

「――ありがとう、なのは」

 涙腺の緩む目許を押さえて、フェイトはこの掛け替えの無い友達に心から感謝した。
 一度大きく深呼吸をする。
 気持ちを切り替えたフェイトは、言葉を選ぶように話し始めた。

「ここ一ヶ月くらい、ミッドチルダで特殊な事件が連続して起こってるの」
「特殊な事件?」
「デバイスがあるよね。魔導師を補助するシステム・ツール。それが原因不明で暴走してるんだ」
「暴……走?」

 あまり聞き慣れない言葉に、なのはは当惑した。

「魔導師の意思から外れて、勝手にデバイスが暴れちゃう。だから、暴走」
「レイジングハートやバルディッシュみたいなインテリジェントデバイスが……?」
「ううん。ストレージもインテリジェントも関係無い。デバイスそのものが暴走するの。暴走したデバイスは、マスターの魔導師に寄生するんだ」
「キセイ?」
「別の生き物を乗っ取ってしまう事だよ。魔導師に寄生したデバイスは、魔導師の魔力を吸って成長するの」
「デバイスが成長するの……ッ?」
「うん。私もビックリしたんだけど。最初はそんなに強くないんだ。でも、数時間でBランクくらいの魔力がAAAランクくらいにまで上がるの」
「よ、よく分かんない……」

 コケシのように頭を振るなのは。普通の大人以上にしっかりしている彼女だが、学力的には普通の小学生である。フェイトの話は少し難しかった。

「ごめんね、もう少し分かり易く説明するから……。なのはは勉強して魔法が巧くなるよね」
「うん、あんまり上達早くないけど」
「そんな事ないよ。……私もリニスに教わって魔法を上手に使えるようになったんだ。三年もかけて。でも暴走したデバイスは違う。ほんの二、三時間で私達が何年も かけて勉強した魔法を使えるようになるんだ」
「ど、どうして……?」
「マスターの魔導師から魔力を吸い取ってるから。魔力があればデバイスの魔法は強くなり続けるの」
「……強くなったデバイスはどうなるの?」
「……殺傷性設定の攻撃魔法を、辺り構わず撃つようになる」
「そんなッ!」

 なのはが悲鳴を上げる。彼女は”単独戦闘が可能な砲撃魔導師”という本来有り得ないカテゴリーに属しており、異常な火力を誇る砲撃を得意としている。 攻撃魔法の火力を良く熟知していた。だから、”辺り構わずに攻撃魔法をばらまく”という事が如何に危険は容易に想像がつくのだ。

「正確には、暴走した時点でデバイスは無差別に攻撃魔法を放出するの。暴走は突然起こるから、防御結界も間に合わない。だから急いで倒さなきゃいけないんだ」

 なのはは茫然としていた。防御結界を展開していない通常空間で攻撃魔法を撃つなんて、彼女にはとても想像出来なかった。

「デバイスを……倒すの? 他に止める方法は?」

 フェイトは力無く首を横に振る。

「本局がずっと探してるけど、今の所は無いみたい……。ユーノにも手伝ってもらって無限書庫で検索してるけど、難しいと思う」
「……デバイスを倒すって事は、壊しちゃうって事だよね……?」
「……うん。殺傷性設定の魔法で魔導師ごと倒して、壊すしかない……」

 振り絞るように、フェイトが言った。

「……そんなの……酷すぎるよ」

 今にも泣き出してしまいそうな顔で、なのは呟く。
 痛む胸を押さえ、フェイトは言葉を切る。
 この事件は、一度起きればすべてが被害者になってしまう。
 周辺への被害、巻き込まれる無関係の民間人、寄生されてしまった罪の無い魔導師、そしてデバイス。暴走が起きる刹那の前まで、デバイスはマスターにとって 掛け替えの無い相棒なのだ。何が原因で暴走が発生するかは未だ不明だが、デバイスが自分の意思で暴走する訳ではない。自分の意思で破壊魔法を無差別に放出する 訳ではない。それなのに、一方的に破壊されてしまう。
 ある意味で、この事件の一番の被害者はデバイスなのかもしれない。フェイトは何度かそう思った事があった。バルディッシュも、この事件に関しては消極的な一面 も見せている。
 無言のまま、二人は商店街を歩き続けた。住宅地へ続く橋が見えて来た時、なのはが口を開けた。

「……フェイトちゃん」
「……なに、なのは」

 フェイトはなのはを見る。彼女は顔を伏せていて、表情まで伺う事は出来なかった。

「最初に言ったよね? ストレージデバイスもインテリジェントデバイスも関係無いって」
「……うん」

 割合的には、暴走するのはストレージデバイスである場合が圧倒的に多かった。これも原因は分かっていない。

「レイジングハートやバルディッシュも、もしかしたら暴走しちゃうの……?」

 顔を上げるなのは。その蒼色の瞳は、今は少し赤かった。
 フェイトは何も答えられず、彼女から視線を外す。今フェイトが最も気になり、心を乱している事がそれだった。
 暴走の原因が不明である以上、存在しているデバイスすべてに暴走する危険性がある。インテリジェントデバイスの方が圧倒的に暴走している件数は少ないが、 しているのは間違いない。可能性があるのだ。ならば、なのはのレイジングハート・セクセリオンやフェイトのバルディッシュ・アサルトも暴走してしまうかもし れない。
 再び沈黙が訪れる。いつの間にか二人は脚を止め、その場に立ち尽くしていた。帰路を急ぐ人々が二人を除けて住宅地へ歩いて行く。フェイトには、通行人の喧騒 がとても遠くで起きているように思えた。

『マスター』

 聞き知った電子音声が鳴った。聴覚を刺激せずに二人に届いたその声は、なのはの首から下げた赤い宝石からしていた。

「レイジング……ハート?」

 念話ではなく、なのはは声にして呟く。

『私は以前言いました』

「え……」

 レイジングハートの言葉の意図が読めず、なのはは茫然と胸元の相棒を見詰める。

『私はあなたを信じています。だから、私を信じてください』

 それは初めてヴォルケンリッターと戦闘した時、大破寸前まで追い詰められたレイジングハートがなのはに告げた言葉だった。
 救出に駆けつけたフェイトは凶悪的な攻撃力を誇るシグナムとレヴァンティンの前にバルディッシュを破壊され、ユーノはヴィータを相手に一方的な防戦を強いら れ、アルフはザフィーラと絶望的な力量差の中で近接戦を行い、もはや撤退しか道が無いという時。レイジングハートは自らの破損状況を無視して、結界破壊の為に なのはにスターライトブレイカーの発射を要請した。
 当然なのはは拒否した。その時のレイジングハートは、誰が見てもスターライトブレイカーが撃てるような状態ではなかった。それでも、レイジングハートはなのは を信じた。彼女ならば、自分が選んだ小さなマスターならば、自分を壊す事無く撃つ事が出来ると。
 フレームの補強もせず、エクセリオンモードを発動させた時もそうだ。レイジングハートは誰よりもなのはを信じた。
 なのはは、そっと赤い宝石を両手で握り締める。

「ごめんね、レイジングハート。私……」

 どんなに信じていても、不安になるのは当たり前だ。それが絆に、命に関わるような事ならば不安は恐怖になる。いくら大人びていると言っても、なのははまだ小学生 なのだ。

『私はずっとあなたの側に居ます』

 レイジングハートが言う。まるで子供に優しく語りかける親のようだった。
 なのははそれ以上何も言えず、ただ一滴涙をこぼした。
 フェイトの顔が自然と綻ぶ。彼女達の絆があれば、喩え何があっても暴走なんてしないだろう。何一つ根拠は無いが、フェイトはそう思わずにはいられなかった。
 その時、ポケットの中で金色の光が輝いた。

『こちらも問題ありません。私と、私を創った者を信じて下さい』

 無口でほとんど話す事の無い鋼の相棒が、いつもの無機質な声でそう言った。
 フェイトはポケットの上からバルディッシュを包む。生地越しに伝わって来る触感は確かに金属だ。だが、何故かとても温かかった。

「……ありがとう、バルディッシュ。駄目なマスターでごめんね」
『レイジングハートのマスターよりも遥かに優れています。問題ありません』
「ば、バルディッシュッ!?」

 刹那、妙な殺気がバルディッシュごとフェイトを射抜く。元を探ると、握られているなのはの掌にぶつかった。

『それはどういう意味ですか? バルディッシュ』
『深い意味など無い』
『あなたとは一度話さなければならないようですね』
『お断りだ』
『ベルカ式カートリッジシステムを導入してから、性格が捩れましたね』
『貴様こそ、薬のやりすぎには注意しろ』

 先にキレたのはレイジングハートだった。

『マスター! 戦闘態勢を取って下さい! この分からず屋と決着をつけましょう!』

 なのはは慌てて念話を送る。

『レイジングハートッ、ちょっと待って! 落ち着いてよ〜ッ!』
『バルディッシュッ、謝りなさい!』

 珍しく声を荒げるフェイト。先程のなのはとレイジングハートとは正反対で、子供を叱り飛ばす親のようだった。だが、バルディッシュは得意の寡黙で巧く回避する。

『もう……。ごめんね、なのは、レイジングハート』
『ううん、大丈夫。ちょっと驚いちゃったけど』
『不満です。バルディッシュ、謝罪を要求します』
『何度も言わせるな。お断りだ』
『マスター! スターライトブレイカーの準備をッ!』

 フェイトとなのはは、揃って頭を抑えた。何故こんな仲が悪いのだろうか。マスターはこれ以上無い程に仲が良いのに。

「……あれ?」

 なのはが何かに気付く。反対側の道に何か見つけたらしい。

「どうしたの、なのは?」

 彼女の視線の先には、質素だがこざっぱりとした外見の喫茶店があった。

「あれ、クロノ君じゃないかな?」

 なのはが喫茶店の窓を指す。そこには、確かにクロノの姿があった。こちらの世界ではあまり外を出歩かない彼が喫茶店に入っているなんて、とんでもなく 珍しい事である。

「一人かな?」
「……違う、と思う」

 呟くようにフェイトは答える。彼女の眼は、楽しげに笑っている彼の表情をしっかりと捉えていた。
 彼は笑うだけでなく、コロコロと表情を変えて行く。怒ったり、訝しがったり。
 なのは達よりも遥かにクロノと一緒の時間を過ごす事が多いフェイトでも、そんな彼はあまり見た事が無かった。

「フェイトちゃん、行ってみよ」
「う、うん……」

 なのはに手を引っ張られ、フェイトは道路を横切った。
 酷く気が進まなかった。何故だろう。魔法戦闘の際は鋭敏な彼女の直感が、今は心細い警告しか発していない。
 喫茶店の傍に着く。ゆっくりと窓に忍び寄ると、クロノが誰かと向かい合って話している光景が飛び込んで来た。

「はやてちゃんだ……!」

 ノースリーブの可愛らしい服を着たはやてが、可笑しそうに笑いながらクロノと話をしていた。
 クロノとはやて。二月にあった事件以降、はやてはクロノに対して積極的だ。任務の都合やクロノが多忙な為、フェイトに比べて会える機会は少なかったが。

「………」

 驚くなのはとは違って、フェイトはとても静かだった。窓から少しだけ後すざりをする。
 クロノの笑顔には屈託が無かった。あどけない、本当に子供のような笑みだった。
 フェイトにはほとんど見せた事が無い一面。少なくとも、あんなに喜怒哀楽を激しく表に出した事は無い。
 はやてがクロノに好意を寄せているのは、もちろんフェイトも知っている。言葉には出されていないが、クロノに対する行動を見ていれば察しはついた。
 フェイトにとってライバルである。積極的なはやてに危機感はあったが、それでもクロノと一緒に居られる時間はフェイトの方が圧倒的に多かった。何せフェイトの 執務官の試験官と指導官はクロノである。二人きりで勉強した事もあったし、話もした。
 だからこそ、衝撃は大きかった。
 一緒に居る時間がずっと多かった自分に見せてくれない表情を、なかなか会えないはやてに見せているクロノ。
 どうして――。
 胸に穴が開くような感覚だった。とても大きく、埋めようのない穴が。

「フェイトちゃん? どうしたの?」
「な……なんでも、ない……」

 フェイトはクロノと二人きりでどこかに食事に出た事も無い。なのに、今彼ははやてと二人きりでお茶を愉しんでいる。
 胸が疼く。開いた穴が広がって行くようだ。
 なのはが見守る中、はやてが彼女に気付いた。おお〜いと言って手を振る。

「はやてちゃ〜んッ」

 手を振って応えるなのは。フェイトも控えめになのはを倣った。ぎこちない笑顔を浮かべて。
 何故かクロノと視線が合った。彼は小さく手を上げる。

「あ……」

 どうしていいか分からず、フェイトはさらに後すざりをした。

「……フェイトちゃん?」

 不思議そうに見詰めて来るなのはの視線が、どうしようもなく痛かった。



 ☆



「ホント、楽しい時間やったわ」
「僕を散々ダシにしていただけじゃないか、君は……!」

 はやての車椅子を押しながら、クロノは語気を荒げる。

「はやてちゃん、クロノ君と何を話してたの?」

 はやての横を歩きながら、なのはが訊く。

「うん? 訊きたいかぁなのはちゃん。え〜となぁ」
「何でもないんだぞなのは! 本当に何でもない会話だったんだッ!」

 やたら大きな声でクロノがはやての言葉を遮る。何故か耳まで真赤だった。

「ほえ?」
「もう面白すぎやクロノ君ッ」
「こ、このぉ……!」

 小首を傾げるなのは。お腹を抱えて笑いを堪えるはやて。握り拳を作り、何かに耐えるクロノ。
 フェイトは少し離れた後ろから、三人をずっと眺めていた。

「フェイトちゃ〜ん。もっとこっち歩こッ!」
「う、うんッ!」

 はやてに呼ばれて、フェイトは三人に駆け寄る。

「フェイト、学校はどうだった?」

 クロノが訊く。フェイトは彼に顔を向けず、前を見たまま、どこか冷たい声で答えた。

「……普通だった……」

 そんな事は無い。とても楽しかった。久しぶりになのはとも会えて、アリサやすずかとも食事を一緒に出来て、ここ最近では一番充実していた日と言っても 良いだろう。

「そうか。昨日の疲れもまだ残っていたんだろう。今日は帰ったら早く休むといい」
「……うん」

 わざわざ気を使って訊ねてくれた彼に、何故こんなつまらない返事をするのだろう。フェイトは自問する。
 三人は口を閉ざしたフェイトを置き去りにして、会話を続けていた。フェイトは気付かれないようにクロノの横顔を盗み見る。

「クロノ君、凄い真面目やから私の話何でも真に受けて。もうホントに受けたわぁ」
「君が嘘っぽく言わないからだろう!」
「でもちょっと考えれば分かると思うけどなぁ。ザフィーラに大型犬用のオムツをつけたとか」
「うそッ!?」
「なのはちゃんも信じるんかッ!?」
「……愛犬を紹介するテレビに出演させてる時点で、その嘘は疑えないぞ……」

 自分にはあまり見せない表情。感情。言葉。はやてに何かを言われる度に、クロノは面白いように反応した。
 それを見る度に、フェイトは胸を酷く締め付けられた。
 ほとんど会う事も無ければ、言葉も交わす機会も少なかったはやてが、クロノを笑わせている。戸惑わせている。怒らせている。何より、愉しませている。
 悔しかった。本当に素直に、フェイトは悔しかった。
 十字路が見える。なのはとフェイトは家が眼の鼻の先なのでほとんど最後まで一緒だが、はやては違った。

「クロノ君、ありがとなぁ。ここでお別れや」
「いや、家まで送るよ。暗くなって来ているし、女の子を一人で帰すのは気が引ける」

 すると、はやてはにっこりと笑った。

「嬉しいなぁ。クロノ君、私の事女の子って見てくれるんか?」
「……君に何かあると、ザフィーラに鋼の軛で拘束された上、ギガントシュラークとシュツルムファルケンを喰らって、最後にシャマルに旅の鏡でリンカーコアを 抉られそうだからな」
「それはいくらクロノ君でも死んでまうなぁ」
「はやてちゃん、そんなあっけらかんと……」

 はやては可笑しそうに笑う。

「でもクロノ君。フェイトちゃんの事忘れとるやろ? 駄目やろ、妹なんやから。私の事は良いから、一緒に帰ってあげて」
「いや、どうせここからは家も近い。フェイト、一人で帰れるな?」

 クロノの言っている事は間違いではなかった。彼とフェイトが住むマンションはここからそう離れてはいないし、なのはと帰り道がほぼ同じだ。だが、 はやての家は位置的に離れている。何より彼女は不自由な車椅子だ。フェイトとはやて、どちらを送っていかなければならないのかは考えるまでもない。フェイト も、それはよく分かった。
 でも、分かっても納得の出来ない事はある。

「……一緒に……帰らないの?」

 理性を無視して、感情がそう言わせた。

「はやてを一人で帰す訳にはいかないからな。なのはとほとんど同じ道だし、大丈夫だろう?」
「……うん」
「帰ったらアルフに遅くなると伝えてくれ。はやて、行くぞ」
「あ、うん」

 はやては俯くフェイトを心配そうに見るが、クロノに車椅子を押され、十字路を曲がって行った。
 なのはは手を振って二人を見送る。

「クロノ君、やっぱり優しいね」

 だが、その優しさが時として残酷なものにもなる。そう、今のように。
 フェイトはなのはの言葉には何も答えず、顔を伏せたまま、黙って十字路を歩いて行った。





 to be continued.





 続きを読む

 戻る







 □ あとがき □
 何か文書が淡白だな〜。改稿すべきか。
 デバイス同士の会話はアニメに無いので入れてみました。書くの大変。文法結構、というかかなり狂ってますが気にしないで…。
 読んでいただきましてありがとうございました〜。

 2006/2/1 若干改稿
 2006/5/9 一部改稿






inserted by FC2 system  下駄箱が見えた。走って外に飛び出して行く級友達に手を振って見送った後、なのはが心配そうにフェイトの顔を覗く。

「フェイトちゃん、明日からまた管理局のお仕事に戻っちゃうの……?」
「ううん。一週間くらいはずっとこっちに居られるよ」

 なのはは、ぱっと顔を綻ばした。