魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.2 Present









「何だよ、これ……!」

 噛み締めた奥歯が鈍く軋む。

「何なんだよこれはッ!?」

 激しい苛立ちをぶつける所を見つけられず、ヴィータは月明かりに満たされた夜空に吼えた。
 瓦礫の崩れる破音。
 破壊の残響。
 火災の熱。
 吐き出されている汚水。
 微かに聞こえる人間の呻き声。
 数時間前まで閑静な住宅街だった場所は、今は一面コンクリートと建築材の墓場に変貌を遂げていた。
 視界が広い。数百メートル先まではっきりと見えた。数キロ四方に渡って栄えていたベッドタウンの面影はもうどこにも無い。
 瓦礫。瓦礫。瓦礫。
 眼に入るすべての物が原型を留めてはいなかった。復興にはどれ程の人員と月日と費用が必要なのか検討もつかない。

「酷いものだ」

 冷たく、他人事のような声。ヴィータが振り向くと、いつもの甲冑姿のシグナムが立っていた。

「何でそんなに冷静なんだよ、あんたはッ!?」

 憤激を叩きつけるようにシグナムの甲冑を掴む。

「……見慣れた光景だろう、私達にとっては」

 夜天の魔導書が闇の書と呼ばれていた頃。八神はやてと出会う遥か前。確かに、シグナムやヴィータにとって、こんな光景は珍しい物でもなかった。
 蒐集の為、国を幾つ焼いたか覚えてはいない。
 命乞いする魔導師からリンカーコアを奪い、皆殺しにした事もあった。
 泣き叫ぶ子供の眼前でその両親を殺害した事もあった。
 主の命令とは言え、抵抗も出来ない老夫婦を民家ごと焼き払った事もあった。
 だが、今は違う。そう、絶対に違う。
 ヴィータはシグナムを睨めつけ、さらに強く彼女の甲冑を握り締める。

「あたしは闇の書の守護騎士じゃない。夜天の王、八神はやての守護騎士だ。こんなの……こんなの我慢出来るかッ!」
「……誰が許容出来ると言った」

 彼女の声が、獣の唸り声に聞こえた。
 見上げたシグナムの眼には、ヴィータでさえほとんど見た事の無い暗い何かが蠢いていた。
 絶対的な憤激だ。

「お前の言う通りだ。今の我々に、この光景は許容出来ない。そう、絶対にな……!」
「………」

 ヴィータはシグナムの甲冑から手を離す。騎士道を重んじる彼女が、この惨劇を前にして何も感じないはずがない。はやてと出会う以前から、シグナムは非道な 行いを嫌悪していた。恐らくヴィータ以上の怒りを感じているはずだ。静かな暮らしを営んでいた罪も無い人々を一瞬にして殺害した元凶に。
 地面に何かが転がっているのが見えた。手を伸ばし、拾ってみる。
 小さなクマのぬいぐるみだった。半分がすでに炭化していて、ガサガサと音をたてて風に攫われて行く。持ち主の物と思われる”手首”も、塵となって消えた。

「ちくしょう……!」

 この持ち主は一体何を思って死んでいったのだろうか。生きながら焼かれたのだろうか。苦しまずに死を実感する間も無く死んだのだろうか。
 後者であって欲しい。ヴィータは半分になったぬいぐるみを抱き締めて切望した。

「……ヴィータ」

 シグナムが厳かに呼ぶ。
 気配がした。殺気は無いが、圧倒的な魔力をひしひしと感じる。
 ヴィータはぬいぐるみを地面に置いた。だが、半身しかないぬいぐるみはバランスを保てず、空しく転倒する。
 頭の中で、何かが外れた。
 視界が広がる。意識が吹き抜ける風のように集中して行く。クリーンになった頭の中から、ただ一つの命令が身体へ発信された。

「……てめぇらがやったのか」

 振り返ったヴィータの蒼い眼に二つの人影が映った。
 暴走したデバイスに寄生された魔導師である。彼らの右半身は、黒い塊――魔力を吸い、歪に変形したデバイスに完全に浸食されていた。触手らしき配線コードが 鞭のようにしなやかに動き、生気を失った魔導師の頬を這って行く。

「ハラオウン提督、シグナムです。目標を発見しました。目撃証言の通り、暴走体は二名です」

 シグナムが念話でアースラと連絡を取る。だが、どうせやる事は決まっている。連絡なんて不要だ。
 踏み出すヴィータ。頭がうるさいくらいに命令を下して来る。簡潔な命令を。必ず遂行せよと繰り返して来る。
 噛み締めた奥歯が、鈍い音をたてて折れた。口内に広がる血の味に不快感を感じながら、ヴィータは告げた。

「殺す」

 彼女の手には、長年の相棒が握られていた。
 アームドデバイス、グラーフアイゼン。”くろがねの伯爵”の二つ名を持つ鉄槌。

「絶対に」

 地を蹴る。小さな身体からは想像も出来ない跳躍。暴走体との距離は刹那の間にゼロになった。

「うああああああああああッ!!!」

 瓦礫に支配された市街地に、少女の甲高い咆哮が轟いた。



 ☆



 アルフの当惑する顔に胸が痛んだ。久しぶりに彼女のそんな顔を見たなと思う。
 フェイトは、クロノはもう少し遅くなるとだけ告げると、自室に籠もった。
 淡い緋色の光が、窓から室内を照らしていた。夕闇の中、沈む行く太陽が高層マンションに巨大な影を幾つも作り出している。
 絶景とまではいかなくとも、眼を奪われるには充分な風景だった。だが、フェイトは眼もくれない。そんな心のゆとりはどこにもなかった。あれば、 アルフに謝罪をしたり事情を話したりする事が出来ていた。
 机に鞄を置くと、フェイトは綺麗に整えられたベッドへ、その小さな身体を放った。
 スプリングが軋み、ベッドが揺れた。顔をシーツに埋める。手探りで枕を探して、胸に抱き締めた。
 頭はクロノとの事でいっぱいだった。

「……クロノ……」

 か細い声で彼の名を呼ぶ。胸が締め付けられ、フェイトは耐えるように枕を抱き締めている両腕に力を込めた。
 いつの頃からだろう。彼の事が好きになったのは。
 最初はなのは同様、敵だった。撃ち込まれた蒼白い魔法光の熱さは今でもよく覚えている。冷たく見下す彼の瞳を思い出すとぞっとした。
 意識し始めたのは闇の書事件が終わって間もない頃だ。込み入った事情があったにしろ、フェイトはなのはと喧嘩をした事があった。彼女と遊ぶ約束を、管理局の仕事 の為に何度もキャンセルしてしまったのだ。なのはも管理局の仕事が入ってはどうにも出来ない事はもちろん知っている。それでも、やはり小学三年生の少女 にとっては約束を破られるのは辛いものだ。相手が一番仲の良い友達なら尚更だ。
 打ちひしがれて帰宅したフェイトを、クロノが優しく迎えてくれた。彼に惹かれ始めたのはそれからだった。

「……クロノ」

 もう一度、彼の名を呟く。
 最初は戸惑った。初めて好きになった異性にどうしていいか分からず、右往左往する事もあった。自分のような出来損ないの人間が彼を好きになっていいのかとさえ 思った。
 だが、そうした不安は彼が好きだと気持ちの前にすべて消えていた。なのはと同様に異性に対しては異常に鈍感な彼にやきもきして、それでも振り向いてもらえるようにあれや これやとやって来たつもりだ。結局今でも実を結んではいないが、それでも少しずつ前進している気がしていた。
 昨日、母となったリンディの気遣いで一週間の長期休暇をクロノと一緒に貰った時、フェイトは本当は嬉しかった。学校に通い、なのはやアリサ達とまた無邪気に遊 べると思うと心が躍った。でも一番嬉しかったのは、クロノとゆっくりとした時間を過ごせるという事だった。嬉しさのあまり、今朝はいつもより早く起きてしまった。
 なのに――。
 ずきりと胸が痛む。自分にさえほとんど見せてくれた事のない激しい喜怒哀楽をはやてに見せる彼に。
 赤ん坊のように身を丸め、痛みに耐える。
 難しい顔をしている事が多い彼を笑わせていたはやて。
 羨望と嫉妬が頭と胸の中を入り乱れ、どうにも出来ない煮詰まりをみせる。
 自分は彼にどう思われているのだろう。まだ家族としてしか想われていないのだろうか。リンディの養子となってハラオウンの姓を貰い、血の繋がりは無いが兄と 妹になってしまったせいなのか。

「……私が勝手に想ってただけ……?」

 優しくしてくれる彼に勝手に熱をあげ、振り向いてもらえるように努力をして、勝手に舞い上がっていただけかもしれない。なのはの言う通り、彼は誰にでも 優しい。喩え相手が誰でも。だから自分にも優しくしてくれた。ただ、それだけの事だったのか。
 自虐的なフェイトの思考は気付かない。クロノが誰にでも優しいのであれば、無論はやてにも優しく接するだろうという事に。
 涙が自然とこぼれる。ティッシュを取るのも面倒臭かった。枕に顔を押し付けて拭うが、涙は止まらない。後から後からぼろぼろと溢れて来る。

「………」

 情けないと思う。格好悪いと思う。自分は道化だったという訳だ。
 思考を閉じて、フェイトは眼を瞑る。何も考えたくなかった。学校からの帰り道、なのはに話した暴走デバイスの事もどうでもよかった。
 どれくらいそうしていたか。気付くと、室内が真っ暗になっていた。
 起き上がり、サイドボードに置かれている時計を見る。

「七時半……」

 物思いに耽ると時間の経過が早い。フェイトが部屋に籠もった時には五時にならないくらいだったのに。
 遠くから微かに声が聞こえた。

「フェイトが?」

 麻痺しかけていた思考が一気に覚醒する。クロノの声だ。いつの間に帰って来たのだろうか。

「うん……。何か凄く元気無さそうでさ……」
「……分かった。僕が話す」

 気配が近付いて来る。フェイトはベッドから脱兎の勢いで飛び降りると、壁際に置かれた姿見で自分を確認した。着替えてはいないので、聖祥小学校の白を基調とし た制服姿のままだ。髪も含めて目立った乱れは無く、フェイトは安堵の溜め息をつく。だが、同時に絶望した。

「何やってるんだろ、私……」

 どんなに綺麗になっても、彼は振り返ってはくれない。彼が自分にくれる優しさは家族、妹に対する好意から来るものだ。決して異性に対する好意ではないのだ。
 自分は相応しくはない。クロノには、はやてのような明るくて屈託の無い子が似合っている。
 扉が控えめに鳴った。

「フェイト。僕だが、少しいいか?」

 逡巡する。今は彼に会いたくない。彼に異性として好かれようと、無駄な努力を繰り返して来た自分の滑稽さを見せ付けられてしまいそうで。
 長いようで短い迷いの後、フェイトは結局こう答えた。

「……い、いいよ」
「ありがとう」

 扉が開き、クロノが入って来た。扉と壁の隙間から心配そうにするアルフが見えた。
 扉が閉まる。ノブが回る音がはっきりと聞こえた。
 自室に二人きり。普段ならどれだけどきどきする事か。だが、今は何も感じない。それが、フェイトは酷く悲しかった。
 室内が静まり返ってから少しして、クロノが口を開けた。

「……やっぱり学校で何かあったのか?」
「ふ、普通だったよ」

 帰宅途中に答えた言葉と同じ言葉を返す。

「なのはに一週間居なかった事を訊かれたんじゃないのか?」

 頷く。

「事件の事を話したのか?」
「……うん」
「……何て言ってたんだ、なのはは」

 それがあまり覚えていなかった。事件の詳細を話した所までは覚えている。それから喫茶店ではやてと愉しげに話しているクロノを見て、それどころではなくなった。 はやてを送るクロノと別れてから、なのはと何か話したようが気もするが、記憶には無い。ただ、彼女が協力を申し出てくれたのは覚えていた。

「手伝ってくれるって……」
「そうか。……結局巻き込んでしまったな」
「うん……」
「その事で君は落ち込んでいるのか?」

 どうしてこの人は何も分かってくれないのだろうか。
 心配そうに覗き込んで来る彼の眼が、どうしようもなく疎ましかった。

「そうじゃ……ないよ……」

 眼を逸らす。否定する声は自分でも驚く程に低かった。

「なら別の友達と喧嘩でもしたのか?」
「……違う」

 苛立ちばかりが募る。心配してくれているのに。彼と話していればどんなに落ち込んでいても元気になれたのに。

「……さっき、一緒に帰れなかったのが気に入らなかったのか」

 少し違う。でも似たようなものだ。長い逡巡の後、フェイトは微かに頷く。

「仕方がないだろう。はやては家が遠い上に、まだ脚が完全に治ってないんだ。何かあったらどうしようもない」
「そう、だけど……」

 言われなくても分かっている。フェイトはスカートを握り締める。
 クロノは眉間に皺を寄せて、溜め息をついた。

「君らしくない我侭だぞ」

 ――どうして。

「……クロノの……」

 ――分かってくれないの?

「馬鹿……ッ!」

 生まれて初めての罵声を、生まれて初めて好きになった異性にぶつけ、フェイトは部屋を飛び出した。後ろからクロノの声が聞こえるが、無視する。彼の声なんて聞き たくなかった。
 廊下に居たアルフが驚いて飛び退く。フェイトはそんな彼女すら無視して、靴も履かずに家の外へ飛び出した。共通通路を走り、階段から一気に下る。しゃくり 上げながら。
 苛立ちがあった。失望があった。絶望があった。どうにもならない感情があった。それらを振り払うようにフェイトは走った。
 行き場所なんて、どうでもよかった。



 ☆



 走る。走る。走る。ありったけの魔力を込めた脚でヴィータは地面を蹴り立てる。その刹那の後を、ライフルのような射撃魔法が追い縋った。連続して撃ち込まれ る灼熱の魔力の弾丸がコンクリートを破砕し、地面を穿つ。砕け散ったコンクリートが飛び、ヴィータの頬を浅く切り裂く。大切な帽子にも傷がついた。
 だが気に留めない。補修は後で出来る。今は急務がある。
 暴走デバイスを完膚無きまでに殺すという急務が。
 グラーフアイゼンを従え、ヴィータは滑空する燕のように疾駆する。コンクリートに埋め尽くされた地面は走行性が劣悪だが、ヴィータはまったく気にならなかった。
 暴走体が射撃魔法の連射速度を上げる。まるで機関砲のようだ。仮借ない魔力の弾丸が嵐のように撃ち込まれる。

「トロいんだよ……!」

 右足で強く地面を踏み締め、左足で跳躍。建築材が派手に舞い上がる。ヴィータは放たれた矢のように猛然と暴走体へ突っ込んで行く。
 暴走体が素早く反応する。本体である歪な形のデバイスを突き出し、射撃魔法を発動。

「グラーフアイゼンッ!」
『Panzerhindernis!』

 全方位防御魔法を前方に集中して展開。赤い多面体の分厚い壁がヴィータの前方に発生した。
 衝撃。視界が真っ白になる。連続して発射された暴走体の魔力弾が怒涛の勢いで壁を殴って来る。
 この程度の射撃魔法で、ヴィータの突貫は止まらない。いや、喩え高町なのはの最大砲撃魔法が来たとしても、ヴィータは止まらない。グラーフアイゼンを暴走体の デバイスに叩き込むまでは。

「ウザったいッ!」

 降り注ぐ魔力弾。堅牢な赤い壁――パンツァーヒンダーニスはそれらをすべて弾く。力強く跳躍。踏み締めた厚さ五十センチのコンクリートが砕けた。 射撃魔法を物ともせず、爆発的に加速したヴィータに暴走体の反応が一瞬遅れる。
 それが破滅的な隙になった。
 グラーフアイゼンを大上段に振り上げる。魔力をハンマー部位に集中・圧縮・凝縮。

「テートリヒ・シュラークッ!」

 暴走体のデバイスへ振り下ろす。
 確かな手応えと同時に、ヴィータの細い腕に凄まじい衝撃が走った。紫電が発生して、視界を焼く。
 暴走体は、集束型の小規模のラウンドシールドを展開してヴィータの一撃を防御していた。完璧なピンポイントガード。本体を狙って来ると看破しているのだ。
 デバイスが蠢く。まるでヴィータを嘲笑うかのように。

「――ならこうする」

 一転して冷たい声で言った彼女は、空中で身を捻る。まだ伸び切っていない脚で回し蹴りを暴走体の魔導師の顔面に叩き込んだ。
 鈍い音。鼻が曲がり、鮮血が鼻から吹き出た。ヴィータは魔力でさらにきりもみして、もう一発蹴りを放つ。頬に直撃。再び鈍い音。よろめく暴走体。
 地面がすぐそこに見えた。だが、ヴィータの眼は暴走体のデバイスしか見えていない。それを破壊する事しか考えてはいない。

「ぶちッ!」

 息を吸い込み、グラーフアイゼンを肩に担ぐ。

「抜けェェェェェッ!!!」

 暴走体が再びデバイスに防御魔法陣を展開する。だがその動作は酷く不安定だ。構わずにヴィータはデバイスへグラーフアイゼンのハンマーを叩き込む。
 咄嗟に出された防御魔法陣は一秒たりともグラーフアイゼンの打撃を食い止める事が出来なかった。
 今度こそ、デバイスを直撃する。予想していたよりも遥かに強い反動がヴィータを襲った。
 堅い。あまりにも堅すぎる――!
 完璧に入ったはずのグラーフアイゼンのハンマーは、デバイスの黒い表面を傷つける程度の戦果しか出せなかった。
 崩れていたバランスを魔力を使って整え、脚から地面に着地する。暴走体は魔導師のダメージが大きいのか、踏鞴を踏んでいた。
 これ以上無い程のがら空きっぷりだった。

「ブッ壊れるまでぶつけてやるッ! グラーフアイゼンッ!」
『Jawohl!』

 グラーフアイゼンの復唱の直後、ハンマー部位と長柄を繋ぐ箇所が硝煙を上げでスライドした。濃密な魔力が辺りに漂う。
 獰猛な咆哮を上げ、ヴィータは連続でグラーフアイゼンをデバイスへぶつけた。振り下ろし。横薙ぎ。振り上げ。袈裟斬り。カートリッジロードで得られた爆発的 な魔力をすべて注ぎ込み、考え得るあらゆる方向から打撃を放つ。甲高い金属の悲鳴が木霊して、瞬く間に暴走体のデバイスは形を変えて行った。
 打ち付ける度にヒビが入り、火の粉が飛び散った。放たれる手数は加速度をつけて増える。

「潰れろォォォォォッ!」

 大きく振りかぶり、ヴィータは止めとなる一撃を放つ。沈黙していた暴走体の魔導師が動いたのは、まさにその瞬間だった。



 眩い閃光が煌く。白い尾を曳いた魔力弾がシグナムの側頭部を掠めた。切り裂かれた桜色の髪が静かに散る。
 暴走体がおぞましい気配を従えてまっしぐらに迫って来る。本体である右腕のデバイスには、異常な密度の魔力が凝縮されていた。
 デバイスが華麗な弧を描く。まったく同時に、シグナムもレヴァンティンを一閃させていた。
 高音を上げ、レヴァンティンとデバイスが噛み合う。空気が震え、瓦礫の市街地をどよもす。
 暴走体が接近戦に秀でているとは何も聞いていなかった。鍔迫り合いの中、シグナムは心中で舌打ちをする。リンディから渡された資料には主に砲撃魔法を使用して 来るとあった。接近戦は過度に成長した暴走体ならば行う事もあると明記があったが、”行う事もある”と”秀でている”は違う。

「確かに、貴様は優れた技術を持っている」

 ベルカの騎士たるシグナムとほぼ互角の打ち合いが出来る。これは賞賛に値するだろう。

「だが」

 シグナムは呟くと、残像が浮かぶような滑らか且つ素早い動きで暴走体のデバイスを上へ弾く。がら空きになる暴走体の魔導師の身体。低く踏み込み、峰を反した レヴァンティンを横薙ぎに。
 骨が砕ける音を残して、暴走体が吹き飛んだ。派手に転がりながらも、デバイスを地面に叩き付けて勢いを強引に止める。

「貴様には経験が無い」

 蛙のような体勢の暴走体目掛け、地を蹴る。巻き起こる旋風。辛うじて体勢を立て直した暴走体と真正面からぶつかる。華麗な火花が飛び散った。それが虚空に消える 前に、新たな火花が生まれる。
 無駄の無い洗練され尽くしたスピードで、シグナムはレヴァンティンを操る。穏やかな水のように流れる動作だが、猛る炎のような勢いも漂わせていた。彼女の太刀 筋は絶対的な殺意を持ち、一呼吸毎に斬撃の数を増やして行く。狡猾なフェイントを置き、体術を織り交ぜて追い詰める。
 暴走体は完璧な防戦を強いられていた。彼にはシグナムも認める確かな技術があった。だが、彼女の次の手が読めないのだ。剣戟だけならばまだいい。しかし、そこ に培われたフェイントと体術が重なれば、技術だけでは勝てない。
 レヴァンティンが袈裟斬りに放たれる。暴走体がデバイスを突き出す。次の瞬間、予期せぬ方向から衝撃が来た。シグナムの膝蹴りが暴走体の魔導師の脇腹に突き刺さる。 彼女は身を切り返し、肘鉄を魔導師の顔面に入れた。まったく容赦の無い、手加減の無い攻撃だった。

「残念ながら、私もヴィータも魔導師を無傷で救出するつもりはない。ましてやその魔導師が暴走したデバイスの枷であるならば、当然だが攻めさせてもらうぞ」

 魔導師は暴走したデバイスにとって餌だ。だが同時に、シグナムの言う通り枷でもある。暴走体の本体は確かにデバイスだが、動く身体は魔導師なのだ。魔導師が 負傷して膝をつくような事になれば、当然だが暴走体の攻撃能力は大幅に低下する。暴走体が砲撃魔法を多用して来る背景にはそうした事情があった。
 続くシグナムの連撃。今度は振り下ろすような上段蹴り。肘鉄でよろめく魔導師を無視して、デバイスが防御する。鋭く鈍い痛みを無視して、シグナムは蹴りの余勢を 殺さずに身を投げ出し、空中で身体を捩り、魔導師の後頭部へ強引な踵落としを叩き込む。反動を跳躍に変え、天高く飛翔。魔導師が力無く膝をつく。

「手加減はもちろんしている。ただ、二、三ヶ月の怪我は覚悟してもらう。レヴァンティンッ!」
『Jawohl!』

 レヴァンティンがカートリッジをロードする。刃の付け根で峰の一部がコッキングを行い、空になった巨大な薬莢が排出された。

「紫電――」

 急降下。最中、片刃の魔剣が灼熱の炎を吐き出す。シグナムとレヴァンティンが持つ魔力の炎熱変換によってもたらされた消す事の出来ない炎だ。
 暴走体が動く。デバイスを盾のようにかざす。

「一閃ッ!」

 放たれた斬撃は単純な唐竹割りだ。刹那の前までシグナムが繰り出していた研ぎ澄まされた”近接戦闘”に比べれば稚拙とも言える。
 だが、故に必殺。
 一刀両断。あれ程頑強だったデバイスを真っ二つにしたレヴァンティンの刀身は、勢いもそのままに地面にぶつかった。
 大小入り乱れた凄まじい数の建築材が割り箸のように舞う。地響きが駆け抜け、ガラスやコンクリート、家具、砂壁の残骸が埃と共に周辺に飛び散った。地面から 吐き出されたそれらに混ざり、真っ二つにされたデバイスが綺麗な放物線を描いて落下する。

「私が最も信頼しているこの一刀、貴様に防ぐ事は出来ん」

 倒れ伏した魔導師に告げて、シグナムは一息ついた。
 暴走体の一体はこれで片付けた。寄生されていた魔導師を手当てしてやりたい所だが、シグナムはシャマルのように回復魔法が使えない。鼻の骨を砕き、肋骨を 数本叩き折っておいて無責任なようだが、リンディに連絡を取り、アースラで待機している医療班を寄越してもらうしかない。
 だが、まだ呼ぶ訳にはいかない。暴走体が一体残されている。ヴィータと戦っている暴走体が。
 シグナムは素早く視線を巡らせた。一対一でベルカの騎士が敗北するとは思えない。敗北は無くとも互角に渡り合えるのは、高町なのはやフェイト・T・ハラオウ ン、後は実際に戦った事は無いが、あの二人が訓練で勝利した事が無いというクロノ・ハラオウンくらいのものだろう。

「ヴィータ……?」

 戦闘の音も気配も、シグナムの耳には届いてこない。いつも聞こえるはずのヴィータの裂帛の咆哮も。
 不意に飛び込んで来た光景に、シグナムは眼を見開き、何かを考える間もなく疾走していた。
 暴走体の魔導師の手によって、後頭部を鷲掴みにされたヴィータが見えたのだ。
 彼女の表情は苦痛に歪んでいた。いつもなら絶対に手放す事の無いグラーフアイゼンも今はその手に無い。地面に打ち捨てられていた。
 誰かの叫び声が聞こえた。喉に鋭い痛みを感じながら、シグナムは地を駆ける。無意識の内に彼女は吼えていた。
 今すぐ助けてやる。待っていろ――!
 とても遠く見えたヴィータと暴走体が、瞬く間に眼前に迫った。

「その手を離せ……!」

 荒々しく振り下ろされたレヴァンティンが、苦も無く暴走体のデバイスを両断した。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 何かこんなドス黒い話書いてるととても愉しいです。何故でしょうorz
 泥沼街道爆進。






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