魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.8 Rejection









 既視感のような感覚だった。
 S2Uを構えるクロノ。
 撃たれたフェイト。
 彼女を守るように両腕を広げ、クロノの前に立ち塞がる自分。

「な、のは……?」

 細い声に導かれて振り向くと、身体中に擦過傷を作ったフェイトが座っていた。クロノとのデートに着て行ったワンピースはもう原型が無い。左手の包帯は雑巾と 化している。
 胸の奥で何かに火が入った。

「……クロノ君」

 視線を前に戻す。そこには彼が居る。シグナムに半死半生の傷を負わせ、彼女の返り血を浴びた時と同じ表情で佇んでいる。
 その表情が不意に変わった。新しい玩具を見つけた子供のような微笑を浮かべた。

「丁度良い所に来た、なのは」
「丁度……良い、所?」
「ああ。フェイトがどうしても僕と戦ってくれないんだ」

 クロノは声を弾ませる。

「僕はもっと強くなりたいんだ。もっともっと。それなのにフェイトが邪魔をする。僕を掻き乱す。だから死んで欲しいって言ったんだ」

 胸の炎が一気にその勢いを増す。自分でも出所の分からない怒りに炎は猛りを見せて行く。

「でも嫌だと言われた。なら殺し合おうって言ったんだけど、それでも嫌って言うんだよ」

 憎悪にも似た怒りの炎は、間違いなく眼前のクロノに起因していた。

「だから……撃ったの? フェイトちゃんを」
「ああ。聞き分けが無い駄々っ子だったから」
「………」
「なのは。君なら僕と戦ってくれるな?」

 ゼニス社のビルで遭遇した時と同じように、彼は要求する。
 背中から消え入りそうな声がした。

「やめて、なのは……。やめて……」

 うわ言のように呟きながら、フェイトが懇願する。

「フェイト。君は黙っていろ」
「やめて。わたしは、どうなっても……いいから……。だから、くろのをきずつけ……」
「黙っていろと言ったんだ、フェイト」

 クロノが無造作にS2Uを横薙ぎにする。術式構築、展開はまさに刹那。瞬きするよりも尚早く、無駄が無い。構築された術式を制御解放。トリガーヴォイスすら 入力せず、強固な自己意識のみで現実空間に魔法現象を顕現。
 背後で爆音と衝撃が生まれた。慌てて振り向く。
 路面が大きく抉られ、砕かれていた。フェイトの姿は無く、少し離れた路面に横たわっている。

「フェイトちゃん――!」
「なのは」

 駆け出そうとするなのはの脚を、呪いをかけるようにクロノが止める。

「君が背を向ければ、僕は容赦無く魔法を撃ち込む。設定なんて今更言う必要も無いだろう?」

 殺傷設定。

「フェイトを守ろうとするのは君の勝手だ。だが、その分君は不利になる」
「………」
「……いや」

 クロノがS2Uを路面に突き立てる。その先端に魔力を凝縮させ、魔法陣を生成する。

「君が戦わない場合、フェイトを殺す。正直今すぐ殺したいんだが」
「……クロノ君」

 なのははようやく悟った。理屈ではなくて直感で理解した。
 周囲が壊れてしまったように、クロノも壊れてしまったのだ。ただ、それだけの事なのだ。そして、その引鉄を引いたのは自分。
 眼前には壊れた少年。
 後方には崩れた少女。
 これらを作ってしまった自分。
 当然だが、この状況はなのは一人によって作り出されたものではない。あらゆる事柄が複雑に絡み合い、最悪の偶然が重なり、こうなってしまっている。 良く思案し、思考を吟味してみればそういう回答が出ても良いだろう。
 だが、なのはには出来なかった。誰かの為に何かをしようと考え、自身の思いを貫く強さを持つ少女は、やはりまだ十歳の少女なのだ。眼の前の光景を理解した としても、冷静に受け止められる程大人ではないのだ。
 成熟した理性と未成熟な感情。

「人質を取るつもりはなかったが、君はなかなか強情だからね。こうでもしないと駄目だろう?」

 一度壊れてしまったモノは、もう二度と元には戻らない。

「自動詠唱式でスティンガースナイプをセットした。君がおかしな行動を取れば、フェイトを狙撃する」

 もう、駄目なのか。もう、元のクロノには戻ってはくれないのか――!

「なのは、殺し合いをしよう」

 やるしか、ないのか――!

「――レイジングハート――」
『Yes.』

 通常形態アクセルモードのレイジングハートを振り翳す。丸みを帯びた金色のフレームと赤い宝石をクロノに向ける。

「非殺傷設定解除。魔力回路再起動」
「……やる気になったか」
「アンチマテリアルシステム起動」
『OK.Anti material system.stand by ready set up』
「エクセリオンモードは使わないのか?」

 なのはは静かに頷く。

「今のクロノ君には……これで充分だから」

 完全な対魔導師戦闘用の調整が終わる。再起動された魔力回路がなのはの魔力で満たされて行く。

「余裕だな」

 跳躍の予備姿勢に入るクロノ。

「その余裕、すぐに砕いてやる」
「……レイジングハート、行くよ」
『All right my master.』

 なのはの足元に、桜色の魔法陣が生まれる。
 クロノの足元に、水色の魔法陣が生まれる。

「クロノ君。約束して」
「出来ないが、言ってくれ」
「私が勝ったら、話を聞かせて」

 喩えエゴイストと非難されようとも、なのははそう訊く事しか出来なかった。
 供給される魔力。選択される魔法。構築、展開される術式。

「……何を話せって言うんだ、君は」

 クロノの魔法陣が魔力増幅を行う為、回転速度を上昇させて行く。濃密な魔力が光の玉となって彼の周囲に生み出されて行く。

「話す事なんて、僕には無い。それに」

 言葉を切り、クロノは口許に笑みを浮かべた。

「勝つのは僕だ」

 魔力の塊を背に従え、クロノが路面を蹴った。両手でS2Uを構え、まっしぐらになのはに迫る。
 なのはは飛行魔法を発動。発生した浮力に圧縮した魔力を叩き込み、爆発的な加速力を得て走り出す。
 二対の魔導師の杖が衝突した。
 それに重なるように、フェイトの絶叫が木霊する。

「やめてぇぇぇええええええええええッ!!!」

 殺し合いが始まった。



 ☆



 加減をして倒すのは無理だろう。S2Uの一撃を受け止めながらなのはは思案した。模擬戦闘でも勝った事がほとんど無いというのに、今のクロノをどうやって力 を抑えて倒せというのか。通常形態のアクセルモードで充分という言葉はもちろんただの虚偽だった。
 間近で見たクロノは、総毛立つ程の微笑みを浮かべていた。心の底から現状を楽しんでいるような顔だった。
 S2Uを無理矢理弾き返して、なのはは跳躍する。最初の疾走時と同じように圧縮魔力を起爆剤にして、一気に空を駆け上がる。今のクロノの顔は、眼の前で見る には酷過ぎた。
 靴の四枚の翼を広げ、なのははさらに上昇する。近くにフェイトが居る以上、派手な魔法は使えない。少しでも距離を保ち、飛び火しないようにしなければならない。
 アクセルフィンを最大出力で行使。耳元で風が荒れ狂う轟音が鳴り、鼓膜が痛む。柔軟性が無く、小回りの効かない加速飛行魔法だが、加速力と機動力は突出している。 フェイトの安全が保証される距離まで一気に移動した後、アクセルシューターで迎撃攻撃。なのはは優れた空間把握能力を駆使して、クロノの動きを探った。
 追跡して来ている。距離は分からない。だが、そう近くはなかった。迎撃態勢を整えるだけの時間は捻り出せる。
 遠ざかり続けていた公園が小さくなった所で、なのはは急停止をかけた。アクセルフィンが羽ばたき、慣性を押し殺す。
 あらかじめ構築しておいたアクセルシューターの術式を展開。制御解放。トリガーヴォイスを入力しつつ、背後から迫っているだろうクロノに振り向く。

「アクセル――!」

 予想通り、クロノは肉迫していた。S2Uを構えながら何かの術式を構築している。
 その姿が不意に揺らいだ。いや、揺らいだように見えた。
 忽然とクロノが消えた。

「シュ――!?」

 トリガーヴォイスが停止する。発動間際で強制停止させられた魔法を、レイジングハートが保持した。
 咄嗟に視線を巡らせる。すぐ横で声がした。

「本当に余裕だな、君は」
「!?」

 流れるような軌跡を残しながら、クロノが真横からS2Uを一閃させた。
 肩を砕く為の水平の打撃。迎撃も回避も間に合わない。

『Protection.』

 動けない主に代わって、レイジングハートが動いた。自動展開防壁を構築。膜のような魔法防壁がS2Uを受け止める。魔力の火花が舞い散り、なのはの視界を 焼く。
 防壁が受ける衝撃は並みではなかった。魔力も何も付随されていない純粋な打撃であるのに、なのはの途方も無いバリア出力で支えられたプロテクションが破壊されて行く。

『マスター、回避を!』

 叱咤するようなレイジングハートの声が、なのはの思考を加速させた。自分は回避とその後の迎撃に没頭。レイジングハートに離脱手段を一任する。

『Barrier Burst.』

 前方を包むように展開していた膜がS2Uとの接触部分に凝縮、集束される。一際眩い輝きを放ち、それは爆発した。
 圧縮魔力の爆破特有の黄色い爆炎が二人を引き剥がす。なのはは衝撃に身を任せ、宙で身体を回転させて離脱。透かさずレイジングハートにクロノの捕捉を 任せ、強制停止させていた高速誘導魔法を解放する。

「アクセルシューターッ!」

 耳をつんざく轟音と共に、レーザー砲のような魔力弾頭が射出される。光の尾を曳いて飛翔するその数は実に十二発。なのははレイジングハートが捉えた敵影――クロノ の距離を把握して、十二発の弾頭をすべて操作する。
 クロノとの距離は約二十メートル弱。なのはに誘導された弾頭が、音速戦闘機のように散開し、三次元的にクロノを強襲する。
 背後に四発。左右から二発ずつ。上下から一発ずつ。前方へ二発。逃げ場所は無い。喩え回避出来たとしても、シューターの誘導性能は伊達ではない。必ず捕捉して 強烈な一撃を浴びせる。

「行ってェッ!」

 眼を見開き、なのはは弾頭をより加速させた。

「こんな小技で僕を殺す気か」

 クロノがS2Uを掌で回転させる。同時に彼は宙を蹴り、頭上の一発の弾頭を破壊した。刹那後、真下から来る二発目を両断。さらにS2Uにカートリッジロードを 命令。構築、展開していた術式を制御解放する。

『Stinger Force.』

 四発の青い魔力砲が、荒々しく振るわれたS2Uから発射された。綺麗な弧と円を虚空に描いた四本の砲は、大きくうねりつつ、なのはの残り十発のアクセルシュ ーターを一撃ですべて粉砕した。
 背後の四発を二つの砲が砕き、左右の計四発を一つの砲が周回軌道を行って破壊して、前方の二発を一つの砲が抉り、粉々にする。かつてヴィータのシュワルベ フリーゲンを迎撃した時と同じような方法だった。
 目標を破壊した四つの砲は、その切っ先をなのはに向け、上下左右から彼女に肉迫した。強力な誘導操作を受けているこの弾道を、重い機動のアクセルフィンで回避 するのは不可能に近い。防御しか選択肢は無い。
 カートリッジロード。得られた魔力をバリア出力へ即刻変換、供給。

『Protection Powered.』

 全方位で構築された防壁に、四つの砲が突き刺さった。

「ッ……!!!」

 冗談ではない衝撃が上下左右からなのはを襲う。内臓が激しく刺激され、視界が振り回される。魔力の減衰と共に強烈な嘔吐感を感じた。
 砲撃防御で発生した白煙が、安定しないなのはの視界を奪った。クロノの位置を把握しようにも、クリアにならない思考がそれを許さない。
 瞬間、警告。

『前方十二時!』

 視界をクロノが埋めた。
 大上段から繰り出されたS2Uをバリア出力最大で防御する。非実体魔力刃――斬撃魔法ブレイズセイバー――によって強化されたS2Uは、恐ろしいまでの勢いで 防壁が破壊して行く。その速度は、レイジングハートの予想をも遥かに上回った。
 硝子が割れる音がして、防壁が突破された。クロノは斬撃の加速を維持したまま、その切っ先をなのはの頭上へ放つ。
 運動神経がお世辞にも良いとは言えないなのはを救ったのは、父親譲りの反射神経だった。
 迫る白銀の刀身を掲げたレイジングハートの長柄で斬り受ける。両腕が折れてしまいそうな衝撃。骨を直に殴られたような感覚で、一瞬にして腕が麻痺してしまった。

「まだ余裕はあるか?」

 小馬鹿にしたようにクロノが言う。なのはには答えられる余裕さえ無かった。
 アクセルシューターのみで戦う? 無理だ。絶対に無理だ。このままでは十秒も持たない。シグナムのように蹂躙されるだけだ。
 必死に状況打開を模索するなのはだが、未だクロノに対してエクセリオンモードを使うつもりは無かった。

「だったら引き出させてやる」

 クロノが動く。レイジングハートを抑え付けていたS2Uを捻り、力を受け流すように、なのはの姿勢を崩した。その右肩へ疾風のような蹴りを放つ。
 直撃だった。自動展開防壁も間に合わず、なのはの反射神経も対応出来なかった。
 あまりの痛みに悲鳴は出なかった。対衝撃、耐圧に優れたバリアジャケットで最低限の防御をした。だが、問答無用の痛みがなのはの脳を激しく揺らした。

「どうした、なのは」

 背を丸めるなのはの腹部へ、クロノは潜り込ませるようにS2Uの先端を突き入れた。

『Stinger Ray.』

 バリアジャケットが砕けそうになる。

『Stinger Ray.』

 一層目が砕けた。

『Stinger Ray.』

 重い何かで腹を容赦無く殴られたような感覚。

『Stinger Ray.』

 先程の嘔吐感が蘇る。

『Stinger Ray.』

 肩の痛みが薄らいだ。それ程までに腹の痛みは熾烈だった。

『Stinger Ray.』

 レイジングハートがプロテクションを展開する。

『Stinger Ray.』

 それが一発の弾丸で破壊された。

「君のバリア出力はこの程度だったのか」
『Stinger Ray.』

 クロノの嘲笑とS2Uの変わり果てた電子音声が重なった。
 二層目が突破されかける。その下にあるのは十歳の少女の柔らかな肌だ。殺傷設定の魔法弾頭に対しては脆弱以外の何物でもない。
 意識が薄くなる。視界が白くなって行く。嘔吐感が無くなって行く。
 そんななのはを、レイジングハートが救った。

『Reacter Purge.』

 白い防護服が輝きを放ち、衝撃力を撒き散らして吹き飛んだ。昏倒寸前だったなのはは水面に投げ出され、クロノは身を捩って距離を保つ。
 海面が眼の前に迫る。なのははそれすらも他人事のように感じた。何せ意識が薄い。遠ざかっている。
 壊れたブラウン管のようになる視界に、青い海が映った。

「―――!」

 歯を思い切り噛み締める。気を失ってしまいそうになる程の痛みを、強引に捻じ伏せる。
 アクセルフィンを行使。海面ギリギリの所で姿勢を回復させ、なのははバレルロールを行った。激しい水飛沫が生まれる。

「……大したものだ」

 空の上で、クロノが関心したように呟く。
 なのはは呼吸を整えながら、嘔吐する代わりに吐血した。鮮血の塊を足元の海へ吐く。

『master.』
「大丈夫……じゃないけど、大丈夫」

 口許の血を拭う。右肩がほとんど上がらない。腹部は泣きたい程に痛い。
 でも、ここで降参を認める訳にはいかなかった。彼から話を聞く為に。喩え死んでも負ける訳にはいかないのだ。

「気丈だな、なのは。でも余裕は無いだろう?」
「……余裕なんて、最初から無いよ……」
「だったら、君の得意の砲撃魔法で勝負しないか?」

 提案をしながら、クロノは砲撃魔法の術式構築に取りかかっている。
 単独戦闘が可能な砲撃魔導師。本来は存在しないカテゴリーに属するなのはは、自他共に認める砲撃魔法の使い手だ。感覚のみで構築した単純魔力砲撃は、広域結界を 突破ではなく完全に破壊してしまう程だ。こと砲撃魔法に関しては、なのははAAA判定ではなく、S判定を得られるだろう。その砲撃魔法と撃ち合いをしようと、クロノ は言っている。
 なのはにとっては千載一遇のチャンスと言えるだろう。だが。

「……負けたら……死んじゃう、よね……」
「そうだな。死ぬな」
「私がクロノ君を殺しちゃうかもしれない……。クロノ君が私を殺しちゃうかもしれない……」
「何を今更言ってるんだ。これは殺し合いだ。違うか?」

 術式構築を終えたクロノが、S2Uの先端をなのはへ向ける。白い光のような球体が現れ、その規模を徐々に大きくして行く。
 フェイトに向けて解放した砲撃魔法と同じ術式を、なのはは彼から感じた。クロノの主砲とも言える砲撃魔法ブレイズキャノンだ。発射間隔、射程、火力共に水準値 を超え、バランス良く整ったスペックを誇っていたその魔法は、今はただ威力だけを高めていた。
 ディバインバスター・エクステンションでは拮抗は出来ない。間違いなく負ける。直感でなのははそう悟った。

「君も用意してくれ。待ってるから」

 彼の口調は、なのはに本当の全開を出させる事を促しているようだった。
 アクセルモードは圧倒的に火力不足だ。バスターモードでも同じ結果になる。接近戦では話にもならない。元々の経験も技量も差があり過ぎるのだ。この差を 埋める手段を、今のなのはは一つしか持ち合わせていない。
 エクセリオンモードでしか、もう拮抗は出来ないだろう。

「……レイジングハート。エクセリオンモード、いける?」
『All right my master.』

 ここから先は加減が出来ない。

「そうだ。全力でないと面白味が無い」

 だから一撃で決める。
 カートリッジがロードされた。コッキングカバーが解放され、一発の空薬莢が排出される。

『Drive Ignition.Excellion mode standby ready set up.』

 そして杖は槍となる。
 動かない右手を無視して、なのはは利き腕の左手のみで槍となったレイジングハートを振り翳した。選択すべき魔法は一つしかなく、魔力をカートリッジを四発連続 ロードで供給。ディバインバスターの術式を基礎として、新たな追加術式を構築、展開。四つの帯状魔法陣がレイジングハートを守るように現れる。

「エクセリオンバスター――フォース、バースト――!」

 槍となった切っ先に、巨大な魔力の塊が生み出されて行く。なのはの元からの魔力と四発のカートリッジから得られた途方も無い魔力の集合体だ。集束砲では無いが、 スターライトブレイカーに匹敵する破壊力がある砲撃である。これを殺傷設定で解放した場合、どれだけの人間を跡形も無く吹き飛ばせるか分からない。
 その魔力を、なのははクロノへ向けた。脇でレイジングハートを保持して、腕一本で支える。
 エクセリオンバスターでクロノの砲撃魔法を相殺して、その後、ACSを使って肉迫。S2Uを破壊して無力化を図る。現状で彼を倒すにはこれしかない。
 準備は終了した。

「ブレイクシュートォッ――!」
「来い、なのはぁッ!」

 少女は悲痛に。
 少年は歓喜して。

『Excellion Buster.』
『Blaze Cannon Full Burst.』

 空間が揺れた。海面が渦を巻き、押し開かれ、クレーターの様相を呈した。
 解き放たれた桜色と白銀の魔力は、空間に歪な軋み音を上げさせて衝突する。その衝撃力は海だけでなく、遥か上空の雨雲をも吹き飛ばした。
 もうどこが痛いのか分からない。なのははそう思いながら、多分一番痛いだろう心に涙した。拮抗する大規模砲撃魔法の閃光に眼を細め、左腕に残されている魔力と 体力すべてを注ぎ込む。それでも足りない。意識が幾度と無く飛びかける。その度にエクセリオンバスターがブレイズキャノンに喰われて行く。

「ああああああああああああああああああああッ!」

 だから吼えた。何もかも忘れて。
 破損したバリアジャケットが、殺傷設定の砲撃が生み出す熱量に耐え切れずに崩壊し始めた。それ程までになのはの魔力供給は尋常ではなかった。レイジングハー トの排熱処理が追いつかず、フレームが過熱する。柄を握り締めている左手から白煙が昇った。

「ァァァァァァァァああああああああああああッ!」

 髪を結わえていたリボンが千切れる。インナーの袖が吹き飛ぶ。左手の感覚が消えた。
 ブレイズキャノンに喰われていたエクセリオンバスターが、一気にその光景を逆転させた。白銀の光は押し返され、圧壊。桜色の光に苦も無く飲み込まれ、その先に 居たクロノに強暴な牙を剥いた。
 そこでなのはの意識は闇に落ちた。



 ☆



『master.』

 聞き慣れた電子音声に呼ばれて、なのはは眼を開けた。途端に全身を激痛が駆け巡る。
 展開された魔法陣の上に彼女は横たわっていた。レイジングハートが魔力残滓から捻り出した心細い小さな魔法陣だった。

「……ありがとう、レイジングハート」

 礼を告げて身体を見渡してみる。酷い有様だった。左の掌には眼を背けたくなるような火傷があり、バリアジャケットは原型が無い。インナーは袖が無くなっており、 スカートは引き千切れたように丈が短くなっている。髪を結わえていたリボンはすでに無い。
 満身創痍の状態だが、なのはは生きていた。
 周囲を見渡す。一面気持ちが良いくらいの大海原が広がっている。遠くに臨海公園が見えた。
 波は穏やかで風もほとんどない。衝突した大規模砲撃魔法の余波を受け、雨雲は頭上には無かった。
 暖かな陽の光がなのはを照らす。それが彼女にある実感を与えた。

「……クロノ……君は……?」
『――reaction lost.』

 反応消失。

「……嘘……」
『―――』

 レイジングハートは何も答えない。

「嘘だ、よね……。そんな……嘘だって言ってよォッ、レイジングハートォッ!」
『―――』

 殺すつもりなんて無かった。エクセリオンバスターで相殺して、それから――。

『――reaction lost.』

 二度目の報告。なのはは止まった。そして実感した。
 自分がクロノを殺した。
 今日三度目の嘔吐感が込み上げて来た。今までで一番強烈だった。我慢し切れずに胃の中のものを吐き出す。半日何も食べていなかった為、吐き出されたのは胃液 だけだった。
 背中が寒くなる。頭が締め付けられ、酷い耳鳴りがする。涙が止まらず、嘔吐しながら泣いた。

「うぁぁ……ああああああぁぁぁぁ……!」

 初めて人を殺した。それも大切な友達を。親友の恋人を。
 違う。殺そうとしたんじゃない。そんなつもりはなかった。ただ止まって欲しくて。話を聞きたくて。話を聞いてもらいたくて。
 仕方がなかったんだ。もうどうしようもなかったんだ。
 レイジングハートは沈黙している。時々語りかけるように赤い宝石を点滅させるが、言葉は発しなかった。
 嗚咽は止まず、静かな海原に響く。
 ふと、少年の声がした。

「何を泣いてるんだ?」

 風が吹き抜け、なのはの髪を揺らして行く。
 嗚咽が止まった。なのはは顔を上げ、前を向く。

「やれば出来るじゃないか、殺し合い」

 無傷のクロノ・ハラオウンがそこに居た。

「クロ、ノ君……」
「幽霊でも見たような顔をしているな」

 打撲の痣が刻まれた頬が歪んだ。浮かんだ感情は、嘲笑。

「だ……だっ、て……!」
「僕にだって高速移動魔法の一つは使える。術式の同時構築はそう難しくもない」

 自慢する様子も無く、クロノは淡々と語った。
 変わらない濁った瞳だが、なのはは嬉しさを感じずにはいられなかった。
 クロノは生きていた。生きていてくれた。胸に広がる安堵感を隠す事が出来なかった。

「良かった……!」
「……何が良かったんだ?」

 クロノが嘲笑を消した。

「……え……」
「君は僕と殺し合いをしていたんだろう? 僕が生きていたという事は、未だそれは続いてるという事だ」

 紙に染み込む水のように、安堵が絶望に侵食されて行く。

「なのは」

 彼は笑った。嘲笑ではなく、冷ややかな笑みだった。なのはの襟首を無造作に掴み上げ、喉を圧迫する。

「ク、ロ――ノ君……!」
「続きをやろう。君が起きるまで待っていたんだから」

 クロノはくつろいだ動作で身体を臨海公園の方角に向け、腕に魔力を流し込む。強化された握力が容赦なくなのはの喉を締め付けた。
 まともな呼吸が出来ず、咽る事も叶わない。
 そんな少女を、クロノは身を翻して投げた。
 悲鳴を上げる力すら残されていないなのはに、自らの身体を止める術はあろうはずもなかった。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございます。なのは敗北な話です。予定していたプロットではこの話でフェイトが坂の終点に辿り着く予定だったのですが、遅れて おります。無念orz
 好き勝手にオリジナルの魔法を出してます。地味に”オリジナル魔法”を更新。
 では次回も。

 2006/6/16 誤字脱字修正
 2006/7/06 改稿
 2006/10/19 改稿




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