魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.9 Wild fang









 黒いカードが手の内にある。
 見事な闇色だ。タロットカード程の大きさで、紅い宝玉が中心に備わっている。他に装飾品らしき物が何も無い。
 リンディはその表面をゆっくりとなぞる。手袋を付けていない肌は、タロットカードが硬い金属製である事を伝えて来た。
 眉尻を下げ、リンディは求めるようにカードを見詰める。その瞳は弱々しい。穏やかながら毅然としているいつもの瞳ではない。

「クライドさん」

 彼の遺品の一つに語りかける。自分はどうすればいいのか、と。
 自分の無力を許せず、その果てに管理局の敵になった愛しい息子。
 自分の行いを許せず、自傷行為を行って、その果てに行方を暗ました愛しい娘。

「もしここに居たら……何て、言ってくれますか?」

 母として息子と娘を支えなければならない立場に居る自分が、弱気になって居ない人間に頼ってどうするのか。一度は苦笑して否定した自問だが、リンディはもう 否定出来なかった。磨耗した心が拠り所を求めて止まらないのだ。
 飾り気の無い無骨なカードは黙して何も語らない。
 提督でありながら前線に赴き、己が傷付く事も厭わずに部下を守り、事件解決に常に身を張り続けていたクライド・ハラオウン。黒いカードは、彼が生前に愛用 していた完全なオリジナルストレージデバイスだ。名をL4Uという。クロノが愛用していたS2Uの試作機として設計された物である。

「私は……どうすればいいのでしょうか?」

 かつてなのはに言った言葉がある。
 ”私達は常に最良の選択を選ばなければならない。”
 現状の最良の選択とは何か。犠牲者をこれ以上出さずに事件を解決に導くにはどうすればいいのか。
 答えはすでに出ている。部下達にはすでにその答えを告げていた。

「………」

 クロノ・ハラオウンから管理局に関わるすべての権限を剥奪。デバイス暴走事件への加担、捜査妨害、局員への傷害、殺人未遂等の罪で発見次第逮捕。その際、 殺傷設定による魔法攻撃も許可する。
 この決定にエイミィが猛烈に反発した。彼女だけではなく、アレックスやランディも強い難色を示している。乗艦している局員のほぼ全員がリンディの決定に従わな かった。
 クロノの影響力とその存在感を改めて痛感する結果だった。もしかしたら、彼は自分よりもスタッフ達の心を掴んでいたのかもしれない。
 だが、リンディは己が決定を曲げるつもりはなかった。管理局提督として、現場の責任者として、これ以上デバイス暴走事件に関わる犠牲者を出す訳にはいかないのだ。

「……最良の選択……」

 そう。これが最良の選択のはずなのだ。
 なのに迷ってしまう。執務室で一人になり、疲れた身体に一時の休憩を与えていると逡巡が生まれてしまう。

「間違って、いないですよね」

 ”Love for you”の名を持つ夫の遺品は何も返さない。
 深い逡巡が都合の良い言葉を見つけた。

「他に最良と呼べる選択があるのでしょうか」

 クロノを助け、スタッフ達を危険に晒さず、さらに犠牲者も増やさずに事件を解決する方法。
 リンディは力無く首を振った。そんな方法あるはずがない。クロノ一人とアースラのスタッフは決して同価値ではないのだ。彼一人を犠牲にして、乗艦している 百人単位のスタッフを救えるのなら、迷う事無くクロノを切り捨てなければならない。そうする事で犠牲者も増えない。危険な現場に赴くL級艦船の責任者として 当然の選択と言えた。
 この選択を選んだ事に迷ってはならない。分かってはいたが、それでも一度思案してしまった”本当の最良の選択”を破棄する事が出来なかった。

「……駄目、ですね。私は」

 これは恐ろしい誘惑だった。
 だからリンディは己に言い聞かせる。クロノの逮捕が最良の選択なのだ、と。

「………」

 視線を机上へ移す。二枚の家族写真は一週間前と変わらずにそこにある。
 とても見ていられなかった。
 リンディは眼を伏せ、写真立てを伏せようとする。自分の心に蓋をしてしまうように。

「………」

 でも出来なかった。
 伏せようとしていた写真立てを手に取る。
 手を握り合ったクロノとフェイトの写真。クロノは恥ずかしそうに、フェイトは嬉しそうに、それぞれ違った笑みを浮かべている。

「クロノ」

 誰も犠牲にならずに事件が解決する方法。もしあるのなら教えて欲しい。リンディは心中で懇願する。
 犠牲の出ない事件は無い。時空管理局最高責任者インヘルト・ロイド卿の言葉だ。確かにその通りだ。人が傷付かなくても、事件は必ず何かしらの犠牲を生み出す。
 その犠牲を減らそうと、悲しむ人を無くそうと、クロノは頑張っていた。

「フェイト」

 そんなクロノにズタズタにされた娘。行方不明の彼女を探す事すら、リンディは自分に許さなかった。現場では常に提督であれという思考は、もはや強迫観念に近 かった。
 時空管理局提督としてのリンディ・ハラオウン。
 二児の母親としてのリンディ・ハラオウン。
 彼女の心は、この二つの狭間で激しく揺れ動いていた。恐ろしい誘惑に乗ろうとする自分を止める事が出来ない。
 そんな時、書類に埋もれたインターフォンが鳴った。

「はい」
『エイミィです』

 その声は普段の彼女から想像も出来ない程に無感情だ。

『本局から連絡が入りました。リンディ・ハラオウン提督とエイミィ・リミエッタ執務官補佐は、本日○九○○時に本局総合会議室に出頭せよとの事です』

 時計は午前八時を表示している。後一時間後だ。
 本局の総合会議室への出頭命令。何について話されるのかは思案するまでもない。
 クロノの処遇を決定するのだろう。自分の決定は現場の判断に於ける臨時のものでしかない。

「分かりました」
『それでは』

 必要以上に事務的なやりとりを行って、リンディはインターフォンを切る。
 エイミィの態度は徹底して他人行儀だった。上司として咎めるべきだったが、業務に支障は無く、そうされても仕方がないと理解しているのでリンディは何も 言わずに居る。
 改めて時計を見る。総合会議室までの移動時間を考慮すれば、”本当の最良の選択”を模索する為の時間は三十分も無かった。



 ☆



 頼まれていたモノの調査結果をエイミィに報告をして、さらにデバイス修復用の資材の発注を済ませたマリーは、最近は半ば自室化したデバイス整備室に向かう。
 途中の自動販売機で飲み物を二本買った。一本は自分用。もう一本は来客用だ。
 整備室に入ると、入院患者用の寝間着を着た赤毛の少女が居た。デバイスの整備室にはあまりにも不釣合いな身形の少女である。

「ヴィータちゃん。そろそろ病室に戻ったら?」
「……いい」

 側に歩み寄りながら言うと、ヴィータは憮然とした声を返して来た。眼はずっと正面を向いていて、マリーに振り向く素振りは見せない。
 ヴィータの視線の先にはアームドデバイスの残骸があった。数は二つ。作業台を占拠しているそれらに原型は無い。

「はやてちゃんが心配するぞ。ヴィータちゃん、眼を覚ましてすぐなのに」
「あたしはグラーフアイゼンと一緒で頑丈に出来てんだ。怪我なら慣れっこだ」

 残骸の一つはヴィータのアームドデバイス、グラーフアイゼンである。長柄を残して本体部位である二対式ハンマーヘッドは粉々になっていた。

「ヴィータちゃんは平気でも、心配してる方は平気じゃないんだよ?」
「………」
「アイゼンが気になるのは分かるけどね」

 作業台の周囲には修復機材が所狭しと設置されているが、稼動している様子は無かった。アームドデバイスはミッド形式のデバイスとは一線を画しており、 修復用資材の互換性がまるで無い。専用の資材が来るまでは簡単な修復すら出来ない。
 マリーは白衣のポケットから缶ジュースを取り出すと、ヴィータの視界で散らつかせた。糖分控えめのスポーツドリンクだ。

「飲む?」
「……うん」

 受け取ったヴィータはさっそく栓を開け、グビグビと飲み始める。
 マリーも自分用に買って来たもう一本を開けた。こちらは栄養補強飲料だ。

「……直るよな、グラーフアイゼン」
「もちろん。今は部品が足りないけど、届いたらすぐに元通りになるから」
「……本当か?」

 ヴィータが不安げにマリーを見上げた。いつも通りの不機嫌そうな声だが、その瞳には恐れにも似た不安が見え隠れしている。
 マリーはおどける事にした。肩を竦めて見せる。

「装備課に二言は無いわ。部品が届いたら三日で完璧にしてあげる。あ、どうせなら直すついでにパワーアップもしちゃおうか?」
「た、例えば?」

 どこか引いた様子で、ヴィータ。

「この前の改修で最大装填数が五発になったけど、フェイトちゃんのバルディッシュに搭載したCVK792−Rの試作機が資料用に残ってるの。試作機だけど実戦を 想定して設計してあるから耐久性にバッチリよ。搭載すれば持久戦の対応力が付く上、リロードの手間が一気に減るよ?」

 ずいっと顔を近付ける。ヴィータの頬の引き攣りが間近で見えて面白かった。

「い、今はいいや。その、別に困ってないし」
「そう? う〜、ちょっと残念……」

 それなりに本気でマリーは残念に思った。気を紛らせる為の適当な提案だったが、CVK792−Rの試作機が余っているのは本当だ。大規模な改修作業になるだろう が、改造は可能である。

「レヴァンティンも同じくらいかかるのか?」
「レヴァンティンはグラーフアイゼンより軽傷だよ。中枢機能の損傷はまだ少ないし」

 粉砕されたというのは同じだが、レヴァンティンは刃を破壊されただけで済んでいる。中枢機能の半数は稼動可能で、自己修復可能な箇所からすでに修復は始まっていた。 資材が届けばグラーフアイゼンよりも早く本来の姿を取り戻すだろう。
 問題はマスターだった。

「……シグナムさんは……?」

 さすがにマリーも不安を隠す事が出来なかった。彼女の容態が多少安定したのは聞き及んでいるが、だからと言って安堵の吐息をつく事は出来ない。
 ヴィータは缶の中身を一気に飲み干すと、その表情を一変させ、明るい笑みを浮かべた。

「いびきかいて寝てるよ。ウチのリーダーは一回熟睡するとなかなか起きれないんだ」

 もちろんそんなはずが無い。今シグナムは、集中治療室の無菌室の中で、山のような医療機材に取り囲まれて点滴と輸血を受けている。

「……先輩から少し聞いてるんだけど、大丈夫なのかな……」
「大丈夫だって。シグナムは殺したって死なねぇーよ」
「ヴィ、ヴィータちゃん、それはさすがに……」
「いや、ホントだって」

 微笑みを取り繕うヴィータに、マリーは胸の締め付けを覚えずには居られない。

「あたしの家族はあれくらいじゃ死なねぇーよ」
「……ヴィータちゃん」
「それでさ、グラーフアイゼンよりもレヴァンティンを先に直して欲しいんだ。眼ぇ覚ました時に相棒が無かったら、あいつでも寂しいと思うだろうし」
「……うん。それは任せて」
「ああ、任せる」

 励ましたり励まされたり。何だか忙しい日だ。
 マリーは栄養補強飲料水を胃に流し込む。ビタミンやミネラルが凝縮された酷い味だが、ここ数日で飲み慣れてしまった。今では美味しいとすら思ってしまう。
 まともな睡眠が摂れたのはいつの事か。思考を巡らせても答えは出て来ず、偏頭痛が酷くなるだけだった。さらに立ち眩みすら覚えてしまう。
 空になった缶をゴミ箱に投げ捨てたマリーは、座席に座り、コンソールに指を走らせる。
 視界に入る物の輪郭が二重になって見えた。

「事件が終わったら一週間くらい休めないかなぁ」

 自分を叱咤するような軽口だったが、同時に本音でもある。予断を許さない緊張状態が続いているが、超過労働であるに変わりはない。最後に自宅に帰ったのがいつかは 思い出せないし、親が何度も連絡を取って来た。職場が職場だが、何週間も家に戻っていなければ心配されて当然だろう。
 本来の業務も完全に滞ってしまっている。マリーは深い溜め息をついて眼鏡を外した。疲労困憊の眼球を瞼の上から揉み解す。

「……あれの完成、もうちょっと先になりそうだなぁ……」

 思いを馳せるマリーの声は、恋する少女に近い。
 デバイス暴走事件が起こる以前、彼女は執務官向けの移動用大型装備の開発主任を務めていた。とある伝手から入手した大型二輪駆動車をベースに、質実剛健の走破 性能を求めて開発は進んでいたのだが、現状は完成を許さなかった。今では装備課の保管庫でひっそりと埃をかぶっている。

「それじゃ、グラーフアイゼンとレヴァンティン、頼むな」

 ヴィータのいとまを告げる声が、マリーの思案を遮った。

「了解。ヴィータちゃんも早く怪我治してね」
「うん、ありがと」

 部屋を出ようとしたのか、扉が開く音がする。

「あの、ヴィータちゃん」

 座席を回して振り返る。ヴィータは扉を潜った辺りで脚を止めていた。

「なのはちゃんやフェイトちゃんは……?」

 返事には少し時間がかかった。

「なのはは入院してる」
「……やっぱり、クロノ君に……?」

 返事は頷きだった。

「テスタロッサはどこかに行っちまった」
「どこかに行ったって……?」
「……捜査課ってとこの奴らが探してくれてるらしいけど、まだ見つからないって」
「そんな……」

 つまり、失踪したという事だ。クロノの後を追うようではないか。リンディやエイミィの心境を思い、マリーは唇を噛む。

「でも、どうして」
「……クロノと戦いたくないんだろ、多分」
「………」
「……じゃ、あたしはもう行くから」

 呟くような言葉を残して、扉が閉まろうとする。

「……クロノ君、どうなっちゃうんだろう……」
「……知らねぇ、よ……」

 高圧空気が吐き出され、扉が閉鎖された。
 クロノの犯した罪は少なくない。さらに軽くもない。執務官として管理局に復帰するのはもう不可能だろう。彼は今や犯罪者なのだ。
 溜め息が自然と喉を通った。気を取り直す事は出来ず、マリーはレヴァンティンの修復作業に没頭する事にした。
 近い内、もしかしたら今日にでもクロノの処遇が決定するかもしれない。その時、エイミィに依頼されてマリーが調査した、クロノの私物の解析結果がどれだけ役に立つかは分からない。

「後で先輩に連絡取ってみよう」

 もしかしたら、今修復しているレヴァンティンやグラーフアイゼンが、その切っ先を再びクロノに向ける事になるかもしれない。
 そんな事にはなって欲しくない。マリーは祈りながら作業を続けた。



 ☆



 扉が閉まる音を聞きながら、ヴィータは拳を握り締める。

「そんなの……知らねぇよ」

 意識を取り戻してから数時間。シャマルから聞き出した現状に、ヴィータはただ歯を食いしばるだけだった。
 クロノが完全に敵になった。シグナムだけでは飽き足らず、なのはやフェイト、アルフにまで牙を剥いた。
 強制捜査の時のような抑えの効かない怒りを感じる。そして裏切られた悲しさも感じる。
 闇の書事件終結の時、クロノはヴィータ達守護騎士達の罪を軽減しようと尽力してくれた。はやてと一緒に居られるのは彼のお陰だ。
 数ヶ月前の八神はやて殺害未遂事件では、死にかけるような重傷を負いながらも、はやてを守り抜いてくれた。
 本当に感謝している。なのはやフェイト同様に恩人だ。
 だからこそ怒りと悲しみを覚える。自分の信頼を裏切ったクロノに対して明確な敵意を抱く。

「何が知らないというのだ?」

 聞き慣れた声に、ヴィータは物思いから一気に引き摺り出された。
 いつからそこに居たのか、眼の前にザフィーラが佇んでいた。

「ザ、ザフィーラ」

 思わず身を引く。

「………」
「な、なんだよ」

 彼は口許を硬く結び、いつもと変わらない顔をしている。軽い緊張感を帯びた武道家のような佇まいだ。特別おかしな所は無い。
 なのに、ヴィータにはどこか怒っているように思えた。

「ヴィータ。主に無用の心配をかけるな」

 簡潔明瞭にザフィーラが言った。
 シャマルに話を聞いた後、居ても立っても居られなくなったヴィータは、はやてには無断で病室を抜け出して来たのだ。

「守護騎士とは言っても、回復力には限界がある。気になるからと言って、あまり動き回るな」
「分かってるよ。その、ごめん」
「俺はいい。主にはちゃんと謝るのだぞ」
「うん。……はやて、怒ってた?」
「ああ」

 短い返事に、ヴィータは軽い戦慄を覚える。理由はどうあれ、激怒したはやては畏怖すべき存在だ。

「油を絞られると見ていいだろう」
「……トイレに言ってたって言い訳、効くかな?」
「それがバレた時を想定するべきだ。俺は責任を持てん」

 友軍の支援は実に乏しい。常に一線を引き、外から見守るような立場を取っているザフィーラだが、こういう時は家族として前に出て来ても良いではないかと思う。

「病室に戻るぞ。お前はもう少し休め。まだ痛むのだろう?」
「……うん」

 あの荒唐無稽の科学者の打撃は、的確にヴィータの急所を貫いていた。少しでも動けば激しい鈍痛が襲って来る。根付いた痛みは当分取れる事は無いだろう。
 背を向けて歩き出そうとしていたザフィーラが提案して来た。

「運んでやろうか?」

 おぶってやる。大きな彼の背中がそう語っていた。
 当然大声で拒否する。

「ば、馬鹿! そんな恥ずかしい事するぐらいなら転移する!」
「それはやめておけ。魔力の浪費だ」
「とにかくいい! 歩いて帰る!」
「そうか」

 そう答えるザフィーラの声はどこか寂しそうだった。
 痛む身体を庇うようにヴィータはちょこちょこと歩く。ザフィーラは彼女の小さな歩幅に合わせて、ゆっくりと側を歩いた。
 通路内には落ち着かない空気が流れていた。緊張、不穏、不安、そうした諸々の感情が本局内全域を満たしていると言っても良い。

「ザフィーラ。アルフはどうなんだよ。あいつも派手にやられたって聞いたんだけど」
「意識ははっきりしているが、あまり良い状態とは言えん」

 提督の制服で身を固めた年配の局員達が、二人の脇をすり抜けて行く。ヴィータは眼線で彼らを追いつつ、ザフィーラに問うた。

「そんなに重いのか、怪我」
「傷自体はスクライアの処置が早かった為、大事には至っていない。問題はあいつを構成している魔力が薄くなっている事だ」
「……テスタロッサか」

 使い魔の身体を構成、維持しているのはマスターである魔導師の魔力だ。その魔力が薄弱になれば使い魔の存在は薄れ、供給が停止すれば消失する。
 使い魔にとっては、死にかけるような大怪我よりも、魔力供給の停止の方が死活問題となる。
 ザフィーラはむっつり顔のまま頷いた。

「ああ。専門医の話では、テスタロッサからの魔力供給が極端に弱くなっているそうだ」
「持つのか?」
「分からん」
「……一緒に居てやらなくてもいいのか?」

 ザフィーラとアルフの関係を知らない人間は周囲には居ない。管理局の任務の為とは言え、結婚式を挙げて、公然の前で唇を重ねた仲だ。

「主にも言われたが、今のあいつにしてやれる事は何も無い」

 眉一つ動かさずに彼は言った。声音もいつも通り静かなものだった。
 無性に腹が立った。

「そんなの関係ねぇーだろ。一緒に居て、手でも握っててやればいいだろ」
「………」

 二人の歩みは止まらない。

「……もしクロノが出て来たら、あたしが出る。あんたは安心してアルフと一緒に居ろよ」
「無茶を言うな。今のお前では相手にならんぞ」

 言われるまでもない。シグナムが太刀打ち出来なかった敵を何とかしようなどとは思っていない。

「知ってる。でも出る」
「シグナムと同じ末路を辿るぞ。主を悲しませるような真似はやめろ」
「バリア出力ならあたしの方が上だ」
「そういう問題ではない」
「あたしは」

 ヴィータは脚を止めた。数歩進んだ先でザフィーラも止まる。
 自分の信頼を裏切ったクロノ。親しい者を誰彼構わず殺そうとしたクロノ。
 シグナムは意識不明。なのはは重傷。フェイトは行方不明。アルフは存在そのものが危うい。
 これだけの事をされた。それでもヴィータは、

「あいつを信じたい」
「……ヴィータ」
「……信じ……たいんだ」

 そう呟き、そう思った。
 正直話をした回数だって多くはない。はやてが好意を寄せているし、むしろ彼女の心を半ば奪っている奴だ。正直気に入らない。
 でも信じたかった。間接的にだが、父親を殺した自分達を何も言わずに赦してくれた。はやてを守ってくれた。
 そんな彼がどうしてあんな行動を起こしたのか。その真意を知ってからでも、敵意を抱くのは遅くはないのではないか。

「なら尚更だ」

 含み笑いすら浮かべて、ザフィーラが答えた。

「お前一人に行かせる訳にはいかん。ハラオウンが現れた時は俺も出よう」
「だから、あんたはアルフの」
「主が奴を信じておられるのだ。ならば、守護騎士たる俺が信じずにどうする」

 口許を緩めたザフィーラが、迷う事無く言った。

「……そっか」
「ああ。だが、俺は奴の行いを許すつもりはない」

 ヴィータは無言で頷いた。彼を信じてはいるが、彼の行いを許す事は出来そうになかった。

「奴が奴の意思で行ったのであれば、な」

 意味深な台詞だった。ヴィータは眉を顰めて問う。

「どういう意味だよ」
「考えてみろ。力を求める為とは言え、あのハラオウンが犯罪者に手を借すと思うか?」
「……思わねぇー。でもさ、あいつははっきり殺すって言ってたぜ。シグナムやなのはだって……」
「知っている」

 ザフィーラの言いたい事が今一理解出来ず、ヴィータは首を傾げる。首の付け根がずきりと痛んだ。

「ハラオウンは失踪前、アリサ・バニングスの負傷の件で相当ショックを受けていたが、それでも最低限の分別はつけたはずだ。気でも狂わん限り、犯罪に手を染める 真似はせんだろう」
「……そうは言うけど、あいつはあのレンって奴と一緒に居たんだ」
「レイン・レンがデバイス暴走事件の犯人と知らずに接触し、傀儡にされたと考えても良いのではないか?」

 ザフィーラの言う言葉には一理あり、ヴィータも素直に納得する事が出来た。
 クロノは個人で補助OS”ロッティンバウンド”を購入している。その際に開発者であるレイン・レンと繋がりを持ったと思っても不思議は無い。

「リミエッタ執務官補佐は当然のように気付いていたが、俺達は誰一人として気付かなかった。ハラオウンの変貌ぶりを眼の当たりにした高町やスクライア、お前は 特にそうだ」
「じゃあ、あいつは自分からあんな事をしてる訳じゃ……!」
「希望的観測だがな。そう考える方が自然だ」

 身体が軽くなって行くような気がした。
 クロノを信じたいと思う人間が自分一人ではなかったという事実。
 クロノに裏切られた訳ではないという事実。
 この二つの事実が、ヴィータの握り拳をゆっくりと解いて行く。
 その時、二人の会話に大声が割り込んだ。

「こらヴィータッ!」

 本能が恐怖を駆り立てた。脚が竦み、背筋が自動的に立たされる。
 はやてだった。車椅子の車輪をぐんぐん回して近付いて来る。眉を吊り上げたその形相は、ヴィータをその場に磔にするには充分過ぎた。

「も〜ッ! ほんまにどこ行っとったんやッ!?」

 相当怒っているのか、はやては周囲の視線など眼中に入れず大声を張り上げる。

「ご、ごめんはやて。グラーフアイゼンが気になって……」
「言い訳はええ! 当分ベッドに縛り付けるさかい覚悟しぃやッ!」
「は、はやてェッ!」

 半ベソのヴィータに、ザフィーラは腕を組み、嘆息をつきながら言う。

「自業自得だな」
「ザフィーラもや! アルフさんについててあげてって言ったのに、こんな所で何してんのやッ!?」

 ザフィーラはそのままの姿で固まった。玉のような脂汗を褐色の肌に浮かべつつ、勇猛果敢にも言い返す。

「お言葉を返すようですが、我が主。私が彼女の側に居た所でやれる事は……」
「ザフィーラはアルフさんの伴侶やろッ!? 前にそう言っとったやないかッ! 手ぇ握るだけでええんやッ、この甲斐性無し!」
「………」

 返す言葉も無いザフィーラ。獣の耳と尾を伏せたその姿は、飼い主に怒鳴られる犬を彷彿とさせた。
 守護騎士の二人は、はやての怒りが落ち着くまでの間、通路のど真ん中でひたすら説教をされていた。野次馬が出来たのは言うまでも無い。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございました。少々強引気味ですがコメディタッチで終わってます。いい加減筆者が重い話を書けなくなって来たのが原因。猛省。
 前の戦闘長期化現象が嫌な形で再発しています。すなわち、心理描写長期化現象。むむ、いかん…。最低限で最大限の心理描写を。さぁクロノになろう俺(馬鹿)。
 では次回も。

 2006/7/07 誤字脱字修正
 2006/10/23 一部修正





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