魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.9 Wild fang









 その会議室は奥が見えなかった。不安を掻き立てられるような暗闇がどこまでも続いているように思える。
 天井の照明は薄暗い。円卓を囲んでいる管理局上層部の官僚達の顔は、手元の情報端末の駆動光に照らされて、薄っすらと闇の中に浮かんでいた。
 彼らの視線は、情報端末が表示する一連の事件の報告書と、部屋の扉の前で屹立している二人の女性局員の間を行き来している。
 官僚は錚々そうそうたるメンバーだ。歳を重ねて来たその表情には、相応の皺が掘り込まれている。だが、眼光は鋭い。敵意を持った 者を前にしたような緊張感が、時空管理局本局施設内総合会議室には満ち満ちていた。
 その中で、二人の女性局員は浮いていると言っても良い。

「困った事になったものだ」

 官僚の一人――管理局最高責任者、インヘルト・ロイド卿が言った。柔らかな椅子に身体を預け、片眼鏡を外す。いつもは七十という年齢を感じさせないきびきび とした物腰の老人だが、今は心労を隠せずに居る。
 彼は読み終えた報告書を消すと、二人の女性局員に視線を向けた。

「それで、どうするつもりかね? リンディ・ハラオウン提督」

 二人の内、一人の女性局員――リンディが一歩、前へ歩み出る。
 彼女は僅かな沈黙を挟み、はっきりとした口調で答えた。

「現場責任者として、提督権利を行使し、クロノ・ハラオウン執務官から管理局に関わるすべての権限を剥奪しました」
「つまり、今の彼はただの犯罪者という事か」
「その通りです」
「ゼニス本社ビルへの強制捜査の妨害。武装隊所属特別捜査官補佐シグナム、無限書庫司書ユーノ・スクライア、武装隊士官高町なのは、執務官候補生フェイト・T・ ハラオウン、その使い魔アルフ、以上五人への傷害と殺人未遂。デバイス暴走事件の主犯たるレイン・レン技術部長への加担……」

 喋り疲れたのか、ロイド卿は大きな吐息を挟んだ。

「以上三つの罪か。なるほど、君の判断は正しいと言える。管理局最高責任者として認めよう。クロノ・ハラオウンを第一級犯罪者として認定する。発見後は速や かに拘束。抵抗した場合は」
「殺傷設定による攻撃魔法使用も許可してあります」
「賢明な判断だ。最悪の場合、殺害も許可する」

 薄暗い室内を小さなざわめきが満たした。

「待って下さいッ!」

 もう一人の女性局員――エイミィ・リミエッタ執務官補佐が、そのざわめきを黙らせた。

「何かね、エイミィ・リミエッタ執務官補佐」
「あなたの発言は許可されていません」

 無感情な声が、見えない圧力となってエイミィを止めに入る。だが、彼女はそれを無視した。押し殺したような声で話し始める。

「地球・海鳴の駐屯所から、クロノ・ハラオウン執務官の私物を幾つか回収しました」
「あの駐屯所は闇の書事件以降、ハラオウン家の私財化したはずだ。彼の私物があるのは当然ではないのかね?」

 ロイド卿の視線がエイミィを射抜く。どれだけ頑丈な精神を持つ人間でも萎縮して当たり前の環境が生まれた。
 だが、エイミィが怯む事は無かった。

「その通りですが、回収されたのは改造されたベルカ式カートリッジの薬莢です」
「……その報告は受けていないな。説明をしてくれ」

 二度目のざわめき。

「エイミィ」
「艦長は黙ってて下さい」

 小声で咎めて来るリンディを黙らせ、エイミィは小脇に挟んでいたクリップボードを読み上げた。

「回収されたベルカ式カートリッジは全部で四十八発。内六発には圧縮魔力が装填されていました。装備課の調査で、装填されていた圧縮魔力はクロノ・ハラオウン 執務官のものであると判明しています」
「先程の報告で、彼のデバイスにベルカ式カートリッジシステムが搭載されたとあったな。それで?」
「今申し上げましたが、回収されたカートリッジには改造された痕跡がありました」
「改造?」

 官僚の一人が訊ねる。

「はい。ご存知かと思いますが、ベルカ式カートリッジシステムとは、装填されている圧縮魔力をデバイス内部で解放し、大出力の魔法を行使するシステムです」
「周知の事実だな」
「回収されたカートリッジには、原理は不明ですが、圧縮魔力の約半分をデバイスの内部ではなく、デバイス使用者のリンカーコアへ転送するシステムが組み込まれて いました」

 三度目のざわめき。その最中で官僚の一人が意を唱える。

「エイミィ・リミエッタ執務官補佐。済まないが、君の言葉の意味が分かりかねる。ベルカ式カートリッジシステムは、外部から魔力を得て大出力魔法を行使する物 だ。圧縮魔力を封入したカートリッジは文字通り弾丸。その魔力の半分をリンカーコアへ転送して何になる? ガソリンやオイルをラジエータやエンジンに被せる ようなものだぞ?」
「詳細は現在調査中ですが、推測で宜しければお答え出来ます」
「頼む」

 ロイド卿が間を置かずに要求する。

「リンカーコアを圧縮する為と思われます」

 四度目のざわめきは起きなかった。官僚達の困惑が絶句に変わる。
 リンディもそんな官僚達と同じだった。眼を見開き、エイミィを横顔を直視する。

「……それは私も聞いていないわ」
「今の艦長には報告する必要が無いと判断しました。ですが、報告義務を怠ったのは認めます。如何なる処罰も喜んでお受けします」

 エイミィは見向きもしない。

「……リンカーコアの圧縮、か。君の推測が正しければ恐ろしい事だ」

 ロイドの言葉に官僚達は無言で同意した。
 魔導師が持つ魔力の源、リンカーコア。”連結された核”という意味を持ち、大気中の魔力素を取り込んだり、体内の魔力を使用する為に必要な器官だ。魔導師にとっては心臓と ほぼ同義の重要器官であり、崩壊すれば生きてはいられない。

「圧縮されたリンカーコアはどうなる?」
「圧縮の進行状況にもよりますが、間違いなく崩壊します」
「クロノ・ハラオウンは問題のカートリッジを消費する度にリンカーコアを圧縮させていると」
「私はそう考えています」
「……それが事実とすると、放っておけば彼は自滅するのか」
「……はい」

 身体中に纏わり付くような嫌な沈黙が落ちた。

「正気の沙汰とは思えんな」

 外していた片眼鏡を付け直したロイド卿は、一度消した報告書を再び表示させた。
 リンカーコアの圧縮はただの自殺行為だ。しかもカートリッジを使う度に進行する。言い換えれば、首に縄を巻いたまま戦闘をしているようなものだ。

「彼の異常な戦闘能力も、このリンカーコア圧縮に起因しているのかね?」
「予測される可能性の一つとして」
「……宜しい。仮に君の推測が正しいと判断しよう。だが疑問がある。クロノ・ハラオウンは自分のリンカーコアを圧縮して、一体何をしようと言うのだ」

 全員の視線がエイミィに注がれる。歴戦の提督でも脚が震えてしまうだろう緊張感の中、エイミィはこう答えた。

「ロイド卿がおっしゃった通り、自分のリンカーコア圧縮などという暴挙は正気の沙汰ではありません。クロノ・ハラオウン執務官には、精神操作か、それに類する 何らかの処置が施されていると思われます」
「精神操作? 誰にだ?」
「デバイス暴走事件の主犯である、レイン・レンです。彼はクロノ・ハラオウン執務官と補助OSロッティンバウンドを通じて関係を結んでいます」
「ふむ。……クロノ・ハラオウンがレイン・レンに加担しているのも、精神操作が理由だと?」
「そのように考えるのが妥当かと」

 背中を冷たい汗が幾度と無く流れて行く。震えそうな脚を心中で叱責した。
 今のクロノは確かに犯罪者だ。喩え如何なる理由を並べ立てた所で、この事実は覆らない。全員身内と言っても差し支えないが、管理局局員に重傷を負わせたのは 間違いないのだ。
 だが、何の理由も無く、彼があんな凶行に走るはずがない。ロッティンバウンドを搭載したS2Uの存在もある。何かあると考えない方がおかしい。何としても第 一級犯罪者認定を撤回させなければならなかった。

「彼のデバイスには、問題のOSも搭載されていたのだったな。……リミエッタ執務官補佐」
「はい」
「君は彼の行動がOSが齎す暴走だと言いたいのかね?」

 そう断言するには無理がある。これまでの暴走事件で見られた暴走デバイスと今のクロノ・ハラオウンは別物だ。クロノは意思を保ち、明確な殺意を持って行動 していた。海鳴臨海公園での一件は駐屯所の監視カメラによって記録され、今回の報告書と共に提出されている。その発言もほぼすべて収められている。彼の行動は すべて、暴走を起こす”ロッティンバウンド”に起因していると言うには無理があり過ぎた。

「暴走の兆候は見られていませんが、その可能性が大きいと思われます」
「君がそう思いたいだけなのではないのかね?」

 一人の官僚が口を挟んだ。否定出来なかった。いや、むしろその通りだ。
 だからエイミィは真っ向から肯定してやった。

「その通りです。いけませんか?」

 五度目のざわめき。そこには失笑と冷ややかな視線が多く混ざっていた。時空管理局を混乱させているデバイス暴走事件の捜査に私情を持ち込んでいるのだ。 そうなってしまっても仕方がないと言えた。
 リンディがどんな顔をしているのか、エイミィは彼女を意識して見ないようにしている為、分からなかった。
 ロイド卿が言った。

「リミエッタ執務官補佐。確か君はクロノ・ハラオウンと士官学校が一緒だったな。そして今は上司と部下の関係である」
「はい」
「情が先に出て当たり前だ。君の行動原理は人間として非常に正しいと思う。だが」

 室内が静まって行く。

「時空管理局の人間としては間違っている」
「………」
「デバイス暴走事件をこれ以上長期化させる訳にはいかん。ここ二十四時間以内の暴走件数は異常だ。落ち着いていた傾向が嘘のように暴走事件は多発している」

 海鳴臨海公園の一件から丸一日が経過しているが、あれから暴走件数は急激にその数を増加させている。増員された現地対策本部の人員だけでは対処し切れない程に。

「君の推測はそう的外れではないと、私も思う。……私も、彼を信じたい」

 リンディが真っ先に驚きの声を上げた。

「ロイド卿……!」
「リンディ・ハラオウン提督。非情になるのと冷徹になるのとは意味が違う。我々時空管理局は軍隊ではない。ましてや殺戮集団でもない。……酷な事を言うようだが、 君は亡骸となった息子を連れて、殉職した夫の墓を供養したいのかね?」

 リンディは答えなかった。エイミィはそこでようやく彼女を見た。
 時空管理局提督である自分と、母親である自分の間で揺れ動くリンディが、そこには居た。
 官僚は誰一人としてロイド卿に異を唱えない。七十の老人は忙しく情報端末のキーボードを操作する。

「犠牲の出ない事件は存在しない。だがそれは、無意味に犠牲を出して良いという事にはならない」
「………」
「装備課に調査を急がせよう。スタッフを増員、二十四時間以内に回収したカートリッジを解明させる」
「あ……ありがとうございます!」

 飛び跳ねそうになる身体を必死に押さえ、エイミィは額が地面につきそうな勢いで頭を下げた。

「喜ぶのは早いぞ、リミエッタ執務官補佐」
「……え?」
「君の推測は恐らく正しい。だが、クロノ・ハラオウンから管理局に関わる権限をすべて剥奪するという決定を曲げるつもりはない。精神操作がされてい ると予想されるが、彼のあの戦闘能力が管理局全域に向けられる可能性は充分にある」

 その可能性を否定する材料を、エイミィは持っていない。今のクロノは、殺し合いを渇望しているただの戦闘中毒者だ。それは音声データや映像記録を閲覧し、 ユーノから話を聞き、海鳴臨海公園の事件を報告書に纏めたエイミィが一番良く理解している。
 やはり第一級犯罪者という決定を変える事は出来ないのか。確かに彼が犯した罪は普通ではない。デバイス暴走事件の加担もそうだが、フェイトやなのは、シグナム、 アルフへの行いは許されるようなものではなかった。
 彼が正気ではないと、どれだけ説いても、やはり駄目なのか。

「クロノ・ハラオウンを第一級犯罪者から第二級特殊犯罪者へ変更し、殺傷設定による魔法攻撃は全面禁止とする。遭遇した場合、純粋魔力ダメージで行動不能にしろ」
「ロイド卿!」

 椅子を蹴り倒す勢いで官僚が立ち上がった。

「責任は私が取る」
「しかし! 一人の執務官をそのように庇い立てるのは……!」
「だからこその第二級特殊犯罪者への変更だ」

 第二級特殊犯罪者。何かしらの外部要因で重犯罪を犯した人間が属されるカテゴリーだ。逮捕、もしくは保護後に外部要因が実証された場合は罪が軽い物となる。 禁固数年で済む場合もあった。だが、その外部要因が実証されなかった場合、第一級犯罪者と同等かそれ以上に罪が重くなる。そこに容赦は無い。時空管理局の判決 に死刑は存在しないが、死ぬ事よりも遥かに苦痛を伴う罪苦は存在する。PT事件の際、フェイトに科せられたかもしれない”数百年間の幽閉”がこれに該当する。

「また、装備課のカートリッジ解析次第でもこの決定は変更となる可能性がある。それで不満かな?」

 七十の老紳士に睥睨された官僚は、口を閉ざして着席した。
 エイミィとリンディは茫然としている。ロイド卿はそんな二人に告げた。

「君達に呆けている時間は無いはずだ。早く捜査に戻りたまえ」
「は……はい!」
「……失礼、します」

 エイミィは満面の笑みで、リンディは涙を流しながら、それぞれ答えた。
 一秒だって無駄にしている事は出来ない。二人の管理局局員は、踵を返し、足早に会議室を出て行った。



 ☆



 幸いにもレイジングハートの損傷は中枢にまで達してはいなかった。元々が相当な高出力にも耐えられるようになっている上、ベルカ式カートリッジシステム の搭載に伴った内部構造の堅牢化やエクセリオンモードに対応したフレーム強化が行われていた為、外見こそ派手に破壊されてしまっているが、それ程重い損傷具合 ではなかった。規模的にはヴィータに破壊された時の方が余程酷い。
 この結果がクロノの手加減によるものなのかどうか、ユーノには知る術は無かった。

「なのは、食べなきゃ駄目だよ」
「……いらない」

 亀裂の入ったレイジングハートを首から下げ、なのはが答えた。呟くようにだが、暗い決意が込められていた。
 ユーノは言葉を失って、彼女に渡しかけていたスプーンをトレイに戻す。トレイの上には湯気を立てているお粥と味噌汁があった。食べられた形跡は無い。
 清潔感のある白い壁。鼻腔をつく消毒液の匂。
 本局内の総合病院の一室だった。
 腕や額に真新しい包帯を巻いた姿で、なのははベッドに座っている。その表情は暗く、本来の屈託の無い笑みはもはやどこにも無い。

「なのは……」

 彼女を診るユーノも顔色は優れていない。眼の下の隈は大きく、少し痩せて見えた。満足にシャワーも浴びていない為、クリーム色の髪はくたびれたタワシのように 酷い形になっている。
 海鳴臨海公園でクロノと遭遇してから丸一日が過ぎていた。なのはは治療を終えているが、絶対安静をきつく言い渡されている。
 ユーノはそんな彼女の看病で、あれから片時も離れずに側に寄り添っている。
 館内放送が聞こえる。看護士が廊下を歩いて行く衣擦れの音がする。運ばれている医療器具の静かな駆動音が耳朶を打つ。
 本来なら何ら気にならない音だが、今はとても大きく聞こえた。時間の流れが酷く緩慢だ。一秒が一分に思えてしまう。
 今のなのはにかけるべき言葉が見つからなかった。
 何を言っても意味が無いのは分かっていた。
 下手な慰めや励ましは逆に彼女を傷付けるだけだ。なのはは人に心配をかけさせるのを極端に嫌う。それを考えれば、今は一人にさせておくべきだ。ユーノの行動は 間違っていると言っても良い。

「………」

 それを分かっていてもユーノは病室を出ようとしなかった。
 怖かったのだ。あの時のフェイトのように、なのはもまた、自らを傷付ける行為に走るのではないかという懸念があった。
 何もしてあげられない。側に居る事が彼女に負担を強いている事を知っていながら、離れる事が出来ない。
 無力感と罪悪感が胸を締め付けた。

「ユーノ君」

 不意になのはが呼んだ。ぼそぼそと喋るその声に、ユーノは不安を覚えずにはいられない。

「なに、なのは」

 だから、精一杯の笑顔と柔らかな声で彼女の呼びかけに応えた。

「好きって……なに?」
「え……」
「何で……好きとか、嫌いとかがあるのかな?」

 そう訊ねるなのはは、今までユーノが見て来たどんななのはよりも幼かった。

「ユーノ君、私、分からないの」
「………」
「好きって、嫌いって、何だろう」

 瞳が潤んで行く。細い顎が震え始める。

「どうして……クロノ君は……私が、好き、だ、なんて……」
「なのは」

 耐え切れず、ユーノはなのはの肩を抱く。細く小さな肩は、顎と同じように震えていた。

「恋人ってなに?」
「いいよ、なのは」
「好きってなに?」
「落ち着いて」
「嫌いってなに?」
「少し寝よ。ね、なのは」
「ユーノ君」

 確かな意思が込められた声だった。肩の震えが止まる。
 眼と眼が合う。無垢で無知な少女の瞳がそこにはあった。
 息を呑む。彼女の言葉を待つ。

「友達って、なに?」

 絶句。

「友達って、なに?」

 繰り返される言葉。ユーノは返す言葉を持たず、昨日の一件が彼女に与えた傷の深さを痛感した。

「友達って、好きとか嫌いとか、関係あるのかな?」

 頭を殴られるような衝撃が続く。

「フェイトちゃんもクロノ君も、大切な友達だよ? 好きとか嫌いとか、関係無いよ?」

 なのはの口からそんな言葉は聞きたくなかった。

「好きだから友達になるの? 友達になるから好きになるの?」

 子供故の純粋無垢な疑問だ。

「嫌いになるの?」

 もうやめて欲しい。

「ずっと友達じゃ駄目なのかな?」

 こんななのはは、なのはじゃない――!

「私……」
「なのは」

 震える少女を、ユーノは抱き締めた。壊れ物を扱うように。優しく、そっと。
 アリサが傷付いた時、縋り付いて来たなのはを、ユーノはこうやって抱き締めてやる事が出来なかった。
 それを帳消しにするかのように抱き締める。
 なのはの体温が身体中に伝わる。少し冷たい気がした。心が冷え切ってしまっているのだ。

「好きも嫌いもひっくるめて、友達なんじゃないかな」

 少しの躊躇いの後、ユーノはなのはの髪を撫でる。栗色の艶のある髪はユーノの髪と同じように痛んでいた。

「僕はなのはが好きだ。でも、何でも背負い込む所とか、一人で悩んだりする所とか、そういうのは嫌いだ」
「……ユーノ……君……」
「だから、僕はなのはの友達だ。これから先も。ずっとずっと友達で、ずっとずっと側に居る」
「……友達で……居て、くれるの?」
「当たり前だよ」

 背と腰に手を回し、抱き寄せる。何の抵抗も無く、なのはの小さな身体なユーノの胸に納まった。

「私、自分勝手だよ?」
「違うよ。なのはは少し頑固なだけさ」
「エゴイストだよ?」

 難しい言葉を泣きそうな声で言う。呂律が半ば回っていなかったので、ユーノは聞き取るのに苦労した。

「それ、誰かに言われたの?」
「………」

 答えの代わりに、なのははユーノの胸に額をぶつけた。服をぎゅっと掴み、赤ん坊のようにしがみ付く。

「なのはの中で僕が一番好きな所、教えてあげるよ」
「え……?」
「一度言い出したら絶対に曲げない所。どんなに危なくても、どんなに無茶しても、なのはは自分を曲げない。自分を最後まで貫き通す」

 それがエゴと言われれば、確かにエゴなのかもしれない。

「いくら傷付いても諦めない。フェイトの時もそうだった。アリサと喧嘩して、辛くて苦しくて、でも折れなかった」

 辛そうにしているなのはを、最初から最後まで側で見ている事しか出来なかったユーノ。

「フェイトと友達になりたかったからだ」
「でも、私、フェイトちゃんがお母さんの為にジュエルシード集めてたの知ったのに……! なのに……まだ友達になりたいって、勝手な事言って……!」
「あの時なのはが諦めていたら、多分、今は無いと思う」

 それは紛れも無い事実だ。最後の六つのジュエルシードを同時に封印しようと無茶苦茶な行動に出たフェイトを、なのはが命令違反をしてでも助けに行かなければ、 きっと今のような関係は築けていない。フェイトやアルフはプレシアから解放されているかもしれないが、なのはの側には居ないだろう。

「結果がどうなるのか、確かに考えなきゃいけない事だよ。自分の行動が皆を傷付けてしまうかもしれないし、迷惑をかけてしまう事だってある」
「なら……!」
「でも、そんなの誰だって同じだよ。ジュエルシードの封印だって、僕一人じゃ無理なのに、そんなの無視して一人でやろうとした。それで、なのはに出会って、迷惑を かけて……」
「迷惑なんかじゃないよ! そんなの、だって、だって!」

 涙で頬を濡らしたなのはが、腕の隙間からこちらを見上げて来る。
 ユーノはにっこりと微笑んだ。

「……そうだよ」

 なのはが眼を瞬かせる。

「僕は自分勝手な行動をして、なのはに迷惑をかけたと思ってる。でも、なのはは迷惑とは思ってなかった」

 しゃくり上げながら、なのはが頷く。

「フェイトだってそうだよ。なのはは迷惑かなって思ってるけど、あの子はきっとそんな事思ってない」
「―――」
「フェイトは一度だって迷惑そうな顔はしなかった。闇の書事件の時は、状況が状況だったけど、なのはやフェイトが取った行動は結果として間違ってなかった。 あの時君達が途中で諦めていたら、闇の書ははやてを飲み込んで、また転生していた。リインフォースやシグナム達は、また終わらない旅をしていたと思う」

 すべてはなのはの意思の強さ、思いを貫く強さが起こした結果だ。

「自分を貫くのと、自分勝手に振舞うのは違うよ、なのは」

 少し強めに抱き締める。

「ユーノ君……」
「折れちゃ駄目だ、なのは。君は君で居て欲しい。君自身の強さを忘れないで」
「……私は……私で……?」

 なのはには少し難しいかもしれない。ユーノは噛み砕いて言い直した。

「フェイトと友達になりたいって思った気持ちを忘れないで」

 僅かになのはの身体が強張る。今のなのはには酷な言葉かもしれない。でも、なのはなら乗り越えられるはずだ。
 この考えも自分勝手な思い込みで、自分勝手な価値観の押し付けかもしれない。でも、そう願う事に間違いはないと、ユーノは心から思った。
 二人の間から言葉が消えた。相変わらず時間の流れは遅い。
 どれくらい時間が流れたか。なのはが口を開く。

「ユーノ君」
「なに、なのは」

 探るような声。躊躇うかのような沈黙の後、

「……少しだけ、泣いてもいい?」

 なのはは泣かない。それは無用な心配を周りにかけるから。アリサが倒れた時も、なのはは押し殺すように涙するだけで耐えていた。

「もちろん。いっぱい泣いて、なのは」

 遠慮する必要なんて無い。迷惑なんて、自分は思わないのだから。

「……うん……」

 号泣はすぐに起こった。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございます。少しずつ昇り始めたSC。なのはの完全復帰はまだ遠いものの、少しは見えたのか。
 そしてSC初登場なインヘルト・ロイドさん。ケインオリジナルの時空管理局最高責任者。ご存知無い方は”罪と罰”をどうぞ。ここから先は罪と罰の話 がちらほらと出てきそうです。
 では次回も。

 2006/7/07 改稿




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