魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.9 Wild fang









 はやてに別れを告げた後、ユーノは誰にも会わなかった。院内の慌しさに背を向け、ミッドチルダの管理局支部施設に直通しているトランスポーターに乗り込み、 転送。
 支部施設内は病院に輪をかけて喧騒としていた。それを避け、ユーノは一直線に外へ出る。
 外は灰色だった。未だ雨は降り止まない。海鳴と呼応しているようだった。
 傘は必要無かった。ユーノはこれから雨の日の散歩を満喫しに行くのではない。
 水溜りを蹴り上げてオフィス街へ脚を踏み入れる。非常警戒態勢が敷かれている街は、普段の雑踏が嘘のようにひっそりとしていた。

『アナザーマスター。十二時間以内の暴走事件のデータ収集を終了しました』
「うん。それで、どうだった?」

 交通量が皆無の道路でも信号機は律儀に動いている。最低限の安全確認をして、ユーノは駆け抜けた。

『不可解な報告を三件発見しました。武装局員、戦技教導隊の到着前に暴走体が鎮圧されています。この際鎮圧された暴走体の魔力レベルは、推測の域を 出ないものの、AAAと思われます』
「クロノかな」
『その可能性は非常に高いでしょう』
「でも、クロノが暴走体を倒してしまう理由が無い」
『カートリッジ製作に必要な魔力の確保と推測されます。クロノ・ハラオウンが使用していたベルカ式カートリッジシステムは、規格こそ私やバルディッシュに 搭載されている物と同様ですが、カートリッジの弾丸には相違点が存在しています』
「リンカーコア圧縮の仕掛けだね」

 ヘッドライトを灯した自動車が一台、我が物顔で道路の中心を走り抜けて行く。

『その通りです』
「クロノがミッドチルダに居る可能性は?」
『九十六・五パーセントの確率で、クロノ・ハラオウンはこの街のどこかに潜伏しています。転移魔法の使用は管理局に察知されてしまう可能性があり、 レイン・レンの下へ戻ってはいないでしょう』
「……脚で探すしかないのか」
『結論的には。彼の魔力残滓を現在追跡しています。そう遠くはありません』
「そっか。ありがとう、レイジングハート」
『いえ』

 周囲の景色はどこまでも変わらない。灰色の空。冷たい雨。無人の歩道。鉄筋コンクリートのビル群。

『質問があります。宜しいでしょうか、アナザーマスター』
「うん」
『あなたは如何なる手段でクロノ・ハラオウンを停止させるつもりですか?』

 僅かな沈黙。

「色々考えてはいるけど……」
『ストラグルバインドの使用は?』
「……それは最後の手段だよ……」

 闇の書事件が始まる前。アースラに乗艦していたユーノは結界魔導師としての技術力や判断能力を買われ、クロノから幾つかの補助魔法を教わっていた。その内の一 つが、闇の書の防衛プログラムに対しても有効な一撃を与えた拘束系魔法の一つ、ストラグルバインドである。 拘束力よりも副次効果に魔力リソースを振り分けたバインド系統の魔法で、発動すれば、対象が自己に施した強化魔法を強制解除する事に出来る。 使用者のクロノの曰く”使用用途が限定されていて、使い道の無い魔法”との事だが、闇の書事件解決には一役を買っていた。

『しかし現状、あなたが生き残るには最良にして唯一の対抗策です。カートリッジ使用時のクロノ・ハラオウンの魔力出力は異常です。防御は困難を極めます』
「つまり、無理じゃないんだね」
『あなたの防御出力を私が増幅・強化ブーステッドすれば可能です』

 ユーノは脳裏に擬似魔力回路を構築し、防御魔法の術式を展開する。防壁顕現位置は両の拳。
 緑色の魔法陣が手の甲から広がった。

『使用魔法はラウンドシールド、及び、プロテクションに統一して下さい。私の魔力回路をこの二つに同調させました。通常時の約二・七倍の出力 で展開可能となります』
「ありがとう。ごめんね、せっかくなのはに合わせてくれてたのに」
『構いません。一時的とは言え、現在のマスターはあなたです』

 頼もしさを感じずにはいられない言葉だった。
 レイジングハートの指示通り、ユーノは高速展開用に二つの防御魔法を魔力回路にセットした。元々最も得意としていた魔法だ。瞬きをするよりも早く構築、展開 出来る自信があった。

『ですが根本的な解決策にはなりません。繰り返しますが、防御だけでは彼を停止させる事は出来ません。ストラグルバインドの使用を強く提案します』
「僕も繰り返すけど、ストラグルバインドは最後の手段だ。これを使えば確かにクロノを止められるかもしれないけど……」

 暴走したデバイスは一種の強化魔法を寄生した魔導師の脳に施す。より戦闘に最適な身体を作る為、幻覚作用と鎮痛作用のある強力な脳内麻薬を魔力で生成し、 魔導師の脳に送り込む。ストラグルバインドは”強化魔法の強制解除”という魔法性質上、この脳内麻薬の消去を可能とした。だが、急激且つ瞬時の脳内麻薬消失 は脳に多大な過負荷を与える。その負荷は、脳細胞を破壊するには事足りる。結果、寄生された魔導師は廃人になるのだ。

「僕はクロノを助けに行くんだ。倒しに行くんじゃない」

 揺れる事の無い意思を瞳に秘めて、ユーノは言った。

「動かなくなったクロノを連れて帰って、誰が喜ぶんだい?」
『………』
「使う場合は最低出力で、リソースをなるべく拘束力に回す。いい?」

 訊ねてはいるが、ユーノの口調は固い。

『分かりました』
「ありがとう。我侭でごめん」
『いいえ。私の今のマスターはあなたです。決定には従い、完遂する為に最善を尽くします』

 一度言葉を切ったレイジングハートは、次にこう切り出した。

『僭越ですが、私が立てたプランがあります』
「プラン?」
『はい。ストラグルバインドを除外して戦力計算を行った場合、やはり勝ち目は皆無となります。作戦も無しでの戦闘は玉砕行為です』
「………」
『プランをお聞きになりますか?』

 ふと見上げれば、幾つかのビルの窓に明かりが灯っていた。退避命令が下されている区画はあるが、多くの住民達は自主的な避難を終えている。逞しいのか無謀なのか 分からないが、見上げた心行きのビジネスマンも居たものだ。
 頷いたユーノに、レイジングハートは語り始めた。

『まずはクロノ・ハラオウンに魔力を使い切らせて下さい』
「……つまり、魔法をとにかく撃たせろって事?」
『はい。狙いは消耗です。彼の攻撃力の異常さに加え、アナザーマスターの攻撃魔法には期待出来ませんので、とにかく防御と回避に徹して耐えて下さい』

 苦笑いで頷くユーノ。攻撃魔法が苦手なのは自覚しているが、はっきり言われればさすがに微妙な気分になる。

『魔力が尽きた所で拘束魔法で拘束、S2Uを破壊します。彼のリンカーコアを圧縮させている原因はあのデバイスにあります。あれを破壊するのが彼を倒さずにして 連れて帰る唯一の手段です』
「……簡単に聞こえるけど、苦労しそうだね」
『苦労で済ませば良いでしょう』

 早い話が消耗戦だ。魔力さえ枯渇させてしまえば、攻撃に関しては打つ手の無いユーノでも勝ち目は充分に存在する。

「問題はカートリッジだね。二発や三発なら大丈夫かもしれないけど、五発六発はちょっと難しいかな」
『その予測は外れています。カートリッジ使用時の彼の魔法は強力無比です。S2Uに搭載されていたカートリッジシステムは回転弾倉型で、最大六発のカートリッ ジを装填出来るタイプのものですが、アナザーマスターと現状の私では、耐えられて五発が限界です』
「残りの一発は避けるしかないって訳か」
『はい。カートリッジの残弾がどれくらいあるかは不明ですが、リロードだけは絶対に阻止して下さい。仮にリロードを許した場合、私達は敗北します』
「分かった。肝に命じておくよ」

 充分な準備運動を得た脚に魔力を流し込む。一気に加速したユーノは、クロノの姿を求めて走り続けた。

『また攻撃魔法の使用は一回のみです』
「分かってる。君の身体が持たないからね」
『申し訳ありません。使用可能な攻撃魔法はマスターの砲撃魔法ディバインバスターの術式を一部変更したもので――』

 レイジングハートの言葉が唐突に途切れた。
 ユーノは片脚を前に投げ出すように急制動をかける。スケートのように滑り、自動車で水溜りを轢いた時のような大きな水飛沫が起こった。
 ビルとビルの間にある隙間、細くもなければ太くもない道路の前でユーノは停止した。

『生体反応を確認しました。データベース照合中』
「………」

 眼を細め、ユーノは道路の奥を伺う。雨のせいで視界は悪い。
 舗装された道路に黒い影があった。ビルの壁に背を預け、紅い杖を胸に抱き、腕を組んでいる。
 喉が勝手に息を呑んだ。黒い影の正体は本能が教えてくれた。

『照合完了。クロノ・ハラオウンと確認』

 正体の確証を得る。
 黒い影――クロノ・ハラオウンは気だるい動きで壁から離れた。脚を引き摺るようにして歩いて来る。
 紅い杖の先端が下を向いた。宙に彼の魔法色である青い軌跡が残る。その様は亡霊のようにも見えた。

『距離二十』

 びちゃりという足音を立てて、クロノが止まった。
 光の無い灰色の空の下でも、白くなってしまったその髪は良く目立った。
 ユーノは軽く片脚を引いた。腰を僅かに落とし、握り拳を作る。

「クロノ」

 返事は無かった。白髪とは違って、深みのある黒い瞳は良く見えない。
 会ったら何て言おうか。色々考えてはいた。でも、何も言っても今のクロノには声は届かない。あのビルで彼と対峙した時、それは痛感した。

「帰ろう」

 他に言うべき言葉は無かった。

「どこへ?」

 呟くような声で、クロノは不思議そうに訊いて来る。

「皆の所へ」
「皆?」
「僕、なのは、はやて、シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ」

 一度言葉を切って、雨を飲み込むように吐息をつく。

「アルフ、エイミィさん、リンディさん――フェイトの居る場所へ」

 今のクロノの答えはもう決まっているだろう。問わずしてユーノは悟った。だからこうして身構えている。腰のポーチに入れてあるレイジングハートも、すでに ユーノの魔力資質に合わせた調整を行っている。
 言わばこれは通過儀礼なのだ。殺し合いを仕掛けて来るだろう彼に対して、喩え死ぬ事になろうとも、最後まで”クロノを連れ戻す”為に戦うユーノに 必要な儀式。
 その儀式は、クロノのS2Uがユーノに向けられた時、終わりを告げた。

「もううんざりだよ。君達は本当にしつこいな」
「君が戻るまで、僕は、僕達は、君の前に現れるよ。そして同じ問いをする」
「……そうか。ならここで殺すよ。鬱陶しいから」

 紅い先端に魔力が凝縮し始める。クロノの足元に魔法陣が描かれた。
 ユーノは一瞬だけ歯を食いしばった後、腰のポーチに手を突っ込む。火傷しそうな熱さが指を襲った。

「確かに僕は弱いよ。攻撃だって満足に出来ない。魔力量だってなのはの足元にも及ばない」

 その熱さが、胸の奥に移り変わった。ドクンという心臓の鼓動が耳朶ではなく心を打つ。
 増幅された魔力が身体中を駆け巡った。脳に構築した擬似魔力回路がそれこそ火花を上げそうな勢いで稼動する。酷い頭痛がした。視界が一瞬だけ狭まり、風景が 真っ白になったり真っ黒になったりする。
 最適化完了。思念通話でレイジングハートが報告をする。
 さぁ、準備は完了した。この眼の前の悪友を連れ戻す為の準備が――!

「でも、心の強さなら、あの子にも負けないつもりさ」

 放たれる白い弾丸。
 展開される緑の防壁。
 衝突した二つの魔力は、複雑に絡み合い、次の瞬間に爆裂した。



 ☆



 鬱陶しい奴が来た。道路から飛び出して来たクリーム色の髪の少年に、クロノはさらに苛立ちを募らせた。
 ユーノ・スクライア。攻撃魔法を大の苦手とする結界魔導師だ。
 昨日の事すら明瞭に思い出せないが、戦闘や魔法に関わる知識は克明に覚えている。その記憶を手繰り寄せ、クロノはユーノの戦闘能力を吟味する。
 吟味は数秒で終わった。敵というレベルでもない。ただの雑魚、有象無象の一人に過ぎない。
 今の自分にとっては取るに足りない相手である。まさに蟻と象だ。蟻がどう足掻いた所で像に勝てるはずがない。痛覚すら刺激出来ないだろう。

「足掻いてみてくれ、フェレットもどき」

 自然と舌の上を転がった言葉に、クロノは眉を顰めた。
 フェレットもどき? 誰の事だ?

「少しだけ安心したよ」

 射撃魔法と防御魔法の衝突で生まれた白煙を薙ぎ払って、ユーノが走って来る。道路を魔力で強化した脚力で弾き、跳躍。頭上を飛び越え、背後に着地する。
 クロノは動かなかった。胸を押し潰すような激痛、倦怠感、眠気、苛立ち。そうした諸々の感覚や感情が身体を動かす事を億劫にさせている。それにユーノ程度、 視界に入れずとも殺すのは容易だ。
 数十メートルの距離を保ち、二人の少年は背を向け合って佇む。

「その言い方、覚えてるんだね」

 言い方?

「僕は君を連れて帰る」

 聞き飽きた言葉と宣言だった。

「すべてを犠牲にして、代償にして、僕はこの力を手にしたんだ」
「それは君の錯覚だ。君らしくもない勘違いだよ」
「違う」

 クロノの声は頑なだ。決して反論を許さない声。

「……僕には力の他に何も無いんだよ。分かるだろ?」
「分からないね」
「誇りに思っていた地位も。大切な人も。信頼してくれた仲間達も」

 二人の少年が肩越しに振り返る。二つの視線と視線が雨の中でぶつかった。
 クロノは荒々しく刃を振り回すように。
 ユーノはそれを軽く諌めるように。
 それぞれの瞳を睥睨する。

「僕には力しかないんだ」

 ユーノが笑った。彼には似合わない不敵な笑みだった。

「そんな力、偽者だよ」

 胸の痛みが増す。

「君は強くなりたいから強くなるって言ったよね?」

 苛立ちが増す。

「人は誰かの為に強くなれるんだ。自分の為になんて、強くなれない」
「………」
「だから君は弱いよ。なのはよりも、フェイトよりも、僕よりも、ずっとずっと弱い」

 殺意が、増す。
 クロノはS2Uの柄を回転させると、柄の末端で地面を弾いた。カートリッジをロードする。コッキングカバーがスライドして撃鉄が起こされる。重く鈍い金属音 を鳴らして、回転型弾倉が回転した。

「残り五発」

 硝煙がカバーの隙間から溢れた。爆発的な勢いと速度を持って魔力と術式が解放され、巨大な魔法陣が描かれる。青色の魔力光が薄暗いビル群を照らした。

「君を十回は殺せる魔力だ」

 すべての感覚と感情が漸増して行く。コップに注がれている水のように。
 容器を満たした水はどうなるのか。溢れるしかないだろう。
 クロノのユーノに対する殺意は、術式を構築すると同時に爆発した。

「僕は僕の為だけに強くなる。強くなったんだ。それを見せてやる……!」

 ゆっくりと向き直って、クロノはS2Uを構えた。
 ユーノも身構える。クロノの前では、まさに雀の涙に等しい魔力を細々と紡ぎ、防御魔法の術式を構築する。

「いいよ、見てやる」
「……死ぬぞ?」
「やれるのもならやってみてよ。僕は君を絶対に連れて帰る。なのはとはやてに、僕自身に、そう約束したんだ……!」
「出来ない。不可能だ」
「出来る出来ないじゃない。やるかどうか、ただ……それだけさッ!!!」

 蟻が象に立ち向かおうとしている。滑稽極まりない、有り得ない事態だ。
 クロノは嘲笑しなかった。する気にもなれなかった。ただ眼前のユーノ・スクライアという少年が我慢出来ない程に疎ましい。
 早く自分の言葉を実行に移そう。
 構築、展開済みの術式が、装填された魔力量に耐え切れずに軋み始めた。足元の魔法陣が小刻みに揺れ始め、異常な速度で回転を始める。
 軽く握っていたS2Uを握り直す。カチャリと柄が鳴り、その先端でユーノを捕捉する。
 魔法陣に集束されていた暴走に近い魔力が、濁流となって先端に集中して行く。最初に放った射撃魔法とは比較にならない濃密過ぎる魔力の渦が起こり、 光の球が作られた。

「消えろ」
『Blaze Cannon.』

 怪物の唸り声を連想させる電子音声がトリガーヴォイスを入力した。
 光の球が弾けた。膨れ上がった閃光は壁となってユーノに放たれた。



 ☆



 死の壁を前にしても、ユーノは不敵に微笑んでいた。
 クロノがこちらの手の内に乗って来た。まずはカートリッジ一発目。
 今の会話も作戦の内だったのだ。挑発してカートリッジを一気に消費させる。攻撃も火力重視の雑なものになると予想され、回避が容易になる。

「レイジングハート――ッ!」

 ポーチの中の彼女を握り込む。

「行くよッ!!!」
『Yes.Another master――!!!』

 背へ跳ぶ。水溜りを蹴散らしつつ、擬似魔力回路にセットしていた防御魔法を二重で展開した。

『Round Shield.』

 ブレイズキャノンの高熱が二枚の高出力防壁を殴り付けた。支える両腕から感覚が消失する。構わずにユーノは後退する。
 道路を一気に駆け抜け、ビルの隙間から抜け出した。転がるように横道へ。蒸発した雨が水蒸気になって周囲を満たした。
 ビルが崩れる巨大な破音が木霊する。一つや二つではない。それこそ五つや六つの巨大建築物が一斉に破壊される凄まじい破壊の雑音だった。
 倒れそうになる身体を飛行魔法で無理矢理押し留め、姿勢を回復させる。
 水蒸気が濃い。視界が白く包まれる。一瞬焦燥が顔を出すが、レイジングハートの冷静な声がそれを阻んだ。

『敵影は私が捕捉します。アナザーマスターは退避と防御に集中を』
「……うんッ!」
『正面! 来ます!』

 水蒸気の奥からクロノが踏み込んで来る。無駄を廃した敏捷な動きだが、あまりにも真正面、真っ正直過ぎる。
 白銀の魔力刃を備えたS2Uが唸る。身を屈めて回避。頭上を数百度の刃が通過する。返す刃がすぐに来た。身を捻って強化した腕力だけで軽く跳ぶ。紙一重の差で、 爪先の下をS2Uが抉る。
 クロノの顔が見えた。僅かだが驚きに満ちた表情。恐らくは今の一刀で斬り捨てたつもりだったのだろう。
 彼をさらに挑発する意味も込めて、ユーノは笑ってやった。

『防御をッ!』

 左の拳が飛んで来た。魔力を付随した打撃だ。
 レイジングハートの警告に従って、ユーノは防御魔法を再び二重で展開。次の瞬間、クロノの拳が防壁を殴り付けた。
 猛烈な衝撃。肺を圧迫されたように息が詰まった。投げられたボーリングの球のようにユーノは弾き飛ばされ、地面に打ち付けられる。
 世界が何度も回った。泥水を全身に浴びる。五回目の回転の後、ユーノは両脚を地面に突き立てて停止する。靴越しに摩擦の熱が伝わって来た。
 咳き込むゆとりは無かった。

『上空!』

 早口での警告が飛ぶ。微かに聞こえる撃発音。
 頭上を確認せずにユーノは両手両脚で地面を弾いた。

『Stinger Snipe Extension.』

 足元が爆裂した。砕かれたアスファルトが巻き上げられ、砂利のように飛び散る。弾幕のようなそれを防御魔法で弾き、もしくは掻い潜り、ユーノは着地する。タタラ を踏みながら、感覚の無い両腕に魔力の擬似神経を流し込み、取り合えず動けるようにした。

「何が十回は殺せるだよ。百回の間違いじゃないか……!?」
『派手な計算間違いですね。今の射撃魔法で二発目のカートリッジを使用しました』
「冷静に分析しないでよッ!」
『次! 右三時方向!』

 視界の片隅にS2Uを構えているクロノが見えた。魔力の集束レベルから、構築している魔法をスティンガーレイと推測。
 自身の反射神経を信じてステップを踏む。その軌跡を、三点バーストの要領で発射されたスティンガーレイが貫いた。
 ユーノは身を翻して疾走する。前でも後ろでも無く、横へ。そのままビルの隙間へ逃げ込んだ。荒い呼吸の中で正確に印を結び、感覚強化の強化魔法を行使。レイジング ハートがそれを増幅。

『追跡されています。後方六時。距離四十七』

 言われるまでもない。強化された感覚でそれは察した。
 クロノは殺傷設定、対物設定で魔法を行使している。建造物の破壊にも何の躊躇も無い。ビルがひしめき合う地上で戦うのは不利過ぎる。

『アナザーマスター。上空での戦闘を推奨します。地の利は彼相手では役に立ちません』
「いや、これでいいんだ」
『何故ですか。建造物破壊による二次的災害の危険性がありま――前方! 距離零!』

 S2Uを今まさに振り下ろそうとしているクロノが眼前に現れた。
 ユーノが両腕を突き出す。クロノがS2Uを振り下ろす。
 二重展開されたラウンドシールドと灼熱の斬撃魔法がぶつかり合う。
 拮抗は一瞬だった。すぐにでも破壊されてしまいそうな防壁を、ユーノは敢えて解除した。
 戸惑いを含んだ一刀が来る。浅い袈裟斬り。焼けるような痛みに顔を顰めながら前方へ身を投げ出し、地面を転がって受身を取る。余勢をそのままに脚で着地。
 同時に総毛立つような悪寒が背中を走った。逃走という選択を排して、ユーノはその場に踏み止まった。クロノに振り向かず、片手を彼に向けて翳した。擬似魔力回路 にセットしておいたもう一つの魔法を、最大出力で発動させる。

「プロテクション――!」
『Powered!』

 一拍の沈黙の後。

『Stinger Force.』

 光の尾を曳く四つの弾丸が魔力防壁に突っ込んで来た。
 閃光。衝撃。轟音。
 裂けるような痛みが腕に来る。グローブが引き千切れた。暴れ回る片腕をもう一本の手で支え、プロテクションを維持する。
 スティンガースナイプの四発同時発射魔法だ。火力よりも操作性を重視したクロノらしい射撃魔法だったが、それを四発同時発射ともなれば火力は洒落にならない。

『これで三発目です』
「ぐあぁ……!」

 魔力による擬似神経は、その名の通り、擬似でしかない。麻痺してしまった本物の神経の働きには勝てない。
 四発のスティンガースナイプ直撃による衝撃が収まった。腕が痙攣する。膝をついてしまいそうになるが、歯を食いしばって何とか耐えた。
 着弾の白煙が晴れぬ内にクロノが向かって来る。強化された感覚と、

『前方正面、来ます!』

 レイジングハートが教えてくれる。
 鎌のような踵落としが、こちらの頭上目掛けて放たれた。腕を抱えた姿勢のまま、飛びすさって回避。目標を見失った蹴りがアスファルトを粉々に粉砕した。
 数回のバックステップを踏んで後退を続けていると、レイジングハートが言った。

『マスターの世界にはこのような言葉があります。逃げるが勝ち、と』
「逃げろって言ったのは君だろうッ!?」
『それ以外に方法はありません』
「知ってる!」

 風を裂く鋭い音が耳朶を打つ。スティンガーレイを牽制射撃として、クロノが追い縋って来た。その速度は恐ろしい程速い。瞬く間にユーノとの距離を詰めて来る。 元々のクロノの身体機能を考えれば当たり前だった。

『やはり上空へ逃げるべきです』

 堪えかねたようにレイジングハートが提案する。

「空で戦ったら本当に秒殺されるよ」
『何故ですか? 建造物による二次災害の危険度は無視出来ません』
「僕は何度かクロノと模擬戦闘をした事があるんだ。対複数戦闘を想定するってクロノが言い出して、僕とフェイトが組んでクロノと戦った。その時、僕はどれくらい 持ったと思う?」

 スティンガーレイをラウンドシールドで防御しつつ、道路を抜ける。大きな通りに出くわした。周囲に視線を走らせ、次なる退路を捜索する。

『十分程度でしょうか?』
「一分と少し」

 地面を滑るようにクロノが飛び出して来る。抱えられたS2Uが四発目のカートリッジをロードしていた。

「バインドを何重にも仕掛けてて。それは何とか見切れて避けられたんだけど、それは実は囮だったんだ。気付いた時にはもう遅くて、フェイトを狙ったように 見せかけたスティンガースナイプで狙撃された」
『彼らしい戦術です』
「それから何度かやったけど、二分以上持たなかった」

 再びクロノが肉迫して来た。馬鹿正直に真正面から。
 回避に全神経を投入する。攻撃という戦闘に於いて必要不可欠の行動を最初から放棄している分、ユーノの動きは素早かった。さらに魔力強化された感覚とレイジ ングハートの補助が彼を全力で支えている。
 衝き出される斬撃魔法を身を捩って凌ぐ。浅くバリアジャケットが切り裂かれた。だが肌には達していない。
 急所を狙い澄ました一撃必殺の一刀が猛襲をかけて来る。ステップを踏んで衝きを凌ぎ、身を伏せて薙ぎ払いを避け、振り下ろしを魔法防壁で受け止める。複雑に 織り交ぜられた格闘は大きく距離を保つ事でその間合いから離脱した。
 肩で息を整えながら、ユーノは続きを言った。

「今のクロノは戦術も暴走体と変わらないんだ。攻撃も凄い正確だけど、だから避け易い。予測だって出来る。戦術も最低限の物しかない」

 消耗しつつある魔力を擬似魔力回路に装填。高出力の防御魔法の展開を準備する。

「障害物の多い場所なら、攻め込める位置や場所は限られる。回避がさらに簡単になる」
『……つまり、見通しの良い空では、力押しとなっている今のクロノ・ハラオウンに対して不利になる、と?』
「そういう事。相手にもよるけど、前のクロノだったら」

 地面を弾き、それこそ消えたと錯覚させる程の速度でクロノが迫る。彼が起こした風がユーノの頬を撫でた。
 最大出力で展開されたラウンドシールドが、真正面から放たれた矢のようなS2Uの衝きを完全に受け止めた。

「魔力を馬鹿喰いするような接近戦闘なんて絶対にしないッ!」
『S2Uに魔力感知。砲撃警告!』

 ラウンドシールドに突き立てられている白銀の刃が光を生んだ。カートリッジの魔力を装填して、零距離で砲撃魔法を撃つつもりだ。
 その時、不意にクロノの声が聞こえた。

「サッサと消えろ……!」

 獰猛な声だった。防御魔法陣の向こうのクロノは、その顔を怒りに歪めている。
 叩き付けられているクロノの魔力は異常である。あらゆる手段で向上している彼の現在の魔力は、カートリッジによる増幅無しでも脅威だ。ユーノの両腕は、 麻痺する度に新たな擬似神経を構築している為に痛覚が鈍くなり始めていた。過負荷で肌が裂け、血が噴き出ている場所すらある。悲惨な光景に、しかし、ユーノは極めて冷静な声をクロノに返した。

「シグナムやなのはを倒せて、攻撃魔法一つ満足に扱えない僕は倒せないの?」
「―――!」
「やっぱり君は弱い。違う。……弱くなった」

 今の彼を侮辱するには、これ以上の言葉は無い。

「昔の君なら、僕なんてすぐに倒せたのに」
「……黙れぇ……!」
『来ます!』

 レイジングハートの警告は、眼の前に現象となって現われた。
 ユーノのラウンドシールドが閃光で目視出来なくなる。集束されている魔力は、今や暴発する勢いだ。

「君はそんなに弱くないだろうッ!? クロノ・ハラオウンッ!!!」
「黙れェェェェェェェエエエエエエエエッ!!!」

 怒りの咆哮か。
 悲しみの絶叫か。
 白銀の光が二人の少年を飲み込み、刹那の後、爆発した。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございます。そしてユーノ主人公はまだ続く。クロノは……♯11の最後の辺りで返り咲くまでは仮面ライダーブレイドのギャレン かレンゲルの如き扱いにorz デタラメヲイウナ( 0M0)
 ユーノ&レイジングハートの戦闘中会話は”戦闘中に何ダラダラ話してんねん!”というツッコミが入りそうですが、こんな会話が大好きです。レイジングハートが もう原型無いくらい人格出てますが、まぁこれはこれ。バルディッシュも後半クロノと一緒に頑張ります。
 フェイト動向出来ず。このままカミングアウトしそうな勢い(え)。
 次でユーノボコボコに。では次回も。

 2006/7/07 誤字脱字修正 改稿




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