魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.6 Pain









 なのはがお辞儀をしつつ、ブリッジから出て来た。
 通路の壁に背を預けるようにして待っていたユーノが彼女を迎える。その表情は決して明るくはないが、露骨な悲嘆さも無かった。
 そんな顔をしてはいけないと、彼は思っていたのだ。

「お母さん、どうだった?」
「うん。学校には言っておくから頑張って来なさいって」

 二人は並んで歩き始める。こうやって一緒に歩くというのも久しぶりだった。だが会話は弾むはずもない。

「……暴走体の事、向こうではどうなってるの?」
「原因不明の災害って事になってるみたい……。お母さんが言ってた」
「災害、か」

 ユーノは報告でしか聞いていなかったが、なのはの世界に転移した暴走体は”災害”と言って問題の無い被害を齎している。重軽傷者、死傷者の数は把握し切れない 程だった。そんな被害者の中に、なのはの親友が混ざりかけた。

「なのはは怪我、大丈夫?」
「……うん。大丈夫だよ」

 なのはは覇気の無い笑顔を返した。掠り傷程度だが、彼女も腕等に軽い傷を負っていて、袖の下からは白い包帯が見え隠れしている。
 それからどちらとも声を出さなくなり、二人は口を閉ざしたまま通路を歩く。なのはの脚は医務室に向いていたので、ユーノもそれに合わせた。何度か声を掛けようと したものの、適当な話題が浮ばなかった。
 嗚咽を漏らすなのはに、ユーノは何一つしてやれなかった。今もそうだ。親友を戦闘に巻き込み、死にかけるような大怪我を負わせ、殺された 民間人の遺体を目撃した。仲間も沢山傷付いた。この事実になのはが平然としていられるはずもない。それでも心配させまいとしている彼女に、ユーノは気の利いた言葉 一つかけられない。
 ユーノは何か出来る事は無いかと必死に探した。
 その思案を止める怒鳴り声がする。

「僕のせいだぞ!? 僕に……僕に力が無いせいで、アリサは! 君の友達が、なのはの友達が傷ついたんだぞ!?」

 二人の脚が止まる。一瞬、その声が誰の物か分からなかった。

「クロ、ノ……?」

 その呟く声でようやく分かった。今の怒気に満ち満ちた声はクロノだ。常に冷静で、常に仲間を気遣い、常に誰かの為に何かをしている少年執務官の声だった。
 なのははクロノのこんな声を聞いた事は無い。ユーノは無限書庫司書として現場執務官の彼から様々な無理難題を押し付けられ、口論になるのが日常化してしま っている為に聞き慣れているが、それでも今のような苛立ちを露にされた事は無い。

「才能のある君に、才能の無い僕の気持ちは分からない……ッ!」
「さ……才能なんて、関係ないよ。だって、だってクロノいつも言ってるじゃない。訓練次第で、う、埋められない溝なんて無いって……」

 上擦った声。フェイトだった。声の主が彼女である事にもユーノはすぐに気付けなかった。
 通路の奥にクロノの背中が見えた。いつもは頼りになるその背中が、今はとても小さく頼りなく思える。

「君やなのはと出会うまで、僕もそう思ってた。アリアやロッテに教わって、同じ事を何度も反復して、何週間も掛けて魔法を覚えた。魔力の制御を学んだ。一つず つ確実に。それなのに君達は……!」

 なのはは立ち尽くしている。

「ク――ロ、ノ――」
「僕が一ヶ月で覚えた魔力操作を、君は数日で身に付けた。僕なんかより遥かに巧く! なのはに至っては、僕が九年間で培って来た技術を僅か半年で半分以上習得 した! しかもほとんど無意識で!」

 クロノが何を言っているのか、ユーノは全く分からない。

「僕に君達のような才能があれば、アリサはあんな傷を負う事も無かった! そうさ、僕の責任だ! 君も僕を責めれば良いだろう! 無力だって! 何故執務官を やっているのかってッ!」

 なのはもそうだ。きょとんとして通路の奥から聞こえて来る声を聞いている。

「それだけじゃないッ! 僕は魔導師を一人殺したッ!」
「し、死んでない、よ……!」
「ならこう言えばいいのかッ!? 廃人にしたッ! 被害者で、家族だって普通に居る魔導師から僕は未来を奪ったッ! どうだ満足かッ!?」

 日頃の彼からは想像も出来ない辛辣な言葉だった。

「僕は無力だッ! デバイスを強化した所でどうにもならなかったッ! 魔力を使い果たして、無様に君に助けられたッ! 何が状況に応じた魔法の選択とその応用力 だッ! 所詮は魔力量だったんだよッ!」
「クロノは……無力なんかじゃない……。アリサは……私のせいなんだ。アリサを助けたのはクロ」
「黙れえッ!」

 霞んだ絶叫。なのはがびくっと肩を震わせる。

「僕は何もやっちゃいない! 僕の魔力じゃどうしようもなかった! 技術や努力だけじゃ、あの暴走体を止める事は出来なかったんだッ!」

 フェイトの声は聞こえない。

「……僕はしばらくアースラから離れる。無駄だと思うけど、リーゼ達に頼んで、一から鍛え直す」

 フェイトに背を向けようとするクロノ。そんな彼の腕をフェイトが掴んで止める。

「だ、駄目だよ! クロノがアースラから離れたら、誰が事件を!」
「誰でもいいだろう! 暴走体を止めていれば、その内管理局の分析班が暴走の原因を掴む。僕のような非力な執務官なんて居なくても、君のように優れた魔導師が居 た方が遥かに戦力になるッ!」
「クロノは非力なんかじゃない! どうしてそんな事……!」
「君が……君が悪いんだろうッ!」

 ちょっと待て。ユーノは怒りを覚えながらそう思った。何故そこでフェイトが悪くなるんだ。本当に何を言っているんだ、君は。
 ユーノの脚が動き出すよりも早く、なのはが走り出していた。声を掛ける暇は無かった。

「さようなら、フェイト」

 クロノが踵を返す。なのはが彼の眼前で脚を止める。

「なのは」

 驚いたようにクロノが言った時、なのはは左手を上げていた。
 軽い音が響いた。

「………」

 なのははクロノの右頬を叩いた掌を胸の前にやる。そうして、彼を睨め付けた。

「痛い?」

 クロノは頬を押さえ、茫然としている。

「でもね、フェイトちゃんは……もっと、もっと痛かったんだよ」
「―――」
「フェイトちゃんだけじゃない。皆、今凄く痛いんだよ。すずかちゃんも、はやてちゃんも、アルフさんも、シグナムさんも、ヴィータちゃんも、シャマルさんも、 ザフィーラさんも、皆々、痛いんだよ」

 クロノに背を向けられているフェイトは動かない。定まらない視線でどこかを見ている。

「クロノ君らしくない」

 その言葉が、どれだけの重みになって彼に聞こえたのか、ユーノには分からない。

「どうしてそんな酷いこと言うの? フェイトちゃん、痛くて痛くてどうしようもないのに」

 親友が傷付き、家族が傷付き、自分も傷付き、大好きな人も傷付いた。それでもフェイトは、なのはやはやてを支えようと泣かなかった。ユーノはそれに気付いて いた。気付いて、なのはに対しても何もしてやれない自分を情けなく思っていた。
 なのはも、そんな無理をするフェイトに気付いていたのだ。

「クロノ君が一番支えてあげなきゃいけないんだよ、フェイトちゃんを。なのに……!」

 上擦る声。

「酷いよ。こんなのクロノ君らしくないよ!」

 少女の悲鳴の何と容赦の無い事か。
 なのはの叫び声が静かな通路に残響になって消えた頃。クロノが僅かに背後を見た。その視線の先に居たフェイトの顔に、はっきりとした脅えが浮ぶ。何を言われる のか恐怖してよろめく。
 クロノの顔色が変わった。自分が彼女に何を言ったのかを知ってしまったのだ。

「フェイトちゃんに謝って」

 だが、クロノは何も言わなかった。フェイトに再び背を向け、なのはに顔を伏せ、走り出した。ユーノの脇を通り過ぎて行く。

「クロノ君ッ!」
「クロノッ!」

 彼は速かった。動けなくなる程の傷と魔力消耗をしていたとは思えないくらいだ。背中はすぐに見えなくなった。

「クロノ……」

 ユーノは報告という形でしか暴走体との戦闘は知らない。どれだけ苛烈を極めた戦いだったのかは満身創痍のシグナムとヴィータを見て予想はついた。あのクロノが、 禁じ手にされたストラグルバインドを使わなければならない状況にまで追い込まれたというのも、充分に驚くべき事である。しかも、結果としてアリサを守り切る事が 出来なかった。暴走の被害者である魔導師も廃人にしてしまった。
 クロノの中でどんな葛藤があり、どれだけの無力感を感じたのか。ユーノは少なからず分かったような気がした。

「フェイトちゃん……」

 なのはが彼女に近付いて行く。その時、フェイトは逃げ出すように駆け出した。

「フェイトちゃんッ!」

 なのはが後を追う。慌ててユーノも続いた。
 通路が瞬く間に変わる。戦闘区画から居住区画に移った。それでもフェイトの脚は緩まらない。一心不乱に走っている。

「フェイトちゃんッ、待ってッ!」

 肩で息をしながら、なのはが叫んだ。
 フェイトは止まらない。振り向きもしなければ答えもしない。
 フェイトの自室が見えた。彼女は扉に飛びつくと、開閉パネルを叩き、中に飛び込んだ。なのはも続こうとするものの、その行く手を阻むように数瞬の差で扉が閉め られる。圧縮空気が吐き出され、かしゃんという軽い音をたてて扉が閉め切られる。
 立ち塞がった扉。ただの複合素材の扉だが、なのはとフェイトを断つには充分過ぎる壁だった。



 ☆



 社内での彼の評価は高かった。ストレージデバイス向けの補助OS”ロッティンバウンド”をほぼ独自で設計し、開発。搭載するだけで基本性能を約三十パーセント 向上させる事が出来る画期的且つ独創性の強いこのオペレーティングシステムは、すでに相当数が市場に出回っている。時空管理局でも使用者が出始めた程だった。
 販売会社であるゼニス社は、数あるデバイス関連企業の中でも中小企業の一社に過ぎなかった。だが、ここ一ヶ月の純利益は半年のそれを超えそうな勢いで伸びてい る。この偉業を称え、”ロッティンバウンド”の開発者には研究所所長の席が用意された。だが、当の本人はこれを拒否。代わりにそれなりの額になる特別手当とオフ ィスに専用の個室を要求した。これを蹴る理由は会社には無く、開発者は一社員でありながら部長を超える待遇を受け、専用の個室に籠もっている。
 開発者の名はレイン・レンと言った。会社からの評価は高い彼だったが、同僚や上司からの評判はあまり良いものではなかった。特に何が目立つという訳ではない。 定刻通りに仕事は終えるし、頼まれれば残業も文句一つ言わずに行う。何より客とのやりとりを楽しんでおり、普通に見れば評判は良いはずの意欲的な社員だ。
 なのに、同僚は最低限の会話しかせず、上司は疎ましい視線を常々送り続けている。それは天才と凡人の溝なのか。それとも、時々レンが起こす奇行や意味不明な 言動のせいなのか。分かる者は今の所皆無だ。
 レイン・レンは与えられた個室――”執務室”に居た。すでに定刻は過ぎており、仕事を残している社員以外は帰宅している。特にここ一週間は帰路を急ぐ者が多かっ た。ミッドチルダの中央都市に建設されているゼニス本社ビルには、もうほとんど社員は残っていない。
 何故急ぐのか。巷で騒がれているデバイス暴走事件の影響だ。時空管理局の情報によれば、暴走は突発的に起こるらしい。言わば事故だが、巻き込まれれば死は免 れない。数日前に住宅地を焼き払う暴走デバイスが現れ、数千人単位で民間人が死傷した。自宅に居ても危険を回避する方法が無いという事実を突きつける事件だった が、それでも多くの人間達は自宅へ急ぐ。

「いやぁ。まったく理解出来ませんねぇ〜。どこに居ても死ぬ時は変わらないのに」

 キーボードを打つ指を止め、レンは大きく伸びをした。座り心地の良い椅子は軋み一つ上げず、百八十センチ以上ある彼の身体を受け止める。
 フレームの無い眼鏡。その奥にあるのは緑色の切れ長の双眸。くすんだ銀色のような髪は短く切り揃えられ、整髪剤によって綺麗に整えられている。顔は細いが虚弱 な様子は無く、整えられた彫刻のようにも見えた。
 レンは革椅子から立ち上がると、首をごきごきと鳴らしながら窓に歩み寄った。夜の闇に包まれた都市が見える。ネオンの光が絶える事無く鉄の街を照らし続けていた。
 彼は白衣を羽織っていた。だが、動き易さを重視した薄い生地で出来てはいない。何かから身を守る為のような分厚さがあった。その下に身につけられているスーツは 何の変哲も無い安物である。
 あべこべな身形の研究員は、外の光景を嘗め回すように見詰め、口許を吊り上げる。

「持って一週間ってとこですかね」

 今日暴走したデバイスは全部で七体。その成長度は寄生した魔導師の資質が良かった為か、見事にAAA+の壁を突破して、Sランクに到達した。驚嘆すべき事実 であり、諸手を上げて歓喜すべき事実だった。だが、最後の一体はレンも予想していなかった方法で原型を留めたまま、管理局に捕獲されてしまった。彼らが本腰を 入れて暴走体を調査すれば、暴走の原因は間違いなく解明されるだろう。その期間は、レンの見積もりでは一週間だった。
 レンは机上にある仮想ディスプレイを見た。そこにはSランクの暴走体から送信されて来た戦闘データがぎっしりと表示されている。

「烈火の将。ん〜! 素敵ですぅッ! さすがは闇の書の守護騎士プログラムの長ッ!」

 彼はスキップをしてコーヒーメーカーに歩み寄った。彼の為に会社が用意した最高級の豆を挽き、香ばしい香りのコーヒーを淹れる。砂糖を豪快に突っ込み、ミルク をどぼどぼと投下。最高級の豆の香りは一瞬にして消えた。

「まさか二体も倒すとはねぇ。いやはや、ロジックは当てにならない」

 ただのカフェオレに成り下がったコーヒーを飲む。

「盾の守護獣と紅の鉄騎も問題ですか。湖の騎士もバックスとして無視出来ませんねぇ。それに何より」

 戦闘データを一瞥する。数字だらけの画面には、暴走体と交戦した敵魔導師の簡単な個人情報とデータがあった。

「高町なのは君、フェイト・T・ハラオウン君、八神はやて君か。十歳でこの能力。もぅ〜!」

 コーヒーを一気に飲み干すと、空になったカップを壁に投げつけた。甲高い音と共に高価なカップが粉々になる。

「餓鬼は餓鬼らしくママンの乳でもしゃぶってろォッ!」

 毒を吐き、彼は口許のコーヒーを拭った。重い白衣を軽々と翻して椅子に座る。

「クロノ君も可哀想に……。ホント、凡人には同情を禁じ得ません」

 彼の戦闘データももちろんある。開戦当時は補助OS”ロッティンバウンド”の高出力を制御してSランクの暴走体と戦った。最後には魔力切れを起こしてしまい、 妹に助けられているが。

「ま、ロッティンバウンドを使ってこれだけ戦闘出来たのは正直驚嘆ものですがねぇ。本気で使えば五分が限界でしょうか」

 ロッティンバウンドは主に二つの働きをする。保存されている魔法プログラムの術式管理の高率化と適正化。そして出力増幅だ。術式管理はレンが組み上げた 数個のアプリケーションプログラムを導入するだけで事足りる。彼から見れば、現存するデバイスの術式管理プログラムには無駄が多すぎるのだ。使用者の負担を軽減 させる為だの何だの。デバイス、つまりは”道具”なのだから大人しく使われていればいいのだ。
 術式管理プログラムよりも遥かに難易度が高いのは出力増幅だ。足りない部分をどうやって補うのか。レンはこの問題を六年程前に携わった、あるプロジェクト からヒントを得て解決した。
 六年程前のプロジェクト。正確な年数はレンも記憶していない。そもそも、彼は無駄な事は極力頭から締め出す人間だ。覚えているのは、プロジェクトの内容が 新型の大型魔力駆動炉開発だったという事。そしてそこで得た技術的ノウハウのみだ。
 大気中の酸素を消費して魔力を生成する。考え付いた人間は相当奇抜な発想をする研究者だったのだろう。結果として大型駆動炉の実験は失敗に終わってしまい、 この理論は机上の空論に等しいという評価を得て闇に埋もれた。

「そもそも無駄が多すぎるんですよぉ。もう無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァッ! 無駄ばっかぁッ!」

 ロッティンバウンドはデバイス使用者のリンカーコアの出力を高め、大気中の酸素を使って魔力を生み出し、ベースとなっている魔導師の魔力に上乗せして出力増幅 を行っている。これによって、基本魔力量に左右されずに魔法による攻撃力を上昇させる事が出来た。だがリンカーコアに掛かる負担があまりにも多く、何も気にせず に魔法を行使してしまった場合、魔力は瞬く間に底をつく。リンカーコアにも異常が発生して最悪の場合は死亡する。デバイス暴走は、薄弱化したリンカーコアをトリ ガーにして発生しているのだ。
 ロッティンバウンドを実装したデバイスを使って長時間戦闘をしていたクロノは、実際はとんでもないのだ。

「さて、どうしましょうかねぇ、クロノ執務官」

 力尽き、暴走体に敗北し、魔導師を犠牲にして暴走体を止めた若き執務官。彼がこの後どんな行動を取るのか、レンはそれとなく予想が出来ていた。彼の中では、すで にクロノの受け入れ体制が進んでいる。
 レンはキーボードを操作して、暴走体の戦闘データを消した。同時に何かの図面を表示させる。リボルバーの弾倉シリンダーに歪な装置が取り付けられる用途不明の 物体の設計図面だった。図面の題名は”CVK792−R−C”。

「あなたに足りないもう一つの力がここにありますよぉ……!」

 こみ上げて来る笑いを止める事が出来ず、レンは額を押さえて笑った。天井を仰ぎ、泣く程笑う。
 戦闘データは充分に収集は出来た。後は最高の素体を暴走させ、破壊の根源を作るだけだ。そうすれば願いが叶う。
 狂ったように笑い続けるレンの視界に、ディスプレイの端の映像が映った。まだ消していなかったのか、そこにはSランクの暴走体と交戦した魔導師達の個人情報が 記載されている。

「フェイト・T・ハラオウン……」

 何故か気になった。何かは分からない。科学者としてのインスピレーション。
 レンは計画の問題になると思われる八神はやてや守護騎士のデータは多く持っていたが、高町なのはやフェイト・T・ハラオウンの細かいデータは持ち合わせては いなかった。

「ふむ」

 キーボードの上を、レンの指が凄まじい速度で駆けて行く。高難易度の曲をピアノで演奏するアーティストのようだ。
 時空管理局データベースアクセス。セキュリティ解除。防壁突破。痕跡消去。個人情報欄に進出。執務官候補生検索。フェイト・T・ハラオウン。
 一分もしない内に彼女の詳細な個人情報がディスプレイに表示された。彼女の顔写真と一緒に。

「……アリシア・テスタロッサ……?」

 何て無駄な事を覚えていたのか。レンは心中で失笑した。フェイトの顔には見覚えがあった。六年程前の新型駆動炉開発計画で、開発主任を務めていた女性魔導師の 一人娘だ。名前は呟きの通り、アリシア・テスタロッサ。だが、彼女は駆動炉の事故に巻き込まれて死んだはずだ。それなのに何故――。
 さらに彼女のデータを調べていると、一年前に起こった”PT事件”という事件報告書に辿り着いた。レンもあまり知らない事件だった。

 事件No.AP0057564155−C735542
 事件種別 遺失遺産の違法使用による次元災害未遂事件
 担当   巡航L級八番艦アースラ
 指揮官  同艦長 リンディ・ハラオウン
 現場主任 執務官 クロノ・ハラオウン

 このような出だしから始まっている報告書を、レンはじっくりと三回も読み耽った。別途提出されていた音声データも映像データもじっくりと三回も見て聞いた。
”フェイト・テスタロッサの出自とプレシアとの関係”について詳細が記された報告書も眼に穴が空く程読んだ。
 読み終え、聞き終え、見終えた後、レンは叫んだ。

「こっけぇーだぁーッ!!!」

 椅子を蹴り倒し、机上の書類を興奮に物を言わせて払い除け、コーヒーメーカーを薙ぎ倒し、彼はまさに子供のように暴れた。

「滑稽ですよプレシアさんッ! サッイコォーに滑稽だぁッ! なんですかこれはぁッ!? 人造人間作って失敗してアルハザードぉッ!? もぉ〜〜〜〜!!!  同じ研究者として軽蔑と尊敬を同時にしちゃうじゃないですかぁ〜〜〜〜!!!」

 つまりこうだ。フェイトはプレシアに創り出されたアリシアのミスコピーであり、事件後は裁判を経て管理局に局入り。事件を担当していたリンディ・ハラオウン の養子となって今に至るという訳だ。
 レンはプレシアと駆動炉開発の折に安全基準に関して対立をしており、彼女を疎ましく思っていたが、それでも同情を禁じ得なかった。

「これはなかなかどうして、面白くなりそうですねぇ……!」

 新しい玩具を見つけたような笑みを浮かべ、レンは言った。



 ☆



「フェイトちゃん……」

 扉に言うが、もちろん返事は無かった。
 部屋の中からは物音一つ聞こえない。

「なのは、あの……」

 ユーノが声を掛けようとした時、彼の声を遮るように艦内放送が響いた。

『なのはさん、ユーノ君、フェイト、クロノ。医務室まで来て下さい。大切なお話があります』

 リンディは簡潔に用件を伝えると艦内放送を終えた。
 なのははユーノに振り向く。彼はどうしていいか分からず、あくせくしていた。
 なのははもう一度扉を見る。
 クロノとフェイト。この二人が喧嘩するなんて、なのはは想像出来なかった。ついこの前告白したばかりだが、それで二人はより強い絆で結ばれたはずだった。不器用な 兄と義理の妹という関係ではなく、お互い好き合っている者同士になって、恋人になったはずだった。
 やっと想いが通じ合えたというのに。
 クロノの言葉は本当に彼らしくなかった。任務の為、また執務官として現場を預かる人間として、彼は非情な行動を取る事もある。だが、それは仲間や大切な 人を守ろうとする気持ちから来るものだ。次元犯罪を止める為なのだ。
 そんな彼が、不平を叫び、自分を卑下して、大切な少女を傷つけ、逃げ出した。この眼で見たはずなのに、なのはは今でも信じられなかった。
 どうしてこんな事になるんだろう。あの暴走体がいけないのか。アリサを殺しかけ、シグナム達を傷つけるだけでは飽き足らず、クロノとフェイトを引き裂くというのか。

「フェイトちゃん、私、行くね……?」

 リンディの放送では、フェイトもクロノも召集されていた。だが、こんな彼女を連れて行けるはずもない。無理矢理部屋に入るつもりは初めから無かった。

「行こう、ユーノ君」
「……うん」

 二人はフェイトの部屋から離れた。
 医務室に着くと、ほぼ全員が顔を揃えていた。シグナムとヴィータ、アルフも眼を覚ましている。なのはとユーノが最後のようにも見えたが――。

「なのはさん、クロノを見なかったかしら?」

 ベッドの脇に置かれた椅子に腰掛けたリンディが不思議そうに言った。
 エイミィが控えめに笑う。

「フェイトちゃんと仲良くやってるんじゃないんですか?」
「………」
「あ、それあるかもね。デートはおじゃんになっちまったけど、途中まで良い雰囲気だったし」

 アルフが指で鼻を擦る。

「何だ、ようやく告白出来たのか、テスタロッサは」

 気難しい顔で、シグナム。

「まぁ、かなり修羅場ったんですけどね」
「修羅場?」

 困ったように笑うシャマルに、ヴィータが首を傾げる。

「まったくもう。今はイチャつく時やないで、あの二人は」

 ベッドで眠るすずかの手を握りながら、はやてが不機嫌そうに言った。

「………」

 なのはとユーノは何も言えなかった。リンディ達があの光景を見たら何て言うだろうか。
 リンディが言った。

「でも、本当にどこに行ったのかしら……」

 フェイトは来ない。そして、クロノも。
 電話が鳴った。医務室とブリッジを直接繋げているダイレクトフォンだ。リンディが出る。

「リンディです。どうしたの?」

 全員が言葉を止め、リンディを見た。彼女の顔が見る見る内に変わって行く。

「クロノが……離艦、した……?」





 to be continued.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございました。大分物語の深い部分まで触れた話です。特にオリキャラ、レイン・レンに関わる事ですね。実はこういう背景を用意 してました。可能な限り既存のオフィシャル設定を繋げてみましたが、かなり強引だったかもしれません。
 では次回も是非。

 2006/5/13 誤字脱字修正





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