魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.9 Wild fang









 魔法の無い世界に移住するという事に不安はあった。
 ミッドチルダ――延いては、魔法が存在する次元世界の住人達にとって、魔法は存在して当たり前の力である。無ければ無いで世界が終わってしまう事はないが、 衣食住を含めた生活の営みが一変するのは間違いない。
 だから、メディアがこの世界に移住を決意した時、新天地への淡い期待を覚えると同時に、そわそわとした落ち着けない不安も覚えた。
 ミッドチルダに未練は無かった。あまり良い思い出が無いのだ。この地球――海鳴市では安全に宝石や貴金属関連で商売が出来るし、幸いにも、メディアの魔力資質は この世界にすんなりと順応してくれた。
 今では不安は霧のように消えて無くなり、悠々自適な日々を送っている。近所は気さくな人ばかりだし、変に肩肘を張らずに生きて行ける。
 唯一と言って良い不満と言えば、

「四季があるってのは良いけど、梅雨まであるのは正直邪魔ね」

 まぁそれくらいだった。
 メディアは磨いた宝石を加工台の上に戻すと、席を立ち、窓から空を見上げた。硝子は雨に叩かれ、絶える事の無い水滴をぶつけている。
 見事な雨模様だ。空はここ数週間と変化の無い鉛色で、欝蒼と空を覆っている。見ているだけで気が滅入りそうだった。
 溜め息をついてメディアは加工台に戻った。店内をぐるりと見渡してみるが、客の姿は無い。そこでまた溜め息を一つ。腰に手を当てて首の裏をガシガシと掻いた。 自慢の髪には湿気のせいでおかしなウェーブがつき、なかなか酷い状態である。
 ずっと続く悪天候に客足が引くのも仕方が無かった。

「……今日はもうたたもうかしら」

 口にしてみて、それが一番良いアイディアだと気付く。髪もあまり人前には出られない状態だ。それに、今は大きな気がかりがある。
 いつもよりも圧倒的に早い閉店を決意したメディアは、早々に閉店の旨を伝える張り紙を作成し、セロハンテープで入り口に張り付け、”close”の札を下げた。
 ショーケースに防犯用のシーツをかけ、戸締りを確認して店の奥へ向かう。この建物は貯蓄の大半をつぎ込んで購入した物件だ。年期は入っているが作りは信頼出来る 物で、ショールームと居住区が繋がっている構造がなかなか都合が良い。
 通路を抜けると、リビングに出た。広くはないが、くつろぎを得るには問題の無い空間と家具が揃っている。

「さて、どうするか」

 テーブルの上を覗き込む。そこには濁ったような灰色の布が放置されていた。
 メディアは摘むようにそれを拾う。彼女はこれが何なのか知っていたので特に疑問には思わなかったが、何も知らない人間が見れば、ただの雑巾にしか見えないだろう。
 それはワンピースだった。所々に可愛らしい黒いリボンが付けられた少女向けの衣服である。原型は無く、損傷が激しい。凝視すれば、灰色の部分に赤い汚れもあった。血痕だった。

「直せる……訳無いわよね、これ」

 裁縫関係は出来るが、これを元に戻せというのは不可能な依頼だ。破けている部分は戻っても、汚れは取り切れない。漂白剤に二、三日浸ければ何とかなるかもしれない が。
 捨ててしまう以外にどうしようもない。それはメディアも痛感していたが、それでも捨てれない事情があった。
 背後で物音がする。扉が開く気配がした。
 振り向けば、大きなYシャツを羽織った金髪の少女が立っていた。

「よく眠れた、お嬢ちゃん?」

 少女の首がぎこちなく動いて、紅い瞳でメディアを見た。その一連の動作に意思は感じられなかった。あまりにも自動的で機械的な反応だった。
 メディアは眉根を寄せる。彼女が知る少女――時空管理局執務官候補生フェイト・T・ハラオウンは、こんな人形のような少女ではなかった。

「もう動けて平気? 久しぶりの治癒魔法だったから、巧く治せたかどうか不安だったんだけど」

 メディアはフェイトの手や足を掴んで、自らの治癒魔法による怪我の経過を確かめた。真新しい包帯には傷が開いた跡は無かった。
 こちらの世界に来てから魔法とは絶縁関係にあったし、メディア自身も使うつもりはなかった。この世界で生きると決めた以上、魔法は言わば反則技だ。 管理局が定めている法にも、管理外世界での魔法使用は基本的には厳禁とされている。
 それでも治癒魔法を使ったのは、フェイトを救う為だった。

「ごめんね、私、魔法下手だから痕とか残っちゃってて」

 傷はどれも裂傷だ。鋭利な刃物で切りつけられたように深い傷痕が、十歳の少女の身体のあちこちに刻まれている。特に太股と左手首が酷かった。両方とも貫通傷が ある上に、左手首には明らかに自傷行為の傷痕があった。

「あの獣娘なら治せそうだけどさ。ほんと、ごめんね」
「―――」

 フェイトが微かに反応を返した。辛そうにして首を横に振る。見上げて来る瞳が、大丈夫と語っていた。
 唐突な重みが胸に圧しかかった。心が縄で締め付けられたようになり、凄まじい圧迫感を感じる。フェイトの眼を直視出来ず、メディアは顔を逸らした。
 昨日、メディアはちょっとした買い物の為に外出をした。相変わらずの雨だったので億劫だったが、食料が無くなってしまったので仕方が無かった。
 その道中でフェイトと鉢合わせをしたのだ。

「ほら、まだ辛いんでしょう? もう少し寝てなさい」

 視線を合わられず、メディアは作り笑顔でフェイトの背中を押す。扉の奥は寝室になっていて、もぬけの殻になったベッドがあった。
 街中で見たフェイトは、まさに幽霊だった。最初はフェイトと思えなかった程だ。
 薄汚れた衣服。深い裂傷を負った手足。病的な白い顔。涙を流している瞳。
 何があったのか想像もつかなかった。メディアが知っているフェイトは、謙虚を通り越して遠慮がちだが、芯が強く、頑固で一途な所があり、笑うと本当に可愛い 少女だ。こんな打ち捨てられた人形のような少女ではない。
 放っておく事も出来ず、メディアは彼女を自宅へと連れ帰り、簡易ながらにも治療魔法で傷口を塞いだ。風呂に突っ込むように入れて、髪を綺麗に洗ってやった。
 本来なら時空管理局――彼女の兄たるクロノに連絡を取るべきだっただろう。だが、フェイトに止められてそれが出来なかった。別に強く止められた訳ではない。 ただ、クロノに知らせる? とメディアが問うと、はっきりと言ったのだ。
 やめて、と。
 あれから一日が過ぎた。今は昼に差しかかろうかという微妙な時間帯である。
 メディアはフェイトをベッドに寝かしつけた後、リビングに戻った。冷蔵庫から麦茶を出してコップに注ぎ、ソファに座る。テレビをつけて一口麦茶を飲んだ。
 眼の前にあるテーブルには、半ば雑巾と化したワンピースが鎮座している。あまりの状態に捨てようとしたメディアを、フェイトが震える手で止めたのだ。
 捨てないで、と。

「……どうするかね」

 ショールームからリビングに来た時と同じ言葉を吐く。適当に眺めたテレビ画面はワイドショーを流していた。
 身体だけではなく、心も満身創痍になった少女。掴めない言動。
 やはりクロノに知らせるべきだと思った。彼とフェイトが義理の兄と妹であるのは知っていたし、この街に住んでいるのは偶然だが一週間と少し前に知った。直接的な 連絡先はさすがに知らなかったが、思念通話を繋げてやれば届くだろう。
 だが、なかなか踏ん切りをつけて行動に移れなかった。

「あんな眼で見られたらねぇ」

 メディアはソファに背中を埋めると、だらしなく脚を投げ出した。三十路を間近に控えた彼女だが、そんな現実から眼を背けるように、その立ち振る舞いは子供っぽい。
 道で出くわした時は本当に酷い眼をしていた。親とはぐれた子犬のように、すべてのモノに脅えているような眼だった。
 麦茶を仰いで、メディアはテレビのリモコンを取った。何回か切り替えていると、お気に入りの再放送時代劇『三匹が斬る』のスタッフロールが見えてしまった。しまった、 録画するのを忘れた、と言って頭を抱えた。
 腹が立ったら刺激されたのか、空腹の虫が抗議するように鳴った。そろそろ昼食時だ。無理も無い。

「あの子、食べるかしら」

 昨日はフェイトの分も食事を用意したが、彼女は一口も口をつけようとしなかった。怪我の具合からも体力は必要だと説いても一向に箸を取る気配が無かった。

「まぁ素麺くらいなら食べるか。むしろ食わせよう」

 多少嫌がられてもそうするべきだ。いつまでも空っぽのフェイトを見ているのは辛かった。上辺だけでも良いから元気になって欲しかった。
 空になったコップをテーブルに置いて、メディアは席を立つ。その時、テレビの画面が視界の隅に入った。いつの間にか時代劇のスタッフロールは終わりを告げており、 地方テレビの地域ニュースが流れている。

「……?」

 そのニュースに見慣れた風景があったので眼を凝らしてみる。
 映っている映像は、海鳴臨海公園だ。正確には破壊された公園の一部である。海際の舗装された道路が、それこそ爆弾で爆破されたかのような様相を呈していた。 手摺はひしゃげ、石畳は抉り返され、生々しい血痕が移り変わる画面の中で見る。刑事ドラマに出て来るような紺色の制服を来た数人の鑑識が、土砂降りの中、それら を検分していた。
 メディアは咄嗟に寝室の扉を見る。
 公園の破壊の痕跡は対物設定にされた攻撃魔法によるものだ。メディアは魔力資質が高い方ではなかったが、それでも一瞥で充分に判断出来た。
 フェイトがやったのか。そんな馬鹿な。この子は時空管理局の執務官候補生だ。それに意味の無い破壊をするような子ではない。なら事件捜査でもしていたのか。 そういえば、昨日公園で物凄い音がしたとご近所の奥様が言っていたな。

「坊やに連絡取ろう」

 即決だった。素麺なんて後回しだ。そもそも、あんなにボロボロになったフェイトを誰も迎えに来ないというのがおかしい。使い魔たるアルフが側に居ないのも 疑問だ。
 メディアは久しく使っていなかった思念通話の魔法を行使した。ミッドチルダに居た頃は呼吸をするように自然と使っていた魔法だったが、今はどこか錆び付いた 感がある。
 覚えていたクロノの魔力反応を検索。発見次第接続。

「……居ない?」

 どれだけ探っても、彼の魔力反応は無かった。メディアの思念通話の距離はお世辞にも広くはなかったが、それでも市内は余裕で届く範囲だ。届かないという事は、 つまり海鳴には居ないという事になる。

「ミッドかしら?」

 そう疑問符を打った途端、腹が立った。傷だらけの妹を放置して何をしているのか。アルフもそうだ。使い魔なら側に居て当然だろうに。

「しょうがないわね」

 ミッドとは絶縁状態にあるメディアだが、有事に備えて緊急の連絡網はちゃんと持っていた。こちらの世界には、備えあれば憂い無し、という諺があるが、まさにその 通りだと思った。
 キャビネットから次元通信を送受信する電子ボードを引っ張り出す。埃を被っていて酷い有様だったので、台拭きで無造作に仮想ディスプレイの投影画面を拭いた。 危なっかしい手付きで操作をして、時空管理局の一般窓口に接続しようとする。

「接続不能?」

 投影された仮想ディスプレイには、そう表示された。

「ちょ、どういう事よ、これ……」

 時空管理局は次元世界に於ける司法機関で、二十四時間体制で稼動している。その窓口と通信が出来ないのは、警察に電話が繋がらないのと同様である。明ら かな異常事態だ。
 その後、メディアは何度か別の手段で管理局に連絡を取ろうとしたが、結局繋がる事は一度として無かった。



 ☆



 スティンガーレイが一斉掃射を行った。秒間二十発前後の超高速射撃。フルオート射撃の大口径機関砲を思わせる分厚い弾幕は、一発一発が強力な対防御魔法性能を 秘めている。
 あらゆる物が引き裂かれた。オフィスビルの壁が抉られ、ショーウィンドゥが粉砕され、停車していた自動車が炎を巻き上げて爆裂する。
 熱風と冷たい雨、咽返る黒煙、硝子の破片で滅茶苦茶になった視界で、ユーノはひたすらに逃亡を繰り返す。

『現在、クロノ・ハラオウンはカートリッジを三発使用しています。残り三発、何としても耐え抜いて下さい』
「気軽に言ってくれるよ、本当に!」

 ユーノは擦り傷と煤だらけになった顔を歪めた。身体機能が魔力によって引き上げられているが、疲労は当然蓄積する。魔力もほぼ同じ勢いで消耗中だ。クロノが カートリッジ切れを起こすまで保つかどうか、正直疑わしい。
 レイジングハートも計算ミスをしているなと、ユーノは思った。簡単に計算してみたが、確かに彼女の言う通り、最大出力で防御魔法を展開すれば、カートリッジを 使用したクロノの魔法も後二発は耐えられる。
 だが、こちらの身体が保たない。増幅された防御魔法と、それを直撃するクロノの攻撃魔法を同時に支えていたユーノの両腕はすでにズタズタだ。走る度に滲み出た 血液が血痕をアスファルトに刻んで行く。体力だってギリギリだった。
 スクライア一族として遺跡発掘等に精を出していた頃はもっと体力だってあったのに。ここ半年で随分と落ちたものだ。

「これも全部クロノのせいだ……!」

 無限書庫の司書になってから、クロノの殺人的な資料請求やら何やらで運動をする時間が激減している。なのはに誘われて簡単な模擬戦闘に参加していたくらいで、後は 本当にずっと仕事に追い回されていた。
 脳が酸素と休憩が必要だと警告を発し始めた。黒煙のせいで半ば無呼吸で凄まじい運動量を強いて来た反動だ。

『左方向! 十時!』

 高速移動魔法を行使したクロノが迫る。魔力を振り絞り、脚力を瞬間強化。鋭敏な草食獣のように一気に方向転換を行う。
 S2Uの一刀がユーノの残像を抉る。紅い先端がアスファルトを砕き、封入されていた魔力を解放した。深く長い亀裂が足元を駆け巡り、圧倒的な衝撃力が地面を 荒波のように波立たせる。
 紙細工のように舞う残骸の中で、ユーノはクロノの横顔を目撃した。スローモーションのようにすべてがゆっくりに見える。
 クロノは完全なる無表情になっていた。寒気を覚える程だ。恐らくはユーノを完膚無きまでに殺す以外に何も考えていないのだろう。願ったり叶ったりだ。

「嬉しくないけどね!」

 ユーノは、そんなクロノと彼が生み出した破壊の光景を一顧だにせず、脱兎の如く逃亡を図る。
 クロノが追い縋る。ここ数分程、彼はカートリッジを使用した大出力魔法を行使して来ていない。追い回してひたすらに斬りつけて来る。
 ますます不利だ。最初の三発は比較的容易に使わせたが、それ以降が難しい状態にある。

「怒らせ過ぎたかな」
『その可能性は大きいと思われます』
「謝った方がいい?」
『止めはしませんが、恐らく逆効果でしょう』

 そんな会話を交わしていると、行き先に大型のショッピングモールが現れた。十メートルに届くかどうかという全面硝子張りの入り口で、向こう側には幾つもの のエスカレータが見える。

「あそこに行くよ、レイジングハート」
『遮蔽物がかなり多くあると予測されます。アナザーマスターの戦術通りに行けば有利になりますが、射軸からの退避が難しくなる場合もあります』

 背中がぞわりとした。地面に靴を噛ませて急制動。追っ手に向き直る。
 クロノは追っては来なかった。ただ紺碧の魔法陣を生み出して、寒気がするような爆発的な魔力をS2Uを凝縮している。彼の頭上には刃渡り二メートルを超える 光刃が環状魔法陣を身に纏って浮遊していた。
 その数、百。否、もっとある――!

『カートリッジ使用を確認。残り二発です』

 レイジングハートの報告を聞きながら、ユーノは逃亡も回避も捨てた。仁王立ちをするように腰を落とし、宙で印を結ぶ。口頭詠唱を行って可能な限り出力を強化 する。
 二重のラウンドシールドを前方に重ねて展開。自身の身体を包み込むようにプロテクションを構築。
 二人の少年の声と、それに対する電子音声の復唱が綺麗に重なった。

「レイジングハートッ! 出力最大ッ!」
「砕けろ……ッ!」
『All right my Another master.』
『Stinger Blade Execution Shift.』

 トリガーヴォイスが顕現された魔法現象を解放する。
 片や、湖面に広がる波紋のような二枚の高出力防壁。
 片や、絨毯爆撃のような広域射撃魔法。
 翠の盾に紺碧の光刃が豪雨のように降り注ぐ。刃の発射音はまさに轟然。戦車の堅牢な複合装甲に風穴を作る滑腔砲の発砲音に似ているそれは、瞬く間にユーノ の聴覚を麻痺させた。激痛を伴うが、痛みを堪える為に手を当てる事は出来ない。二枚のラウンドシールドとプロテクションを支えるので限界だった。
 撃ち込まれた光刃はユーノを包囲するように彼の周囲を撃ち貫いて行く。あらゆる建造物が破砕され、瓦解し、着弾の余波を食らってさらに砕かれる。破壊された ビル群がユーノに雪崩れ込む事は無かった。
 埃と瓦礫が混ざって視界を完全に塞いだ。大気が断末魔の震えを上げ、ユーノに身体を通して衝撃の強さを伝えて来る。
 光刃の射出は終わらない。永遠に続くのではないのかと錯覚する。手はいくら魔力生成した擬似神経をしても感覚は戻らなかった。体力と魔力が加速度をつけて磨耗 して行く。
 三重の魔力防壁が霞む。視界も同時に淀みを生む。膝が笑い始め、言う事を聞かなくなる。立っているのか。膝をついているのか、座っているのか、何もかもが分か らなくなった。
 ふと見てみれば自分はまだ立っているのが分かった。ただ、このままでは膝をついてしまうのはそう遠くない。それは死を意味する。
 だからユーノは叫んだ。震える大気にも負けない断末魔の咆哮を。

「レ、イ――ジング――ハァァァァァ――トォォォォォッ!!!」
『魔力回路リミッター解除。術式管理システム、フルオープン。回路直結、一点集束、全魔力装填完了。――出力解放ドライブ イグニッション!』

 残された体力と魔力がすべて吸い上げられる感覚だった。苦痛を通り越して感覚が消失する。
 ただの肉の塊となった両腕の先で、壊れたブラウン管のようになっていた魔力防壁が一気に巨大化した。三重の盾が複雑に絡み合い、溶け合い、一体化。直径五メートル はあろう巨大な盾となって、紺碧の光刃を弾く。

「砕けろ――潰れろ――消え去れ――死んで――くれェェェェェッ!!!」
『Cartridge Load.』

 リボルバーシリンダーが回転して硝煙を吐き出す。五発目のカートリッジロード。
 先程までの無の表情を打ち消して、クロノが絶叫した。涙で頬を濡らしているその様相は、惨憺極まりなかった。
 もう意地と意地、意思と意思の衝突でしかなかった。戦術や駆け引き、魔力の上下などは関係無い。
 ユーノはひたすらに守る。
 クロノはひたすらに攻める。
 街の一角を完全な廃墟に変えながら、二人の少年は叫び続けた。



 ☆



 瓦礫の一つがゆっくりと地上へ落下する。打ち付けられたそれは、甲高い音を鳴らして砕け散った。
 大型ショッピングモールと四つのオフィスビルの倒壊が起こした砂埃と細かな瓦礫の群れが、雨風に攫われてその姿を消して行く。
 クロノは喉に酷い痛みを覚えながら、大きく肩で息をしていた。

「何故だ……!」

 握り締めたS2Uが震えた。クロノは、それこそ折れんばかりに紅い愛杖を掴む。
 荒涼感と苛立ちしか覚えなかった。今も荒れ狂うそれら感情を御するのにクロノは心を砕いている。
 攻撃能力が皆無と言って差し支えの無いユーノを相手に、五発ものカートリッジを使ってしまった。無駄で無意味で何も得られない戦闘に。
 どれだけ使ったとしても、本来なら一発で充分だったはずだ。それで身体能力を可能な限り強化して接近戦闘で翻弄し、痛めつけ、苦も無く殺害出来るはずだった。
 視界を妨げていた埃達が消える。クロノはそれを最後まで見送ろうとせず、背を向けた。
 見届ける必要は無かった。スティンガーブレイドの手応えは確かにあった。あれだけの魔力刃の直撃で生存していられるはずがない。

「……何が弱くなっただ」

 これだけの大出力魔法を行使出来る魔導師はそうは居ない。時空管理局が保有している全魔導師の中でもほんの一握り、居るか居ないかぐらいだ。
 本当にどこが弱くなったというのか――。

「……どこに行くつもりだい、クロノ」

 破壊の残響の中、その声は確かにクロノの耳に届いた。
 歩き出していた脚を止め、振り返る。まさかと思う。そんな馬鹿なとも思う。
 だが、ユーノは確かに立っていた。

「ちょっと効いたけど……僕を殺すには足りないよ」

 肉片のようになった両腕をぶら下げて、ユーノが皮肉げに笑った。
 もちろん虚勢であるのは一目瞭然だった。どう見てもユーノは死体だ。
 それが動いている。狂っているとしか思えない。積もった埃と水溜りを踏み締め、前進して来る。
 不規則に揺れる身体。それが動く度にクロノは後ずさりをした。

「……最後の一発、使いなよ」

 ユーノが肩で腕を持ち上げる。片眼が潰れたのか、おかしな眼の瞑り方をしていた。

「君が弱くなってないのなら、それで僕を殺しなよ」
「………」

 答えに窮してしまう。視線が勝手に動いて、S2Uを見詰めた。
 すべてを犠牲にして手に入れた力。その象徴たる機械仕掛けの杖。母から託された魔導師の杖。

「使えよクロノッ! 君は全部捨てたんだろッ!? 誇りに思っていた地位も! 大切な人も! 信頼してくれた仲間達も! 全部犠牲にしたんだろッ!」

 答えられない。

「なのに人一人殺せないのか!? なのはもシグナムもピンピンしてるよ! 僕だってこんな傷痛くも痒くもない!」

 何故だ。

「殺してみせろよッ! 全部捨てたって、本気でそう思ってるなら僕を殺せよッ! クロノォッ!」

 どうしてだ。

「そんな偽者の力、捨てろよ」

 分からない。あれだけ捨てたと、裏切ったと、犠牲にしたと思ったのに。考えるのをやめたはずなのに。

「戻って来いよォッ、クロノォッ!」

 沈黙。

「……そう、だったな」

 そう口にした時、ユーノの表情が緩んだ。
 二人の間の緊張感が静まって行く。
 クロノはS2Uを待機形態に戻した。タロットカードになった愛杖を懐へ仕舞う。

「ああ、そうだった。ユーノ」

 後ずさるのをやめて、クロノはユーノに歩み寄って行く。
 ユーノは動かなかった。嬉しそうに微笑んでいる。何か勘違いをしているような顔だった。
 好都合だった。
 どうして疑問に思ってしまったのだろう。あれだけ強くなる為に強くなろうと決意したのに。
 どうしてユーノ程度の言葉で揺れ動いてしまったのだろう。
 クロノはユーノの眼前で脚を止めた。

「こうすれば確かに早かった」

 無詠唱で拘束魔法を行使、顕現。術式は拘束魔法の基本であるリングバインド。
 ユーノが眼を見開く。咄嗟に動こうとしたが、その危険察知はあまりにも遅かった。
 虚空から現れた光の輪が、ユーノの両手と両脚を拘束し、その場に磔にした。

「な……!」
「僕は元々こちらの魔法が得意だったんだ。ありがとうユーノ。君のお陰で思い出せたよ」
「クロノッ!」
「望み通り、殺してやる」

 躊躇わず、クロノは硬く握り締めた拳でユーノの頬を一撃した。伸びたゴムのようにユーノの身体が仰け反った。髪を無造作に掴み、力任せに引っ張る。

「バインドブレイクは君がなのはに教えたはずだろう? 僕にも教えてくれ」
「……クロノ……!」

 密着状態から鳩尾を殴る。拳が深く食い込む。嗚咽が漏れ、ユーノは嘔吐物を濡れた路面にぶちまけた。

「早くしてくれ」

 さらに顔面を強打する。

「でないと」

 それを繰り返す。

「死ぬぞ」

 締めくくるように顎を砕く。同時にリングバインドを解除して、腹部を蹴り上げた。
 打ち出されたようにユーノが路面を転がって行く。残骸に何度もぶつかり、まさに塵同然と成り果てる。
 それでも彼は動いた。
 片脚を広げ、水飛沫を蹴り立てて停止する。深い呼吸をしながら、濡れた前髪の隙間からこちらを凝視して来た。
 僅かに身体が震えた。感じた事の無い恐怖がクロノをさらなる凶行へ駆り立てる。
 デバイス無しでスティンガーレイを行使。白銀の弾丸を三点バーストで発射する。
 ユーノは横へ転がってその射線を凌ぐ。
 彼は倒れない。無様に這いつくばり、立ちあがろうとしていた。

「君には痛覚が無いのか?」

 脅えをひた隠しにして問う。

「……あるよ。でも、こんなの、ちっとも……痛くないさ」

 巧く発音出来ていないのは口の中が血塗れのせいだろう。散々顔面の急所を殴ってやった。それで立って喋ろうとしているのだから異常なタフさである。
 言い知れぬ恐怖が巨大化して行く。我慢出来なくなる。
 S2Uを再び抜き、デバイスモードへ。即座にカートリッジをロードした。最大出力でブレイズセイバーを行使。
 ユーノが呟く。

「六発……目……!」

 灼熱の白銀の刃は、降りしきる雨を蒸発させ、水蒸気を吐き出した。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございました。予告通り、ユーノのズタボロ。次回は予告編にある一場面の続きになります。
 前半に出て来たメディアさん、別に某ゲームの方ではありません。登場当初はそんなお言葉もいただきましたが違います(汗)。この場面での布石として登場していた 人でしたが、その出番の無さから俺もたまに存在を忘れてましたorz
 では次回も。次回で♯9も終わりでしょうか。

 2006/10/23 一部改稿





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