魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.10 Southern Cross









 この病院は管理局の局員用に開院されているが、利用者は何も彼らだけには留まらない。犯罪者も収容され、治療を受けている。
 追い詰められた犯罪者が強行手段に出る事は少なくない。魔力資質や最大魔力発揮値にも左右されるが、拘束間際の犯罪者が錯乱して抵抗した場合、無傷で身柄を確保 するのはほぼ不可能だ。弾薬切れや破損等によって無効化可能な銃火器とは違って、魔法の無力化は困難を極める。魔力を枯渇させない限り、魔法は如何なる 状態に於いても行使可能なのだ。運用次第では拘束系の魔法で自由を奪う事も出来るが、それも完全ではない。執務官や戦技教導隊に拘束系補助魔法を得意とする 者が多いのは、抵抗を続ける犯罪者を無傷且つ迅速に確保しようと試行錯誤した結果である。
 逮捕の際に負傷した犯罪者を収容する医療施設が別棟に整備されている。無許可でこの別棟に入る事は許可が無い限り禁止であり、厳守事項だ。破れば相応の処罰 対象となる。
 言わば隔離病棟と同様の扱いだった。武装局員の哨戒や広域結果の展開も行われており、重罪を犯した者――第一級犯罪者が収容されている区画は危険域とされ、 厳重な警備体制が敷かれている。執務官級の権限が無い限り、自由な出入りは出来ないという徹底ぶりだった。
 デバイス暴走事件で院内全体が雑踏のようになっていても、隔離病棟の物々しい雰囲気は変わらない。まるで切り離された別空間のように静かで人気が無い。
 清潔を通り越して潔癖感すら感じさせる通路を、なのは達はシャマルに連れられて歩いていた。一介の武装隊士官であるなのはに与えられている権限では、本来この 病棟に立ち入る事は許されていない。医療スタッフとして特別許可を発行してもらっているシャマルが居るからこそ、こうして歩いていられるのだ。

「シャマル。どんな様子なんや、クロノ君は……?」

 はやてが肩越しにシャマルを仰ぎ見る。途中で彼女も合流して、今はシャマルに車椅子を押してもらっていた。

「私も眼が覚めたとしか聞いていませんから、詳しい事は分かりません。ただ、混乱はしてると思います。脳内麻薬の分泌量が一部異常でしたし……」
「……アースラを出てからの事を覚えていない可能性はあるんでしょうか?」

 なのはの横を歩いているユーノが問う。

「それは……多分無いでしょう。記憶混濁は暴走デバイスの寄生者にも見られる症状ですが、喪失は今までに前例がありません」
「……やっぱり、そうですか……」

 なのは達の歩調は緩慢だ。特になのはは顕著で、ユーノの後を顔を伏せたまま歩いていた。
 二足の靴が白い床を一定の歩幅で進んで行く。どこか無意識で、自動的な行動。手を引かれて歩く子供のような歩き方だった。
 クロノに会いたかった。しかし、その思いを、彼が立ち入り禁止区域指定の病棟に隔離されている事実が阻んだ。
 そんな現実に、なのはは心の奥底で安堵してしまっていた。
 会いたいと思う一方で、会いたくないとも思ってしまったのだ。
 どんな顔をして会えばいいのか、なのはには分からなかった。
 クロノが変わってしまった原因はエイミィからすでに聞いていた。第一級犯罪者ではなく、第二級特別犯罪者に認定された理由もすべて知っている。
 クロノは自ら望んで壊れた訳ではなかったのだ。
 心を空虚を示すかのような白い髪も。揺るぎない強固な信念を顕している瞳を濁らせていたのも。歪になった愛用の杖を愛しく抱き締めていたのも。
 ”強くなる為に強くなりたい”と宣言したのも。その上でシグナムや自分を殺害しようとしたのも。フェイトを殺そうとしたのも。
 すべてが、クロノが望んだ現実ではなかった。決して、自分自身で、心からそう渇望して行動した訳ではなかったのだ。
 その事実を知った時、なのはは全身の力が抜けるような安堵を得た。彼に叩きのめされた身体は鈍痛に侵されたままだが、そんなものは本当に些細な問題に 過ぎなかった。

「なのは」

 声に導かれて顔を上げれば、先を行っていたユーノがすぐ側に来ていた。

「……無理、してる?」

 なのはは咄嗟に嘘をつこうとした。適当に浮かんだ言い訳を口にしようとする。
 でもすぐに止めた。

「うん。ちょっとだけ」

 悩みを誰かに打ち明ける事をせず、一人で抱えて、一人で背負う。他人に迷惑を掛ける事を極端に嫌悪するなのはが、その頑固さ故に起こしてしまっている行動だ。 一種の美徳とも言える点だが、そんな時、側に居る親しい者は迷惑を掛けられるよりもずっと辛い思いを体験する。
 先日ユーノから告げられた言葉で、なのははそれを良く理解していた。

「クロノ君にどんな顔して会えばいいか、分からないの」
「………」

 先を進んでいたはやてとシャマルが歩調を緩め、会話に聞き耳を立てて来る。
 複数の足音が閑静な院内通路に響く。

「フェイトちゃんもまだ見つからなくて。シグナムさんも眼が覚めてなくて。皆傷だらけで」

 クロノから執拗に攻撃された腹部は未だズキズキと痛む。食欲だってなかなか出て来ない。

「……クロノ君が、自分がこんな風にしたんだって知った時、どうなるんだろうって考えたら……」

 ある意味で自業自得かも知れない。確かに彼が望んで現在のような悲劇の引鉄を引いた訳ではないが、回避する方法は必ずどこかにあったはずなのだ。
 クロノ・ハラオウンは無罪ではない。法的にもそうだが、彼は名実共に完全な犯罪者なのだ。
 悲しい思いをする人間を減らしたい。自分のように”こんなはずじゃない人生”を与えられる人間を減らしたい。クロノは強迫観念にも似た理想と思想を自分自身に 課して、子供らしさを捨てた。幼少の頃から過酷な戦闘訓練をこなし、未だ発展途上の身体を酷使し、子供らしい我侭等一切吐かず、親元を離れて育った。
 自分のような子供を減らす為、無くす為、振り向くもせず、失速する事も無く走り続けていた。
 執務官として経験を積み、昨年の闇の書事件では父の死に自らの手で決着をつける事も出来た。
 歪んでいると言っても良い強さを持つ少年。それがクロノ・ハラオウンだ。
 そんな彼が、自分自身の罪に耐えられるだろうか。もし耐えられなかった時、彼はどうなってしまうのだろうか。
 右手が胸元に向かい、レイジングハートをぎゅっと握り締める。

「それに私、クロノ君に酷い事言っちゃったんだ」

 フェイトを拒絶した末に殺害しようとした彼に、なのはは吐き捨てるようにしてこう言っている。
 ――クロノ君なんて大嫌い。

「酷さならあいつだって相当なものだよ」

 欠片の悲観さも持たず、ユーノが言った。呆れ果てていると言っても良い。

「僕なんてバインドされた上にサンドバッグにされたんだよ? それくらい、あいつには丁度いいぐらいさ」
「ユ、ユーノ君。容赦無いね……?」
「そりゃね。なのはだって傷だらけにされたんだから」

 ユーノは珍しく眉間に皺を寄せ、不機嫌を露にする。日頃の柔らかな雰囲気のせいで迫力は無く、逆に可笑しさすら含んでいる顔だが。
 なのはは苦笑いを浮かべた。何だか益々二人の仲が悪くなってしまっているように思えた。毛嫌いしていると言っても良い。
 ユーノが鼻を鳴らす。そして選ぶように言葉を紡いだ。

「でも、あいつは潰れない」
「ユーノ君……」
「気に入らないし、正直嫌いだけど……友達から。だから僕はあいつを信じるんだ」

 憎まれ口は信頼の裏返しの場合が多い。本当に嫌悪している相手なら話そうともしないだろう。こうして病室に脚を運ぶような真似もしない。
 なのはは見解を改める事にした。思い返せば、クロノとユーノは日頃から仲が悪かったが、いがみ合っているという訳ではなかった。無茶な資料請求を機関銃のように 連発するクロノと、それを愚痴をこぼしながらしっかり納期までに終わらせるユーノの二人組みは、局内でも名コンビとして有名になりつつあったのだ。
 片手が握手で、片手が殴り合い。まさにそんな関係なのだろう、クロノとユーノは。
 そんな二人を、なのはは羨ましく思う。

(フェイトちゃん……)

 叩かれた頬に指を添える。
 狂劇という名の戯曲に翻弄され、その末に拒絶され、そして拒絶して来た親友。海鳴のどこかに彼女は居る。時間さえあれば探し当てる自信がなのはにはあった。
 だが、ここに連れ戻したとしても、クロノとフェイトは元の仲睦ましい関係にはなれないだろう。二人の間には埋める事が困難な溝が横たわっている。
 そして、自分もフェイトとまた親友になれるかどうか分からなかった。絶望視はしていないが、難しい道であるのは間違いないのだから。

「着きました」

 一つの扉の前でシャマルが脚を止めた。はやての車椅子の方向転換をしながら、なのはとユーノを待っている。
 なのはとユーノは小走りで彼女達に追い付いた。

「こちらです」

 完全な個室なのか、扉には一つのネームプレートしか填め込まれていなかった。
 金属製のネームプレートには、収容されている患者の簡単な詳細が記されている。
 第二級特殊犯罪者クロノ・ハラオウン。
 何かの冗談にしか見えない文字だった。
 なのは達が見守る中、シャマルが扉をノックしようとする。
 その矢先――。

「――あら」

 扉が開かれる。その向こうに立っていたのは、紺色の制服を着込んだ見慣れた女性局員だった。
 眼を瞬かせているその表情は複雑だ。嬉しさと悲しさの正反対の感情が無理矢理同居しているような顔。

「リンディ提督」

 シャマルが呟くと、リンディは眉尻を下げてシャマルの肩に手を伸ばした。そのまま彼女を背後に向き直らせ、部屋から遠ざけるように通路へ押しやる。
 リンディが退出した直後、扉が閉鎖される。重い金属音を響かせて物理的な施錠が施され、次にバチンという放電のような音がした。強力な施錠魔法が自動的に 展開されているのだ。
 沈黙する鉄の扉。外見こそ一般病棟の扉と同様だが、材質が根本から違う。耐魔性処理が施された強固な複合装甲だ。並みの攻撃魔法では塗装一つ剥がす事も出来ない。

「ごめんなさいね。わざわざ来てくれたのに」

 なのは達四人を前に、リンディが躊躇いがちに言った。

「……クロノ君が眼を覚ましたって聞いたんですが……」
「……ええ。でもごめんなさい。ちょっと……会わせられないわ」
「どうなんですか?」

 何がどうなのか。改めて訊ねなければ言葉の意図が掴めないような人間はここには居ない。
 リンディは視線を彷徨わせ、四人の視線から逃げるように眼を閉じた。温和だが、曖昧さや恣意的な部分が無いリンディには本当に似合わない態度だった。

「記憶はあったわ」

 予想していた返答だったが、なのはは落胆を覚えずにはいられなかった。

「最初は少し混乱していたけど、全部覚えているみたい。シグナムさんやなのはさん、ユーノ君の事。アルフや――フェイトの事も」
「それじゃあ……」
「自分が犯した罪も、その重みも、あの子は全部悟ったわ」

 綺麗で瑞々しかったリンディの声は変わってしまっていた。すべてに疲れ、堕落してしまったような声だった。

「逮捕は……されるんですか?」

 時空管理局が制定している”法”は、管理局局員に対しては非情とも言える厳しさを持っている。それは本来取り締まる側の人間が決して犯してはならない罪を 犯してしまったからだ。犯罪への関与が認められた場合、裏づけ等の立証作業は物的証拠を持ってすべて省かれ、逮捕・拘留・裁判へ尋常ならざるスピードで進み、 法は執行される。意識を取り戻したクロノも、現場の責任者たるリンディの手で逮捕されるはずだった。

「……今はまだしません」

 力無く首を振り、リンディ。

「意識の混濁がまだ見られます。リンカーコアの正常稼動も確認はされていますが、まだ安静にしていなければならない状態です。それに――」

 言葉を切ったリンディは、眼を開けた。ここではない遠くを見据えるように天井を仰ぐ。

「フェイトがまだ戻って来ていません」

 声音が僅かに変わる。断言をするような強さを持ち、語尾が強く打ち込まれる。

「非情になるのと冷徹になるのとは違います。私は時空管理局提督であると同時に、あの子達の母親です。喩え提督権を剥奪されるような事になろうと、私はフェイトが 戻って来るまで絶対にクロノを逮捕しません」

 滑るような静かな声音。なのに、何者の反論も許さない威圧感が確かに存在している。
 なのは達が誰一人として口を挟まず見守る中、リンディは厳かに締め括った。

「公私混同? 上等です。――異議はありますか?」

 覇気に満ちたリンディの声は、本当に久しぶりだった。



 ☆



 あったのは倦怠感だけだった。
 縦長構造の広々とした会議室である。奥にはシフトスケジュール表が書き込まれたホワイトボードがくすんだ面構えで引っ掛けられており、長机や椅子等の会議用機材 は部屋の隅へと追いやられ、それが余計に部屋を広く見せていた。
 武装局員の待機室となっている室内には、数名の武装局員しか居なかった。大半が暴走デバイスの鎮圧任務を受けて出動した後だ。戦技教導隊は過密過ぎるシフトを 健気に厳守し、雑草のように出現し続けている暴走と己の疲労と戦っている。
 身体を休めている武装局員達はほとんどが睡眠を取っていた。休める時間は決められている。休める時は休んでおくのも戦闘魔導師にとっては仕事の一つだ。
 なのに、一人の局員だけが眠ろうとはせず、壁に背中を預け、眼前の何も無い空間を睨み続けている。

「………」

 あどけなさが色濃く残されている顔には、明らかな疲労の色がある。なのに、その少年局員は黙考を止めようとしない。
 アストラ・ガレリアン。武装隊で士官を務め、以前の鎮圧任務の際にクロノ・ハラオウン元執務官と遭遇してしまった少年だ。
 同僚が発している健やかな寝息だけが、アストラという少年の耳に入って来る。それ以外はほとんど無音だった。
 そのせいなのか、あの光景を余計に思い出してしまう。

「くそッ」

 毒づき、床を蹴り上げる。ゴツンと軽い衝撃が疲れ切った脚を打つ。
 再び、無音。その後、扉が開く微かな音がした。
 音に引かれて視線を巡らせれば、半開きしている部屋の扉から一人の少女が入って来るのが見えた。
 不安そうな顔をした少女だった。心なしか髪が萎れているように見えてしまう。小屋から顔を覗かせた仔犬を連想させる風貌の子だった。
 アストラは吐息をつき、小声を出した。

「ういっす」

 表札代わりに片手を上げてやる。すると、少女の顔から嘘のように不安の色が消え、跳ねるように駆け寄って来た。

「ういっす、アストラさん」

 フェベル・テーター。最近になってオペレータとして正式に管理局所属となった少女だ。研修は闇の書事件解決の功績で有名となったアースラであった為、周囲からは 期待の新人として扱われているのだが、まだまだ子供らしさが抜け切っていない間の抜けた部分も大いに秘めている。

「お前、仕事はどうした?」
「交代です。引継ぎも終わって暇だったので、ちょっと来て見ました」

 アストラの横に腰を下ろすフェベル。黒い瞳がクリクリと嬉しそうに動いて、アストラを見詰めて来る。
 彼女のそんな眼差しが、どうにも疎ましかった。

「……なら休めよ。てめぇだってここ最近、働き詰めだろ?」
「それはアストラさんも同じですよ。っていうか、対策本部の皆さん全員がヘトヘト状態です」
「知ってるよ、そんな事」

 胸中の苛立ちを隠し切れず、語気を荒げる。凄みの効いた声。
 だが、フェベルはまったく怖気づかなかった。鈍感なのか、幼い局員は俯いたアストラの顔を覗き込もうとする。
 大きな黒い瞳がどこか嬉しそうに輝いていた。

「アストラさん、お腹空いてますか?」
「空いてねぇ」

 顔を背ける。何も後ろめたい事は無いはずなのに、重苦しい心が少女の視線から逃れたがっている。

「食堂は今は閉まってますから、良かったら私が作りますよ?」
「んな事してる暇があったら寝てろ。仕事中に居眠りぶっこいたら蹴飛ばすぞ」
「アストラさんに蹴飛ばされるのは慣れてますから、大丈夫ですよ」

 健気さすら感じられる言葉だった。
 アストラは嫌々ながらに顔を持ち上げ、能天気とも言えるフェベルの顔を見詰める。
 自分と同じように疲労の色が濃い表情。九歳の顔には思えなかった。瞼を重そうにしているのは、眠気と戦っている証拠だろう。

「あ。でも出来れば頭を蹴飛ばすのは止めて下さいね。あんまり頭良くありませんから、これ以上馬鹿になっちゃうと危険です」
「……確かに、そりゃそうだ」
「はい。アストラさんもですよ。筆記試験連続五回失格はある意味伝説です」

 フェベルとアストラの関係は、役職上は上司と部下に近いものの、実際には友達と変わりがない。武装隊士官であるアストラが、フェベルが所属している巡航艦 船に常駐の武装隊の指揮官として出向していた事があり、それ以降の付き合いだった。歳も近いせいか、自然と馬が合って、今のような関係を築いている。
 だから、彼女が何を考えているのか分からないはずもなかった。
 眠気を我慢して、わざわざ様子を見に来てくれたのだろう。暴走デバイスといつまで続くか分からない戦闘を繰り広げているのだ。どんなに屈強な心の持ち主でも 磨耗はする。弱った心は反動となって身体の疲労感を引き立てる。結果は大怪我に繋がって行く。

「うっせーよ。そういうてめぇはオペレータ研修で色々あったらしいじゃねぇーか」
「そ、それは言わないで下さいッ」
「あのアースラクルーを困らせたミスを何度かやったんだって? てめぇらしいと言えばてめぇらしいな」

 苦笑をして、フェベルの額を軽く小突くアストラ。
 フェベルは不満そうに額を抑えて、でも、精一杯はにかんだ。
 その笑みに、アストラは心が落ち着いて行くのを感じた。ぶつける対象を見つけられず、行き場の無かった陰惨な感情が霧散して行く。

「身体、大丈夫ですか?」
「ん。ああ、まぁ怪我はしてねぇーからな。疲れてるだけだよ」
「アストラさんのスーパー体力でも疲れるんですね〜」
「スーパー体力言うな、訳分かんねぇ」
「え〜。だって、なのはさんが言ってましたよ。アストラさんのスーパー体力が羨ましいって」

 アストラとなのはは武装隊士官として顔見知り、所謂同僚だ。もっとも、アストラは自分より年下の上に化け物じみた魔力と才能を持つなのはを苦手として、 勝手にライバル視していたりもするのだが。

「あの白い悪魔に羨ましがられても嬉しくねぇーっての」

 本当に嫌そうに言ったアストラは、立ち上がって尻に付いた埃を手で払った。

「どこに行かれるんですか?」
「食堂。何か作ってくれるんだろ?」
「え……は、はい!」

 ぱっと表情を明るくしたフェベルが続くように立ち上がり、意気揚々と腕まくりをした。

「何でも作っちゃいますよ〜。何かリクエストとかありますか?」
「肉」
「……野菜は?」
「入れたら蹴り飛ばす」
「……暴力は反対です」
「やかましい。スタミナが今の俺には必要なのだ。んで、食うモン食ったら本局の病院に行く」
「……クロノさんですか?」

 少年士官は会議室の扉の開閉パネルに手を掛けて止まった。

「ああ」
「……私も行きます」

 アストラは肩を竦める。

「先輩、お前の事忘れてるかもしれないぜ?」
「それだったらアストラさんもです。大体、何でアストラさんはクロノさんを”先輩”って呼ぶんですか? 部署とか役職とか、全然違うじゃないですか」
「馬鹿野郎。尊敬してる人を先輩呼ばわりして何が悪いんだよ。それ言うと、エイミィさんと装備課のマリーだって先輩後輩してるじゃねぇーか」
「確かにそうですけど……。ちなみに私、野郎じゃありません」
「そら悪うございましたね、馬鹿アマ。どうだ、これで満足か?」
「……いじめっ子」
「褒め言葉サンキュー」

 ニヤリと笑うアストラ。
 恨めしそうにそれを睨むフェベル。
 二人とも、クロノには世話になった経緯を持っている。フェベルは二週間の実地研修期間をアースラで過ごしており、今でも彼やアースラの面々とは交流が続いている。 アストラは、武装隊に教官として何度か出向していたクロノと親しくなり、魔力の基本容量の少なさを技術と努力で生め、優秀な成績を残し続けている彼に大きな敬意を 抱いていた。
 言葉を交わす事は少なくとも、二人にとってクロノはとてつもなく大きな存在だ。敬うべき対象である。
 そんな彼が管理局の敵に回り、暴走事件に関与。そしてつい先日、無限書庫の司書の一人であるユーノ・スクライアの手によって連れ戻らされた。
 意識不明状態で、その容態は暴走したデバイスに寄生された魔導師と半ば同様らしい。
 すぐにでも会いに行きたかった。特にアストラは鎮圧任務の際、偶然にもクロノと遭遇し、変わり果てた彼の姿を目前にしている。
 だが、フェベルには対策本部のオペレータという任務があり、アストラは数の少ないA以上の魔導師として、徐々に痩せ細って行く対策本部の戦力の一翼を担っている。
 抜け出せるはずもなかった。
 そうしたもどかしい気持ちのまま、クロノ帰還の報告を受けて二日を過ごして来たが、どうやらそれも限界のようだった。

「でもいいんですか? 鎮圧任務に就いてる人が勝手に抜け出して」
「微妙。今は一応休憩中だけど、バレたら始末書辺りだな。てめぇは?」
「同じくです」
「てめぇと仲良く報告書作りは勘弁だな」
「これまた同じくです」
「……サッサと行って、先輩の顔拝んで、サッサと戻って来るぞ」
「はい!」

 アストラが開閉パネルを操作して、会議室の扉を開ける。この対策本部施設自体が急造の建造物だったが、会議室は万が一の事態も想定して、他の部屋より堅牢に 造られている。扉は本局内の総合病院の犯罪者隔離病棟と同じ、対魔性の処理加工がされた複合装甲だ。大規模な砲撃魔法でもぶつけない限り崩れはしない。
 そんな分厚い扉が中心で二つに裂け、ゆっくりと開いて行く。そうして通れるぐらいの隙間が出来た。
 なのに、アストラは通路に出ようとしない。

「アストラさん?」

 上を見上げるように固まるアストラに、フェベルは小首を傾げた。そして彼の視線の先を追い、何故固まってしまっているのか、その原因を知った。
 開いて行く複合装甲製の扉の向こうには、一人の武装局員が立っていた。施設内であるにも関わらず、バリアジャケットを生成して武装済みだ。右手にはデバイスモード へ切り替えられた汎用量産型のストレージデバイスが握られている。
 何かの非常事態。それだけを見ればそう思うだろう。
 でも違った。武装局員の顔が何よりそれを示していた。
 生気の無い虚ろな表情だった。眼の焦点は合わず、どこを見ているか定かではない。口は半開きになり、唾液を垂れ流し、悪性の夢遊病者のような様相を呈している。
 日頃現場に出る事の無いフェベルでも、その武装局員の異常さは一瞬で見抜いた。
 ゆっくりとアストラに視線を移動する。彼は眼を見開き、呻き声を途切れ途切れにして発していた。

「そ、んな……。何でここに……暴走体が……!?」

 その瞬間。暴走したデバイスに寄生された武装局員は動いた。
 焼け焦げた魚のようなデバイスの切っ先をアストラの眼と鼻の先へ突きつける。同時に何かしらの魔法の術式を構築、展開した。
 魔力光が通路に溢れる。

「アストラさん――!」

 フェベルの叫びが、アストラを驚愕の束縛から解放した。
 暴走体のデバイスから魔法が放たれようとした刹那、アストラの突き上げるような蹴りがデバイスを弾き、蹴り飛ばした。強制的に天井を見上げさせられたデバイスは、 魔法の発動シークエンスを停止させる事が出来ず、制御解放。
 轟音が鳴り響き、視界を眩い魔法光が焼いた。
 熱風がフェベルの頬を撫で、衝撃が少女を壁まで弾き飛ばす。

「あ……!」

 会議室の喧騒が幻であったかのように止んだ。まるで記録映像が一時停止されたかのように。
 暴走体の魔法は簡単な砲撃魔法だった。天井には無残な穴が穿たれ、灰色の空が覗けた。撃ち抜かれた天井の残骸が、パラパラと埃と一緒に落ちて来る。

「てめぇらはよぉ……!」

 デバイスを蹴り上げたままの姿で、アストラは頬を引き攣らせていた。暴走体は唯一にして最強の武装たるデバイスを本来の位置――アストラの眼前――に戻そうと、 怪力を発している。
 デバイスを抑え込んでいる脚が軋み始めた。

「本当に容赦ってモンを知らねぇーんだなぁ……! あぁ!?」

 魔力で身体機能を強化。脚の軋みが止まる。
 アストラは強化された筋力を最大限に活用して、靴の裏でデバイスを撫でるように蹴る。凄まじい脚力に、武装局員はデバイスに牽引されるような情けない 姿で通路の奥に吹き飛ばされた。
 遠くから鈍い音が聞こえる。武装局員が通路の壁に衝突した音だ。

「ったくよぉー……! 人の家に土足で上がるかクソデバイスッ!」

 今まで武装隊のデバイスが暴走する事は何度かあったが、それはまだ暴走の原因が補助OS”ロッティンバウンド”である事が解明されていなかった事件当初の話だ。 現在は除装が義務付けられ、管理局保有のデバイスは暴走するはずが無いのだ。
 アストラは懐からペンダントを抜いた。シンプルなシルバーアクセサリーで、突撃槍の模っている。首に巻くべき鎖は頑強な形状で、巻くというよりも拘束している 印象すらあった。

「アンスウェラー、セットアップ」
『Yes master.』

 鋭い電子音が鳴る。
 アストラの掌で、突撃槍を模したペンダントは光に包まれた。
 それを倣うように、少年士官の身体も淡い魔法光に覆われる。
 二つの光は瞬く間に弾けた。
 バリアジャケットは袖の無い軽装感のある灰色だ。上半身は身軽さを重視しているが、下半身は重装騎兵を連想させる分厚いものだ。
 そして手にしたデバイスは、およそミッドチルダ式魔法を行使する魔導師が使用するタイプではなかった。
 まさに突撃槍。衝くという事にのみ特化し、それ意外の攻撃方法を削り取った特化型超重量大型武装である。持ち手を守るバンプレートには、デバイスの本体と思われる 緑色の宝石が備わっており、柄の末端からは、重厚感のある一メートル程の鎖が伸びている。
 魔力資質や魔力容量で劣るアストラという少年を、AA指定の魔導師たらしめているモノの一つ。それがこのアームドデバイスの特性を持った突撃槍型インテリジ ェントデバイス、”アンスウェラー”の存在だ。

「アンスウェラー。殺傷設定で行くが、ゼッテェーに殺しは無しだ。いいな?」
『最善を尽くします』
「最善じゃ駄目だ。絶対だ。分かったら復唱しろ」
『Yes master.』

 アストラの勘が刺激される。通路の奥から巨大な魔力反応が来た。空気をピリピリと振動させて来ている。

「フェベル!」

 かぶりを振って身を起こしている同僚を呼ぶ。彼女は完全武装を終えたアストラを見ると、顔色を変えた。

「アストラさん!」

 ふら付く身体を叱咤激励して、フェベルは駆け寄ろうとする。だが途中で派手に転んでしまった。衝撃で足元がふらついて平衡感覚が無いかのようだった。
 アストラは腹を抱えて滑稽な程に爆笑すると、通路側にある開閉パネルに手を伸ばした。
 並みの砲撃魔法すら寄せ付けない複合装甲の扉がゆっくりと閉鎖を始める。

「ア……アストラさん!」
「てめぇは部屋の隅で震えてな。全部俺が終わらせてやるからよ。そしたら一緒に先輩の見舞いに行くぞ」
「駄目です、アストラさん!」

 何とか身体を起こして手を伸ばすが、その先で扉は重い音を立てて完全に閉鎖された。
 ミッドチルダに於いて大規模な暴走事件が発生したとの報告が本局に入ったのは、それから一時間後の事だった。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうござました。
 佳境に入って新たなオリキャラ登場。最初はオリキャラ自体、レイン・レンだけの予定だったのにorz
 さて、このアストラ君とインテリジェントデバイスのアンスウェラーですが、SCの原型となったフェイトメインの中編SS”take a shot”に 登場していたオリキャラです。あの話自体、知ってる人はかなり少ないというか、確か三月くらいに一度だけまだUPしたままですよ〜とURLを晒した事があります。 基本そのままで馬鹿加減を増やしてみましたが、案の定、ケイン風味な馬鹿キャラ化したので満足。でもこんな佳境で出さずとも。出番は必然的にかなり少なめに。まぁ 香辛料が入ったなと受け流して下さい。ちなみに野郎ツンデレキャラです(謎)。
 シグナム達Asのキャラは自動車メーカーやらの名前から来ているので、アストラや艦船フォルクスもそこから取ってます。
 アンスウェラーの元ネタはコンテンツ”オリジナル魔法”で。
 では次回も。

 2006/11/13 一部改稿





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