魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.10 Southern Cross









 喜び勇んで出て行った親友は、程無く大慌てで戻って来た。右往左往する彼女から語られた言葉からは要領が得られず、何が言いたいのか、何が起こったのか分からない。
 ただ、先程からずっと鳴り止まない警報が気になった。目覚ましにするには大き過ぎるその音は、防音設備の整った病室内でも良く通っていた。
 惰眠を貪りたいと訴える頭と瞼を不愉快そうに黙らせ、アリサは言った。

「もう、少しは落ち着きなさいよ」
「でもアリサちゃん……!」

 ベッドのすぐ脇で脚を止めたのは、半ば泣き顔になっているすずかだった。不安を煽るように鳴り響いている警報音は、小さな少女には恐怖でしかないのだろう。
 そんな親友とは対照的に、アリサは警報には何も感じていなかった。目覚めたばかりなので感性が鈍くなってしまっているのかもしれない。何せ一週間以上、二週間 近く意識不明の昏睡状態にあったのだから。

「……ん〜……背中がムズムズする……」

 重力に素直な瞼を擦って叱咤する。口は緊張感無しの大あくびを展開中だ。

「……アリサちゃん……」
「ああ、大丈夫よ。痛くはないから。違和感があるだけ」
「本当に?」
「本当よ。さっき先生も言ってたじゃない、大丈夫だって」

 警報が鳴る前、意識を取り戻したアリサを診察に来た医師がそう太鼓判を押して行った。もちろん、しばらくの間は絶対安静だとも釘を刺されている。
 自分が一体どんな傷を負ったのか。バッサリと両断されてしまった自慢のプラチナブロンズの髪と、胸をグルグル巻きにしている包帯を見たらすぐに納得した。
 あの人の形をした黒い物体に斬り裂かれたのだ。背中から。それは見事に。
 それからどうなったか記憶は無かった。ただ、痛みは無いが、命に関わる程の重度の裂傷を負った背中には常に違和感が付き纏っている。

「なのは達は?」
「それがどこにも居なくて……。探そうと思ったらサイレンが鳴り始めちゃうし……」
「パパは?」
「リンディさんを探しに行ったまま……」

 アリサの介護の為に彼女の両親は遥々ここまで脚を運んでいた。今日は母が企業運営で本来の世界に戻っていたが、父が残って介護を続けていた。そんな彼も、ア リサが目覚め事をリンディに知らようと飛び出して行ったきり戻って来てはいない。
 通路では警報音がずっと響いている。それに混ざって怒鳴り合うような話し声も聞こえた。続けて慌しい靴音。その音は、数人ではなく、数十人を簡単に想像させ る程のうるさいものだった。
 病室内には相変わらずアリサとすずかの二人の少女しか居ない。

「取り合えず、誰かが来るまで待ちましょうか?」
「……お父様、すぐに戻られるかな?」
「どうかな? パパは結構おっちょこちょいだから。下手したら迷ってるかもしれないし」
「……うん……」
「勝手に動くとロクな事にならないしね」

 子供には似合わない苦笑を浮かべて、アリサは意識を失う前の記憶を掘り起こした。
 静かになったデパートの地下。戦闘は終わったと思って、アリサは不安がるすずかを連れて外に出ようとした。その結果、自分は――。
 アリサは首元に触れる。毎日の手入れを甲斐甲斐しく続けていたプラチナブロンズの長髪はどこにも無い。頭が妙に軽くなった感覚があって、風通しの良さを感じた。 どうにも落ち着かない。

「なのは達に心配掛けちゃったかな、私」

 すずかは俯いて口を閉じてしまう。

「すずか?」
「……長かったよ」

 独り言を言うように、すずか。

「長かった?」
「アリサちゃんが眠ってる間、凄く……長かった」
「一週間くらいだっけ?」
「十日か、それくらいだと思う」

 確かに長いと言えば長いだろう。それをずっと眠って過ごしていたアリサにとってはほとんど一瞬の出来事だったが。
 だが、感慨に耽られる程の長い月日でもないとアリサは思った。
 すずかは俯いたままだった。
 アリサはそんな親友に掛ける言葉が見当たらず、眉尻を下げる。散々迷った挙句、こう訊ねた。

「……私が眠ってる間に何かあったの?」

 アリサの記憶は、血塗れになってこちらに手を伸ばしていたクロノの死人のような形相で事切れている。それからは闇と空白だ。アリサにとっては瞬き一つ程度の 時間の流れでも、すずかやなのは達は十日以上の経過である。何も無い方がおかしいのかもしれない。

「すずか」

 何も答えない親友を呼ぶ。
 時が流れる。警報音が耳朶を打つ。誰も戻って来ない。そんな中で、すずかが顔を上げた。



 ☆



「――ふぇいと――」

 眼を開けた彼女は、思い出したような声で主を呼んだ。

「うん、アルフ」

 額を撫でる主の手は小さくて心許ないが、とても暖かい。

「……ふぇいとだ……」
「私だよ、アルフ」

 浮かべる笑みも木漏れ日のように柔和だった。

「ゆめ、みてた」
「どんな夢?」
「いやなゆめ。くろのがへんになっちゃうんだ」
「……そう」

 柔和な笑みに影が差し込む。

「ふぇいと、ずっとないてた」
「……私は泣いてないよ」
「ほんと?」
「うん、ほんと」
「よかった」

 彼女は安心すると、眠るように眼を閉じた。

「ねむいや」
「寝ていいよ」
「やだ。またいやなゆめみちゃう」
「大丈夫。悪い夢なんて、もう見ないはずだから」
「そうかな?」
「うん」
「……こわいんだ」
「夢が?」
「それもあるけど……」

 彼女の声はすでにまどろんでいた。舌が重そうな声だった。

「つぎにみたら……ゆめから、さめなさそうで……」
「………」
「だから、ねむりたく……ないよぉ……」

 儚い懇願が終わった時には、彼女は眠りに落ちていた。豊かな胸を覆うように掛けられた清潔なシーツが微かに上下している。
 主から彼女へ接続されている精神リンクと魔力の供給ラインは、少しずつだが本来の強固な物になりつつある。次に彼女が目覚めた時は、いつもの乱暴で粗暴で、 妹のような姉のような使い魔に戻っているはずだ。

「覚めない夢なんて……終わらない夢なんて無いんだよ。アルフ」

 主は涙を流しながら椅子から立ち上がる。

「いっぱいいっぱい辛い思いさせてごめんね。駄目なマスターでごめんね」

 背を向けて扉に向かう。
 途中で寝言のような声に驚いて振り向く。寝返りを打っていた所らしい。シーツを抱き締めている彼女が可愛らしく思い、愛しかった。
 だからこそ、主の胸に落ちる悲しみの根は深い。
 次に眼を覚ました時は記憶の混濁は無くなっているだろう。夢と現実を勘違いしている事も無いはずだ。
 主の帰還を歓喜するだろう。
 主の想い人の帰還を憎悪するだろう。
 その時はどうすればいいのか。主は分からなかった。

「またね」

 家族の安否を確かめた主は病室を去って行った。



 ☆



 母が出て行った後、彼は独りになった。
 ここがどこなのかはすぐに見当がついた。捜査や逮捕の際に暴れた容疑者を治療と拘留の為に放り込んでおく隔離病棟だ。何度か訪れた事もある。 その時はもちろん執務官として、取調べを執行する為に来た。
 かつては見下ろす立場に居たはずなのに、今は見下ろされる立場――ベッドの上に居る。
 彼は自嘲した。勝手にしていた。
 そして頬を熱い雫が滑り落ちて行く。

「何が等価交換だ」

 何もかも無くしたと思った。被害者気取りで自分の非力を嘆いて自暴自棄になった。
 全部捨てたと思った。誇りに思っていた地位を捨て、大切な人を傷付け、信頼してくれた仲間達を裏切った。全部捨てたと思った。
 もう力しかないと思った。ただ強くなりたいから強くなろうとした。
 等価交換。世界を満たす理であり、絶対的な原則。
 彼は結局何も犠牲にしてはいなかった。していたと勘違いをして、その代価を求めてしまった。捨てずに手に残っていた捨てなくても良かったモノは、その時にこぼれ 落ちてしまった。もう絶対に拾う事の出来ない深い深い闇の底に落としてしまった。
 そして、それを自分の代わりに拾うとしてくれた者達を殺そうとした。

「ユーノの言う通りだ」

 すべては自分の弱さが招いた事態だ。心の弱さが引鉄を引いたのだ。魔法の才能、優れた魔力資質、高い最大魔力発揮値。そんなモノは関係無い。最初から無いモノ なのだ。強請った所で無から有が生まれるはずもない。自分に出来る範囲の事を誰にも負けない努力でこなして行けば良かった。
 弱い。自分は本当に弱い。心も身体も。
 自分はこんなに弱かったのだろうか。
 自分はこんなに脆かったのだろうか。

「……そうか」

 だからだ。だから、ずっと好意を持っていてくれた儚い子を半年もの間無碍にし続ける事が出来たのだ。
 弱くて脆いから。
 彼は理由にならない理由を並べて行く。後悔という感情が地層のように胸に堆積して行く。

「ああ、本当に――」

 倦怠感しか感じない身体をベッドに放る。視界に入った白い天井を見上げた。

「世界は――こんなはずじゃない事ばっかりだ」

 こんなはずじゃない現実。立ち向かうか、逃げ出すか、それは個人の自由だ。かつての大魔導師に告げた言葉を噛み締めてみる。すると簡単な結論が出た。
 どうする事も出来なくなっていた。立ち向かう事も、逃げ出す事も、現実は彼に許さない。
 この先自分を待つものは何なのか。
 反論を許さない極刑か。
 数百年に渡る幽閉か。
 どちらにしろ未来は無い。求める気も無かった。下される判決を、彼は何も語らず甘んじて受けるつもりで居た。それ以外に道は無いのだから。そして、それだけの 事をしたのだ。告訴をするつもりはない。もしかすれば母がするかもしれないが、取り下げさせよう。自分を逮捕するのは恐らく彼女だ。これ以上悲しい 思いをさせる訳にはいかなかった。
 ただ――。

「………」

 謝罪をしたかった。傷付けてしまった多くの仲間達に、土下座でも何でもしたかった。
 だが、それもただの自己満足であると思い返して、クロノは濡れた頬を歪める。そうする資格すら自分には無いのだと分かると、心は本当に空っぽになってしまった。
 無色透明になってしまった感情の中に、彼は安堵する要因がある事に気付く。

「――最低だ。僕は」

 あの子に会わず済む事に安心していたのだ。
 なじられて、身体をボロボロにされ、心を踏みにじられて。それでも”好き”だと言ってくれた少女。笑えるくらい、滑稽なくらいに一途な少女。
 彼は肘で顔を覆うと、声を押し殺して泣いた。
 悔しくて、情けなくて、悲しくて。どうしようもなくなった彼は泣く以外に吐け口が無かった。
 子供のように喚かなかったのは、彼に残された僅かばかりの意地だった。





 クロノの病室に入るには、とても勇気が必要だった。
 脱走を防ぐ為の措置を幾重にも施された分厚い扉を前に、フェイトは足踏みをするように立ち尽くす。
 ここまで連れ添ってくれたリンディとメディアを見上げた。

「私達はここで待ってるから」
「あんた一人で会って来な。逃げるんじゃないよ?」

 優しく厳しい叱咤に背中を押されて、フェイトは病室へ入った。
 息を呑む。不安と緊張で脚が震えた。
 背中で扉が閉まる。リンディとメディアはその言葉の通りに着いては来なかった。
 物理と魔力の複合二層式の施錠が作動して扉を完全に封鎖する。必要以上の防音設備と封魔設備を持つ病室は、これで外から完全に隔離された。デバイスを介した 思念通話も出来ず、基礎魔法すら詠唱出来ないマジックジャマーが随時展開される。
 施錠の音は、この部屋の主を世界から拒絶する音だったのかもしれない。そう思った。

「―――」

 部屋は見渡す程広くはなかった。五、六メートル四方の隔絶とした面積だ。以前何度か試験勉強の経験の為にクロノと一緒に訪れた事があった。 その時と同じ内装の部屋だった。窓は無く、壁や天井はすべて遮音材と吸音材という壁面構造をしており、残響等の音をすべて吸収する 細かな穴が掘られている。魔法詠唱――術式構築や展開を阻害する効力を持った魔法陣は、その穴の中に描き込まれていた。
 魔導師にとって、ここは完全なる牢獄なのである。
 その牢獄の奥に彼は居た。

「―――」

 彼はベッドに横になり、眠っていた。
 ゆっくりとベッドに近付く。何も無かったかのような柔和な寝顔だった。

「―――」

 それなのに、眼許には確かに涙の跡があった。くっきりと見えてしまう程、その跡は大きかった。
 寝顔に手を伸ばす。覚めたらどうしようという懸念もあったが、それよりもクロノに触れたいという気持ちが勝った。
 どれくらいぶりか。指先で僅かに触れた彼の肌は、思っていたよりずっと暖かかった。
 味わうように、フェイトは彼の頬の輪郭を撫でた。

「クロノ」

 防音設備のせいで、フェイトの声はまったく響かない。出た言葉はすぐに潰えた。

「ごめんなさい」

 沢山傷付けてごめんなさい。
 いっぱい迷惑を掛けてごめんなさい。
 我侭ばっかり言ってごめんなさい。
 無責任に力になりたいなんて思っててごめんなさい。
 そんな沢山の謝罪が詰まった”ごめんなさい”だった。

「……ごめん、なさい……」

 フェイトはクロノが怖くはなかった。”死ね”と言われるよりもずっとずっと辛い言葉を言われたというのに、治癒魔法が無ければ一生消える事の無い傷を幾つも 負わされたというのに。
 やっぱりだ。やっぱり自分はクロノが好きだ。好きなままで居て、好きで好きで仕方がないままだった。

「でも……私はクロノの妹なんだよね……?」

 彼は答えてはくれなかった。
 フェイトは白くなったその髪に触れる。色素が抜け切っている髪はパサパサとしていて、あまり良い肌触りではなかった。

「これが……」

 彼を狂わせてしまった要因の一つ。暴走事件を仕組み、彼を手駒としたレイン・レンの呪いだ。
 隔離病棟に来るまでにリンディから聞いている。クロノが凶行に走った理由や現在の彼の境遇、管理局が置かれている状況を。
 なのはの言った通り、クロノは自らの意思であんな行為に及んだ訳ではなかった。すべてはデバイス暴走事件の首謀者とされたレイン・レンに起因しているのだ。

「レイン・レン」

 断片的な情報しか知らない犯人の名を呟いてみる。
 かつてない怒りが現れた。それは導火線を走る炎だ。導火線は身体で、終着点は心である。
 心に到達した怒りは憎しみへとその姿を変えた。
 クロノを傷付けて、クロノを弄んで、クロノを苦しめた顔も知らない犯人。フェイトは明確な殺意を覚え、犯人を思う。

「……私も同じなのかな」

 クロノを傷付けて苦しめた。彼を守ると驕って、彼が今まで積み上げて来た自信と誇りを壊してしまった。
 それが自分の犯した罪だとフェイトは思う。確かに暴走事件の首謀者と同じなのかもしれない。

「……でも、違う」

 自分の言葉を自分で否定する。

「私は」

 バルディッシュを握る手に力が籠もった。

「クロノの剣。クロノの邪魔をするものを斬り払う剣」

 クロノの唇に触れる。瑞々しさを失った自分の唇とは違って、彼のそれには潤いがあった。

「自分勝手だって、我侭だって、分かってる。それがクロノを傷付けてたっていうのも」

 身を乗り出して、ベッドに片膝を乗せた。ぎしっとベッドが軋む。
 真上からクロノの顔を見上げる。ずっと見詰めていたい端正な顔。今は安らいだ寝顔になっている顔。

「でも……私は剣でいたい。あなたを守る……剣でいたい」

 本当に都合の良い願いだ。でも、今願うのはそれだけだった。
 顔を近付ける。微かな寝息がフェイトの鼻腔をくすぐった。顔が熱くなる。
 視界はクロノの顔で埋め尽くされた。
 剣でいたい。でもそうすれば彼が傷付く。
 だったら――。



「私はもうあなたに会いません」



 垂れ下がって来る横髪をそっと掻き揚げて、耳に引っ掛ける。そうして眼を瞑り、フェイトは顔を近付けて――。
 少女の唇が、少年の唇に重なる。
 柔らかくて、しっとりとした感触。濡れていた彼の唇が、フェイトのヒビ割れた唇に潤いを与える。
 触れ合った時間は一秒にも満たなかった。フェイトは眼を開けながら顔を上げる。耳に引っ掛けていた髪がずれ落ちて、眼下のクロノの顔にパサパサと音を立てて 散らばった。
 唇に触れる。刹那の間に味わった甘美な感触を実感する。
 初めての口付けだった。リニスやアルフと何度かふざけていて頬や額にキスをした事はあったが、唇同士というのは初めてだった。

「ごめんなさい」

 クロノは初めてだったのだろうか。初めてだといいなと、フェイトは儚い微笑みを浮かべて思った。
 フェイトはベッドから離れた。
 とても名残惜しかった。
 本当を言えば離れたくなかった。
 ずっとずっと彼の側に居たかった。
 ずっとずっと一緒に居たかった。
 でも、それはもう叶わない。
 自分が側に居ると彼は傷付くのだ。

「なのはは優しい子だよ。私なんかより、ずっとクロノを支えてくれると思う」

 だったら自分は離れるべきだ。何も疑問に思わずに彼に会うべきではないのだ。
 彼を苦しめるくらいなら、自分が苦しんだ方が何倍も何十倍も何百倍もマシだ。

「はやてはね、私と一緒でクロノが好きなの。ちゃんと気付いてあげてね」

 最後にしようと決めて、フェイトはもう一度彼の頬に触れた。
 渇望していた温もりに手が張り付きそうになる。

「クロノ」

 心が張り裂けてしまいそうだ。
 痛い。
 辛い。
 苦しい。
 悲しい。
 ずっと――ずっと――ずっとこうしていたい――!

「……そっか……」

 メディアに問われていた二つの質問の答えを、フェイトは得た。
 何をしたいのか。何を望んでいるのか。

「私はクロノに言いたい事があってここに来たんだ」

 胸に右手を添えて、言葉を噛み締めるようにフェイトは言った。
 軽い既視感が来る。かつて自分は今と同様の思いを抱いて、同様の言葉を言った事がある。
 母だと敬愛していた女性――プレシア・テスタロッサに。

「私はあなたにとって、ただの妹だったのかもしれない」

 しれないじゃない。そうだったのだ。

「だけど、私は、フェイト・T・ハラオウンは、妹としてじゃなくて、家族としてじゃなくて、あなたが好きだった」

 ずっと言えなかった言葉。
 言っても伝わらなかった気持ち。
 言っても届かなかった感情。

「――私は――」

 フェイトは長い瞬きをした。
 愛しいヒトはずっと眠っている。だから恥ずかしいとかそんな思いは無かった。
 胸に添えていた右手に左手を重ねる。

「私は、世界中の誰からも、どんな出来事からも、あなたを守ります」

 何をしたかったのか。――この想いを伝えたかった。
 何を望んでいたのか。――彼の剣である事を望んだ。

「喩え一度だけでも、私はあなたを守る。あなたの邪魔をするモノを斬り払う。……私の最後の我侭だけど、良いかな?」

 もちろん彼は答えない。眠っているのだから。
 フェイトは踵を返した。くたびれた白いワンピースの裾が花が散るように舞った。
 少女の動きに迷いは何も無かった。戸惑いも無かった。恐ろしさすら無かった。
 不動となった意思を瞳に秘めた少女は、颯爽とした足取りで扉へ向かう。
 出る直前、フェイトは一度だけ振り返った。そして――。

「さようなら、クロノ」

 そう言って、満面の笑みを浮かべた。
 扉が閉まる。牢獄の病室を再び静寂が満たす。
 どれくらい経ったか。

「――っ――!」

 最後の意地を彼女の言葉で壊されたクロノは、無心になって泣き叫んだ。





 to be continued.





 次を読む

 戻る







 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございました。
 フェイトの台詞はSCを書くに当たってかなり初期の段階から構想にありました。プレシアに言った台詞とほぼ同じ。でも拒絶はされず、何の返答も得られないけど 旅立つみたいな。そんな感じになってます。この答えは今後得られる形となります。
 歪とも言える形で立ち上がったフェイトさん。クロノの再起はまだ。クロノがウジウジしてるのが違和感バリバリーン! アリサは何度か作者も忘れた程。ホントに 久しぶり。アルフの出番をもっと増やしたかったものの、場面がここ最近過密気味なので最小限。構想甘いなぁ、俺…orz 
 では次回も。

 2006/11/13 改稿





inserted by FC2 system