魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.10 Southern Cross









 理不尽に押し寄せてくる絶望に、しかし、管理局武装隊士官アストラ・ガレリアンは不敵な笑みを浮かべ続けていた。

「超しんどいぜ、こいつはよぉ……!」

 足元に転がっている残骸を踏み荒らしながら、アストラは重い身体を前へと進めた。すでに身体はボロボロだった。額には深い裂傷。ぱっくりと開いた肌からは 夥しい量の鮮血が流れ出ている。バリアジャケットも満身創痍で、あちこちに射撃魔法で穿たれた穴が作られていた。

「治癒魔法の一つでも出来りゃあなぁッ! ちくしょうがッ!」

 失われている血液にアストラは毒づく。このままでは体力よりも先に意識が途絶えそうだ。
 だがアストラは床を踏み締める。その足元にあるのは、破壊された暴走デバイスの残骸と寄生されていた武装局員や戦技教導隊の面々だ。
 そして左右の通路の奥からは、まさに動く屍のような風貌の暴走体達が近付いて来る。ジリジリと焦らすようなその足取りにアストラは舌打ちをせずにはいられなかった。
 敵はほぼ全員が同僚である。誰も彼もが涎を垂らしているだらしない顔をしていた。

「暴走してすぐ来ましたって面だなてめぇら」
『暴走体の瞬間魔力発揮値が上昇しています。現在AよりAAに移行。危険です』

 マスターと同じく傷だらけになった突撃槍型インテリジェントデバイス、アンスウェラーが警告をする。

「危険ならさっきからずっとだろうが」
『それもそうですね』
「だろ? じゃ、サッサと状況の打開策って奴を検討してくれ」
『たまにはあなたも考えて下さい』
「俺は肉体労働推進派だ。頭脳労働はてめぇに任せるさ。慣れねぇー事はするモンじゃねぇー」
『Yes master.』

 バンプレートに装備された宝玉を明滅させて、アンスウェラーは状況打開策の黙考を始めた。
 それを引鉄にして暴走体が一斉に動いた。黒いデバイスをアストラへ向け、砲撃魔法の術式を構築、展開する。夏の日の太陽を思わせる凄まじい光がアストラの 視界を遮った。

「いきなり砲撃かッ!? ざっけんなてめぇら!」

 狭い上に直線上である為、挟撃体制を取ればお互いの射線軸に立ってしまう。それを考慮しろというのは、純粋な破壊の化身たる暴走体には無理な話だった。
 砲撃魔法がほぼ同時に制御解放される。通路の気温がサウナのように急上昇して、熱せられた大気と壁面が光を揺らめかせた。
 迫る砲撃光の数は不明。それはほとんど壁だった。両方からサンドイッチにするように殺傷の壁が押し迫る。
 回避は不可能だった。しかも足元には気を失って転がる同僚達も居る。自分一人なら何とかなるかもしれないが――!

「どの道ここから離れられねぇーんでねェ!」

 地面にアンスウェラーを衝き立て、翼を広げる鳥のように両腕を左右に突き出す。
 アンスウェラーを媒体として防御魔法を構築。可能な限り効果範囲を広域に設定。それこそ通路を完全に塞ぎ切るぐらいにだ。
 制御解放。

『Round Shield.』

 巨大な防御魔法陣が通路を塞ぐように展開された。
 光の壁となった砲撃魔法と防御魔法陣が激突する。物理と魔力の二重の衝撃にアストラの腕の血管が破裂した。

「愛と勇気、気合と根性、涙と鼻水――! 舐めんなぁぁぁぁぁッ!」

 防がれている砲撃魔法が霧散して行く。アストラの魔法光と砲撃の光が深く入り混じって閃光となり、アストラの身体に陰影を刻む。
 閃光と衝撃が止んだ。同時に二枚の防御魔法陣が大気中に消える。呻きを漏らしてアストラは両膝を突いた。腕は派手な有様になっているがちゃんと動いたのでホッ とする。
 熱が冷めない通路は胸焼けを起こしそうな魔力残滓に満ちていた。壁面は巨大な削岩機で抉られたような形状になっていて、まるで解けた飴のようだった。恐るべ き高温の砲撃魔法である。

「これ防いだ俺スゲェー」

 自画自賛しながら、アストラはアンスウェラーの柄に手を掛けた。杖代わりにして立ち上がり、霞む視界でこちらに前進し始めた暴走体の群れを睨む。
 砲撃魔法を行使して来る様子は無い。近付いた上で疲弊し尽しているアストラを確実に殺すつもりだ。

「てめぇら……施設の修理、ちゃんとやれよ?」

 同僚達と暴走体に向けて呟いたアストラは、チラリと背後を見た。
 そこには硬く閉ざされた隔壁のような扉があった。中では暴走事件で孤児となった子供達と、その子供達の世話をしていた局員達が息を潜めている。
 アストラは呼吸を整えると、右手でアンスウェラーを構えた。切っ先を前方へ突き出し、柄から伸びている保持用の鎖を左手に絡める。

「ちっとばかし乱暴に行くぜッ!」

 比較的接近していた右側の暴走体へ突撃する。一度目の踏み込みから一気にトップスピードへ。大気中を満たす陽炎と熱風を切り裂き、先頭の一体のデバイスを一撃する。
 衝く事のみに特化したアンスウェラーの槍身は気色の悪い暴走デバイスを串刺しにした。火花が咲き乱れ、黒いデバイスが痙攣を起こす。アストラはアンスウェラーを 引き抜かず、先端部に仕込まれた小型の刃を展開する。それは鋭利な鉤爪となってデバイスを保持した。

『Hold Braid lock.』
「うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおッ!!!」

 柄を手放して鎖の連結部分を掴んだアストラは、渾身の力で捕らえた暴走デバイスを武装局員共々天井へ掲げた。いや、掲げたのではない。振り上げたと言った方が 的確か。腰を落としたアストラの姿はハンマー投げの選手そのものだった。
 天井に振り上げられた暴走体は文字通り振り回され、鈍器と化した。瞬く間に先頭の暴走体集団が薙ぎ倒される。
 背後に危機感と殺気。アストラは頭で意識するよりも早く身体が動いた。アンスウェラーが自動展開防壁用にセットしておいたプロテクションを発動。
 左側から迫っていた暴走体が牽制の射撃魔法を放って来る。純粋な殺傷設定の射撃魔法がプロテクションで弾かれ、視界で光が踊った。
 アストラは串刺しにしていた暴走体を蹴り飛ばして放ると、床を蹴る。疾風さえ背後に従え、彼は左側の暴走体に殴り込みを掛けた。
 一体目の暴走体の顔面を蹴り砕き、着地際、二体目の暴走体のデバイスをアンスウェラーを一閃させて砕く。アンスウェラーはその超重量の影響で操作は困難を極める。 重い槍身はそのまま地面をも砕いた。大小の残骸が飛び散り、周りに居た暴走体を怯ませる。アンスウェラーを捨てるように手放して身軽になったアストラは、 徒手空拳で暴走デバイスを破壊して行く。
 彼の魔力資質は集束だ。残量の少ない魔力で拳を保持し、まさに一撃で粉砕する。成長途中の暴走体は実に緩慢だ。群がれば退路も無くなり、接近さえ出来ればカカシ と半ば変わらない。AAランクのアストラでも退ける事は出来た。
 殴った。蹴った。頭突きもした。体当たりもした。考え得る限りの攻撃方法で暴走体を薙ぎ倒した。
 それでも減らない。デバイスの傀儡となった武装局員達は虚ろな瞳をアストラに向け、彼を殺そうと迫る。

「ったくよォー! ウチの連中はどいつこいつもロッティンバウンド付けてたのかッ! 気合と根性と努力で強くなれってんだ!」
『私にも搭載しようとしたあなたが言う台詞ではありません』
「ありゃ気の迷いだ!」

 アストラは延長可能の鎖を牽引してアンスウェラーを回収したその時、射撃魔法が肩を掠めた。

「っ!?」

 姿勢が崩れ、アストラはもつれるように倒れそうになる。
 歯を食いしばって何とか踏み止まる。その瞬間、弾幕のような射撃魔法が襲来した。
 アンスウェラーがプロテクションを展開する。それもすぐに破られた。回避行動の取ろうとしたが、足元に同僚が倒れていた為に派手に動けなかった。
 身体に無数の穴が穿たれる。ボロボロのバリアジャケットの防御性能は微々たるものだった。
 灼熱の痛みが意思を焼いた。飛びそうになる意識を奥歯を噛み砕いて繋ぎ止める。
 致命傷にはまだ遠い。急所も外れている。ならば。
 その思いが、アストラの脚を前に出させた。

「動けるじゃねぇーか、俺」
『マスター。もう限界です。後退して下さい』
「どこに?」
『会議室へ。多少は保ちます』
「却下だ。フェベルにかっこ悪いトコ見せちまう」
『マスター!』

 暴走体は今度は近付こうとしなかった。多少は学習しているのだろう。アストラの近接に特化した特性を前に接近する事のは得策では無いと踏んだのだ。
 アストラを消し炭にするべく、暴走体達はデバイスを彼に向けようとして――。
 一発の桜色の砲弾が、そのデバイスをぶち抜いた。
 うねるような機動を描いた凄まじい衝撃力を伴った遠隔操作射撃魔法だった。風穴を開けられたデバイスは一瞬の痙攣を起こして、次の瞬間に乾いた破裂音を上げて 四散した。
 解放された武装局員が倒れる。それを引鉄に、暴走体の頭上に数十発もの砲弾が飛来した。その砲弾は的確な操作を受け、武装局員達には傷一つ付けず、暴走デバイス のみを的確に破壊して行く。残骸だらけだった床が瞬く間に気を失った武装局員に埋め尽くされ、足の踏み場も無くなった。
 波が引くように周辺から遠ざかる暴走体の群れに、アストラは安堵する事も無く、どこか嫌そうな響きを含んで呟いた。

「出たな、武装隊の白い悪魔」

 倒された暴走体の奥から、小柄な少女が駆けて来る。可愛らしい外見とは裏腹に、先程の遠隔操作砲弾を巧みに操ってみせた本人だ。

「あの、大丈夫ですか!? ……ア、アストラさん!?」

 足元に注意しながら歩み寄って来た少女――高町なのはは、助けた局員がアストラである事に気付いて眼を丸くした。お互いに武装隊士官である為、訓練も含めて 顔を知らない仲ではない。もっともアストラはなのはを苦手としている。

「よぉ悪魔。元気そうで何よりだこんちくしょう」
「悪魔じゃありません! 高町なのはです! なーのーはー!」
「ヴィータには悪魔でいいよって言ってたらしいじゃん」
「どうしてあなたがそれを知ってるんですかッ!?」
「あいつを本局名物シューアイスで買収した。紅の鉄騎も所詮はお子ちゃまだぜ」
「あたしは子供じゃねぇー!」

 一喝と同時に飛び込んで来たのは、その紅の鉄騎ことヴィータだった。立っているがやっとのアストラの顔面に問答無用で拳を叩き込んだ。
 後から駆けて来たエイミィとザフィーラがそれを見て顔を覆って呆れ果てた。

「ヴィータちゃん! 助けに来たのにトドメ刺してどうするの!?」
「あ」
「……殺す気か、てめぇは」

 頬にヴィータの拳をめり込ませたまま、アストラが言った。同時に大量吐血。砕けた歯が二本程床に転がった。
 それでも彼は倒れず、ふら付きながらアンスウェラーを地面に衝き立てた。

「もう! 駄目やでヴィータ!」
「だってー!」
「主。ヴィータのお叱りは後で」
「君、確か武装隊の子だったよね? 確か……」

 恐る恐ると言った様子で訊ねるエイミィに、アストラはスラリと屹立した。身体の傷が嘘か幻であるかのような滑らかな動作である。吐血しながらなのでエイミィ 達の心配は一入だったりもするのだが。

「アストラ・ガレリアンです。リミエッタ執務官補佐」
「あの、大丈夫ですか? ウチのヴィータが何や酷い事してもうて……」
「気にすんな。こんなショボイパンチの一発や二発、屁でもねぇーさ」
「んだとーッ! だったら十発でも二十発でも喰らわせてやるッ!」
「はいヴィータちゃん待って! アストラ君でいいのかな。怪我してる所悪いんだけど状況の確認がしたいの。今ここはどうなってるの?」

 アストラは視線を彷徨わせて軽く唸った後、迷いながら答えた。

「……すいません。俺も詳しい事は知りません。待機室から出た所で暴走デバイスに寄生された武装局員と遭遇。防衛の為にここで戦っていました」
「じゃあ発令所や他の場所の状況は?」

 眉尻を下げて、アストラは頭を垂れる。

「……はい、分かりません」
「エイミィさん!」

 はやての叫びが会話を遮った。
 通路の奥から、再び暴走体達が迫っていた。すでに臨戦態勢を整えており、砲撃魔法の術式構築を半ば終えている。

「なのはちゃん、どうする!?」

 鋭く問われたなのはは、数秒の黙考で結論を出した。

「ザフィーラさんとアストラさんはここに残って会議室を守って下さい。私とヴィータちゃんは施設内を回って、他に人が居ないか確認します。はやてちゃんと エイミィさんは発令所に行って、状況の確認を! いいですか!?」

 威勢の良い復唱が上がる。アストラも取り合えず同意した。

「何だ!? 悪魔が指揮るのかよ!?」
「だから悪魔じゃありません!」
「はい! 和やかムードはその辺りで! 来るよなのはちゃん!」

 大気中の魔力量が磨り減って行く。暴走体が砲撃魔法行使の為に大量に取り入れているのだ。

「また成長してるって感じやで……!」
「私が穴を作ります! ヴィータちゃん、やるよ!」

 通常形態アクセルモードから砲撃形態バスターモードに変形したレイジングハートを振り翳して、凛然と なのはが叫んだ。槍のような先端に先程と砲弾と同様の桜色の魔法光が集束して行く。その密度と量にアストラは悲鳴を上げた。

「てめぇ! 同僚を殺すつもりか!?」
「安心して下さい! 麻痺目的の非殺傷設定です!」
「安心出来るか! つぅーかそれ非殺傷でも死ぬぞ!」
「騒ぐな。怪我人は伏せていろ」

 ザフィーラに肩を掴まれ、アストラは否応無しに床に叩き付けられた。
 怪我人なんだからもっと優しくと言いかけたが、制御解放されたなのはの砲撃魔法ディバインバスターの強烈な砲撃音に敢え無く潰されてしまった。
 敵陣に突破口を作る為の砲撃は、充分に決定打となる一撃となった。光の本流に真正面から晒された暴走体達は、一時的に魔力のほとんどを削ぎ落とされて動きを停止 させる。制御解放一歩手前まで来ていた彼らの砲撃魔法も、水を浴びせられた小火のように消えてしまった。

「なのはに負けんな、グラーフアイゼン!」
『ja!』

 そこへ、ラケーテンフォルムの推進器を最大にしてヴィータが突貫する。突撃の余勢と推進器の爆発的な衝撃力を使って、ほぼ一撃で暴走デバイスを砕いて行く。 復旧した暴走体が迎撃を試みるが、ヴィータは小さな身体を宙で捻り、射撃魔法をやり過ごし、仕返しとばかりに蹴り飛ばしてデバイスを破壊した。
 紅の鉄騎は、まるでビリヤードの玉のようだった。そして彼女が駆け抜けた後は、死屍累々の山が一瞬にして築かれた。

「ザフィーラ、その人をお願いね!」
「承知しました、主。どうかご無事で」

 倒れている武装局員達を飛び越えて、はやてがなのはの後を追う。彼女を見送るザフィーラは律儀に頭を下げていた。

「なのはちゃん、施設内の構造は把握してるの!?」
「一週間程お世話になってましたから大丈夫です!」
「エイミィさん、発令所は!?」
「そこの角を曲がって! そしたら一直線に前進!」
「やり過ぎんなよ、なのは!」
「ヴィータちゃんもね!」

 異様な程に彼女達のテンションは高かった。言ってしまえば士気が高い。並々ならぬ希望に満ち溢れている。
 騒がしいやりとりを交わしながら四人が通路の奥に消えて行く。アストラは地面に伏したまま、その背中を見送った。

「……何かあったのか?」
「……ああ。それなりにな」

 注意深く周辺を見渡しながら、ザフィーラがそう答えた。彼もどこか嬉しそうに口許を緩めていた。



 ☆



 リンディ・ハラオウンが本局に残っているという報告を受けた後、インヘルト・ロイドは総合会議室を去った。通路に出て、極一部の者しか存在を知らない場所へ 転送魔法を行使する。
 転送先は暗い通路のど真ん中だった。床の端には白い蛍光灯が埋め込まれていて、足元を薄っすらと照らしている。
 通路の壁には一定の幅を置いて扉があった。扉の上の方には小さな鉄格子が備わっていて、中の様子が一瞥で分かるようになっている。
 ロイドは危なげない足取りで通路を進んで行く。その折、会議室に残して来た部下から思念通話が届いた。

『ロイド卿。エイミィ・リミエッタ執務官補佐から報告です』
「対策本部の状況は?」
『施設内の約七割が暴走デバイスに占拠されている模様です』

 ロイドは喉を鳴らした。

「ロッティンバウンドめ。除装してもシステムの根底に潜伏していたか。用意周到且つ慎重派なのだな、レイン・レンという科学者は」
『そのようです。現在、高町なのは士官、八神はやて特別捜査官、ヴィータ、ザフィーラ両特別捜査官補佐の四名が暴走体を鎮圧しているようですが、些か数が多過ぎます。 またリミエッタ執務官補佐の報告には、施設の外でも暴走体を確認したとありました。L級八番艦船アースラは多少損傷が見られるそうですが、健在との事です』
「ミッドチルダそのものが占拠されているな、これは。第二投入部隊の準備は?」
『現在、C型強行防衛装備の武装局員を準備させています。残り三十分程で終了します』
「十五分だ。儀式魔法を使って現場へ転送しろ。それと、高町なのは士官に対策本部のトランスポーターを再起動させるように通達を。第三投入部隊は それを使って現地へ向かわせる」

 目的の扉が見えて来た。誰が入っているのか、何があるのか、質素な黒塗りの扉には何も書かれてはいない。ネームプレートのような物も一切無い。

『了解しました。リンディ・ハラオウン提督の処遇に関しては?』
「そんなものは後回しにしたまえ。今は事件解決に死力を尽くせ」
『はい』

 思念通話が切断された。
 ロイドは目的の扉の前に到着した。懐からIDカードを抜いて、扉に備わっている開閉パネルのスリットに通す。パネルの赤いランプが重い金属音と共に緑へ変わった。

「失礼するぞ」

 開いた扉から中へ入る。室内は縦長の構造で、幅は一メートルあるか無いかだろう。満足な明かりも無く、通路と同様に部屋を縁取りするように内蔵された蛍光灯が ぼんやりと光っていた。
 一方の壁には開閉式の質素なベッドがあった。そしてそこに人影が座っている。微動だにせず、顔だけを突然の入室者たるインヘルト・ロイドに向けていた。
 表情は暗闇のせいで分からない。ただ、鋭い眼光がすべてを物語っているようだった。

「ロイド卿」

 人影が言った。

「数ヶ月ぶりだな、ディンゴ・レオン元提督」

 ロイドが答えた。
 ディンゴ・レオンと呼ばれた提督は、ゆっくりとした動作でベッドから腰を上げた。縁側から立ち上がる老人のような物腰だった。
 だが、彼は老後を楽しんでいる初老ではない。その鍛えられた鋼の巨躯は暗闇の中でも充分な迫力と存在感を保っている。
 ロイドは彼に合うサイズの囚人服が無い事に少々困ったのを思い出して、小さな失笑を漏らす。

「わざわざこのような所に脚を運ばれるとは。何かあったのですかな?」
「ああ。前代未聞というには仰々しいかもしれんが、管理局創設以来の危機が起こっている」
「あなたにしては弱気な発言ですな」
「これでも七十を超えている身だぞ。少しは年寄りとして扱ってはどうだ?」
「ご冗談を」
「冗談なものか」

 肩を竦めたロイドは一度言葉を切った。そして声音を一変させて告げる。

「ディンゴ・レオン元提督。超法規的処置として、貴殿を一時釈放する」
「了解しました」

 即答するディンゴに表情の変化は無かった。すべてを分かっていたような風情だった。
 ロイドはポケットから一枚のタロットカードを抜き、ディンゴへ差し出す。

「君のデバイス、エイダだ。これも一時返却する」
「ありがとうございます」

 賞状を授与するように、ディンゴは深々と頭を下げ、待機状態を取っているストレージデバイスを受け取る。
 元提督職であったとは言え、彼――ディンゴ・レオンは、春先に怨恨から入局したばかりの少女を殺害しようとした経緯を持っていた。普通に考えれば、超法規的 処置とは言ってもデバイスまで返却してしまうのは危険過ぎる。特に彼の魔導師ランクは、もはやほとんど存在していないS+だ。牙を剥けば、ロイドは立ち所に 殺されてしまう。
 だが、そうした懸念をロイドは持ち合わせてはいなかった。重罪を犯して投獄された身とは言え、今もロイドはこのディンゴという初老の男を心から信頼している。 彼がそのような行動に出ない事を知っているのだ。

「状況は移動しながら話そう。現状は一刻の猶予も無い」
「は!」

 デバイスを得たディンゴを魔力の光と風が覆う。刹那の間で、彼は拘束の為の囚人服から真新しいバリアジャケットを生成した。
 それを確認すると、ロイドは再び転送魔法を行使し、本局施設最下層に設けられている出入り口の無い特殊犯罪者用の牢獄から移動した。



 ☆



 シャマルはユーノの病室の前で落ち着けない時を過ごしていた。何度もベンチに腰掛けては立ち上がり、歩き回る。それをただひたすら繰り返す。
 なのはからユーノが出てこないように見張っておいてくれてと言われたものの、シャマルは現地に飛びたくて仕方がなかった。
 もう傷付いて運ばれて来る仲間を見るのは嫌なのだ。

「はやてちゃん……皆……!」

 確かに自分は戦いには向かない。シャマルは自責の念に駆られる事が多い。半年前の闇の書事件の時、はやてを救う為にひたすら強行軍をして蒐集活動を行ってい たシグナムやヴィータ、ザフィーラを見送る事しか出来なかった。
 戦場に一緒に行っても離れて見守るぐらいしか出来ず、直接的に援護や手助けが出来る訳ではない。
 守護騎士ヴォルケンリッターはそれぞれの役割に特化した少数精鋭の戦闘集団だ。矛であるヴィータと盾であるザフィーラを統括する将のシグナム。そして、 彼らを手広く補助するのが参謀たるシャマルである。知恵を巡らせ、戦う敵の裏をかき、時には僚軍をも犠牲にして勝利を得る。カートリッジの製作や回復関係も 彼女の仕事だ。
 シャマルは自分に与えられた任務を誇りに思う一方で、やはり一緒に戦えない歯がゆさも時折感じていた。それは否応無しに巻き込まれたデバイス暴走事件で酷さを増した。
 遊園地でSランクの暴走体と戦った時、シャマルは誰も守れなかった。傷付いた仲間達の回復程度しか出来なかった。

「なのはちゃん、ごめんなさい……!」

 シャマルはここには居ない彼女に謝罪をすると、白衣を脱いだ。ただ、脱ぎ捨てずに綺麗に折り畳んでベンチに置く所が細かい彼女らしい。
 床に現れたベルカの魔法陣は彼女に戦いの衣装――騎士甲冑を与える。
 ゆったりとした緑色の法衣。シャマルは帽子の位置を少しだけ直すと通路を走り出した。
 もうすぐ第二投入部隊が準備を終えて突入するとの事だった。突入には儀式転送魔法が用いられる。個人で転送するには本局とミッドチルダは些か距離が離れている。
 意を決して先を行くシャマルの脚は、だがしかし、すぐに停止してしまった。

「―――!」

 眼を見開く。通路の奥からは大柄な男性がゆっくりとした歩調で歩いて来ていた。
 白髪が混ざり始めている髪。顎にも同様に白い髭を蓄えている。完成された彫刻のような巨躯はバリアジャケットの上からでも分かるぐらいに分厚い筋肉で 覆われている。
 顔の彫は深い。射抜くような眼差しは鷹を思わせる。
 シャマルはその男性を知っていた。

「ディンゴ・レオン」

 春先に古株の提督達が起こした怨恨から成る一つの事件。上層部によって揉み消され、一部の者しかその真相は知らない。一般には起こった事さえ公開されていないのだ。
 八神はやて殺害未遂事件。過去の闇の書事件で家族を失った遺族が起こした、止める事の出来なかった悲しい事件だ。

「ヴォルケンリッターか」

 茫然と立ち尽くすシャマルに気付き、その男は歩みを止めた。
 その事件の時、はやてを殺害しようとしたのがこの初老の男――ディンゴ・レオンだった。
 クロノの父クライドが殉職した闇の書事件の折、彼は戦技教導隊だった息子を失っている。その時の悲しみと憎しみは止められない感情となり、最後には 凶行に走ってしまったのだ。

「確か……湖の騎士だったか。名は」
「シャマルです」
「そうだったな」

 眼を伏せて、ディンゴは肩を竦める。
 シャマルは首筋に一滴の汗が流れて行くのを感じた。

「どうしてあなたがここに居るのですか?」

 まずは素直な疑問からぶつけてみる事にした。

「ロイド卿から助太刀を依頼された。聞けば管理局創設以来の大事件だそうだな」
「……それで釈放されたのですか?」
「その通りだ。超法規的処置とは便利な言葉だな。二十四時間程度だが外に出る事を許された」

 現在の管理局の戦力はガタガタだ。慢性を通り越して最悪と言っても良い。対して対策本部を占拠したと思われる暴走体の数は百を超える。彼らは 数だけではなく狂った速度で成長もする。彼我の戦力差は刻々と傾いており、まさに猫の手も借りたいという状況だ。
 なるほど。確かにディンゴの仮釈放は必要な措置だ。彼はS+判定の魔導師だ。彼と純粋な魔力で拮抗出来る魔導師は管理局の中でも一握り居るか居ないか だろう。

「……助けてくれるのですか?」
「質問ばかりだな。お前はヴォルケンリッターの参謀だろう。少しは自分で考え、予想してはどうだ?」

 小馬鹿にしたような言葉だったが、彼の表情に崩れた様子は無い。
 シャマルは言葉を飲み込む。悔しいが彼の言う通りだった。

「第二投入部隊には私も参戦する。先行しているという第一投入部隊と取り残されている局員の救援だ」
「……第一投入部隊にははやてちゃんが居ます」
「知っている。ロイド卿から聞いた」

 シャマルは無言のまま右手を上げた。人差し指と薬指に填め込まれているクラールヴィントを起動させる。
 起動したクラールヴィントは青と緑の菱形の宝石を排出した。それは魔力で編まれた紐で結ばれ、リングと連結する。

「旅の鏡か。特殊分類される転移魔法の一種。主にリンカーコア強奪する際に使っていたそうだな」
「良くご存知ですね」
「私が以前何をしようとしていたか、忘れた訳ではあるまい」
「はい。ですから」

 シャマルは右手だけではなく、左手のクラールヴィントも起動させた。同じくペンダルフォルムを展開させる。

「止めておけ。その魔法は攻撃向きとは言えん。バリアジャケットの防御力で妨害も可能だ。さらに言えば」

 ディンゴが右足を引いた。

「お前が旅の鏡を発動させるよりも早く、私はお前の首をへし折る事も出来る」

 首筋をさらに汗が伝う。右足を引いただけだというのに、ディンゴからはまるで熱風のような殺気と気配を感じるのだ。それが彼の発言をただのデマでない事を 示している。その気になれば、彼はシャマルが死を実感するよりも早く彼女を殺す事が出来るだろう。

「レオンさん。私の役割をご存知ですか?」
「もちろんだとも。参謀であり、サポートに特化した騎士だ」
「そうです。ですから、術式の違う魔法でも、系統が同じ補助でしたら最大三つまで行使出来るんです」

 シャマルの眼前に緑色の防御魔法陣が展開された。同時に二基のペンダルフォルムを展開したクラールヴィントが、それぞれ二つの宝石を振子のように動かし始めた。 伸縮性のある紐は円を描き、旅の鏡を発動させる。

「大したものだな」
「お褒め頂き光栄です。これで条件は五分と五分です」

 有り余る腕力と魔力でシャマルを無慈悲に殺す事が出来るディンゴ。
 防御魔法で身を守りながら、展開した二つの旅の鏡でディンゴのリンカーコアを潰す事の出来るシャマル。
 お互いに首元にナイフを突きつけているのと同じだった。
 二人が睨み合ってどれくらい経ったか。沈黙を破ったのはディンゴだった。

「さすがは参謀だ。ふむ、気に入ったぞ」
「あなたの助けは欲しいです。ですが、はやてちゃんやヴィータちゃん、ザフィーラに手を出したら、私は状況に左右されずにあなたのリンカーコアを破壊します」
「手元が狂ってしまってもかね?」
「はい。可能性は無いと思いますが、なのはちゃんを標的にしても私の行動は変わりません。……私の仲間を傷付けるのでしたら」

 ディンゴの胸に二枚の旅の鏡が重なり合うようにして現れる。彼の頑健なバリアジャケットを突破するには大変な魔力と体力を使ったが、シャマルはその苦労を顔に 出そうとはしなかった。

「私はあなたを許しません」
「……心得た……と言いたい所だが、お前は一つだけ勘違いをしているぞ。湖の騎士」
「何でしょうか」
「私はすでに八神はやてを憎悪してはおらん。お前達ヴォルケンリッターも同様だ」
「………」
「信用出来んかね?」
「はい」

 即答した。ディンゴは溜め息をつく。

「そろそろ第二投入部隊が突入する時間だ。お前も行くつもりだったのだろう? ここで足踏みをしているゆとりは我々には無いはずだが?」
「………」
「どうしても信用出来んというのなら」

 不意に旅の鏡を保持している魔力過負荷が軽くなった。シャマルは慌てて鏡の連結先であるディンゴの胸元を見る。

「胸部のバリアジャケットの強度を下げた。これで無理をせんでも私のリンカーコアを摘出出来るだろう」
「………」
「もし少しでもおかしな動きをしたのなら、お前はお前の言葉を実行に移せば良い。躊躇う事無くな」

 シャマルは黙考する。彼の言葉が嘘か誠かを限られた時間内で吟味する。
 出た結論を確かな物にする為、シャマルはディンゴの瞳を見た。
 皺だらけの彫の深い顔。そこにある双眸からは、長い月日を生きて来た貫禄と揺るぎの無い信念が見える事が出来た。

「いいでしょう。あなたの言葉を信用します」
「物分りの良い参謀で助かった」

 緊張感を緩めるようにディンゴが笑う。だが、それもすぐに引き締まってしまった。

「では行くぞ。時間を食ってしまった。ロイド卿から話は聞いているが、対策本部の内装が知らん。お前は知っているか、湖の騎士」
「シャマルで構いません、レオンさん」

 クラールヴィントをリンゲフォルムへ戻したシャマルは、防御魔法を消去する。

「ああ、そうしようシャマル。それと私の事もディンゴで構わん。後さん付けも不要だ。背中が痒くなる」
「……分かりました、ディンゴ」

 二人は肩を並べると儀式転送魔法が行われる場所へと向かった。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 オリキャラ大暴れな話です。結構反省。こんな話ですが読んでいただきましてありがとうございました。
 という訳で”罪と罰”からディンゴさん参戦です。あんまり出番多くないですが何故か書いてたら妙に存在感のデカい人に。何だろうこの人orz
 予告通りシャマルが絡んでます。今後もディンゴと二人一組的に登場します。おっとり系のお姉さんなシャマルと厳つい爺さんなディンゴのコンビは、俺的に好きな タイプの組み合わせです。
 アストラは少ない出番がほぼ戦闘なのでまさに戦闘要員orz 頑張れ息子。
 では次回も。

 2006/11/13 改稿





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