魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.10 Southern Cross









 エイミィの指示は的確なものだった。彼我の戦力差を隅々まで熟知し、残酷とも言える客観的視点で捉え、その上でチェスの駒を動かすように大胆且つ慎重にヴィータ とザフィーラ、アストラ達生き残った局員達に指示を出して行く。
 後退と前進のみが許された一方通行の通路。その中心でヴィータは脚を止めた。背後にはデバイスを破壊され、解放された局員達が倒れ伏している。
 眼前から迫るのは数十体もの暴走体だ。外に集結していた暴走デバイスが雪崩れ込むようについに進軍を開始したのだ。

『ヴィータちゃん! そこの隔壁を降ろすから敵の足止めを!』

 躊躇いも恐怖も無いエイミィの言葉は心地良くヴィータの頭の中に響く。
 ヴィータはグラーフアイゼンに素早くカートリッジを叩き込む。マリーから渡された二回連続ロードが可能の持久戦向けの特注弾丸だ。
 登録されている魔法の中から直接的な打撃力よりも付随効果を重視した魔法を選択し、術式構築から制御解放まで一気に駆け巡る。

「フランメェー! シュラークゥッ!」

 大上段から振り下ろされたグラーフアイゼンがハンマーヘッドで床を殴り付ける。
 刹那、甲高い空気の悲鳴と大気を振るわせる容赦の無い振動が生まれ、すべてを焼き尽くすかのような炎が床から吐き出された。
 炎は自らの意思を持つようにうねり、恐れを知らない暴走デバイス達の進出を停止させる。この程度の熱でデバイスが破損する事は有り得ないが、本体となっている 寄生された人間は無事では済まない。

「エイミィ!」

 背後に向かって地を蹴りながらヴィータが叫んだ。
 返事はけたたましい騒音だった。天井の一部が割れ、塗装すら施されていない無骨な防火隔壁が落下。通路を塞いだ。
 突如訪れる沈黙。その中でヴィータは疲弊しつつある身体を休めるように尻餅をついた。

「ふぅ……」

 ヴィータの一息にグラーフアイゼンが魔力残滓を吐き出して同意した。
 攻撃は未だ一撃たりとも貰ってはいないが、身体の節々が痛かった。狂った科学者から打ち込まれた打撃の傷は未だに完治していないのだ。

『大丈夫ヴィータちゃん!?』
「ん、大丈夫。痛くねぇーよこんなの。な、アイゼン」
『ja!』

 そう。自分もこの傷だらけの長年の相棒も、まだまだ元気だ。
 振り返れば、自分がここに至るまでに倒して来た暴走体の本体、武装局員達が倒れている。皆一様に身じろぎ一つしようとしない。完全に気を失っている。

「……これで終わるんなら、いくらでも我慢するぜ、あたしもアイゼンも」

 時間の経過にしてみれば二週間近く前程度だが、初めてヴィータが暴走体と相対した時、そこは地獄だった。
 閑静な夜の住宅街に出現した二体のAAA級の暴走体は、呼吸をするようにして、当たり前のように民間人を大量に殺した。過去の闇の書の主に純粋に守護騎士として 使役されていた頃には見慣れていたはずの光景だったが、はやての守護騎士となったヴィータには許容出来る光景ではなかった。
 半分が燃えて消し炭になったクマのぬいぐるみ。それに張り付いていた子供の手首。視界に入った倒れている武装局員達が不意にあの光景とダブって見えた。

「エイミィ! 次はどこに行けばいい!?」
『一旦引き返して! そうするとすぐに上に向かう階段があるはずだから、それで二階に上がって!』
「うし! ところでザフィーラはどうなったんだ?」
『トランスポーターは確保出来てるけど、暴走デバイスが攻め込んでてちょっと難しいかな? 動ける局員の人達に援護に行ってもらってる』
「あたしが行こうか?」

 立ち上がってお尻についた埃を払う。

『ヴィータちゃんはそのまま遊撃を続けてて。一応計画通りには進んでるから』
「……ん、分かった。でも遠慮無く言えよ。すぐに飛んでくからさ」
『了解!』

 エイミィが発案した計画は簡単な篭城だ。トランスポーターと発令所、その他取り残された非戦闘局員や保護されている民間人が居る部屋を一本の道にして 中継し、防火用隔壁を用いてルートを限定する。そのルートの脅威となる暴走デバイスから優先的に鎮圧。第二投入部隊の到着までそのルートを死守するという ものだ。
 ヴィータは高速移動魔法のフェアーテを発動させると、走るというよりもステップを踏むようにして通路を移動し始めた。
 計画は何とか進んでいる。なのはとはやてを行かせた事で、ヴィータやザフィーラに掛かる負担が並みではなかったが、それでも何とかなっている。何事も起こ らなければ第二投入部隊の到着まで現状を維持する事も可能だろう。
 ヴィータもそれが起こるまでそう思っていた。
 行く手の通路の壁が爆音を上げて粉砕されたのだ。

「!?」

 フェアーテを打ち消し、靴の底を床に噛み合せる。つんのめるようにしてヴィータは停止した。
 破壊された壁の残骸と埃の粒子が外の湿った空気と一緒に流れて来る。咽てしまうような煙だ。
 嫌な予感がした。そしてそれは、すぐに絶望的な現実を目の当たりにして的中した。

「……またお前かよ」

 自分でも頬が引き攣っているのが分かった。もちろん恐怖でだ。
 灰色の煙の中から出現したのは、黒い人の形をした物体だった。頭の頂上から脚の小指の先まで、すべてが黒塗りだ。表面は金属質を思わせる光沢があり、淀みが無い。 人の影が一人歩きをしていれば、きっとこんな風に見えるだろう。
 S級の魔導師と同格レベルの瞬間魔力発揮値を誇る無情の生物。それがSランクの暴走デバイス――影だ。
 ゆっくりと思わせぶるようにして、影が首を巡らせる。モーターの駆動音が聞こえてしまいそうなどこまでも自動的で機械的な動作だった。
 ヴィータは全身が凍り付くような恐怖に襲われた。理屈ではない。本能が告げるのだ。何せヴィータはこの影の驚異的な戦闘能力を身を持って知っているのだから。
 でも――。

『主』
「大丈夫だよ」

 語りかけて来るグラーフアイゼンに優しく答える。
 影が身を沈める。手には唯一無二の狂気、黒い金属の棒ようなデバイス本体が握られている。

「確かに怖いけどさ」

 影が来る。あの時と同じように。放たれた漆黒の矢の如く。
 ヴィータは震える手でグラーフアイゼンをきつく握り締めた。
 焼け焦げたクマのぬいぐるみを思い出す。何も分からずに死んだだろう持ち主の子供を想像する。

「あんなのはもう嫌だ――!」

 片脚を引き、腰を落とし、ヴィータは影を捉える。
 あんな悲劇はもう起こさせない。その為ならばヴィータは如何なる戦いでもすると誓った。
 今がその時なのだ。

「こいつをブッ飛ばすぞ! あん時の貸りを返してやるッ!」
『Jawohi――!』

 頭上目掛けて振るわれた影のデバイスをグラーフアイゼンで横殴りにして、ヴィータは吼えた。
 デバイスを弾かれた事に、影は何ら動揺を見せなかった。彼はある種の完成された兵器と言っても良い。戦闘に不必要な感情はほとんどが消去されてしまっている。 防がれたのであれば次の手段をコンピュータのように計算し、演算し、実行に移す。どこまでも機械的な敵なのだ。
 それでも影のバランスを多少なりとも崩す事が出来た。その隙を突き、ヴィータは床を蹴る。余勢をそのままにして、短く華奢な脚とは思えない重い蹴りを影の 顔面に叩き込んだ。骨の髄まで響くような衝撃が返って来る。ヴィータは影の顔を蹴り上げ、大きく後退した。
 カートリッジロード。二回目のロードでマリー特注の白銀の弾丸が排出される。得られた魔力で射撃誘導弾シュワルベフリーゲンを八発生成。自身の魔力は身体機能 強化にすべて回す。
 蹴りのダメージから復旧した影が踏み込んで来た。以前の影はシグナムの戦闘技術を模範していたせいか、近接戦闘に固執していた。今回もそうなのだろう。

「シュワルベフリーゲン!」

 トリガーヴォイスの入力と同時に虚空に放った八発の鉄球を殴る。乱暴な手段で撃ち出された八発の弾丸は、精密な操作に従って影の顔面に殺到した。
 一発ならば物ともしなかっただろう。だが八発同時とはさすがの影の表面装甲も耐えられなかった。その場で急停止した影は、デバイスを振るってシュワルベフリーゲン を叩き落す。だがそれも巧く行かない。ヴィータとグラーフアイゼンの巧みな操作を受けたピンポン弾サイズの鉄球達は、苛烈なドッグファイトを行う音速戦闘機のように 散開し、あらゆる方向から影の顔面にぶつかって行く。さらに一発の鉄球が頭上の天井に衝突。大量の埃と残骸の雨を影へ降らせた。影は踏み止まるのを良しとせず、 床を弾いて後退する。

「鬼さんこちら――!」

 そこには、予め待ち受けていたように姿勢を整えたヴィータが居た。バットをフルスイングするようにラケーテンフォルムのグラーフアイゼンを振るう。削岩機となった ハンマーヘッドの切っ先は影のデバイスへ突き進み、接触。凄まじい騒音と派手な火花を撒き散らした。さながら鉄を溶接しているようだ。

「手の鳴る方へェッ!」

 削岩機のヘッドの逆に装備されている推進器が点火した。蒼白い光がノズルから伸び、爆発的な推進力で影のデバイスを削って行く。影が防御魔法陣を展開するが、 すでに削岩機の先端はデバイスに突き刺さっていた。

「行っけェェェェェェェッ!!!」

 さらにカートリッジをロード。稼動状況の芳しくないグラーフアイゼンには度が過ぎた過負荷か掛かるが、長年の相棒は文句一つ言わずにヴィータの無茶な要求を受け入れた。
 眩い閃光。鼓膜を殴る風の音。頬を掠めて行く何かの残骸。
 衝撃と共に腕に伝わって来る確かな手応えに、しかし、ヴィータは一欠片の油断もしていなかった。そろそろ動く。そう思ったのは勘だった。理屈でも何でも無い。
 槍の如く突き上げるような蹴りが来たのは、まさにその時だった。何か来ると予想していたとは言え、やはり速い。咄嗟に右に身を反らして回避。頬を浅く切り裂かれる。
 ヴィータは独楽のように回転して影から離脱した。もう数秒もあればデバイスを破壊する事も可能だったかもしれないが、深入りは良くない。この影はとにかく規格外なのだ。
 ヴィータが姿勢を立て直す前に影が床を蹴った。深く踏み込んで跳躍。頭上から削られたデバイスを逆手に持ち替え、猛禽類のように襲って来る。
 フェアーテを発動。強引に背後へ飛んで回避と同時に距離を保つ。
 影はすぐには追跡して来なかった。デバイスを下げて射撃魔法を無詠唱で発動させる。退路の無いヴィータは身を翻して防御魔法を行使。
 凄まじい衝撃と火花。集中豪雨の如き苛烈な弾幕。それらを食い破るようにヴィータは跳躍する。敵の射撃魔法はバリア干渉性能を持っていたらしく、ヴィータの 高出力の防御魔法を突破して来た。帽子が傷付き、騎士甲冑の上着が穴だらけになる。しかし、肌には達していない。

「なのはには負けるけど、これでも結構硬てぇーんだぁッ!」

 弾幕を乗り越え、さらに影の頭上を飛び越える。ボロボロの騎士甲冑の生地が飛び散る。
 影の背後数メートルの所で着地。振り向き様にグラーフアイゼンを一閃。ハンマーヘッドはラケーテンフォルムのままだ。
 影が反射的に反応した。デバイスの切っ先でグラーフアイゼンを迎え撃つ。
 ハンマーとデバイスが衝突した瞬間、ヴィータは推進器を点火させた。爆発的な推進力を瞬間的に得たグラーフアイゼンは影のデバイスを跳ね飛ばし、ヴィータを 高速回転させる。
 旋風を巻き上げて突っ込むヴィータを、影は正眼に構えたデバイスで斬り受ける。最初の一撃で破損していたデバイスは眩い火花を迸らせ、不気味な音を上げて 砕け始めた。
 勝利を確信しても良い。今はそこまで追い詰めている。だが第六感とも言える勘は未だに冴え渡り、好機とも言えるこの状況下で激しい警告音を鳴らして来る。
 いつでも離脱出来る準備を整えながら、ヴィータは攻勢を緩めない。
 変化は突然訪れた。折れそうになっていた影のデバイスが無数の節に分離したのだ。力の拮抗がまともに崩れた。一応は想定内であった為、ヴィータは 準備していたフェアーテを行使して、強引な姿勢のまま離脱する。

「どこまで人の戦術パクってんだよ!」

 蛇腹剣となった影のデバイスは、シグナムのレヴァンティンの中距離形態とも言えるシュランゲフォルムと瓜二つだった。分離している部分も殺傷力向上の為なのか、 歪な形をした刃に変形している。
 影は熟練した手捌きで蛇腹剣となったデバイスを振るった。明確な殺意を乗せた切っ先は、獲物に飛びかかろうとしている蛇そのものだ。
 右へ跳んで切っ先を回避。蛇腹剣は背後で方向転換をしてさらに襲って来る。これは左に転がって避ける。赤毛の一房が持って行かれた。
 蛇腹剣の猛襲は止まらない。壁や天井に深い溝を作りながら、猛獣を躾ける鞭のようにヴィータを追い回す。ヴィータは悔しげに歯噛みしながら床を転がり、跳躍を 繰り返して回避に没頭するしか出来なかった。限られた空間しかない通路では、もはや反則とも言える驚異的な中距離武装だった。
 完全な想定外の攻撃に、ヴィータは対策を練る暇も無い。

「好き勝手しやがって……! うわ!?」

 右脚に蛇腹剣が絡まる。解く暇は無かった。凄まじい力で床に叩き付けられる。右腹と肩に激痛。

「がぁ……!」

 さらに空中に放り出され、脚だけではなく身体そのものを縛り付けられた。騎士甲冑が切り裂かれる。華奢な少女の身体の至る所に黒い刃が容赦無く食い込んで行く。
 じわりじわりと来る苦痛にヴィータは堪えきれずに悲鳴を上げた。
 騎士甲冑の上着が引き裂かれ、二の腕が露になる。騎士甲冑はワンピースドレスのようになり、滴り落ちるヴィータの血を吸って立ち所にどす黒くなった。
 このままでは五秒も経たない内に肉塊となる。ヴィータは悲鳴を上げながら脱出案を思案するが、何も出てこなかった。

「ちく……しょぉ……!」

 考えろ。何かあるはずだ。ラケーテンフォルムのブースターで強引に離脱? だが退路が無い。なら全方位の防御魔法? 捕縛された状態では意味が無い。ギガント シュラークで玉砕? 嫌だ、はやてに会えなくなる。
 ヴィータに残された時間はもうほとんど無かった。身体を締め付けて来る激痛が増す。あまりの痛みに視界が白熱して頭が真っ白になった。
 それでも諦めない。鉄のような闘争心は死を前にしてさらに激しさを増していた。グラーフアイゼンもまだ手の内にある。長年の相棒もこちらの指示を待っている――!

「幼女虐待は重罪!」

 掠れていた耳に、少年の怒気を含んだ叫び声が届いた。視界には蛇腹剣を構えている影。その背後から、ロケットブースターのように推進剤を巻き上げて迫る アストラが見えた。
 突撃槍アンスウェラーが放たれる。彼の存在に気付いた影が際どい所で身を捩った。鋭い切っ先が影の脇を霞める。アストラは回避されてしまうのを予測していたのか、 迅速に動いた。魔力を凝縮した脚を鎌のように振るい、敵の後頭部を蹴り飛ばした。

「いってェッ!」

 転倒する影。苦悶の表情を浮かべながら、それでも突進を止めないアストラは賞賛するべきなのか。
 蛇腹剣の力が緩む。解放されて床に落下しようとするヴィータを、アストラがギリギリで抱き留めた。

「超痛てぇッ! マジヤバイ! 折れた折れた折れた!」
「……うるせぇ」

 見上げたアストラの顔は実に情けなかった。

「お前もさっきまでやかましい声上げてた癖に!」
「……うるせぇ」
「台詞に捻りをつけろ! ――!?」

 ヴィータを抱えたまま、アストラは綺麗な前回り受身を取って床を蹴った。その軌跡を影の蛇腹剣が貫き、床を破壊する。照明が甲高い破音を上げて破壊され、細かい 粒子のような破片をばら撒いた。
 踏鞴を踏むようにアストラが影へ向き直る。両腕でヴィータを抱えているのでアンスウェラーは保持用の鎖で腰に巻きつけられ、引き摺られるという些か締まらない 姿だった。

「……こいつがアレか? Sランク魔導師に匹敵するっつぅー化け物暴走体?」

 汗を流して不敵に問うアストラに、ヴィータはコクンと頷く。

「お前らこんなのよく倒したな? やっぱりデーモン高町は化け物だ。お、いいねぇデーモン高町。生きて会えたら泣いて謝るまで言ってやろう」
「……お前は逃げろよ。ここはあたし一人で充分だからさ」

 抱えるアストラの腕を振り払おうとするが、彼の膂力の前に巧く抜け出せない。

「ズタボロで何言ってやがる。てめぇは寝てな」
「んだと? お前だってズタボロじゃん」
「てめぇとは気合と根性が違うんだ」

 口論はそこで終わった。影の蛇腹剣が再び床を削って飛来する。アストラは慣れた動作でアンスウェラーを蹴り上げて蛇腹剣の切っ先を弾いた。二撃目が来る。 超重量の突撃槍型デバイスをリフティングのように爪先で操ってさらに防御。だが、そんなその場凌ぎの防御方法は三撃目で限界を迎えた。アストラは鎖とアンスウェラー を引き摺って後退を続ける。
 ヴィータの頬に赤い液体が落ちた。腕にも生暖かい嫌な感触がある。すべてアストラの血だった。 一時間以上一人で多くの暴走体と戦って来た彼の身体はもはや穴だらけだった。少しでも身体を動かせば、その度に血風のように赤い液体が舞った。

「お前……!」
「じいちゃんが言ってたんだよ! 餓鬼と女は守れってな!」
「バカかお前!? サッサと降ろ――!?」
「ちッ!」

 ヴィータが暴れてしまったのが引鉄だった。バランスを崩したアストラの左肩を蛇腹剣が貫く。噴水のように出血。ヴィータの顔面に人肌の血液が大量に降りかかる。
 悲鳴も呻きも無かった。眼を見開いて無言のまま激痛に耐えたアストラは、あろう事か蛇腹剣に噛み付いた。苦し紛れでも痛みで狂った訳でもない。それ以外に対処法が無かったのだ。
 呆けるヴィータを前にして、彼は肩を引き裂いて蛇腹剣を引き抜く。血塗れの刃を吐き捨てた所で両膝をついた。

「いやぁ〜。さすがに死ぬわこりゃ」
「お……おい!」

 呼びかけるヴィータの声は震えていた。自分が暴れたりしなければ――!
 動かなくなった二人を前に影は蛇腹剣を収めようとせず、激しくしならせた。鋭い音が鳴り、力を蓄えるように恐ろしい切断性能を秘めた鞭が竜巻のように唸る。
 ヴィータは怖くはなかった。恐怖を感じるゆとりも無かった。今はただ、死にそうな傷を負いながらも自分を守ろうと抱き締めてくれている血塗れの少年が気になった。

「ああ、くそ。そんな眼で見るな。まだ死んでねぇーよ。もう死ぬかもしれねぇーけど」

 諦めたような言葉だったが、アストラの瞳は影を睨んで離さない。ヴィータもそうだった。このまま黙って死を受け入れるつもりはない。魔力だってまだ残っているし、 戦う意思は健在だ。ただ身体が言う事を聞いてくれないのだ。
 悔しかった。我慢出来ずに泣きそうになる。鼻水も出て来た。吸い込むと顔に付いていたアストラの血まで吸い込んでしまって激しく咽てしまう。

「だせぇ」

 死が目前まで迫っている絶望的な状況下でも、少年はそう言って無邪気に笑った。
 アストラが立ち上がろうとする。ヴィータを背後に隠すようにアンスウェラーを構えようとしたが、左腕が切断寸前である為にほとんどまともに動けない。
 影は生きる死相の少年を嘲笑しなかった。元より彼らにそんな感情は存在しない。一握りの躊躇いもなく、影は蛇腹剣を放った。魔力も何も付随していない純粋な 斬撃だ。
 ヴィータは痛みで震える身体を酷使するが、思うように動かない。関節がバラバラになっているような感覚だった。
 黒い蛇腹剣の切っ先は高速で肉迫しているはずのなのに良く視認出来た。防御魔法でもあれば弾けるが、それが無い以上、並みの筋力しか残されていないアストラでは 防御不可能だ。鉄板どころか複合装甲すら容易にぶち抜く一閃なのだ。
 身体も動かない。もう逃げられない。
 ヴィータは情けなくはやてに助けを求めようともしなかった。でも死にたくはない――!

「その顔。あの紅の鉄騎とは思えんな」

 聞き慣れない声が呆れた感想を告げた。
 慌てて眼を開ける。視界が少し暗くなっていた。通路の照明は多くが破壊されていたが、それでも最低限の明かりはあった。それが暗くなっている。
 暗くしていたのは人影だった。アストラに背を向けて、彼の眼前に巨躯を誇る男が立っている。

「――レオン――提――督!?」

 アストラが愕然とした。
 巨躯の男――ディンゴ・レオンが肩越しに振り返る。彼はあろう事か素手で蛇腹剣を掴んでいた。アストラ以上にとてつもない非常識っぷりだった。

「ヴィータちゃん!」

 今度は聞き慣れた声。シャマルだ。ゆったりとした翠の騎士甲冑には返り血らしき赤い血痕が幾つも付着している。彼女は息も荒くヴィータとアストラに 駆け寄った。

「シャマル、お前は二人を連れて発令所まで後退だ。やれるか?」
「もちろんです。ここはお任せ出来ますか、ディンゴ」
「当然だとも」

 そう答えたディンゴの声は笑っていた。ヴィータの視点ではその表情までは分からなかったが、頬が僅かに歪んでいるように見えた。
 アストラがシャマルに肩を貸りて起き上がる。ヴィータよりも彼の方が遥かに重傷だった。何せ左腕が皮のみで身体に付いている状態だ。ヴィータは重い身体を 引き摺るようにしてアストラを支えた。
 通路の奥から数名の武装局員が駆けつけて来る。第二投入部隊、言わば本隊の到着だった。
 背後で凄まじい砲撃音がする。慌てて振り返ると、バリアジャケットを靡かせているディンゴが佇んでいた。その手には、真っ白い硝煙を吐き出している二メートルは あろう滑腔砲のようなデバイスが納められている。その姿は、もはや魔導師でも何でもない。鍛えられた屈強な兵士だった。

「半年ぶりの戦闘の相手がS級か。こちらの歳も考えて欲しいものだが――」

 彼は巨大なボルトのような操桿を掴むと、滑腔砲のようなデバイス――砲撃戦闘特化型ストレージデバイス、エイダを脇に抱えた。

「相手にとって不足はない」

 刹那、蛇腹剣を元のデバイスに戻した影が、地を這う獣のようにディンゴへ飛翔した。



 ☆



 まったく予想出来なかった二人の来訪者に、クロノはただただ茫然としていた。

「無事……だったのか……?」

 そう訊ねるのがやっとだった。

「ええ、まぁ。さっき気が付いた所なんですけど」

 車椅子に乗っているのはまだ自力で歩行が出来る程回復していないせいなのだろう。もしくは裂傷の痛みが残っているのか。言葉にされない事実が、短くなって しまっているプラチナブロンドの髪と共にクロノの胸を苛む。

「レティ提督」
「私が言い出した訳じゃないわ。ここに来る途中、車椅子を探してるすずかちゃんを見かけて、それでね」

 レティは肩を竦めて言った。
 被害妄想という程でもなかったが、クロノはレティが自分を責める為にこの少女達を連れて来たのだと思ってしまった。二人は言わばクロノの傷痕だ。眼を 背けたい事実だ。守らなければならなかった人達なのに守れなかった。彼女達は力も才能も無かった事を否応無しに痛感させてくれる生きた証人なのだ。

「すずかから大体の事は聞きました」

 言葉を選ぶようにしてアリサが口火を切る。クロノは耐え切れずに眼を逸らした。顔を伏せてシーツを握り締める。

「詳しく分からない部分も多いんですけど、まずはお礼が言いたくて来ました」
「……礼?」
「はい。あの時助けてくれて本当にありがとうございました」

 アリサは車椅子の上でペコリと頭を下げた。すずかも緊張した面持ちでアリサを倣う。

「あの時、クロノさんが来てくれなかったら私もすずかもきっと殺されてました」
「―――」
「お礼を言うのが遅くなってしまって申し訳なく思うんですけど……。本当にありがとうございます」

 甲斐甲斐しく頭を何度も下げるアリサはずっと笑顔だった。彼女が抱いている感謝の気持ちが真実だと言わしめている表情だ。その言葉に嘘も偽りも無い。
 クロノは見上げるようにアリサの顔を覗き込んだ。
 逡巡しながら問う。

「……どうして礼なんて言えるんだ?」
「え?」
「確かに君は助かったのかもしれない。でも死にかけるような大怪我をしたのは間違いないんだぞ? すずか、君もそうだ。どうして僕を責めない。友達が死ぬかも しれない傷を負った原因は僕にある」

 クロノは込み上げて来る感情を必死に押さえ込んでいた。腹に抱えた負の感情は、陰惨で薄暗く制止が効かない。少しでも気を抜けば怒鳴り散らしてしまいそうな のだ。フェイトを罵倒して拒絶した時のように。

「君達には僕を責める資格がある。権利がある。それをどうして――」
「うるさい馬鹿」

 最初は誰がそう言ったのか分からなかった。

「ア、アリサ……ちゃん?」
「すずかは黙ってて」

 親友を沈黙させたアリサの口調は、先程までの慎ましさのあった薄幸の少女のものではなかった。
 アリサは一度溜め息をつくと、尖ったような声で言った。

「面白くない顔よ、今のあんた」
「面白く、ない?」
「もう腹立つくらい。少なくとも、フェイトがベタ惚れしてた清ました顔じゃないわ」
「君は……」
「ちょっと黙って。今は私が話してるの。いい?」

 年長者に対する敬語も敬意も何も無い。
 快活で言いたい事を我慢せず、それでいて気取らずに口にする。彼女はそんな口調で一気にまくし立てた。

「資格だか権利だか知らないけど、私はあんたのお陰で死なずに済んだの。だから感謝してる。なのに何で恨まなきゃいけないの? ありがとう以外に何言うのよ。 もっと巧く助けられなかったのかって言えっての? いくら私でもそこまで傲慢じゃないわ。それとも私とすずかを馬鹿にしてるの? お礼言ってる人にそういう態度は 失礼よ」
「アリサちゃん、駄目だよそんな酷い事言っちゃ……!」
「何にウジウジしてるか知らないけど、面白くない上にらしくない顔してるんじゃないわよまったく」
「君に僕の何が……!」
「お決まり台詞に用は無いわ」

 本当に容赦の無いアリサに、レティすら驚きのあまりポカンと口を開けていた。

「全部知ってる訳じゃないけど、フェイトと何かあったんでしょ、あんた」

 強靭な理性で歯止めを受けていた感情が、紙に沁み込んで行く水のように溢れて来た。クロノはそれを何とか抑え付け、言葉を紡ぐ。

「……僕が……あの子を傷付けたんだ。いや、傷付けていたんだ。僕はあんな言葉を掛けてもらえるような出来た人間じゃない。僕は才能も力も無いただの弱い人間 なんだよ……!」
「……あの子さ、フェイト。学校でもあんたの事良く話してた」

 クロノもレティも見ずに、アリサは天井を見上げて独り言のように言った。

「あんたの話をする時のあの子、凄い嬉しそうでさ。私はその時の顔が好きだった。まぁ他人ののろけ話を延々聞かされるのは結構しんどかったけどね」

 昔に比べれば感情表現が随分と豊かになったフェイトだが、それでも他の子に比べれば控えめな方だ。我侭らしい我侭も全く口にしない。 疑う訳ではなかったが、クロノにはアリサの言葉が信じられなかった。

「……あの子は僕の事をどんな風に言っていたんだ……?」

 恐る恐る訊いてみる。

「人に無茶だって言う割には本人はもっと無茶してて、ワーカーホリックで人の心配も気にしない。凄く強いけど死ぬ程鈍感で、ずっと私の気持ちに気付いてくれない。 ま、他にもいっぱい言ってたわ」
「……そうか」

 愚痴のような言葉だったが、言われて気付くものだ。すべて的を射抜いている。
 アリサは苦笑した。

「でもね、いっつも”優しい”って言って勝手に熱上げてた」
「……僕が、優しい……?」
「ぶっきらぼうって言葉が付くらしいけどね」

 とても信じられなかった。

「あの子はあんたが好きだった」

 その事実に今まで気付いてやれず、そして殺そうとしてしまった自分。

「それなのにあんたは何してるの? 何被害者みたいな顔してるの?」
「……フェイトを追いかける資格なんて、僕には……!」
「だから、その資格とか権利とか何なの? 誰かを追いかけて助けたりするのに権利とか資格とか要るの?」

 アリサの言葉はどんな攻撃魔法よりも深くクロノの心に突き刺さった。彼が今までその身に刻んで来た痛みよりも、戒めとして残している背中の数多の傷痕よりも、 ずっとずっと遥かに痛かった。

「詳しくは知らないけど、フェイトがどこかに行っちゃったんでしょ? 原因はあんたにある。……違う?」

 本当に恐れ入る。今しがた目覚めたばかりという少女とは思えない。

「あの子を追いかけて止められるのはあんたしか居ないわ、クロノ・ハラオウン」
「僕しか、居ない?」
「私でもすずかでも駄目。はやてやシグナムさん達でも無理ね。なのはならもしかしたらと思うけど、難しいと思う。でもあんたなら簡単に出来るはずよ」
「―――」
「難しい理屈なんて要らないわ。権利とか資格とか、そんな悩む為にあるような言葉も要らない。必要なのは」

 アリサがびしりとクロノを指差す。

「あんたがあの子を追いかけたいかどうなのかって気持ちだけよ」

 何て気持ちの良い子だろう。クロノは素直に驚嘆していた。恐らくは何も知らないから言えるだろう言葉だ。レティのような嘲笑めいた叱責ではない。彼女は純粋に 思った通りの言葉をそのまま口にしているに過ぎない。だからこそ容赦が無く、それでいて簡潔なのだ。
 資格と権利。重い言葉だと思う。同時に便利な言葉だと思う。フェイトを追いかける勇気が無くて動けなかった自分には素晴らしく魅力的な言葉だった。
 どうしたい?
 僕は何をしたい?
 僕は何を望んでいる?
 表向きの言い訳がましい言葉を捨てる。見失った行動原理、これまで自分を支えて来た目標を思い出す。

”悲しい思いをする人を、こんなはずじゃない人生を歩く人を無くしたい。”

 かつてクロノがフェイトに言った言葉がある。

(君は一人でこの多次元世界の事件すべてを何とか出来ると思ってるのか?)

 彼女はその時こう答えた。

(……そんな事、思ってない。けど、大切な人だけでも守りたいよ……)

 自分にとって大切な人とは誰だ。一番守りたい人とは誰だ。
 唯一の肉親であるリンディか。
 一度は好意を抱いたなのはか。
 闇の書の罪と罰に潰されずに頑張っているはやてか。
 確かに三人共守って行きたいと思う。シグナム達やアルフも同様にそう思う。
 じゃあフェイトは?

「……大切な、人……」

 大切な人の為ならば死ぬ事も厭わないという少女。

「クロノさん。今あんたが一番守りたいって思う人は誰なの?」
「―――」
「一番悲しませたくない人は誰?」

 クロノは自分自身の矛盾に気付いた。フェイトには一人で多次元世界の全事件を解決するのは無理だと言いながらも、自分自身はその事件で傷付く人を、悲しむ 人を無くしたいと考え、それを目標にこれまで歩んで来た。理性では無理だと分かっていたが、それでもやりたいと、出来ると心の片隅で思っていた。
 それがどうだ。一番守りたい人間が分からず、悲しませたくない人間すらも分からず、好きだと言ってくれた少女一人追いかけられずに居る。
 何て情けない。何て格好の悪い。

「……僕が……守りたくて……悲しませたくない人は……!」

 自分一人の力なんて本当にちっぽけたものなのだ。フェイトやなのはにもそう言って来たし、努力のみでAAA+という一握りの中の一握りの高位魔導師となり、 四年以上管理局執務官として犯罪との戦いに明け暮れて来た自分自身が一番良く知っている事実だ。
 それなのに助けたいと願った。事件で家族を失い、こんなはずじゃない人生を歩く人を無くしたいと願った。一番守りたいと思う人すら不確定であやふやな自分がだ。
 滑稽にも程があった。確かに壮大で素晴らしい目標だろう。でも、一番守りたい人が分からない自分がそんな目標を掲げても意味が無い。それこそ本当に権利も資格も 無い。
 アリサはもう口を挟まない。すずかは不安そうに胸の前で指を組んでいる。レティは完全に傍観者に徹していた。

 何がしたいのか。――フェイトを追いかける。
 何を望むのか。――フェイトを守る。

 三人の視線を受けながら、クロノは言った。

「フェイトだ。僕はあの子を守りたい。一番守りたくて、一番悲しませたくない――!」

 淀みの無い声。
 凛とした眼差し。
 何よりも静かに、誰よりも強く断言した少年の横顔は、本来のクロノ・ハラオウンのものだった。
 言い訳ばかり考えていた陰鬱な感情は、心のどこを探してもどこにも無い。綺麗に消え去っていた。
 残されているのは、熱い感情。もどかしく、切なく、一刻も早く吐露してしまいたい想い。
 クロノはシーツを剥ぎ取った。不調を来たしているリンカーコアに鈍い痛みを感じたが、問題にはならなかった。

「ほんと、男ってのは世話が焼けるわ」
「アリサ、ありがとう……」
「いいわよ、別に」

 アリサはまだ不機嫌そうに唇を尖らせている。だが、ややあって、彼女はふっと肩の力を抜いた。

「……クロノさん。フェイトの事、好き?」

 好意。それは家族に抱く親密なそれではない。異性に対して持つ淡い感情だ。
 クロノは答えに窮した。
 異性に抱く好意がどんな感情なのかは分かる。事実、クロノは夜の桜台で、なのはが好きであると自覚した。だからこそ臨海公園での哀しいすれ違いは起こってしまったのだ。
 今もなのはが好きかと問われれば、クロノは分からないと答え、自信無く首を横に振るだろう。彼女に大きな傷を負わせてしまったのもある。喩えまともな思考能力 が残されていなかったとしても、臨海公園での一件は間違いなくクロノ自身の意思で行われた戦闘行為だった。
 だが、なのはへの気持ちが分からなくなってしまったのはそれだけでは決してない。
 好意という感情がまだ分からないのだ。明瞭としない。濃い霧の向こう側になるように、いくら手を伸ばしても届かない。掴み所の無い感情。儚い想い。
 だから、アリサの問いかけにはこんな答えしか返せなかった。

「好きなのかどうなのか、まだ分からない」

 でも、守りたいと思う。
 そして、もう悲しませたくないと思う。

「それを知る為にも、僕はあの子に会わなきゃいけない……!」

 素足のまま、クロノは床に立った。軽い眩暈がしたが、強靭な精神力で説き伏せる。
 ほのかな感情が身体の奥から込み上げて来る。それが何なのか、クロノにも分からない。ただ、それは身を焦がす程の暴力的な激情となって身体中を流れ始めた。
 もう刹那の時ですら足踏みをしていられない。フェイトを追いたい。その思いに少年の身体と心は支配される。

「ま、クロノさんにしては上出来な答えね」
「……本当に手厳しいな、君は」
「クロノさんがはっきりしないだけよ。……連れ戻した後、ちゃんと答えてあげてね、あの子の気持ちに」
「……ああ」

 その時、レティがすっとデュランダルを差し出して来た。
 その表情には病室に来た時のような軽蔑した冷たい感情は無かった。クロノが良く知る厳しくも優しい上司の顔だった。

「必要でしょう。S2Uは今修理中だからこれだけだけど、今のあなたにはこれ一つでも充分でしょう」

 しかしクロノは受け取る事に躊躇いを覚えていた。先程までの情けない理由ではない。

「レティ提督。減俸や謹慎のような軽い処分では済みませんよ」

 今のクロノは第二級特殊犯罪者だ。本来ならば意識が回復次第逮捕され、然るべき施設で精神鑑定や諸々の検査を受けた後に法廷で裁かれる歴然とした 犯罪者である。今のレティの行動は明らかな服務規程違反であり、さらに犯罪者逃走を手助けした重罪が付属される。
 レティはクロノの心配を微笑で受け流すと、壁のどこかに仕込まれたカメラを睨んで声を張り上げた。

「更迭だろうが降格だろうが何でも来いよ。それにこれは現場の臨時判断。ロイド卿も戦力増強の為に投獄中だったレオン提督を現場に向かわせたんだから。これぐらい アリでしょ?」
「レオン提督を……」
「シャマルが同伴してるから大丈夫だとは思うんだけどね。さぁ、あなたはサッサと行く!」

 背中を思い切り叩かれてよろめきつつ、クロノはデュランダルを受け取った。
 思えば二週間ぶり以上の再会だった。本来なら、あのSランクの暴走体と戦った日に手元に戻って来るはずだった。
 氷結の杖デュランダル。恩師が遺した破格の性能を秘める最新型ストレージデバイス。これを初めて手にした時、クロノは恩師の過ちを指摘し、それを 悟らせた時だった。
 それが今、自分の過ちを指摘して悟らせてもらった時にこうして手元に戻って来ている。
 何の因果なのか、それとも何かの必然なのか。
 だが、今はどうでも良い事だった。

「……こんなどうしようもない馬鹿がマスターだが、また力を貸してくれ。デュランダル」
『OK.boss』

 最低限の自己判断能力を有する人工知能が、バルディッシュ顔負けの淡白な電子音声を返す。
 レティが扉の施錠を解除して開放した。

「保安課の人間が動き出したら面倒だわ。早く行きなさい」

 クロノは力強く頷き、素足のまま駆け出した。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございました。
 前振り長いなぁ。またでしゃばってる感のあるアストラ君。何気にヴィータと絡みが多いのは…今はまだ秘密で。ディンゴ乱入ですがあまり目立たないかも。
 クロノがやっと復活。台詞で前向きになったクロノを書いた時、やっと肩が軽くなりました。
 SCのクロノは矛盾を含んでます。SCの前章とも言える短編集でフェイトに”次元世界の全事件解決は不可能だ”と言いながら、クロノ自身は事件で苦しみ、 悲しい思いをしている人を無くしたいと思って動いていました。その上一番守りたいと思う人が不明確。
 そんなウチのクロノもようやく守りたい人が見つかったというかな。これからクロノが静かに熱血して行く形になります。原型無いや…。
 では次回も。

 2006/11/14 改稿





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