魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.11 Meteor









 レイン・レンを逮捕する。

「なのはちゃん、あそこや」

 はやてが言った。鋭く引き締まった声だった。
 なのはは眼を細め、眼下に広がる夜の街に視線を走らせる。
 飛行高度はそれ程高い訳ではなかったが、現在のミッドチルダは半ば無人都市となっている。人の気配も無ければ、明かりらしい明かりも無い。眼が闇夜に慣れている とは言っても、これで人間一人を探すというのは砂浜で胡麻を探すのに等しい行為だ。

「居た」
「一人みたいやね」

 それでもなのはとはやては難無く目的の人物を発見した。
 小説に出て来る巨大な幻想獣が口を開けているような、そんな錯覚すら覚えてしまう暗闇の都市。その中にそびえ立つ一際大きいビル。その屋上に自然の物とは 思えない光がある。生物が呼吸をするように、その光は規則正しいリズムで明滅していた。その様相は警告灯にも見えた。

「行こう、はやてちゃん」

 なのはは高度を落とし、一直線にその光を目指した。はやてがその後を追って風を切る。

「レイジングハート、魔法は非殺傷設定。対物もキャンセルして」
『宜しいのですか?』

 即答するように問い返す相棒に、なのはは黙って頷く。

『レイン・レンの人間性を考慮すれば、間違いなく戦闘になります』

 黒い都市、黒いビルが見る見る内に近付いて来る。

『グラーフアイゼンから提供されたデータによれば、彼はミッドチルダ式の魔法系統に対して異常なまでの防御性能、耐久力を持っています。 専用デバイス、テンコマンドメンツが防御、補助に突出、最適化されている為と推察されます』
「相性は最悪やって訳やね」
『その通りです、夜天の王。大出力砲撃魔法ならば行動不能に陥れる事も可能でしょうが、彼の身体的能力を想定すると、詠唱はほぼ不可能です。ですから殺傷・対物 設定による攻撃魔法で――』
「駄目だよ、レイジングハート」

 なのははレイジングハートを強く握り締める。

『しかしそれでは』
「なのはちゃん!」

 はやてが叫んだ直後、爆音に近い銃声が木霊した。洞窟の残響のようにそれはなのはの耳朶を打つ。
 なのはを突き飛ばしたはやてが、数瞬で構築した防御魔法を展開する。現れたベルカ式の防御魔法陣を数発の弾丸が直撃した。火花が舞い、衝撃が魔法陣を 支えるはやてを襲う。
 なのはは思案を打ち消した。そのまま思考を魔法戦闘へ移行させる。度重なる実戦と訓練で培った感覚は、眠りに落ちるように十歳の無垢な少女をAAAクラスの 魔導師へ作り変えた。
 カートリッジをロードして、圧縮魔力を獲得。レイジングハートの魔力回路に乱暴に装填して操作。使用魔法はアクセルシューター。生成砲弾数は――。

「レイジングハート。私の魔法は、苦しんでる誰かを――泣いている誰かを笑顔にする為にあるの」
『―――』
「皆の笑顔を守る為にあるの」

 生成砲弾数は全部で二十四発。通常時の倍近い量の魔力で生成されたディバインスフィアは紫電を身に纏い、現実空間に顕現、保持される。

「だから……避けられるのなら、私は殺傷設定にはしない」
『―――』
「ユーノ君とレイジングハートがくれた魔法で、誰かを傷付けたくない」
『――Master.』
「我侭で身勝手で、偽善って言われるかもしれない。レイジングハートにも凄い負担掛けちゃうかもしれない。だけど……!」

 アクセルシューターの術式を構築し、展開。総勢二十四発ものディバインスフィアが輝きを増した。

「これだけは貫かせてッ!」

 なのははレイジングハートを横薙ぎにして、二十四発のディバインスフィアに解放を命ずる。
 砲撃音が鳴る。耳にではなく、大気を震わせる重低音だ。その轟音を引き連れて円状に散開した砲弾は、警告灯のような魔法光を発しているビルの屋上へと殺到する。

「はやてちゃん!」

 痺れているのか、はやては防御魔法を支えていた腕を振りながら答える。

「大丈夫や! 行くでッ!」

 はやてが宙を蹴る。なのははアクセルシューターの弾道操作を行いながら彼女に続く。
 二十四発ものシューターを一斉操作する事は今のなのはでは不可能だ。限界は精々十六発。だからなのははその十六発に全神経を集中させる。あの時クロノに教わった ように。
 残された八発の砲弾を操作するのはレイジングハートだ。撹乱と牽制を兼ねた八発は主要十六発とは違う軌道を描き、目標人物へ突き進む。
 ビルの屋上は広大だった。大人数が参加出来る球技でも、それなりに余裕を持って実施出来る広い空間が確保されている。この社員の遊戯用なのか、貯水タンクを 備えた壁にはバスケットゴールが何個か付けられていた。
 そんな屋上の中心に、その男は白衣を着たまま佇んでいた。

「こんな深夜に遥々ゥ! よぉーこそぉッ!」

 都市にあるはずの無秩序な喧騒が無い今、白衣の男の狂った歓迎の声は良く通った。
 はやては顔を顰め、そしてきつく男を睨み付けて屋上に着地する。
 なのはは何も答えずに宙で停止。アクセルシューターの砲弾加速のキーワードヴォイスを入力した。

「アクセルッ!」

 なのはの精巧な操作が主要十六発の砲弾を加速させる。レイジングハートもそれを倣う。彼女の操作が予備八発に激しいバレルロールを起こさせ、なのはが操る 十六発を導く。
 より鋭利に。より力強く。より容赦無く。合計二十四発の砲弾は白衣の男に肉迫した。

「桜餅ですかそれはぁッ!?」

 男は疾風を思わせる身のこなしで初撃を回避。側転をしながら懐から巨大なハンドガンを引き抜いて発砲。砲弾が絶叫を上げて粉砕された。
 なのはは素早く六発を男の背後に回らせる。
 だが、男は極々自然に背後からの六発を蹴り砕いて迎撃した。鋭いマニューバを残して飛翔していた砲弾が桜色の魔法光を撒き散らして霧散する。
 壊れた硝子が降り注ぐような幻想的光景。それを目の当たりにして、なのはとはやてはほぼ同時に動いた。
 なのはは残された砲弾すべてを絨毯爆撃のように頭上から男へ放出。
 はやては射撃魔法ブラッディダガーを高速詠唱。トリガーヴォイスを呟くように入力して制御解放する。
 男は舞台でも踏むようにゆったりとした動作で床を蹴ると、纏っていた白衣を翻した。淀みの無い真っ白な衣服に砲弾が次々と命中する。 自動車事故のような雑音が起こる。硝子が割れる音が続く。

「――!?」

 はやてが行使した射撃魔法が追い討ちを掛けた。数十発もの赤い短刀が視認不可能とも言える飛翔速度で白衣の男を直撃する。
 直撃。爆音。黒煙。
 なのはが着地した。はやての側に駆け寄り、レイジングハートを構える。
 はやてはシュベルトクロイツver13を振り翳す。仕込まれた操桿をボルトアクションで操作。内蔵されている二種類の魔力回路を汎用性に富むミッドに切り替える。
 強い夜風が黒煙を攫って行く。

「いやぁ〜。さすがに効きました」
「……そういう割にはヘラヘラしとるね、あんた」

 煤で汚れた頬を歪に歪め、白衣の男は立っていた。傷らしい傷はどこにもない。純粋な魔力ダメージ設定による攻撃であった為に当然と言えば当然の結果だが、 かと言って顔色に変化は見られない。さらに悄然とした様子も無い。
 男は煤を払って綺麗にすると、にっこりと笑った。

「しかし、いきなり何の勧告も無しに射撃魔法ですか?」
「こっちはいきなり銃撃されたわ。正当防衛や」

 男は大袈裟に肩を竦めた。

「敵意剥き出しですね、可愛げの無い。最後の夜天の主は礼儀も知らないのですか?」
「あんたに可愛く思われとうない。掛ける礼儀も持ち合わせてへん」
「紅の鉄騎と同じ事を言いますねぇ。あ。あの子はどうしてます? まぁプログラムですからあれぐらいボッコボコにしても問題無いでしょうけどねぇッ! お嫁の 貰い手もありませんかぁッ!?」
「っ……!!!」

 はやては俯くと、シュベルトクロイツを左手に持ち替えて操桿を思い切り薙ぎ倒した。感情に物を言わせた乱暴な操作が魔力回路をベルカ式に変更させる。
 空いた右手は握り拳となる。爪が食い込む程強く握られた拳は僅かに震えた。

「レンさん」

 怒りに耐えるはやてに代わって、なのはが口を開き、男の名を口にした。

「はい、何でしょうか、エゴイスト高町」

 邪気を含まない人懐っこい笑顔から放たれた言葉は、痛烈な嫌味と一度は己が信念に疑問を含んでいた。
 だが、なのはは揺れない。眼は逸らされる事無く白衣の男の瞳を見つめ、細い手は震えずにレイジングハートを構えている。咄嗟の防衛用に密かに構築されている攻撃、 防御の両術式にも綻びは生まれない。屹立する巨大な壁のように、決して壊れない鉄のように、なのはは男と対峙していた。

「あなたを逮捕します」

 凛とした表情から告げられた言葉に、男は首を傾げた。

「どうせ僕は死刑でしょう? ならここで殺せばどうですか?」
「それを決めるのは私じゃありません。時空管理局が定めた法です」
「おやおや。エゴイスト高町は今度は忠実な法の番犬に変貌ですか? 恐れ入りますまったく」
「現在暴走しているデバイスの停止手段を教えて下さい」
「……面白くない反応ですねぇ、エゴイスト高町」

 男は提げていた巨大な回転弾倉型のハンドガンの再装填作業を始める。スイングアウトをしてシリンダーから滑り落ちた金色の大型空薬莢が清音を立てて床を打った。

「教えて下さい」
「嫌です」

 その返答に、なのはは落胆を覚えない。予想していた通りの反応なのだ。ここで素直に言うような相手なら、こんな最悪の状況にはならない。

「エゴイスト高町」
「それ以上アホな事ぬかすなぁぁぁぁぁッ!!!」

 疾走の為に踏み込んだ脚が床を砕く。アスファルトが陥没して破片を撒き散らかした。残骸を背にしたはやてが拳を引き絞り、男の顔面目掛けて放つ。
 レンの対処は軽いものだった。涼しげな顔で防御魔法を構築して、はやての拳を受け止める。

「闇の書の意思が遺した近接魔法も、今のあなたでは宝の持ち腐れですねぇ、夜天の主。いや――クロノ君から父君を奪ったロストロギアの主」
「―――!」
「闇の書事件の遺族の下を回ってどうするんです? それであなたの罪と罰が消えるとでも思っているのですか?」
「そんな事思ってない……!」
「なら何です? 自己満足ですか?」

 男の防壁は堅牢だった。魔力をどれだけ叩き込んでも突破出来ない。はやてが巧く近接魔法を行使出来ていないというのも原因の一つではある。
 ぶつけている拳のグローブが千切れた。床を踏み締めている脚が震える。膝が笑う。それでもはやては男の防壁に突き立てた拳を解放しようとはしない。

「何度断られたか分からへん!」

 なのはは、はやてが春先に起こった事件以降、過去の闇の書事件で家族を失った遺族の下を訪れているのを知っていた。

「怒鳴られた事だって何回もあった!」

 それがどれだけ辛い事か。

「死ねって言われた!」

 遺族に会ったという翌日、決まってはやての眼は赤かった。

「石だって投げられた!」

 なのははシグナム達と同様に、そんな彼女を見守るぐらいしか出来なかった。

「戦って、足掻いて、苦しみ抜く! シグナム達を守って、守られて、闇の書の……リインフォースの罪と罰と一緒に生きて行く!  その為にはどうしても遺族の人達んとこを行かなあかへんかったんやぁッ!」

 彼女が決めた生き方なのだから。
 男の顔に黒い感情が浮かんだ。それは純粋な苛立ちだ。陰惨で薄暗く、発散する方向の無い子供じみた感情だった。
 直後、はやての拳が防壁を打ち抜いた。阻む物を粉砕した小さな拳がレンの頬を捉える。秘められていた魔力が即座に衝撃力に変換され、男の長躯をボーリング 球のように打ち出す。コンクリートの床を横転した男はそのままフェンスにまで転がり、背中をぶつけて項垂れるように停止した。

「これはヴィータの分や。とっときッ!」

 右手を振りながら吐き捨てるはやて。

「レンさん。私は確かに自分勝手かもしれません」

 肩を怒らせるはやての側で脚を止めて、なのはは静かに言った。

「でも、私は私の選択に後悔しません。絶対にしません。喩えエゴイストって言われても、私がフェイトちゃんと友達になりたいって思った気持ちは本当だから」

 レンは歪んだフェンスから立ち上がろうとしない。

「フェイトちゃんの辛さ、悲しさ、苦しさをはんぶんこにして、分け合って、一緒に笑いたいって心から思いました。フェイトちゃんの本当の笑顔が見たいって、私は あの時心から思いました」
「……それがエゴイストだと言うのですよぉ……!」

 乱れた銀髪が男の顔を覆う。

「自分の思いを貫くのと、自分勝手に振舞うのは違います」

 なのは自身、この言葉の意味をまだ巧く理解はしていない。ただ、言葉には表現出来ないものの、おぼろげだが分かりつつもあった。
 自分の思いを、意思を貫くというのはとても大変な事だ。そこにはどうしようもない痛みがあるだろう。逃げ出してしまいたい苦しみがあるだろう。 眼を背けたい悲しみがあるだろう。事実、PT事件の時になのははそれらすべてを味わった。
 対して、自分勝手に振舞うというのは楽なのだ。貫くべき意志も感情も思いも無く、周りに対しても自分自身に対しても恣意的に動き、考え、暫定的な物の見方しか 出来ない。

「私は私の意志を貫きます」

 レイジングハートにカートリッジロードを指示。撃発音が鳴り、空薬莢が排出される。

「ユーノ君とレイジングハートがくれたこの魔法の力で、苦しんでる人を笑顔にします。そして、一緒に笑い合いたいと思います」

 男は眼を見開いて口をポカンを開けていた。信じられない者を見るというよりも、始めて眼にした新種の生物でも見るような呆けた眼差しだった。
 なのははその瞳を見続けている。宣言した言葉を現すように。持ち合わせている強い意志と頑固さを持って。
 身体をフェンスから引き摺り出そうともせず、男は延々となのはとはやてを静観し続ける。
 見詰め合うだけの長い長い沈黙。その後に男が言った。

「小難しい理屈捏ねるなよ餓鬼」

 炎のようにゆらりと立ち上がった男は、テンコマンドメンツを手放した。左手の側で浮遊させ、代わりに腰の裏から小型のサブマシンガンを抜く。再装填作業を 終えていたハンドガンは懐に仕舞われ、暴力的なイメージを秘める黒い大型ショットガンが白衣から現れた。
 男は口でサブマシンガンの撃鉄となっているボルトを引き、初弾を薬室内部へ装填する。ショットガンの安全装置を親指を弾いて解除した。片手射撃用の ストックを展開して二の腕に固定する。すでに初弾は装填済みなのか、装填作業は省かれた。
 二つの銃口がなのはとはやてに突き付けられる。

「このクソ偽善者どもが。お前ら本当に十歳か? 学校じゃどんな教育してるんだ、嗚呼?」

 はやてが不敵に笑う。

「生憎、私は学校にはまだ行ってへんのや。近い内復学予定やけど」

 なのはは足元に魔法陣を描く。

「レイン・レンさん。デバイス暴走事件の首謀者として、あなたを逮捕します」

 その返答は銃撃だった。



 ☆



 期待していた訳ではないが、歓迎は予想していたよりも苛烈なものだった。
 多くの武装局員が傷付いた身体を壁に寄りかかって休めていた。床には意識を失って横たわっている者も居る。
 転送ポートから飛び出したクロノ達を乗せた大型二輪駆動車――セイクリッドデスは、速度を落とさずに室内を駆け抜けた。数人が転がるように壁際に避難する。 そんな様子を一顧だにせず、クロノはスロットルを全開にして重い車体を出入り口に向けた。
 段差を蹴り上げて通路に進出。重いエンジン音を響かせて野戦病院のような部屋を飛び出す。

「酷いな、これは」

 片脚をタラップに乗せ、クロノの肩を掴んで乗車しているシグナムが呟く。
 戦闘の後だろう。通路は竜巻にでも襲われたかのような酷い様相だった。防火隔壁が降ろされてはいるが、暴走体の理不尽な攻撃力の前では紙同然だ。
 クロノはユーノからデュランダルを取り上げると、格納ハッチを開放して中に納めた。モーターが駆動してハッチが閉鎖する。デュランダルの備蓄魔力を得た セイクリッドデスは大量の排気ガスと魔力残滓をマフラーから吐き出して加速する。

「デュランダル、フェイトとバルディッシュの反応を探してくれ」
『Give me three minute.』
「一分だ」
『OK boss.』

 どこかに装備されているのか、外部スピーカーからデュランダルの淡白な電子音声が返って来た。

「リンディさん達大丈夫かな」
「……大丈夫じゃないだろう」

 不安そうに呟くユーノに、クロノは押し殺したような声で言った。
 本局ではリンディが保安課に投降している頃だろう。マリーは拘束され、レティは上層部に出頭するという形を取っているはずだ。
 彼女達が起こした行動はほとんど反逆罪だ。第二級特殊犯罪者として逮捕、治療を受けていたクロノの逃亡を手助けした。クロノはすでに犯罪者だが、それに諸々の 罪が上乗せされる事になる。ユーノやシグナムもリンディ達と同罪だ。無限書庫司書、特別捜査官の解雇も余裕で視野に入ると見てまず間違いない。
 これもそれも、全部自分が招いた事態だ。クロノは舌打ちをしてハンドルグリップを乱暴に小突く。

「クロノ執務官。腹を立てている暇があるのなら急いで下さい。この状況、尋常ではありません」
「分かってる。……それとシグナム、僕はもう執務官じゃない。呼び捨てにしてくれ」

 車体を倒して通路を曲がる。立ち乗り状態のシグナムの眼の鼻の先を通路の壁が行く。

「この事件が終わった後、私と全力で試合をしてくれるのなら考えます」
「全力で試合?」
「そうです。殺し合いではなく、ただの純粋な技術のせめぎ合いを行いたい」
「……君をそんな身体にしたのは僕だぞ?」

 クロノは肩越しにシグナムの包帯だらけの身体を見る。動き回ったせいか、所々で解れた包帯が旗か何かのように風に靡いていた。

「ああしたかったのはあなたの意思ですか?」
「……違う」
「高町やスクライア、テスタロッサを殺そうとしたのはあなたの意思ですか?」
「違う!」

 悲壮。劣等。切望。嫉妬。
 沢山の暗い感情。それらに押し潰され、そして身を任せた結果に起こった出来事。どれだけ否定しても、あれはクロノが自らの意思でやった事なのだ。 自らが進んで犯した過ちだ。何かもがどうでも良くなり、自暴自棄になり、狂想に取り憑かれて起こしてしまった悲しい事件だ。どう足掻いても、どれだ け謝罪しても赦されない罪であろう。それはクロノ自身が誰よりも自覚している。
 フェイトを追う事が罪の清算になるとは考えていない。そもそも、どうやれば自分が犯した罪を償えるのかも分からない。今はただ、誰よりも一番傷付けた少女を 追う以外に何も考えられなかった。

「クロノ執務官」

 シグナムが改めて言った。風の音にも負けない力強い声音だ。

「あなたは取り返しのつかない罪を犯したと思っているようだが、それは違う。あなたの罪は清算出来る。償い方など如何様にも存在する」
「………」
「これは受け売りですが、過去の罪に囚われていては、始まっていないこれからが見えなくなります。あなたの先は、未来はこれからのはずだ。違いますか?」

 その言葉にクロノは聞き覚えがあった。ふと見上げたシグナムの口辺には、皮肉げな微笑みが浮かんでいる。
 誰からの受け売りか、改めて思案する事も無かった。それは春先に起こった八神はやて殺害未遂事件の後、クライド・ハラオウンの殉職の原因は自分達にあると 謝罪をするシグナムに、クロノが告げた言葉だったのだ。

「テスタロッサがそうだったように、私もあなたが好きだ。主はやても、ヴィータ達も、高町も、スクライアも、皆あなたが好きだ」
「―――」
「償い方は幾らでもあります。すべてが終わった後、じっくり考えればいい」
「……シグナム……」
「答えをお聞きしたい、クロノ。この事件が終わった後、私と全力の試合をしていただけますか?」

 不意にクロノは気付いた。
 シグナムはこの一週間あまりでクロノが犯した罪をすべて赦し、そして、罪の償いをした後もちゃんと自分達の側に居ろと言葉を変えて言っているのだ。
 身も心も騎士であり、クロノ同様に言葉足らずで不器用な彼女らしい。

「……ああ、やろう。時間が掛かるかもしれないが、必ず」
「その時は加減はしませんよ?」
「望む所だ。魔力容量に依存しない魔法戦闘を見せてやるさ」

 あんな魔力に物言わせた無駄だらけの戦闘はしない。攻撃力の差を跳ね退け、見事勝利してみせよう。クロノは無言のまま、微笑みでそう語り掛けた。
 シグナムが柔和な笑みを浮かべた。

「その言葉、決して忘れないように」
「ああ、楽しみにしていて――」

 そこでクロノの言葉は止まった。
 セイクリッドデスの針路を塞ぐようにして、武装局員が一人佇んでいた。利き腕には黒い何かが握り締められている。いや、利き腕がその黒い何かに拘束されている――!

「クロノ!」

 黙って二人の会話に耳を傾けていたユーノが叫んだ瞬間、武装局員に寄生した暴走デバイスが迎撃体勢を執った。デバイスをこちらに向け、一拍の間の後、射撃魔法を発動。
 クロノは素早くハンドルグリップを切る。ステップを蹴り弾いてギアをチェンジ。セイクリッドデスは防弾、耐魔に優れた無骨なタイヤを地面に噛ませ、車体を 左右へ振り回した。すぐ側で着弾。耳元で風が裂かれる鋭い音。同時にクロノは頬に小さな痛みを覚えた。どうやら掠ったらしい。

「逃げ道が無いな」
「どうするの!?」

 他人事のように呟くシグナムに、ユーノが思わず噛み付いた。
 どうするのか。選択肢を改めて吟味する必要は無かった。

「決まってる」

 自分には止まっている時間が無い。ならば執るべき行動、起こすべきアクションはすでに可決されている。
 次の射線を車体を振ってやり過ごしたクロノは、車体を壁へと走らせた。フルオート射撃のような魔法弾の集中砲火が紙一重で追い縋って来る。破壊された壁の 建材が視界内で激しく踊り回った。

「二人とも、捕まってろ!」

 針路上の壁には、破壊された天井の残骸が小さな山を築いていた。セイクリッドデスの無骨なタイヤを乗り上げるようには丁度良い大きさだ。
 クロノの躊躇も逡巡も無い運転は、その小山から大型二輪駆動車を壁へ駆け上がらせた。

「うあぁぁぁぁッ!」

 タンデムシートから落ちそうになるユーノを、シグナムがその首根っこを掴んで救出する。
 排気音とエンジン音が一斉に濃さを増し、重く巨大なセイクリッドデスはそれが嘘のように壁を猛然と走り抜けて行く。
 その軌跡を魔法光が貫く。穿たれる壁。砕かれるコンクリート。だがセイクリッドデスを捉えるには暴走体の動きは緩慢過ぎた。
 暴走体が目前にまで迫る――!

「シグナムッ!」
「応ッ!」

 ユーノを乱暴に車体に押し付けたシグナムは、不敵な微笑みを口辺に浮かべて跳んだ。身体を丸め、暴走体の射撃魔法の真っ只中へ突入。落下の余勢を使った短い 滑空で暴走体との距離を零に近付けた。
 こめかみに敵射撃魔法を掠めつつ、鳥が羽ばたくようにして身体を広げ、レヴァンティンを暴走体のデバイスへ一閃。

「その程度では私はおろか、今のクロノは絶対に止められんぞ」

 片刃の刀身は薄暗い通路に三日月を刻み、一刀の下に暴走デバイスを両断した。
 セイクリッドデスの車体が驚異的なバランス感覚の下で通路の床に下りる。踏み台も何も無かったので衝撃が直に来た。クロノは暴れるハンドルグリップを器用に 捌き、車体を安定させる。

「ユーノ!」
「分かってる!」

 言われるよりも早く、ユーノは拘束魔法を構築していた。翳された掌の先で魔法陣が生まれ、そこから魔力で編み上げられた鎖が放出。膝を折るように着地していた シグナムに伸びて行く。シグナムは素早く飛行魔法を発動させると、チェーンバインドを掴み、パラグライダーを行う要領で飛翔した。

「クロノ! 滅茶苦茶だよこれ!」
「以前フェイトとアルフが読んでいた漫画でやっていたんだ。現実で出来るとは思わなかった」
「思わなかったって……! ぶっつけ本番で!?」
「そもそも僕はバイクの運転そのものの経験がほとんど無い。今更何を言ってるんだ」

 その折、セイクリッドデスのスピーカーを介してデュランダルから報告が入る。

『検索対象の反応を確認。南東、距離約千八百メートル』
「きっかり一分。上出来だ、デュランダル」
『Thank you boss.』

 牽引されるように背後を飛行していたシグナムが傍らに来る。

「クロノ、突破と同時に私は主はやてとヴィータ達の援護に回ります。テスタロッサを頼みます」
「ああ、こちらは任せた」
「僕もだよ。なのはが心配だ」

 クロノは小さく苦笑を浮かべ、肩越しにユーノの顔を覗く。

「君の方が心配だが、なのはを頼む」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ」

 仏頂面で、ユーノ。
 クロノは苦笑を強めた。ユーノとは数日前にも同じようなやりとりをしていた。可笑しいと思わずにはいられなかった。

「君とはこういう会話が多いな」
「同感だね」

 その憎まれ口が心地良く、そして心強い。
 入り組んでいる通路が徐々に空間を広げて行く。正面のエントランスホールが近付いている。
 最初の一戦以降、暴走体と遭遇する事は無かった。ほとんどが鎮圧、駆除されているのだろう。通路を進むに連れ、外で行われている大規模な魔法戦闘の騒音が 近付いて来た。重い砲撃音はすでに音ではなく、ただの振動となってクロノ達に伝わって来る。武装局員と思われる怒号や悲鳴すら耳に届いた。
 心が急く。生まれた小さな焦燥が心臓が心拍を刻む度に大きくなって行く。だが、そこに苛立ちは沸いては来ない。何故ならば――。

「突破口は私が作ります。クロノ、あなたは形振り構わずに行って下さい」
「クロノ、絶対に止まるなよ!」

 傷だらけになりながら、裏切られながら、それでもこうして側で支え、共に戦い、背中を押してくれる友が居るのだから。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございました。
 ちなみにクロノが言っていた”フェイトとアルフが読んでいた漫画”は、皆川亮二のD−LIVEです。何で小学生があんな漫画読んでいたかと言うのは謎ですが。
 ほとんど運転経験の無いクロノが千五百ccのバイクを簡単に乗りこなした上に無茶苦茶やってますが、これはこれ。小説ならではのハッタリです。無茶上等です。 主人公が大型バイク乗り回すのに燃えます。
 ”罪と罰”の要素が結構絡んで来ています。ご存知ない方はそちらもどうぞ。
 次回はなのは&はやてvsレンですが、ちょっと遊び要素入れてます。
 では次回も。

 2006/11/13 改稿




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