魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.11 Meteor









 約二キロメートルの道のりを歩く。
 大人の脚なら容易に走破出来てしまう距離だろう。歩く道がしっかりと舗装され、明け方が近いという時間帯でも、街灯さえ灯っていれば足元にも困らない。
 そんな道も、今のフェイトには果ての無い荒道に思えた。魔力も体力も枯渇している彼女はただの十歳の少女でしかないのだ。加えて数日間まともに食事を摂らず、 睡眠らしい睡眠も摂らずに過ごして来た。その反動が、舗装された道路を歩いているだけで身体に如実に現れている。
 一定間隔で屹立している街灯や道路標識の下を何度も何度も潜り、フェイトは黙然と歩く。
 二週間近くもの間、ミッドチルダを水浸しにしていた雨雲は沈黙していた。先程まで健気な抵抗を示していた小雨も今は止んでいるが、空は相変わらず黒い雨雲によって 支配され、鬱蒼とした空模様を呈している。
 星も月も何も見えない黒い空。
 一歩脚を進めると、濡れたアスファルトがべちゃりと嫌な音を立てる。それを聞く度にフェイトは身体が重くなって行くのを感じた。極限の疲労感と倦怠感が身体と 頭を苛み、気を抜けばその場で倒れてしまいそうだった。デバイスフォームのバルディッシュがとてつもなく重かった。
 疎開と避難勧告の影響で車一つ走っていない幹線道路は冷え切っている。夏を前にした雨季とは思えない程に気温は低い。肌寒いワンピースという衣服が それに拍車を掛けて来る。こんな所に長時間居れば、喩え健康体の人間でも思考は巧く回らなくなり、身体は思うように動いてくれなくなるだろう。
 そんな劣悪な環境化でも、フェイトは歩むのを止めない。気を緩めれば眠ってしまう程の強烈な眠気に襲われているはずの瞳は、瞼が半分近く閉じているものの、 ただ前だけを見ていた。あちこちに包帯を巻いている身体は震える程に体感温度を下げているというのに微動だにしない。悴んだ指は冷たいバルディッシュの柄を握り締めて 離さない。
 赤い靴を履いた脚は何度も縺れそうになるが、しかし、前進を止めようとしなかった。休憩を取ろうともしなかった。
 目的の場所が確実に近付いているのだから。
 ふと脚を止めた。身体がどれだけ休めと言っても止めなかった脚を止めた。
 視線を上へ移す。見上げた先には真っ黒い空を背後に従えた一際大きなビルがあった。
 ここが目的の場所。正確に言えば、求めている人物が居るだろう場所だ。
 何の音も聞こえない痛い程の沈黙の中、フェイトの耳に微かな音が聞こえた。聞き慣れない遠い音。記憶を掘り起こすと、それが銃声である事を悟った。

「!?」

 反射的にフェイトは身構える。銃声と認識した音がそうさせたのではない。何かが来る、そう感じたのだ。
 その刹那、静寂だった空気が唐突に発生した爆音で打ち破られた。寺院の鐘すら想像させる、一切合財を破壊するような気持ちの良い程の騒音だった。
 釘付けとなった視線の先――ビルの屋上で何かが光る。それと共に現れた翼にフェイトは呟いた。

「なのは?」

 今まで何度も見た。力強く羽ばたく桜の翼。それは巨大なビルの屋上からもはっきりと見えた。
 鷹の如き雄々しき羽ばたき。戦慄すら覚える莫大な魔力量。それは消えるように集束したかと思えば、水平線から昇る朝日のように強烈な閃光を生んだ。
 斜上方角へ発射された魔力砲は目標を失い、遥か暗雲の夜空へ駆け抜けて行く。勢いは全く衰えない。それどころか砲撃そのものは加速を続けているようにさえ見えた。
 フェイトは大気の震えを確かに聞いた。生物ではなく、世界が鳴いているような錯覚を覚えてしまう程のものだった。
 乱層雲を直撃した親友の砲撃魔法は、次の瞬間に飛散した。濃密な高純度の魔力が閃光となって弾け、雲に渦を作って霧散させた。空洞の如き巨大な穴が 渦を作り、梅雨払いでもされたかのように広がって行く。
 そうして見えたのは、見事なまでの星の海だった。

「―――」

 束の間、フェイトは言葉を失った。
 空は一部だけが切り取られていた。その奥には燦然と輝く星がどこまでも広がっている。自由奔放に散りばめられている星々はそれぞれ固有の輝きを放ち、 確かにそこにあった。
 日の出が刻々と近付いている影響か、星の背後は完全な夜空ではなかった。白い絵具を滲ませたように薄っすらとした白みを帯びている。
 フェイトは無意識に腕時計を見る。アンティーク品のようなデザインの古めかしい時計の針は五時半を示していた。
 間もなく夜が明ける。

「なのはが……戦ってる……」

 雲を払い除けたのは、紛れも無い親友の魔法。しかも手加減の無い最大出力仕様の砲撃だった。
 改めて思案するまでもなかった。
 なのはが戦っている。
 すべての元凶たる狂った科学者と。
 クロノを苦しませた男と、今なのはが戦っている。
 フェイトは走った。星空はすでに視界にも思考の中にも入ってはこない。
 滑り易いアルファルトに苦戦を強いられる。何度も転びそうになりながら、それでも走った。
 ビルが近付く。
 すぐそこまで。
 切り取られた星空の下で屹立する大きなビル。屋上の四方には赤い警告灯が明滅している。
 幹線道路はそのビルを避けるようにして湾曲して伸びていた。
 隣接出来る限界まで走ったフェイトは、リンカーコアに負荷を掛けて魔力を捻り出し、それを糧として飛行魔法を行使した。
 胸を握り潰されるような鈍痛。喉の奥で悲鳴を堪えて飛翔した。冷たい大気を貫き、長い金髪を従えてビルの壁面を駆け上る。途中で加速を得る為に何度もビルを蹴った。 微々たる程度だが速力は上がり、数十階立てという高層ビルを這うようにして昇った。



 ☆



 エクセリオンバスターACS。如何なる困難、如何なる障害があろうと、思いを貫くという高町なのはの想いが形と成った突撃砲。

「何が非殺傷設定だ」

 男の毒づき声がする。
 視界を遮る霧が晴れて行く。

「偽善のクソ餓鬼が。こんなの撃ち込まれた日にゃどんな設定でも死ぬぞ? 分かってんのか、嗚呼?」

 手応えを返して来るレイジングハートがピクリともしない。押しても引いても微動だにしない。
 なのはは息を呑み、眼を見開いた。
 はやてが展開、維持していた濃霧が完全に消失した。本来はレーザー砲撃掃射終了と同時に自動消滅する補助魔法の一種である。制限時間を迎えたのだ。
 視界が明瞭となり、霧の奥に隠れていたレイジングハートの先端部分が見えた。

「あかん、なのはちゃん離れてッ!」

 背後ではやてが叫ぶが、なのはは動けなかった。レイジングハートが拘束魔法でも喰らったかのように動かない。この相棒を一時的にでも放棄して離脱する事など、 なのはにはとても出来なかった。

「和平の使者は槍を持たないねぇ。昔話でもベルカの連中は巧い事言うわ」

 愕然とするなのはの視線の先に、レイン・レンが現れた。夜風に穴だらけとなった白衣が騒ぎ立つ。整髪剤で固められていた銀髪はボサボサに解れている風貌は酷い ものだ。目標を達成した屈強なアスリートの如き晴れ晴れしさすら感じてしまうが、彼が顔に浮かべた獰悪な微笑みがそんな印象を見事に破壊していた。
 レイジングハートの長柄は、そんな科学者の右脇に完全に挟み込まれ、保持されていた。握られていたはずの大型ショットガンは保持用ストックで二の腕にぶ ら下がっている。
 目視不能となる濃霧の発生。全方位から乱反射して撃ち込まれる高速砲撃。その二つに翻弄されながらも、この狂人はとどめとなる一撃を紙一重で凌いでいた。しかも、 小さな身じろぎ一つと魔力強化された腕力のみで――!

「未完成らしいな、この技。データで見た記憶がある」

 愕然とするなのはに、レンは嫌らしい笑みを口元に浮かべて言った。

「一番の問題は威力余波処理。感覚で術式構築と展開をする生意気極まりない餓鬼のお前でも、こいつばかりはまだ無理だ。未だ自爆技に近いみたいだねぇ。加えて 相手の防御魔法を意識し過ぎだ。最初から正面衝突前提で撃ち込むから空振りするんだよ」

 ねっとりと絡み付くように、レンが一言一言を強調して教授をして来る。
 なのはは何も言い返せなかった。愕然としてしまったのもある。だがそれ以上にこの科学者の口から出て来る言葉がすべて真実だからだ。
 リインフォースの防御魔法を貫いた時と同じように、レンの堅牢な防御魔法を強引に突破するつもりで突撃した。事前に撃ち込んでいたレーザー砲撃はそれなりの 戦果を挙げていたはずだし、ACSが備えている攻撃力と突進力を考慮すれば確実に打倒出来るはずだった。
 だが、敵はACSを防御せず、なのはが考えもしなかった”受け流す”という方法を採って一撃を凌いでしまった。行き場を失った衝撃力は拡散して、結果として 砲撃も外れてしまった。
 全力投球されたボールも、キャッチャーが居なければ空を切って地面に落下するだけだ。

「特注の白衣が破れちまったじゃないか。どうしてくれるんだ、ええ? 乳臭ぇ餓鬼」
『マスター! 離脱を!』
「させねぇよ」

 嫌らしい笑みが獰猛なものに変わる。寒気を覚え、恐怖に駆られる冷笑。
 刃のような蹴りがなのはの側頭部目掛けて放たれる。首の骨をへし折り、頭蓋骨を砕き、脳と髄液をぶちまける必死の打撃。なのははもちろん、レイジングハートすら 反応出来ない高速の一撃だった。
 なのはに瞼を閉じる時間は与えられなかった。だが、死を意味する視界の暗転は起こらなかった。
 感じたのは衝撃。聞こえたのは金属の破砕音。
 無数のデバイスの部品を撒き散らして、はやてに庇われたなのはは、はやてと絡み合うようにして地面に打ち付けられた。
 暗い視界が何度も回転する。小柄な身体が地面にぶつかる度に弓なりになる。何度そうなったか分からない。ただ分かったのは、はやてがシュベルトクロイツを犠牲 にして、自分の身体をも盾として助けてくれた事だけだった。
 金網に衝突して、二人の少女はようやく停止した。頑丈な金網が軋み、ギシギシと耳障りな異音を上げた。
 一瞬だけ呼吸が止まる。灰が圧迫され、逃れようのない苦しみが込み上げて来た。ぶつけた先がコンクリートならば、きっとそんな痛みを感じる事も無く失神していた だろう。もしくは背骨が衝撃に耐え切れずに砕けていたか。どの道死んだに違いない。
 呼吸はすぐに出来るようになった。少しばかり咽返り、こちらの胸を押し潰すようにしているはやてに呼びかける。

「はやてちゃん! はやてちゃんッ!」
「……ちょっと……効い、た……わ。今の……」

 そう言いながら、はやては四肢を動かそうとしなかった。彼女も防御魔法が間に合わなかったのだろう。文字通り、身体を張って即死の蹴りからなのはを守り抜いたのだ。 盾となったシュベルトクロイツは原型が無い。圧壊された木材のようにグシャグシャになっている。

「本当に涙ぐましいねぇ、お前ら。もう涙と鼻水で前が見えないよ僕」

 なのは達に軽蔑の眼差しを向けたレンは、そのまま大型ショットガンの銃口を彼女達に向けた。装填されているのは対猛獣用の単発弾頭。重なり合う少女達の身体など、 その凶暴性の前では紙細工よりも遥かに儚く脆い。
 なのはは咄嗟にレイジングハートを掴み、防御魔法を構築しようとするが、鈍痛のせいで手がまともに動いてくれなかった。蹴り飛ばされた中でも決して手放す事の 無かった相棒が軽い音を立てて床に転がる。慌てて手を伸ばすが、すでに白い柄は届かない所にまで行ってしまった。思考を切り替えて独自詠唱による術式構築を行おう とするが、口頭詠唱が必要であるのを思い出して愕然としてしまう。引鉄一つで人を簡単に殺傷出来る銃火器の前では、口頭詠唱による魔法行使はあまりにも緩慢過ぎる。
 レンとの距離は約十メートル。断崖絶壁と言っても良い高層ビルの屋上の四隅の一つ。
 なのははレンを睨み付けた。状況の打開案が何一つ浮かばない。

「もうね、お前ら見てるだけで髪掻き乱したくなるくらい腹立つんだよ。育毛剤の世話にはなりたくねぇから殺すわ」
「………」
「もう少し育ってたら犯るだけ犯ったとこだろうが、お前ら小便臭すぎる。勃ちやしねぇ」
「……サ、イテー……や……!」
「最低最低。結構結構。いや誠に。じゃあ死ね」

 虫を殺すようにして、科学者は引鉄に力を込めようとした。
 口頭詠唱はもう間に合わない。レイジングハートにも手が届かない。身体は動かない。はやても動けない。
 避けようのない死がすぐそこにまで迫っていた。考えている時間もどこにも無かった。
 死を覚悟するしかない状況。それでもなのはは敵を睨むのを止めようとしない。次の瞬間にでも物言わぬ肉塊となり果て、絶命するかもしれないというのに。
 はやてもそうだった。なのはの膝に乗るような形でレンを力一杯睨んでいる。足掻くように、最後の抵抗のように。
 なのはは歯噛みする。殺されるのはもちろん恐ろしい。でも、それ以上にこのまま何も出来ずに殺されてしまう方が嫌だった。
 フェイトとクロノが戻って来たというのに、自分は二人を滅茶苦茶にした元凶を野放しにしてしまうのか。
 元気なアリサにもう二度と会えないのか。
 家族に会えなくなるのか。
 ユーノに会えなくなるのか。

「―――!」

 奥歯を噛み締める。そんなのは嫌だ。
 全員が笑顔に戻る為には、この男をどうしても逮捕しなければいけないのに。
 悔しさのあまりに涙が出て来た。死に対する恐怖は驚く程に本当に小さかった。
 その時だ。引鉄を引こうとしている敵の背後に、なのはは白い少女を見た――。



 ☆



 身体が異常に過熱している。噴き出る汗。払拭出来ない濡れた感触。我慢出来ずに嫌悪感を顔に出す。
 耐衝撃、耐魔性に優れるバリアジャケットは衣服としての汎用性にも富んでおり、一種の気温調整機と同様の機能を備えている。さらに今は身体を貫き、包んでいる 風がある。その疾走感、爽快感は素晴らしいものだ。暑さを感じるはずは無く、自身が風となる高揚感に酔いしれる事も出来たはずだ。
 それが無い。皆無だ。適度な湯と水の狭間、微温湯よりも尚温く、冷水と呼ぶには熱い液体に肩まで浸かっているような不快感がある。
 クロノは思った。暑いのではなく、熱いのだと。
 熱い。燃えるように熱い。身体が熱い。何よりも心が熱い。
 無人の幹線高速道路を一台の大型二輪駆動車が貫く。進むべき方向は南東。その針路、その速度を阻み、制止しようとする者は皆無である。故にその二輪駆動車は 加速を続ける。甲高い雑音じみた騒音を駆り立てながら、エンジン駆動の副産物たる排気ガスと魔力残滓の尾を曳いて突き進む。
 クロノは完全に我が物にした二輪駆動車――セイクリッドデスのスロットルを絞り込む。この単車本来の最大排気量は千五百ccだが、搭載されている管理局 装備課製作の高分子エンジンは、高純度高出力の燃料さえ注入されれば、さらにその上を行く事が出来る。リミッターを解除してやれば、エンジンが爆発しない限り 際限無く加速を続けられる。
 クロノは魔力をハンドルクリップを通してエンジンへ装填する。シャープだが華奢ではない車体が揺れた。傍から見れば故障か何かしらのトラブルがあったように 思われるその動作の後、セイクリッドデスのエンジンは機械的な限界排気量を超えて駆動した。
 爆発的な排気音。身体を押し潰して来るような圧倒的な加速G。頭上の街灯と道路標識が吹き飛ぶように後方に流れて行った。
 冷たく澄まされた空気が冷房となってクロノの身体を叩く。だが少しも身体の熱は引かない。むしろ上昇を続けている。

『このまま行けばすぐだね』

 タンデムシートから浅くクロノの背にしがみ付いていたユーノが、思念通話を使って言った。セイクリッドデスの爆音のような駆動音の中では、肉声での会話は 不可能だ。耳元で怒鳴られたとしてもほとんど聞こえないだろう。

『ああ、距離的には二キロ弱くらいだ。すぐに追い付ける』

 車体の操作に集中しながら、クロノは答えた。この化け物のような自動二輪の操作は熟知してしまったものの、走行している路面は長く続いていた雨で水浸しだ。少しの 操作ミスが横転事故に直結する。この速度での事故はまず間違いなく即死だ。そんな間の抜けた死に方は心底御免だった。

『ユーノ』

 滝のように流れて行く眼前の光景。手元の計器類。それらを確認していた時、腰に巻かれているユーノの両腕が見えた。白く清潔感のある包帯が施された二本の腕だった。 傷口が開いたのか、包帯は所々を赤く滲ませていた。
 無意味に罪の意思に苛まれるつもりは無かった。シグナムが言ってくれたではないか。償えない罪など無い。そして何より自分自身で口にしていたではないか。過去に 囚われていては、まだ始まってもいないこれからが見えなくなると。
 でも気になってしまった。変な好奇心という訳でもない。ただ気になったのだ。

『僕がアースラを出て行った後、皆はどうしてた?』
『……酷かったよ』

 その一言がすべてだった。特に感情が含まれずに紡がれたユーノの言葉に、クロノは唇を噛む。

『皆バラバラになった。なのははずっと思い詰めてて、シグナム達が何かを忘れるみたいに暴走体と戦って。リンディさんは無理に冷たくなって、エイミィさんは そんなリンディさんとぶつかって』

 あの二人が。とても信じられなかった。何より、あの柔和な母が冷徹に徹しようとしていた等、悪い冗談としか思えない。

『はやては皆を纏めようとしてて。アルフはフェイトの事でずっと泣いてて』

 風とエンジンの音が耳に響く。
 クロノは思う。自分が仲間達に支えられていたように、自分も同様に仲間達を支えていたのだ。母を支え、同僚を支え、友人を支え、大切な人を支えていた。その 支えを予想し得なかった出来事で突如として無くなった仲間達は、確かに崩壊するしかなかったのかもしれない。

『……フェイトは?』
『ずっと部屋に閉じ篭ってた。僕からはそれ以上言えない』

 不意にある光景が浮かぶ。雨が降り続いていた海鳴臨海公園の一部始終。決して忘れてはならない己の罪の記憶。
 フェイトの左手首に必要以上に巻かれた不自然な包帯。そしてその下に隠されるように存在していたあまりにも大きすぎる傷痕。裂傷でも無い。強いていれば抉った ような痕だろう。普通に出来るものでは決してない。
 あの子はどうしてあんな傷を抱えていたのだろう。どれだけ思案しても答えは出て来なかった。誰にやられたのか。何が原因なのか。何故治癒魔法の消痕性能を使って 消そうとしなかったのか。
 加速し続けている車体に呼応するようにして、クロノは身体が熱くなり続けているのを知った。フェイトの手首の傷を思えば思う程、身体は燃えるが如く体温を上げて行く。

『クロノ。正直に答えて欲しい』

 ユーノが口調を改める。

『何だ?』
『君はフェイトが好きかい?』
『……出て来る前、アリサにも同じ質問をされた』

 風となって過ぎ去って行く夜のオフィス街の光景が、どこか遠くの世界に思えてしまう。

『……まだ分からない。だから、それを知る為にも今はフェイトに会いたいんだ』

 幾らかゆとりの出来た心が、自分がフェイトをどう思っているのか思案させる事を許してくれた。
 最初は次元犯罪者と執務官という関係だった。それが被告人と弁護人となり、気が付けば同じ組織に属する上司と部下に変わっていた。そして今は義理の兄妹という 、出会った頃には想像も出来なかった間柄になっている。
 フェイトは好きだ。大人しい顔には似合わない突飛な行動力を持っていて、思い込んだら一直線の頑固者で、無茶をしては周囲を心配させて。――笑うと、可愛くて。
 最初の内は密かに緊張したものだ。何せ周囲に居たのは年上の女性ばかりで、年下の少女と肩を並べた経験があまり無かったからだ。
 それも月日が流れれば無くなった。PT事件の裁判が終わる頃には養子縁組の話をリンディから聞いていて、そこから兄妹のような関係が出来ていたと思う。
 フェイトが何時から好意を抱いてくれていたのか、どんなに思考を巡らせても思い当たらなかった。
 距離が近過ぎたのか、それとも、本当に自分が鈍感なだけだったのか。今となっては確かめる術は無いし、それは無意味な行為だろう。何せ自分は恋愛事とは無縁の 世界に生きて、そこに何ら疑問を抱かずに居た。
 悲しむ人を無くす為。
 こんなはずじゃない人生を与えられる人を無くす為。
 無謀な理想を叶える為。
 クロノは犠牲にして来たのだ。子供らしい感情も、思い出も、その時にしか味わえない青春という名の出来事も。
 ――ああ、だからか。

「……後の祭りだな」

 自嘲する。呟きは信念通話ではなく肉声だった、風の絶叫が何処へとさらって行く。
 鈍感で当たり前だ。他人の感情が巧く理解出来ず、無口で無愛想だと後ろ指を差されたのも当然だ。それらを顧みずに自らの理想に従事して来たのだから。
 フェイトやはやてから時折言われていた。ぶっきらぼうだけど優しいと。
 それは彼女達の思い違いである。クロノは優しくはない。ただ自分がやりたいようにやって、誰も悲しませないように動いていただけなのだ。そこに相手の感情が 入り込む間隙は無い。見解次第では身勝手な行動に映るだろう。
 本当に守りたい人が無いまま、誰しもを救いたいと願い、大切なモノをも犠牲にし続けた。その結果が、今こうして大型二輪駆動車を走らせている情けない自分だ。

『フェイトは』
『え?』
『どうして……こんな身勝手で自分勝手な僕を好きになったんだろうな』

 別に卑屈になったつもりはなかった。被虐の意味も無い。思念通話を通じてユーノに送られた言葉はありのままの素直な気持ちだった。
 それが伝わったのか分からないが、ユーノは叱責しようとはしなかった。

『……多分、優しい所だよ。あの子がそう言ってた』

 こんな自分のどこが優しいのだ。それこそ思い違いだ。そう否定しようとした時、ユーノは静かな声のまま、こう続けた。

『君が何でそんな風に言うのか分からないけど、フェイトは、そんな君が好きだったんだ』

 そう。それだけは誰にも否定出来ない確かな事実だった。

『あんな無茶苦茶な行動に出てしまうぐらい、好きだったよ、あの子は。……それは分かってあげて欲しい』

 その気持ちに――想いに、自分は応えなくてはいけない。
 改めてフェイトの事を考えようとした時、腰に巻かれたユーノの腕が垣間見えた。
 二の腕まで包帯が施された華奢な二本の腕。解れた箇所が暴力的に吹き付けて来る夜風に靡いている。痛々しく思った。これもまた自分が犯した罪だった。

『済まなかった、ユーノ』

 あの時、”嫌いだけど友達だから”というとんでもない理由で絶望的な戦いを仕掛けて来たユーノ。
 どういう訳か、クロノは初めて出来たこの年下の男友達が嫌いだった。苦手であり、顔を見ているだけで何やら無性に腹が立つ時期もあった。今にして振り返ってみれば、 あれはユーノの方がなのはの側に近かったからだったのかもしれない。言わば嫉妬だ。我ながら実に情けない理由だった。自分がはやてと話していた時、いつもフェイトが 不機嫌そうにしていたのも嫉妬だったのだろう。思い返してみれば、そうした場面は沢山あった。本当に自分は他人の気持ちに関して鈍感だったと痛感させられる。

『ありがとう』

 ザフィーラに言われた。まだ感謝の言葉を口にするには早い。クロノも深くそう思う。事件は何一つ解決しておらず、最悪の方向に突き進んでいる。何より、自分は 最も傷付けていた少女に再会してはいない。謝罪も感謝も、まずは彼女に言うべき言葉なのかもしれない。

『だから、僕にそんなの言ってる暇は君には無いだろう? それに、まずはフェイトに言うべきだよ、その言葉』
『ああ、知ってる。でも今は手が空いている。言わば暇なんだ。暇ついでに言っておこうかなと思ってね』
『……暇ついで、ね……』
『Boss.』

 外部スピーカーから大音量で淡白な電子音声が響いた。何かの選挙運動中の宣伝車のようだった。

『警告。後方六時より接近する魔力反応を感知。距離百。機数二。魔力反応からAAA+級と推定』

 氷結の杖が行う矢継ぎ早の報告に、クロノは苛立ちを隠さずに舌打ちをする。サイドミラーを一瞥すれば、魔力強化された脚力を使い、跳ねるようにしてこちらを 追跡して来る黒い影を見つけた。有機物と無機物を無理矢理混合させたような、子供の落書きにも見える黒いデバイスが右半身を覆い尽くしている。街灯の下を潜る 度に一瞬だけその姿が見えるが、その様は猿か兎のようだ。もちろんそんな微笑ましい小動物の類ではない。
 暴走デバイス。彼らはクロノにとって仇敵の一人と言える存在だ。クロノが我を失う引鉄を引いた忌々しい存在だった。自己の脆弱さが最大の原因の一つと言えたが、それでもその 存在が起因となっているのは間違いない。
 クロノはグリップに内蔵されているスイッチの一つを弾き、デバイス格納ハッチを開放した。デュランダルが競り上がる。抜刀。即座に魔力供給。登録されている 魔法の中から現状打破に最適な幾つかを選定。術式を予め構築し、デュランダルの驚異的な拡張性を生かしてストック。制御解放とトリガーヴォイスで顕現可能と する。

『本部を襲ってたデバイスかな?』

 ユーノもすでに臨戦態勢を整えている。脳裏に擬似魔力回路を構築させ、得意とする補助魔法をすでに展開していた。
 セイクリッドデスは速度を緩めずに幹線道路を南東へ走り続けている。目的地は凄まじい勢いで近付いており、 ハンドルグリップ部位に装備されている計器類が現在の速度を二百キロオーバーと表示して止まっていた。それでもAAA+に相当する暴走体は追い縋って来る。飛行魔法を 使わずに跳ねて移動している姿はやはり滑稽で、異世界から召喚された魔物を思わせた。

『だろうな。僕とセイクリッドデスの魔力に反応したんだろう。この忙しい時に……!』
『止まって迎え撃つ?』
『そんな時間は無い』

 ハンドルグリップを握り直し、クロノは熱が引かない身体で言った。

『このまま薙ぎ倒す』

 二体の暴走体が一斉に行動に移る。
 一体が踏ん張るように腰を屈めて飛翔した。恐るべき速度で高高度まで上昇し、遠くに見える月を背後に従えて猛然と降下。本体のデバイスを唯一無二の武装として 頭上から襲い掛かって来る。

「クロノ!」
「耳元で叫ぶな!」

 思念通話を止め、クロノとユーノは肉声で怒鳴り合った。
 ハンドルグリップを乱暴に薙ぎ倒して車体を横へ。直後、デイクリッドデスの軌跡を闇色のデバイスが貫いた。硬い何かが圧壊する破砕音。
 濡れた路面が襲って来る。折しも進む先はカーブが続いていた。きつくはないが緩やかでもない。すぐ脇にガードレールが迫る。背後で再び破砕音。暴走体が跳躍した 際に路面を蹴り砕いた音だ。さらに総毛立つような魔力を感じる。

「砲撃魔法! すぐ来る!」

 背後を振り返ってユーノが叫んだ。激しい単車のエンジン音にも負けない大声だった。似合わないなと非常事態の中で苦笑してしまう。
 でも悪くない。ボロボロの腕でしがみ付いているこの線の細い少年が心強く思える。頼りに出来る。理屈ではなく本能、感情で直感する。
 クロノはユーノの言葉を信じた。死にそうになりながらも、自分を信じて、殺されかけながらも闇の中から救出してくれた彼を信じずにどうするというのだ。
 もう一体の暴走体が砲撃魔法を制御解放した。血よりも尚赤い、どす黒いと表現するべき色彩を放つ高濃度高出力の魔力の塊が背後から迫る。
 さらに上から再び一体の暴走体が来た。今度は衝きではなく、デバイスを横に構えている。点よりも線による攻撃を選択したらしい。
 どうあっても彼らは自分達をここで殺したいらしい。
 上等だった。そこまでやり合いたいのなら付き合ってやる――!

「ユーノッ、合わせろッ!」

 数センチそこまで迫っていたガードレールをデュランダルで殴り、強引に車体を道路中央へ戻した。ハンドルグリップを片手で捌き、身体を横に傾けてカーブを 曲がる。タイヤが路面を湿らせている水を弾き、蹴り、激しい摩擦を起こしながら車体を誘う。
 衝撃。砲撃魔法がテールカウルを削る。ランプカバーが弾けた。強度よりも柔軟性と軽量を考慮した複合素材スティルバース製のカウルが脱落する。火花を撒き散らして 遥か後方に転がって行く。むき出しになった二本のアップマフラーが異音を上げて震えた。

「いつもそっちの納期には合わせてるだろ!?」

 頭上から肉迫する暴走体へ、ユーノが片手を翳して得意とする拘束魔法を最大出力で行使する。小さな魔法陣から四本の鎖が躍り出てるように放出され、暴走体に 絡み付いた。すぐにでも恐るべき反発力が来る。

「何の事だ!?」
『Icicle Lancer.』

 その力がユーノの腕と魔力回路に来る前に、クロノの魔法が制御解放された。選択されていた魔法は氷柱を召喚・顕現し、目標へ投擲する投射魔法。 極めて優れた弾速と追加詠唱入力で針路変更も可能としている、フェイトのプラズマランサーにヒントを得てクロノが考案した射撃魔法である。氷柱とは言え、その強度 と高速射出による対物破壊性能を考慮すれば、充分な破壊力を秘めている。それらの標的は、一瞬だが動きを止めた暴走体のデバイスだ。
 刃の如き鋭利な氷柱がデバイスに集中砲火を浴びせ掛けた。同時にユーノが拘束魔法を解除する。 氷柱の猛撃を受けながら道路に落下した暴走体は、打ち捨てられたドラム缶か何かのように転がって遠ざかって行く。

「資料請求だよ! 裁判資料だとか捜査資料だからとか言って、いっつも無茶な納期設定で仕事持って来て!」
「君の能力を考えればあの程度はむしろ温い方だ! 困ったのであれば管理局名義でスクライア一族の手を借りろと言っているだろう!」

 転がって来た仲間を見捨てて、砲撃魔法を行使したもう一体の暴走体が飛行魔法を発動させた。足元で空気の渦を作り、それを解放させる事で衝撃力を獲得。 こちらとの距離を一気に縮め、さらに頭上を通過。遥か前方で着地して向き直る。
 セイクリッドデスが猛然とカーブを曲がって行く。街灯が閃光のカーテンに見えてしまう程の速度だ。

「部族の人も暇じゃないんだ! そんな簡単に手を貸してもらえる訳ないだろう!? 君のお陰で何回約束を破ったと思ってるんだ!?」
「約束!? 誰との!?」
「なのはだよ馬鹿!」

 暴走体が手を突き出して射撃魔法を制御解放。赤い弾丸の嵐が放たれた。ユーノに頼るのが急に癪に触れたので、独力で防御魔法を行使。疾駆を続けるセイクリッドデスの アッパーアウルの手前に紺碧の魔法陣が形成され、弾丸を防御する。舞い散る火花と魔力。弾かれた弾丸が眼前を踊り、あらぬ方向に兆弾して幹線道路に弾痕を刻んで 行く。

「仲が良かったんだな、君達は!」
「君とフェイト程じゃない!」
「皮肉かそれは!」
「思い切りッ!」

 ユーノの防御魔法が発動する。クロノの魔法陣よりも大きく、そして高強度の防御魔法陣が赤い弾丸を喰うように現れた。
 牽制程度の射撃魔法でクロノ達を止められない。喩え如何なる砲撃魔法が放たれようと、彼らは決して止まらない。
 暴走体が射撃魔法を停止させた。業を煮やしたのか、敵は銃火器を構えるかのようにデバイスを片手で突き出して、その先に紅い魔法陣を展開する。

「大体、本当に君はフェイトの気持ちに気付いてなかったの!?」
「気付いていたらこんな事にはなってない!」
「あんなに色々されてて!?」
「何を色々だッ!?」

 制御解放された砲撃魔法が眼前に迫る。その衝撃力と制圧力は並みではない。防御は可能だが、こちらの脚を止められる可能性があった。
 クロノは舌打ちを残して車体をハンドルクリップを操作。さすがに路面が滑り易い。片手で制御するにはリスクが大き過ぎた。仕方が無いのでデュランダルを口に 咥えた。しっかりと両手で二つのグリップを握る。ギアをチェンジして針路変更。コンクリートの壁に乗り上げて反対車線へ。
 飛翔する大型二輪駆動車。空を切る防弾タイヤ。複合素材のボディを掠める砲撃魔法。
 二百五十キロオーバーの車体は慣性法則に従って面白いように飛んだ。
 スローモーション映像のように暴走体が迫る。乗車しているクロノとユーノの体重も含めれば三百キロを超える重量だ。しかし、やはり暴走体は自動的な存在である。 一瞬の躊躇も逡巡も無い。片脚を引いてデバイスを構え、セイクリッドデスを迎え撃つ。
 接触。
 衝撃。
 異音。
 デバイスの先に展開された紅い魔法陣に前輪を噛ませるように、セイクリッドデスが宙で停止する。受け止められた。総重量三百キロの単車をだ。
 だが押さえ込む事は出来なかった。セイクリッドデスを支えた暴走体は、その加速力を殺す事が出来ずに背後に圧し進められて行く。二本の溝が綺麗に路面に刻まれ、 その摩擦熱が白い煙となって立ち昇った。
 クロノはデュランダルを咥えたまま、ストックしていた術式から再び投射魔法を選択して制御解放する。
 帯状魔法陣を纏うようにして、二十を超える氷柱が生成された。しかも、それらは敵の魔法陣の内側、デバイスに突きつけられるような形で現れていた。
 デュランダルが輝き、氷結の槍が発射された。容赦の無い集中砲火だ。瞬く間に暴走体のデバイスが傷だらけになって行く。一発や二発の被弾ならばダメージを与える 事は出来ないだろうが、弾速減衰の懸念の無い零距離にして二十発以上の氷柱の高速投射直撃だ。喩え堅牢な暴走デバイスと言えどひとたまりも無い。

「クロノ! 僕が腕に怪我してるの忘れてる!?」

 クロノはデュランダルを咥えたまま、ハンドルクリップに魔力を注ぎ込む。タイヤの回転速度が急激に上昇。エンジンの排気量に物を言わせ、暴走体の魔法陣の上を 走行した。疾駆は一瞬にして終わり、再びセイクリッドデスが宙に投げ出された。
 着地。サスペンションが悲鳴を上げる。ユーノも騒ぐ。うるさいし耳障りだが、対応するのが面倒な上にデュランダルを口に咥えているので何も言えない。
 巨大な砲弾から解放された暴走体が自分が作っていた溝から投げ出された。地面に背中から接触。その装甲じみた黒い肌が火花を生む。
 クロノはセイクリッドデスが着地の衝撃を吸収し切る前にアクセルターンを実施した。後輪が凄まじい勢いで路面を噛む。ゴムが焼ける臭いと白い煙が生まれた。直後、 尻を叩かれたようにメタルブラックの車体が発進する。一気にトップスピードへ。路面を滑走し続けている暴走体を追跡した。
 デュランダルを左手で握る。

『Icicie Blade.』

 斬撃魔法を制御解放。曲線を描いているデバイスの先端に絶対零度の刃が顕現する。
 暴走体の脇を突破しようという刹那、酷とも言える訓練で鍛えられていたクロノの動態視力が影のデバイスを捉えた。
 一閃。
 接触。
 両断。
 アイシクルランサーの全弾直撃で満身創痍となっていた敵のデバイスが二つに分離した。放物線を描いた後、両断された片方が路面を弾いて後方へ飛んで行く。暴走体は 一度派手に横転をすると、顔面から地面に叩き付けられて激しくバウンドした。
 そんな戦果を、クロノは一瞥しただけだった。ユーノが慌てて衝撃吸収性能もある足場作成魔法フローラーフィールドを詠唱、制御解放する。現れた幾重もの魔法陣 が寄生されていた魔導師を優しく包み込んだ。

「何だユーノ!? フェイトが僕に色々していたって何の話だ!?」
「やっぱり僕はフェイトに同情する!」
「意味が分からないぞ!?」
「来た! もう一体ッ!」

 嫌な予感がした。ぞわりとした感覚。冷たい何かに肩を抱かれたような嫌悪感。咄嗟に車体を横へ。
 最初に投射魔法を喰らって吹き飛ばされていたもう一体の暴走体が、いつの間にかすぐ背後につけていた。
 鞭の一撃が来た。レヴァンティンのシュランゲフォルムと酷似する形状を採った暴走デバイスだった。何とか回避する。前輪のすぐ側に切っ先が命中した。
 猛撃は休む事無く来る。初乗車とは思えない操作で捌く。濡れた路面にタイヤの痕跡が次々と刻まれて行く。それを追うようにして敵のデバイスがアスファルトを 穿って行く。
 さすがに速度を落とさざるを得なかった。もう目的地はすぐそこまで迫っているというのに――!

「ユーノッ! やれッ!」
「偉そうにッ!」

 それでもユーノは動いた。傷だらけの腕に魔力による擬似神経を流し、発生した激痛に顔を歪めつつ、フローターフィールドを再び行使。展開された魔法陣 を後輪に横付けすると、タンデムシートから身を乗り出し、カウルに指を引っ掛けて跪いた。空中から今まさに蛇腹剣を放とうとしている暴走体の姿が明瞭となっ て視認出来た。

「チェーンバインドォッ!」

 タンデムシートを右手で保持しながら、左手で拘束魔法を行使。もちろん最大出力。魔力の出し惜しみは無い。
 翠の鎖が暴走体を雁字搦めにする。ユーノは己が拘束魔法が破壊されるよりも早く、その鎖を掴んで敵を路面に叩き付けた。
 宙に打ち出される暴走体。
 それをサイドミラーで確認したクロノは、一瞬でも停車してしまう事に悔しさを噛み締めながらブレーキを作動させる。破壊されたテールランプが弱々しく光り、 ブレーキシステムが絶叫を上げた。タイヤが削られる。だが止まらない。濡れた路面は恐ろしい程に滑り易かった。
 クロノは敢えてスリップを誘発させた。車体が回転する。一瞬にしてアッパーカウルとテールカウルの向いている方向が入れ替わった。バランスを取る為に車体を さらに横へ向ける。ほぼ同時に、ユーノは自ら拘束魔法を消失させた。
 拘束から解放された暴走体が宙を躍っていた。完全なる無防備の滞空だった。もの凄い勢いで遠ざかって行く。クロノは可能な限りの魔力をデュランダルに装填し、 砲撃魔法の術式を構築する。照準はデバイスに絞り込み、貫通性能を上昇させる為に砲撃の集束率を限界まで高めた。
 横滑りする単車の横に蒼穹の魔法陣が描かれる。それはトリガーヴォイスを待つように高速回転をして明滅する。

『Icicle Cannon.』

 待ち焦がれた撃発音声を得た魔法陣は、氷結の砲撃を吐き出した。濡れていた路面を靄が生まれる程の氷に変えながら大気を貫いた砲撃は、暴走体のデバイスを 直撃、貫通した。投射魔法で疲弊していたデバイスには、その高集束率と貫通性能はあまりにも過酷だった。貫通痕からヒビが一斉に生まれ、次の瞬間に木っ端微塵に 砕け散った。
 デバイスの残骸をばら撒きながら二転三転して行く暴走体。その背中をユーノの魔法陣が受け止めるが、その勢いを完全に中和する事は叶わなかった。 湖面を弾いて走るモーターボートのように路面を滑空して行く。
 一体目と同様に安否が気になる鎮圧方法だったが、こちらも余裕が無いのだ。少々の、というか、死なない程度の傷は我慢してもらいたい。
 クロノは再びデュランダルを口に咥え、ハンドルグリップを握り込む。ギアをチェンジ。クラッチを操作してブレーキシステムを解放。驚異的なバランス感覚で 車体を叩き起こして針路を前方へ戻した。

「これもフェイトとアルフが読んでた漫画の技!?」

 フローターフィールドを解除してタンデムシートに乗り込んだユーノが、自棄気味に叫んだ。

「いや、適当だッ!」

 デュランダルを左手で握り、クロノが叫ぶ。また暴走体が出て来る可能性もあったので格納は見送った。

「もう二度と君が運転する乗り物には乗らない!」
「誰が乗せるか!」
「フェイトを乗せる時は注意した方がいいよッ!」
「どうしてそこでフェイトが出て来るんだ!?」

 二人の少年の罵詈雑言のやりとりを残しながら、セイクリッドデスは傷だらけとなった車体をさらに加速させた。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございました。
 クロノの無茶なドラテクは今に始まった事ではありませんが、再び無茶を。キャストオフもしない地味な鬼排気量がウリの単車ですのでどうかお許しを(謎)。 参考代わりに読んだ皆川亮二原作の”D−LIVE”が拙かった…。
 何気に地味にオリジナル魔法連射なクロノ君。まぁデュランダルのエターナルコフィン以外の魔法は全部妄想でしか構築不能なのでご愛嬌という事で。アイシクル ランサーはプラズマランサーよりも火力が高いけど、取り回しが難しいだの魔力喰うだのまた無駄設定があったり無かったり。アイシクルキャノンはブレイズキャノンの 氷ver。アイシクルブレイドは今までちょこちょこ使っていたのですが、氷の刃で斬り付ける近接補助魔法。ちなみにオリジナル魔法に関しては個人見解の妄想の 産物なので苦情等は一切受け付けません。
 レンの暴言は、まぁ、徹底的な悪人していただいているのでこれくらいは、という形で。
 では次回も。次回はレンの暴言がさらに凄い事に。

 2006/11/15 改稿





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