魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.11 Meteor









 脚を踏み入れた屋上には、濃い魔力残滓が残留していた。同時に硝煙の香りも残されている。カートリッジシステムを作動させる時に発生するような微々たるものでは なく、銃火器が吐き出すある意味で本物の硝煙だ。所々に散乱している空薬莢が無言の証人となってそれを示している。
 フェイトは音も無く着地して、そんな戦闘区域を見渡した。頭上で輝いている星空が儚げな明かりを提供し、見通しを良くしてくれている。広大と言っても良い屋上 の風景は苦労せずとも確認出来た。
 そして戦慄する。
 折り重なるように身を丸めた二人の親友――なのはとはやてが金網に背を預けていた。傷による痛みなのか、それとも何か別の感情なのか、二人は表情を悲痛に 歪めている。一瞥で身動きが取れなくなっているのが分かった。
 抵抗の出来ない少女達に突きつけられているのは、黒塗りの無骨極まりない大型の散弾銃だった。人間を殺傷する為だけに作り出された質実剛健の暴力的なフォルム。 見る者に否応の無い威圧感を与える銃口。その照準がなのはとはやてに向けられており、遠目からでも引鉄に掛けられている指に力が込められているのが分かった。
 戦慄が怒りに変貌するのに時間は要らなかった。

「……レイン・レン……」

 その名はフェイトにとって逃れようの無い呪いだった。
 白衣の男がゆっくりと振り向く。その細面の顔付きを見た時、怒りは憎しみへと一気に”昇華”された。鉄のように冷たく、容赦も躊躇も無く、決して揺れない確固 たる感情になった。

「誰かと思えばこれはまたもう」

 男は可笑しそうに肩を震わせると、銃口をフェイトへ向けた。銃把を握り直し、片手では到底保持不可能の大型散弾銃の照準を額へ合わせる。
 塊のような殺意と敵意を感じた。そのほの暗い感情の濃度は濃い。引鉄が引かれていないのに、銃声を聞いた錯覚に陥った。
 だが、フェイトはそれ以上何も感じなかった。
 殺意と敵意を抱いているのは、こちらも同じなのだから。

「御目に掛かれて実に光栄。お元気そうで何より」

 喉を鳴らしながら一歩踏み出して来る白衣の男。
 合わせるようにフェイトも歩き出す。
 二人の距離が縮まって行く。
 フェイトは男を見上げるようにして、男は銃火器の照準をブラす事も無く。
 二人の隙間は数十秒を掛けてじっくりと縮められ、最後には零となった。
 ゴツンとフェイトの額に大口径の銃口が押し付けられた。

「フェイトちゃんッ!」
「何で……来たんやぁッ!」

 親友の悲鳴が胸を掻き立てて来る。
 低下していた体感温度が急激な勢いで上昇を始めた。提げているバルディッシュの手応えが唐突に軽くなり、カチカチと軽い金属音を響かせて震えた。 鋼のデバイスは震えない。それを携えているフェイトの細い腕が震えているのだ。
 フェイトという少女は憤激している。生まれて始めて自分が発散している熱を感じる程の静かな激情を覚えている。今この瞬間にでも敵の喉へ噛み付かない自分が 不思議でならない。
 この男は一体何なんだ。クロノを狂わせただけでは飽き足らず、なのはとはやてを殺そうとしている。
 男が口許を吊り上げた。そこに浮かぶのは卑しい笑みであり、嘲笑の笑みであり、侮蔑の笑みだ。眼の前のフェイトという少女を全身全霊を込めて馬鹿にしているような 笑みだった。
 そんな笑みを、フェイトは瞬きを忘れた紅い双眸で睥睨する。

「あなたがレイン・レンですか?」
「そうだよ。フェイト・T・ハラオウン」
「あなたがこの事件を仕組んだ人」
「だったらどうする?」
「あなたがクロノを狂わせたんですね?」
「まぁそういう事になるわなぁ。んで、何か文句でもある?」

 夜の屋上の静寂に響き渡る問答の声。
 男の笑みが強張る。不機嫌そうに鼻を鳴らして、押し付けている銃口に力を込めて来る。

「あ、ちなみに言っておくけど、僕は切っ掛けを与えただけだよ? そもそもクロノ君が狂ったのは彼自身の責任だろうが。 クロノ君が弱いせいだろ? 才能無いせいだろ? 違うか?」
「違う」

 即答。

「何が違う?」
「クロノは弱くない」

 男が笑う。気持ちの良い程の高笑い。抱腹絶倒とはまさにこういう笑い方を言うのだろうと思う程の笑い。

「どこがだぁ!? クロノ君のどこが弱くない? 彼は弱い! 弱いんだよォ! 才能なんてこれっぽっちも無い! 悲しむ人間を無くしたいとか夢物語を謳ってる クソ餓鬼だ!? なのにてめぇら家族だの友達だのを裏切ってまで強くなろうとしたぁ! こいつのどこが強いんだ!? ああ!?」

 黙れ――!

「てめぇみたいななぁ! 化け物じみた魔力資質持った人工タンパク質の塊とは違うんだよォ! 分かるゥ!? 分かりますかぁこのクソ頭ぁ!」

 男が銃口で額を小突いて来る。小突くとは言っても、感じる痛みは抉るような酷いものだった。

「まぁ僕はクロノ君を君より理解してるつもりだけどねぇ!」

 今まで聞かされた如何なる罵倒、如何なる暴力よりも我慢の出来ない言葉だった。
 身体が自然と動く。滑らかに。そして鋭く。度重なる無謀な行動で傷だらけとなり、大切な人に傷付けられ、悄然とした少女の手が長柄の戦斧を振るった。
 薄くなりつつある月と星の明かりが戦斧に反射する。

「……死人面してる割には無駄が無いねぇ」

 喉元に黒い刃を突きつけられながら、男は笑みを崩そうとしなかった。
 フェイトは紅い瞳を見開いて男を凝視する。片時も離さない。瞬きもしようとしない。

「気に入らないらしいなぁ、今の僕の発言」

 大型散弾銃と長柄の戦斧が交差し、銃口は額に、刃は喉元に添えられて動かない。

「ん〜? 無視ですかぁ?」
「………」
「おい、無視するなよ」

 その時、絶叫が木霊した。

「フェイトちゃんから離れてッ!」

 少女らしい甲高い悲鳴だった。この現場に於いて、フェイト以外にそんな声を出せる人間は二人しかない。その内の一人は痛む身体を強張らせ、声らしい声が 出せずに居る。ならば一体誰なのか、それは確認するまでもなかった。
 なのはだった。痛みの残滓を戦いながら立ち直った彼女は、取りこぼしていたレイジングハートを拾い、その先端を白衣の男へ突きつけていた。だが、 その有様は無様だった。手に力が込められていないのか、それとも込めるだけの力が残されていないのか、レイジングハートは震えていた。 先端は不安定に上下して定まる様子を見せない。
 男が振り返る。その動作に緊張感は無い。声を掛けられたから振り向いたようなものだろう。喉元の戦斧の刃など眼中に無いかのような振る舞いだった。
 フェイトの額に大型散弾銃を銃口を固定したまま、男は再び笑った。陰惨で愉悦に浸った黒い笑みだ。

「いーやーでーすー。ん〜、どうしようかなぁ。君らの前でこの餓鬼を狂うまで犯しちゃおっかなぁ。ザ・十八禁ワールドッ!」
「――あなたは――ッ!」

 レイジングハートの震えが止まる。本来の優しさに満ちた双眸に黒い感情が宿らせたなのはは、滅茶苦茶な魔法術式を構築した。制止出来ない感情と有り余る魔力 によって生み出された、純粋な感覚のみの魔法だ。術式はあまりにも不完全で無駄と穴だらけだ。そこに装填される魔力量は脅威そのものであり、制御解放は暴発 という結果しか残さないだろう。
 はやてが止めようとする。レンが眉間に人差し指を突き立てて喉の奥で笑う。
 フェイトは思う。
 この人は本当に何なのか。何故私の大切な人達をこんなにも苦しませ、悩ませ、狂わせて行くのだろう。
 このままにしておけば、この人はもっと私の大切な人達を傷付けて行く。なのはもはやても、母さん達も、アルフも、シグナム達も。皆々、今よりももっと傷付いて 行く。
 そしてクロノも。クロノも傷付いて行く。今よりももっともっと。この人は満面の笑みでクロノを弄んで、玩具にする。
 赦さない。そんなの、絶対に赦さない。だから私は――。

「なのは」

 この言葉を紡ごう。ここに来るまでの間、ずっとずっと考えていた言葉を告げよう。
 ”さよなら”という思いを、言葉にしよう――。






 親友はただ名前を呼んだだけだった。

「なのは」

 何の魔力も込められていない言葉。ただの声。にも関わらず、なのはは荒れ狂っていた暴発寸前の魔法を自然と停止させる事が出来た。
 楽しさ、痛み、辛さ、苦しさ、そうした諸々の感情を分かり合い、共に感じ、友達になりたい。かつて告げたこの言葉に応えてくれた一番の友達は、長柄の戦斧 の刃を敵の喉元に突きつけたまま、笑っていた。対猛獣用の単発弾頭が装填されている散弾銃を額に押し付けられたまま、微笑んでいた。
 なのはは言葉を失うしかなかった。

「なのはに会えて、本当に良かった。本当の自分を始められたのはなのはのお陰。だから、ありがとう」

 親友の言葉は異国語のようだった。まるで理解出来ない。一体何を言っているのか、短い時間の中でどれだけ吟味してみても分からない。

「フェイト――ちゃん――?」

 安らいでいるのか、それとも諦めているのか。瞳を半分閉じている親友の表情からは何も把握出来ない。ただ、先程までその顔を覆い尽くしていた凄惨な負の 感情はどこにもなかった。

「はやて」

 二人目の親友の名が呼ばれる。

「はやての明るさが羨ましかった。憧れてた。私もはやてみたいになれれば、もしかしたら、クロノと一緒になれたかもしれない」
「何……言ってんのや……フェイトちゃん、訳分からんで……」

 はやてが立ち上がる。瞬きを忘れたその表情に張り付いているのは愕然。その口から出た言葉の通り、彼女も理解出来ないのだ。
 フェイトの表情。
 フェイトの言葉。
 フェイトの瞳。
 今まで見て来たどのフェイトでもない。プレシア・テスタロッサの傀儡となり、その手足となって動いていた頃でもない。それに近しいモノはあったが、でもどこか 根本が違う。
 なのはは言いようの無い恐怖を感じた。背中に一瞬だけ震えが走る。それがどこから来て、そして何なのかが分からない。だから身体が動かない。頭も思考出来ない。 動かなければ、ここで何かしなければならないという強迫観念めいた感情が動いているというのに、身体が言う事を効かないのだ。

「シグナムに謝っておいて。追いつけなくてごめんなさいって」
「フェイト――」
「クロノのこと、支えてあげて。……私には、出来なかったから」
「――ちゃん」

 フェイトの瞳が男に向く。そして、もうなのはとはやてを見ようはしなかった。







 ”もしも”とは便利な言葉だと思う。今ならかつて母と慕い、敬愛し、その愛情を渇望した女性の気持ちが分かった。
 勇気を出して告白をしていれば。舌足らずで臆病でなければ。クロノとの間であった誤解は起こらなかったのかもしれない。
 だが、自分はきっと泣く事になると思った。
 なのはに好意を抱いていたクロノには拒絶されるだろう。
 それが耐えられなくて、自分はきっと逃げ出すだろう。
 なのはにもきっと会いたくなくなるだろう。
 沢山の嫌な体験をして、沢山の苦い思いをするだろう。
 でも、それで良いのだ。

「クロノ」

 だって、こんな結末には絶対にならなかっただろうから。
 なのはがどんな答えを出すかは分からない。クロノと同様に鈍感な彼女の事だ。きっとクロノをヤキモキさせるに決まっている。ユーノとの間で色々と事件も起こる と安易な予想だって出来た。その頃には落ち着いているだろう自分は、そんななのは達を苦笑を浮かべてはやて達と一緒に見守るのだ。
 どんな形であれ、クロノの側に居られる。義理の兄妹として、家族として、同じ時を共に過ごせたはずだ。
 支えてあげる事が出来なくても一緒に笑い合い、苦楽を共にして肩を並べる事が出来たはずだ。
 何て魅力的な未来だったのだろう。どうしてこんな結末を迎えてしまったのだろう。

「世界は……こんなはずじゃない事ばっかりだね」

 自分はクロノ・ハラオウンの剣だ。彼の行く手を阻む者、立ち塞がる者、邪魔をする者を薙ぎ払う意思ある剣だ。誰よりもフェイトはそうある事を望み、そう誓い、 だからこそクロノにはもう二度と会わないと決意してここに赴いた。彼を傷付け、彼を狂わせ、彼を苦しめた元凶を討つ為に。
 さぁ、戦おう。クロノの剣として、最初で最後の戦いをしよう。

「……寝る前みたいな眼ぇしてるなぁ」

 陰惨な笑みを潜ませた白衣の男が、面白く無さそうに吐き捨てた。大型散弾銃の引鉄に掛けている指に力を込めようとする。

「少しだけ眠いです」
「なら永眠させてやる」
「いつかは眠ります。でも、それは今じゃありません」
「なら何時だ」

 何時だろう。問われてからフェイトは少しの間だけ思案した。この先の事なんて何も考えていない。何をしたいかも分からない。
 何もしない方がいいのかもしれない。他人を、大切な人を傷付ける事しか出来ないのだから。だから、きっと気が向いたら眠る。
 ただ、その前に確実に完遂しなければならない事柄がある。それは命を賭してでも絶対にやり遂げなければならない。その後ならば、何時眠っても構わない。 だからフェイトはこう答えた。

「あなたを倒してからです」

 白衣の男は今度は面白そうに鼻を鳴らした。その眼差しには軽蔑と嫌悪と嘲笑が色濃く浮かぶ。自然と腹は立たなかった。この男にどれだけ馬鹿にされようとも 一切関知しなかった。

「僕を殺すってのか? その身体で? マジマジマジンコ?」

 四肢のあちこちには治癒魔法でも完治しなかった裂傷が刻まれている。
 左手首には自傷の痕を隠す為に特に分厚い包帯が施されている。
 肌は不健康な程に白く、顔には明らかな悄然がある。
 ここに来るまでただ歩いて来ただけだと言うのに体力だって限界を迎えている。
 魔力なんて最初の転移魔法で半ば枯渇して、今はリンカーコアに過負荷を与えて極めて乱暴な方法で生成している。バリアジャケットすら作り出せない。

「はい」

 無理だ。勝てるはずがない。気が触れた末の所業としか思えない。

「気でも狂ったか?」

 そうかもしれないと、フェイトは思った。
 死ぬつもりは無かった。でも、死ぬだろうなと思った。
 確実に生命を削る戦いになる。自覚しながらもフェイトは迷わなかった。
 思い出すような動作でバルディッシュを両手で構える。両脚を跳躍するに適した位置に移動させ、身を屈め、前傾姿勢を取る。頬を撫でて行く夜明け間近 の夜風がワンピースの裾を靡かせる。
 迷う必要は無い。
 躊躇する必要も無い。
 省みるモノも、何も無い。
 クロノの剣だから。邪魔な者を、その進む先を遮る者を斬り捨て、薙ぎ払い、消し去る”剣”だから。
 その剣が振るわれる最初で最後の瞬間にフェイトは笑った。
 脆く、儚く、歪で、綺麗な笑顔だった。

「クロノの為なら狂っても構わない」

 眼を伏せ、言葉を紡ぐ。

「狂いたい」

 いや、もう狂っている。
 好きな人を守る為にヒトを殺そうとしているのだから。
 フェイトは地を蹴った。



 ☆



 その少女は死体である。他に表現するとすれば、もしくは亡霊か幽鬼の類か。
 少女との距離は一メートル弱。ほぼ無いに等しい。この距離では銃火器よりも殺傷能力に長けた近接武装が有利だ。加えて少女が提げている戦斧型インテリジェント デバイスは長柄である。近接距離ではやはり不利は否めまい。より確実に敵の生命を断絶するのならば、距離を保ち、毎分千二百発の驚異的発射速度を誇る小型サブマ シンガンを撃ち込めば良い。
 だが、少女は死体である。魔力も身体も悄然としている。着ている白い服は死装束にしか見えない。バリアジャケットを生成する事も出来ないようだった。
 ならばそんな手間隙の掛かる行動を採るべきではない。マシンガンの予備弾倉の数もそれ程多くは準備していないのだ。言ってしまえば素手で充分である。
 少女が跳躍する。長柄の戦斧を提げ、こちらの首を薙ぎ払うべくまっしぐらに迫って来る。
 レイン・レンは背後へ跳んだ。紙一重で首を狙う一刀を回避。切り裂かれた風が耳に響く。
 そう、拳で充分なのだ。腹の底の黒々とした陰鬱なわだかまりを発露するには、この拳で眼前の生意気な人造人間を破壊しなければならない。人が好きだの何だの、 人間に近い形をしただけのモノが何を驕っているのか。苛立ちを誘っているのはそれだけではない。新機軸動力炉の開発主任を務めていた魔導師の面影を見てしまうのだ。 彼女に娘として創造されたのだから当然だろう。
 少女が再び踏み込んで来る。先程よりも速い。予測範囲ギリギリだ。

「ひゃっはぁッ!」

 奇声を上げてステップを踏む。後退するのが癪に触れた為、その場に踏み留まる。
 薙ぎ払いを長躯を屈めて回避し、顎を狙って来た掬い上げを身じろぎ一つで避け、頭蓋を砕かんと振り下ろされた一刀を横に跳んで捌く。

「―――!」

 少女の動きが加速する。視界で白と金が踊る。黒い無骨な戦斧を提げ、揺らぐ事の無い殺意と敵意をこちらにぶち込むべく迫る。
 レンは邪魔な散弾銃に安全装置を掛け、床に投げた。手元に浮遊させていた聖書型ストレージデバイスを引っ掴む。刹那、死角から横薙ぎの一刀が来た。 反射的に身体を捻り、回し蹴りで迎撃。長柄の戦斧の軌道を強引に曲げる。
 打撃の衝撃が華奢な身体を弾き飛ばす。だが、少女の眼は確実にレンを捉え、鋭い眼光を向けていた。
 背中が痒くなる。猛烈な悪寒。
 宙で二転三転と回転した少女は、こちらに背を向けて着地する。次の瞬間、少女が不意に消えた。

「え?」

 それは錯覚だと気付かさせたのは、背後に感じた殺気だった。
 残像を虚空に残した少女が背後に居た。戦斧を肩に担ぎ、足りない腕力を補うべく、小さな身体すべてを使った一撃を繰り出す。
 レンはボロ布のようになった白衣――ディフェンスコートの裾を払う。特殊繊維製の布がバサリを靡き、意思を持っているかのように右腕に巻きついた。それを 盾として戦斧を受け止める。
 衝撃。

「ちッ――!」

 鈍痛が骨の髄まで響く。死体に近しい身体状態から放たれる一撃とは思えない重さだ。
 少女は防御された事を一顧だにせず、恐るべき軽捷さを誇ってレンの懐に潜り込む。長い金髪を翻して、渦巻くように一回転。その余勢を載せた戦斧を 繰り出す。
 月と星の光に反射した黒い鈍色が眼下から迫る。回避出来る速度ではない。防御――!
 顎を庇うように割り込ませた右腕が悲鳴を上げた。包帯のように巻きつけたディフェンスコートの上からでも、その重さは確かに伝わって来た。

「人造人間……!」

 意味が分からない。ほとんど魔力も残されていないというのに、どうしてその小柄な身体からこれだけの重い一撃を繰り出す事が出来る――!?
 少女が旋風を纏う。そう錯覚してしまう程の素早さ。
 細く滑らかな少女の脚が、レンの鍛えられた脚を砕かんばかりに払った。バランスを崩した長躯が床に傾くが、レンは腕で強引に床を弾いて跳んだ。革靴の底を 削りながら着地。
 寄り添うように少女が追跡して来た。放たれる鋭利な斬撃。それを捌く度に、レンは自分の中で苛立ちが薄らいで行くのが分かった。代わりに別の感情が芽吹く。
 それは理解不能の恐怖だった。先程少女に背後から襲われた時に感じた背中の違和感。それは恐怖から来る身震いだと知った。

「くだらない!」

 有り得ない。バリアジャケットも生成出来ず、半ば身体能力だけで戦っている十歳前後の人造人間に恐怖を抱くなど。あってはならない事であり、認めてはならない 事だ。
 奥歯を噛み締め、レンは自然と後退していた脚を止めた。眼前に弾丸となって迫る少女。

「くぅだらないってぇーのォッ!」

 身体を反転させるように踵落としを繰り出した。屈強な男性をも一撃で破壊する打撃だ。そして羽ばたいた鳥をも叩き落す速度を持っている。
 だが、少女は回避した。加速を落とさず、見えない壁を蹴ったかのように機動を曲げた。

「は?」

 世界の理を無視したのような機動に、レンは思わず呟きを漏らす。それが絶望的な隙となった。
 戦斧の刃が喉元に迫る。身体が本能的に動き、ディフェンスコートを巻いた掌で防御。猛烈な痛みに襲われながら、レンは刃を掴もうとした。速度さえ殺してしまえば、 こんな人造人間など数秒で肉塊に仕立てる事が出来るのだ。
 そう思った瞬間、強い衝撃が側頭部を揺らした。視界が揺らぎ、不自然な姿勢で蹴りを繰り出した少女の姿が歪んで見えた。
 頭を蹴られた。そう自覚した刹那、レンは床に投げ飛ばされた。
 頬が床を擦る。
 引き裂かれる。
 痛い。

「クゥーソォーガァーキィー―――ッ!」

 顔半分を血塗れにしながら、レンは飛び出すように立ち上がる。怒りのあまりに視界が白熱して、思考がぼやけた。
 腰の裏から小回りの効く2.5インチの回転弾倉型拳銃を引き抜く。

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッ!」

 素手で殺すのは止めだ。手足を撃ち抜いてダルマにしてやる。

「ブッ殺すゥッ!」

 何も出来なくなった所で、高町なのはと八神はやてを眼前で蹂躙してやる。その上で耳を削ぎ、眼球を抉り、発狂するまで犯してやる。
 先程までレンが装備していた銃火器と比較すれば、2.5インチの回転弾倉型拳銃の火力は微々たるものだろう。至近距離で銃撃しなければ高い殺傷能力は望めない。 それでも疲弊している少女を殺すには充分過ぎる武装だ。
 爆発した殺意と共に銃口が少女に牙を剥く。
 だが少女は狼狽しない。静かに肩を上下させながら、それでも静かな眼差しでレンを見据えていた。



 ☆



 身体が重かった。負荷を掛け続け、魔力を搾り出しているリンカーコアは今にも押し潰されてしまいそうだ。
 一度バルディッシュを振り下ろす度に、一度跳躍する度に、命そのものが確実に削られて行く。
 裂帛の咆哮も何も無い。そんな余力があるのなら一つでも多く手数を繰り出し、レイン・レンという狂人を追い詰めたい。
 前に倒れ込むようにフェイトは駆けた。
 敵は聞くに堪えない罵詈雑言を吐き散らして、腰の裏からハンドガンを抜く。銃火器に関しては全く知識の無い素人のフェイトは、それが一体どんな種類の武装なのか 分からなかった。短くバレルが切り取られた灰色のボディは小柄で、バルディッシュと同じく回転弾倉を装備している。リボルヴァーと呼ばれる類の銃火器だ。
 攻撃力までは分からなかったが、バリアジャケットも装備していない今の状態では、一発の被弾が命取りになるのは想像出来た。
 もっと速く動かなければならない。
 その思いが僅かな魔力を身体に循環させた。自分の物とは思えない重い身体が加速する。
 敵が発砲した。乾いた銃声。それも立て続けに二発。
 生成された魔力を脚に集中。鋭いステップを踏んで回避。舞った金髪に風穴が空く。彼が好きだと言ってくれた髪が揺れる。
 別に構わない。もう会えないのだから――!
 敵の視線と銃口がこちらを向く。銃撃を回避しながら敵に肉迫するのは難しい。でもそれしか攻撃手段が無い。プラズマランサー一発すら、今のフェイトは行使出来 ないのだ。
 三発目の銃声。少しでも敵に近付かなければならないという思いがフェイトを前進させる。鋭い痛みが右腕を裂いた。掠ったらしいが無視する。こんなものは痛みの内 にも入らない。ならば脚を止める必要は無い。
 這うように疾駆。敵の照準をズラそうと身体を横に振り、デタラメな軌跡を残して敵へ迫る。
 四発目の銃声。脚を狙った射撃だった。咄嗟に横に跳ぶ。着地した片脚に魔力を叩き込んで、床を砕いて走る。敵はもう眼の前だ。加速の勢いをバルディッシュに 載せ、両腕に魔力を集中。敵の首を刎ねるつもりで横薙ぎに――!

「速けりゃ良いってモンじゃねぇーだろぉーがよぉーッ!」

 眼前に到達したフェイトを歓迎したのは回し蹴りだった。
 衝突する戦斧と蹴り。殺傷力としてはバルディッシュの方が圧倒的に上だ。だが、それを扱う側の差があまりにも激しかった。
 刃が弾かれる。柄を手放さないようにしっかりと握ると腕が千切れそうになった。
 バランスを崩したフェイトに、レンが返す刃の如くさらに蹴りを放つ。長い脚が鞭のようにしなっているように見えた。それ程までに切れと速度のある蹴りだった。
 回避出来ない。バルディッシュで受け止めようとするが、腕が痺れて思うように動かない。

「!?」
『Defenser.』

 響き渡るのは淡白な電子音声。現れたのは胎児を守るかのような白い膜。バルディッシュが備蓄魔力として蓄えていた魔力を振り絞り、展開した自動防御防壁だった。
 それが魔力強化されているとは言え、生身の人間の蹴りで木っ端微塵に破壊された。
 中和し切れなかった衝撃がフェイトを打ち、その身体を放り出した。
 夜明け間近の星空と冷たい無機質のコンクリートの大地が何度も回転する。露出している肩が削られる。破片でワンピースが引き裂かれる。
 全身を床に打ちつけても止まらず、フェイトの身体がしたたかに金網に衝突した。

「ぁ――」

 息が漏れる。意識が飛びそうになる。

「――!」

 それを歯を食いしばり、唇を噛み切って繋ぎ止めた。視界が悪い。物が二重になって見える。
 直後、五発目の銃声。本能が身体を伏せさせた。
 首元で着弾音が響く。鼓膜に激痛が走った。舞い散った火花が擦過傷だらけの肩に降り注ぐ。再び激痛。お陰で意識がしっかりした。

「逃げてフェイトちゃんッ! 逃げてェッ!」

 親友の声が耳朶を打つ。でも良く聞こえない。フィルターを掛けられたかのようにくぐもって聞こえてしまう。
 その時、違う銃声がした。先程のハンドガンよりも重く鋭い音だ。
 レイン・レンは先に手にしていたハンドガンよりも一回り以上大きい銃火器を手に納めていた。その穿つような銃口は、無造作になのはとはやてに向けられて 硝煙を吐き出している。

「黙ってろや餓鬼共が。てめぇらの相手は人造人間をダルマにしてからじっくりしてやる」
「あんたは悪魔や……!」
「僕にはてめぇらの方が悪魔に見えるがねぇ」

 悪意の塊を吐き出したレンは、なのは達に大型ハンドガンを突きつけたまま、フェイトにもう一挺のハンドガンを向ける。回転式弾倉に残されているのは一発だが、 十歳の少女の手足を撃ち抜くには充分だった。
 金網に預けている身体は、どれだけ力を入れても動いてくれなかった。鈍痛が止まない。頭の裏に原因不明の圧迫感を感じる。

「やめてェッ!」
『バルディッシュ、退避を。あなたとあなたのマスターならばまだ退避は可能です。逃げて下さい』

 レイジングハートの知的な声が、場違いな程に落ち着いて辺りに木霊する。

「………」
『―――』

 フェイトは背中を金網に引き摺るようにして、震える膝で立ち上がった。感覚の無い指は長柄の戦斧を握り締めたまま固まっている。

『バルディッシュ、あなたはあなたのマスターを見殺しにするつもりですか?』
『お前達に我が主の何が分かるのだ』
『あなたは闇を切り裂く刃であり、主の道を作り出す光であったはずです。主を守る刃であったはずです』
『―――』
『止めて下さい、あなたの主を。主が過ちを犯そうとしている時、それを正すのも我々インテリジェントデバイスの務めのはずです。違いますか?』
『違わない。遺憾だがお前の言う通りだ、レイジングハート。だが――』

 六発目の銃声が二基の会話を強制的に断った。
 次の瞬間、悲鳴が響く。

「うああああぁぁぁぁぁぁ――!!!」





 to be continued.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございました。
 レン面白いなぁ。こいつ放っておいても勝手に暴れてくれるので便利です。フェイトへの毒の吐きようは…次回も続きます。
 では次回も。

 2006/11/15 改稿





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