魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.12 Brave phoenix









 遥か空に浮かぶ黒灰色の荒野。青みがかっている空は広く、何より近い。
 ここが、この一ヶ月あまりの出来事に終止符を打ち込む為の戦場だ。
 厳かな雰囲気だった。しかし、どこか寒々しかった。
 この空間の主は、今は二人。
 敵を追い、走るクロノ・ハラオウンが獰猛に吼えた。
 口の中で砲撃魔法を炸裂させられ、宙に投げ出されたレイン・レンが奇声を上げた。
 踏み込むクロノ。
 踏み留まるレン。
 敵との間合いの読み合いや、距離を見切る等という時間の掛かる儀式は無かった。互いに感情を爆発させ、ただ敵を打倒せんと衝突しようとしていた。
 二人の距離は零となる。
 二人の武装が弧を刻む。

「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
「だぁぁぁぁぁぁらしゃぁぁぁぁぁッ!」

 耳障りな高音が響いた。
 旧式のストレージデバイスL4Uの複雑な先端と、大口径回転弾倉型拳銃レイジングブルの無骨なバレルが衝突する。拮抗は一瞬で、すぐに互いを弾き飛ばした。
 二度目の衝突は、氷結の杖の曲線を描いた先端と、2.5インチ回転弾倉型拳銃コルトパイソンの短いバレルだ。こちらも噛み合ったのは刹那であり、すぐに弾く。
 射撃戦闘にはならなかった。あらゆる方向から繰り出されるクロノの剣戟を、二挺の拳銃を用いてレンが迎え撃つ。火の粉が散り、甲高い金属音が鳴り止まない。

「どぉしたぁ!? 僕をブッ飛場すんじゃなかったのかぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 レンが嬌声を上げる。
 クロノは意を介さない。口の中でほざいていろとだけ答える。もう視界には敵しか入ってはいなかった。
 加速する剣戟。一定だった衝突音が速さと重さを増す。床を照らす火花が激しくなる。
 デュランダルを下段から切り上げる。レンは身を僅かに逸らし、その打撃を凌ぎながら、右の銃把を横薙ぎに。素早く逆手に持ち替えたL4Uで受け止め、弾く。
 レンがよろめき、クロノが踏み込む。逆手のまま、力任せにL4Uを叩き付ける。敵は二挺の拳銃をバレル部位でクロスさせて防御。衝突の衝撃が余韻のように腕に 残った。L4Uを戻すと同時に、デュランダルを平衝きの要領で繰り出す。魔力を込めた破壊力のある一閃。
 敵が身を捩った。恐るべき動態視力と反射神経を動員し、片膝と片肘で挟み込むようにデュランダルの平衝きを停止させる。先端がその懐に届くかどうか という所で止まった。
 見上げればレンの卑しい笑みがあった。

「笑っていられるのは――」

 構築しておいた術式を一斉に制御解放――!

「今の内だッ!」
『Icicle Cannon.』

 零距離で砲撃魔法を行使。凍て付く冷気の濁流がレンを吹き飛ばし、その長躯を金網に叩き付けた。激突された金網は大きくしなりを見せ、見事に歪む。
 追うように飛び出したクロノは、素早く次の術式を構築。選定したのは愛用している射撃魔法だ。L4Uの先端部と長柄の連結部位を掴み、照準を固定した。

『Stinger Ray.』

 父の声が撃発音声を入力し、虚空に円を残して魔力弾頭が発射される。冷静なら、ここで拘束魔法を何重にも詠唱しているだろう。だがそうしなかった。逮捕が 目的ではないのだから。
 高速の魔弾がレンの肩に喰い込む。二発、三発と次々に敵の身体に着弾する。非殺傷設定だが、スティンガーレイは元より対魔導師戦を前提に記述開発されている。 喩え殺傷設定でなくとも、被弾時の衝撃は並みではない。直撃ならば尚更だ。
 だというのに、レンは眉一つ動かさずに金網から身体を引き摺り出した。

「痛くも痒くもねぇんだよぉッ!」

 白衣が翻り、レンを守るようにその裾を広げた。原理、理屈は不明だが、彼が着用している白衣は堅牢な耐魔性能の他に、奇抜な伸縮性を持っている。持ち主の意 思一つで今のように着衣とは思えない動作をするのだ。
 殺到した魔弾が音も無く飲み込まれる。レンは口許を緩め、白衣を靡かせて横へと走った。手首を交差させ、二つの銃口をクロノへ向ける。
 銃撃。レイジングブルとコルトパイソンが吼える。
 レンを追うように、クロノも横へ駆け出した。呼吸を鋭くして、デュランダルを操作。スティンガーレイで損傷を与えられないのなら、それ以上の火力を誇る 射撃魔法に切り替えるだけだ。

『Icicle Lancer.』

 顕現された氷柱が、帯状魔法陣で推進力を得て投射される。弾速は劣るが、物質投射であるこの魔法は着弾時の衝撃に於いて、スティンガーレイに勝る。
 屋上を全速力で横切るクロノとレンの後を追うように、それぞれの射撃物が撃ち込まれて行く。
 マズルフラッシュと蒼白い魔法光が明滅し、断続的な閃光を生む。瓦礫が散乱する屋上を照らして、疾走するクロノとレンの影を床に映した。
 二つの銃声と投射魔法の発射音がひたすらに重なる。
 外れた射撃物が床を抉り、破壊し、破片が宙を舞い、それぞれの視界内を踊った。
 レンが跳躍した。側転をしながら正確な射撃を繰り出す。回避出来ない。L4Uで魔力防壁を展開。眼前で火花が咲き、変形した弾頭が足元に転がった。
 膝を付いたレンは、コルトパイソンで牽制射撃を行いつつ、口でレイジングブルの回転弾倉を解放し、空薬莢を振り落とすように排出する。一連の動作は曲芸じみて いたが、熟練した動作だった。再装填作業は二秒以下で終わった。今度はコルトパイソンの回転弾倉を弾き出す。
 こちらを休ませず、絶えず攻撃を繰り返す。魔力資質の無さを銃火器で補い、優れた身体能力を持って肉迫し、確実に損傷を与えて来る。
 敵を確実に殺す為の動きだった。なのはやはやてとの相性は確かに悪い。彼女達の敗北も納得出来た。

「僕にはフェイト達のような天賦の才は無い。リーゼ達に言わせれば、魔力がそこそこある方で後はからっきしだったそうだ」

 アイシクルランサーではなく、スティンガーレイを選定した。ただし、射撃時の術式をセミオートからバーストへ変更する。

「そうだろそうだろそうだろォッ! 知ってる知ってる知ってるよぉぉぉぉ〜!」
「あいつらに才能無しって言われた時は落ち込んだけど、すぐにどうでもよくなった」
「開き直るな負け犬がぁぁぁぁぁぁぁぁ〜!」
「負け犬かどうかは――!」

 バースト射撃でスティンガーレイを行使。三発の魔力弾頭がほぼ同時に発射されるが、レンはたじろぐ事なく白衣で防御した。防御魔法すら行使する必要は無いと 挑発している。

「お前自身の身体で確かめろッ!」

 敵へ向け、矢の如く飛び出す。スティンガーレイを行使。二回目のバースト射撃がレンの白衣の中に消えた。
 敵の哄笑と微かなハンマーの駆動音がする。コルトパイソンの再装填も終えたらしい。構わずに三発目を行使。ただし、術式を対物に再設定。そして目標は、 レンはなく、彼の足元に定めた。

「――!?」

 着弾した三発のスティンガーレイが派手に床を破壊した。粉砕されたコンクリートが弾かれたように四散する。
 レンが眼を細める。注意が削がれている。さらに四発目。同様に足元に狙った射撃が再度床を破壊し、敵の視界を邪魔する。

「言ったろ?」

 皮肉げに笑ってやった。
 脚に流し込んでいた魔力を活性化させ、瞬きよりも早くレンの懐へ飛び込む。見上げれば、苦悶に歪む敵の顔があった。

「一発ブッ飛ばされただけで済むと思うなってなぁッ!」

 顎を目掛け、デュランダルを切り上げた。上半身の筋力を生かした鋭い一閃。
 顎に強烈な打撃を叩き込まれ、レンの長躯が僅かに宙に浮いた。
 身を切り返し、L4Uで鳩尾を一撃。同時に装填していた魔力を衝撃力にして解放。
 重い爆音が響く。レンが身体を折り曲げて吹き飛んだ。
 長銃身の銃火器を構えるようにL4Uを突き出す。その先端が輝く。体勢を立て直すゆとり等、与えるつもりはない。
 処理限界を超える魔力を注ぎ込まれた魔力回路が悲鳴を上げた。主魔力炉が臨界を超えて稼動する。
 先端に出現する紺碧の環状魔法陣。
 長柄を覆いながら回転する帯状魔法陣。

「焼き尽くせェッ!」

 魔力供給!
 魔法選択!
 術式構築!
 制御解放!
 撃発音声!

『Blaze Launcher Full Burst――!』

 魔法現象が現実空間に顕現。大気が揺れた。
 解き放たれた魔力は砲撃魔法だ。それは強暴な閃光という姿となり、レンを飲み込む。
 だが、白衣が光の中に消えたのは一瞬だけだった。
 川の流れに逆らうかのように、敵は濁流を突き破った。熱風を纏ってきりもみし、鍛えられたアスリートの如く着地する。

「良い湯加減だなぁッ! 腰痛に効いたぜェッ!」

 もはや原型の無い白衣の襟を正して、レンはレイジングブルを無造作に構えた。
 常識を疑う戦果だが、すでに予想済みだった。
 銃撃が来た。クロノは身を低くして背後に跳び、後転して銃弾を凌ぐ。火花が眼と鼻の先で飛び散った。

「君一人で僕を何とか出来ると本気で思ってんのかぁ!? そっちの餓鬼共に何一つ勝てない君がさぁ〜ッ!」

 レンの言葉が途切れる。いつの間に再装填を終えていたのか、六発の銃弾を得たコルトパイソンの銃口が、動けないフェイト達に向いた。
 ユーノが防御魔法を構築する。ほぼ同時にレンが引鉄を引いた。
 銃弾が空間を貫く鋭い音が響く。
 しかし――。

「無駄弾に終わったな、レン」

 ユーノの防御魔法は発動しなかった。必要無かったのだ。

「残弾は後何発だ?」

 マグナム弾を止めたのは、十字架のように交差されたL4Uとデュランダルの長柄だった。
 突風さえも遅いと錯覚させる速度で疾ったクロノが、射線上に立ち塞がったのだ。
 高分子素材で構成されている二本のストレージデバイスに傷は無い。潰れた弾頭が床に落下する。
 それよりも早くクロノは動いた。

「僕はフェイトよりも遅いし、なのはのように防御出力に長けてる訳じゃない」

 敵へ一気に肉迫する。魔力強化された身体がクロノの意思を現実のものとする。
 忌々しげな蹴りが来た。紙一重で首を捻ってかわす。耳元で風の切る音がする。
 レンが身を切り返し、死角から踵落としを繰り出して来た。だが、それも読んでいる。這うようにして回避して、伸び切っている敵の脚へデュランダルを 一閃させた。
 悲鳴。
 脚を抱えて無様に床をのたうつ白衣の男。それでも彼は狡猾にこちらに攻撃を仕掛けて来た。射撃魔法のような素早い蹴りだ。しかし――。

「はやてのように優れた魔導の才能も無い」

 デュランダルで払い除ける。そもそも無理矢理な体勢で放たれた蹴りに破壊力があろうはずがない。
 レンは腰を基点に独楽の如く回転して、ダンスを踊るように立ち上がった。足技ではなく、銃把で殴りかかって来る。
 応えるようにL4Uを横薙ぎにした。
 再び斬り結ぶ旧式の杖と大口径回転弾倉型拳銃。

「でも、あの子達が持っていない物を僕は持っている」
「男にあって女に無いモノとか言ったらマジで爆笑してやるぜぇ〜ッ!」

 固有振動解析――完了。

「応用力と汎用性だ」
『Break Impulse.』

 次の瞬間、敵の大口径拳銃が爆発した。フレームは振動エネルギーで粉砕され、回転弾倉内の残弾には発火性のある魔力を流し込んでやった。
 クロノは準備していた魔力防壁で爆風と炎を防御したが、レンは完全に直撃だった。
 焼け爛れた腕を振り回して、阿鼻叫喚の絶叫を搾り出す。地団駄を踏み、ひたすらに泣き喚く。
 クロノは攻める手を緩めるつもりはなかった。宣言をまだ実行には移していないし、満足もしていない。
 レンは浅ましかった。激痛から残されていた拳銃を投げ捨て、唾液と涙を撒き散らしている。
 白衣を掴み、固有振動を解析。
 撃発音声。

「ブレイクインパルス」

 驚異的な防御性能を誇っていた白衣は塵を化して霧散した。
 敵へ踏み込む。深く。力強く。踏み締めたコンクリートの床に放射状の亀裂が走った。
 L4Uで頬を殴り飛ばす。返す刃で逆の頬を弾く。揺れる長躯。長柄を逆手に持ち替え、末端で腹部を一撃。膝を付く長躯。その頭上へデュランダルを大上段から 振り下ろす。容赦の無い打撃音が鳴り響き、男の呻き声がそれに続いた。
 さらに身を返し、回し蹴りをその顔面に放とうとしたが、これだけの打撃とダメージを受けながらも、レンの動きは機敏だった。脚払いを仕掛け、突風の如く背後へ 跳躍する。
 軽く跳んで脚払いを避けたクロノは、後退するレンを追おうとはしなかった。ただ静かに二対の魔導師の杖を提げ、準備を終えていた魔法を制御解放する。

『Delayed Bind.』
『Icicle Bind.』

 顕現された魔法現象は、漆黒の鎖と、靄を吐き出す氷柱。
 虚空から打ち出された鎖が幾重にも重なり合い、レンの身体に絡まった。間髪を入れずに足元が氷結する。半径数メートルの気温が恐ろしい勢いで低下し、思考と 身体の活動を文字通り拘束した。
 同時行使された二種類の拘束魔法によって、武装と装備をすべて失ったレンは完全に捕らえられた。

「チェックメイトだ、レン」

 呼吸をまったくと言って良い程乱さず、クロノは呟くように告げた。





 ふざけるな。
 垂らした唾液が糸を作る。苦痛と屈辱に塗れた形相で、レンは眼の前の少年魔導師を罵倒する品性下劣な言葉を探った。
 だが、何も出て来ない。いや、表現の仕方が無いのだ。

「ふざけるなぁ……!」

 ふざけるな。
 ふざけるな……!
 ふざけるな――!

「ふぅざぁけぇんなぁぁぁぁ――!」

 今すぐ飛びかかり、思いつく限りの手段でこの餓鬼を殺したい。レンの空想の中で、クロノは何十回と蹂躙された。
 勝利を勝ち得たクロノは、しかし、無表情でレンを見据えていた。その瞳に油断と隙は無い。入り込む間隙等は少したりも存在していない。
 気に入らない。
 どうしてだ。
 どうしてそんな眼が出来る。
 何かを得たような眼をしている――!

「ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるなぁぁぁぁぁぁッ!」

 弱い癖に。
 才能が無い癖に。
 誰かに守られていないと駄目な癖に。
 独りじゃ立つ事も出来ない癖に。
 どうしてだよ。
 何でだよ。
 何で――!

「僕に勝つんだよォッ!? なぁ何でだよ!」

 高町なのはと八神はやてに対しては、対ミッドチルダ式魔法用の装備を持つレンが圧倒的に有利だった。だから比較的容易に彼女達を打倒出来た。
 フェイト・テスタロッサは問題にならなかった。あんな半死半生の人造人間を殺害する等、赤子の手を捻るよりも簡単だった。
 クロノ・ハラオウンもそうなるはずだった。純粋なミッドチルダの魔導師の彼に対して、レンは圧勝するはずだった。計算でもそうだった。最新鋭のデバイスを 装備していたとしても大した問題にはならなかったはずだ。

「意味分かんねぇよ! 僕がキャラ勝ちしてんだよォッ! ああ!? 分かってんのかコラァッ!」

 それなのに、何故彼に拘束されている。装備という装備を破壊され、こんな無様で屈辱的な姿になっている。

「――クロノ――!」

 自分は今日までずっと独りだった。この餓鬼共とは違うのだ。
 独りで生きてこれた。
 それは強いからだ。

「僕は強いんだよ! てめぇとは違う! 独りじゃ生きられねぇてめぇらとは違う!」

 唯一残された武装――聖書型ストレージデバイス”テンコマンドメンツ”を手元に呼び戻し、自由の利かない腕を動かして手中に収めた。魔力で編まれた拘束の鎖が 肌を食い破り、血管を断つ。

「僕は独りで生きてこれたんだよォッ! なのに何で誰かに縋らねぇと生きられねぇてめぇに負けなきゃいけねぇんだよォッ! おかしいだろうがぁよォ!」

 そう、おかしい。こんなのは有り得ない。こんなのは認めない。

「てめぇは僕に殺されなきゃいけないんだよッ! これ決まってるの! 決定事項! 万物の掟!」

 しかし、それを現実のものとするにはこの拘束魔法が邪魔だった。これがある限り、レンは檻の中の獣だ。
 眼前に獲物が居るというのに喰えない。飢餓に近い感覚がレンの脳を侵す。理性が薄弱となり、思考が麻痺を起こした。
 テンコマンドメンツに僅かな体内魔力を循環させる。魔法現象を増幅させる口頭詠唱を実行。

「我は突撃す超人! 我は突貫す鉄人! 刹那の間ァ! 我は欲すゥ!」

 身体が膨張する。

「我は猛攻の狩人! 我は猛襲の獣ォ! すべてを粉砕しィ! 足元にひれ伏させるゥ! 奇跡をぉぉぉぉぉぉぉ起こせェェェェェェェ!」

 神経が鋭敏になる。

「アクセラレェェェェェェェタァァァァァァァァァァ!」

 額から血飛沫が上がった。限界を超えて強化された筋肉が毛細血管を圧迫し、破裂させたのだ。
 ディレイドバインドを粉砕して、アイシクルバインドから脱出する。脚は凍傷で血塗れとなっていたが痛くはなかった。極限の肉体強化魔法アクセラレータが 戦闘の邪魔となる痛覚神経を休眠させているからだ。
 頬を流れて来る血液を舐め取ると、レンはクロノへ突進する。自由を得たからには一秒だって我慢出来なかった。
 完膚なきまでに、この生意気な餓鬼を粉砕する――!
 レンが両腕を突き出して迫る。しかし、クロノは眉一つ動かさず、ゆったりとした動作でL4Uを構えていた。





 アクセラレータは極限魔法の一種だ。戦闘に不要とされるすべての身体機能を仮死状態に追い込み、身体を戦闘用に作り変える。個体差はあるが、強化有効時間は 五分から十数分。その間、使用者は驚異的な身体能力を獲得する。その代償は破壊された血管による出血多量と倦怠感、疲労感で、効果が途切れれば自力で歩行すら ままらなくなる。言わば諸刃の刃とも言える強化魔法だ。

「君の言う通り、相性問題は存在する」

 使い道が無いと踏んでいた拘束魔法の術式はすでに完成していた。いや、レンとの戦闘が始まる前からすでに構築を終えていたのだ。今はそれをL4Uの魔力回路を 介して制御解放しているに過ぎない。

「君の切り札と、僕のこの魔法のようにね」

 レンの指がクロノの鼻先を掠めた所で止まった。
 床から伸びた蒼い縄が敵の腕を絡め取り、その動きを封じ込めたのだ。
 止まったのは指や腕だけではなかった。レンの身体そのものが一時停止をされたかのように微動だにしない。
 レンは自分の身に何が起こったのか把握出来ず、眼を瞬かせるばかりだ。

「射程も発動速度も拘束力も弱いが、君のように魔力強化した身体だけで戦うような者には打ってつけの魔法さ」
「ストラグルバインド……!?」
「君の切り札はこれで終わりだ、レン」

 L4Uの末端で床を弾く。それが引鉄となり、レンに絡み付いている魔力の縄が輝き、付属効果を発揮した。
 レンの長躯が震える。細い顎と広い肩幅がガクガクと痙攣し始めた。

「うがぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!?」

 空を仰いで絶叫するレン。
 無理矢理復旧させられて行く肉体機能が、魔力で強引に増幅された全身の筋肉を認識し切れず、摩擦を起こしているのだ。その痛みは、それこそ気が狂ってしまう 程のものだろう。

「それは暴走デバイスに寄生された人達の痛みだ。強化された肉体が元に戻るまで味わうといい」
「善人面してんじゃねぇぇぇぞぉぉぉッ! こぉの餓鬼がぁぁぁぁ!」

 唾を撒き散らして、レンはバインドから逃れようと暴れ回る。
 クロノは再びL4Uで床を弾いた。縄を構成している魔力が密度を増し、付属効果をより強固にする。
 絶叫が濃くなる。もはや雑音だった。

「僕は善人なんかじゃない。君と同じで沢山の罪を犯した。フェイト達を傷付けただけじゃない、暴走事件の被害者を殺したも同然だ」

 アリサとすずかを助ける為とは言え、クロノは暴走デバイスに寄生された魔導師を一人見殺しにした。正確には植物人間にしてしまった。

「レン。僕と一緒に罪を償おう」
「償う!? ざっけんなぁクソ餓鬼! 法廷に立つ前に絞首台に立つ勢いだろう僕はぁ!?」
「そうだな、もしかしたら僕もそうかもしれない」
「そいつは残念だったなぁ! 愛しのフェイトちゃんを守れなくなるなぁ!」

 レンの悲鳴が変わる。哄笑を織り交ぜたのだ。
 苦を喜を同時に表現する狂人を前にして、クロノはL4Uを握る手を見詰めた。

「そうなるかもしれないが、絶対に罪の清算はする」

 父の形見を持つ指に力を込める。

「汚れた手じゃ、フェイトを守れない」

 この手を綺麗にするには、どれくらいの時間が掛かるか分からない。
 でも、必ず償いをする。
 我侭に聞こえてしまうかもしれない。自分勝手かもしれない。

「あの子を……本当に……抱き締めてやれない」

 今、この手でフェイトを守れば、彼女も汚れてしまうのではないかと思ってしまったのだ。
 そんな事は誰も望んではいない。
 クロノはレンに背を向けた。対ミッド式魔法に突出した防御性能を誇る彼だが、強化された肉体と充実した対策装備が無ければただの人間だ。拘束力が弱い ストラグルバインドとは言え、その束縛から逃れる術は無い。
 品性下劣な言葉を背に受けながら、クロノはフェイト達へ歩み寄って行く。
 なのはに支えられ、何とか座っているフェイトが見えた。ユーノに治療されたらしく、血に汚れた酷い格好だが、それでもずっと元気に見えた。

「クロノ――!」

 立ち上がろうとするフェイトだが、巧く行かない。脚にはまだ力が入らないようだ。
 支えていたなのはは、少し迷うような素振りを見せて、思い切ってフェイトの背中を押した。

「あ……」

 フェイトはよろめきながら、クロノの胸に倒れるように飛び込んだ。
 柔らかな身体を受け止めてやる。
 珍しく意地の悪い行動をしたなのはを見ると、彼女はどこか恥ずかしそうな笑みを浮かべていた。
 頭の裏を掻いたクロノは、少し躊躇った後、フェイトの肩を抱いた。

「ただいま」
「お……かえ、り……なさい……」

 フェイトがクロノの胸に頬を埋める。すぐに指を服に絡めて来た。

「待たせたか?」
「……ううん……。そんな事、ない……」
「怪我は大丈夫……なはずがないか。まだ痛むか?」
「……少しだけ……」

 レンに撃ち抜かれた左肩の傷は一応の塞がりを見せているが、銃痕はそのままだ。
 クロノは二本のストレージデバイスを片手で握ると、フェイトの傷痕をそっとなぞった。華奢な肩が微かに揺れる。
 治癒魔法を詠唱する。傷の治療ではなく、傷痕を消す為だった。

「……暖かい……」

 フェイトは眼を伏せた。
 治癒魔法に保温効果は無く、恐らくは錯覚だろう。それでも彼女はクロノの魔力から彼の温かみを感じていた。
 クロノは照れ臭くなって鼻先を掻こうとしたが、生憎、空いている手が無かった。

「少し眠ると良い」
「……やだ、よ……」
「どうして?」
「……もう少し……このままで、居たい……から……」

 フェイトは貪るように身体を押し付けて来る。両手が塞がっているクロノはなされるがままだった。
 やり場の無い気恥ずかしさに視線を彷徨わせると、なのは達が見えた。こちらもボロボロで怪我だらけだった。だが無事である。誰一人として欠けてはいない。
 これで終わった。対策本部施設の状況が気がかりだが、シグナム達ならば大丈夫だろう。これは決して希望的観測ではない。彼女達ならば、きっと無事に本部を死守 してくれると信じている。
 終わったのだ、これで。本当に、何もかも――。

「おい」

 無粋な声が耳朶を打った。





 to be continued――!





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございました。
 書いていて思った素朴な疑問。絶対に暴発するよな、レンの拳銃…。まぁそれはそれ。こういう時に便利な言葉”魔法処理”が踊る。
 力押しじゃなく、意外と地味に攻めてるクロノ君。L4Uがオリジナルデバイスであり、さらにデュランダルがエターナルコフィン以外の魔法が不明なので、あまり 派手にオリジナル魔法を出すのもあれだったので、既存の物でやりくりしてみました。ただ、それだとL4Uが霞むのでまた勝手な魔法を出したり。
 レンの尋常離れにハクが付いて次回に。
 では次回も。








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