魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.12 Brave phoenix









 ゆっくりと肩越しに振り返る。

「おいおいおい」

 そこに立っているのは他の誰でもない。
 レンだ。
 彼は顔が歪む程の引き攣った笑みを作った。

「まだ早ぇよ」
「………」
「なぁ、まだ早ぇよなぁ、そういうハッピーエンド」
「………」

 薄まっていた緊張感はすぐに戻って来た。緩んでいた神経を覚醒させ、男の挙動を注視する。
 この男は諦めてはいない。まだ何かを隠している。まだ、何かをするつもりでいる――!
 行使していた治癒魔法を止めて、クロノはフェイトを抱えて跳ぼうとした。
 その直後に、レンが動いた。

「つぅーかさぁ、ハッピーエンドにはさせねぇよ。ああ、そうさ」

 片手で聖書型ストレージデバイスを開く。ページが風に舞ってガサガサと開き、カーテンのような魔力光を幾重にも放出し始めた。
 クロノはすぐに敵の様子がおかしい事に気付いた。テンコマンドメンツの性能は詳しくは知らないが、補助、回復魔法に特化し、それらを行使する以外の機能 は、ほぼすべて排除されているはずだ。少なくとも、大量の魔力放出を行う機能は搭載していない。

「やらせねぇぇぇぇよぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!」

 咆哮は撃発音声だったのかもしれない。
 ストラグルバインドが苦も無く霧散された。自由を得たはずのレンは、しかし、酩酊の足取りで身体を揺らし、こちらに襲い掛かって来るような素振りは見せない。 胸と肩を異常な速度で上下させ、垂れた前髪の隙間から嬉々とした眼差しを向けて来る。
 レンから溢れるような魔力を感じた。その量、その密度は普通ではない。炉心でもあるかのようだ。魔力も資質もほとんど無く、機械に依存して魔法を行使 していた男とは思えなかった。

「――まさか――!?」

 クロノはフェイトを抱きながら、二本のストレージデバイスを構える。予想が正しければ、レンの身には恐ろしい事態が発生しているはずだ。
 敵が膝を付いた。胸と肩は相変わらず激しく動いている。何かが生まれるのを待ちわびているように。
 間違いなかった。この狂人は数多の手段の中から、最悪の一つを選んでしまった。

「暴走!?」
「ご名答だクロノ君〜〜〜〜〜〜〜ッ!」

 見開いた眼は充血し、半ば白眼を剥いていた。
 テンコマンドメンツの魔力光が、突然止んだ。いや、次の段階に移行したのだ。
 解放された聖書型ストレージデバイスを基点として、湖面に広がる波紋のように、”黒”が狂人を侵食し始めた。
 くたびれていたスーツが黒一色になり、身体と同化。影のように線がくっきりと浮かぶ。革靴が素足のようになり、靴と服、その下にある素足との境界線が消えた。
 身体を支配した”黒”は、首を伝い、正視に耐えかねる浅ましい形相を塗り潰した。口が消え、鼻が消え、耳が消え、眼が消え、髪が消え、何も無いマネキンを連想 させる面妖な面構えを作った。
 黒くなったテンコマンドメンツは、すでにレンの手には無かった。マスターである彼と一体化してしまったのだ。
 変質を終えようとしている狂人を前に、クロノは舌打ちを堪え切れなかった。
 感じるのだ、大気の振動を。
 デバイスを暴走させ、自ら進んで暴走体に成ったレイン・レンに、屋上の空気はどよめいていた。

「最悪だ……!」

 変質が完了する。
 いつか見た、そして忘れられない存在。
 Sクラスの魔導師と双肩する魔力と能力を誇る暴走体――”影”。

「何が才能が無いだ。いきなりSクラスじゃないか……!」

 悪態をつくクロノを無視するように、影、いや、暴走デバイスに寄生されたレイン・レンが立ち上がった。
 マネキンの顔がクロノとフェイトを見据える。静かな佇まい。しかし、明らかに異質な存在。
 レンは黒く硬い皮膚の下で笑っていた。もちろんそれが見えるはずもないのだが、クロノは直感でそう思った。
 そして、それは間違っていなかった。
 レンが前傾姿勢を取る。突進して来るつもりだと悟った時、敵はすでに走り出していた。
 咄嗟に防御魔法を構築して、砲弾のような突進を受け止める。

「ぐぁ……!」

 砕かんばかりに衝撃が腕を伝う。防御魔法陣を二本のデバイスで維持する片手が震えた。
 レンの突進は止まらない。押し潰そうと床を蹴り飛ばして来る。

「ユーノッ! なのは達を連れて逃げろッ!」

 クロノの一喝が、今まさに助けに入ろうとしていた三人の脚を止めた。

「で、でも! いくら君でも一人じゃ……!」
「何とかする! いいから行けッ!」

 フェイトを抱きかかえ、防御魔法を解除。眼前に迫る黒い壁を跳躍して回避した。

「フェイト、君も行け」
「いや」

 即答だった。
 胸の中から、こちらを覗き込んで来る紅い双眸に気付く。

「フェイト、我侭は後でいくらでも聞く。だから今は逃げてくれ」
「いや」
「フェイト!」

 声を荒げてしまうが、フェイトの瞳は揺れなかった。
 傷付き、弱々しくなっていた眼差しはもうどこにもなかった。
 バリアジャケットを掴んでいた指にさらに力を込めて、フェイトは言った。

「私も戦う」

 再びレンが突っ込んで来る。床を転がって回避。間髪入れずに撃ち込まれる追撃の蹴りを後退して凌ぐ。

「馬鹿を言うな! そんな身体で……!」
「大丈夫。戦えるよ、私」

 破片を蹴散らして着地すると、休む間も無く射撃魔法の応酬が来た。赤黒い魔力弾頭の掃射だ。フェイトを抱えてはとても回避し切れない。
 防御魔法を再度構築。着弾した弾頭が煙となり、視界を真っ白にした。

「私はクロノの剣だから」
「……フェイト……」
「守られるだけじゃ、剣じゃない。それに」

 白煙が立ち込める中、フェイトはクロノの手から逃れた。彼に背を向け、傷だらけの身体で立ち上がった。

「守って欲しいって、クロノは私に言ったよね?」
「………」
「一緒に戦おう、クロノ」

 細い手が差し伸べられる。見上げれば、満面の笑みがそこにはあった。
 殺傷設定の魔法が飛び交う戦場の真っ只中で、フェイトは笑っていたのだ。
 クロノは防御魔法の出力を維持しながら、一瞬だけポカンと呆けてしまった。

『クロノ! フェイトを連れて下がって!』

 早口なユーノの思念通話がクロノを我に帰らせる。
 迷ったのは本当に数瞬だけだった。

『ユーノ、行ってくれ。フェイトは……僕と一緒に戦う』
『そ、そんな! 何言ってるんだ君は! 魔力だって体力だって、フェイトは空っぽで……!』
『大丈夫だよ、ユーノ。私とクロノを信じて』

 迷うような沈黙が落ちる。フェイトの傷を思えば無理をしてでも連れ戻すべきだろう。

『ユーノ君』

 なのはの声が響く。彼女はいつもの優しい声音でユーノに言った。

『二人を信じよ』
『………』
『ね?』

 長いように思えて、二秒あまりの静寂の後。

『分かったよ、もう』
『……ありがとう、ユーノ。我侭言ってごめんね』
『分かった事があるんだけど、アースラで一番無茶するのは、君達二人で決定だ』

 ユーノが溜め息をつく。そして、こう続けた。

『クロノ、絶対に守れよ』

 言葉には出さず、クロノは頷く。

『フェイトちゃん、頑張って』

 フェイトもクロノを倣い、ただ黙って頷く。

『二人とも、ブッ飛ばせェッ!』

 はやての元気な声援を最後に思念通話が途切れた。
 L4Uの補助を受けているが、防御魔法陣の維持が徐々に難しくなって来る。敵の射撃魔法の精度と火力の高さは並みではなかった。
 視界は相変わらず白煙で支配されている。敵の射撃魔法が着弾する度に魔法陣が揺れて火花を散らせた。

「フェイト」

 彼女の手を取り、掌を重ねる。五本の指を絡め、離れないようにしっかりと結ぶ。

「バルディッシュがどこにあるか分かるか?」
「うん。少し離れてるけど、あっち」

 フェイトが西を指差した。着弾の煙で見えないが、彼女の言葉を信じるなら、そこには彼女の唯一無二の武装が転がっているはずだ。
 鈍い音がして、防御魔法陣に直射上の亀裂が走った。崩壊は目前に来ている。

「行くぞ」
「うん」

 頷き合った直後、防御魔法陣が崩壊した。
 硝子が粉砕される清音。豪雨のように押し寄せて来る敵射撃魔法。
 二人は手を繋いだまま飛翔した。フェイトが指し示した方角へ駆け抜ける。
 レンが追って来た。元から尋常離れした身体能力に暴走の魔力が追加されている為、その速度はあまりにも速かった。
 前方に回り込まれる。半身を下げ、以前の影も多様していた格闘攻撃――貫手を繰り出した。
 動いたのはフェイトだった。繋いだクロノの手を引っ張り、それを反動としてレンの顔面を両脚で蹴り飛ばした。
 魔力も何も付随されていないものの、加速と反動の余勢は充分に生きていた。
 少女の非力な蹴りは、レンの姿勢を崩すには充分だった。透かさずクロノが重ねて構えたL4Uとデュランダルで殴打し、敵を薙ぎ倒す。
 閃光の戦斧はすぐそこに見えた。

「フェイト、受け取れ!」

 クロノがスティンガーレイを撃ち込み、バルディッシュを宙に放り出す。放物線を描いた鋼のデバイスは、伸ばしたフェイトの手中に見事に収まった。

「バルディッシュッ!」
『Yes sir!』

 恐らく始めてだろう。バルディッシュは寡黙さを排し、覇気に満ちた声でフェイトに応えた。
 二転三転して離れて行ったレンが身を起こした。首の間接を鳴らしてダメージを確認するような動作をしている。完全な暴走状態にあるというのに、未だレイン・レン という人格は遺されているようだ。テンコマンドメンツに搭載していたロッティンバウンドに何かしらの処置を施していたのかもしれない。
 もっとも、そんな事はどうでも良かった。
 クロノは二本のデバイスの内、一本に視線を移した。父の形見ではなく、恩師の遺した氷結の杖だ。
 一つの術式を構築する。ほとんど使った事の無い補助魔法の一つだ。

『Divide Energy.』

 中枢機能を司る菱形の宝石から魔力光が溢れる。主魔力炉に備蓄されていたすべての魔力が排出され、バルディッシュの金色の宝玉に流し込まれた。

『Power charge.』

 戦斧の刃が駆動する。吐息をつくかのように、ダクトが轟音を上げて白煙となった魔力残滓を吐き出した。

『Supply complete.』
「ありがとう、デュランダル。休んでくれ」
『Good luck in battle the boss.』

 稼動用の魔力すら放出したデュランダルが静かに沈黙した。駆動光が消え、待機状態のタロットカードへ戻る。

「……クロノ……」
「僕の魔力の半分を移した。……足りなかったか?」

 俯いたフェイトは勢い良く首を横に振り、無邪気な笑みを向けて来た。

「いっぱいだよ」

 眩い光がフェイトの身体を包み込み、白いワンピースを黒い服へ変えた。紅いベルトが胸と腰に現れ、桃色のスカートを作り出す。しかし、髪は二つには結わえられず、闇色のマントも無かった。
 風が屋上を撫でて行く。雨雲をどこかに攫って行く優しい風だった。
 長い金髪が翻った。フェイトは耳元でそれを押さえて笑いかけて来る。
 クロノは中途半端に形成された彼女のバリアジャケットに危うさを覚えながら、しかし、場違いに綺麗だなと思ってしまった。
 フェイトは左手で。
 クロノは右手で。
 それぞれのデバイス――バルディッシュとL4Uを握る。
 フェイトは右手を。
 クロノは左手を。
 決して離れぬように繋いだ。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございました。予告編では影も形も無かったのですが、ここからが本当にラストバトルです。
 クロノがレンをのして終わり〜という構成は最初からありませんでした。クロノとフェイトが一緒にレンと戦うのは、SCで絶対にやりたかった事の一つ。お陰で なのは達が完全に蚊帳の外。書いてて寂しかったものの、これはクロフェなので割り切り。
 なのはは公式で話を盛り上げる補助魔法(ストラグルバインドやディバイドエナジー)があるので、こういう時には重宝します。デュランダルの勝手な喋りは妄想で。
 この話、クロノがディレイドエナジーを使った辺りからBrave phoenixを是非。次回は全部Brave phoenixです(謎)。
 では次回も。

 2006/11/27 改稿







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