「怖いか?」
「ううん」

 怖いはずがない。

「本当に?」

 繋いだ手と手の温もりが。

「うん」

 私を強くしてくれるのだから。














魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

Brave phoenix














 敵――レンが、構えを取る。
 片脚を引き、シルエットだけの顔を向けて来る。
 見える事の無い眼差しが、クロノとフェイトを射抜く。
 そこにあるのは、害意の感情。逃れ様の無い憤慨。明瞭な殺意。
 それでもフェイトは震えない。
 恐怖を感じない。
 ふと、空を見上げた。
 薄暗い空。
 雨雲が消えた空。
 星空が遠くなった空。
 陽の光を待ちわびている――空。

「雨、止んでたんだね」
「ああ」
「晴れるのかな?」
「晴れるだろう」
「晴れたら……良いね」
「そうだな。そしたら……また、出掛けよう」
「うん」

 敵が迫る。
 繰り出された貫手がクロノとフェイトを断った。
 右に跳んだフェイトは、バルディッシュに静かに命令を下す。

「ザンバーフォーム」
『Yes sir.』

 閃光の戦斧が可変する。
 戦斧が回転し、長柄を収縮。刃部が分離し、鍔となり、金の宝玉が柄へと移動する。
 しかし、光の刃は出現しなかった。ザンバーフォームへの完全な可変には、カートリッジ二発分の圧縮魔力が必要だ。今は一発たりとも無い。
 刃を持たない剣を提げたフェイトを、黒い弾丸が襲う。
 フェイトは軽く屈み、跳躍。弾丸が後を追い縋るが、すぐに止まった。
 クロノのスティンガースナイプが炸裂した。脚に直撃を受けたレンは、脚払いを喰らったかのように派手に転倒した。

「クロノ」

 彼を守る。
 彼の側に居る。
 ずっと、ずっと、一緒に居る。
 想いを積み重ね、フェイトは空を駆け抜ける。
 その速度はまさに風だった。
 想いは風となり、少女の背を押して行く。
 眼下の屋上が小さくなった時。

「バルディッシュ!」
『Zamber form.』

 貰った暖かな力を解き放った。
 掲げられた黒い柄から剣が生まれた。空を突き抜けて、光の刃は伸びて行く。
 頭上を鳥達が飛んで行く。羽ばく音は、歌を唄っているようだった。
 消えかけている星を背に従え、フェイトは降下する。独力によるザンバーフォーム発動は、クロノから受け取った魔力のほとんどを使い果たしていた。
 だが、枯渇はしていない。
 何より、彼の暖かさは胸の奥にある。
 リンカーコアを満たし、身体を炎のように熱くする――!
 小さくなっていた屋上がすぐそこに来た。眼下のレンをしっかりと捉え、闇を斬り裂く刃となった相棒を握り直し――。
 一閃。
 二メートル相当の半実体魔力刃は、文字通り、ビルを叩き割った。クレバスのような深く大きな亀裂が屋上を分断するように走り、高層ビルディングを揺らす。
 レンは紙一重で避けていた。硬質化している皮膚に破片の雨が降り注ぎ、硬い音を立てる。
 ザンバーフォームを警戒しているのか、彼はすぐに攻めては来なかった。
 フェイトは斬撃の反動に全身を震わせながら、顎をぐっと引き、敵を直視する。

「行くね」

 胸の暖かさは勇気となり、フェイトの心と身体を支えた。






 気が付けば彼女は側に居た。
 まるで花のように、フェイトはクロノに寄り添い、戦う。
 振るわれる剣は眩しくて。
 消えたと思ってしまう程に剣戟は鋭くて。
 そんなフェイトが愛しくて、クロノは彼女に寄り添い、戦う。

「スナイプショットッ!」

 二度目の撃発音声を得た意思を持った魔弾が、螺旋を曳き、レンの腹を直撃する。
 直後、爆発。
 激しい炎に包まれるが、敵は物ともせずに飛び掛って来た。相変わらずの徒手空拳だが、右手を懐に引き絞っている。
 貫手が放たれ、クロノの胸へと迫る。
 その時、視界に金髪が踊った。
 フェイトがザンバーを振り翳す。こめかみに光刃を喰らい、レンが側転をするように薙ぎ倒された。返す刃でさらに斬り付ける。胸に深い斬痕を負ったレンは、 堪らずに飛び退いた。

「大丈夫、クロノ?」

 クロノの胸に背中を預けて、フェイトが見上げて来る。

「ああ。フェイトは?」
「全然平気。ちょっと身体が重いかな?」
「下がるか?」
「そしたら誰がクロノを守るの?」

 薄く頬を赤めるフェイト。

「そうだな」

 クロノは失笑して、フェイトの細い腰に腕を回した。

「そうなると困る」
「……ん……」

 ああ、そうだったんだ。
 フェイトの髪を撫でた時、クロノは宝物という言葉を理解した。
 誰よりも守りたいと思ったモノ。
 今、甘えるように身体を寄りかけている少女だ。

「……もう、二度と迷わない……!」

 君の為に。
 僕の為に。
 戦う意味を――見失わず――!
 顔を上げれば、帯状魔法陣を腕に纏うレンが見えた。構築されている術式が何なのか、看破する前に敵は術式を制御解放する。
 直射型の砲撃魔法だった。惨禍の濁流が猛然と押し寄せて来る。
 クロノはフェイトの頭をひと撫でして、その背をとんっと押した。
 物惜しげに前に出たフェイトは、次の瞬間に風となり、砲撃魔法へ駆け出す。
 一閃。
 両断。
 消滅。
 二発目が来る。予想済みだった。
 クロノはL4Uを構え、一歩を踏み出す。
 疾走。
 突進。
 解放。

『Blaze Saber Gat Ready――!』

 灼熱の魔力刃が赤黒い砲撃を薙ぎ払う。魔力と魔力が衝突し、摩擦し、互いを相殺し合う。
 フェイトが空に舞い上がる。鳥が翼を広げるかのように両腕を伸ばし、ザンバーを構え、レンにまっしぐらに肉迫する。
 開始された剣戟は鮮烈だった。クロノすら軽く眼を奪われてしまう程のものだ。
 そして気付く。ザンバーを操り、命のやりとりを行いながら、笑っているフェイトに。
 とびっきりの無邪気な笑顔だった。
 クロノは思った。彼女は嬉しいのだ。剣として自分と共に戦える事が、嬉しくて嬉しくて仕方がないのだ。

「僕も……嬉しい」

 クロノも笑った。昔、どこかに置き去りにした子供らしい無邪気な笑顔で。
 夜明けを待ちわびる空の下、クロノは術式を構築し、制御解放した。






 恐ろしく充実していた。
 こんなにも心が満たされていた時があっただろうか。
 敵が、クロノが設定した空間に入り込む。
 本来行使に必要となる倍以上の魔力を供給し、詠唱――!

「ディレイドバインドッ!」

 束縛の鎖がレンの両腕に絡み付く。上半身が引っ張られ、姿勢を崩された。
 フェイトがザンバーを肩に担いだ。光刃が一際輝き、唸り声を立てる。

「ジェットッ!」
『Zamber!』

 もがくレンの肩に、大上段からの一刀を叩き込む。
 魔力の残量から、発動した斬撃魔法は本来のものよりも攻撃力はずっと低かった。それでも光刃はレンの黒いシルエットに食い込み、巨大な斬痕を刻んだ。
 刃を突き立てられたまま、レンはフェイトを蹴り飛ばそうとする。暴走する前からもそうだったが、異常なまでの打たれ強さだ。
 槍のような爪先が、少女の喉に迫った。

「無駄だよ、レン」

 フェイトの前に飛び込んだクロノが防御魔法陣を構築し、爪先を弾き返す。
 しかし、レンは攻撃の手を緩めない。次の打撃を放とうと身構える。
 そんな敵の顔面に、L4Uの先端を押し当てた。

「君に僕らは倒せない」
『Blaze Launcher.』

 二度目の零距離砲撃を受けたレンが、爆炎と黒煙の尾を曳いて吹き飛ぶ。
 クロノは一つの思いを実感していた。
 フェイトと心が通じ合っている。
 手は離れているのに、心が繋がっている。
 それは無限の力を与えてくれた。
 この実感を噛み締めながら、しかし、思ってしまう。
 この戦いが終わった時、フェイトと離れ離れになってしまう。そして、次にいつ会えるか分からない。
 きっとフェイトは泣くだろう。
 もしかしたら、大人になっても泣いているかもしれない。
 でも、このかけがえのない刻が、きっと彼女を救ってくれるだろう。未来の地図になってくれるだろう。
 だから、今、全力で戦う。
 これから作られて行く道を、新しい道を、惑わずに歩いて行く為に――!

「バルディッシュ! 頑張ろう! もう少しだから! もう少しで全部終わるから――!」
『Yes――sir――!』

 紫電と火花を撒き散らすバルディッシュ。ザンバーフォーム維持に不足している魔力は、彼が自身に多大な過負荷を与える事で補っていた。
 高分子素材の構成材が脱落して行く。白銀のフレームが露出して爆発を起こす。
 それでも鋼のデバイスは宝玉を輝かせる。希望に満ちた光を生み出し、それを魔力として光刃を維持する。
 その時、新たな光が差し込んで来た。
 白くなる視界。クロノは思わず空を仰いだ。

「―――」

 夜明けだった。
 ビルが屹立する歪な地平線から、命が息吹くように太陽の光が溢れ出す。






 眩しさを増して行く空の荒野に、三つの影が動く。
 荒い呼吸を繰り返しながら、フェイトは笑顔でレンと衝突する。数回の衝突を繰り返し、数十回の剣戟を繰り出し、斬り結ぶ。
 沢山の斬痕と銃痕と身体中に作ったレンは、明らかに緩慢になっていた。
 いや、何かに脅えていると言うべきだろう。動く一つ一つに迷いがあるのだ。
 鳥達の羽ばたきがまた聞こえた。

「フェイト!」

 クロノが呼ぶ。掃射されたスティンガーレイがレンの鳩尾に雪崩れ込む。地団駄を踏み、敵がよろめいた。

「クロノ!」

 フェイトが呼ぶ。よろめく敵をザンバーで斬り伏せ、跳躍。背後のクロノと再会した。
 クロノが右手をフェイトの左手に伸ばし、強く繋ぐ。
 フェイトは前を向いたまま、指に力を込めた。
 言葉は要らなかった。
 一緒に床を蹴る。どこかに旅立つような足取り。
 空を明るくする陽の光よりも、もっともっと眩しく、輝いた笑顔で、二人は敵に向かって駆けた。

「L4U!」
『Yes my son――and daughter.』

 フェイトはL4Uを見る。
 白い魔導師の杖はそれ以上何も語らなかった。
 驚きはすぐに暖かさになった。
 瞳に涙を溜めて、フェイトは心から嬉しそうに微笑んだ。

「バルディッシュ!」
『Yes sir!』

 半壊した鋼のデバイスが雄々しく答えた。
 レンが後ずさりをする。今すぐにでも背を向けて逃げ出してしまいそうな物腰だった。

「これで――!」

 右手でザンバーを振りかぶるフェイト。

「終わり――!」

 左手でL4Uを振り上げるクロノ。
 空いている手で互いを繋いだまま、二人はレンの眼前で――!

『だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!』

 振り下ろされた二つの刀身が、レンを両断した。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございました。
 お気づきになっている人が多いと思いますが、描写は全部サブタイトルの通り、Brave phoenixです。SCの展開を考えて、ラストバトルがクロノ&フェイト vsレンになった時、ここに至るまでの過程を振り返ると、驚くぐらいBrave phoenixの歌詞がピッタリ当てはまってました。なので、書き始めた当初から こういう描写、こういう内容にしようと思ってました。まさにラストバトル。
 次回で♯12も終わります。SCも終わりが近付いて来ました。
 では次も。

 2006/11/27 改稿







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