魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.6 Pain









 雨が降っていた。
 肌を刺すような冷たい雨だった。
 心を凍らせるような冷たい雨だった。
 その雨を、桜色の光が貫く。

「なのはッ、そっちッ!」

 雨音を蹴散らすユーノの警告。
 ミッドチルダ中央都市。質実剛健のオフィスビル群。雨が地面を叩く規則正しい音が支配する街。
 なのはは水飛沫を上げながら停止した。
 敵――暴走体が迫っている。ユーノの拘束魔法を強引に引き千切り、なのはの生命を奪おうと肉迫して来る。
 迎撃しなければならない。それこそ、殺すつもりで。
 そうする事に迷いは無かった。
 暴走体が射撃魔法を放つ。弾速重視の高速魔法弾頭。彼らが総じて使って来る牽制魔法だ。ストッピングパワーは低いが、貫通性能に優れ、防御魔法に対しても高い 破壊力を持っている。
 だが、弾頭はなのはを捉える事は無かった。
 レイジングハートが魔法防壁を自動発動。弾かれた弾頭があらぬ方向へ跳弾する。
 暴走体が脚を止める。砲撃魔法を行使するつもりなのか、歪な形状に変化したデバイスをなのはへ向ける。
 それと同じように、なのはもレイジングハートを暴走体へ向けていた。しっかりと地面を踏み締め、右手で柄を支え、左手でカートリッジマガジンを掴み、照準 を固定する。
 カートリッジロード。薬莢排出。
 構築した術式を制御。トリガーヴォイス入力と同時に解放。

「ディバイン――!」

 暴走体が砲撃魔法を解放した。黒い魔力の塊が来る。
 恐れは無かった。迷いが無いように。なのはは瞬きを忘れ、抱えたレイジングハートと術式制御に神経を集中させる。
 暴走体を倒す。
 倒し続ける。
 打倒する。
 鎮圧する。
 駆逐する。
 クロノとフェイトをメチャクチャにした彼らを、なのははただひたすら、倒す。

「バスタぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああッ!!!」

 ずっと続く雨音の中に、少女の絶叫が響き渡った。



 ☆



 あれから一週間が経った。
 なのはやはやて、ヴォルケンリッター達は正式にデバイス暴走事件対策本部に組み込まれ、現在は特例としてアースラに駐留している。一週間前のSクラス暴走 体事件を教訓に、戦技教導隊や武装隊がさらに増員され、対策本部は厳戒令が出されたような物々しい雰囲気を醸し出していた。
 暴走件数は徐々に減りつつあった。一時期のような狂った数の暴走体は現れてはいない。だが、出現する暴走体の多くは発生と同時にAAクラスを超えて いる場合が多く、鎮圧に当たっている局員達は心休まる時間を過ごせずにいた。
 アースラはミッドチルダ中央都市部にある対策本部の上空に常に駐機し、都市全域を見渡している。他にも数隻の艦船の姿があるが、巡航L級艦であるアースラの 姿は突出して目立っていた。本来はこのような運用は前提とされていないものの、多くの駆逐艦や高速艦が多次元世界の任務に従事しており、こちらに回す事が出来 なかった。
 不適格ではあるが、アースラが旗艦として、大規模な暴走事件に備えていた。



 なのはがシャワールームから出て来ると、ユーノとはやてが通路で話していた。

「はやてちゃん」
「お帰り、なのはちゃん」

 管理局の制服姿で、はやては車椅子に乗っていた。
 なのはは、まだ完全に乾き切っていない髪をタオルで拭きながら彼女を迎える。

「うん。ただいま、はやてちゃん」
「待機室に顔出さへんから心配したで?」
「ごめんね。雨でびしょびしょだったから」
「暖まった?」

 首からタオルを下げたユーノが訊く。彼の髪もまだ生乾きだった。

「うん。眠くなるくらい」
「少し寝た方がいいよ。昨日は仮眠で終わってるんだから」
「ほんならご飯食べてから寝るか? さっき厨房借りてパスタ作ったんや。時間も無かったから大したもんやないんやけど」
「本当? 良かった、実はお腹ぺこぺこだったんだよ」
「あはは。そら良かった。ヴィータには釘刺しといたからまだ残ってると思う。何やったらもう一品作るけど?」
「はやてちゃん」

 会話を遮断するようになのはが呼んだ。

「フェイトちゃんは?」

 はやての顔から笑顔が消えた。いや、元々笑顔は作られていたものだった。本来の表情に戻ったと言った方が適切な表現になる。
 眼を伏せ、はやては唇を噛んだ。

「……変わらへん。ずっと塞ぎ込んでる」

 フェイトが自傷行為に走ってから一週間。時間は彼女に僅かばかりの回復の兆しを見せている。
 最初の一日目は酷いものだった。眼を覚ましたフェイトは、狂ったように自傷行為に耽った。凶器――バルディッシュが手元に無い事を知ると、今度は爪を立てた。 リンディとアルフ、なのはが付きっ切りで居なければ本当に自殺してしまう所だった。
 食事も水分も摂らず、三日目で彼女は昏睡した。
 翌日となった四日目になって意識を取り戻して、それからは多少落ち着いていた。なのは達の問いかけにも微かだが受け答えもするし、僅かだが食事や水分を摂る ようになった。だが、その動きは痛ましい程に機械的だった。
 六日目になって、身体もそれなりに回復した。だが、何度も傷付けられた左の手首には少女の腕とは思えない大きすぎる傷跡が残った。医療魔法の傷痕性能を持って すれば消す事も可能だったが、フェイトは頑なにそれを阻んだ。彼から贈られた腕時計を片時も放さず、彼女は傷付けた自分の左手を抱き、傷跡を消そうとするリン ディとアルフを睨め付けた。
 もうどうする事も出来なかった。そして七日目となる今日。彼女に変化は無いという。傷を消そうとせず、彼との思い出に縋り付いている。
 アルフは荒れた。どうする事も出来ない自分を恨み、フェイトの看病以外の時はずっと泣いていた。泣き疲れ、食堂でザフィーラの肩に寄りかかって眠っている時 がある。
 リンディは時間が許す限りフェイトの側に居た。掻き毟られた金髪を綺麗に研いで、笑顔で話をしている。疲労の色は全く見せずに。
 なのははユーノと共に暴走体の鎮圧を行いながら、アルフやリンディと交代でフェイトを診ていた。
 一緒に食事をして、一緒に入浴をして、他愛も無い話をする。なのはに出来るのはこれくらいしか無かった。それ以上の事は何も出来なかったし、何をしてあげら れるのか分からなかった。
 いや、してあげられる事はあった。

「クロノ君は……?」

 クロノを連れ戻す。それがフェイトにしてあげられる唯一の事なのかもしれない。
 はやては力無く首を横に振った。

「捜査課がずっと探してるけど、見つからへんって……」
「一度マンションに帰ったって聞いたけど」

 ユーノが言った。
 クロノの離艦後、捜査課が彼の行方を追った。執務官が所属艦を無許可で離艦した場合、服務規程違反となる。重罪ではないにしろ、執務官という重職にある 人間の違反だ。その影響は大きく、特にクロノの人柄を良く知るアースラ内の衝撃は大きかった。現在のアースラは執務官不在という非常事態で稼動している。 それでも支障が出ていないのは、一重に執務官補佐のエイミィの手腕と艦長であるリンディの能力の高さ、さらに戦力として配属されたなのはやはやて、シグナム 達のお陰である。
 だが、これにも限界がある。あくまでも補佐であるエイミィに執務官職は勤まらないし、リンディには艦の運用以外にも務めなければならない仕事が山のようにある。 フェイトの事もその一つだ。なのはやはやては経験不足。シグナム達は実働部隊として現場に出向かなければならず、臨時で指揮を執る事は出来ても恒久的な事は 出来ない。
 現場の士気に深く関わる事であり、クロノの帰還は誰しもが待つものだった。管理局は現状を考慮し、彼の服務規程違反も黙認する用意をしている。
 捜査課はクロノの足取りを追い、彼がなのはの世界のマンションに一度帰ったという事実を掴んだ。だが、それ以降は全く分かっていない。マンションにあった 次元通信用の電子ボードの通信記録にも目立った物が無く、行方は完全に不明となっていた。
 なのはは左手を抱く。一週間前、彼の頬を叩いた掌を。痛みなんて残っているはずがないのに、酷く疼いた。
 人に手を上げたのはアリサに次いで二人目だった。
 そのアリサと言うと、未だ昏睡状態が続いている。今は本局内の総合病院に入院していた。彼女の両親にはリンディが説明を入れ、事情をすべて話している。管理外 世界の人間にこれだけ魔法に関する情報を提示するのはあまり例の無い事だったが、状況が状況であり、仕方がなかった。今は両親が代わる代わる様子を見に来ている。
 すずかは眼を覚まし、アリサに付き添っていた。親友を眼の前で殺されかけた衝撃からまだ立ち直っていないものの、気丈に振舞っている。アースラにも顔を出 してなのはやはやてと話し、病院に戻るという生活をここ数日続けている。
 ヴォルケンリッターはなのは達と共に暴走体の鎮圧任務に従事している。シグナムとヴィータもすでに現場に復帰し、修復されたアームドデバイスで暴れるように 暴走体と戦っていた。
 はやては彼女達を連れて出動する傍らで、フェイトやアリサの看病の手助けを行っている。特にすずかとは仲が良く、彼女を良く支えていた。
 一週間前のあの時、医務室でユーノがクロノとフェイトの事を話してから、誰一人として心の底から笑っていなかった。
 何もかもが崩壊に傾いている。

「はいッ」

 はやてが手を叩いた。

「この話は一回置いて、食堂行こ? なのはちゃんもお腹空いてるやろ?」
「……うん」
「なら決まりや、行こ行こ。材料が余ってると思うし、何か適当にもう一品作るから期待してて」

 無理をして笑うはやての表情が、なのはの胸を締め付けた。
 この暴走事件が解決した後、自分はアリサやすずかとまた一緒に遊べるのだろうか。クロノやフェイトと一緒に笑い合えるのだろうか。
 あの二人は、また一緒になれるのだろうか――。



 ☆



「原因が分かった?」

 ここ数日詰めっ放しの艦長室で、リンディが聞き返した。
 執務机についている彼女の前には、ファイルを持ったエイミィが居た。二人の表情には疲労の痕が色濃く出ている。顔色も優れていない。この一週間の出来事を 思えば憔悴するなという方が無理だった。

「はい。クロノ君が拿捕したSクラスの暴走体の分析結果がようやく出てたんです」
「それで?」
「直接的に原因が分かった訳ではないんですが……」

 エイミィは持参したファイルを開け、続けた。

「まず、今回暴走したデバイスのタイプがストレージデバイスだった事。これまでの暴走事件のデータを正確に纏めてみたんですが、暴走するデバイスの七割が ストレージでした」
「原因はそこに?」
「はい。インテリジェントデバイスが暴走したケースもありますが、暴走体の成長具合はストレージに比べて低いです」
「でも、それは以前の捜査から分かっていた事じゃないの?」

 リンディは書類に埋もれるように置かれていた湯飲みを取ると、啜るように飲んだ。中身は無砂糖の緑茶だ。

「その通りです。分析班は以前からストレージである事に原因があるのではないかと捜査を進めていたんですが、決定的な証拠が無くて手を拱いてました。これを 見て下さい」

 エイミィが開いたファイルをリンディに手渡す。そこには拿捕したSクラス暴走体のデバイスの全スペックデータが事細かく記載されていた。構成素材の物質表まで 載っているという手の込みようだ。
 リンディは一文字一文字に眼を通し、ある一つの項目でその眼を止めた。

「……ロッティンバウンド?」

 見慣れない文字が大きく記載されていた。

「デバイス関連の技術開発会社、ゼニス社が一ヶ月前に発表したストレージ向けの補助OSです」
「OS? オペレーティング・システムの事よね?」
「はい。インテリジェントデバイスの場合、OSは人工知能が代行しているので、旧式でも無ければ補助OSの必要性は無いんですが、ストレージの場合、 補助OSを導入する事で処理速度を大幅に向上させる事が出来ます」
「でも、最近の物は標準搭載でしょう」

 ページをめくりながらリンディが問う。

「はい。ただ、搭載するだけで基本処理速度が三十パーセントもアップするOSが発表されたら……?」
「三十パーセント? ……このロッティンバウンドというOSが?」

 視線をファイルからエイミィへ移す。
 搭載するだけで基本性能が三十パーセントも向上するオペレーティングシステム。どのような機構で、どのような形でそうなるかは定かではないが、実在するので あれば搭載しない手は無い。
 エイミィは眉間に皺を寄せ、頷いた。

「術式管理と出力増幅の強化を主眼に開発されているものだそうです。ストレージ向けですが、インテリジェントにも搭載可能で、互換性に優れています」
「……それで、このOSがデバイス暴走と何か繋がりが?」
「今回暴走したデバイスに、このOSが搭載されていました」

 その結果、暴走が起こった。あまりにも乱暴過ぎる推論だ。だが、リンディには彼女の言わんとしている言葉を否定する事が出来なかった。ファイルに眼を向ければ、 補助OS”ロッティンバウンド”がどのようにして稼動し、暴走に至るのか、その詳細が記されていたからだ。
 禁止されたはずの新機軸による出力増幅方法。
 リンカーコアにかかる巨大な負担。
 結果として死に至る病――暴走に至る事。

「……なんて事……」

 これはOSのプログラムミス等ではない。明らかに人為的に組み込まれた時限式のプログラムだ。

「暴走事件が発生したのは一ヶ月前。ロッティンバウンドが市場に出回り始めた時期とピッタリ合致します」
「この補助OSを導入している管理局魔導師は?」
「ストレージデバイスを使用している一部教導隊員、捜査官は導入しているようです。分析班がすでに警告を出して、除装作業に入っています」

 リンディはファイルを閉じる。眼を伏せ、重く溜め息をついた。無駄だと分かりながら、それでも訊いてみる。

「暴走はプログラムのミス、という訳ではない?」
「人為的に仕掛けられていたと見る方が正しいかと」

 即答だった。
 強く、手袋の上から爪が掌に食い込む程強く、リンディは指を握る。

「対策本部はどうすると?」
「現在検討中だそうですが、数日中にはゼニス社の家宅捜索に入るそうです」
「……遅いわ」

 手を拱いている暇は無い。これだけの暴走に関する証拠とデータが揃い、しかも暴走したデバイスという否定出来ない物的な証拠もあるのだ。ゼニス社がどんな思惑 でこんな補助OSを開発したかは知らないが、言い逃れは出来ない。
 検討会議などやらずとも、やならければならない事はもう決まっているではないか。

「艦長。その、ロッティンバウンドに関して、まだ報告があります」

 言葉を濁すようにエイミィが言った。

「なにかしら?」
「……S2U……クロノ君のデバイスにも、このロッティンバウンドは搭載されています」

 エイミィの言葉は無情だった。リンディは一瞬の間だけ言葉を失い、そして一言だけ言った。

「……そう」
「クロノ君が個人で購入して、S2Uに搭載したみたいなんです。それで……」
「クロノに関しては捜査課に一任してあります」

 リンディらしからぬ冷たい声。
 母親とは思えない切り捨てるような言い方。
 エイミィは声を荒げた。

「艦長!」
「エイミィ。皆さんをここに集めて」

 エイミィはリンディに詰め寄り、執務机を殴る。

「クロノ君を探すべきです! クロノ君が、クロノ君が暴走体になったら……!」

 そんな彼女を、リンディは射抜くように見上げる。温和で優しい提督の眼はもう無かった。

「復唱しなさい、エイミィ・リミエッタ執務官補佐」

 怒気も何も含まない声だ。だが、反論を許さない断固とした声だった。

「……了解」

 ファイルを受け取り、エイミィは走るように艦長室を出て行った。
 彼女の背を見送った後、リンディは椅子の背もたれを軋ませた。天井を仰ぎ、眼を瞑る。自然と溜め息が出た。

「クロノ……」

 ユーノから聞いた話では、彼は暴走体に対して何も出来なかった自分をひたすら責めていたという。そして、慰めようとしたフェイトを罵倒した。

「才能のある君に、才能の無い僕の気持ちは分からない、か」

 確かにフェイトやなのはの才能は図抜けている。出会った頃から二人共クロノの瞬間発揮出力を超えていたし、ベルカ式カートリッジシステムを導入してからは、 その火力向上は顕著だ。
 だが、クロノが得意としている魔法や戦術、戦闘の基礎は彼女達とは根底から違う。爆発的な火力で押すフェイト達に対して、クロノは必要最低限の魔力で最大限の 効果を発揮する無駄の無い戦術を執る。違う畑の話をしても意味が無いのだ。それは頭が冷えればクロノも理解出来るだろう。何より、日頃から彼はそう言っていた。

「戦闘は魔力の高さで勝敗が決まる訳じゃない」

 Sクラスの暴走体との戦闘で、彼がどのような戦術を執ったのかは報告書で知っている。巻き込まれたアリサやすずかを守る為に先陣を切り、シグナムの戦闘技術を 模範している暴走体と真っ向から勝負をした。瞬間発揮出力で倍以上差のある敵を相手に、彼はほぼ互角に渡り合ったのだ。それがロッティンバウンドの恩恵だとしても 快挙と言っても良い。結果的に彼は敗北した訳だが、その辺りが少し不明瞭だった。はやての話では、いきなり魔力が尽きたそうだ。
 ロッティンバウンドという存在を知った今なら分かる。クロノは無自覚のままリンカーコアに負担をかけ、足りない魔力を無理矢理生成し、戦っていたのだ。喩え自覚 が無かったにしろ無理、無茶、無謀だ。
 リンディは机上の写真立てを見る。どんなに書類が多くても絶対に埋もれさせない二枚の写真立て。二枚とも、フェイトが養子になった時に撮った家族写真だ。
 一枚はリンディ、クロノ、フェイト、アルフの四人。もう一枚は、恥ずかしそうにはにかんでいるフェイトとクロノが手を握り合っている。
 いつも元気をくれる二枚の写真が、今は何よりも痛々しい。

「フェイト……」

 フェイトがクロノに好意を抱いていたのはもちろん知っている。何やらゴタゴタしたらしいが、想いが通じたというのも知っている。一週間前のSクラス暴走事件の 時、初めてのデートに行ったのも知っている。その時にクロノに買ってもらった赤い靴を、フェイトは腕時計と一緒にずっと胸に抱き締めている。

「帰って来たら、うんと叱らないとね……」

 彼の行方は本局の捜査課に任せてある。本当は自分も探しに行きたかった。S2Uに例の暴走を発生させるOSが搭載されたというのなら尚更だ。エイミィの言う 通り、探しに行くべきだ。
 だが、自分には守らなければならない艦がある。解決しなければならない事件がある。自傷行為を行った愛しい娘が居る。
 こんな時、クライドが居たらどう言うだろう。そう思って、リンディはすぐに苦笑した。
 居ない人に頼ってどうするのか。母として、自分はクロノを支え、新しく出来た娘であるフェイトを支えなければならないのに。
 リンディは書類の整理を始めた。埋もれている仮想ディスプレイのキーボードを発掘して立ち上げる。
 これから行う”現場の判断に於ける強引な捜査”の始末書の準備だった。
 それから三十分後、なのは達が艦長室に現れた。



 ☆



「補助OSか。そんなものがあるとはな」

 現状をリンディから聞かされたシグナムが難しい顔をした。アームドデバイスにはそうした補助OSの概念は無い。シグナムのレヴァンティンは特にそうだ。 デバイスとしての性能を極限まで削ぎ落とし、剣に特化している。

「それで、これからどうなさるんですか?」

 シャマルが全員が疑問に思っている事をリンディに訊く。多くの視線がシャマルからリンディに移った。
 彼女はなのは達を見渡して言った。

「現在対策本部が検討会議を行っていますが、状況は一刻の猶予もありません。私の独断ですが、問題のOSの開発元であるゼニス社に強制捜査に入ります」
「……強制捜査?」

 難しい言葉の出現に、ヴィータが小首を傾げた。

「お前でも分かるように言い換えれば、殴り込むという事だ」

 ザフィーラが言った。極めて乱暴な言い方だが、間違ってはいない。

「でも、そんな事をして大丈夫なんですか?」

 ユーノが訊くと、エイミィが肩を竦める。

「あんまり大丈夫じゃないかな。一応民間企業だから、もし証拠が出なかったら大問題になっちゃう」
「ええ。間違いなく問題になるでしょう」

 さも当たり前のようにリンディが言った。

「ですが、このまま放置しておく方が問題です」
「……ええ。暴走体を拿捕してから一週間。犯人もそろそろ何かしらのアクションを取ってもおかしくはない時期です」
「逃げるってのか?」
「そう考えるのが妥当だろう。犯人はこれまで起こって来た暴走事件で証拠を全く残さないような奴だ。こちらの動きに無関心なはずがない。必ず何かしらの方法で 我々の動きを感知しているはずだ」

 リンディが頷く。そうして、そのままシグナムを見た。

「責任はすべて私が持ちます。シグナムさん、行っていただけませんか?」
「私が、ですか?」
「はい。現状、あなたが指揮官として適任です」

 シグナムの迷いはすぐに終わった。姿勢を正してリンディを傾注する。

「了解しました、やらせていただきます。メンバーは?」
「お任せしますが、大人数は避けて下さい。向こうに無駄な刺激を与えてしまいます」
「ならヴィータは除外します。こいつはグラーフアイゼンを振り回して突っ込むだけですから」
「んだとコラァッ!」
「あの」

 か細い声がした。なのはだった。

「私を連れて行って下さい」

 全員の視線がなのはに集中する。
 なのははフェイトの看病をしている時以外、休む事も忘れて魔法の訓練と暴走体との戦闘シミュレーションに没頭していた。何度も訓練中に疲労で眠ってしまい、 ユーノに心配をかけていたが、なのはは止めようとしなかった。
 じっとしていられなかった。今まで感じた事の無い感情が胸の中を暴れ回り、なのはに動く事を強制しているのだ。その感情が一体何なのか、なのはには分からない。
 重く、暗く、払拭出来ない感情。今もそれは確かに息づいている。

「……犯人が憎いのか?」

 詰問するように、シグナム。

「……分かりません。でも……事件を起こした犯人を許す事は出来ないと思います……」
「……そうか。まぁ、そうだろう。私も許せそうにない」

 シグナムはなのはの頭をひと撫ですると、言った。

「だが、お前には憎悪などという言葉は似合わん。テスタロッサにもだ」
「………」
「ハラオウン提督。メンバーは私とシャマル、高町で行きます」
「僕も行かせて下さい」

 凛とした声で、ユーノが申し出た。

「ユーノ君……」
「なのはが行くなら、僕も行きます。彼女のサポートは慣れています。足手まといにはなりません」
「……いいだろう」
「あたしも行くぜ」

 不機嫌そうにヴィータが言う。シグナムは困ったように溜め息をつく。

「駄目だ。お前を連れて行くと荒事にしかならん」
「すんなり行くのかよ、こんな事件起こす奴相手にさ」
「………」
「それに、なのはの奴が危なっかしい。ユーノもなよなよしてて頼りにならねぇーし。……あたしが行って守ってやんなきゃ拙いだろ?」

 そう言って、ヴィータは照れ臭そうに笑った。

「ヴィータちゃん……」
「……分かった。シャマル、済まないが留守を頼む」
「ええ、任せて」
「ハラオウン提督。メンバーは私とヴィータ、高町、スクライアで行きます。宜しいでしょうか?」

 その問いかけに、リンディは迷い無く頷いた。
 外の雨は未だに続いている。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございました。予告編に入っていたリンディとエイミィの会話が大幅に変わってしまったのは仕方がないorz
 ヴィータ出番少ないけどとても好きです。ある種ジャイアン的なものを感じます(笑)。
 次回、レイン・レンと対峙する事になりそうですが、そろそろ登場です、SCクロノ。





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