魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.12 Brave phoenix









 影が揺れている。
 身体に出来たのは二つの溝。斬痕と呼ぶにはあまりにも深く、そして大きかった。
 それを刻み込んだ二人は、武装を振り下ろしたままの姿で止まっていた。
 固唾を呑み、敵を直視する。
 敵は――レンは、ただ、揺れていた。
 十秒が過ぎ、三十秒が過ぎ、一分が経過した時。
 黒い皮膚が剥がれ始めた。頭の頂上から、洗い流されて行く絵具のように黒が消えて行く。
 爪先まで色が消え、元のスーツ姿となった時、レンは仰向けとなって倒れた。
 彼は動かなかった。指先一つ、動かさなかった。
 クロノはレンを注視する。油断なんて一切しない。
 フェイトが繋いだ手をぎゅっとして来る。

「………」

 さらに一分が過ぎた。レンは白眼を晴天の空に向けたままだった。
 ようやく確信出来た。
 倒したのだ。レイン・レンを。
 完全に。今度こそ。
 身体から力が抜けて行くのが分かった。張り詰めていた緊張感が、空気が抜けた風船のようになった。

「フェイト、終わった……?」

 ふらりと彼女が身体を預けて来た。右手からバルディッシュがこぼれ落ちて、軽い音を立てて床を転がる。
 光刃はもう無かった。

「フェイトッ」

 L4Uを放り捨てて、少女を抱き留めた。尻餅をつくようにしゃがみ込む。
 体温と呼吸を確かめるが、特に異常は無かった。

「フェイト!」
「……ちょっと……疲れただけ……大丈夫だよ……」

 抱えて分かったが、フェイトは本当に軽かった。こんな身体であれだけの剣戟を繰り出し、魔法を行使していたとはとても想像出来なかった。

「すぐに病院に連れて行くから」
「だから、大丈夫だって」
「そんなはずないだろ。大人しく……」
「こうしてた方が……ずっと良いの」

 クロノから離れないように、しっかりと彼に身体を寄せる。
 未完成のまま構成されていたバリアジャケットが消えた。黒い衣服が白いワンピースに戻る。

「ねぇ、クロノ」
「ん?」
「私、頑張れた?」
「……ああ。ありがとう、守ってくれて」
「なら、私からもありがとう。守ってくれて」

 先程までの無邪気な笑みが、穏やかな微笑になった。
 レンは相変わらず動かない。死んでいるかのようで、くたびれたスーツだけが風に靡いていた。

「……死んじゃったのかな……?」
「いや、これぐらいで死ぬような柔な奴じゃない。気絶してるだけさ」

 本体のデバイスを顕現せずに、徒手空拳のまま戦っていたレン。打倒するには、膝を付く程のダメージを与えるしかなかった。
 死んでいない保証は無かったが、この狂人の事だ。生存はしているだろう。どうにもこの男が死ぬ所が想像出来ない。
 その時、クロノはフェイトの左手に巻かれていた包帯が無くなっている事に気付いた。

「フェイト」
「え? ……あ……だ、だめ」

 嫌がるフェイトを無視して、クロノは彼女の右手を手に取った。
 細かな擦過傷だらけの白い手首。その裏に、いつか見た大きな傷痕があった。

「どうしたんだ、これ」
「だ、だから、転んで……」
「転んでこんな傷が出来るはずないだろう」

 フェイトは口を閉じた。クロノから逃れるように顔を伏せてしまう。

「……自分で、やったのか?」

 返事は無かった。それが答えそのものとなった。
 意味を問おうという気にはなれなかった。なれるはずがなかった。彼女がそんな行為に走る原因は改めて吟味する必要も無かったのだ。
 自傷させてしまう程、自分は彼女を追い込んでいたというのか。
 フェイトをきつく抱き締め、火傷の痕のような抉り傷に口付けをする。途端に彼女は真赤になった。

「……ごめん……」

 他に何の言葉も浮かばなかった。
 フェイトはうなじまで赤くして、眼を瞬かせる。もじもじと身じろぎをして、こう呟く。

「……本当に……そう、思ってる?」
「ああ」
「なら……甘えても、いい?」

 上目遣いをするフェイト。そんな仕草が堪らなく可愛かった。思わず力いっぱい抱き寄せてしまう。

「……痛いよ、クロノ……」
「あ、ご、ごめん」
「……いいよ。ずっと、こうしたかったから……」
「………」
「甘えてもいい、クロノ?」
「……ああ、僕で良ければ」
「クロノじゃないと、やだ」
「……光栄だな、それは」

 レンは倒した。すべての元凶を倒す事が出来た。本部施設で未だ続いているだろう暴走体との戦闘が気にはなったが、どの道、自分もフェイトも限界だ。体力は 底をついているし、魔力だって微々たる程度しか残されてはいない。現場に戻ったとしても出来る事は何も無い。なら、今はこうしてフェイトとまどろんでいても良いだろう。
 急な眠気が来た。思い出したように身体の節々が痛くなり、胸を締め付けるような鈍痛が走る。ロッティンバウンドを搭載され、レンの手によって調整されたS2U の後遺症はまだ残されていたようだ。

「クロノ、どこか痛むの?」
「……気にするな、これぐらい問題無い」

 心配そうに眉尻を下げるフェイトを撫でる。
 そうだ。この程度の痛みは何の問題にもならない。贖罪の為の、罪滅ぼしの為の痛みと思えば心地良いくらいだ。
 フェイトを抱いたまま、クロノはレンに倣うように仰向けに寝転がった。
 羽ばたいていた鳥達の姿は無かった。どこかへ飛んで行ったのだろう。
 五時の少し前くらいか。それぐらいの時刻。

「少し……休んでくか」
「……うん……」

 二人はゆっくりと眼を瞑る。次に眼を覚ます時はどうなっているかは分からない。でも、今は互いの体温を感じながら眠りに落ちたかった。
 意識が闇に落ちて行く。そして――。

「寝るのは早いですよ、クロノ君」

 微かな物音と気配と共に、レンの声が聞こえた。
 閉じようとしていた意識が一斉に覚醒した。重い身体に鞭を入れて起き上がり、フェイトを抱き締めて背後に跳ぶ。途中でL4Uを拾うが、バルディッシュ を回収している余裕は無かった。

「――レン――!」

 静かな佇まいで、彼はそこに立っていた。

「良い薬になりました、君達の攻撃。この空のように僕の頭は爽快です」
「呆れた体力だ。暴走デバイスに寄生されておいて、いきなり活動再開か」
「自分用に改良しておいたロッティンバウンドでしたから。まぁ、おじゃんになってますけどね」

 挙げて見せたレンの片手には、破壊された聖書型ストレージデバイスがあった。抉られたように半分が無い。破れたページが塵のように脱落して行く。
 クロノは残り僅かな魔力を使い、術式を構築する。

「加えて、もう立ってるのがやっとです」
「なら、射撃魔法一発でもお前を倒せる訳か」
「でしょうね。防ぎようも避けようもありませんから」
「……一緒に本局まで来てもらうぞ」

 選定した魔法はリングバインドだ。最低限の魔力で高速詠唱出来る基礎拘束魔法だが、今のレンには充分過ぎる。
 レンはテンコマンドメンツを提げると、ゆっくりと首を横に振った。

「お断りします」
「なら力ずくで連行するまでだ」
「出来ますか?」
「ああ」
「無理です。だって――」

 テンコマンドメンツが開かれた。完全に破損してしまったようで、駆動音も何もしない。
 明らかにおかしなその行動に、クロノは勧告無しでリングバインドを行使しようとした。この男は高度な知性と狡猾な意思を持つ獣なのだ。最後の最後まで、そう、 死ぬその瞬間まで何かを企み、実行しようとする。
 一体何をするつもりなのか。体力も魔力も装備も、すべてを無くした状況下でどうするつもりなのか。痣だらけの顔に浮かんでいる微笑の意図が読めなかった。
 そこまで考えた時、クロノは一つの結論に至った。

「僕は自爆するんですから」

 結論が的中する。
 壊れた聖書型ストレージデバイスに光が集束し、次の瞬間に反転。巨大な魔法陣が床に描かれた。
 クロノは眼を細めながら、リングバインドの行使を放棄した。代わりに防御魔法の構築を行う。
 レンの足元に出現した魔法陣は、ミッドチルダ式でもベルカ式でもなかった。完全な円を成している所はミッドだが、書き込まれている書式はミッド語ではない。 意味不明の言葉の羅列だ。
 構築されている術式も理解出来なかった。初めて見て、感じる術式だ。これでどうやって自爆しようというのか。

「集束砲――!?」

 フェイトがぞっとした声を上げた。
 クロノはもう一度魔法陣を見る。時間の経過と共に魔法陣が輝きを増して行くのだ。それこそ、膨張を続ける風船のように。
 L4Uが電子音声で報告をする。

『大気中の魔力、酸素濃度が低下しています。魔力値、平均値の六十パーセントを切ります』

 低下ではない。テンコマンドメンツが行使している自爆魔法の魔法陣に吸収されているのだ。
 レンは裂けてしまいそうな大口を開けて叫んだ。

「一緒に死ねよやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああッ!」

 魔力の風からフェイトを守りながら、クロノは毒づく。

「デタラメだな、今更だが……!」

 酸素を取り込んで魔力を生成。同時に集束し、さらに大気中の魔力をも同時に取り込む。そうして得られた魔力はとんでもない量と密度を持つ。大気中の魔力を集めて 撃つのが集束砲だ。なのはのスターライトブレイカーがこの代表例だが、レンは違う。彼は砲撃として、どこか一方に集めた魔力を撃つのではない。それでは自爆にはならない。

「全方位に解放するつもりか!?」

 徐々に息苦しくなる。活性化し続けている魔法陣が、酸素を消費して魔力を生成しているのだ。なのはとはやてが行使していた砲撃魔法の魔力残滓すら、今はもう蒐集 されてしまっている。大気中の魔力など、もうどこにも無かった。
 途方も無い魔力が光の渦となり、レンが哄笑と共に掲げているテンコマンドメンツに凝縮して行く。これが殺傷設定の攻撃魔法としてあらゆる方向に解放された時、 何か起こるか見当もつかなかった。
 数百メートル四方ですべての建造物が根こそぎ破壊され、一面焼け野原になるかもしれない。レンも間違いなく死ぬだろう。盛大過ぎる自殺行為だった。
 逃亡か。
 防御か。
 猛烈な突風に身体を晒しながら、クロノは吟味した。もちろん逃亡が最適な手段だ。だが、解き放たれた純粋魔力の塊から飛行魔法で逃れられるだろうか。
 自信は無かった。迫る津波から走って逃げるようなものだ。ならばと転移魔法を思いつくが、残されている魔力を考慮すると、一人を跳ばすので精一杯だった。
 残される選択肢は防御のみだ。しかし、それは逃亡よりも建設的ではなかった。集束されている魔力の密度から考えて、残された体力と魔力では防ぎ切れないだろう。

「………」

 選択肢が無くなった。

「……クロノ……」

 退避も、防御も、何をしても助かる道は無い。

「………」

 解放される魔力を待ち、死を受け入れるしかないのか。

「私、怖くないから」

 震える身体で健気にそう言う少女を、助ける事が出来ないのか。

「……フェイト……」
「クロノと一緒だから。死ぬのだって怖くない」

 生き残る選択肢が無いという事を、彼女はすでに悟っていた。

「もっと……甘えたかったな」

 フェイトは寂しそうに笑った。
 クロノも死ぬのは怖くなかった。
 でも、彼女が居なくなってしまうのは怖かった。
 何よりも怖かった。
 クロノは腕の力を抜いた。

「……クロノ?」

 自由になったフェイトは眼を瞬かせる。

「君は逃げろ、フェイト」
「……どうして?」
「残ってる魔力じゃ、転移魔法で送れるのは一人が限度だ。だから君が逃げ――」
「いや」

 最後まで言わせてはくれなかった。
 フェイトは眉間に皺を寄せていた。拳を握り締めて、クロノを睨めつけていた。

「絶対にいや……!」
「駄目だ。君は早く逃げろ」
「いやぁッ!」
「フェイト」
「もう……離れたく、ないよぉ……」

 腕の中で嗚咽をこぼしながら、フェイトは泣き崩れる。肩は痙攣をするように震えている。これから訪れる自身の死よりも、クロノと離れてしまう事に彼女は 心から恐怖していた。

「………」

 それは自分も同じだった。
 ようやく、本当にようやく、その気持ちに気付けたのに。想いだって通じ合えたのに。
 それなのに、どうしてこんな別れ方をしなければならないのか――!
 クロノはL4Uを強く握り締める。
 もっと謝りたかった。
 気付いてやれなくてごめんと。踏みにじり続けてごめんと。
 もっと伝えたかった。
 好きだと。
 だが、それは叶わぬ夢に終わりそうだ。いや、間違いなく叶わない。
 泣き出してしまいそうなフェイトを、クロノは抱き寄せた。
 腰を少しだけ折って、顔を同じ高さにする。

「―――」

 額をぶつける。彼女の眼がすぐ近くに見えた。

「フェイト」
「……クロノ……」
「……好きだ、フェイト」

 こんな稚拙な言葉しか出て来ない自分に腹が立った。
 フェイトが顔を赤めて答えようとする。
 クロノは胸の言い様の無い鈍痛を覚えながら、少女の言葉を遮った。

「……なのはと、皆と……ずっと……仲良くしろよ」

 彼女の額に唇を添える。フェイトが何か起こったか理解出来ず、眼を瞬かせた。
 とんっと彼女を押した。支えを失ったフェイトは、ふらふらと座り込む。
 レンの自爆はすぐそこまで迫っていた。渦巻く魔力の塊は、今、圧縮を繰り返している。

「L4Uッ!」
『Yes my son.』

 茫然とするフェイトへ、クロノは術式を構築した。
 小さな魔法陣がフェイトを包み込む。磨耗した魔力では即発動の転移魔法を構築出来なかった。

「ク、クロノッ!?」

 少女の悲鳴を無視して、クロノはL4Uをタロットカードに戻した。白い杖とは対照的な黒いカードを数秒の間、じっくりと見詰める。
 クロノはフェイトに歩み寄ると、膝を折り、彼女にL4Uを差し出した。

「父さんの形見なんだ。母さんに渡してくれ」
「クロノォ……!」
「修理されてるS2Uが戻って来たら……君が持っていてくれ」

 手を取って、小さな掌にL4Uを乗せ、そっと握り込ませる。
 クロノは魔法陣から離れ、背を向けた。
 フェイトが追って来る。魔法陣から出ようとする。

「リングバインド」

 最後の魔力で、基礎拘束魔法を行使。ガツンと音を立てて、フェイトは左手を魔力の輪に掴まれた。

「どうして――!? 一緒に居るって、ずっと居るって言ったのにッ!」
「………」
「嘘つき! クロノの嘘つき!」
「……ごめん」
「クロノ……! クロノッ! クロノォッ!」

 今すぐにでも駆け寄り、抱き締めたかった。片時も側から離れたくはなかった。
 でも、それを許せてしまう程、クロノは器用ではない。本当に彼は不器用なのだ。
 最後に顔が見たくなって、クロノは肩越しに振り返った。
 リングバインドに繋がれたフェイトは、大粒の涙をぼろぼろとこぼしていた。

「………」

 泣かせてばかりだな、僕は。――最後くらい、笑った顔が見たかった。

「……さよなら、フェイト」

 彼女が悲鳴を上げる。もう声になっていない。喉を裂く金切り声だった。
 抉られるような胸の痛みに耐え、クロノは眼前を向く。もう振り返る事は無いだろう。
 間もなく転移魔法が発動する。次に振り向いた時、ようやく結ばれた少女はもう居ないだろう。
 気が狂ってしまいそうな苦しみが静かに心の中でのたうつ。

「――会えたら何て言うかな、父さん――」

 そんな言葉を吐く自分に驚く。もう死ぬ事を考えている自分が情けなくなった。
 自嘲の笑みを笑みを浮かべたその時、

『Chrono Haraoun.』

 聞き知った電子音が聞こえた。
 視線を走らせると、床に転がる鋼のデバイスが見えた。

「バルディッシュ?」

 刃を失ったザンバーフォームのまま、彼はすぐ側にあった。魔力の風に吹き飛ばされ、ここまで転がって来たのか。
 クロノは足早に走り寄り、彼を拾い上げる。

「君を忘れる所だった。今、フェイトの所に持って行くから」
『ふざけるのもいい加減にしていただきたい、クロノ・ハラオウン』

 いつも通りの抑揚の無い無感情な声が、突然罵声を浴びせて来た。

『また我が主を傷付けるのですか?』
「なに?」
『あなたが消えた時、我が主は、我を用いて自らの身体を傷付けた。その責任すら取らず、あなたは死ぬつもりなのですか?』
「………」
『どうなのですか、クロノ・ハラオウン。返答次第では、私はあなたを一生許さない。我が創造主リニスの名に懸けて、あなたをこの場で八つ裂きにする』

 魔導師に宣戦布告をするインテリジェントデバイスなど、聞いた事が無い。
 だが、腹は立たなかった。彼の怒りは理解出来たし、クロノはこの鋼のデバイスを一道具として見てはいない。

「……でも、もうこれ以外に方法は無い」
『無ければ探して下さい。探して駄目なら作って下さい。それが出来る意思と力があなたにはある』
「……バルディッシュ……」

 半壊しているインテリジェントデバイスは、それが幻であるかのように力強かった。
 だが、もう手段は無い。逃亡と防御、この二つ以外にレンの自爆魔法である全方位集束砲を凌ぐ手段は無いのだ。

『提案があります』
「提案?」
『レイン・レンが集束砲を制御解放するタイミングで、敵デバイスを破壊して下さい。行き場を失った魔力は拡散し、気化する可能性があります』
「……無茶だ。集束されてる魔力が防壁になってる。今の僕じゃ、あれを突破する事は出来ない……」
『その為の私です。私のザンバーフォームなら、あの魔力の壁を断つ事が出来ます』
「そんな魔力、どこから……」
『あなたと、我が主ならば出来るはずです』
「……君は、君の主に死ねと言っているぞ」

 二人のリンカーコアに過負荷を掛け、強引に魔力を生成すれば、確かにザンバーフォームを再度発動させる事も出来るだろう。
 その為にはフェイトが必要だ。転移魔法を停止させ、彼女をここに連れて来なければならない。
 分の悪い賭けだった。
 運が良ければ二人とも助かり、運が悪ければ二人とも死ぬ。
 フェイトを転移させれば、少なくとも彼女は確実に助かる。この鋼のインテリジェントデバイスは、それを止めろと言っているのだ。

『あなたが死んでも、恐らくは同じ事になるでしょう。あなたが居ない世界は、我が主には辛過ぎます』
「………」
『どうされるのですか、クロノ・ハラオウン』

 試すかのように問うて来るバルディッシュ。
 クロノはフェイトを見た。もう振り返る事は無いと思っていたのに振り返ってしまった。
 少女の姿は、発動を間近に控えた転移魔法の中に確かにあった。
 フェイトは赤い眼をさらに赤くして、ずっと泣いていた。喉が痛むのか、時折咳き込んでいる。
 まただ。自分はまた、あの子を悲しませてしまった――。

「分かった」
『ご理解、感謝します』
「僕も君に八つ裂きにはされたくないからな」

 苦笑して、クロノは転移魔法とリングバインドを解除した。発生した魔力残滓が瞬く間にレンの集束砲の餌となる。
 フェイトはクロノに駆け寄ると、突進する勢いで彼の胸に飛び込む。
 一瞬の抱擁の後、フェイトはクロノの頬に掌を叩き付けた。

「……こんな事、もうしないで……」

 うわずった声で呟く。

「……済まない」
「……今度したら、もう口聞かない……!」
「それは困る」

 一度は手放した暖かさを、クロノはもう離すまいと抱き締める。しゃくり上げるフェイトの背中を撫でて、何とかなだめた。

「バルディッシュ、ありがとう」
『いえ。この甲斐性無しには前々から腹が立っていた所です』

 散々な言われようだが、反論する材料が無いのでクロノは黙認した。
 溜め息をついた後、フェイトの手にバルディッシュを渡す。すると、L4Uが戻って来た。

「これ、父さんのだよね」
「ああ、ここに来る前に母さんに渡されたんだ。必要になるからって」
「なら、やっぱりクロノが持ってて。私には、まだちょっと重いから」
「……そっか」

 受け取ったL4Uをポケットに仕舞い、クロノはフェイトの背後に回った。
 背中から彼女を抱く。
 ザンバーフォームのバルディッシュを二人で握り締める。

「やれるか、フェイト」
「うん」
「バルディッシュ、行けるか?」
『No problem.』

 クロノとフェイトは深呼吸をした。
 バルディッシュは破損している部分を閉鎖し、無事な魔力回路をすべて解放する。
 魔力生成。今日まで散々酷使され続けて来た二人のリンカーコアが絶叫する。
 意識が飛びそうになった。
 それでも立っていられたのは、支えてくれる人が居るから。
 生成された魔力がバルディッシュの魔力回路を満たしている。生き残ったシステムが一斉に駆動し、魔力刃を生み出した。

『Drive Ignition.』

 表面素材がすべて剥離し、半ばフレームだけとなりながら、バルディッシュはザンバーフォームを維持する。
 レンは集束砲の準備を終えようとしていた。魔力の渦は竜巻となり、今はそのシルエットしか見る事が出来ない。
 それで充分だった。彼が掲げている聖書型ストレージデバイスはしっかりと視認出来ている。
 フェイトが術式を構築する。魔力が圧倒的に足りない為に綻びのある術式にあってしまったが、それをクロノが補完した。
 レンの全方位集束砲撃――自爆魔法よりも、さらに大きく、美しいミッドチルダ式の魔法陣が作られる。
 クロノとフェイトはバルディッシュを振り上げた。
 二人と一基は、最後のトリガーヴォイスを告げる。

「雷光」
「一閃」
『Plasma』

 三つの声が重なり――。





「―――ザンバ―――!」





 振り下ろされた剣から、魔力が放たれた。
 視界を魔力の光が支配する。
 衝撃が身体を打ちのめす。
 世界がどうなっているのか、自分達がどうなっているのか、何もかもが分からなくなる。
 クロノはフェイトを手放さなかった。全身を使って、彼女を守ろうとした。
 意識は闇に落ちて行った。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございました。
 予告編を終え、エピローグへ。最後のプラズマザンバーとかは、取り合えずお約束で。魔力とか絶対足りないでしょうけど、ここは流れ的に…。後、正式名称が プラズマザンバーブレイカーですが、どうにも自分はこの”ブレイカー”は要らないんじゃないかなぁと思う人間なので、省略しています。
 レンの最後の台詞が、ある意味この人らしいと言えばらしい結果です。まぁ実は死んでないんですが。
 では次回で。

 2006/11/27 改稿







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