魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.13 Can swear only one









 移されたのは、細長く、薄暗い部屋だった。
 窓は無い。照明も無い。何も無い。あるのは壁に備え付けられた簡素なベッドだけだ。
 時間の感覚さえ麻痺してしまいそうな空間で、クロノは呟く。

「……無期懲役、か」

 じっくりと噛み締めてみる。
 明日にでも刑は執行される。ミッドチルダより遥かに文明で劣る別次元に投獄され、裁きを受ける。
 この結果に何の不満も無かった。極刑に値する罪を犯しながら、無期懲役という終わりのある刑を課せられたのだ。不服どころか、感謝の気持ちを抱かずには いられなかった。
 ただ、心残りはあった。
 掌を見る。薄暗い中、クロノはゆっくりと手を握った。
 この部屋に来るまでの間、フェイトは決してクロノの手を離そうとしなかった。保安課の局員が難しい顔をしたが、無理に二人を引き離そうとはしなかった。

「笑って……くれる訳ないか」

 部屋に着いた後、なかなか手を離してくれないフェイトに、クロノも困ってしまった。俯いたまま、指を痛いくらい絡めて来る少女に何も言えなかった。
 離れたくないのは自分も同じだった。

「アルフに殺されても文句は言えないな」

 自嘲気味の苦笑を浮かべて、クロノは壁に背中をぶつける。
 最後にはフェイトも手を解いた。保安課の局員に促されて出て行く少女の背中を、クロノは無言のまま見送った。
 アルフにもう悲しませるなと言われたばかりなのに。
 もう悲しい顔なんて見たくないのに。悲しい顔なんてさせたくないのに。
 そんなクロノの意思とは無関係に、時間は二人に溝を作って行く。
 どんなに願っても、どんなに大きな力があっても、決して埋める事の出来ない溝。

「……重いな、僕の罪は……」

 見上げた天井は、今度は暗い拘置所の天井だった。
 もう一度、掌を見る。僅かだが、まだフェイトの体温が残っていた。

「……どれくらい、握れないんだろう……」

 そして、どれくらいあの子を感じる事が出来ないのだろう。
 最短で二年で仮釈放が認められると、渡された書類には記載されていたが、まずそれは有り得ない。それでは無期懲役という刑は名前だけになる。どれだけ短くとも 十年以上は服役しなければならない。

「長いな」

 呟いてみて、その年月の重みを実感する。
 十年。実際の年齢からは想像も出来ない経験と実績を積んで来たクロノだが、まだ十五歳の少年だ。その月日は安易に想像する事が出来なかった。

「……十年、か……」

 包むモノを無くし、握るモノを見失い、温もりの残滓しか残さない手を力無く床に投げ出す。
 十年もの間、この手は空のままになるのだろう。本当に握ってやりたい、本当に握りたいと思う手を握れず、ずっとこうなのだろう。
 フェイトも、十年という月日を手を空にして過ごす事になる。

「………」

 苦しくて、辛くて、切なくて、悲しくて。クロノは奥歯を噛み締める。
 フェイトも同じ気持ちのはずだった。
 自分はまだ良かった。喩え十年でも耐えてみせようと意気込む事も出来る。
 でも、それをフェイトに強制させる事は出来なかった。そんな残酷な事、出来るはずがなかった。
 あの子は耐えてくれるだろうか。
 あの子は待っていてくれるだろうか。
 あの子は――泣かないで居てくれるだろうか。
 願う事しか出来ないクロノは、黒い瞳から涙を流し、ただ天井を見上げ続けた。






 誰も居なくなった通路に、フェイトは一人で佇む。
 本局施設内下層部に位置する拘置施設。元々人の出入りの乏しい区画だ。物好きな局員でもない限り、用も無くここには来ない。
 時折通り過ぎて行く局員が、扉の前で微動だにしないフェイトを不思議そうに視線で追って行く。声をかけようとする者はおらず、彼らはすぐに自分の目的地に向かって 行った。

『主、そろそろ戻りましょう。ここに居ても無意味です』
「……うん……」

 語りかけるバルディッシュに、フェイトは意思の籠もっていない返事を返す。
 もう何度目になるか分からないやりとりだった。
 眼の前の扉の向こうには、細い通路があった。その通路には、片方の壁に扉が一定間隔で並んでおり、その内の一つにクロノが留置されている。

『どうかお聞き訳を、我が主』

 バルディッシュの声は遠く、フェイトの耳には届かない。
 ここに居ても意味が無い事くらい、フェイトにも分かっていた。バルディッシュが心配してくれるのは嬉しいし、戻らないとなのは達が心配する。
 それでも、ここから離れたくなかった。沢山の壁に阻まれていても、少しでも良いからクロノの側に居たかった。

「バルディッシュ」
『はい、我が主』
「……十年って、長いね……」
『……はい』

 二年の刑期で終わる無期懲役など有り得ない。

「私、二十歳になっちゃってるね」
『………』
「クロノは二十五か……。もう何が何だか分かんないや」

 想像出来るはずがなかった。
 脚が痛くなって来た。どれくらいここに立っているか分からないが、一時間や二時間ではないだろう。時折、気の良い保安課の局員が様子を見に来てくれたが、 その間隔も徐々に長くなって来ている。その内姿を見せなくなるだろう。

「バルディッシュ。今何時?」
『……本局での時刻は二十三時を回りました』

 刑が執行され、クロノが服役先である次元に移送されるのが何時になるのか分からない。だが、明日に執行されるのはもはや確定事項だ。
 後数時間。少なくとも十時間は無い。それを過ぎれば、次にクロノといつ会えるか分からなくなる。

「嫌だよ……」

 扉に手を添える。堅牢は施錠魔法が何重にも施されているが、フェイトの魔力なら破壊は難しくはなかった。
 そうだ。こんな扉、壊してしまえばいい。そうすればクロノに会える。バルディッシュも修復は終わっている。手早くデバイスフォームに変形させれば、ものの数秒で 彼とまた言葉を交わせる。
 頭のどこかで、そんな囁きが聞こえた。隔離病棟でアルフがやったようにすれば、この苦しい程のもどかしさから解放される。クロノと触れ合えるのだ。

「………」

 それが出来る程、フェイトに勇気は無かった。それを勇気と呼ぶのなら。
 どれだけの人達に迷惑が掛かるのか分からない。リンディはもちろん、クロノの弁護に奔走してくれたレティ達にも火の粉が飛ぶかもしれない。
 クロノにも、きっと迷惑を掛ける。もしかしたら罪が重くなるかもしれない。今度こそ極刑になってしまうかもしれない。
 自分も、きっと駄目になる。確かに彼とはまた触れ合える。でも、それは酷く刹那的なものだ。たった数時間程度の、それくらいのものにしかならない。

「もっと辛くなるよね、今会っちゃうと……」

 きっと離れたくなくなる。泣いて離れたくないと騒いで、クロノを困らせるに決まっている。
 今ならまだ我慢出来る。いや、しなければいけない。
 フェイトはそうやって自分を無理矢理納得させた。仮初めとは言え、気持ちが固まっている内に扉の前から立ち去ろうとする。
 場違いな明るい声がした。

「やっほー、フェイトちゃん」

 親しみのある、人懐っこい女性の声。
 振り返ると、旋毛から癖のある髪を覗かせた女性が立っていた。

「……エイミィ」
「やっぱりまだここに居たんだ。もう、お姉さん探しちゃいましたよ」

 エイミィに乱暴に頭を撫でられて、よろめくフェイト。

「ごめんなさい……」
「い〜え。まぁ、気持ちは分かるけど、艦長やなのはちゃん達が心配してるから。連絡の一つは入れてくれると嬉しいかな?」
「……うん」
「分かってくれれば良し」

 満足そうに頷いたエイミィは、ポケットから小さなカードを取り出す。保安課の局員が携帯しているカードキーに似ているが、それは無地で真っ白だ。 模様や文字は何も書かれてはいない。
 姉のような女性は子供のように笑った。それも、とっておきの悪戯を思いついた時のような、そんな笑みだ。

「……私には、アルフみたいな力技は出来ないけど……」

 カードを扉に付けられたカードスリットに通す。小気味の良い電子音が鳴り、閉鎖状態を示す赤いランプが、開放を示す緑のランプに切り替わる。
 茫然と見守るフェイトの眼前で、エイミィは拘置所の扉を開けた。

「こういうこっそりとした事は出来るよ?」
「……で、でも、エイミィ……」

 保安課に知れれば、エイミィも始末書を一枚執筆するだけでは済まない。減俸や謹慎処分は確定だ。
 エイミィは不安そうなフェイトの背中を押して、彼女と共に薄暗い通路の中に入る。

「はいはい、フェイトちゃんはそんなの気にしなくていいから」

 闇へと続く通路を少し歩いて、一つの扉の前で止まる。
 クロノが拘置されている部屋だ。
 たちまち鼓動が早くなる。息が僅かに詰まった。

「可愛い妹分と手の掛かる弟分を放っておける程、私は冷たくないよ」
「………」
「大丈夫大丈夫。始末書でも減俸でも謹慎でも何でも来いですよ〜。むしろ謹慎なら休めて良い感じかな?」

 おどけて言ってみせたエイミィは、拘置室の扉のスリットにカードを走らせる。
 がちゃりと重い金属音が響き、ロックが外れた。

「クロノ君の移送は、明日の八時」
「……八時……」
「後九時間くらいかな。だから」

 エイミィが重い扉を押し開ける。

「それまで一緒に居てあげて。……一緒に、居たいでしょう?」
「……エイミィは……?」

 阻む物が無くなったのに、フェイトは部屋の中に入れなかった。
 隔離病棟の病室に、彼女も少ない自由時間を使って通っていた。実の姉弟以上にエイミィとクロノは仲が良く、局内でも有名なコンビである。会いたくないはずが ない。

「私はまだ仕事が残ってるし、いいかな。っていうか、そんな野暮な事出来ないって」
「野暮?」
「そ、野暮」
「……あ……」

 エイミィの意図を理解して、フェイトは耳の先まで赤くして俯いた。
 残り少ない時間を二人きりにさせてくれるというのだ。
 エイミィは苦笑を浮かべ、フェイトの肩を抱き、部屋の中にそっと押してやる。

「扉は全部閉めて、誰も来れないようにしておくから」

 フェイトはコクンを頷く。

「……ありがとう、エイミィ……」
「どう致しまして。あ、そうだ。バルディッシュも預かるよ」
「え……で、でも……」
「いくら相棒でも、その子が居たんじゃ二人きりになれないでしょう? バルディッシュも、今日だけは我慢してくれないかな?」
『――Yes.』

 ポケットの中に入れられていたバルディッシュが、淡く明滅して答える。
 フェイトは躊躇いがちに彼を取り出すと、エイミィに差し出した。

「……ごめんね、バルディッシュ」
『――いえ。甲斐性なしに宜しくお伝え下さい』
「お、バルディッシュも言うねぇ」

 エイミィは快活に笑って、バルディッシュを受け取る。代わりに自分の腕時計を外して、フェイトに渡した。

「ここじゃ時間が分からないから、一応渡しておくね」
「……ありがとう、エイミィ……」
「それじゃフェイトちゃん、うんと甘えておいで」
「……うん……」

 扉が閉じられ、電子音と金属音が響く。言葉通り、エイミィが誰も入って来れないようにロックを掛けたのだ。
 靴音が遠ざかって行く。しばらくして、再び扉が閉まる物音がした。
 それから、何も聞こえなかった。長細い通路のような拘置室には何の音もしない。
 フェイトは意を決して振り返る。先程から心臓はずっと早鐘を打ちっ放しだ。期待と不安が入り乱れ、どうして良いか分からなくなった。

「エイミィの奴、無茶をするな」

 壁に寄りかかっていた彼が立ち上がる。
 二人の距離はほんの数メートルだ。なのに、何故かとても遠く錯覚する。
 彼が――クロノが近付いて来てくれるまで、フェイトは待てなかった。扉の前で悶々と考えていた事なんて、一切合財全部吹き飛んでいた。
 感じたい、彼の暖かさを。

「クロノ――!」

 明かりらしい明かりがない室内で、フェイトは彼の胸に飛び込んだ。






 二人は口数は少ない方だ。

「……クロノの手って、結構大きいよね」
「これでも成長期だ、大きくなってもらわないと困る」

 フェイトは無口な方で、言ってしまえば口下手だ。恥ずかしがり屋な上に不器用な所もある。

「君の手は小さいな、フェイト」
「成長期前だから」

 クロノは生真面目な性格が災いしている。無駄口を叩かない愚直さがある。

「髪は大丈夫なのか?」
「まだ痛んだまま。も、もしかして目立つかな?」
「いや、暗くて良く見えない」
「……良かった……」

 なのに、二人の会話は止まらない。
 フェイトは背中からクロノに抱き締められていた。
 クロノはフェイトの腰の辺りで彼女と手を結び、時折肩に顔を埋めたりしている。

「く、くすぐったいよぉ、クロノ……」
「そうか? ならやめるよ」
「え……あ……べ、別に嫌じゃないよ。うん、その……」
「無理はしなくていいぞ」
「む、無理なんてしてないよ」

 身じろぎをして振り向けば、視界がクロノの顔で埋まった。
 息遣いが分かるくらいの距離。いくら暗くても、彼が笑っているのは分かった。

「いじわる」
「ごめん」

 フェイトは顔を戻すと、仕返しとばかりに背中をクロノの胸に押し付けた。腰に巻かれている彼の腕を取って、胸に抱き締める。
 エイミィに借りた時計は、暗闇の中でも見えるデジタル時計だった。時刻はまだ二十四時――日付が変わる前だ。
 クロノとこうしていられる時間はまだ沢山ある。

「……フェイト、聞いても良いかな?」
「なに?」
「……その……何だ」

 歯切れを悪くしたクロノは、何度かもごもごとした後、ようやく言った。

「いつくらいから僕を好きになってくれてたんだ?」

 今度はフェイトが口籠る番だった。

「え……っと……き、聞きたい?」
「ああ」

 恋心を自覚したのはもう少し後だったが、忘れるはずもない。

「一月くらい」
「……闇の書事件の後か?」
「うん。それで、私がなのはと喧嘩した時があったんだけど、覚えてるかな?」
「ああ、君がずぶ濡れになって帰って来た時は本当に驚いた」
「多分、あの時からだと思う。クロノが好きになったのは」
「……あの時、僕は何かしたか?」
「優しくしてくれた」
「……そうか?」
「そうだよ。クロノのお陰で、私はなのはと仲直りが出来たんだ。……ありがとう、クロノ」

 クロノが笑ったのか、彼の吐息が首筋にかかる。胸の奥を直接くすぐられているような感覚を覚えて、フェイトは身じろぎをする。

「ねぇ、クロノ」
「ん?」
「マンションのクロノの部屋って、本当に何も無いよね」
「……いきなり何を言い出すんだ、君は……」
「だって趣味のものとか何も無いから」
「テレビとDVDがある」
「……趣味って言うのかな?」
「映画は結構見るようになったぞ。君やアルフが苦手なホラーも含めてね」
「ホラーは苦手なんじゃなくて嫌い……かな?」
「ああ、腰を抜かしたくらいだからな」
「い、言わないでよ、もう」

 動けなくなった彼女を抱きかかえ、部屋まで送ろうとした。そこをエイミィに目撃されてしまい、要らぬ誤解をされてしまった訳だが。あの時の光景を思い出して、 クロノは重苦しい溜め息をつく。

「クロノ?」
「いや、君を抱きかかえたのは、あれが初めてだったなって思ってね」
「あ……」

 闇の中でも、フェイトがうなじまで赤くしているのが分かった。

「押し倒されたのはすぐ後だったけど……」
「押し倒す!?」
「……私となのはが冬休みの宿題を忘れてた時……」
「あ、あれは事故だ! 僕は断じてそんな破廉恥な事はしない!」
「……あのね、今なら言えるんだけど……」

 クロノの指をいじりながら、フェイト。

「……クロノ、その、無防備って言うか……。私を心配してくれたりするのは凄く嬉しかったんだけど、それで……私、我慢するの凄く大変 だったんだよ?」
「我慢?」
「……あの時はバリアジャケットの上着を貸してくれたけど……クロノの匂いがして、あの、変にドキドキしてました……」
「……済まない、鈍くて……」
「ホントだよ、もう」

 背中から伝わって来るクロノの鼓動の音が早くなる。彼もドキドキしているのだ。それが本当に嬉しかった。

「……クロノが好きだって自覚したのは、フェベルがアースラに来た時かな?」
「あの時か? ……そういえば、少し様子がおかしかったな、あの時の君は」
「嫉妬……してたんだ、フェベルに。クロノと手を繋いだりしてて、羨ましかった。私も最初は自分の気持ちが分からなくて、アルフに相談したんだけど……」
「相談相手を間違えていないか?」
「そんな事ないよ。アルフはちゃんと答えてくれたもん。……からかわれたけど」
「あれは……やっぱり告白だったのか?」
「……うん……」

 あれを告白を呼べるかどうか分からないが、特別異性に対して鈍感でもなければ、あの時のフェイトの言葉から察する事は出来るはずだった。

「……ごめん、気付けなくて……」
「あれから何度も言ったんだよ、私。クロノが好きですって。でも全然気付いてくれなくて」
「……もしかして、あの演劇の練習も告白だったのか?」
「あ、あれは違うの!」
「だが、役名を僕や君にして練習してたし。あの時の君は明らかにおかしかったぞ? お陰で僕はアルフに撲殺されかけた」

 酸素を求める魚のように口を開け閉めするフェイト。もちろん顔は紅潮としている。

「……初めては練習し易いかなって思ったんだけど……。途中で、あの……我慢出来なくなっちゃって……」
「意外と自制心が無いんだな、君は」

 呆れてしまうクロノに、フェイトは何も言い返せずに俯くばかりだ。自制心の無さは自覚しているのが、そう簡単に治せるものでもない。
 だが、ふと思い返してみればクロノにも責任があった。彼がフェイトの好意に気付いていたなら、あんなもどかしい思いもせずに済んだのだから。

「クロノがいつまでも気付いてくれないからだよ」

 恨み言のように口にする。
 それを言われると、今度はクロノが反論出来なくなる。頭を掻いて謝る以外に彼に選択肢は無かった。

「……ごめん」
「それに……優し過ぎるよ」
「そんな事あるもんか。僕のどこが優しいんだ」

 自分を卑下するように、クロノが唇を尖らせる。

「優しいよ。授業参観の時もちゃんと来てくれたし」
「あれは仕方なく……」
「でも来てくれた。……励まして、くれた……」
「……あれくらいの問題、いつもの君ならすぐに解けただろう。緊張し過ぎていたぞ、あの時の君は」
「だってクロノに見られたんだもん、緊張しちゃうよ」
「そうなのか?」
「そうだよ」
「……緊張か」

 思い出したように、クロノ。

「君が一人で寝れないと言って部屋に来た時は、僕も緊張したぞ」
「……ご迷惑をお掛けしました……」

 怖い話に恐怖するフェイトを面白がって、エイミィが怪談話を無理矢理聞かせた事があった。本当に寝れなくなってしまい、夜中にクロノのベッドの中に潜り込んだ 訳だ。

「眼を覚ましてもずっと寝惚けていたし。何の夢を見たんだ?」
「……クロノの、夢……」
「僕の?」
「う、ん……。クロノが、その、私が好きだって言ってくれて……キス、してくれて……」

 本当に頭の悪い夢を見たものだ。夢というよりも妄想だった。
 覗き込むようにフェイトは振り返る。キスという言葉にどぎまぎしているのか、クロノは緊張した面持ちだった。
 僅かに流れる沈黙。

「……したんだよな、僕達は」

 何をと問う事は無かった。
 キスである。狂った科学者の下に向かう前に、フェイトがクロノにしたのだ。
 フェイトは慌てて唇を押さえる。

「お、起きてたんだよね、あの時のクロノ……」

 自覚をすると、死ぬ程恥ずかしくなった。

「ああ、まぁ、そうだな」
「……何か、襲っちゃったみたいだね、私……」
「別に……僕は気にしてない」
「……うん」

 今して欲しいなとは、やっぱり死ぬ程恥ずかしくて言えなかった。

「間接なら結構してる……よね?」
「……タイヤキの時か」
「うん。あの時は……嬉しかったんだけど、ちょっと悲しかった」
「どうして?」
「タイヤキを売ってたおじさんに”フェイトは僕の妹だ!”ってムキになって言ってた」
「そうだったか?」
「うん、そうでした」
「……バルディッシュの言う通り、僕は甲斐性なしだな」

 嘆息をついて、クロノはフェイトの髪を撫でる。
 そんな彼の手を握る。まだそんなに大きくはないが、フェイトの小さな手と比べればずっと大きい。

「フェイト?」
「……右手、もう大丈夫なんだよね?」
「……入院した時の事か。当たり前だろう? 問題なんて無いよ」
「クロノ」
「ん?」
「私、剣になれたかな、クロノの」
「……ああ、もちろん。だから僕は君とこうしていられる」
「……ありがとう……」

 言葉は止まらない。
 話したい事、言いたい事、相談したい事、本当に沢山あった。喋り疲れてしまっても、二人はずっと話し続けた。
 あれだけ沢山あると思っていた時間が刻々と過ぎて行く。デジタル時計はすぐに二十四時を回り、一時、二時、三時を刻み、夜明け頃を表示した。
 瞼が重かった。何度か眼を擦るが、眠気は消えようとしない。

「眠いのか?」
「……うん」
「寝るか?」
「……ううん」

 少しでも一緒に居たくて、フェイトは睡魔と戦った。
 まどろんだ意識が時間の経過を忘れさせる。

「クロノ」
「ん?」
「……好き」

 今までなかなか口に出来なかった言葉が、今は簡単に舌の上を転がる。

「好き、クロノ」
「……光栄だ」
「クロノも言って」
「……何て?」
「好きって、言って」
「……好きだ、フェイト」

 言われる方には慣れていない。気恥ずかしくなって、フェイトは俯く。

「あのね、クロノ」
「何だ」
「今ならね、分かるんだ」
「何が?」
「……リインフォースの言葉の意味」

 予想だにしなかった名に、クロノは眉を顰める。
 フェイトの言葉に覇気は無く、寝言を呟いているような声になってしまっている。
 それでもクロノの手に触れている指には確かな力があった。

「はやてが悲しむのを知ってて、リインフォースは自分を壊してくれって言ったんだ。私もなのはも、そうするしかないって分かってて、でもやっぱり心のどこかで 分かってなかった」
「………」
「はやても、シグナム達も、リインフォースが居なくなったら悲しいのに、どうして逝くなんて言うのか。どうして……言えるのか」
「………」
「でも、今なら分かる」

 フェイトはクロノの首元に頭を埋める。
 クロノは彼女達がリインフォースと最後にどんな言葉を交わしたのか、詳細は知らなかった。翌日に会ったフェイトの眼が少し赤かったので、訊ねるのが躊躇われたという のが大きい。

「リインフォースの言う通りだった」
「………」
「海より深く愛し、その幸福を守りたいと思う者。そんな人と出会えば分かるって、そう言ってたんだ」
「……フェイト……」
「……クロノ……」

 それからの二時間、二人は一言も話さなかった。手を握り合って、ずっとお互いの鼓動の音を聞いていた。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございます。
 短編集で書いた話を入れてみました。こんな形であの話達を伏線として使えるとは思えませんでした。
 もうすぐSCも終わります。

 2006/11/27 改稿







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