魔法少女リリカルなのは SS

Southern Cross

♯.7 Abhorrence









 冷静になって考えてみれば、馬鹿な事をしたと思う。
 フェイトは左腕を見た。下腕部には綺麗に包帯がまかれている。指を動かせば焼けるような痛みが走ったが、構わずに握ったり空けたりする。
 なのはを、アルフを、リンディを、大好きな皆を悲しませてしまった。こんな事をしても死ねないのに。

「ごめんね」

 冷静になって考えてみても、間違った事をしたとは思わない。
 一週間経った今でも、自分が憎い。自分に対する明確な殺意は業火のように胸に宿っている。彼を傷付け、自分だけ至福の時を過ごしていた自分を許す事は 出来ない。
 でも、これ以上自分を傷付けるような事をしても、死ねない上になのは達を悲しませてしまうだけだ。
 彼も――クロノも、きっと許してくれない。いや違う。喩え何をしても、彼は許してはくれないだろう。
 だからフェイトは自傷行為をやめた。

「これ見たら、クロノなんていうかな」

 もしまた会えて、この手を見たら、彼はどんな顔をするだろう。
 驚くだろうか。
 怒るだろうか。
 何も思わないだろうか。
 悲しみはしないだろう。無駄な事をするものだと、嘲笑するかもしれない。

「それでもいいか。クロノとまた会えるなら」

 フェイトは腕時計を抱く。古めかしいアンティーク品のようなペアウォッチの片割れだ。
 もし会えたらどうしよう。どんな顔をして会えばいいのだろう。分からない。謝る事くらいしか、考えには生まれなかった。
 彼に許してもらえるのなら、フェイトは何だってする。何だってしてみせる。
 そこでフェイトの思考は中断させられた。扉が軽い音をたててノックされたからだ。
 親友の声がする。

「フェイトちゃん、お夕飯持って来たで」

 はやてだった。
 食欲はほとんど無かった。ここ数日、何を食べたか曖昧だ。
 本当は何も食べたくはなかった。でも、食べなければ皆が心配をする。だからフェイトははやての申し出を受ける事にした。
 たったそれだけの理由だった。食事の本来の意味である栄養摂取なんて、本当にどうでもよかった。
 究極的な自暴自棄。

「うん」
「ほなお邪魔します」

 扉が開いてはやてが姿を見せた。彼女が乗っている車椅子には着脱型のデスクが付いており、そこに食事が載っている。
 献立は軽いものだった。バターロールとコーンスープ、野菜サラダにスクランブルエッグだ。夕食というよりも完璧な朝食である。
 部屋に入ったはやては、室内が暗闇である事に驚いた。

「駄目やないかフェイトちゃん。ちゃんと明かりつけな」
「うん、ごめんね」
「よっと」

 ベッドの脇にある小物入れから照明のリモコンを引っ張り出して、はやては明かりを付けた。

「ありがとう、はやて」
「ええって。今アルフがお風呂の準備してるから、食べたら一緒に入ろ?」
「うん」
「一人で食べられる?」
「大丈夫。右手は動くから」

 フェイトは笑いながら傷の無い右手を見せた。
 はやての顔に一瞬だけ沈痛な色が浮ぶ。だがそれはすぐに消えた。

「……そっか。ほな机だけ用意するな」
「はやて」
「ん、なに?」
「クロノはちゃんとご飯食べてるかな?」
「……どうやろ。ちょっと分からへんな」
「クロノね、好き嫌いが少ないんだ」

 思い出の一つが鮮明に蘇る。元々フェイトは自炊が得意ではない。材料を切ったり火を入れたりするのはリニスに教わっていた為にそれなりに出来たが、味付け等の 料理らしい作業が巧く出来なかった。
 なのはと出会う前は別に気にした事は無かった。元から小食な上に、料理にかける時間があるのなら、母の為に自分の魔法を磨いていた方が何倍も有意義だったのだ。
 闇の書事件が終わり、彼を意識し始めた頃から、フェイトは料理の勉強を始めた。
 クロノに美味しいと言ってもらえる料理を作りたかった。
 時間が空いた時にエイミィに指導してもらったり、はやてに教わったりもした。今では洋食、和食、中華など一通り作る事が出来る。

「嫌いなものはほとんど無くて、好きなものもあまり無くて」

 それが残念と言えば残念だったが、彼は自分の作る料理を美味しいと言っていつも食べてくれた。レパートリーを増やそうと沢山料理の勉強もした。
 楽しい記憶。彼が自分に向けて笑顔でいてくれる記憶。縋りつきたい、記憶――。

「ちゃんと食べてるかな、クロノ」

 許されるのであれば、また作ってあげたい。好物だけで食事を作れば、彼は喜んでくれるだろうか。また笑顔を自分に向けてくれるだろうか。
 フェイトは空想に耽る。自然と笑みがこぼれた。
 はやては何も言わなかった。仮初めとも言えない、あまりにも歪で悲痛な笑みを浮かべるフェイトに、彼女は何も言えなかった。



 ☆



 彼は広大なトレーニングルームのソファに腰掛けていた。
 室内であるというのに、赤と黒の外套を脱ごうとはしない。眼を瞑り、眠るように座っている。
 彼は杖を抱いていた。先端に複雑な機械を搭載した紅い杖。

「……S2U」

 彼の言葉に杖が反応する。休眠状態から復旧すべく作業を開始した。
 メインシステム、オールチェック。
 メインOS”ロッティンバウンド”再起動。
 主魔力炉駆動中。出力八十パーセントを維持。
 全機関再接続。アイドリンク開始。
 魔力回路正常稼動中。
 CVK792−R−C起動確認。
 コッキングカバーがスライドして、シリンダーを回転させる。すでに六発の弾頭が装填されている六連装型回転弾倉は円滑に駆動した。
 誰も居ない室内に重い金属音が鳴り響く。
 コッキングカバーを閉鎖する。一発目を装填、固定。後は意志一つでカバーは再度スライドして、撃発音を鳴らすだろう。

 全機能正常稼動確認コンディション・オールグリーン

「よし」

 瞑っていた眼を開け、彼は呟いた。手の中にある二つのクイックローダーを見詰める。合計で十二発、現在装填されている六発を入れれば総計で十八発の弾頭 ――カートリッジが一度の戦闘に使用する事が出来る。
 これから戦う”敵”との戦闘風景を思い描き、相手がどんな動きをしてくるかを吟味する。
 ”敵”はあのSランクの暴走体を二体も倒した歴戦の騎士であり、”烈火の将”という異名を持つ。
 これからその将と戦うと思うと、身を震わすには充分な緊張感を感じた。ぞくぞくとした何かが身体を駆け巡った。そして、絶頂にも似た高揚感があった。
 すべてを犠牲にして手にした力を振るえる。手にするには遅すぎた力を遺憾無く使う事が出来る。
 さらに強くなれる――!
 歓喜する感情が、頭の中で戦闘シミュレーションを行わせた。あらゆる可能性を模索して、”敵”の出方、その戦略の幅を把握し、如何なる攻撃をどんな時に仕掛けて来るかを想像 する。

「やはり強いな」

 ”敵”は強かった。集団戦闘を前提とした模擬戦で何度か手合わせした経験が、その事実をより実感させて来る。元々、ベルカの騎士の単独戦闘能力は、ミッドの魔 導師のそれと比較にならない。一対一という条件で戦闘をした場合、勝利は難しい。
 しかし、今は違う。幾重にも行われた戦闘シミュレーションが終了する。

「でも、こんなものか」

 ソファから立ち上がる。雪原を思わせる真っ白の髪が揺れた。
 勝率は百パーセント。不慮の事故でも起きない限り、彼が”敵”に負ける事は有り得ない。
 ”敵”の倒し方はいくらでもある。向こうの得意間合いである近接戦闘に付き合っても押し勝てる。射撃魔法を行使して撹乱すればさらに余裕さえ残して勝利が可能 だった。
 レンの言う通り、実戦テストの相手には適材だった。いざシミュレーションを行えばそれでも無い事に気付いた。

「慣らしや試しには丁度良い相手には違いないが……」

 ”敵”は一人ではない。他にも三人居る。四人同時に相手にすればどうだろうか。仮を想定して再びシュミレーションを行った。

「さすがにそれは難しいな」

 難しい。だが、可能と判断した。
 ”敵”達の顔が脳裏に浮かぶ。
 常に緊張感を帯びている女性。
 いつも不機嫌そうにしている赤毛の少女。
 線の細い女の子のような少年。
 そして――。

「なのは」

 左の頬が痛んだ。あの時、彼女に叩かれた場所だった。
 無理無茶無謀と常に背中を合わせているような白い服の少女。
 ――好きだった、少女。

 唐突に頭痛がした。きりきりと脳を締め付けられるような痛みだった。

「またかッ……!」

 額を掌で覆い、頭痛を紛らわせるように、こめかみを締め付ける。
 四日前から、彼の頭は戦闘に関係しない思案を許さなくなっていた。
 戦闘以外の事を考えれば、極度の頭痛が襲って来る。その度に思考は纏まりを見せず、曖昧模糊に成り果てた。
 特に二人の少女を思い出そうとした時が頭痛が強まる瞬間だった。

「なのは」

 自分の頬を叩いた少女。

「フェイト」

 顔を歪めていた義理の妹。

「―――」

 痛みから逃れる術は、記憶から彼女達の存在を消すしかなかった。
 そう、消すのだ。ただ、いきなりすべてを消してしまうには記憶は濃すぎた。だからクロノは頭痛の度に小さな事柄から二人を忘れようとした。
 なのははどんな服が好きだったのか。
 フェイトはどんな料理が好きだったのか。

「………」

 頭痛が引いて行く。
 そしてクロノは記憶から消した。なのはが好む服を。フェイトが好む料理を。
 頭痛が収まって行く。余計なモノを廃したお陰だ。

「余計なモノ、か」

 本当に余計なモノだったのだろうか。吟味してみても、失った記憶は戻っては来ない。
 彼は思考を速やかに切り替える。頭痛の余韻が残っていたが、強靭な精神力で叩き伏せた。二つのクイックローダーをポケットに仕舞う。
 深く腕を組み、杖を抱く。再び眼を瞑り、知らせを待った。



 ☆



 ぎりっと奥歯が音をたてた。

「どうして!」

 なのはの叫ぶような問いかけが、室内の沈黙を破壊する。

「どうしてこんな事件を起こしたんですかッ!?」

 なのはは管理局の制服の裾をきつく握り締める。
 動機は何なのか。大勢の人間が死ぬ事を分かっていて暴走プログラムを仕組んだのか。罪の無い魔導師が、魔導師を信じたデバイスが、無関係な民間人が傷付く事を 理解した上で事件を起こしたのか。
 ユーノのお陰で消えたはずの憎しみが、再びその暗い炎を滾らせようとしている。
 レンの表情は変わらない。休日の父親のような笑みを浮かべ、その場に佇んでいる。
 シグナムとヴィータが動いた。数瞬で騎士甲冑を形成し、それぞれのアームドデバイスを顕現させる。

「おや。もう修理は済んだのですか?」
「ああ。私達と同様に」
「こいつらは頑丈に出来てんだ」

 二人の騎士が身構える。

「答えて下さいッ!」

 なのはが前に出てさらに叫ぶ。そんな彼女の行く手を、バリアジャケットを装備したユーノが阻んだ。片手はしっかりとなのはの手を握っている。

「ん〜! 少年は少女を気遣い、少女を守る。美しい絵ですねぇ〜」
「答えてッ!」

 ユーノの温かさが、なのはの堰を食い止める。
 レンは大袈裟に肩を竦め、首を横に振った。言う事を聞かない生徒を嗜める教師のような顔をする。

「そんなの決まってるじゃないですかぁ〜。僕はね、デバイスそのものが憎いんですよぉ。もうこれでもかってくらい」
「そんな事で……!」
「そんな事と言いますか。これはこれは。噂に名高い小さな魔導師、高町なのは君は誰からも拒絶された事が無いんですねぇ」

 思い掛けない言葉に、なのはの思考は少しの間止まった。

「……拒絶?」
「そ、拒絶。僕はデバイスに拒絶されたんですよ。ただの入れ物に過ぎないストレージデバイスからも」

 男は演説を始めた。長くしなやかな両腕を広げる。

「僕に魔法の才能が無いだけで、道具達は僕を拒絶した。……拒絶したんですよぉッ!」

 レンがソファを蹴り飛ばした。如何なる脚力なのか、重さ数キロはあるソファが虚空を跳び、なのはに迫る。
 だが、ソファはなのはにぶつかる事は無かった。ヴィータの一撃を受け、空中で粉々に粉砕される。クッション剤が鳥の羽のように舞い、綺麗な絨毯に散乱する。

「てめぇ……!」

 獰猛な唸り声。ヴィータがグラーフアイゼンを正眼に構え、跳躍姿勢を取る。

「僕はデバイスが憎い! だからブッ壊すんです! この世の人間すべてに畏怖されるように仕向けるんです!」

 ヴィータの視線など眼中に無いレンが、両手を天井に翳した。その顔には恍惚とした感情が浮んでいたが、すぐに消えた。
 なのはを見る。

「あなただって僕が憎いんでしょう?」
「………」

 レンの口許が吊り上がる。綺麗な白い歯が見えた。ぞっとするような笑みだった。

「クロノ・ハラオウン君とフェイト・T・ハラオウン君。そして君のご友人のアリサ・バニングス君をメチャクチャにした僕がッ!」

 気が狂いそうだった。
 肩が震える。掌に握り込んだ指の爪が食い込んだ。

「僕が憎いんでしょうがぁッ! 高町なのは君〜ッ!!!」

 もう駄目だ。限界だ。我慢出来ない。
 そうだ、憎い。自分はこの人が憎い。この人が居なければ暴走事件は起きなかったはずだ。
 アリサが傷つく事も無かった。
 クロノが我を忘れる事も無かった。
 フェイトがあんな行為に走る事も無かった。
 クロノとフェイトは幸せになれたはずだった――!

「……その為にどれだけの人間が苦しんだと思っている?」

 今にも飛び出してしまいそうななのはを抑えつけるように、シグナムが歩を進める。
 蛍光灯の光が、修復されたレヴァンティンの氷のような刃に反射する。
 彼女の口調は従来通り、とても静かだった。だがその瞳は荒れ狂い、男を視殺して余りある程の炎を宿していた。
 絶命しかねない睥睨の中でも、レンの反応は変わらなかった。軽薄な笑みを浮かべ、肩を竦めてしまう。

「そんなの知りませんよ。あなただって、この前まで色々やってたじゃないですか、闇の書、、、の守護騎士プログラム君?」
「てめぇ……! その名前で呼ぶんじゃねェーッ!」
「止めろ、ヴィータ」

 静かなシグナムの一喝に、踏み込みかけていたヴィータの脚が止まる。

「なんでだよ!? てめぇ悔しくねぇーのかッ!? 何も知らないこんな奴に……!」
「………」
「クロノやテスタロッサがああったのも、こいつのせいだろ! 違うかッ!?」
「……高町」

 ヴィータには何も答えず、シグナムは静かになのはを呼ぶ。

「はい」
「私達の仕事は強制捜査だ。その上で、この男を重要参考人としてアースラに連行する事。だが……」

 レヴァンティンの刃の根元から、空薬莢が吐き出される。凛とした音を立てて、薬莢が床を打った。

「この男のこれまでの犯罪経緯、そして今の発言、万死に値する」
『ja』

 レヴァンティンが同意する。主の湖面のように静かな激情を、彼もまた、機械の心に宿している。

「お前はそこに居ろ。この男を再起不能にするのは私達だけで充分だ」
「………」
「やはりお前には憎悪は似合わん」
「………」
「スクライア、お前もだ。……高町を守れ」
「……はい」

 ユーノがなのはの手を引き、扉まで下がる。なのははレイジングハートを起動する事も忘れ、彼に引き摺られた。
 シグナムはそれを見送ると、ヴィータを見る。

「遅いッ!」
「済まんな」

 二人の騎士が肩を並べる。
 圧倒的な威圧感。暴力的な緊張感。
 ヴィータは初めてなのはと相対した時のように、塊のような敵意を瞳に宿っている。
 シグナムは長い髪を怒髪させ、周囲の空気を高温で焦がしている。
 そんな二人を前にしても、男は何一つ変わらなかった。

「守護騎士プログラム二人がかりですかぁ。高町君やスクライア君は加わらないんですか?」
「力こそあれ、あの子達はまだ子供だ。汚れ役は我々が務める」
「泣いて謝っても許さねぇから安心しろよ。てめぇだけは絶対に許さねぇ」
「僕を殺すつもりですか?」
「そのつもりで行く」

 殺気ではなく、殺意を発するシグナムとヴィータ。

「ん〜、なら仕方ない。自己防衛でもさせてもらいましょうかね」

 余裕を失わないレンは、懐から銀色のカードを取り出した。
 綺麗なタロットカードだ。クロノのS2Uとデュランダルを思い出させる品である。

「……デバイスは嫌いなんじゃないのか?」
「これがまた難しい所。君達のような人達から身を守る為には、やはりデバイスに頼らざるを得ません。まったく遺憾な事です」
「都合の良い野郎だ……!」
「現実的だと言って下さい」

 レンがタロットカードを宙に放る。淡い魔力光を発して、カードはデバイスに変化した。
 現れたレンのデバイスに、四人は眉を顰めた。
 レンは注目されているデバイスを左手で握り、小脇に抱える。

「紹介します。私のストレージデバイス”テンコマンドメンツ”です」

 彼のデバイスは、聖書の形状をしていた。設えられた豪奢な装飾品。正面を埋め尽くさんばかりに掘り込まれた魔導文字。杖の形から逸脱しているストレージ デバイスも存在はしているが、聖書型ストレージデバイスはあまりにも異質であり、突飛過ぎだ。

「……モーゼの十戒か。貴様にはあまりにも不釣合いなデバイスだな」

 鼻で笑うシグナム。
 モーゼの十戒。神との契約の証としてモーゼが授かった十の戒めが書き込まれた石版の事だ。
 私以外の何者も神としてはならない。
 偶像を作ってはならない。
 主の名をみだりに唱えてはならない。
 週に一度は休日としなさい。
 父母を敬いなさい。
 何をも殺してはならない。
 姦淫してはならない。
 盗みを働いてはならない。
 隣人のことを偽証してはならない。
 他人の物を欲しがってはならない。
 思いのままに暴走事件を引き起こしたレイン・レンという重犯罪者には到底似合わない名前だった。

「そうでしょうか? 十戒には”憎悪してはならない”という記述はありませんが?」
「で。てめぇはそんな辞典みてぇーなふざけたデバイスであたしらと戦ろうってのか?」

 馬鹿にするのもいい加減にしろと言わんばかりに、ヴィータがグラーフアイゼンを振るう。一振りで生まれた衝撃が残されていたソファを根こそぎ吹き飛ばした。
 吹き荒れる強風。ソファが舞い、壁にぶつかった。
 レンのふてぶてしい態度は変わらない。

「まさかまさか。テンコマンドメンツは補助魔法しか登録していません。何せ僕には魔法資質がほぼゼロですから。薄弱な攻撃魔法など使えない方が遥かにマシです」
「ならばどうするつもりだ。素手で私達を相手にするつもりか?」
「その通り」

 レンが静かに構えを取る。男の長身が揺れて、鷹揚な動作で隙の無い型を作った。邪魔にしか思えない白衣は脱がない。シグナムはその分厚い白衣に眼を細めた。

「……耐魔性のディフェンスコートか」

 そして、レンの徒手空拳の構え。左手に持った聖書型デバイスを前に出し、半身を引いている。
 打ち込む隙がどこにも無かった。眼前の男がどのような手段で反撃に出て来るかまったく分からない分、迂闊な攻撃は危険極まりない。
 だが、所詮敵は素手だ。卓越した技術だけでは守護騎士であるシグナムやヴィータの魔法防壁を砕く事は出来ない。ましてや、彼女達二人を止める事は絶対に不可能だ。

「バリアジャケットとしては優秀ですよ。魔力も使いませんし。改造してやれば武器にもなります」
「おい」

 問いかけながら、ヴィータが動いた。
 素早い跳躍。電光石火。レンの首をへし折るべく、グラーフアイゼンを横薙ぎにして――。
 空間が歪んだ。
 激しい魔力の風が窓硝子を粉砕する。甲高い悲鳴が残響のように静かな室内に響いた。
 その中で、なのはとユーノは確かに少年の声を聞いた。

「ストップだ」

 初めて会った時と同じ言葉を、その少年は口にした。
 グラーフアイゼンのハンマーヘッドが、紅い杖に止められている。ぎりぎりと音をたてている。
 魔力の風が止んで行く。
 全員の意思が凍結し、感情が停止した。
 紅い杖の持ち主は、なのは達が良く知る少年だった。

「ここでの戦闘行為は危険だ」

 ヴィータはグラーフアイゼンを動かせない。

「ビル内にはまだ大勢の社員が残っている」

 指一つ動かせないシグナム。

「それでも戦るというのなら」

 ユーノは呼吸をするのも忘れた。

「僕が相手になる」

 良く知り、親しかったはずの少年。だが、その容姿は変わっていた。
 黒かった髪がすべて白くなっている。雪のような白髪だ。愛用のバリアジャケットも細かい箇所が変化しており、基調色となっている黒はそのままだが、灰色だった 場所がすべて赤になっている。
 紅い杖――S2Uも異様になっている。先端部位に装備されている緑色の宝石はそのままだが、歪な配線や回路が剥き出しになって取り付けられていた。さらに、 先端と柄を連結させている部分にバルディッシュと同じようなコッキングカバーが装備されている。
 見間違える程の変貌を遂げた少年だが、唯一変わっていない場所がある。
 瞳だった。黒いままのそれは、シグナムを、ヴィータを、ユーノを、なのはを見ている。

「クロノ君」

 なのはが呟く。
 レンを守るようにその眼前に現れたのは、間違いなく、クロノ・ハラオウンだった。





 to be continued.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございました。そんな訳でSCクロノ登場です。
 次回から多少戦闘。今回は前回の失敗を踏まえてぱぱっと。
 では次回に。

 2006/7/03 加筆





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