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 02.帰りたくない


 まだ、小さな頃だ。
 聖祥小学校の白い制服を着ていた頃。
 もう少しでそれを脱ぎ、ブラウンのブレザー――中学生の制服に袖を通そうかという頃。
 執務官試験の二度の失敗を経て、苦い経験を得ていた頃。
 異性というものを、どこか意識し始める頃。
 振り返れば、あまり精神的に余裕の無い頃でもある。
 執務官試験の二度の失敗で、軽くは無い挫折を味わった。
 親友の事故は言い訳にはならない。経験も、知識も、資質も、自分は難関中の難関と言われる執務官試験に挑めるだけのモノを蓄えていた。 あれは間違いなく自身の実力不足だった。
 勉強をして。対策もして。自分を不必要に追い込んだ。そんな自覚も、あった。
 あったけれど、三度目の失敗は許されない。執務官試験の失敗を、無二の友は自分の看病に時間を割いていた所為だと思っているから。そんな事は無いのに。折れて しまいそうな彼女と自分の進路など、秤に掛けるまでもないだろう。
 ベッドの上の親友を訪ねる度に、彼女は辛そうに眼を細めていたけれど。
 幼馴染達に無理はしないようにと、いつも背中を叩かれていたけれど。
 眼には見えない重圧感。
 やらなければ、という強迫観念。
 そうした諸々に、何時しか頭も心も囚われてしまって。
 ちょっとだけ、溜息が増えてしまった頃が、フェイトにはあった。
 自分より他人を優先してしまうと損をする、とは母の学生時代からの友人の言葉だ。
 確かにそうかもしれない。でも、大切な人達には笑っていて欲しい。だったら、自分を犠牲にするしかない。勿論そんな自己犠牲の思考を自覚した事は無い。
 ただ、自然に。
 ただ、当然のように。
 そうする事が、一番笑って欲しかった人に最後まで微笑んでもらえなかったフェイトの、少しだけ歪んだ常識。
 それを指摘してくれたのは――執務官として尊敬していた義理の兄。

「君が笑っていないと、君が笑って欲しいと願う人達は皆笑えない。自分の幸せを願えない人間は、他人を幸せにはできない」

 恩師からの受け売りだけどね。そう付け加えて。彼はおどけて言った。
 言葉の上では理解できた。でも、それをすぐに実行に移すのはとても難しい事だ。少なくとも、その時のフェイトにはできなかった。
 学校。墜落事故に遭遇した友の看病。執務官候補生としての任務。執務官試験への勉強。こなさなければならない、処理しなければならない事が山積している状況が、 思慮と吟味を後回しにさせた。
 余裕を失っている。どれもが巧く進まない。小さな失敗が目立ち始めた。アースラの皆に迷惑をかける回数が増えた。
 誰もが優しかった。その優しさが嬉しくて、どこか疎ましかった。そう感じてそう思ってしまう自分に嫌悪感を覚えて。感情的に怒鳴られた方が気も楽だったかもしれない。
 執務官候補生としての自分に一週間の長期休暇が与えられるまで、多くの時間は要らなかった。母に告げられた時、当然かもしれないと割り切れてしまった。試験勉強 ともしばらく距離を保つように言い渡されて、茜色の使い魔と一緒に海鳴のマンションへ帰ろうとした。
 アルフと二人きり。なのは達と出会う前への後退。気遣ってくれる彼女に心を痛めながら、確かに今の自分には休む事も必要なのかもしれないとおぼろげに思い始めた。
 長距離用トランスポーターに乗り込もうとした時だ。

「アースラも簡単な哨戒任務しかないから、僕も一緒に帰るよ。有給を消化しろってエイミィがうるさくてね」

 黒のズボンに、黒のシャツに、黒のジャケット。笑えてしまうぐらいの黒尽くめの身形で、義理の兄が現れた。
 長く執務官を務めている彼は、彼だからこそこなせる職務があり、その手腕を必要とする事件は多く。それらを解決に導く事をクロノ・ハラオウンは半ばライフ・ワーク としている。
 身体を休める休日を、平然と時間の浪費と断言できてしまうような人が、一週間の休暇。
 驚くしかなかった。自分を心配してくれているのは分かったが、こんな行動に出るなんて本当に予想すらできなかった。
 ともあれ。三人で一週間を過ごした。
 とても新鮮な一週間だった。その時の記憶は、この先も色褪せずに胸に仕舞っておける唯一無二の思い出だ。
 リンディも含めた【ハラオウン家】として休日を謳歌した事はあっても、クロノと長く余暇を過ごした事は無かった。
 義理の兄――という感覚は、ちょっと薄かったけれど。悪戯半分でお兄ちゃんと呼ぶと面白いくらいに顔を赤めたので、不意打ちのように呼んではその狼狽っぷりと アルフと一緒に楽しんだ。
 一日目はいつもより一時間くらい早起きをして、アルフと一緒に朝食を作った。いつまで経ってもクロノが起きて来ないので部屋に行くと、ベッドで熟睡中だった。
 やはり疲れも溜まっているのだ。起こすのも悪いと思って、その日はアルフと食事を済ませて学校へ行った。
 なのはのいない、学校。友は今、必死にリハビリに耐えている。飛べないかもしれない。歩けないかもしれない。医師から告げられた現実を、拒否でも拒絶でもなく、 受け入れて。その上で打倒する為に。
 学校が終わったら、お見舞いに行こう。ユーノやヴィータが着いてくれているけれど、やっぱり側にいて支えていたい。
 ともあれ、生命の危機という最悪の事態だけは避けられている。アリサ達との世間話にもそれなりになのはの事柄は挙がるようになっていた。その日ははやても管理局 はオフだったので、放課後、二人でなのはを訪ねようという話になった。
 放課後に学校を出ると、校門でちょっとした人垣ができていた。その中心にいたのは、相変わらずの黒尽くめのクロノと、彼にリードで繋がれた仔犬姿のアルフ。
 秘密で迎えに来たらしいが、まだまだ成長期なクロノは百七十も後半に差し掛かっていた身長だ。児童達の中にいると身形からして人眼を惹くに十分過ぎた。 騒ぎを聞きつけた教師が出て来て、ちょっとひと悶着。フェイトが義理の兄ですと説明して事なきを得られた。
 ただの兄妹ではなく、義兄妹。級友達からの関心を刺激するには足る言葉だ。子供らしい無遠慮な興味の視線。その無遠慮さが恥ずかしくてその場から離れようとした 時、クロノが手を引いてくれた。
 ただ、手を繋いだだけ。
 義兄妹になってから、二年が経っていたのに、この時初めて触れ合った。
 仔犬アルフのリードを左手に。フェイトの手を右手に。クロノは、まだ小さいフェイトに合わせた緩やかな歩幅で歩いてくれた。
 その時のお見舞いは、全員で行った。クロノが執務官権限を使って、アリサやすずかの同行も許可してくれた。久方ぶりに会う親友に、リハビリの疲労を隠せずにいた なのはは顔を綻ばせ、面会時間が終わるまで話が尽きる事は無かった。
 二日目は、クロノもいて、三人で朝食を嚥下した。

「行ってきます」
「いってらっしゃい」

 そんな何でもなりやりとりも、フェイトとクロノにとっては何でもないものではない。
 母リンディとは良く交わす言葉でも、殆どアースラに詰めっ放しの義兄とは、その機会すら無かった。
 ちょっと気恥ずかしくなって。うつむき加減で駆け出すように玄関を出した。
 その日はなのはの見舞いには行かなかった。それはなのはからの希望。自分もはやてそうだが、彼女は特に自分の事で他人に迷惑をかける事を嫌う。その感覚は 恐怖にも近い。
 はやての家で皆で遊んだ後に家へ帰ると、クロノとアルフが夕食の献立で騒がしい議論をしていた。どちらが作るかで揉めていたらしい。昨日はフェイト達に作らせた ので、今日は自分が作ると言って折れないそうだ。

「クロノの焼きそば、久しぶりに食べたい……かな?」

 朝の事もあってロノの顔を直視できなかったが、苦労してそうリクエストした。
 アルフには申し訳なかったが、義兄が作る焼きそばはとても美味しい。管理局特製らしいが、一体どこの部署で何故に焼きそばなのか、局歴も二年を過ぎた今でも不明 のままである。
 十五分くらいで出て来た焼きそばは、具沢山でなかなかの量だった。味は期待していた通りの逸品。育ち盛りでも小食家だったフェイトでも箸が進み、元々暴食家の アルフがいたとは言え、フライパン一山分を瞬く間に平らげてしまった。
 三日目も、そんな調子で。食事は交代制にして、朝はフェイトとアルフが。夜はクロノが作る事になった。昼食はジャンケンでアルフとクロノのどちらか決めたらしい。
 羽を伸ばすとは、こういう事を言うのかもしれない。閉塞的になっていた視野が、煮詰まっていた思考が、すっと澄んで行くのが分かった。嵐が止んで、灰色の空に 隙間ができて、そこから蒼い空が見えたような感覚。
 その日も、クロノが迎えに来てくれた。アルフの散歩ついでだと言っていたけれど、それが言い訳なのは分かっていた。義兄の不器用さは折り紙付き、看破できない ほどフェイトは鈍感でもない。
 夕食の買い物があるので、はやて達とは帰路の途中で別れて。混雑時の商店街やスーパーを回って。
 ようやく成長期に入ろうとしていたフェイトはまだ小さい。迷子になってしまうといけないと思い、離れてしまわないようにクロノの手を握ろうとした。
 でも、昨日の記憶がふっと浮かび――。

「ぁ……」

 伸ばしていた手はちょっと下がり、義兄の袖の隅を摘むように握る。
 うつむくフェイトに気付いたクロノが昨日と同じように、すぐに握ってくれたけれど。
 やっぱり恥ずかしかった。
 夕食の味は、あまり覚えていない。後片付けを手伝ったら皿やら何やらを割ってしまって、そんな失敗ばかり覚えている。
 四日目も、五日目も、そんな調子だった。

「行ってきます」
「いってらっしゃい」

 学業と管理局の二束草鞋では殆ど交わせなかった言葉も、五日目には違和感も無かった。
 クロノがアルフの散歩を隠れ蓑に迎えに来てくれるのも慣れて、ただ一緒に帰るだけで、今まで感じた事の無い暖かみを覚えた。
 友を得たけれど。
 家族を得たけれど。
 欲しいと渇望した幸せとはちょっと違うけれど、それに勝る幸せを得たけれど。
 こんな風に――穏やかさだけに抱かれた事は、無かった。
 管理局。戦闘魔導師。陸士訓練校。ミッドチルダ。クラナガン。ロストロギア。次元犯罪。夢。執務官。試験。
 あって当然だった、フェイトにとっての世界。
 そんな世界とは根本的に相違する安寧な世界。
 辛い事や苦しい事はあっても、魔法の無い――平穏な世界。
 見えない何かを感じた。そんな世界に生きるという選択肢も、二年前の自分にはあった。

「フェイトには、魔法や管理局とは関係の無い世界で生きて欲しかったけど」

 執務官を志した時、クロノが言った。
 自身の選択に後悔はしていない。するつもりも、この先ありはしない。
 でも。この世界の心地良さは想像していたよりも、ずっとずっと、いい――。
 六日目の朝。はやては管理局の任務に従事。フェイトはアリサとすずかと、なのはの見舞いに管理局の医療局を訪ねた。無論、クロノとアルフも一緒だ。
 リハビリは順調らしいが、まだベッドから自由に動けない。それでも包帯の数が少なくなりつつあるのは、アリサ達の表情を明るくするに十分な情報だった。
 長時間の面会は、回復し切っていないなのはの体力的な問題で自粛を促されていた。帰ろうとした時、フェイトだけが常駐していたユーノに呼び止められて残った。

「フェイトは……魔法を、捨てられる?」

 すぐに分かった。ユーノが何を言いたいのか。
 即答したかった。
 でも、できなかった。
 この道は、自分で選んだ道だ。次元犯罪を相手にする以上身の危険があるのは承知の上。それでも、母――二人目のプレシアを作らない為に何かをしたかった。
 自分は、それでいい。
 なら、周囲はどうだろう。
 もし自分がなのはのような重傷を負ったら?
 家族として迎えてくれたリンディは?
 姉妹のようなアルフは?
 義兄――クロノは?
 はやて、アリサ、すずか達は?
 一体どうなるだろう。
 それは想像するまでもない。眼前のユーノを見れば。そして自分の胸に手を当てれば分かる。
 身を削る恐怖。引き裂かれるような痛み。
 温もりをくれた大切な人達が、この気持ちを味わう。いや、今もなのはの事で身を刻まれている。
 もし自分に何かあれば――。
 唇を動かす事ができないフェイトへ、ユーノはこう言った。

「なのはは、捨てないって」

 責任感が人一倍強いこの少年は、もしかすれば、なのはの撃墜事故の根本的原因が自分にあるのではないかと思慮したのかもしれない。彼の口から語られている言葉が、 なのはから自発的に語られたものだと想像が難しい。

「僕とレイジングハートがくれた魔法を正しい事に使いたいから。それで、自分にできる事をしたいからって」

 最悪の事態に陥った結果、家族達を奈落の底に突き落とす事になろうとも、自分の意思を貫く。
 それはもう身勝手な領域ではないのか?
 そんな自問に、フェイトは答えられない。
 あの雪の降る夜に提示された二つの分岐点。以降交わる事は絶対にないその道の一方を選び、フェイトは今こうしている。
 この二年間、前だけを見詰め続けてここまで来たけれど。
 一度振り返るという事を知り、もう一つの道の片鱗を感じてしまった今、フェイトは知り得ている答えを己に課せなくなった。
 無言のままユーノと別れ、医療局を去り。どのような帰路を辿ったのか思い出せないまま、海鳴のマンションに戻る。
 夕食が何だったのか。どんな味がしたのか。食卓で何を話したのか。何も分からないまま、何も感じないまま、風呂に入り、汗を流して、宿題をして、ベッドに潜り 込んだ。
 照明を消した部屋。微かな物音一つしない。闇に慣れた瞳が十二歳の少女を主とするには少々広く閑散とした室内を映す。
 思考は停止している。いや、堂々巡りを続けるあまりに止まってしまったと認識できる。
 どうすればいいのだろう。誰も悲しませずに自分を貫くには、何をどうすればいいのだろう。
 扉が鳴る。口が自動的に返事をした。入って来たのは、寝間着姿のクロノだった。

「寝るところだったか?」

 そのつもりだったが、とても眠りにつけられる状態でもなかった。
 廊下の淡い光で、クロノの表情は分からない。身体を起こそうとすると手で制せられてしまう。

「ちょっとだけ、いいか?」

 拒む理由と言えば、早く寝ないと明日に響くくらいのものだった。だから首肯した。
 クロノは扉を静かに閉めて、フェイトに背中を向けるようにベッドの脇に腰掛ける。
 再び、闇と静。その中で、義兄が呟く。

「――今なら、まだ戻れる」

 口数も多い方ではなく。出逢った時よりも柔和にはなったけれど。言葉を選ぼうとしても、なかなかそれができない不器用なところが、フェイトがクロノに感じる 可愛いところだ。
 こちらの様子を探ろうとせず、単刀直入に告げて来る――。
 言葉には一言もしておらず、フェイトの心ここにあらずな態度だけで、この聡明な少年は少女の思慮を熟知した。

「この一週間をずっと続ける事を、君はまだ選べるんだ」

 そこには誰の危険も無い。クロノ達家族は管理局局員である以上、突然の事態に見舞われてしまうかもしれない。
 でも――平穏な日々が、そこにはずっとずっと広がっている。

「闇の書事件が終わった時に下した決断を覆す事になってしまう。あの時に戻って、この二年間が無駄になってしまうかもしれない」

 肩越しに振り返ったクロノが、寝そべるフェイトの手に指を伸ばす。

「だが、君はもう傷付かない。母さんも、アルフも。僕も……安心できる」

 重なる手と手。

「なのはは、あれだけの重傷を負っても魔導師を辞めるつもりはないらしい。でも、君が言えば、もしかすればその考えを変えるかもしれない」
「………」
「はやては闇の書事件の保護観察関係もあるからすぐには難しいが、将来的には管理局を辞める事もできる」

 そしたら、三人で気兼ね無く学校に通えるのだろうか。
 アリサやすずかのように。学校生活を――普通の生活を謳歌できるのか。
 魔法も無く、危険も無く、誰も傷付かず、誰も傷付けず、生きていけるのか。

「正直に言えば、僕は君達に……特にフェイト、君には平和に生きて欲しい」

 闇の諸事件の折、一度だけそう言われた。

「喩え才能があっても、避けられない事故もある。僕は、君が傷だらけになって帰って来るところを見たくはない」

 義兄の告げたい思いは痛みを伴って胸に届く。何故なら、なのはの件で同様の思いを知っていたから。
 クロノは手を繋いだまま、視線を前へと戻す。
 逡巡するような、間。そして、彼は口を開く。

「でも、これが僕の勝手な願いだ。選ぶのは君だ。それを強制はしない」

 長い、長い長い沈黙の後。

「どうして?」

 訊ねる。

「誰かに強制されて選んでしまった生き方で、君は満足するのか? ……後悔、しないと言えるのか?」

 手を差し伸べてくれた人達の心を砕くかもしれない選択。それを採って、今自分はこうしている。
 平穏無事に生きる。その資格も権利にもある。今その道に戻っても、誰にも何も言われず、何よりも歓迎されるだろう。眼前の義兄のように。
 それもいいと思った。不幸せになる者が誰も発生しない最良の決断だと考えた。自分がやらなくとも、管理局には多くの執務官がいる。それはこれからも増え続ける。 自分一人が辞めたところで、次元世界を統べるあの巨大組織には何の影響も無い。
 この道を諦めてはいけないと思うのは、フェイトだけだ。

「……しないって……」

 執務官を目指し。資格を取得し。第二のプレシアを作らないよう尽力する。危険は付き纏うだろう。死は勿論恐ろしい。それでも自らが傷付く事に恐怖は感じない。 それが自分の選択の末に起こった出来事なのだから。
 自分の選択。夢の達成。そして継続。
 静かな日常を手にすれば、一度は下した自身の決意と覚悟を破棄する事になる。それはつまり、第二のプレシアが生まれてしまうのを看過する事に繋がる。
 そうなれば、きっと後悔する。必ず。

「後悔しないって、私は言えない」

 喩え、クロノ達新しい家族に深い悲しみを与えてしまう可能性があっても。自分の決めた事を、生き方を、曲げられない。
 なのはもきっとそうなのだ。いや、きっと自分以上に、あの優しい少女はこの思いが強いに違いない。
 明かりの無い空間で、義兄を見詰める。重なっていただけの手を握り締めて。
 ふと、彼は頬を緩める。僅かな諦観を、予想通りだという苦笑にする。

「頑固者だな、君達は。でも、だから君達なんだろう」
「そう……かな?」
「だと思う。執務官試験の復習と対策、最後の休日を使ってやろうと思うが、大丈夫か?」

 唐突な提案に、フェイトは眼を瞬かせる。

「二度ある事は三度ある。それとは逆に、三度目の正直なんて言葉もあるが、計画は常に最悪を想定して立てる事。試験関係の参考書も持って帰って来てるだろう?」
「う、うん。でも、お休みになってから一度もしてないけど」

 何せ母から禁止された身だ。徹底的に休めと釘を刺されたのだから。
 執務官試験の勉強をすれば、その言葉を破る事になるが――。

「アルフと一緒に口裏合わせをすればいい。後悔したくないんだろう?」
「……うん」

 なら、戸惑っていても意味はない。以前からもクロノに教わっていた部分はあったが、彼も多忙な身だ。一日付きっ切りなんて無かった。

「じゃ、明日は朝早くから」

 そう言って立ち上がるクロノ。繋がっていた手が離れる。
 その手を、フェイトは無意識に掴んだ。自分でも驚くくらい、身体が勝手に動いた。

「フェイト?」
「へ……部屋に、帰るの?」

 当たり前の事を訊ねる。
 何を言っているのだろう、自分は。理屈では説明できない何かが心の底で蠢いている。
 何も言わず、でも手を離さないフェイト。クロノはそんな義妹を不思議そうに観察した後、また腰を下ろして背をベッドに寄せた。

「クロノ?」
「そうだな。まだ部屋には帰りたくない」
「で、でも今帰るって」
「気が変わった、かな?」

 疑問符が付く不可思議な言い訳をしたクロノ。それでもアドリブも苦手な彼はそれ以上満足な言葉を思慮できなかったようで。

「こういう風に二人で話した事も無かったし……君が寝るまで、ここにいるよ」
「ぅ……ぇ……ぁ……」

 自分でも聞き取る事の難しい呻きの果てに。

「ありがとう……お兄ちゃん……」

 正体不明の身体の火照りを彼に悟られまいと、クロノにとっては切り札を切ってその場を誤魔化した。
 しかしながら、その日を境に思うように義兄を義兄と呼べなくなり。その心境をフェイトが別の想いだと気付いた時にまたひと悶着起こるのだが、それはそれ。 ここで語る話ではなく、何かの機会に語るとしよう。










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