05.壊れてしまうかも


 新暦六十七年と言うと、今から八年前となる。
 十一歳になり、管理局も入局二年目を迎えて慣れも出て来ていた。執務官候補生として義理の兄の仕事を側で体験させてもらいながら、大変でも充実していた日々 だったと思う。初めての執務官試験も控えていた年だったので、鮮明というほどでもないが、それでも色褪せない大切な年だった。
 一日の汗をシャワーで流し、お気に入りのアクセサリーの手入れをするように身体の隅々にまで石鹸を吸い込ませたスポンジを走らせる。足の指の隙間も綺麗サッパリ 美しく、だ。どんなに多忙でも入浴という行為を疎かにしてはいけない。執務官である前に、フェイトは二十歳を目前に控えた十九歳なのである。
 疲労を残さないように、汚れ一つ残さないように。それから、自分にするよりもずっと繊細な手付きで、十歳の少女の身体にスポンジを当てた。
 泡の下で白い肌がむずむずと震えている。そっと覗き込むと、ぎゅっと眼を瞑って耐えるような顔が窺えた。
 素直に可愛いなぁと思う。アルフが本当の意味でまだ小さな頃、一緒にお風呂に入った時に同じような表情をしていたのを思い出した。

「キャロ、気持ちいい?」
「は、はい……」

 震える息を辛うじて吐き出す娘のような少女。小さくて細い背中の上を何度もスポンジで往復する。
 フェイトは眼を細めて、その背中に痣や傷が無いかを見てやる。今日の午後の訓練はフェイトも模擬戦に参加したハードな内容だったので、新人達にはいつも以上に 生傷が多かった。

「今日の訓練じゃ沢山怪我したからね。後で診てあげるから」
「だ、大丈夫です。シャマル先生に綺麗に治してもらいましたから」

 そうは健気に言われても、フェイトはすでに幾つかの痣らしき痕を見つけてしまった。

「だーめ、見つけちゃったから。ここと、ここ。それから……ここ」
「あ、あう……」
「痛みは無いと思うけど、痕が残っちゃうと大変だから。お風呂が終わったら消してあげる」

 シャマルの医療魔法は大したものだが、四人纏めてになるとどうしても手が届かない部分が出てしまう。
 エリオは『自分は男ですから!』とか、『裸にならないと怪我の治療ができませんよ。は〜い、脱ぎましょうね〜』とか、何故か大変に嬉しそうな笑顔をたたえる シャマルから逃れようとして、必死に言い訳を繰り出して知恵も巡らせるのだが、いつもフェイトの『治療はちゃんと受けないと駄目だよ』という言葉で素直になる。 無論、不承不承であるのは否めなかった。

「それだったらエリオ君も一緒じゃだめですか?」

 キャロが肩越しに振り返って来る。親に何かを強請るような無邪気な感情を潜ませた眼が、浴場に漂う靄の中で、フェイトを見詰めた。
 何だか久しぶりにキャロのこんな眼を見たなと思う。エリオもそうだが、局入りをして六課に正式所属となってから、この娘と息子のような子供達は我侭らしい我侭 をまったく口にしなくなった。頼もしいと思う一方で、ちょっぴり寂しいと感じていたりもする。
 だから、そんな子供らしい眼差しを向けられた事が嬉しかった。弾む胸を苦労して抑えながら、濡れたキャロの髪をひと撫でしてやる。

「だめなんかじゃないよ。じゃ、二人でしようか?」
「はい!」

 和やかな展開が微笑ましく進む一方で、スターズ分隊は日頃の訓練と同様に熾烈な様相を呈していた。

「スバルって本当にお肌スベスベだよね〜。む〜、これはちょっと妬けちゃうなぁ」
「そうなんですよ。手入れとか適当な癖にこれはマジで許せないんです!」
「なのはさん!? ティアも! ちょ、そんなとこ見ないで下さい!」

 ティアナに強制万歳をさせられたスバルは、敵前で尻を見せるに等しい無防備極まりない姿を憧れの高町なのは一尉に晒してしまった。半ベソをかいて暴れるものの、 基本的には友達に甘い思考回路の持ち主である。さしたる成果も出せず、ティアナは不敵な笑みで口元を吊り上げたまま、親友を拘束し続けている。
 なのはは妙に厳しい顔付きでまじまじと部下のツルツルなお肌を傍観する。

「いいでしょー、減るものじゃないんだからー」
「なのはさん眼が怖いです!」
「あんたは訓練で一番怪我多いのに、どうしてそう……! ああ、ムカつく!」
「何それ八つ当たり!?」

 修学旅行先の風呂場で暴れる女子高生か、それ以上の喧騒っぷりを発揮するスターズ分隊。母と子と呼ぶにはまだまだ若いものの、幸せ母子オーラ全力展開中の ライトニング分隊とは雲泥の差が発生してしまっている。フェイトも巻き込まれないようにさり気無く距離を保ち、キャロの背中にシャワーを当てていた。
 触らぬ神に祟り無しという言葉が第九十七管理外世界にはあるのだ。今はそれを実行に移しているだけである。自分はまだしも、キャロという眼に入れても痛くも 痒くも無い少女が巻き添えになってしまうのは許されない。何と言うか、絶対に将来に影響を及ぼす。それもあまり宜しくない影響だ。
 母として、子は絶対に守らなければならないのだ。
 不穏な言葉が聞こえたのはその時である。

「フェイトちゃんもねー、凄く綺麗なんだよ、お肌」

 視線を巡らせれば、してやったりという邪悪な面持ちの幼馴染がいた。
 処女を奪われたように涙しているスバルを放り捨てたティアナが、ギョロリとフェイトを捕捉する。
 本能が警報を発している。これはまずい。ある意味貞操の危機にも等しいだろう。

「フェイトさん……。その秘訣は一体何ですか……!?」

 じわりじわりと近付いて来るティアナは、知性を奪われた生きる屍のようだった。そこに己の欲望を満たすものがあるのなら、何も考えずに突っ込んで絶対に 獲得する。そんな雰囲気すらある。
 ティアナも充分に肌理細やかな肌なのになぁと思いつつ、何かと悲観的かつ自虐的な思考を持つ彼女にそれを言っても通じそうにない。う〜ん、何だか昔の自分に 似てるなぁ。こんな活発でもなかったけど。
 現実逃避をするような思考は、絶対的味方であるはずのキャロの意外な裏切りによって木っ端微塵に粉砕された。

「秘訣……。そういえば、フェイトさんってクロノさんと会った次の日は凄くご機嫌ですよね」
「キャ、キャロ!?」

 今日のテストで百点取って来たよ! とでも言いたげな眩い微笑みで、キャロ。

「……クロノ・ハラオウン提督ですか」

 述懐するようなティアナの呟き。

「確かそうだね。クロノ君と会った次の日とか、何でもお願い聞いてくれるし」

 部下を援護する幼馴染。

「そうですか? 何か動き難そうに歩いてるって感じが強かったですけど」

 立ち直ったスバルが事も無げに言う。
 入浴でぽかぽかと暖まっていた身体が、煮えたぎった鍋に放り込まれたように一気に過熱した。ヤカンなら蒸気を吐き出しながら甲高い絶叫を上げている。顔は鼻血でも 出してしまうぐらいに紅潮して、思わず同情を抱いてしまうぐらいだった。
 一体何を言い出すのだろう、この子達は。クロノと会った翌日は――色々と余韻のようなものが残っていて、身体も気分も羽でも生えたかのように軽くなった。それは 認める。確かに事実だ。最近は六課も落ち着いて来ているので、多少なりとも時間の余裕ができた。その分色々なところに眼を向けられるようになった。だから…… シグナム曰くの『逢引』の回数も増えてしまった訳で……。

「フェイトさんの秘訣はクロノ提督」

 ティアナが結論をぶっちゃけた。返す言葉なんて無かった。

「秘訣? フェイトさんが強い秘訣の事?」
「スバル。あんたその天然、サッサと治しなさい」
「て、天然って、あたしボケてないもん!」

 がおーっと、スバル。

「その返しが天然だつってんのよバカ! そんなんだから男っ気が無いのよ!」
「ちょ、それひど! ティアだってそうじゃん!」
「な……何よ失礼ねッ! 恋人は勇気なあんたと一緒にしないでッ!」
「ゆ、勇気で補えないものなんて無いんだよ!」

 浴室という事もあって、年頃な少女のキンキン声は見事に反響する。
 オフシフトで分隊皆でまったりゆったり中とは言え、羽目の外し過ぎはあまり宜しくない。女性浴場なので風紀には眼鏡を光らせるグリフィスの耳には届かない だろうが、緊張感が発散されてしまうのは問題ありだ。
 そろそろ怒るべきか、とフェイトは考えるものの、彼女の場合は優しく諭すのが限界である。
 そうこうしていると、なのはがペシリと部下二人の頭を叩いて諌めてしまった。

「はいはーい。オフシフトなお風呂タイムだけど、あんまりハシャギ過ぎないように。程好い緊張感、教えてなかったっけ?」
「そ、それは分かりますけど……」

 思わず反論を仕掛けたティアナは、ふと何かに気付いた様子で眼を細め、なのはの胸元をじっくりと観察し始めた。
 特にいやらしさを含まず、強いて言えば好奇な感情をたたえたその眼線に、なのはは慌てて胸元を両腕で隠す。

「な……なに、ティアナ」
「なのはさん……何か、フェイトさんと同じ肌っていうか、こう、艶っぽいって言うか」

 ティアナは顕微鏡で新種の微生物でも発見した科学者のようにウンウンと唸る。不満そうに彼女の背中を睨んでいたスバルも、ピクンと耳を澄ました仔犬を思わせる 動きで親友の横に行き、肩を並べて敬愛する上官の身体を凝視した。これでは下手な視姦だ。

「ちょ、ちょっと! 二人とも!」
「フェイトさんと同じ艶っぽい肌……。スバル、なのはさんオタクのあんたなら何か思い当たる節は?」
「無限書庫の司書長さんで、考古学とかその辺りでも凄く有名なユーノ・スクライアと仲良かったはず」

 ユーノの名前が出た途端、なのはの顔はお湯の熱と別の理由で血色を良くした。

「どうしてそこでユーノ君の名前が出るの!?」
「……この前の早朝訓練、なのはさんお休みされてましたよね」
「う、うん。あれは本局の教導隊本部に機材調達で行ってて」
「……クロノ提督とお会いになった翌日のフェイトさんと、何故か凄く似てたんですが。雰囲気が」

 口ぶりといい、その物腰といい、完全に探偵ルックになっているティアナ。相棒のスバルは間の抜けた助手と言ったところだろうか。
 そして犯人として追い詰められているのは、他の誰でもなく、なのはである。

「そ、そうかなぁ? フェイトちゃんも別に変なところとかは」
「スバル。あんた、さっきフェイトさんに何て言った?」
「え……ん〜と、何か動き難そうに歩いてるって感じが強かったですけど……だったかな」

 硬直するなのは。ティアナの口元が不敵な笑みで歪んだ。

「ユーノ・スクライア司書長は本局無限書庫が職場。なのはさんが一晩本局に泊まってました。そして翌日隊舎に戻って来たのは昼前辺りで、ちょっと歩き難そうに していた。しかも寝不足だけど妙に元気そう。……なのはさんの秘訣は……」
「ひ、秘訣なんて無いもん! ユ、ユーノ君は……ユーノ君は優しいんだからぁ!」

 眼許に涙を溜め込んだ高町なのは一等空尉が、喚き散らしながらティアナに襲いかかる。口封じのつもりだ。半ば蚊帳の外だったスバルも道連れとなり、三人の女性 局員は真新しいタイルの上で泥沼のキャットファイトを開始する。
 浴場で遊ぶのを叱ったばかりだというのに。大人気ない親友に嘆息づき、自分から照準が逃れた事に安堵の吐息をついたフェイトは、不思議そうにしているキャロと 洗いっこを再開する。
 そんな時、ふとした弾みでなのはの脇腹が見えた。腕を振り上げてがおーっと吼えているので恥も外聞も無く丸見えである。
 十九歳の女性らしい、綺麗に整った身体。風呂と羞恥心で薄っすらと赤みを増しているが、そこにわずかな違和感をフェイトは感じる。

「………」

 その感覚は何も初めてのものではなかった。なのはと一緒に風呂に入ったりシャワーを浴びた時、自然と眼がそこを追ってしまう。
 白魚の如き肌。その右の脇腹に赤い線が走っている。眼を凝らしてじっくり見据えなければ分からないような、薄くて長い傷痕だった。
 それは右の脇だけではない。右腕や乳房の視界に入り難い場所に大小を合わせれば五つ以上はある。

「フェイトさん?」
「……なんでもない。ごめんね、キャロ」

 首を巡らせ、無理矢理視線をキャロへと戻す。
 八年前、とある次元世界で起こった事件。
 高町なのはが、一生歩けないかもしれない。一生空を飛べないかもしれない。そんな非情な宣告を受けてしまった苦い事件。
 再起不能の可能性すらあるほどの重傷を負い、それでも彼女は今こうして戦技教導官を務め、エースオブエースを呼ばれている。存在が希少と呼ばれるS+の航空 魔導師としてミッドチルダでもそれなりの知名度を持つ一種の著名人。
 そんな高町なのはが、まだ十九歳の少女であると、皆は理解しているのだろうか。
 好意を抱く異性もいるのに、一生消えない傷を身体に幾つも背負い、刻み、これから先まだ増えるかもしれない危険を覚悟しながら、日々の任務に従事している健気 な意思を持っている事を、皆は知っているのだろうか。



 ☆



「それを一番理解していないのは、恐らくなのはだろう」

 狭い浴室に声が反響した。数日前、なのは達と一緒に汗を流した隊舎の浴場よりずっと小さなユニットバス。

「やっぱりそうかな?」
「責任感も使命感も人一倍なんだ。自分の事なんて全部後回しだろう。君だってそうだ」

 一人用の浴槽に無理矢理二人で入っているので、身じろぎもできない。

「それはクロノも」
「そうか?」

 窮屈感はあるが、不思議と不自由さは感じない。

「うん、そう。アースラに乗ってた時だって、艦長なのにすぐに出たがって。もっと私を信用してよ。私は執務官だよ?」
「君だから余計に心配だったんだ」

 呆れるような声音。湯煙の中でクロノが苦笑しているのが分かった。

「今のなのはの話、そっくりそのまま君に返せるな」
「どういう事?」
「僕は誰よりも君を信用してるし、信頼してる。だからこそ色々任せてるよ、六課の事も含めてね」
「じゃ……」

 艦すべての責任を背負うクロノが、どうして事ある毎に現場に出て、フェイトの背中を守ろうとするのか。
 咎めた事は二度や三度ではない。彼もそれは重々理解しているようで、自重はしている。艦の安全性を最優先しているし、冷徹な判断を下した回数だってそこそこあった。
 やはり分からない。自分を大切にしてくれているのは分かるし、とても嬉しいが、それでは他のクルー達に示しがつかないではないか。

「君が八年前のなのはみたいに……ボロボロになって帰って来るのは嫌なんだ」

 浴槽の縁側を掴んでいたクロノの手が、そっと移動する。お湯の中に入り、フェイトの腰に触れた。
 背中を包んでくれている彼の体温が、備え付けの入浴剤で色を変えたお湯よりもずっと暖かくて気持ち良かった。

「夢で何度も見た」
「……そう、なんだ」
「信頼しているからこそ怖いんだ。君やなのははもう大人だ。誰かを育てたり、導いたりする立場にある。だから無謀な行動には出ないと分かってる。それでも」

 抱き寄せられる。子供がお気に入りのぬいぐるみを抱き締めるように、クロノは湯船の中でフェイトを胸に抱く。

「君達は自分の大切なモノを守る為なら、どんな無謀な行いでもする。自分の思いを貫く為ならどんな無茶でもやり通す。そこは子供の頃から変わらないところだよ」
「そんなに向こう見ずじゃないもん」
「なら君がなのはに抱いてる不安はなんだ? 君は誰よりもあの子を信頼してるし信用してるはずだ」

 それは胸を張って断言できる事実だ。フェイトは誰よりもなのはを信じている。その気持ちはユーノにだって負けない。
 そこまで思って、ふと何気なくだが、クロノの言葉の意図が分かった。

「なのはが自分の幸せを考えられるようになるのは……下手をすれば一生無いかもしれない」

 それはとても不幸な事だ。
 頑張って頑張って、誰からも尊敬の眼差しを向けられて、でも決して幸せになれない。その現実は周囲にしてみれば幸せかもしれないが、本人であるなのはは本当の 意味では決して幸せにはなっていない。

「スバル達にとって、なのはは憧れのエースオブエースだ。なのはも自分の事なんて考えてないから、それでいいと思ってる」

 ティアナとの模擬戦での一件以降、なのはは以前よりもずっとスバル達と触れ合う時間を設けて、それを大切にしている。シャーリーと共同作業で行っていた訓練 カリキュラムの模索や一人一人の課題の取り組みと平行してやっているので、なのはに自由時間なんてものは一切無い状態だ。
 たまりかねたフェイトが半分肩代わりすると言ったものの、なのはは頑として首を縦に振ろうとはしなかった。
 あの事件は、一直線過ぎて、一生懸命過ぎたティアナに原因がある。それを止めずに肩を並べてしまったスバルも同罪だろう。
 だが、戦技教導官として、なのははティアナの気持ちに敏感になっていなければならなかった。身の危険がすぐそこにある実戦よりも遥かに強張った顔で訓練に明け暮れ、 体調まで崩し、青白い顔でクロスミラージュのトリガーを引き続けていたティアナに――その声の無い叫びに気付かなければならなかった。
 シグナムに言わせればきっと甘いと一蹴されてしまうだろう。人に教える柄ではないと自ら呟く彼女は、とにかく身体で何かを伝える人間なのだ。
 人に何かを伝える時に最も必要となるのは信頼関係だ。それも一方通行のものではない。お互いにお互いの事を信頼していなければ、様々な問題が生じる。
 なのはとティアナ達に信頼関係が無かった訳ではない。しかし、距離が無かったと言えば嘘になる。
 魔法技術や危険性、戦術を伝えるだけではなく、その心を、気持ちを伝える。
 それを事件を通じて学んだなのはは、少なかった自分の時間をさらに削り、ティアナ達との間に横たわっていた溝を埋めようとしている。
 なるほど。確かに素晴らしい。誰もが頼りにする十九歳の凄腕戦技教導官だ。

「……そんなの、寂しすぎるよ……」
「見ようによっては歪んでると言ってもいい。それがなのはの長所でもあり、短所でもある」

 どうすればなのははもっと自分を大切にしてくれるのだろう。
 そう思った時、クロノがうなじに顔を埋めて来て、耳元で囁いた。

「今、どうすればもっとなのはは自分を大切にしてくれるんだろうって、そう思っただろ?」
「え……うん」
「フェイト、君もだ。六課の業務にエリオとキャロの保護者で色々あるが、もっと自分を大切にしろ」
「し、してるもん」

 少なくともなのはよりしている自信はあった。

「辛い事、悲しい事、嫌な事、そういうのがあったら僕に話せ」
「そ……そんな事できない。クロノも忙しいんだし」
「ならこう言うべきかな」

 指で顎が掬われる。そのまま横にくいっと向けられたと思えば、唇を塞がれてしまった。
 柔らかく、湿っぽい感触。ほんの数秒後に解放される。

「僕にも背負わせて欲しい」

 十年前、初めてできたかけがえの無い友達に同じ事を言われた。

「それでも僕は安心できないだろう。君が壊れてしまうかもしれない夢も見るだろう。 でも、君の沢山の思いを半分分けてくれるなら、僕は待っていられる。安心して六課を見守れる」
「……分けてたつもりだったんだけどな……」
「足りないよ。だから僕は心配して前に出ようとしてた」

 それはクロノの心配し過ぎな部分もあるかもしれないが、それ故に大切に思われている事が実感できる。
 なのはにも、フェイトにとってクロノのように側で支えてくれる人がいてくれればいいのだが。

「ユーノも六課に出向できないかな?」

 その途端、クロノは苦虫を噛んだような顔になる。

「あのフェレットもどきじゃ駄目だろ」
「あ。まだそんな事言ってるんだ。もう、なのはが本局に行った時、誰に会ってるか知らないの?」
「……あの子にはそんな余裕があったのか。僕の思い違いだったか……」

 クロノの顔に失望とも落胆ともつかない感情が浮かぶ。フェイトは慌てて言い直した。

「ティアナのあれが起こる前までだよ。最近は電話ぐらいになってるはずだし」
「……まぁ、あいつが六課に行ってなのはがやりやすくなるなら」
「できるの?」

 形だけとは言え、クロノは機動六課の後見人である。聖王教会のカリムよりも発言権は無いが、人材の投入ぐらいは問題無しだ。
 もっとも、その投入されるべき人材が無限書庫司書長で、さらに考古学会の若きエースとなると話が違って来る。

「あいつの都合さえ考えなければできる。ああ、そうだな、それで行こう。六課も何かと楽になるだろう。あいつの検索魔法は不本意だが非常に便利だ」

 相変わらずあの幼馴染を語る時は容赦が無くなる上に饒舌になるクロノである。

「あんまりユーノの事を悪く言うと、なのはに怒られちゃうよ?」
「……頭は充分に冷えてる、大丈夫だ」
「ならいいけど」

 湿った飴色の髪を浴槽に散りばめたフェイトは、クロノの首元に頭をそっと預けた。

「……私もね、不安なんだよ」
「何に?」
「クロノが。なのはの傷は……何とか見えるくらいだけど、クロノの身体の傷はもう消えないの多いんだから。これ以上傷物にされるのやだ」

 幼少の頃から行っていた過酷な訓練や、犯罪者との激しい戦闘で、クロノの身体には大なり小なり傷がある。いずれも古傷で、眼を凝らさなければ見えないものがほとんどだった。
 こうして風呂に入った時、血行が良くなるので、そうした古傷が浮かんで来る。行為の後、一緒に長風呂に入って怠惰的に過ごすのは好きだったが、傷だらけのクロノ の身体を見ると、あまり良い気分にはなれない。

「当分前線に出る事も無いから。大丈夫さ。君が僕に色々と背負わせてくれないと、また増えるかもしれないが」
「それはやだ」
「じゃ頑張ってくれ」
「……努力してみます。で……さ、クロノ」
「ん?」

 もぞもぞと腰を動かすフェイト。

「お尻に……当たってます」
「………」

 赤い顔は湯煙の中でとてつもなく目立つものだった。

「……足りなかった?」
「君は?」
「質問を質問で返すのは逃げだよ。だーめ、答えて」
「……足りてても足りてなくても、君に身体を押し付けられてればこうなる」

 ぶっきらぼうにクロノが言った。本当に恥ずかしいのだろう、その視線は空を泳いでしまっている。
 何となく可笑しくなって笑ってしまう。身体をちょっとだけ動かして、手探りでクロノの下半身を捜した。

「さっきより硬くなってる」

 答えは返って来ない。真面目な話の直後にこれなのだ。その情けない事実を痛烈に感じているのはクロノ自身だろう。

「こうなっちゃったのは私の責任?」
「まぁ、そうかもな」
「……じゃ、責任取らないといけないよね……?」

 風呂場でそういう事をするのは何も初めてではない。汗も、別の液体も、綺麗に流れてくれるので逆に好都合だ。

「いいのか?」
「うん」

 肯いた後、フェイトは顔を伏せて続けた。

「壊れちゃうぐらい、して」
「……こういうのは壊してしまうぐらいでも……まぁいいか」

 次の瞬間、湯船が軽く揺れた。ばしゃりと音が鳴り、お湯が暴れ回ってユニットバスの床一面を水浸しにした。
 嬌声が残響となり、響き渡る。
 それから数日後、半ば強制的に機動六課へ出向したユーノが、様々な問題の引鉄となるのだが、それはまた別の話。
 ちなみに。

「くしゅん!」
「あれ、フェイトちゃん風邪かぁ? お風呂でする時は気をつけなあかんで?」
「する? フェイトさん、お風呂で何かされたんですか?」
「私、シャマル先生にお薬貰って来ます!」
「ぐじゅ……。ばるでぃっじゅ、はやてにとらいでんどじゅまっじゃー」
『Yes sir』
「エリオ、キャロッ! フェイトちゃんが風邪でご乱心やぁぁぁぁー!」

 そんな騒ぎがあったとか無かったとか。
 さらに言うと。

「食欲無いんですか、なのはさん」
「眠そうですけど、大丈夫ですか?」
「ん、大丈夫大丈夫。ちょっと寝てないだけ……ひゃ!?」
「バ、バインド!?」
「ちょ、ユーノ君!?」
「少し眼を離すとこれだ……。今日は午前中はお休みだって言ったと思うんだけど?」
「で、でも、それじゃスバル達の訓練が……!」
「君が本格的に体調崩すと、一週間は訓練全部が滞るだろう? ティアナとスバルも、なのはを部屋に運ぶの手伝って」

 なのはを十九歳の女性として見守り、接する青年。
 六課の賑やかさは、これから少し経った後、ヴィヴィオという少女が現れてから拍車がかかるようになる。





 FIN

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 読んで頂きましてありがとうございました。
 時空列的には9.5話。信頼関係うんぬんの話は9話を見た時から思った事です。
 実際僕自身十人単位で仕事先の新人に仕事を教えて来ましたが、信頼関係が無いとどれだけ相手の事を思って言葉を伝えても絶対に届きません。
 逆に強固な信頼関係があれば、どれだけきつい事を言ってもちゃんとついて来てくれる。
 長い期間特定の生徒に教える事が稀というか、ほとんどない教導官という立場上、そういうメンタル面でのケア不足だったのがティアナの事件だったと個人的には 思ってます。
 で、なのはを半ばダシにしたお話。やる事やろうぜ魔法少女!





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