魔法少女リリカルなのは SS

デーモン高町との名言を残した少年士官の三日間

一日目 前編







 アストラ・ガレリアンには悩みがある。それは、今年でめでたく十三歳を迎えて生まれた思春期的なものでは決してない。むしろ、そんな可愛らしい悩みを抱えていられるほど暇ではなかった。
 デバイス暴走事件で壊滅的な打撃を受けたミッドチルダ地上本部の戦力補強の為、本局直属の武装隊――通称〈海〉と呼ばれる次元航行部隊からの要請を受けて運用されている部隊――武装隊から陸士108部隊へ転属し、それに合わせて階級は一等陸士から陸曹へ昇進。部署的には前線隊へ配置された。
 一見すれば順風満帆に映るが、ミッドチルダ――クラナガンでは、次元航行部隊と比較して事件の規模こそ小さい。が、それに比例してか発生件数も多い。下士官としても上の方に昇進してしまった影響で苦手なデスクワークの機会も増えた。昇進試験の時の筆記試験が眼も覆わんばかりの惨憺たる有様に終わったアストラとしては悪夢の始まりでもある。
 さらに、直属の上司は前線部隊分隊長と捜査官を兼任する多忙な女性で、何故か気に入られてしまったらしい。ボロ雑巾のようにこき使われてしまう始末だった。
 悩みがあろうと、それに知恵や経験を傾けて解決の為に苦悩している暇があるはずもない。そこでアストラは、睡眠時間を削り、仕事以外にはまず使わない頭を使って思案に耽って悩み続けている。

「デーモン高町。今日こそてめぇのフルボッコにしてやる――!」
「だから、デーモンじゃないです!」
『ガレリアン陸曹、あなたではマスターには勝てません。一生かかっても無理でしょう。大人しく諦める事です』
『強者の驕りだな、レイジングハート。我がマスターを侮るな。猪の如き猪突猛進さと鶏並みの知能だが、その野生が彼を強くしている』

 フォローなのかそうではないのか分からないアストラの突撃槍型インテリジェントデバイス――アンスウェラーの言葉を最後に、静かな緊張感がそれぞれのマスターの肌を焼いた。
 場所は陸士108部隊が隊舎の敷地内に備えている広大な訓練場だ。陸士部隊が誇る訓練場と言えば聞こえは良いが、地面を硬い土で固めて、四方を防性障壁で保護しただけの簡素な設備である。クラナガンの人口密集度や乱立する建築物の都合、立地的に使える空間が極々限られているので、どこの陸士部隊の訓練施設も設備的には変わらない。精々沿岸部に隊舎を構える事が許された幸運な部隊が保有地として認められた海上までを埋め立てて、そこそこ広い訓練敷地を確保している程度だ。
 仮想空間シミュレーターと呼ばれる訓練設備システムの構想が本局の戦技教導隊で練られているそうだが、実用化はまだまだずっと先、というか十年近くかかるそうだ。
 ともあれ、そうした問題は往々にして現場の下士官達にはどうにもできない。立地的に恵まれない訓練施設について論議を重ねて頭を悩ませるのは、部隊の総責任者である部隊長や、日々の訓練も含めて前線分隊を取り纏めている分隊長の避けられぬ業務である。
 何の事は無い、前線分隊の訓練が終わった後。心地良い疲労感が明日の倦怠感にならないようにクールダウンをこなす時間帯だ。この後は何も無ければ解散、三十分後にはシャワールームは汗を流す局員達でごった返して、一つの戦場になるのだ。ぼんやりしていると取り残された挙句、シャワーを浴び損ねて食堂で夕食なんて憂き目に合う。
 訓練場にいる局員達の歳は様々だ。下は十歳半ばから上は二十代後半。才能と経験さえあれば年齢は弊害にならず、就職年齢の低いミッドチルダ、引いては時空管理局では特に珍しい事ではない。
 本来なら、アストラ・ガレリアンも彼らと混ざってクールダウンをしている。もちろん何も無ければ、である。
 眼前で構える白い少女に、隙は無い。小憎たらしいほどに。そのデバイスも同様に。

「相変わらずの減らず口だなぁ、てめぇのデバイスは」
『カートリッジのやり過ぎで捩れたのでしょう。近代ベルカ式の運用が安定して来た影響でカートリッジシステムも普及し始めていますが、私は御免ですね』

 己が相棒を握り直す。突撃槍型というミッドチルダ魔法式が誇るインテリジェントデバイスに有るまじき形状が、茜色に変わりつつある斜陽を反射して鈍色に輝く。身じろぎをすれば、柄が鳴り、連結されている保持用の鎖が重い金属音を響かせた。

『マスター。エクシードモードの許可を』
「レイジングハート、あの、それは駄目だよ……?」

 なのはが長年の相棒、レイジングハートを構える。重い撃発音と同時に空薬莢が排出され、土を打った。
 アストラが陸士108部隊に転属となってから、彼を追うようにして高町なのはが実地研修も兼ねて配属された。基礎魔力値の右肩上がりが顕著になり、AAA+の認定を受け、来年にはSクラスの試験も受けられるだろうと睨まれている。その先にあるのは戦技教導隊入り。まさにエリート街道だった。
 そんな何十年に一人の人材なんて密かに囁かれている白亜の少女と、口も達者なら手も達者、基礎魔力値も保有している技能も彼女とは比較にならない低レベルな少年下士官が、訓練後に互いのデバイスを手に対峙する。
 訓練を終えた陸士達が隊舎に戻らずに気の無いクールダウンに勤しんでいるのは、二人の『模擬戦』を観戦する為だった。
 半ば私闘にも近い内容なので分隊長の女性陸准尉の頭痛の種にもなっているのだが、部隊長が『無茶できるのは若者の特権だ』とか年寄り臭い発言で許可しているので、もはや一つの名物と化していた。

「行くぜアンスウェラー! 突撃突貫神風だぁッ!」
『Yes master』
「レイジングハート、アクセルシューター射出と同時にアクセルフィン、隙を見てバスター。いつも通りに行くから!」
『All right』

 前者は行き当たりばったりの突撃意見。
 後者は計画的な攻めを示す指示。
 模擬戦の開始する前から勝負ありである。しかし、それでも二人のまだまだ幼い局員は大地を踏み締め、衝突する。
 アストラ・ガレリアンの悩み。それは、高町なのはにどうしても勝てないという事だった。



 ☆



「いいよなぁ、魔力量があるって」

 まだ見慣れていない天井を見詰めていると、そんな独り言が勝手に出て来た。
 時刻は夕食時をとっくに周った午後八時。隊舎敷地内の東にある局員寮には明かりが灯り、交替部隊への引き継ぎを済ませた者達でにわかに活気付いていた。明日から始まる三日間のリフレッシュ休暇をどう過ごすか、話題の種はそれに尽きているようだ。
 転属して間もないアストラもご相伴に預かる形になっている。どうグダグダ過ごすか、数日前から思案していたものなのだが――。

「いいよなぁ、魔力量があるって」

 ベッドに寝転がったアストラの独り言は、すでに愚痴だった。
 首から提げられて胸の上にあった突撃槍を模したシルバーアクセサリー――アームドデバイス的な運用設計をされたインテリジェントデバイスのアンスウェラーがチカチカと明滅して、その平坦で淡々とした電子音声を発する。

『ハラオウン執務官のお話では、高町准空尉の初期魔力値は最大で三百五十を超えていたそうです』
「俺のマックスで幾つだっけ?」
『最新の記録では百五十です』
「絶望したッ!」

 叫んだ瞬間、全身を激痛が駆け抜けた。本日の敗北の痛みである。訓練用の魔力弾頭とは言え、高町なのは空准尉の攻性魔法は直撃すれば最後、意識は間違いなくどこかへ持って行かれる。
 今日の模擬戦は、いつもと同じようにアストラの敗北で幕を下ろした。それはもうこっ酷く、壮絶に、派手にやられた。フルボッコにされたのはなのはではなく、彼だった。

「ちくしょう〜。どうしたらあの小生意気なガキを泣かせられるんだぁ」
『その子供のような発想を捨てては如何でしょうか。大人になって下さい、我がマスター』
「見た目は大人、頭脳は子供! それが俺だぜ相棒」

 自信満々に自虐台詞を吐くアストラ。フォローのしようがどこにも無い。

『今すぐあなたの下を去りたくなりました』
「なんだよ、爺ちゃんが言ってたじゃねぇーか。発想には転換が必要だって」
『意味を理解してから言って下さい。あなたのそれはただの開き直りです』
「ああ言えばこう言うの典型だな、てめぇは」
『その言葉、そっくりそのままお返しします』

 沈黙。
 アストラはアンスウェラーを睨めつけるが、すぐに疲れたように溜息をついた。

「てめぇといがみ合ってても意味がねぇな」
『我がマスターにしては建設的な意見です。ここは食事でもされては如何でしょうか』

 アストラは痛む身体を起こして、相棒の言葉を吟味する。
 高町なのはとの模擬戦で意識諸共吹き飛ばされ、気が付けば医務室。その上食堂の営業時間が終わっていたので、見事に夕食を食べ損ねている。
 毎日分隊長の陸准尉から課せられるハードな訓練を消化して、苦手なデスクワークに従事していれば、喩え育ち盛りでなくとも腹の蟲は喧しく鳴るだろう。引き継ぎを終えた今なら隊舎を抜け出して、近くのコンビニエンスストアへ駆け込むのも簡単だ。
 なのだが、あの白い悪魔の仮借ない砲撃魔法に晒された身体からは、未だに倦怠感が抜け切らない。身体を動かす事そのものが非常に億劫だった。

「誰かメシ持って来てくれねぇかなぁ」

 備え付けの冷蔵庫にはスポーツ飲料水と炭酸飲料しかない。残念な事に、育ち盛りの十三歳の少年の飢えた胃袋を満たしてくれる食料は無かった。

『我がマスター。あなたは空から食べ物が降って来ると思いますか?』
「いや、降って来るんじゃなくて、誰か持って来てくれねぇかなぁって」
『今の私の言葉は、我がマスターのその発言に対する比喩です』
「比喩ってなに? 食い物か?」

 ギラギラと瞳を輝かせる少年下士官。呆れたのか何なのか、取り敢えず絶句するアンスウェラーをひょいっと摘み上げて眼前で見据える。その様は、二週間の絶食の末に群れから逸れた草食動物を発見した獰悪な肉食獣を彷彿とさせる。

『あなたに分かるように説明する自信がありません』
「何だよ食い物じゃないのかよ。あ〜腹減った腹減ったぁ! 誰か食い物!」
『無理でしょう。あなたは誰かに食料を恵んでもらえるほどの人徳者ではありません』
「……さり気に物凄く失礼な事言ってねぇか、てめぇ?」

 睨みを利かせれば沈黙する突撃槍型インテリジェントデバイス。
 その時、インターフォンが鳴った。続いて扉がコンコンと鳴る。
 どうやら天は自分の懇願を聞き入れてくれたらしい。

「空いてるぞ〜」

 身を起こして言ってやると、扉が開いてフェベル・テーターが入って来た。

「お邪魔します〜」

 にっこりと眼を細めて挨拶をするのは、近くのコンビニエンスストアのロゴがプリントされたビニール袋を手に提げた黒髪の少女だった。羽織っている制服は陸士部隊のそれを示す茶色ではなく、次元航行部隊所属を示す青い制服。次元航行部隊と言えば陸士部隊の空隊に並ぶ秀才の集まりというイメージがあるが、とことこと部屋に入って来たその少女にそうした『エリート』な雰囲気は欠片も無かった。
 小柄で華奢そうな身体は一番小さいだろう青い制服が余りまくるほどで、中指の先まで完全に袖口に隠れてしまっている。肩口で切り揃えた黒髪の頭頂部からは、ひと房の髪がぴょこんと飛び出していて、謎の自己主張を行っていた。
 何も無い所で転倒したりする運動神経がゼロを振り切ってマイナスに到達している、十歳の女の子だ。ただ、運動神経を生贄に捧げた結果、情報処理関係の才能を賜っているらしい。

「うぉうい。久しぶり」
「うぉういっす、アストラさん」

 珍妙な挨拶。近所の友達が遊びに来たかのような屈託無い態度。フェベルの階級は二等海士。アストラは陸曹なのでずっと低いという事になるが、二人にはそうした組織が人材に与える社会的階級がまったく作用していない。

「お久しぶりです〜。お元気でした?」
「おう、デバイス暴走事件の時と比べりゃ遥かにな」
「あはは。私もです」

 フェベルはテーブルの上にビニール袋を置くと、我が家でくつろぐかのように冷蔵庫を開ける。

「わッ、またこういう健康に悪い飲み物ばっかり……」
「何を言う。スポーツ飲料水があるだろう」
「お砂糖が大量に入ってるんですよ、この銘柄」

 眼を眇めたアストラは、その辺りのチンピラより遥かに物騒な形相となる。元々のガラだってそれほど良くはないのだ。
 こじんまりとしたフェベルと比較すれば温和な羊と飢えた狼に置き換えられるが、フェベルはまったく動じない強靭な羊であった。何せ彼女とアストラの付き合いは二年以上になる。

「ホント不健康なんですから」
「んだよ、お前だって高カロリーなチョコパフェばっかり食ってるじゃねぇか」
「あ、それはフルーツパフェの間違いです」
「……ここにもいるぜ、ああ言えばこう言う奴」

 ぼやいたアストラは、フェベルが持参したビニール袋に視線を移す。荷崩れを起こしたのか、惣菜パンやらおにぎりやらがポコポコと溢れ出ていた。
 食料を視覚した事により、腹の蟲が活動を活発にする。堪らず手を伸ばしかけて、はたと何かに気付いたように身体を静止。フェベルは前回遊びに来て、その時に置いて行った紙コップを手にちょこんとテーブルの横に座った。

「……何か、随分と用意良くねぇか、お前」
「なのはさんにボコボコにされて気絶して、ご飯食べ損ねて喚いてる。これでもアストラさんとのお付き合いは長いですからね、それぐらい予想できます」

 買って来たお茶のペットボトルを開けて、紙コップの中へとくとくと注ぐ。

「明日からの予定を立てるのもありましたし、つまみながら色々お話するのもありかなぁと思いまして」
「つー事はこれ食ってもいいのか!?」
「その為に買って来ましたから。キッチンでもあればお料理したんですけどね。今日はこれで我慢して下さい」

 えへんと自慢げに胸を張るフェベルだが、女性用下着を必要としない小さな胸なので、起伏の乏しい滑らかな丘を晒すだけに終わった。色気なんて欠片も出てやしない。
 そんな女の子としてまだまだ発展前の幼馴染に、アストラはまったく眼もくれない。輝く瞳は砂漠でオアシスを発見した旅人のそれだ。相手が年下の異性である事も忘れて、情熱的な抱擁――要は何も考えずに抱きついた。

「サンキュー、フェベルッ! 腹は減ったがメシ買いに行くのが面倒で仕方なかったんだよぉッ!」
「や、やめて下さいアストラさん! 苦しい上にセクハラです!」

 床に押し倒されそうになるのを必死に耐えるフェベルは、別の意味でも顔を朱色に染めている。咎める言葉とは裏腹に、頬は緩みそうだ。

「誰がそういう目的でてめぇに触るか! 十一歳のガキがませた事ぬかすな!」
「ま、ませたって何ですか!? そんな事言う人には今度ピーマン入りおにぎり買って来ますよ!?」
「やめろ、ピーマンはやめてくれ! あれは人の食い物じゃねぇー!」
「そんな事言うからなのはさんに勝てないんです! というか、今の発言は色々と拙いですよ! 農家の人に謝って下さい!」
「やかましい! 高町はデーモンなんだよ! つまりキャラ負けなんだよ俺!」
「……アストラさんって意外と自虐的ですよね」

 愚痴るように呟くフェベルを、アストラは乱暴に放る。プロレス技をかけられていた少女の黒髪は見事な荒れ放題。寝癖のような風貌である。
 悲鳴を上げて直そうとするフェベルだが、そんな彼女の健気な作業を嘲笑うかのように艶のある綺麗な黒髪はあらぬ方向へぴょんぴょん跳ねまくりだ。

「せっかく気合入れて来たのに……もう」
「そうだ! 気合を入れて俺のメシを買って来い! これだけじゃ足りん!」

 ビニール袋をひっくり返して中身をぶち撒けたアストラは、お土産を貰った子供が喜び勇んで包装紙を破き捨てるように、袋を破いて食い散らかす。

「プリーズフード! 俺の胃袋にカモーン!」
「……帰っていいですかぁ?」

 目許に涙を溜めて、呟くフェベル。ベッドの上に置き去りにされていたアンスウェラーが、再び銀色のボディを輝かせる。

『耐えてくれ、フェベル。我がマスターの所業を許して欲しい。今日はいつにも増して苛烈に敗北したのでな』
「……もう。男の子って何か好きですよね、そういうの」
『我がマスターは特に顕著だ。単純に負けず嫌いなのだ』
「少しはクロノさんを見習って下さい、アストラさん」
「!? それだフェベル!」

 ガシッとフェベルの細い肩を掴んだアストラは、接吻する勢いで顔をずいっと近付ける。
 息遣いが感じられてしまうほどの近距離。二人の視線は数センチの間隙で交わる。
 フェベルの身体が様々な原因で石造のように緊張してしまっているが、もちろん取り合わない。というか、気付かない。

「先輩に訊けばいいんだよ! どうすりゃ魔力量で勝る敵に勝てるのか! 先輩なら知ってるはずだ!」
「そ、それはそうでしょうけど〜〜〜!」
「よっしゃ、そうと決まればさっそく行くぞ!」
「行くぞって、私もですか!? しかも今から!? というか、今日は三連休の予定を決めるんじゃなかったんですか!?」

 アストラの三日間の休暇に合わせてフェベルも有給で連休を取り、久しぶりに二人で遊ぼうなんて企画が出ていたのである。だからこそこうして隊舎までわざわざ足を運んだのだろうが――。

「道中ですれば済む! サッサとこの飯を平らげて出掛けるぞ!」

 凄まじく自分勝手な陸曹長に、まともな意見が届くはずもなかった。



 ☆



「クロノ? クロノなら、今日は本局に行ってるよ?」

 キーボードを操作する手を止めて、フェイトが不思議そうに言った。
 アースラの執務官室である。本来なら事前に面会の連絡の一つも入れておくべきだが、アストラもフェベルも二年前の暴走事件以降、それなりに友人関係が続いていたので普通に通された。それでも些か非常識なのだが、親しき仲にも礼儀ありという言葉をアストラは知らない。

「くそ、つー事は入れ違いか!」
「クロノさん、お忙しいんですか?」
「忙しいというか、〈海〉にも地上本部のレジアス准将みたいな人がいるって事かな」

 デバイス暴走事件の刑期を終えて戻って来たクロノの扱いを、次元航行部隊の上層部は未だに決めかねていた。アースラ所属以外には何も決定しておらず、レティを初めとする人事部が眉間に皺を寄せているらしい。
 そんな訳で、クロノを訊ねてアースラに乗り込んで来たアストラとフェベルを迎えたのは、現在の執務官室の主であるフェイトだった。

「くそー! 今から本局行って探すってのは骨だぞ畜生め!」

 悔しげに地団駄を踏むアストラだが、口の周りに付けたままの惣菜パンやらおにぎりやらの残骸が格好悪い。

「クロノに何か用?」
「用も用だぜ。打倒デーモン高町の為に先輩の助言が必要なんだ!」
「デーモン高町って、なのはの事……だよね」
「それ以外誰がいる!? 出来れば敵に回したくない士官トップテンの高町なのはだ!」

 数年前に人事部が遊び心で行ったアンケートの結果を、アストラは忘れていない。管理局の白い悪魔。その名を聞いて震え上がる下士官は年々増える傾向にあるという。
 階級では遥か雲の上に立つフェイトに、アストラは身を弁えない。喩え業務中であっても、彼にとっては友達感覚なのだ。

「また負けたんだ?」
「はい。聞いただけでも分かるくらいこっぴどく」
「黙れフェベル!」
「い、痛いですぅ!」

 そんなものだから、喩え場所が次元航行部隊の中でも名の知れたL級艦船の執務官室であろうと、アストラの態度は変わらない。故に絡む対象に容赦も持ち合わせない。
 フェイトは苦笑しながら変わった少年下士官とその幼馴染の少女を見詰めた。

「仲が良いんだね、君達」

 まるでじゃれ合う子犬だ。
 フェベルを突き飛ばすように解放したアストラが、まっしぐらに執務机に食いつく。

「待てフェイト。フェベルは断じて俺の趣味じゃねぇ。これはスキンシップだ。分かるかOK?」
「うん、分かるよ。アストラが素直じゃないっていうのは」
「何も分かってねぇ! だぁ、もう! 帰るぞフェベル。先輩がいないなら仕方ねぇ……?」

 踵を返そうとしたアストラの身体が落雷でも受けたかのように硬直する。
 確かに今クロノはいない。現在最も欲している情報を実績と共に持っている彼がいない以上、ここでは高町なのは打倒の為の有用な情報は得られないだろう。
 しかし、高町なのはと誰よりも親しい少女はいる。

「フェイト。あんた、確か高町の友達だったよな」
「うん。一番の友達だよ」

 眩い笑みで、フェイト。
 この金髪の少女と白い悪魔はともかく仲が良い。何度か集団戦闘を想定した模擬戦で二人の空中戦を見た事はあったが、その呼吸は計算され尽くした機械よりも遥かに緻密だった。
 アストラはぶち抜く勢いで執務机に両手を突き立てると、土下座をするように頭を下げた。

「頼む、フェイト。高町の弱点を教えてくれ!」
「弱点って……う〜ん、なのはの弱点かぁ……。接近戦かな、やっぱり」
「そりゃ知ってる。あれで接近戦強かったマジで洒落にならん! でもよ、あの防御力が邪魔で接近出来てもまともに攻撃が入らねぇんだよ!」
「なのははそれで強引に押す方だから。それで私も一回負けたんだけどね」

 あの白亜の悪魔は、蟲も殺さない笑顔で愛想を振り撒きつつ、恐ろしいまでの火力と防御性能で確実性の高い堅牢な攻めを構築している。その牙城を突き崩すのは容易な事ではない。

「アストラさん、諦めましょう。フェイトさんだってなのはさんには負けてるんです。アストラさんで勝てるはずありません」
「あ、くそ、断言しやがったなてめぇ。余計に燃えて来た……!」

 吐き捨てるアストラだが、もはや完全に自棄である。

「戦闘は火力でも防御力でもねぇ! 要は気合と根性、愛と勇気、涙と鼻水だ!」

 もちろん火力も防御力も必要だが、肝心なのはそれを運用する確かな感情だ。少なくとも、アストラはそう確信している。
 フェイトは困ったように眉尻を下げるが、そうだね、と同意した。

「涙と鼻水まで必要か分からないけど、魔法戦闘を左右するのは魔力量や資質じゃないのは確かだよ。状況に応じた判断力と応用力、その他にも沢山のモノが必要なんだ。どんなに凄い魔法や魔力を持ってても、それを最大限に生かす事が出来なかったら宝の持ち腐れだから」

 そう言うフェイトの言葉には自然な説得力があった。おかしな慰めではない、ありのままの真実というべきか。
 そう、魔法戦闘は彼女の言う通りである。誰にも負けない資質を持っていたとしても、それを生かす手段が無ければ意味が無い。そんな事は分かっている。問題は、高町なのはが自身の才能を熟知し、十二分に生かして仕掛けて来る事だ。
 正面から衝突しても勝ち目は限りなくゼロだ。ここはやはり弱点を探し、そこを巧く突くしかない。

「なぁ、接近戦以外で何か弱点ねぇのか、あいつ」
「そうだなぁ……。バインドは?」

 拘束魔法。確かにそれなら高町なのはの防御力を事実上無視する事が出来る。が。

『申し訳ありません、ハラオウン執務官。我がマスターは突撃以外に能がありません。リングバインドすら行使不能なのです』

 アストラが胸から提げた待機状態のアンスウェラーが甲斐甲斐しく説明する。

「……という事は」
『そうです。真正面から突っ込む以外、我がマスターには攻撃方法がありません』
「だとすると……難しいかな」

 高町なのはの防御出力は、管理局が保有している魔導師の中でも十分に上位に食い込む。さらに基礎理論しか知らない状態で収束砲――身体のできていない今の身体には負担が大き過ぎるという話で、最近は使っていないそうだ――を撃ってしまう、恐ろしい天性の感覚の持ち主である。その成長具合はかなり歪で陸士訓練校に短期入学した時には矯正にかなり苦労したとかしなかったとか。単独戦闘が可能な砲撃魔導師とは良く言ったものだ。
 それに引き換え、アストラはアンスウェラーと拳、蹴りを用いた格闘近接戦が主体だ。魔力量は成長の止まらぬ高町なのはと比較するべくもない。加えて射撃戦らしい射撃戦ができないので、有効打を浴びせるにはあの苛烈な射撃、砲撃魔法を掻い潜って強引に接近しなければならないが、最大出力でも彼女の防壁を突破する事ができていなかった。
 彼自身の言葉の通り、キャラ負けである。

『やはり諦めるべきです、我がマスター。喩えクロノ・ハラオウン殿でも同じ言葉を述べられたでしょう』

 相棒が最後通知をする。そう、フェイトはクロノからその教えをしっかりと学んでいる。彼女の言葉はクロノの言葉と思っていいはずだ。
 アストラは何も答えない。顔を伏せて踵を返し、フェベルの脇を通って部屋の扉へと向かう。

「諦めてくれたんですか、アストラさん?」

 アストラはカシャンと開く扉を潜り、戸口で振り向いた。

「爺ちゃんが言ってた。男なら、一度決めたら最後まで突き通せって」
「……あの、それって諦めが悪いって言う事にもなりませんか……?」

 そんな冷静な突っ込みも何のその。アストラはフェベルを無視してフェイトに訊いた。

「フェイト、最後に一つ訊きたい。なのはの防御を接近戦で抜いた奴って分かるか?」
「え? えっと……ヴィータとリインフォースかな」
「あのチビどもが!? マジか!?」
「リインフォースは正確には違うリインフォースなんだけどね」

 フェイトは少しだけ寂しそうに笑った。
 彼女の言葉の意図は掴みかねなかったが、アストラは決意を新たに拳を握る。
 あの悪魔の防壁を接近戦で突破した人間から話を聞いて、コツを掴む。もはや形振り構っていられない選択だった。

「サンキュー、フェイト。ちょっと行って来るぜ!」
「ア、アストラさん!? 行くってどこに行くつもりですか!?」
「敵を知り、己を知れば百戦危うからず! 高町の弱点、しっかり集めてやるぜッ!」

 そう言って、アストラは執務官室を飛び出して行った。



 ☆



 翌日。最低限の荷物を背負ったアストラは意気揚々と地上本部の門を潜り、手続きを済ませてトランスポーターへ搭乗。そのまま海鳴市へと向かった。
 各次元世界への移動は民間企業が運営しているエアライン等が一般的だが、この場合は管理局が管理している次元世界に限定されている。管理外世界や要監視世界への民間人の立ち入りはそもそも管理局が定めた法律で禁じられている。
 しかし、管理局員なら許可さえあれば、短期間の滞在が許されている。
 向かう先が二度に渡って高位ロストロギア発動の世界だったので許可の審査は難航すると思われたが、現役の管理局局員が何人も在住しているので、一晩の内に許可は下りた。
 白い石を敷き詰められた海沿いの歩道に降り立つ。塩に香りの風が頬を撫でた。

「へぇ。結構良いとこじゃん」

 空高く浮かぶ太陽が眩しかった。昼前だろうか。第九十七管理外世界『地球』の極東地区『日本』。こことクラナガンの時差は殆ど無いので、時差感覚もほぼ感じられなかった。
 周囲を見渡せば、クラナガンのちょっとした田舎と何ら遜色の無い長閑な情景がある。耳を澄ませば自動車の排気音と近くの公園で遊ぶ子供達の歓声。
 ふと見上げた空は、クラナガンの空を見飽きているアストラには少々物足りない殺風景な青い世界だった。クラナガンではあって当然の巨大な二つの衛星が無いのだ。

「あ、ホントに月がねぇや。はぁ〜、まぁ魔力がねぇ世界だから当然か」

 魔法技術の存在しない世界。だが、どういう訳か縁はあるようだ。二年前のデバイス暴走事件では大きな被害が出て、さらにその前では闇の書事件の舞台となり、遡れば、高町なのはが魔法を手にする切っ掛けとなったPT事件にまで行き着く事が出来る。

「良いのか悪いのか分かんねぇけどさ」

 事務課の知り合い――これまたクロノと縁のある盲目の少女――に無理を言って貰って来た海鳴の電子地図を広げて、アストラは目的地を目指した。
 日向ぼっこをしながら、住宅街を行く道路を進む。別段珍しくもない街の風景がどこまでも広がっていた。
 塀の上を歩く猫。駆けっこをして行く子供達。買い物に出掛ける主婦。面倒臭そうに布団を干している父親。談笑して歩く学生。
 別に何か期待していた訳ではなかったが、アストラは拍子抜けをしてしまった。

「……あの悪魔が育った次元世界だから、もっと派手な場所かと思ってたぜ……」

 彼女に対してはどこまでも偏見を持ち歩く少年である。
 時々電子地図で場所を確認しながら歩く事数十分。目的の場所が近付いて来た時だ。聞き覚えのある声が響いた。

「やめろてめぇら!」

 まるで口の悪い男の子のような言葉使いだったが、その甲高い声は間違いなく少女である。それもアストラが良く知る子だ。
 辺りを見渡すと、マンションのすぐ側に児童公園を見つけた。子供達の喧騒が僅かに聞こえて来る。アストラは好奇心に背中を押さえるまま公園に入った。
 綺麗に整備された立派な公園だ。灰色のコンクリートでしっかりと舗装され、滑り台やジャングルジムと言った基本的な遊具が取り揃えられている。バスケットのゴールが左右の両端に備わっており、子供達が思い切り遊ぶ環境が見事に作られていた。
 そんな公園のど真ん中に、予想通りの赤毛の少女の姿があった。

「何やってんだ、あいつ」

 陣営があるのか、数人の子供達は真っ二つに割れて、対立するように人垣を作っている。物々しい雰囲気とまでは行かないまでも、あまり友好的な感じには見えなかった。
 どうやら子供達同士の喧嘩らしい。

「んだよ、このちっこいの」
「チ〜ビチ〜ビ!」
「女の癖に生意気だぞ!」

 何とも子供らしい発言が機関銃のように掃射されていた。威圧的な態度で、さらに敵意剥き出しである。
 それが向けられている赤毛の少女は、相変わらずの言葉使いで応戦する。

「うるさいデブ! ポテチ食いながら喋るな汚い!」
「デ、デブ!?」
「チビって言う方がチビだ! 大体、てめぇの方がチビだろ、このチビ!」
「え、チビって言う方がチビなんじゃ……」
「女の癖にとか言いやがって! こんなのぶら下げる奴のどこが偉いんだよ!」
「うわぁ〜ん! チンコ蹴られたぁ〜!」

 通過儀礼のような言葉の応酬は、次の瞬間には、実力を持った戦闘行為――要は殴る蹴るの喧嘩――に突入していた。
 静けさが吹き飛び、綺麗な児童公園に阿鼻狂乱の悲鳴が轟く。耳をつんざく泣き声。くぐもった呻き。手加減を知らぬ子供達の喧嘩は実に仮借ない。
 アストラはそんな様子を公園の入り口から眺めていた。
 喧嘩の真っ只中で勇猛果敢に戦う赤毛の少女――ヴィータ。どうやら、彼女が一軍を率いているようだ。

「ああしてると本当に普通のガキだよなぁ、あいつ」

 喧嘩の動向は、明らかにヴィータ軍が不利なようだ。敵軍の殆どが男の子である事に対して、ヴィータ軍は彼女も含めて、大半が女の子である。腕っ節から判断して勝てる見込みは無いに等しい。一方的に蹂躙されるばかりだ。その中で必死に応戦するヴィータはある意味健気である。
 ふと気付く。

「あいつ、加減してんのか」

 本来の彼女なら、喩え大の大人が数人纏めて来ようが片手で捻られる。小さな子供など、それこそ何百人と一斉に喧嘩しても勝てる。
 それなのに今のヴィータは、相手が大柄な少年とは言え、一方的に負かされていた。お下げを引っ張られたり殴られたり、まさにやられ放題である。その気になれば指一本で吹き飛ばす事も出来るというのに。
 やはり加減しているのだろう。ヴィータの表情を見ていれば一目で分かった。悔しそうに歯噛みしながら、必死に仕掛けている。もっとも、手足の短さでリーチが足りず、痛いカウンターを貰ってひっくり返った。

「壮絶だな、子供の喧嘩も」

 飛び交う罵声を耳にしながら、アストラはのほほんとした態度で出入り口にある生垣に座ろうとした。
 その時、陽の光に反射する金属バットが眼に入った。

「おいおい、ちょっと待て」

 それを引き摺る少年は、何の躊躇もなくヴィータの背後に忍び寄る。金属バッドがコンクリートを削る音がはっきりと聞こえた。
 ビニールバッドならまだ良い。殴られても痛いだけだ。痣は出来ても打撲にはならない。
 だが、金属バットは拙い。子供の喧嘩に於いては禁忌の兵器である。それは核兵器と同義だ。
 ヴィータは迫る凶器の影に気付かない。敵軍のリーダー格の少年と断固として交戦中だ。

「夢中になってんじゃねぇぞ、あいつ」

 愚痴のようにこぼして、アストラは駆けた。
 金属バットが鎌首を上げるように掲げられた。ヴィータとの距離は無い等しく、ここに来てようやく彼女は凶器に気付いた。

「――!?」

 振り向いたヴィータの額目掛け、金属バットが振り翳される。騒ぐ暇も慌てるゆとりも無かった。
 アストラが身を翻して踊りかかる。ヴィータを直撃寸前だった金属バットを、咄嗟に突き出した肘で受け止め、奪い取った。

「条約違反だろ、こういうの使うの」

 ポンと、金属バットを持っていた少年の頭に手を乗せた。
 風のように現れたアストラの存在が、自然と子供達の喧嘩を諌めた。泣き声と罵声が止み、児童公園に静けさと平和が戻って来る。

「お前……どうして」

 ポカンと口を開けるヴィータ。アストラは少年の額を指先で弾いて金属バットを返却すると、ニヤリと笑って見せた。

「ちょっとお前に用があってな。フェベルの約束蹴っ飛ばして来てやった」





 continues.





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 □ あとがき 改稿版□
 改稿版、読んで頂きまして誠にありがとうございます。
 この話はSCに登場したオリキャラのアストラという男の子の奮闘記です。巨大な壁、高町なのはに愚かに歯向かう少年下士官の苦労記とも言えます。
 色々あってそのまま放置してましたが、大幅改稿設定練り直しで最初からやり直してます。SC時空ですが基本はstsという、何とも入り組んだ設定なので、 そういう設定関連気にする人は読まない事をお勧めします。かなり都合良くSCとstsの設定を使っています。一応基本はSCです。
 では次回も。





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