魔法少女リリカルなのは SS

デーモン高町との名言を残した少年士官の三日間

二日目 後編







 気付くと、そこは知らない場所だった。

「あれ……」

 身を起こすと、額に乗っていたタオルが胸の上に落ちて来た。ひんやりとした額を擦りながら周囲に視線を巡らせる。
 何の事はない、リビングである。極々一般階級の普通の室内だ。
 記憶を探ろうとすると、後頭部の辺りに鈍痛が走った。指で触れてみれば、ボッコリと膨らんでいる。考えるまでもなく、それは大きな瘤である。

「あ、眼ぇ覚めたんか?」
「……はやて、さん?」
「おはよう、フェベルちゃん。もう夕方やけどね」

 八神はやて特別捜査官が、可愛らしい私服姿で無邪気に笑った。本局所属を示す青い制服に袖を通している時の凛々しさは綺麗に形を潜めている。そういえば、なのはやフェイトとは交流はあっても、はやてとは互いの名前や所属先を知っているぐらいの知り合いで関係がストップしていた。
 ぼんやりとしていた意識が慌しく息を吹き吹き返す。

「え、あ、あの、こ、ここは、え!?」

 はやてはしどろもどろになっているフェベルから濡れたタオルを取り上げると、テーブルの上に鎮座していたプラスチック製の桶に入れて冷水に浸けた。

「ここは私の家。ちなみに時間は夜の六時過ぎってとこかな」
「……えっと、どうして私がここに……?」

 そう訊ねると、はやては絞りたてのタオルを渡して来る。

「私も直接見た訳やないから分からんけど……昼間の強盗事件」
「あ……」

 頭痛が薄れ始めた代わりに、昼間の光景が鮮明に思い出された。
 アストラに頼りにされなかったのが腹立たしくて、誰かを呼べば済むのに、無謀にも一人で強盗事件発生中の店内に突入した。だが、裏の勝手口から入った瞬間にぬかるんでいた床に脚を滑らせて、後頭部から転んでしまった。そこからの記憶は無く、暗転して行く視界を最後にぶつ切り状態である。

「……強盗さんはどうなっちゃったんですか?」
「ヴィータの話やと、アストラ君がKOしたみたい。怪我人もアストラ君とフェベルちゃん以外におらへんかったそうや」

 何と言う自爆な結末だろうか。見えない巨大な重みが肩に振って来るような錯覚を覚える。自分の強行軍は、怪我人を増やすだけという結果に終わってしまったようだ。あの時のアストラの必死の忠告通りである。
 般若顔になって口から炎を吐き散らすアストラが容易に想像出来てしまった。沈静化していたはずの頭痛が再発して脳味噌を引っ掻き回す。

「アストラさんも怪我をしたんですか?」
「強盗さんと喧嘩した時にやったみたいやけど、フェベルちゃんの方が重傷やったで。救急車まで来てて、ちょっとした騒ぎやったわ」
「ご、ごめんなさい……。ご迷惑をおかけしてしまったようで……」
「ん〜、別に私は迷惑なんて思てへんし、実際に被害にはおおてへんで? 取り敢えず、何か飲むか?」
「は、はい。いただきます」

 お茶ぐらいしかないけどなぁ〜と、キッチンに走って行くはやてを見送ったフェベルは、渡されたタオルで顔を乱暴に拭いた。もちろん、そんな事で頭痛の種が消えるはずもない。溜息を我慢する事が出来なかった。

「はぅ……」

 良い格好を見せようと意気込んで、結果は眼も当てられないこの惨劇。怪我をした原因はただの転倒と来たものだ。恥ずかしいを通り越して、死ぬほど情けなかった。

「アストラさん、怒ってるかなぁ」
「ん〜、そうでもなかったよ」

 両手にマグカップを手にして、はやてが戻って来た。

「どっちかって言うと、焦ってたっていうか」
「焦ってた?」
「学校の帰り道にヴィータから念話が来てね、迎えに行ったんよ。そしたら眼ぇ回したフェベルちゃんを担いでるアストラ君とバッタリ鉢合わせしたんや。凄い形相でね、救急車に乗せるかぁ〜みたいは話してたみたいやけど、『ほっとけば眼ぇ覚ます!』とか言って、うちまで運んだんよ」

 フェベルは飲みかけていた麦茶を後回しにして、思わず訊き返した。

「ア……アストラさんが、私を?」

 はやての微笑みが一変する。腹に一物企てている様子を窺わせる、邪悪な笑み。彼女はフェベルの横に腰掛けると、下から覗き込むようにして年下の少女の顔を見る。

「あれは好きな子を心配する男の子の顔って感じやったな」

 思わず麦茶を床一面にぶち撒けてしまいそうになった。心臓が飛び跳ねて、口は喘ぐように無意味な開閉作業を繰り返した。
 一体何を言い出すのだろう、この特別捜査官は。あの乱暴者が自分に好意を寄せているなんて。そんなの有り得ない。アストラ・ガレリアン陸曹が高町なのは准空尉に快勝しまうほど有り得ない。

「そ――それは無いです! まず絶対に無いです! あるはずなんてありません! そんなの絶対にないです!」
「ん〜、ナイスな反応やなぁ。昔のフェイトちゃんを思い出すわぁ」
「そんなうっとりした顔しないで下さい!」

 妙に艶々とした表情で震えるはやてに怒鳴り付ける。

「だ、だって、そんな。アストラさんは事ある毎に私の頭を殴って、セクハラまがいな台詞をフェイトさんのプラズマランサーみたいに連射する人ですよ!? わ、私としては、あ……あの人のそういう失礼極まりない行動が私にしか向いてないっていうのが、え……っと、ちょっと、だけ、ちょこっとだけ嬉しいんですけど、で、でもでも、そういう酷い事を平気でしちゃう人なんです!」
「まぁ、どう見てもアストラ君は好きな女の子に意地悪しちゃうタイプやもんね」
「誤解です! もうこれ以上ないぐらいにそれは猛烈な誤解ですッ!」
「アストラ君は直球型ツンデレで、フェベルちゃんはちょっと捻たツンデレタイプなんやねぇ。面白カップルや」

 フェベルがあたふたと身振り手振りで健気に否定しているというのに、はやてはお構い無しである。いや、耳に届いているのは間違いはないのだが、素知らぬフリをしているのだ。特別捜査官としてその名を馳せつつある一歳年上の少女は、その饒舌さを活かして相手をからかう事を嗜好としているのかもしれない。

「本当に誤解です!」

 口ではそう言いながら、アストラの事は好きだった。
 第一印象こそ、あまり良いものではなかった。L級第八番艦船アースラでの実地研修を終えて、正式な配属先であるM級艦船に移って間もない頃である。フェベルは本局からの一時的戦力補充の為にやって来たアストラと出会った。
 年少者も珍しくない管理局でも、フェベルくらいの少女が次元航行部隊に配属される機会は少なく、また本局直属の武装隊にアストラほどの少年が居るのも珍しい事だった。歳が近い事は従来の人懐っこさも手伝って、フェベルはすぐにアストラに興味を抱いたのだが、すぐに彼がどんな人間なのか分かってしまった。
 周囲の迷惑を考慮しない上に自己を過大評価しているオツムの弱い人。それが正直な感想であり評価である。
 口から出るのは罵詈雑言と意味不明な哲学。勢いと閃き、生物的本能だけで動いているとしか思えない無駄に高い行動力。実質Aランクの実力を保有しながら、その猪突猛進な性格の影響でBランクに甘んじている陸戦魔導師。
 これで武装隊に所属出来ているのだから、管理局の人手不足も深刻化の一途を辿っているんだなぁと幼少の心で思ってしまった。
 そんなハタ迷惑な陸戦魔導師と一緒に仕事をして行く内に、何となく――そう、気付けば惹かれていた。
 どれだけ足掻き、努力しても簡単には達成出来ない目標を定めて、それに飽くなき闘争心と何の根拠も無い自信を武器に立ち向かう。その結果はほとんどが悲惨なものに終わっていた。高町なのはに対して繰り返している、私闘のような模擬戦が最も分かり易い例である。
 本当に無謀だと常々フェベルも感じているが、同時に、それがどれだけ困難で苛烈なものか理解出来た。
 人間は誰しも苦しみたくはない。辛い経験をしたくはない。好き好んで苦境に立とうとする者はそうはいない。
 アストラは、それとは正反対の思考を常識のようにしている。常に自分を逆境に放り込み、突破も破壊も難攻を極める壁を作り、挑戦し続けている。
 どうしてそんなに自分に辛く当たるのか。その理由をフェベルは訊ねた事は無かったが――前のめりの姿勢を止めようとしない彼を、決して口外はしないが、心から尊敬していた。
 何より、出来ない事に挑戦している時のアストラの顔を見るのが好きだった。知識的にも知能指数的にも決して高いとは言えないあの少年下士官は、その代わりに、本当に端然とした瞳と心を持っている。
 そんな彼を、一番近い場所で見たい。アストラのような人間には理解者が必要だし、人様にこれ以上迷惑をかけるのも抑えなければいけない。
 ただ――告白する勇気をどうにも持つ事が出来ない。ついでに、あの失礼な少年が異性の気持ちを理解できるかという根本的な疑問も消化出来ていなかった。さらに言えば、フェベル自身も理解しているものの、彼女はあまり素直ではない。

「カップルとか言わないで下さいよ、もう!」
「あはは、ごめんな。久しぶりにからかい甲斐のある子と会ったもんやから。でもまぁ」

 はやてが空になったグラスをテーブルに置く。

「本気で焦るぐらい、アストラ君がフェベルちゃんの心配をしてたのは事実や」
「……ほ、本当、なんですか?」
「ホンマやで。でも、もしかしたらライバル出来てしまうかもしれへんけど」
「ライバル……?」

 茫然と口にしてみる。好敵手とは言ったどういう意味だろう。

「しかも今は二人だけで秘密の特訓中と来たもんやからなぁ。フェベルちゃん、ぼんやりしとると危ないで?」

 言っている意味が分からない。怪訝な表情を浮かべようとしたその時、来客を告げるインターフォンが鳴った。

「は〜い! そっか、もうこんな時間か。時間通りやな、なのはちゃん達」
「なのは……さん?」
「ちょっと学校の宿題の事で教えてもらおう思て。一緒に勉強会するんよ。フェベルちゃんも一緒にどや?」

 最年少戦技教導官を囁かれる少女と、その歳で十分な実績を重ねている執務官少女、さらに本局所属の幼くも優秀な特別捜査官の少女。そんな彼女達が他に何を学ぶのか。素朴な疑問を、フェベルは軽い戦慄と共に抱いた。



 ☆



「水ねーか、水」
「ん」
「サンキュ」

 無遠慮に突き出されたペットボトルを乱暴に受け取って、煽るように中を満たしているミネラルウォーターに口を付ける。
 海鳴――第九十七管理外世界から転移魔法を使って、少しばかり遠出をした先。文明レベルゼロ。管理局からは監視世界認定を受けているものの、確認されている生物はどれも原始的な動物のみで、危険指定もされていない。ひっそりとした夜の砂漠が地平線の向こうまで続く荒涼とした大地だ。
 二人は丘陵に腰掛けて、二時間ほど続けていた模擬戦を一時中断し、休憩を取っていた。
 休み始めてから十分が過ぎていたが、アストラは荒い呼吸を沈める事が出来ずにいる。百二十分で体力は磨耗し尽くし、全身の筋肉が熱を帯びてざわめいているのだ。過剰運動だったのは間違いない。対照的に、ヴィータの顔には汗を掻いた後がまったく無い。疲労らしい疲労を感じていないのか、涼しい顔で戻って来たペットボトルの水で乾きを癒している。
 この時二人は一切気付きもしなかったが、間接キスをしている。

「ちくしょー。体力には自信あったんだけどな」
「身体の体力ならお前の方がよっぽどあるぜ」

 この二時間の戦闘訓練で、ヴィータが呼吸を乱した事は一度たりとも無い。紅の鉄騎の二つ名を持ち、AAA+認定を受けた魔力と技術を自在に操る彼女である。気合と根性で獅子奮迅しているアストラを相手に苦戦するはずもない。まさしく、赤子の手を捻るようなものだった。
 ついでに言えば、魔導師にとって基礎体力よりも潜在的な魔力資質やそれを操作する技術の方が比重が大きい。基礎体力も当然必要なので基本訓練にカリキュラムとしてきっちりと組み込まれているが、体力で魔力を打倒するのは至難――というか不可能だ。根性論なんて抽象的なものが通用するはずもない。

「んで、長年の守護騎士様から見て、俺はどうなんだ?」

 好奇心から訊ねても、ヴィータは一瞥もくれない。

「弱い」
「………」
「つーか、よくそんなので本局直属の武装隊に入れたな。今の陸士部隊が一番自然だ」

 それが本音だった。
 アストラ・ガレリアン陸曹は、ぶっちゃけて言えば弱かった。正確には、ミッドチルダ純正の魔導師と見ればだ。
 ほとんど無いに等しい中距離攻撃魔法。致命的に下手な術式構築。猪のような馬鹿の一つ覚えの如き突撃。高町なのはと同様に、『集束』に秀でた魔力資質を持っているが、そのレベルはお粗末の一言だ。どちらかと言えば、『圧縮』と言い換えた方が適正だろう。
 純粋な魔力放出によって、遠距離から近距離まで幅広く戦闘行動を展開するのが基本的なミッドチルダ式だが、どちらかと言えばミドルレンジ以降が最も得意とする戦闘距離である。近接戦闘は魔導師の個人技術に強く依存するので、ハイリスクハイリターンな攻撃形態として敬遠されている節があった。
 そんな現実問題を無視するかのように、アストラ・ガレリアンはミッド式を行使しているにも関わらず近接戦闘を得意としている。いや、得意ではなくて、それしかできないのだ。
 フェイト・T・ハラオウンもミッド式でありながら近接戦闘を独壇場にしているが、それは少数派で異端にも近い上、彼女の場合は図抜けた魔力資質や才能の恩恵を受けている。アストラの場合、その才能が無いのだ。大馬力エンジンも、それに似合うラジエータが無ければ焼きつくだけ。つまり、そういう事だった。

『やはり紅の鉄騎もそう感じられますか』
「まぁな。機動力とか圧縮魔力の攻撃力はそこそこだけど、他がてんで駄目だ」

 突撃槍型インテリジェントデバイスも、アームドデバイスに高性能なインテリジェント機能を搭載したような設計だ。一見すればこれは有効のように思われるが、それではアームドデバイス特有の堅牢性が犠牲になる。それでは基本フォルムである【武装】として不十分だ。
 さらに言えば、アンスウェラーは明らかにアストラの手に余る代物だった。搭載されている魔法や導入されている魔力回路等、レイジングハートやバルディッシュには劣るものの、時空管理局が保有しているだろうインテリジェントデバイス群の中では上位に入る部類である。可変機構をオミットにしているので汎用性に欠けるが、その影響で発生している拡張性の広さは驚嘆ものだ。アストラが致命的に不器用な為に使われてはいないが、内包されている魔法の数はクロノのS2Uに勝るとも劣らない。純然たる『入れ物』のストレージデバイスに匹敵する情報容量は、AI 機能に拡張性を奪われがちなインテリジェントデバイスにはほとんど見られない。基本設計から四十年余りが経過している故に【超旧式】に分類される機体だが、ポテンシャルは凄まじいのだ。
 総じて結論付けるなら、アストラはミッド式魔導師としては欠陥人であり、デバイスツールであるはずのアンスウェラーとは、機能面で相性が良好と呼べるものではなかった。

『先ほどそこそこと評価されましたが、技術面では?』
「時々びっくりしたけど、それぐらい」

 驚きこそすれ、焦燥を覚えるほどでもなかった。カートリッジも二時間の間に二発しか使っていない。

『やはり高町なのは准空尉に勝利するのは不可能なのでしょうか?』
「無理無理。ぜってー無理」

 高望みも良いところだ。
 あの白い悪魔は史上最年少で戦技教導隊入りが噂されているのである。この致命的欠陥魔導師が倒せるはずがない。戦闘開始と同時に突撃して、あの恐るべき主砲の直撃を受けて炎上。運良くそれを潜り抜けたとしても、苛烈極まりないアクセルシューターの弾幕に晒されて終了だ。

「どんだけ頑張っても、保って三分が限界だぜ。あいつを負かすなんて絶対に無理だ」

 ヴィータが肩を竦める。すると、アストラがゆっくりと立ち上がった。
 日向ぼっこにしていた猫が身を起こすような気だるい動作だった。彼は尻に付いた砂を手で払うと、アンスウェラーを見遣った。

「ガキんちょ。お前さ、長い事生きてるんだろ」

 やぶから棒にそう問うた。

「そん中でさ、無理って思った事もあっただろ?」

 荒事は好ましく思わないものの、ヴィータの負けん気の強さは自他共に認められている。認められているが――それでも、今日までの長い刻で、物事を無理だと判断し、達観した事はあった。はやてを主とする以前の話だ。過去になればなるほど、記憶は明瞭なものではなくなるし、そもそも苦い思い出でしかない。
 あまり心地の良いものではなかった物思いに耽らされ、ヴィータは憮然とした。

「……それと今のお前と何の関係があるんだ?」
「俺は思わない」
「現実見ろよ。お前の魔力とかで何とかなるような相手じゃねぇんだよ、なのはは」
「……まぁ、確かに簡単じゃねぇだろうな」
「簡単とかじゃない。無理だ、無理」
「だからこそ、だろ?」

 身の丈ほどもある槍身を身体の一部のように操って、アストラはその切っ先をヴィータの鼻先に突きつける。

「だからこそ、挑戦するんだ」
「ちょう……せん?」
「無理ってにはな、物事諦めちまった奴の負け惜しみなんだよ」
「………」
「アンスウェラーに何度も言われたさ、無謀な挑戦だってな。確かに魔力値を見ても資質考えても、無謀だろうさ。でもな、こいつは無理だとは言わなかった」

 鋼の相棒――アンスウェラーの円錐型の槍身が月の光を吸い込み、白銀に輝く。稼動を始めて約四十年という旧型機体は何も言わない。夜空に掲げられ、砂上を駆けて行く気持ちの良い夜風を享受している。

「だからこそやるんだ」
「……何でだよ」

 非殺傷設定での模擬戦が前提だが、それでも生傷は絶えない。レベル差が開けば開くほど戦闘は凄惨なものになり、屈する事を知らないアストラは才能の差を痛感させられるだけだ。そこに得るものなど、屈辱感と無力感以外にあるはずもない。少なくとも、ヴィータはそう思っている。
 そんな感慨を、アストラは不敵な笑みで頬を歪めたまま、否定した。

「可能な事に挑戦してどうするんだ?」
「可能な事?」
「そうさ。出来ない事に挑戦するから意味があるんだろう。だから成長出来るんだろう。デーモン高町も、フェイトも、八神も、クロノ先輩も、出来ない事に挑戦して、頑張って来て、だからこそ沢山のモノを得たんだろう?」

 独り言のような質問に、ヴィータは思案する。なのは達が今日まで経験した事をすべて『挑戦』と言い換えるのは難しいが、全員の口から『無理』という言葉を聞いた事は無かった。
 なのはとフェイトの出会いであるジュエルシード事件の詳細は知らないが、あの二人の口から諦めの言葉が出るのは想像が困難だ。彼女達の呼びかけを頑なに拒絶し続けた闇の書事件の記憶を探れば、それは困難ではなく、二人は決して諦めない、という結論に至る。
 はやてにも同類の事が言えた。最初からすべてを諦め尽くし、ありのままの現実を享受する事しかしていなかったリインフォースを叱咤して、闇の書事件に終止符を打った。決して諦めず、一度は砕かれた心を奮い立たせて戦い抜いた。
 二年前のデバイス暴走事件の時、一度はすべてを投げ出したクロノも、最後には諦めなかった。己の過ちに気付き、全員に支えられながら、自分自身と戦った。

「無理っていうのは挑戦する事から逃げ出した奴の言葉さ」
「………」
「だから俺は無理なんて言葉は使わない。俺がデーモン高町に勝つのは万に一つも無いかもしれねぇ。でも、ゼロじゃない。だったら挑戦するしかねぇだろう。あいつを壁にする事で俺は強くなれる。喩え最終的に勝てなくても、追いつけなくても、な」

 アストラは、ただ眼の前だけを見詰めていた。絶対的な自信に溢れたその晴れやかな表情は、自分の言葉と信念を欠片も疑おうとせず、無邪気な子供のように自分自身を信頼している者の顔だ。
 今日だけで、ヴィータはアストラのこの顔を三回眼にした。
 一度目は今朝だ。鬼のような反復横飛びを無謀な早朝訓練として行っていた時。汗を飛び散らせて、周囲の情報など眼もくれず――実際には朝食の鮭欲しさもあったが―― 貪るように単純運動に集中した。
 昼の強盗騒ぎの時が二度目だ。犯人を説得するのではなく、その昂っている神経を紙ヤスリで削るように刺激した。あの時のアストラに犯人を説得しているつもりはきっと無かっただろう。現実から逃げている犯人に苛立ちを募らせ、『逃亡』という選択肢を排している自分の信念をそのまま口にしたようなものだ。

「お前さ」
「あ?」
「強いじゃん」

 そう思えた。そう思わせてくれた。
 魔法戦闘はとても強いとは言えない。管理局全体で見ればそこそこの陸戦魔導師で、これから先も伸びるだろうが、自分や高町なのは達とは比較にならないレベルだ。
 でも、彼を支えている精神は強い。妥協を知らず、努力を怠らず、絶えず壁を作ってそれに挑戦し続けている。決して綺麗事だけでは済まされない現実をも飲み込み、受け入れ、それでも持ち前の反骨精神と無骨で不器用な前向きさを武器に戦っている。
 その象徴が――この気持ちの良いぐらいの快活な笑みなのだろう。

「は、今更気付いたかガキんちょ。見る眼あるじゃねぇか」

 アストラの手がクシャリとヴィータの頭を撫でる。乱暴な仕草で、お気に入りの帽子が酷い形になってしまったが、何故か怒る気にはなれなかった。

「―――」

 それどころか、奇妙な安堵感すら感じてしまった。
 二時間もの間、休憩無しで苛烈な模擬戦を繰り広げても決して乱れなかった動悸が、じっとしているだけなのに狂い始めた。身体の奥底からじんわりと湧き起こる未知の感情が背中や首筋に汗を作り出す。耳の先までが燃え上がるように熱くなった。
 原因が分からない。自分を懐柔させるように努めるが、発熱した身体は自分のものではないように言う事を聞いてくれない。冷静に今を分析しても、ヴィータが求める答えはまったく来ない。

「さぁて、じゃあそろそろ始めるか? このままてめぇ相手に訓練してれば、それだけでそこそこ強くなれそうな気もするしな」

 自分を褒めてくれている様な語り草に、ヴィータの緊張度合いは一気に強さを増した。
 嬉しさと恥ずかしさが同時に込み上げて来る。ゴチャゴチャに溶け合った感情は瞳を潤ませて、上目遣いでアストラを見上げさせた。

「え……う、そ、そうか、な……? ま、まぁ、お前がどうしてもって言うなら、仕方ねぇから相手してやるけど」
「ああ、ガンガン相手頼むぜ。デーモン高町にはまた近い内に喧嘩売るつもりだしな」
「わ……分かったよ。じ、じゃあ、あたしが特別になのは対策をしてやる」

 腕を組んで、ヴィータが言った。顔は不機嫌を装っているが、頬はどこか緩んでしまいそうだった。

『そのお話は事実ですか、紅の鉄騎』
「ま、まぁな。技術差とか魔力量とか、そういうのを取っ払って考えると、相性的にお前となのはは悪くねぇ」
「……え、マジ?」

 先ほどまでの自信に溢れた雄々しい表情をぶち壊して、疑念一色になるアストラ。
 ヴィータは一度咳払いをして、仕方なさげに語り始めた。

「なのはも昔に比べれば自力で動けるようになったけど、魔力補助が無けりゃまだまだただの運動音痴だ。で、その点お前はどうだ?」
「まぁ、体力とかにゃ自信あるけど」
『身体レベルにのみ着目すれば、我がマスターは人類規格から見ても高いレベルです。高町なのは准空尉のそれを圧倒的に凌駕します』
「だろ? お前は魔力関係じゃなのはには絶対に勝てないけど、運動神経とか体力とか、後は身体の頑丈さだな。その辺りがあいつよりスゲー高いんだよ」
『しかし、基礎体力や運動神経だけでは高町なのは准空尉の打倒は不可能です。それは紅の鉄騎も存じているはずです』

 アンスウェラーが渋そうに言った。人間なら、きっと渋面の一つでも浮かべているだろう。

「ああ、もちろん知ってる。でもさ、そのお前の数少ない武器を最大まで強化して、なのはの苦手な距離で戦えば……どうだ?」

 アストラとアンスウェラーが眼を見合わせた。もちろん突撃槍型インテリジェントデバイスであるアンスウェラーには眼は無いので、バンプレート部に填め込まれている中枢機能の宝玉を明滅させて、アストラの視線を惹いただけである。

「どうだっつってもよ、それならいつもやってるぜ。さっきてめぇとやってた時も身体強化の基礎魔法は使ってたし」
「だから、それを最大まで強化するんだよ。お前は自分でも気付いてねぇけど、魔力資質は『集束』じゃなくて、多分『圧縮』と『凝縮』だ」
『……気付かれましたか』

 魔力資質にはそれぞれに特性があり、そのまま魔導師としての才能に直結する。なのはの『集束』は少数だが、『圧縮』や『凝縮』は特に珍しい資質ではなかった。

『紅の鉄騎の二つ名は伊達ではありませんね』
「ミッドの連中とは昔からずっと戦って来たからな」

 鼻を鳴らすヴィータ。一瞬だけ過ぎった過去の記憶を軽く振り払って続ける。

「『集束』の魔力資質に比べればずっと地味だ。でも使い方一つで攻撃力を瞬間的に上げられる。さっき訓練してて分かったけど、ほとんど無意識やってたしな、こいつ」

 指で差された当の本人は、困惑した様相でアンスウェラーを睨め付けた。

「おい相棒。何だか良く分かんねぇけど、実はスゲェ必殺技を俺は前から使ってたのか」
『必殺技と呼べるものでもありませんし、『圧縮』と『凝縮』の資質は希少なものではありません。Aランクのスキルからは応用版が用いられ、代表的なものを挙げるとすれば、多弾頭型射撃魔法ヴァリアブルシュートでしょうか。我がマスターのそれは、それなりのレベルを持っています。他の資質が悲惨な状況である為、徒手空拳での格闘戦闘程度にしか運用方法が確立出来ませんが』

 アストラの額にじんわりと脂汗が浮かんだ。口を横一文字に結び、黙考する事一分。

「わりぃ、相棒。人語でOK?」
『お聞きいただいた通りです、紅の鉄騎。我がマスターに資質に関して説明した所で馬の耳に念仏です』
「……最初から期待してねーから安心しろよ。ミッドのデバイスってマジで苦労してんだな」
『お心使い、感謝します』

 不思議そうに指を咥える少年下士官を無視して、仲良くヴィータとアンスウェラーは溜息をつく。

「で、俺は完全に置いてけぼりだが、その凝縮だか圧縮だかでデーモンに対抗出来ん」のか?」
「武器の一つにはなると思う。錬度を上げるだけで攻撃力は上がる」

 拳でも蹴りでもアンスウェラーを用いた攻撃でも、とにかく目標に対して衝撃を与えた瞬間に圧縮していた魔力を攻撃性に変換して解放する。打撃の衝撃と攻撃性魔力が重なり、相乗効果で攻撃力が跳ね上がるはずだ。さらに、武装を凝縮した魔力で保護すれば、それだけで単純に攻撃力は向上する。この二つを同時にできれば、堅牢な防御魔法の上からでも、ある程度目標にダメージを与えられるだろう。アンスウェラーが喩え話にしていた多弾頭型射撃魔法は、まぁアストラでは五年練習して出来るか否か、だろう。その場合、射撃ではなく近接になるが。

『訓練内容としては的確かと思われますが、現状の我がマスターの能力では、高町なのは准空尉に接近する事もままなりません。攻撃力上昇よりも、そちらの方を強化するべきではないでしょうか』
「分かってるよ。だから最初に言ったろ? こいつの最大の武器――身体強化の方を最大まで強くするって」
「そいつは大歓迎だけどさ、これ以上魔力循環できねぇぞ?」

 その事実は、当事者であるアストラが最も熟知している。伊達に強化した身体機能と限られた魔法だけで陸曹という階級に至っている訳ではない。
 眉間に皺を寄せて、ツルツルの大脳皮質を酷使する彼に、ヴィータは言った。

「そんなの気にしなくてもいいぜ。こいつは元々魔力資質ゼロとかぬかしてた野郎が使ってた肉体強化の手段だからな」
「は?」
「お前がいくら不器用でも、訓練すれば使えると思う。おい、ミッドのデバイス」

 アンスウェラーを呼んだヴィータは、不敵な笑みを浮かべて続けた。

「アクセラレータって身体強化魔法、あれってミッド系統であってるよな?」





 continues.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございました。
 アストラが前半の時と後半の時で言っているが微妙に違っている矛盾点を修正しました。まぁあんまり変わってないんですが。基本こういう子なので。





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