魔法少女リリカルなのは SS

デーモン高町との名言を残した少年士官の三日間

三日目 中編







 デートの待ち合わせ場所で相手を待っている時は、きっとこんな気分なのだろう。
 片脚を引き、半身に。腰を落とし、最大での跳躍と刹那での疾走に移れるように姿勢を整える。突撃槍型インテリジェントデバイス『アンスウェラー』を 右手に携え、柄尻から伸びている槍身保持用チェーンを右腕に巻き付けた。槍身と同様に柔軟さと堅牢さを兼ね揃えた特殊金属で作られているそのチェーンは、連結している リング一つ一つが大きく、力強い。
 どう動くのか。アストラは唾を飲み込みながら眼前の少女――なのはを直視する。
 利き腕である左手で相棒のデバイスを構え、獲物に飛びかかろうとする猟犬そのものになっているアストラに警戒している。その小さく華奢な身体は溢れ出る 空気は並々ならぬ緊迫感だ。いつもの模擬戦とは雰囲気が一変している。
 昨日の言葉の通りだ。彼女はひたむきなアストラに答えるべく、完全に容赦を捨てたようだ。
 全力全開。その名言をまさに証明するつもりなのだ。

「そうじゃなきゃ困るってな……!」

 唸るように呟き、身体の隅々にまで魔力を流し込む。
 指先に至るまで。骨の中にまで。血管と神経すべてに。
 まさに戦闘用に作り変えるつもりで、数少ない武器である身体機能を強化する。
 なのはが警戒を強めた。足元に見慣れた桜色の魔法陣が走り、光の飛沫が舞い散る。それが一つに集束し、放電のような現象を起こしながら魔弾を形成した。
 アクセルシューター。なのはが得意とする射撃魔法の一つ。
 来る。勘がそう告げると同時に、

『来ます』

 冷淡とも言える声音でアンスウェラーが報告をした。
 刹那、砲声。
 数瞬後、タイミングでアストラが地面を蹴った。
 夕闇で茜色に染まっていた廃墟の沈黙を一瞬で破壊される。
 飛行魔法を行使したなのはが空へ鮮やかに舞う。幹線道路から側に屹立していたビルの隙間に飛び込み、さらにアクセルシューターを行使。
 アストラは横へ回避機動を取り、一撃目のさばく。透かさず二撃目が迫った。一撃目の砲弾も大きく弧を描いて空中に上り、四発に散開。三次元的に頭上から来る。
 回避か、防御か。なのはを知らない魔導師ならばこのどちらかを選択しただろう。
 しかし、アストラは違う。なのはとの模擬戦の回数は武装隊の中でも指折りだ。もちろんその勝敗は散々たる有様であるし、猪武者の如き愚直な突撃しかしていなかったので、 彼女の得意とする戦術を崩すような打開策などありはしない。
 選択した行動は――逃走。
 地面を転がるように回避機動。身を低くして疾走し、勘を信じて左右に身体を振る。背中や肩に掠めるが気にしない。
 アクセルシューターは火力も去る事ながら、操作性能に秀でた射撃魔法だ。生半可な回避行動では数秒後には意識を略奪され、中途半端な 防御魔法では半秒で消し飛ぶのは明白。まずはこの牽制魔法を黙らせる必要性がある。
 幹線道路の脇にまで追い詰められたアストラは、何の躊躇も見せずに眼下のオフィス街へ飛び込んだ。
 一瞬の滞空が浮遊感を生み出す。

「アンスウェラーッ!」

 彼を握った右腕に魔力を一斉に流し込む。強化された膂力が突撃槍を遥か空へ投擲した。腕に蛇のように絡み付かせたチェーンが重い金属音と鳴らして減って行く。
 可変機能をオミットにされているアンスウェラーには幾つかの補助装備としてのオプションが搭載されている。
 その内の一つがこのチェーンだ。アンスウェラー本体の十倍の重量にすら耐えられる強度を持ち、さらに数十メートルの伸縮機能を持っている。使い方一つで 攻撃にも防御にも使える代物だった。
 槍身は天を貫かんばかりに伸び、チェーンが延長の限界に達成する。鎖に魔力を供給して現在の一直線状態を維持。
 地面がすぐそこに迫っている。目標を見失っていた砲弾達が落下して行くアストラを捕捉し、一斉に殺到した。
 術式を構築。前もってアンスウェラーに準備をさせていた為、制御解放まで半秒で終了した。
 着地。衝撃が骨の髄まで響き、身体がわずかに沈んだ。だが、お陰で踏ん張りの利く足場を獲得出来た。
 燃えるような赤い魔法光が少年下士官の周囲を包み込む。それは彼が使える数少ない攻撃系魔法の一つ――!

「――アサルトッ!」
『Exist.』

 二つの撃発音声が連結する事で魔法現象が現実世界に顕現。世界の理を書き換え、特殊現象をこの世のものとする。
 アンスウェラーの巨大な槍身が陽炎のような揺らぎを身に纏い、白銀に姿を変えた。チェーンを両手で握り、魔力強化した腕力で思い切り振りかぶる。

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 幹線道路目掛け、リリースされたチェーンの頂にあるアンスウェラーが振り下ろされる。白銀の槍身は痛んだ道路を紙細工のように食い破り、同時に爆発した。
 アサルトは武装に爆発性の魔力を帯びさせ、衝撃の瞬間に発火。目標に二重の打撃力を与える近接魔法だ。扱い容易でも消費する魔力も軽い分、使用者そのものに過負荷 をかけるデメリットの強い魔法だが、瞬間的な攻撃力だけならば充分な実用性を誇る。
 破壊された幹線道路が大気を揺らしながら崩れて行く。擦り合うコンクリートの絶叫。倒壊が生み出す埃と白煙がビルの隙間に吹き込み、大小の残骸がそこかしこに 飛んで行く。弾け飛んだ鉄筋がクルクルと回転して側にあったオフィスビルの窓硝子を突き破って沈黙した。
 破壊の残響は絶えず、崩された重量何十トンもの構造物が瓦礫となって道路に押し寄せる。巻き上げられた煙が視界をゼロにする。その建材の津波と白煙は、アク セルシューターの索敵能力――つまり、なのはからアストラの姿を完全に隠蔽してしまった。
 少年下士官は勢いの衰えを見せない残骸目掛けて駆け出す。チェーンを引き戻し、アンスウェラーを懐にして濛々とした煙の中に飛び込んだ。

『高町の位置は?』
『二時方向、距離二十メートルほどの位置……ビルの屋上で待機中です。こちらの位置を把握していると思われる。約三秒後に捕捉されると予測』
『三秒ありゃ充分だ! デーモン・ファックと洒落込むぜッ!』
『Yes master.』

 アンスウェラーが示した方向を確認する。濃厚な煙で一メートル先も見えない最悪な視界状況だが、相棒の言葉があれば不安なんて生まれるはずもなかった。
 槍投げの姿勢で鋼の槍を構え、跳躍。白煙に渦を作り、身に纏いながら突破。
 晴れた前方に、ビルを背にした高町なのはがいた。手には術式を構築し、濃密な魔力の塊を創り出している魔導師の杖。アストラを正確に補足するより早く、彼女も 実戦経験で強制的に鍛えられた戦闘魔導師としての嗅覚で彼の位置を予測したのだ。

「ちぃ!」

 敵の制御解放される前にその魔法の種別と名称を看破。だが――!

「見抜けたからって回避出来るかよ!」

 網膜が桜色の閃光で支配された。



 ☆



 轟音。衝撃。悲鳴。

「アストラさん……!」

 二人の戦闘魔導師の模擬戦現場から遠く離れたビルの屋上。この廃棄都市で訓練が行われる場合、機材等が持ち込まれる教官達の詰め所となる場所である。都市全体を 一望出来る高層構造と立地条件が揃っているが、給湯施設なんて設備はもちろん無い。朽ちて雑草が所々に生えているコンクリート向き出しの荒れた平地のようなところ だった。
 錆色のフェンスを掴んだフェベルが、胸元をぎゅっと掴む。彼女の視線の遥か先では、轟々とした土煙と瓦礫の耳障りな摩擦音が響き、ビル棟が幾つも薙ぎ倒されている。 この一帯の建築物はすべて耐久年度を超え、いつ崩壊しても良い状態だ。少しの油断が何十トンという恐ろしい質量の瓦礫の津波の直撃を許す。

「ヴィータ。やはり無理過ぎないか?」

 そう口にするのは、クロノ・ハラオウンだった。アストラとなのはの模擬戦の観戦者は多く、彼の他にフェイトやはやて、もしもの事態に備えてシャマルも控えている。アストラの 上司も時間が空き次第来るという事になっている。
 呼び寄せたのは他の誰でもない、ヴィータである。
 その彼女は、口を横一文字に閉じて眼下の色褪せた摩天楼を眺望している。大きな瞳は揺るがない。だからどのような感情を持っているのかも窺い知る事が出来ない。 胸の前で腕を組んで屹立しているその様は、多くの教え子を見守り、優秀な人材を世に輩出して来た歴戦の戦闘教官のようだった。

「そうだよ、ヴィータ。事情は分かったけど……アストラじゃ、なのはを倒せない。それに、今日のなのはは本気だ。本気を出してる。多分、エクシードも使うつもりで いる……怪我じゃ済まないかもしれないよ……?」

 言葉を濁して、フェイト。なのはとの戦闘経験に於いて、彼女ほど説得力に富む発言を出来る者はいないかもしれない。だからこそ、その口調には控えめでも真実がある。
 はやては何も言わず、表情の読めない顔で赤毛の少女の背中を見詰めている。シャマルが主と家族を交互に見渡すだけで、何も言わない。
 再び轟音。衝撃が三百メートル近く離れたここにまで伝わって来る。

「アストラはなのはに勝てない。あんたもそう思うか、クロノ」

 振り返りもせず、ヴィータが言った。

「……正直、不可能だ」
「そっか。そうだよな、そいつが当然の答えだろうな」
「ヴィータ?」
「……あいつ、本気で勝つ気なんだよ」

 クロノ達はまだアストラが二つの武器を手にした事を知らない。彼らの中で、アストラの情報は三日前で停止している。その情報を吟味すれば、まず高町なのは打倒は 不可能であるという結論に到達するのは当然だった。
 今、廃墟でなのはと文字通り死闘――私闘ではない、死闘だ――を演じているアストラは、三日前とは違う。
 今までは思いだけが先行していた。気持ちだけが先走っていた。それだけでは覆せない現実があるのに、構わずに突撃していた。
 だから武器は与えた。果てしなく泥臭くて、でも、輝いている思いを遂げさせる為の武器を。敵の癖も弱点も、対策と共にすべて授けていた。
 最高に贔屓目に吟味しても、六対四でアストラの方が不利な状況に変わりはないが、それでも勝ち目は皆無ではない。必死に手を伸ばせば掴み取れるレベル。
 冷静な視野と冷淡な思考が如何に『それでも全力を出したなのはを倒すのは無理だ』と囁くが、ヴィータは完全にそれを無視する。

「見ててくれ。特にあんたには、クロノ。あいつ、あんたの事尊敬してるから」
「………」
「ホント、救いようの無い馬鹿なんだけどさ、あいつ、アストラ。でも、応援してやってくれよ」

 クロノの位置からでは、ヴィータは背中しか見えない。気配も静かで何を考えているのか分からない。
 ヴィータが振り返らずにいると、背後のクロノが近付いて来て、横で足を止めてくれた。
 ちょっと冗談っぽく言ってやる。

「魔法戦闘に必要なのは?」
「状況に合わせた応用力と的確に使用出来る判断力」
「だろ?」

 廃墟の崩壊は続く。ビルとビルの間隙に作られた歩道や車道は蟻の巣そのもので、解き放たれた埃や小さな瓦礫の逃げ道はそこしかない。放置されていた車のタイヤ が鋭い放物線を描いて空に打ち上げられ、鉄筋や標識が好き勝手に暴れ回って建造物の外壁に突き刺さる。
 苛烈な戦闘だった。手加減という言葉がまるで見当たらない。誰もが口を閉ざして、息苦しさを感じながら、友人達の模擬戦を見守った。



 ☆



 回避。回避。回避――!
 肺が酸素を欲して暴れる。酷使されている全身の筋肉が疲労を氾濫させている。十秒、いや五秒でも良いから立ち止まって休憩を取るように要求して来る。
 残念ながら、身体が発する生物・本能的欲求を受理してやる事はアストラには出来そうに無かった。それは即座に模擬戦の終了となり、意識を高町なのはの砲撃魔法に 委ねるという事より他に無い。
 空中から数十の誘導弾。明確な攻撃の意思は無い。これは陽動を兼ねた弾幕だ。思案は数瞬ではなく、刹那以下に纏める。考えてから行動に移すようでは遅過ぎるのだ。
 身体だけではなく、神経にも魔力を流し込む。鋭敏に。敏感に。大気を漂う空気の流れを、その行き先を肌ですべて感じて本能で把握出来るほどに。
 保持用チェーンでアンスウェラーを腰に固定して、空いた両手で手短なコンクリート片をひっ掴む。弾幕シューターをギリギリまで引き付けて、這うように回避機動。 過半数がアスファルトを直撃して湿った土を巻き上げた。追い縋るのは高町なのはの直接的操作を受けている本命弾。さすがの白い悪魔も、三十を超える誘導魔力弾頭 すべてを手足のように操作出来ない。半数近くは弾幕用。見切る事が可能ならば、回避は決して無理難題ではない。
 拾った破片を強化した膂力で投擲。あまりにも原始的な方法だったが、時速三百キロ近い剛速球だ。直撃を受けたシューターはたまらず爆散する。爆風のような魔力残滓。 それを突っ切って第二射が迫る。コンクリート片を拾って迎撃してやろうとした瞬間。

『上空五十メートル! 砲撃警報!』

 全力で跳躍。刹那、回避軌道を抉る砲撃が炸裂する。網膜を焼きつくような強烈な閃光が周囲を白銀に染め、アストラを玩具のように弾き飛ばした。
 身じろぎをして、何とか足から着地。ビルとビルの隙間という狭い空を見上げれば、そこに睥睨すべき対象の少女と遭遇する。恐ろしい規模を誇る魔法陣の中心に 静かに佇み、幾重にも帯状魔法陣を纏った相棒――レイジングハートの切っ先をアストラへ向けた。彼女の周囲には、少女の防衛を司るアクセルスフィアが鋭角な 軌道を描いて待機している。これだけ多くの誘導魔力弾頭の制御と超高密度の砲撃魔法の術式構築を同時にするとは。

「マジで将来が楽しみだな、おい! にしてあの野郎、近付けさせねぇつもりか!?」
『我がマスターの近接能力を考慮されていると思われます。今の高町なのは准空尉に容赦は全くありません』
「上等!」

 啖呵を切ったその時、残存弾頭がアストラに殺到した。動きを封じて確実に砲撃魔法を叩き込むつもりだ。

「えげつねぇなぁ!」

 跳ぶ。空中五十メートルの少女にではなく、ビルの外壁へ。なのはの表情に僅かな変化が走ったのを、アストラは見逃さなかった。
 それが嬉しかった。あの小憎たらしくて可愛げの無い少女を少なからずとも驚かせたのだから。
 垂直の壁に着地して引力を振り切る加速で一気に駆け出す。反応が遅れたアクセルシューター群など脅威ではなかった。すぐ背後で爆音が鳴り、鼓膜が掻き毟られ、 恐ろしい衝撃と暴風が吹き荒れる。

「世の中セオリー通りに行くと思うなよぉ!」

 腰のアンスウェラーを手になのはへ跳ぶ。砲撃魔法の術式構築を終えるより僅かに早い。『穿つ』という、ただ一つの攻撃を追求し、質実剛健の設計と改修を繰り返されて 来た突撃槍型インテリジェントデバイスの槍身が高町なのはの胸目がけて放たれる。

「つぅ!?」

 手応えは無い。腕を貫くのは鈍い衝撃。高町なのはの正面に魔力防壁が構築され、切っ先が弾かれた。ラウンドシールドだ。足を止めて行使する堅牢な防御魔法。
 それが消える。代わりに構えられるのは戦慄すべき膨大な魔力を宿したレイジングハート!

「アンス――!」
『――Yes!』

 突撃に失敗したアストラはすでに自由落下を始めていた。彼に飛行魔法は行使出来ない。これ以上ない無防備状態。下から見れば屋上から投身自殺を図った人間の シルエットが拝めるはずだ。
 勝敗は決したも同然の状況下に於いて、しかし、彼は不敵な感情で頬を歪めて、濃密な魔力の向こう側で怜悧な表情を称えているなのはを睨みつける。

「――ウェラー!」
『master――!』

 すでに保持用チェーンを限界までリリースしていたアンスウェラーを、目標を定めずに横へ投擲する。切っ先がビルの壁を突き破り、アンカーとなって内部の壁に 鋭く食い込んだ。同時にチェーンを巻き取る。引力に引かれるだけとなっていたアストラが瞬く間に牽引され、身体がビル内の床に転がった。
 砲撃音。ビルの建材が一斉に軋み、いななき、轟音を響かせる。転がっていた硝子の破片やオフィス用品が空気振動でビリビリと震え、窓硝子の無い窓が桜色の閃光で 埋め尽くされた。さらに床から突き上げて来る激しい地響き。地面を直撃した砲撃魔法の余波だ。
 最大出力のディバインバスター。これが高町なのはの真骨頂。

『私が保有している我がマスターと高町なのは准空尉の模擬戦の於いて、過去最大出力です』
「俺を殺す気かあんにゃろ……!」
『全力で倒すつもりでしょう。我がマスター、引き続き回避行動継続を推奨します。誘導射撃魔法は多少被弾しても問題ありませんが』
「分かってるよ、あんなもん喰らったら即死だ……!」

 毒づいたアストラの眼が輝く何かを捉える。誘導射撃魔法――アクセルシューター。数は分からない。複雑な軌跡を刻みながらこちらに迫る。
 床に転がる。目標を失った魔力弾頭が背後の壁に衝突して埃と共に四散した。まだだ。まだ来る。高町なのはの最大出力砲撃はすでに止み、元の夕闇色の廃ビルの 内装に戻っているが、熾烈極まりない弾幕は停止するどころか厚みを増している始末だ。
 遮蔽物の陰へ。構わずに撃ち込まれる魔力弾頭が鈍い音を立てて飛散して行く。

「くそ! これじゃ外に出れねぇな!」

 障害物の多い屋内では堅牢な防御力と制圧性能に長けた射撃魔法を制御する高町なのはの方が圧倒的優位に立つ。アストラには暴れるスペースが必要なのだ。
 少々くたびれていた神経を叱咤激励して敵の気配を走査。魔力感知関係は相棒に一任して――。

『砲撃警報! 来ます!』

 その相棒が緊迫感に満ちた警告を発した。

「はぁ!? ビルごとかよ!?」

 驚きながらも、すでにアストラは走り始めている。階段ではなく、敵が待ち構えているだろう窓の外目がけて。
 あの最大出力砲撃は、間違いなくこのビルを根こそぎ吹き飛ばす火力がある。殺傷設定ではもちろん無いだろうが、対物設定にはされている。暢気に階段を使って下を 目指していては、このビル諸共昇天だ。強行軍になってでも今は脱出が最優先。
 窓から望める情景は、沈み行く赤い光に照らされた郷愁漂う廃墟。そこに一人の少女がいなければ、きっとアストラも足を止めて僅かな時間でも眺望していたに違いない。
 あの光が再び視界を焼いて行く。

「ディバイィィィーン――!」

 微かに耳に届く撃発音声。

「嬉しいねぇ、おい」

 本当に、容赦が無い。徹底的に彼女はアストラを敗北の二文字を叩き付け、蹂躙するつもりだ。ただの一介のBランク陸戦魔導師に、将来が約束されたAAA+ランクの 魔導師が持てる技術と魔力を総動員とは、事情を知らずにその事実だけを知った者は高町なのはの人格を疑うかもしれない。
 明らかな過剰火力。しかし、いや、それでこそアストラは歓喜に震える事が出来る。喜悦に溺れる事も出来る。
 自分の思いに応えてくれている彼女が嬉しいのだ。
 容赦も加減も捨てた高町なのはを相手に、自分はどこまで戦えるのか。いや、勝てるのか。想像するだけでどうにかなってしまいそうだった。
 魔法光が反転する。制御解放の兆候。レイジングハートの切っ先に収束されていた魔力の塊が弾かれたように拡散し、

「バスタぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 解放される。



 ☆



 確信がある。彼は――一見すれば勇気と無謀を履き違えているアストラ・ガレリアンは、再び斬り込んで来る。
 制御解放される『主砲』。高町なのはの日頃の訓練や模擬戦では絶対に使わない全力全開の一撃。
 眼前のビル棟を貫く。その奥も、さらに奥も薙ぎ倒す。粉々になったコンクリートが、歪んだ鉄骨が、ビルを構成しているあらゆる建材が幼い少女准空尉の眼前で 踊る。その中に一つだけ、明確な意思を宿した影をなのはは確かに認めた。

「うおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 咆哮。肉薄。衝撃。
 繰り出される突きをラウンドシールドで阻む。何の問題無く、なのははアストラ・ガレリアンの渾身の一撃を片手で防御する。
 攻性魔力と防性魔力が衝突し、摩擦を起こす。紫電は舞い、視界が揺らぐ。しかし、渋面を作っているのは攻めているはずのアストラ・ガレリアンの方だ。なのはは 険しい表情こそ浮かべているものの、徒手空拳の左手を翳し、防御しているだけだ。破壊どころか、なのはを後ずさる事すら出来ていない。

「やっぱりかてぇなてめぇはよぉ!」

 こちらの防御出力が圧倒的なのだ。Bランク程度の陸戦魔導師の攻性魔力では拮抗すら不可能。
 なのはは静かに眼を閉じ、ラウンドシールドの保持をレイジングハートを共同で実施。空いた意識で頭上で待機させていたアクセルスフィアを操作。その数、十六発。 二年前はこれが同時操作限界数値だったが、今ではさらに八発を加えた二十四発の魔力弾頭を手足のように操る事も出来る。並みの資質では六年以上必要とする工程を、 彼女はたったの二年で駆け抜けている。

「アクセル!」

 そんな少女にとって、眼前の少年を叩き潰すなんて造作も無い。油断しても十分に勝利出来る。
 幼い主の命を受けた弾頭達が、幾つかは鋭角に、幾つかは放物線を描き、上下左右からアストラへ雪崩れ込んだ。確実に直撃コース。勝利を確信すべき瞬間。
 だが、なのはの中にある確信は全く違う性質だった。
 彼はまたこの危機を掻い潜る――。

「俺はどっちかってーと2Dゲームより3Dゲームの方が得意でねぇ!」

 地面へ槍型デバイスを投擲。突き刺さった瞬間に自在な収縮性を持つチェーンを巻き取り、アクセルスフィアのロックから逃れる。それだけではなく、彼は着地してすぐさま 横っ飛びに高速機動を採り、ビルの外壁へ飛び乗って疾り始めた。先ほどと同じような展開だが、一体どんな原理で壁走りをしているのか。
 なのはは高度を上げ、アストラの近接距離から離脱。射程と火力を犠牲にした速射型砲撃魔法を制御解放。少女の周囲に淡い桜色の『砲塔』が幾つも顕現する。

『Short Buster』

 淡々としたレイジングハートの撃発音声が甲高い砲撃音を呼ぶ。まだ記述開発して間もない高速機動用の最速砲撃魔法。試すにはアストラ・ガレリアンはこれ以上無い相手かも しれない。
 迫るアクセルスフィアの数は十六。降り注ぐ火砲の数は八。彼の常軌を逸する身体機能を考慮しても被弾は必須。
 大気が歪んだ絶叫を迸らせる。合計二十四の攻性魔力は廃ビルも街破を直撃して壊の惨禍を撒き散らした。細く砕かれた建材が頬を掠める。
 なのははレイジングハートと共に主砲――ディバインバスターの術式構築を行いながら、眼下を眺望した。確信は揺るがない。どれだけ身体能力が優れていようと、 独力では打破不可能な攻撃に晒されたはずの少年が再び攻めて来るという確信は。

「行くぜアンスウェラァァァァァァァァ!!!」

 絶叫は頭上から来た。見遣れば、猛烈な爆風に乗って空高く打ち上げられたアストラを認められた。咄嗟にレイジングハートの切っ先を向けるが、術式構築は未完成だ。 ならばと熟練した操作でもう一つの術式を展開する。

「アクセルシューター!」

 その撃発音声を、茜色の空に響き渡る口頭詠唱が妨げた。

「我は突撃す超人! 我は突貫す鉄人! 刹那の間! 我は欲す!」

 ――それは、二年前の悪夢を思い出させる撃発音声の一つ。

「まさか!?」

 どうして彼がその術式を知っているのか。驚嘆した時にはすでに遅かった。

「我は猛攻の狩人! 我は猛襲の獣! すべてを粉砕し! 足元にひれ伏させる! 奇跡を起こせェ!」
『Accelerator HEATS! Gear First 【Double】Gat Ready――!』

 いや、違う。これは確かにあの狂人が切り札としていた極限身体強化魔法だ。でも、何か違う!
 言いようの無い寒気にも似た危機感がなのはの背中を走る。拙い、彼の接近を許してはならない。
 そう思った瞬間、なのははアストラ・ガレリアンの姿を見失った。

「!?」
『接近警報! 前方十二時! 距離――』

 零。

「漢の鉄拳、喰らいやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 少年下士官は眼前で拳を引き絞り、今まさに解き放とうとしていた。
 迎撃。駄目だ間に合わない。ラウンドシールドも駄目だ。構築速度の速いプロテクションを選択。白い少女の身体を薄い膜のような魔力防壁が包み込む。
 衝撃。文字通り殴り飛ばされたなのはは剛速球となって地面に落下。意識が一瞬だが完全に飛んだ。レイジングハートが自動詠唱でフローターを制御解放。その感覚で 半秒失われていた意識が戻って来る。

「次行くぜぇ!」

 両手で逆手に突撃槍を構えたアストラが迫る。立ち上がっていては駄目だ。横へ転がって際どい所で回避。目標を失った突撃槍の切っ先が地面を喰い破り、アスファルトに 蜘蛛の巣状の亀裂を半径十数メートルに渡って刻んだ。
 なのはは身を起こしながら戦慄する。明らかに攻撃力が上がっている。桁違いにだ。魔導師への攻撃力はあまり変わっていないが、人間レベルでの攻撃力が図抜けて 向上している。アクセラレータ、極限身体強化魔法の恩恵かと思案するが、アストラ・ガレリアンの身体は先ほどと変わっていない。極端に筋力が増強されている訳でも 無いし、思考が狂っている訳でもない。
 息を呑み、なのはは離脱の方法を探った。事実はどうあれ、彼が防御魔法の上から衝撃を透過させて、『完璧に防御したにも関わらずダメージが少なからず来る』ほどの 攻撃力を持ってしまった以上、やはりその距離に入ったまま戦闘を続行させるのは危険過ぎる。

「……マジになってくれた上に本気で警戒か。感動して涙出て来るぜ」

 突撃槍型インテリジェントデバイスを握り、半身に構えるアストラ・ガレリアン。その覇気に満ち溢れた物腰に隙は無い。
 なのはは少し迷った後、訊ねた。

「あの、アストラさん。その魔法、どこで……?」
「ヴィータからだ。てめぇの打倒法ってのを探してたら、な」

 合点が行った。あの身体強化魔法の恐ろしさを誰よりも熟知しているのはあの少女だ。術式も見ている以上は記憶力の良い彼女なら覚えていて不思議ではない。
 だが、あまりにも無謀過ぎる。あれはまともな人間に行使出来る次元の魔法ではない。明らかに寿命すら縮める荒業だ。

「ああ、安心しろ。ヴィータとアンスウェラーの安全対策で、三段階式になってる。今は一段階式しか使ってねぇから過負荷もほぼねぇ」
「……本気、なんですね」

 彼は二段階、三段階まで使う事を躊躇しないだろう。危機的状況になれば、何の逡巡も無く使う。
 ――私を倒す為に。出来ない事に、挑戦する為に――。
 本当に無茶な人だ。自分なんて可愛く思えてしまうほどの。この人が友達だったら、きっと楽しいだろう。

「こいつが俺の今使える最大の武器だ。で、どこまで喰らい付けるか確かめさせてもらうぜ……!」
「はい。私も今のアストラさんなら色々試せそうです……!」
「言うねぇ。こっちはお試し期間なんぞねぇから覚悟しろよ――!」

 真っ直ぐ過ぎるほど真っ直ぐな人。こんな人に壁として目指してもらえるのは、何だかこそばゆくて照れ臭く思う。
 なのはは解き放たれた獣のように襲って来るだろうアストラ・ガレリアンを警戒し、全身に力と魔力を漲らせ、相棒を構えた。





 continues.





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございました。
 次で終わり。





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