魔法少女リリカルなのは SS

デーモン高町との名言を残した少年士官の三日間

三日目 後編







 衝突と離脱を繰り返す白と黒のシルエット。屹立する高層ビルが地平線の彼方で沈む夕日の光を歪に変え、複雑に絡まる二つの影に刹那の陰影を刻む。断続的な 金属音と淡い燐光が、土煙や建材の破片を伴って、少年と少女の周囲を突風となって舞い乱れる。
 細い路地。左右は絶壁のようなビルの壁。十メートルも無い道幅を、アストラは全速力で疾る。眼前には飛翔する高町なのは。神経強化の影響で二十メートル先の 一ミリ単位の物体でも正確に認識出来るほどの視力になってしまった瞳が、鉄壁の防御性能を誇るロングスカート下に隠された白いショーツを否が応にも捉えてしまう。

「俺は縞パン派だ!」
『こんな時にまで煩悩発言ですか?』
「爺さんが言って無かったか? どんな時でもユーモアは忘れるなって!」

 そう言っていたすべての始まりの祖父は、人を笑わせるには破滅的に向いていない無骨な人格者だった。
 高町なのはが巧みに姿勢制御を行ない、速射砲を放つ。しかし止まる訳にはいかない。アストラには近付いて打撃、突撃を加える以外に攻撃する手段が無い。幾らか射撃 魔法等は使えるが、果たして射撃と呼べるのか疑わしい短射程で、そもそも火力的に高町なのはに通用するとは思えない。眼眩ましとしても使えるかどうかだ。
 アストラは速度を上げてその身を翻す。一発で総魔力値の半数を削ぐだろう火砲が周囲を抉った。肩に一発だけ掠ったが、それだけでも視界が一瞬だけ霞んで 足元をふら付かせる脱力感が来る。
 その僅かな隙を、白い少女は見逃さない。数発の誘導魔力弾頭をビルに叩き込み、アストラの進路上に障害物となる瓦礫を大量に撒布する。視界を砂塵のような土煙 が埋めた。研磨された神経が危険を感知し、アストラに足を止めるなと指示を出す。

『目標、速度、及び高度上昇。砲撃警報。速射砲と推測します。また、弾幕用の誘導弾を確認しました』

 それを裏付ける相棒の報告。足止めをして、距離を作り、過密な弾幕を叩き込む。一度目は一緒に吹き飛ばされた建材が盾となって回避出来たが、今回はそんな運頼みは 無理だ。高町なのははどこまでも近接型魔導師と相対した時の基本的戦術を貫くつもりらしい。

「アンスウェラー! 一発仕掛ける!」
『私もそう推奨するつもりでした。高町准空尉はこちらが突撃して来る事を前提に戦術を構築していると思われます。このまま追跡していても悪戯に体力を消耗 するだけでしょう。虚を突くべきです』

 眼前の瓦礫の山の影に飛び込む。耳朶を打つ砲撃音。

「珍しく意見合致だな」
『言ったはずです。あなたの心と、行こうとする道。それを照らし、守り、歩む為のすべてになると』

 自分の中で、自分以外の誰かが獰悪な唸りを上げているのを、アストラは漠然と感じた。それは今まさに戒めから解放された獣のように騒ぎ出そうとしている。
 制御なんて出来そうにない。抑制なんて不可能。慄然を覚える正体不明の衝動。ビルの瓦礫に高町なのはの速射砲が突き刺さって爆破された瞬間、 アストラはそれが何なのか、唐突に悟る。
 祖父が遺した意思ある道具――アンスウェラーのすべてを信じて頼れ。
 自分自身より頑ななまでに信頼しろ。
 自分以外のそれは、確かにそう告げていた。
 吹き荒れる突風が叫んでいる。それは錯覚だ。でも、敵の射撃から守ってくれた残骸達が、飛び出すなら今だと確かに告げていた。
 呼吸を止める。無酸素運動。光になって――!

『Dash! Gat Ready! GoGoGo――!!!』

 鋼の相棒に自身の行方を託して駆け抜ける。左右に身体を振り、アクセラレータが鋭敏にした勘とアンスウェラーが告げる砲撃警報を下に砲撃を避け、誘導弾をかわす。
 その場でステップを踏み、右足を軸に一回転。遠心力をたっぷり蓄えて最高に整ったフォームで限界まで魔力を凝縮させた【アンスウェラーの保持用チェーン】を投擲した。
 敵は極限身体強化魔法を行使したアストラの近接攻撃を警戒している。何せ対衝撃吸収性能に関してはラウンドシールドに劣るものの、高町なのは のプロテクションを、その魔力防壁を破壊せずに打撃時の衝撃力を透過させて弾き飛ばしたのだ。絶対に間合いに入らせない腹だろう。
 ――足止めさせて中距離以降から確実に攻めて来るつもりなら、こちらも足止めしてやろうではないか。足止めだけで済ませるつもりは無いが!
 渦巻く砂塵を鋭い射撃魔法のように貫き、超重量級武装に分類される突撃槍特有の重厚な柄頭が高町なのはのラウンドシールドに突き刺さる。
 彼女が【足を止めて行使しなければならない防御魔法】を使うという読みが的中した。
 ラウンドシールドは展開にしっかりとした足場と堅牢な魔力防壁を保つ支えを必要とする。プロセスとして、【足を止め、腕やデバイスのような支えを用いて、展開する】という三工程を絶対に 踏まなければならない。近代ベルカ式にトライシールドと呼ばれる高速機動中でもラウンドシールドに近い防御出力を発揮する防御魔法があるが、防御範囲が犠牲になっており、 優れた近接戦闘能力を有する者でなければ効果的な運用が望めないものだった。
 アストラの思惑を悟ったのか、上空で柄頭を防いでいる高町なのはの顔色が変わる。

「先に行ってろォッ! アンスウェラァァァァ!!!」
『All right my master!!!』

 二つの声は、ほぼ重なっていた。それが理屈や理論を無視した力を純然な機械であるアンスウェラーにも与える。
 投げられた突撃槍が、その柄頭と入れ替わって高町なのはのラウンドシールドに突き刺さった。眼も眩むような紫電。衝突の余波が周辺のビル群を軋ませ、外壁を クレーターのように穿つ。ホールドブレード――槍身先端部に内蔵された展開小型刃――が槍身をラウンドシールドに喰い込ませ、杭のように己を固定させる。
 柄頭が保持用チェーンをしならせて手元に戻って来る。それを引っ掴み、宣言して跳躍。

「リリース!!!」

 チェーンが巻き取られる。跳躍の加速力を得たアストラは飛び蹴り姿勢となって、アンスウェラーと同じ位置に限界まで凝縮・圧縮した魔力で保護した踵を叩き込んだ。
 インテリジェントデバイスと共同で時間差攻撃――!

『マスターがマスターなら、デバイスもデバイスです。すべてがデタラメです』

 レイジングハートが至極まともな感想を呟く。全く以ってその通り。自分でも――自分達でも荒唐無稽だと自覚している。
 だが、全力を出した高町なのはに迷いを抱いている暇は無い。元より持ち合わせていない。彼女との比較するのも馬鹿らしい実力差は、こちらのすべてを出し切って も到底埋まるものではない。こうでもして攻め続けなければ、

『我がマスターの決意と覚悟を、私は知った。我がマスターの意思は私が守る。そして貫き通す。覚悟してもらおうかレイジングハートッ!』
「ご主人様と呼んでくれちゃうメイド娘より可愛いぜ、うちのデバイスはよォ!」

 アンスウェラーの柄を握ったアストラが、驚異的身体能力で姿勢を保ち、鋭く重い蹴りでラウンドシールドを弾き、すぐ側のビルの壁面へ後退。着地する前に降着姿勢 を取り、壁面を強化した脚力で蹴り飛ばして、再び高町なのはへ肉薄した。

『―−ぅぅぅぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!』

 それは、今まで確認される事の無かった【インテリジェントデバイスの感情の発露が呼んだ咆哮】。

「づぅぅぅぅああああああああああああああああああああああああ!!!」

 重なる絶叫は、そんな相棒をに歓喜する幼いマスターのもの。
 インテリジェントデバイスと魔導師が呼応した時、1+1が3にも4にもなる。その力は相乗的に跳ね上がる。だがアストラとアンスウェラーには、その計算式すら 適応されない。彼らは1+1を10にする。二つの声が重なる時、上昇を続ける強さは誰にも止められないのだ。
 高町なのはの表情に驚きが走り、たちまちの内に苦悶となる。確実に効いているのだ、アストラとアンスウェラーの渾身の突撃が。それが一層の覇気を一人と一機の身に 宿らせる。
 素早くラウンドシールドを蹴り飛ばし、反動を利用して跳躍。鮮やかな身のこなしで空中で回転し、高層ビルの壁を蹴って再度突撃。今度はアンスウェラーを 横薙ぎに。技術も経験も何も必要としない、力任せの喧嘩で使うような腰を入れた突撃槍でのフルスィング!
 金属と少女の甲高い悲鳴。それでも吹き飛ばされずに飛行魔法で踏み止まっている白い少女が恐ろしい。
 アストラは無酸素運動に入る。今が高町なのはの体力と魔力を磨耗させる最大のチャンスだ。肺を黙らせ、最大のパフォーマンスで動く。落雷を連想させる乱数機動。 壁蹴りを繰り返して地上には降りず、疲労を無視してあらゆる方向から重い打撃と突撃を命中させて行く。
 確実な手応え。あの高町なのはの魔力を削ぎ落としている感覚が両腕に猛烈な痺れと共に宿る。ギアをもう一段階上げて、さらに優位に立つ。

『Gear Second 【Action】Gat Ready――!』

 頭に鈍痛。肋骨が萎縮するように軋む。背骨に折れてしまいそうな負荷が来る。上腕部の筋肉が一斉に断絶して刹那の間に堅牢な逞しさを持つ。足も同様に筋力が 破壊されて再構築される。
 それらが身体を完璧な戦闘用に作り変える禁忌の強化魔法のささやかな前兆だと思えば、三段階目は恐ろしくてとても発動する気になれない。
 いや。この二段階目が通用しなければ何の気兼ねも無く使うだろう。それに、相棒がいてくれれば恐れる必要も無い!

「俺の必殺技ぁ! 圧縮とォ! 凝縮ゥ!」
『名前が負けています、我がマスター!!!』
「バリアバースト! レイジングハート!」
『了解……!』

 雄叫びと突っ込みと警告と撃発音声と爆音が綺麗に横繋ぎとなった。
 爆発は撹乱効果もある煙幕のような魔力残滓となって飛散し、周囲を覆い隠す。圧倒的な指向性の衝撃が、アストラを遥か後方へ吹き飛ばした。盾にした 残骸を横切り、細かな建材を蹴散らし、高町なのはの砲撃で薙ぎ倒されていた信号機に頭を殴打し、その際に身体が反転して顔面から路面を滑って、敵から三十メートル ほど離れた路上でようやく停止する。アストラはうつ伏せとなり、大の字状態になってその場に突っ伏した。

『デバイス機能、損傷軽微。ダメージコントロール』

 数瞬前の熱さを根底から無視する淡々とした無情のアナウンス。

「……俺のダメージコントロールは誰がしてくれるんだ……」
『ガッツです、我がマスター』
「調子良い事ぬかすな!」
『誘導弾、来ます!』

 黄昏と郷愁。赤と紫。鮮やかに彩られた空の彼方から幾重もの閃光が煌く。身を起こしているのももどかしく、力任せに横へ転がった。
 いや、転がったつもりだったが、アストラの身体は転がるという領域をぶっちぎって突破して、時速百キロ以上の自動車に真正面から撥ね飛ばされたような猛烈な加速 を持って路上に打ち出された。アクセラレータが第二段階へ移行した為、身体の筋肉すべてが人類規格外一歩手前にまで増強されている。筋肉繊維を纏う骨の方が保た ないほどの力が作用したのだ。

「ダサ過ぎるこの逃亡!」

 世界が回転する。それはもう物凄い勢いで。止められない。そもそも止める術が無い。何かに衝突するまで止められるはずがない。
 誘導弾が鼻先を霞め、周囲を飛び跳ねた。見境無く路面が砕かれ、死の嵐となって尚も転がり続けるアストラの顔面を直撃する。これは地味に応える。アンスウェ ラーが騒ぐ。さらに苛烈な誘導弾が迫る。恐ろしいほどの精度を誇る絨毯爆撃。
 前方に、あたかも前以って準備されていたかのような小高い瓦礫が現れ、さらにそこには斜め四十五度の角度で空へ向かって突き出す鉄骨が積み木のように乗っていた。
 丸太となっていたアストラはそのまま鉄骨に身を任せ、空へ。まるっきりコメディ漫画だ。予測の付かないその様に誘導弾に微かな動揺が走り、速度が遅れる。 身を捩り、向かう先へ背を向けて、素っ頓狂な顔をしている高町なのはを両眼で捉える。すぐ脇を貫いた誘導弾が分厚いアルミニウム合金の道路標識をぶち抜いた。 数発の弾頭が加速慣性を殺せずに別のビルに殺到して、二棟分を廃材に変えた。
 非殺傷設定でも直撃すれば本当にひとたまりも無い。
 敵がアストラの破天荒さに驚かなければ。
 そのまま熟練した動作で誘導弾を制御していれば。
 アストラを空へ放った鉄骨が無ければ。
 外れた誘導弾のいずれかの直撃コースにいたはずだ。

「運も実力の内ィ!」

 再びアンスウェラーを投げ付ける。同時に保持用チェーンを介してアンスウェラーの魔力回路に魔力を供給。素早く魔法選択。選定された術式は衝撃を熱に変換して 設定位置に解放する近中距離射撃魔法アサルト。術式解放。撃発音声は相棒との共同。【アンスウェラーの槍身が高町なのはに到達する前】に、放つ!

「アサルトォ!」
『Exist!!!』

 再び高町なのはに逡巡が走った。しかし、それに気付ける戦闘魔導師が果たして何人いるか。
 魔導の多くの技術を今日に至るまで吸収して反復して反芻して選定して洗練して来た高町なのはは、魔導師としての経験こそ短いものの、実力的には実戦畑で強制的 に育てられ、管理局全体から見てもかなりのモノを十二歳で保有している。熟成されつつある数多の魔法があり、高度な思考と研磨された感覚があ り、それら二つによって確立された戦術と戦略がある。
 それらは外から崩す事が不可能に近い堅牢過ぎる牙城。だが内部から崩す事は不可能ではない。
 セオリーを度外視して感情のまま感覚のまま恣意的に破滅的に攻める。
 単純な二択を思いも寄らないシーンで唐突に出題する。
 さらにそこから二択――足を止めて行使せざるを得ないが、高い防御出力を誇るラウンドシールドを使って確実に弾くか、出力は低いが足を止めずに行使出来る プロテクションで凌ぐかを【脅迫】する。
 堅実に、確実に、自身が得意とする砲撃と誘導弾の二つを質実剛健に研磨して来た高町なのはだからこそ通用する戦略。
 もし彼女がもっと幼く、接近戦闘すら混ぜて無謀的攻めを繰り出してくれば、この戦略は崩れただろう。時空管理局に入局し、陸士訓練校の短期カリキュラムを消化し、 歪だったとされる成長グラフを矯正した十二歳の高町なのはだから有効な戦略。
 それでも長くは続かないはずだ。高町なのはが己の思考を改め、アストラを近距離以降からも警戒し、彼の戦略を読んだ瞬間にすべてが崩壊する。
 だから、ギアを上げて一気にその魔力を削り、確実な一撃を浴びせなければならない。
 なのはを圧しているように思えるのは、ただ彼女が驚いて判断に一瞬の逡巡を挟んでいるだけだ。彼女の損害は未だに零。それに引き換え、アストラの損害はそれなり に甚大だ。アクセラレータ・ヒーツの二段階目の負荷は予測していたより大きい。
 アサルト――不可視の衝撃波が高町なのはへ走り、熱エネルギーに変換される刹那、彼女はプロテクションを発動させた。
 炎が爆ぜ、衝撃が弾ける。白い少女は健在。まったく健在。デバイスによる任意の自動発動が可能なバリア系の基礎防御魔法は、そうとは思えぬ堅牢さを発揮して アストラの数少ない射撃魔法を退けた。
 そこへ、アンスウェラーの切っ先が迫った。

「!?」

 プロテクションで防御は可能。ダメージは一切通さない。遮って断つ事が出来ないのは、衝突時の純粋な破壊エネルギー。そしてそれを防ごうとして浪費される魔力の 漸減。
 膜のような魔力防壁に突撃槍を突き立てたまま、高町なのはが背にしていたビルに叩き付けられる。アンスウェラーが再びホールドブレードを稼動させて槍身を完全 固定。

「こっちはてめぇに散々ボコボコにされて来てるんだぜ……? その経験を舐めんなよォ!」

 今は何とか喰らい付いている。長年の鋼の相棒と、生意気で馬鹿みたいに強くて縞パンツも履く赤髪少女と三人 で考案した戦術が通用している内に追い詰めねばならない。武器はアクセラレータの他にもう一つあるが、今は使うべきではない。やれるところまで、やる――!

「ゴキブリのように舞いィ! 蚊のように刺ぁす!」



 ☆



 ヴィータが肯く。表情は硬く険しく無感動。厳かに、当然のように、緊張感を体外へ排撃するように。

「そうだ、それでいい」

 隣で観戦しているクロノもまた彼女と同様だった。

「あまりにも乱暴過ぎるが、確かに正解だ。彼だからこそ出来る無謀と言うには生易しい戦術と戦略だけどね」

 他の者達――フェベルにフェイト、はやて達は揃いも揃って落ち着かない素振りで観戦を続けている。誰かが息を呑めば次には誰かが安堵の吐息をつく。基本は それの繰り返しなので、この【槍と槍の切っ先をミリ単位の誤差も無く加える力も一定にして完璧な拮抗を保っているかのような接戦】は非常に心臓に悪い。見ている 方が疲れるレベルだった。
 フェイトが言った。

「でもヴィータ。アクセラレータはこれ以上無いくらいアストラ向けの魔法だけど、その、大丈夫かな」
「何がだ?」
「三段階に分けてるっていうのは分かったけど……二段階目でも、かなり辛いと思う」

 魔導の道を行き、陸戦にしろ空戦にしろ結界にしろ何にしろ、戦闘に参加可能な魔導師として経験を多少なりとも積んで場数を踏んだ者ならば、今のアストラがどれ だけ無謀な行動に走り、そして分の悪い賭けに挑み、さらに絶望的に切迫した状況下に身を窶しているのか、それが看破出来るはずだ。
 展開されている戦況だけを吟味すればアストラ・ガレリアン陸曹が高町なのは准空尉に防戦を強いているだろう。高町なのはは攻勢に踏み切れず、防御魔法を行使する 数が多い。卓越した動体視力も父から継いだ反射神経も、その才能をフルに活用する為の体力も運動神経も数年前と比較して底上げはされているが、まだまだ運動音痴の 小学六年生に留まっている。空戦魔導師としての総合的機動性はまだまだ低い言わざるを得ない。アストラは、その一点を突いている。握り締めた突撃槍型インテリジ ェントデバイスの如く。
 豊富な経験を荒唐無稽と非論理的な攻撃や動作で撹乱させ、一定の距離を保ってそれ以降から離れようとしない。離れれば単純に自分の攻撃範囲から排撃されるどころか、 空間ごと薙ぎ払うようなバスターやシューターに晒される。その上、直線的機動性ではフェイト・T・ハラオウンとそこまで差の無い高町なのはが、離脱も接近も容易になる。 ひたすらに、絶望的に、馬鹿みたいにアストラが不利になる。だから多少の攻撃や無理難題が津波となって襲って来ようと前に出るしかない。近距離で、尚且つ入り組んだ ビル街というフィールドは、アクセラレータを行使している彼に直向なまでに味方する。
 高町なのはをレース用の自動二輪とするならば、アストラ・ガレリアンは悪路の走破に適した単車だろうか。小回りが利くのが明らかに後者である。
 その上で、本命攻撃に近い破壊力を持つアンスウェラー投擲と、ただのフェイクに過ぎない保持用チェーン投擲のシンプルな二択を混乱させたところに迫り、即効性 は高くともそれ故に衝撃吸収機能の低いプロテクションを展開させるように仕向け、【防御の上から無理矢理ダメージを与えようとしている】。それはまだ実を結んで いないが、時間が経てば表面化するはずだ。

「辛いよ。教えたあたしがそれは一番良く知ってる。でもまぁ」

 言葉を切って、吐息。心配そうに眉尻を下げているフェイトに振り返り、にこりと笑う。一瞬前までの戦闘教官のような風情が消えた表情で。

「あいつなら何とかしちまうさ」

 それは、戦闘に於いて烈火の将を超える冷静さ、冷淡さを発揮する紅の鉄騎からは想像し難い楽観的言葉だった。
 フェイトがまだ何か言いたそうにしていたが、遮るようにクロノが口を開いた。

「二段階目でも長時間の行使は相当な負荷になる。三段階目も、それまでで身体が異常強化された状態に慣れているとは言え、五分は保たない」
「三段階目はアンスウェラーがリミッターの役割をやってる。発動から四分五秒で休眠させた身体機能を蘇生させる。そうなれば後は地獄の筋肉痛と出血だな。そん時は 頼むぜシャマル」
「医師として今すぐドクターストップをかけたいところね、本当に」

 湖の騎士がげんなりした様子で肩を竦めた。今すぐ治療すれば大事に至らずに済む患者が、医療局センターに緊急搬送しなければならない重体になるのを見過ご しているのだから、彼女の溜息にはヴィータも苦笑いをするしかない。

「しかし、彼は……アストラは、なのはの癖をかなり知ってるな。シューターの弾道を見切っているんじゃなくて、セミオートとフルオートの弾を見分けてる」
「アンスウェラーに教えてもらったんだけど、あいつさ、今まで喰らったシューターの数は百八なんだって。バスターは十七発。大した奴だよ、この記録だけでも」

 その経験が、今アストラを全力で助けている。アンスウェラーの管制もあるが、見抜いているのは彼の力。
 ずっと事態を見守っていたフェベルが言った。

「……なのはさんも疲れてますね」
「そりゃそうさ。直接的なダメージは受けてないけど、あのゴキブリみたいな奴と近距離戦だ。防御は抜かれないのに衝撃は来るし、魔力だってその分削られる。 なのはみたいな生粋な砲撃魔導師には辛いはずだぜ」
「でも、あの距離から抜けて一気に空に逃げられれば……?」

 はやてが問う。

「なのはの勝ちだ。あの馬鹿も数百メートル上の相手に届く武器はねぇ。……そうじゃなくても、なのはがエクシード使えばその時点で終わりだろうけど」

 デバイスにも魔導師にもすべてに於いて限界突破を強制する、それそのものが自爆装置にも近いエクセリオンモードに代わって新たな導入された高町なのはとレイジングハート の【切り札】。今のセイクリッドモードより一つ上を行く【完璧な戦闘用】。発動には多少隙が出るが、その時間を捻り出すのは今の暴れ馬状態のアストラを相手に 難しいものの、不可能では決してない。
 警戒しているのだ。それも最大限に。先日までとは全くの別人と化したアストラを、狡猾な思考で獰悪に動作し明瞭に攻撃を正確に打つ少年下士官を、強敵と認識している。 彼が未だ幾つかのカードを温存しているのも探り当てているはずだ。その内の一つが三段階目のアクセラレータ。様々な要因が重なるものの、二段階目の時点で高町なのは は明確な苦戦を強いられている。被害は魔力だけだが、半ば翻弄されていると評価しても良い。ならば、アクセラレータが三段階目に移行すればどうなるか、予測は容易だろう。
 エクシードは、アストラが最後のギアチェンジを行うまさにその瞬間に行使する。ヴィータは確信に近い思いでそう予測する。だが、その勝負がどうなるかはまるで見当 がつかなかった。今の段階でエクシードを使われれば、アストラは三段階への撃発音声を入力する前に桜色の閃光の向こうに消える。それは決定事項だ。打倒も出来なければ 打破も不可能。彼には申し訳ないが、こればかりは【本当に無理】だ。
 しかし。しかし、だ。ヴィータが彼に教えた極限身体強化魔法の改良型――アクセラレータ・ヒーツの最後の撃発音声【HEATS】の入力が間に合えば?

「……効果が切れるまでの四分ちょい、分かんねぇぞ……」

 そしてもう一つ。彼には武器を与えてある。ぶっつけ本番も良いところだが、デバイスに新機能として盛り込んだ。調整も数値上はマリエルに無理を言ってやって もらっており、アンスウェラーも悪くないと評価している。後は彼らの信頼関係を――魔導師とデバイスという主従関係ではない、全く新しい絆を結んでいる彼らを 信ずるしかない。
 負けるな。どうせなら勝て。勝って戻って来い。で、あの研ぎ澄ませた顔で笑って欲しい。
 二の腕を掴む掌に力が篭もる。ぎゅっと唇の端を結ぶ。その表情は教え子を見守る教師のようでもあり、とても――そう、とてもとても大切なヒトの無事を祈る 普通の少女のようでもあった。



 ☆



 灼熱でありながら冷徹な状況判断能力を有するヴィータが、それを破棄し、貪欲に敵の打倒を考慮して吟味して実行に移した存在が、今のアストラ・ガレリアンである。
 彼は、強い。強くなった。愚者認定していたレイジングハートがその決定に撤回を強いられてしまうほどに。いや、愚者である事に変わりはないのかもしれないのだが、 何だろうか。これはあれこれと理論立てて説得力に富む言葉で説明するのは難易度が高い。
 初歩的な策戦と、敗北を続けた経験と、極限強化魔法と、紅の鉄騎の教えと。彼を高みに至らせた要因はその四つ。
 一つ目はもう脱出済み。体勢と思考回路はすでに明瞭と状況把握に支障無く従事している。
 二つ目は基本戦術の密度を高め、一気に戦闘速度そのものを上げれば済む。それでも彼は追随して来る。これ以上はエクシードの領域だ。準備はすでに完了している。 後は確実に発動出来るタイミングを探って、勝負に出るだけ。
 三つ目は学習してはいるが、二段階に移行したらしいアストラ・ガレリアンの速度がレイジングハートの予測となのはの反応速度を僅かに上回っている。慣れて来ては いる。だが、補足出来ずにいる。これもエクシードならば対応は難しくない。確定的に撃ち落とせる自信もある。
 四つ目が、今までの三つを補完し補填し少年下士官の血肉にしている。フェイトと同等に高町なのはの戦闘技術の癖等を熟知している紅の鉄騎の言葉は、順応性について は非常に高い才能を発揮するアストラの背中を支えて押し込んでいる。
 ――エクシードでアクセラレータが三段階になる前に決めるのが望ましい。いや、それが最良。
 何度目になるか分からない二十四発のアクセルシューターの一斉解放。なのは自身が手足のように操作している弾頭とレイジングハートに弾幕用に制御を一任している 弾頭が見切られてしまっているのは先刻承知だ。それでも足止めになり、敵の体力を削ぐには最適。【アストラは魔力ではなくて体力を消耗して戦闘している】。 それは戦闘に於いて当然の事だが、戦闘魔導師としては少々間違っている。【魔力が無限でないように、体力もまた無限ではない】。
 アストラが三次元的にステップを踏む。大地を蹴り、ビルの壁を蹴り、アンスウェラーを投擲して空中で不規則に踊る。圧倒的な生物的乱数機動。レイジングハートが その回避方法をアルゴリズム化しようと躍起になっているが、彼女の演算性能を持ってしても見切れない。
 だから高町なのはが見切る。アストラが高町なのはに精通して彼女の動作に熟達しているように、高町なのはもまたアストラの非論理的な無作為機動を知っていた。
 信号機の頂上に着地した敵が、回避機動を採って跳ぼうとする。その仕草と動作と物腰を、なのはは父譲りの動体視力で確かに認めた。
 選択は距離作りの後退ではなく、全速前進。踵を返して、虚空を蹴り飛ばし、ショートバスターの砲塔スフィアを幾つか顕現してアストラへ突っ込む。
 死闘であって私闘である模擬戦が始まって初めて、なのはが自身の意思でアストラへ近付いた。

「っ――うぉう!?」

 高町なのはとアストラ・ガレリアンが交差した時間は一秒以下。そのタイミングで、なのはは零距離に近い距離でショートバスターを行使。
 閃光。爆発。悲鳴。――今!

「レイジングハート! エクシードモード!!!」
『All right my master!!!』

 ――思いを具現化させる杖は思いを貫く槍となり。
 思いを成す為の装束は思いを守る盾となる――。
 黄金の槍と化した相棒を振り抜き、素早く別系統の魔法の術式を幾つか構築。まずは――!

『Sacred Cluster!!!』

 彼の知らない魔法で回避時の選択肢を広げさせ、行動に制限を強いる!
 なのはが撃ち出したアクセルシューターよりも遥かに高密度の魔力弾頭を、その弾道を、地面に落下して苦痛にのた打ち回っていたアストラはどうにか見切る。だが、 回避に成功して安堵すべきところを、彼は慄然として眼を見開く。身体が自動的に防御しようとアンスウェラーを構えていたが、遅い。
 少年下士官のすぐ背後で目標を見失っていた魔力弾頭が爆発した。いや、爆撒した。魔力残滓と衝撃波と伝播し、無軌道な攻性弾頭が三百六十度にばら撒かれた。 まるで空飛ぶクレイモア地雷だった。
 これで魔力を削いで、動きが鈍くなったところを――。

「アァァァァスゥコプタァァァァァァァァ!!!」

 保持用チェーンをリリースしたアンスウェラーを、振り回した。宣言通り、ヘリコプターのローターのように。
 アストラを直撃するはずだった大小の攻性弾頭が巨大な盾となった延長式突撃槍に阻まれ、爆裂する。

『力技で、マスターの新魔法を……!?』

 理には叶っている。アンスウェラーの保持用チェーンの強度がどれほどか推し量る術は無いが、あの巨大な槍を固定して振り回せるほどだ。対物設定の高町なのはの 魔法でも、魔力保護してやれば耐えられるぐらいだろう。そもそも、セイクリッドクラスターは記述開発されて日も浅い広範囲を無差別に爆撃する荒々しい広域射撃 魔法。精度も錬度も火力も、まだまだ発展途上の代物だった。
 しかし。だがしかし、だ。こんな予想も予期も思案も想像も出来ない方法で防いでしまうなんて――!

「そのまま攻撃ィ!」

 砲丸投げの選手のように綺麗に整った投擲フォームで遠心力を満載した突撃槍が放たれる。防御魔法は発動が間に合ったのでラウンドシールドを選定。解放されたエクシードモードの戦慄 すべき出力が防御強度の底上げを行ない、槍身の一撃を易々と弾く。顔の周囲を舞う羽蟲を煩わしく思って手で払い落とすかのような、気軽な動作で。
 少年下士官の気配が変わる。眼に見える動揺と戸惑いと驚愕。それでも前のめりに倒れるような不安定な姿勢で高町なのはへ走り出している。それこそが驚嘆すべき 彼の適応性と順応性。思考よりも本能。理性よりも衝動。エクシードモードの絶対的な出力に恐怖すら感じているかもしれないのに、その足は止まらない。
 その結果は、もはや驚くには値しない。それは時間の浪費以外の何者でもない。
 それは彼に最後の切り札を切らせるだけ。
 どの道――使うのを止められはすまい。
 ここからが本当の高町なのはが始まる。
 そう、今この瞬間から。

「これが私の全力全開!!!」

 自分自身への。振り翳したレイジングハートへの。アストラ・ガレリアンへの――すべてをこの瞬間に出し切る事への、宣誓。
 それに、彼が応えるのは道理であり必然である。

「だったら俺も全力全開!」
『Gear Third 【HEATS】Gat Ready――!』

 結果、身体の中も外もズタズタになって寿命を削ってしまう事になろうと。無理無茶無謀こそ、彼が望むもの。
 これが無事に終わったら、ヴィータやフェベルと一緒に自重してもらうように言ってみよう。――無理だと思うけど。



 血管という血管が拡張され、筋肉という筋肉が膨張して、感覚という意識が研磨され尽くされ、意識という意識が拡大され、その果てにアストラの身体を苛んでいた 苦痛達が脱兎となって何処へと消え去った。違和感は無い。ただ、【中も外も】、すべてが静かだった。少年と少女の間に吹き荒む魔力の突風も暴力の応酬も敵を打倒 する為に氾濫している意思も、稼動しているはずの激情すべてが湖面の如き静謐な存在となっている。
 否。それは違うとアストラは否定をする。
 自分も、この少女も、世界の時間の経過が緩慢に陥っていると錯覚しているのだ。鋭角に鋭利に剃刀のように研がれて集中された意識は、世界と自身を容易に隔てる。
 打撃突撃斬撃。弾かれる妨げられる防がれる。
 射撃砲撃迎撃。避けるかわす逃げ惑う。
 距離を稼ぐ事を止めた高町なのはは、三段階目のアクセラレータを行使して身体を酷使して策戦を実施しても、鬼だった。
 アンスウェラーがカウントを始める。すでに三分が過ぎた。ヴィータがアンスウェラーに施した安全装置が作動するまで残り一分五秒。それが、全力全開となった 高町なのはとの衝突が許される刻。自身がどこまでやれるのか、それが探るに相応しい時。
 高町なのはが前に出て来る。カートリッジシステムが作動し、空薬莢を排撃。三車線道路をまるまる埋め尽くす馬鹿で嘘みたいな破格砲撃魔法が制御解放される。 閃光の壁が怒涛となって迫る。身を屈めて力を蓄えて跳躍。飛び出した空はいつの間にか茜色から星空になっていた。だから向かう空中に桜色の星が煌いていても 不思議は無い。
 三発のアクセルシューターを、アストラは腰を軸にアンスウェラーを横薙ぎにして力任せに破壊する。勢いを殺さず、舞うように保持用チェーンをあの散弾射撃魔法 を発射しかけていた高町なのはへ投擲。すでに予測していたのか、彼女は散弾射撃魔法の術式を維持したまま、プロテクションで保持用チェーンを阻もうとする。

「う・そ♪」

 チェーン先の柄頭が魔力防壁に衝突するか否か、紙一枚を挟むか否かというところで急停止した。この土壇場で。この独壇場で。鋼鉄の緊迫感と鉄壁の高揚感が複雑に 溶け合って張り巡らせた神経が冷静さを保つか崩壊させるか否かの中で、アストラは初歩的な、それでいてこうした純然な力と力が抗効する場面に於いて実に効果的な フェイントを仕掛けた。
 何と狡猾。何としたたか。
 なのはが驚きを露にする為に眉を数ミリ動かしている隙に、アストラはビル屋上の貯水タンクを足場にして、再び攻め込んだ。
 腰に保持用チェーンを巻き付け。
 圧縮して圧縮して圧縮して凝縮して凝縮して凝縮した魔力を徒手空拳へ供給し。
 解除の間に合わないプロテクションへ叩き込む――!
 防壁がぐしゃりと歪んで圧壊。Bランクの陸戦魔導師アストラ・ガレリアン陸曹が、AAA+ランクの空戦魔導師高町なのは准空尉の防御魔法を初めて破った瞬間だった。 だが、彼に歓喜の色は無く、驚きの色は無く、起こって当たり前、そうであって常識であるかのように、アストラは余韻には浸らない。
 破壊の衝撃はそのまま一切の減衰も無く高町なのはへ透過して伝播していた。弾き飛ばされたなのはは路上に右肩から突っ込む。巻き上げられる土砂と瓦礫の数々。 その奥で、地面に突き刺さった姿勢のまま、当然のように空いている左腕でレイジングハートを当然のように握り直し、滞空中のアストラへ最速砲撃を行使する。
 直撃。視界が灼熱で支配される。痛覚だの何だのは強制休眠中なので虚脱感も脱力感も倦怠感も無い。絶頂感も高揚感も殺せはしない。代わりに魔力がごっそり抉られた。
 足で着地するものの、平然と佇むには無理があり過ぎる。膨張した頭の毛細血管が軒並み弾けそうだ。いや、すでに幾つかしているのだろうか。怪我なのか分からないが、 頭部からなかなかの量の出血が起こっている。

『勝負を。我がマスター』

 アンスウェラーが言った。

「だな」

 アストラが答えた。

『あなたは切り札をすでに切っている』

 高町なのはが残骸の中から這い出て来る。

「でも伏せ札は残ってる」

 レイジングハートが桜の翼を広げる。

『何かあると高町なのは准空尉には予測されていますが』

 ――Accelerate Charge System Driver Standby Ready――。

「俺、あの突っ込んで来るデーモンズを殴らにゃならん訳か」

 高町なのはが踏み締めたアスファルトが陥没する。

『終わった時に両腕がある事を祈りましょう』

 翳される刃を宿した黄金の槍。

「てめぇは爺さんと違ってユーモアあるな」
『恐れ入ります』
「……さすがに疲れた。デーモンに挑戦すんのはこれで最後だ」
『結果に関わらず?』
「ああ。もう……十分納得した。結果なんてもう出てるようなもんだろ?」
『はい』
「勝ってヴィータの奴に恩返ししたいし」

 保持用チェーンで鋼の相棒を腰に吊るして両手を徒手とする。
 累計十本の指の間接を一つ一つ鳴らして、解して、握り込む。
 それは、アストラが誇る自慢の武器。誰にも嘲笑させない、届かない場所に到達する為、焼け付くほどに伸ばさなければならない手。
 彼は頼る自慢の相棒を見遣る。アンスウェラーは傷だらけだった。人知を超える膂力で幾度と無く投擲され、高町なのはの防御魔法に突撃を続けた反動が如実に発露 されている。槍身には一瞥で分かる大きな皹の痕跡。中枢機能が搭載されているバンプレート部の宝玉は無事だが、果たしてこの状態で【伏せ札】を切れるのか。

『私はあなたを信じています』

 残り三十秒。

『だから、私を信じて下さい』

 それが。その言葉が。
 かつてレイジングハートが高町なのはに告げた言葉と一言一句違わない事を、彼らが知る事は無い。

『信じてくれるのなら、後悔はさせません』
「とっくの前から信じてるさ。俺はてめぇがいないとチーズバーガーのチーズ抜きなんだろ?」
『その通りです。覚えていらっしゃいましたか』
「デーモン高町はさしずめテキヤキバーガーだな。あの肉厚と濃厚なソース、溢れる肉汁が挟まれたレタスとトッピングのマヨネーズと完全調和……パーフェクト ハーモニーを醸し出しやがる」
『価格にしても味にしても、私が加わってチーズバーガーになったところで勝てませんね。テリヤキバーガーは人気商品ですから』
「……甘いぜ、相棒」

 自慢の拳を打ち込む直前が、相棒の伏せ札を切る最良の瞬間。

「チーズバーガーってのはどこのファーストフード店にもあるだろ? 知名度はこっちが上だ!」
『――その通り!』

 短い深呼吸の後。
 再び無謀な少年と無機質の槍の咆哮が重なる。
 それを真っ向から蹴散らして蹂躙して押し潰して吹き飛ばす轟音を従えて、高町なのはが槍を翳して迫る。
 一歩を踏み込み、迎え撃つ。右の拳を深く深く懐へ引き絞り――!

「翔べェ! 相棒ォ!」

 黄金の槍の桜の刃が、【バンプレートに内蔵された推進器の爆発的推進力で撃ち出されたアンスウェラーの切っ先】と接触する。
 ヴィータのグラーフアイゼンの最強にして究極の姿――ツェアシュテールングスフォルムのブースター・パーツを流用して可能となった、アンスウェラーの単独突撃。
 普通に出すだけでは駄目だった。普通に使うだけでは通用しなかった。付け焼刃で、その場凌ぎで、焼け石に水な結末で終わるのはアストラにだって予測出来た。
 だから今まさにこの瞬間までずっと温存して来たのだ。
 確実に高町なのはに一撃を命中させられると確信出来る時が来るまで。
 閃光。紫電。轟音。振動。衝撃。
 高町なのはの表情は分からなかった。アンスウェラーとレイジングハートの衝突の余波で光が暴れ回り、視界が零だった。相棒の安否を確認する事も出来なかった。
 ――残り十五秒と、相棒が思念通話で教えてくれた。
 最後の一撃となる拳を――光へ向けて放つ。上半身を投げ出すように、振り被って、力任せに、全力で。
 満足な射撃魔法を行使出来ず、武器として鍛えるしか無くて、十三歳の少年のそれとは思えぬほどに硬くなってしまった拳を、高町なのはは、

「はぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!」

 細くてしなやかで殴るという野蛮な行為からはかけ離れているはずの自身の拳で、受け止めた。
 白銀が網膜を覆う。歯を食い縛ってそれに耐えれば、すぐそこに擦過傷だらけの顔になった高町なのはがいた。
 左手に単独突撃のアンスウェラーと拮抗しているレイジングハートを握り、右手で尋常ならざる膂力を得たアストラの拳を阻んでいた。
 フラッシュ・インパクト。本来ならば飛行魔法の高速機動の慣性を生かして圧縮魔力を乗せた打撃を目標に打ち込む近接魔法。加速は無く、圧縮魔力だけで アストラの馬鹿力に耐えていた。

「無茶しやがって」

 残り九秒。

「アストラさんにだけは言われたくないです。アンスウェラーも、アイゼンの部品使うなんて無茶過ぎだよ」
「デーモンズ倒すにゃまだ足りないねぇ」
「だからデーモンじゃないです」

 残り六秒。
 ぶつけ合った拳は動かない。全く動かない。数センチだって動かない。
 不思議な感覚だった。

「わりぃが次のでラストだ」
「はい」
「……サンキュー、高町……!」
「私もです。……ありがとうございました……!」

 死闘でも、これは私闘。礼をされて終わるのは悪くない。普通に考えればどうしたってアストラが頭を下げなければならないところだろうが。
 残り三秒。
 五本の指に力を込めて高町なのはの拳を弾き、槍身を変形させてスクラップ置き場の鉄骨のような様相になってしまったアンスウェラーを両手で掴み、 ステップを踏み。
 まるで損傷痕跡を見せていないレイジングハート・エクセリオンを両手で掴み、同じようにステップを踏み、黄金の槍を振り抜こうとしている高町なのはへ、 意地と魔力と膂力と感謝を込めた一撃を放った。











 八年前、高町なのはとの模擬戦に使った廃棄都市が戦場になった。怒号が交錯し、悲鳴が木霊し、砲撃音が響き渡る。あらゆる雑音が氾濫している。聞き慣れぬ駆動音や耳をつんざく人の絶叫は心地の良いもので はない。
 A+ランクの陸戦魔導師アストラ・ガレリアン准陸尉は、二メートルはあろう巨大な突撃槍を振り翳し、自身も周囲も敵も叱咤して叱責する一喝を上げる。

「いちいち慌てるな馬鹿野郎! 怪我したらすっこんでろ邪魔だ! ミッド式はAM何とかのせいで利き難いのヴィータから教えられただろうが! 近代ベルカ式使える 奴! いたら前出て壁作れ壁! ミッド式は立て直せ!」

 側で負傷していた同僚を小突くように起こして、強化した膂力でゴミ袋を投げるように手荒に背後へぶん投げた後、戦列を乱して無計画に射撃戦を繰り返していた 部下達の頭を片っ端から殴り飛ばし、眼に付いたアームドデバイスを使用している魔導師達の尻を蹴り飛ばして、彼らより先に眼前の質量兵器達へ肉薄する。
 魔力結合を妨害して魔法そのものを無効化する高位防御魔法――らしいが、なのはやヴィータから訓練の時に説明を受けたものの、アストラは今も全く以って理解 出来ていなかった。まぁ、言葉と意味は把握していれば別に原理まで熟知していなくても良いのだが。

「六課のクソガキども以外で、陸士部隊の中で一番ガジェット対策やって来たのはウチだろうがぁ! ケツの穴とフンドシ締め直せ!」

 拳を振り抜き、振り向き様鋭い蹴りを放ち、二メートルの突撃槍型インテリジェントデバイスを投擲する。
 卵を巨大化させて飛行させたような不恰好な質量兵器が爆撒する。その背後に控えていた巨大電球みたいな大型も、中心に風穴を開けて炎に変わる。
 陸士108部隊前線分隊隊長アストラ・ガレリアンは、鬼神のように損害を無視してガジェット達を破壊し続ける。
 青い空を見上げれば、遠くに小指の爪ほどの小さな小さな物体が見える。そこでは砲撃魔法や射撃魔法らしき火線が交差して、爆発が起こっているようだった。

『スターズ01高町なのは一等空尉、同02ヴィータ三等空尉、聖王のゆりかご突入確認。八神はやて二等陸佐が陣頭指揮を取っている模様です』

 空の戦闘状況をアンスウェラーが報告する。

「やっとか。ったく、サッサとあの馬鹿デカいの落とすか止めるかしてくれ! こっちもそんなに保たねぇ!」
『ゆりかご内部には超高密度のAMFが展開されていると予測されます。彼女達でも非常に危険な任務です』
「聖王のゆりかごねぇ。ガキ一人いなきゃ動かねぇ古代の産業廃棄物だろうが。大体な、ガラガラも付けてねぇで何がゆりかごだ!」

 吐き捨てて、苛立ちをぶつけるようにアンスウェラーを操作。保持用チェーンを腰に巻き付けて徒手となり、サンドバックでも殴り飛ばすような手荒さ、無造作さで ガジェット一型を破壊する。魔力結合だか何だか良く分からないが、要は物理的攻撃に対しては通常装甲しか持ち合わせていないという事だ。そんなのは魔法操作が苦 手なアストラには一切関係無い。

『ライトニング01フェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官、聖王教会騎士団らとスカリエッティの拠点への突入を確認。クロノ・ハラオウン提督も向かうとの事です』
「あの白衣変態野郎とスカリエッティが仲良しさんだったんだっけ? あ〜にしても、こういう非常時にもラブラブしそうだな、フェイトとクロノ先輩」
『お姫様抱っこで戻って来そうですね』

 無尽蔵に無作為に徹底的に拳とアームドデバイスのようなインテリジェントデバイスを振り回すアストラに危険を感じたのか、ガジェット達がアストラへ火力を殺到 させた。踊るように回避機動。そこへ空中から航空型のガジェットが無差別な空爆を行う。飛び交う質量兵器。断続的な爆音と衝撃が響き、朽ちた幹線道路を破壊する。 細かな破片が砂塵のように舞った。顔を覆ってそれに耐えれば、仲間の残骸を踏み越えて壁となったガジェット部隊が目視出来た。

『敵戦力増加中。赤外線ロックを確認。――ロックされました』

 淡々とありのままを告げる相棒。
 アストラの顔に浮かぶのは、苦渋でもなければ諦めでもない。
 ――不敵。

「戦闘機人相手してるより、てめぇら鉄屑とやってた方がまだ楽だ」
『この数です。負担的には大差ありません』
「まだ気は楽だぜ?」
『スターズ03スバル・ナカジマ二等陸士、ギンガ・ナカジマ陸曹と戦闘に入りました。同04ティアナ・ランスター二等陸士、戦闘機人三名と戦闘中』

 出来れば避けたかった戦闘報告を、相棒が行った。
 アストラ・ガレリアンの理解者の一人だった元上司の娘達が、殺し合いをしている。その上あの凡人代表が戦闘機人三人と戦闘と来たものだ。

「……くそ、火の車ってレベルじゃねぇぞ……」
『ライトニング03エリオ・モンディアル三等陸士、同04キャロ・ル・ルシエ三等陸士、敵召還士と接触。詳細は不明です』
「チンタラしてらんねぇな! こっちも全力全開!」
『了解……!」

 選定し、行使し、制御し、操作し、手にする魔法は、この八年間、アストラ・ガレリアンを支え続けた魔法。

「こちとらデーモンオブデーモン……ちょっと頭冷やそうかな高町なのはとは、八年前に割と頑張って戦えたコンビだ!」
『現在では全く歯が立ちませんが』
「S+は反則だろうが。とにかく、無事で終われると思うなよぉ!」

 無機物であり意思の無いガジェット達は、射撃の応酬でアストラの啖呵に応える。
 防御手段を講じていなければ肉片一つ残らないだろう弾幕を前に、彼と彼の相棒は、八年前ここでそうしたように――。

『Accelerator HEATS! Gear First 【Double】Gat Ready――!』
「行くぜ相棒ォ!」

 敵へ突撃する――!





 Fin





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 □ あとがき □
 読んでいただきましてありがとうございました。
 手前勝手な話にお付き合いいただきまして本当にありがとうございました。物凄く投げっぱなしな終わり方ですが、割と満足です。
 フェベルとかヴィータとか、もうちょっと書きたかったですが…まぁ、それはそれ。アストラが納得出来たという事で終了です。
 最後のsts系列は完全にお遊びですが、まぁ、ご了承下さい。いやぁ、オリキャラメインは懲りました(汗)。
 重ねて、本当にありがとうございました。





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