根性戦記ラジカルアストラButlerS

破:私が貴方を好きになったワケ ♯.3







 古代遺失物。その起源は古代ベルカの時代に遡る。
 これまで発見された古代遺失物の多くは、その形状や使用方法、目的用途に千差万別はあれど、他者を蹂躙する事しか出来ない代物が殆どだった。
 古代ベルカ時代に産声を上げ、驚異的速度でその勢力を拡大させていった軍需産業の遺物なのだから当然の結果である。次元世界の一つや二つを容易く消滅させてしまう ような大質量の魔導兵器が平然と運用されていた時代に良識を求めるのは無意味だ。
 古代ベルカの時代を生きた王達は、敵対者を如何に簡単に屠り、敵対国を如何に容易く破壊し、敵対世界を如何に無駄無く消滅させるかを思案し、それを実行し得るモノ を国際競争のように競い合って創造していった。かつては夜天の魔導書と呼ばれた『知力の記録書』が、その機能特性のみを残して、使用者に力と絶望を与える『闇の書』 に改悪させられたのも、当時の時代背景を考慮すれば避けられないものである。
 古代遺失物は、今の次元世界に何も齎さない。
 利己のみを渇望した軍需産業の負の遺産は、その九割以上が封印処置をされて然るべき現代の不要物だ。
 ならば、残りの一割は、果たしてどうなのだろうか。
 この九対一の割合は、希望的観測に過ぎない。無限書庫には破壊以外を目的に設計された古代遺失物の情報が極々少量ながら所蔵されている。この割合は、学会で発表 した無限書庫司書長の社会的知名度や信用度から、高い信頼性を持って世論に受け容れられている。
 それでも、聖王のゆりかごのような超大型質量兵器が存在していたのは事実だ。
 この世に現存しているすべての古代遺失物は、人間に災厄しか与えない招かれざる過去からの来訪者。それが忌むべき古代遺失物の正しい認識であろう。
 喩えそれが、『願望機』という二つ名を持つ小さな宝石であっても。



 ☆



 周囲の気遣いが鬱陶しいと感じてしまうのは、この徹頭徹尾捻くれた性格の所為だろうか。仮にそうだったとしても改善するつもりは無いし、改善してしまっては、何 だか自分が自分でなくなってしまうような予感さえする。

「何大袈裟に考えてんだか」

 誰もいない分隊長室。いや、正確には部屋の主であるアストラ・ガレリアン准尉以外の誰もいなくなった部屋である。つい先ほどまで小さな副官殿もいたのだが、今は 二度目のシャワーを浴びに出ている。ブツブツと文句を垂れながら、それなのに顔を微笑みで綻ばせていた彼女と一緒に自分も汗を流して良かったのだが、流石に共同オ フィスを無人にするのは無責任過ぎると思い留まった。
 扉を隔てた先にある前線第一分隊の共同オフィスに部下達が戻る気配は今も無い。一任されたステイシス要撃の事後処理も各陸士部隊と共同捜査を行っているので、そ う手間取るものでもないはずなのだが。
 ともあれ。独りになったアストラは手持ち無沙汰。時間を持て余していた。定期整備中のアンスウェラーが傍にいれば有意義な暇潰しも出来ただろうに。最近妙にその 回数が多くなっている相棒の定期整備は、あの医務官の差し金だろうと舌打ちを隠せない。
 こう周りが静かだと、異変を来たしている身体状況の深刻さが身に沁みて嫌になるのだ。
 混濁する意識。
 霧の中と錯覚してしまう霞んだ視界。
 食欲不振による体力の低下。
 弛緩し続ける身体。
 油断すれば立ったまま眠ってしまう強烈な睡魔。
 もう隠しようがない。自分を偽る事さえ許してくれない身体異常の猛撃は、残り時間の少なさを絶望を以って諭してくれる。

「ここらが限界か」

 幸い、と言っていいのかどうなのか判然としないが、主治医になった口の悪いあの臨時医務官は、まだアストラに時間が残されていると思っているようだが、それは勘 違いであって誤認である。鮮度の高い診察データがあれば読み違える事は無かっただろうが。
 ジュエルシードの捜索をフェベルと細々と続けて来たが、もう文字が読めないほどに視力は低下していた。日や時間によって差異が出るが、今は高解像度の仮想ディス プレイの文字すら読めない。
 そんな自分の身体状態は、分隊の部下達も、本局から長期出向中の女性執務官も気付いている。だからステイシス要撃やジュエルシード捜索の捜査本部が置かれている 陸士108部隊の主力戦力たる前線第一分隊の分隊長であるはずのアストラが、その副官と隊舎で待機となっている。これはゲンヤ・ナカジマ部隊長からの正式な命令だ。
 ステイシスに関しては対策本部を地上本部に移設し、首都防衛隊主導の下であの質量兵器対策が成される方向で進んでいる。すでに一陸士部隊の戦力でどうにか出来る という事態から逸脱しつつあるのだ。無理も無い。
 そこについては疑問も反論も無い。あの対魔導師殺傷用質量兵器は忽然とどこからか出現し、破壊の惨禍を民間区画に齎す。その危険度は野良ガジェットと比較にならない。 責任者が責任を完遂出来ない破綻状況下になる前線分隊を矢面に立てる必要なんて無いだろう。
 このまま何事も起こらなければ、アストラ・ガレリアンは、静かに擱座出来る。
 散々酷使し、また毎日の総点検を怠らなかった自分の身体。あの気に喰わない医務官に言われるまでもなく、所謂『使用限界』が間近に迫っているのは自覚している。

「貯金どんくらい貯まってるかなぁ」

 アンスウェラーが戻って来たら確認させよう。広大な次元世界と言えど、資産管理をインテリジェントデバイスに一任している情けない魔導師は自分くらいものだ。そ の額によってはリッチな病院生活が約束される。自由気ままに趣味嗜好に現を抜かせる。誰にも文句は言われない夢の自宅警備員生活がすぐそこに迫っているとなれば、 そこまで悲観し悲嘆に暮れ悲壮を噛み締める必要は無い。

「………」

 本当に──そうだろうか。
 自分は──養父の遺言を護れたのだろうか。
 後悔は無い。
 だって、今日に至るまで、出来ない事──不可能に挑戦し続けて来たのだから。限界に喧嘩を売り続けて来たのだから。
 こんな生き方をした事に、悔いは無かった。

「……本当か、俺」

 祖父オペル・ガレリアンの命日にアンスウェラーと交わした問答が脳裏で反芻される。
 それはもう一人の自分からの詰問。
 ──後悔はしてねぇし、まぁそこそこ今には満足してる。
 満足。この結果に、果たして自分は満足をしているのか。本当にそうなのか。アンスウェラーにそう言った時は確かな充実感が胸の中にはあったのだ。だからそう言えた のだ。
 他人と違う生き方を貫き、我を通して来た自分の軌跡。周囲との摩擦や軋轢は避けられなかったこれまでの道のり。自分の歪みを矯正するなんて不可能だった二十数年間。
 アストラの生き方は、それほどまでに無謀だった。
 振り返れば、自嘲の笑みを堪え切れない酷い道筋である。
 祖父の墓の前で満ち足りた気持ちになれたのは、錯覚だったのだろうか。そんな事を考え始めている自分。顔の筋肉が硬くなってゆくのが分かった。

「──嘘、って訳でもなかったんだろうけど」

 覚悟はできている。
 後悔はしていない。
 でも。
 充足感に満たされて、魔導師としての人生に幕を下ろせる自信が無かった。
 結果が、何も無いのだから。

「……高町の奴にも追いつけなかったしなぁ」

 追いつけるはずもなかった。そんな事は、あの黄昏時の放棄都市を戦場とした私闘で痛感したではないか。今では正真正銘雲の上の人間だ。かつて四分限定でほぼ互角の 戦いが出来たなんて自分でさえ思えない。
 いや。魔導師としての実力の差なんて、本当は瑣末な問題でしかないのだ。そこに価値を見出すのは無意味な事だと随分前に唾棄した。そんな下らない表面上の物差しに 用は無い。
 彼女と同じ生き方をすれば、もしかしたら、肩を並べられるかもしれないと淡い希望を暖めていた。
 勿論あの白い魔導師はアストラのように誰かからの束縛を受けている訳ではない。
 しかし、自分を貫くという一点に於いては変わらない。
 だから実力差は埋められなくとも、彼女のような誇りある生き方が出来て、誰かに何かを残す事が出来るのではないのかとずっと思っていた。
 でも、駄目だった。
 これが、アストラ・ガレリアンの限界なのだ。
 この結論に至るまでの行程には何の悔いも無かった。達成感すら湧いていた。解放感さえ芽吹いていた。
 けれど──結果が、無いのだ。
 結果が欲しい。
 晴らす事の出来ない後悔に心を蝕まれて逝ってしまったオペル・ガレリアンの遺言を自らの哲学とし、享受し、貫き通した証明が欲しい。出来ない事に挑戦し続け、後悔 をせずに今日まで走り続けて来た事が『無駄』ではなかった確信が欲しい。
 それが無いと、間近に迫っているだろう引退後に自分を待っているのは、精神の緩慢な壊死だけだ。

「でも、結果って何だろうな」

 それさえ分からない。我ながら前進のみで突き進んで来た局員生活ではないか。なるほど、自分は狂っていたのかもしれない。望むモノが何なのか分からないまま走り続 けていたのだから。
 耐えられずに苦笑していると、共同オフィスと分隊長室を隔てている扉が開き、フェベルが戻って来た。湿り気を帯びた黒髪に薄く紅潮した頬が艶っぽく、アストラの意 識が少しだけ覚醒する。二度目のシャワーを浴びた理由も関係しているのだけれども。

「わりぃ。身体的に二回戦は無理」
「わ、私だって無理ですよ。というかですね、アストラさん、ちょっと乱暴でしたよ?」

 咎めているはずなのに、幼馴染の声は弾み、その表情は明るい。
 眩しかった。ただただ、彼女が眩しかった。

「お前だってがっついてた癖にいたたたた! 耳引っ張るなもげる!」
「もげろ! 女の子にそういう事言いますか普通!」
「事実を口にして何が悪い!? つーかお前、未だに自分を女の子って言うか!?」
「世の中には十九歳で魔法少女って断言するアニメがあるって言ってたじゃないですか。ほら、私達はお仕事に戻りましょう。オーヴィル曹長さん達はまだ外で頑張ってる んですから」
「ジュエルシードは足が生えてどこかに旅立ちました。もうこれで良くね?」
「良い訳ないでしょう! アストラさんもシャワー浴びて来て下さい。眼を醒ますのです!」
「つかお前本当に鈍いよなぁ」

 フェベルがアストラを椅子から立たせようとその腕を引っ張る。苦笑しながら渾身の力で立ち上がり、櫛を通しただろう癖の無い綺麗な黒髪を乱暴に撫で回す。喘ぐよう な悲鳴を上げて、けれど、気持ち良さそうに無骨な掌の下で嬉しそうにはにかむ。

「何が鈍いんですかもー」
「いやもう全般的に」

 部隊内の殆どの局員が程度の差こそあれアストラの体調不良に気付いているというのに、最も距離の近いフェベル・テーターだけが感知していない。二人きりでいる時間 が長過ぎたのか。それが恨みがましくも感じるし、有り難いとさえ思う。

「じゃ俺もシャワー浴びて来るから。出て来るまで書類チェックやっててくれや」
「丸投げ反対。半分はやってあげます」
「上から目線の副官を持って俺は幸せだよ」
「そうです。こんな理解のある副官がいてアストラは幸せです」

 上目遣いで見上げて来たフェベルは満面の笑顔だった。何を寒い自画自賛をしているのかと苦笑しながら辛辣に思う。
 理解。今の自分の状態を知っても、こいつはこの笑顔を絶やさずに傍にいてくれるだろうか。馬鹿だの阿呆だの考え無しだの聞き飽きた悪態を撒き散らして、でも、最後 にはガラクタに成り下がった自分を受け容れてくれるだろうか。
 そんな疑問は、直後に願望になる。切望になって懇願になる。
 フェベルには、いつもの馬鹿をやった後みたいに、耳障りの良い小言を言いながら、受け容れてもらいたい。今更結果を求めている愚か者の自分を、許して欲しい。
 机上の仮想ディスプレイが鳴る。
 通常音ではなかった。事件発生を告げる鋭い電子音。不明瞭な視界に構わず、キーボードに指を走らせ、雑に応答する。最低の消費電力で待機中だった仮想ディスプレ イに光が灯ると、インカムを付けた少女局員が浮かんだ。顔の細部までは判別できなかったが、確か新人で構成されている前線第四分隊の後方支援組の三等陸士だ。名前 までは覚えていない。

『良かった、通じた……!』

 安堵の呟きを吐き、少女は土気色の顔を穏やかにする。
 アストラには、やはり細かなところまで少女局員の表情が分からない。しかし、口調と声の響きから判断は出来る。
 極度の緊張から解放された気配。声の端々には、それが滲んでいる。

「前線第一分隊のガレリアンだ。只今部下共から軟禁されて暇を持て余していた准尉だが、何があった?」

 意識して軽口を叩いてやる。第四分隊は隊長を除く隊員すべてを新人で纏めた部隊だ。人材育成の一環だが、技量は半人前で経験はこれからつけてゆく段階の彼らは、 第一から第三までの分隊の支援を主な業務内容としている。
 だが、最近は事情が違う。主力である第一分隊がステイシス迎撃やジュエルシード捜索に忙殺されている為、新人部隊には荷の重い任務も回されていた。今日は確か──。

『違法魔法研究の容疑で広域手配中の被疑者を警邏中に発見、確保しようとしたんですが、例の質量兵器が……!』
「それならリーンさん達がさっき下水処理所で破壊して」
『違います、それとは別にもう一機出たんです!』

 少女局員の悲鳴がフェベルの返答を引き裂く。
 直後に割込で通信回線が接続される。通常のネットワーク回線からは独立している緊急用の音声専用回線。分隊長クラス以上でなければ使用に必要なアクセス権限を持っ ておらず、これが用いられる時は大抵ロクでもない事態がどこかで展開されている。
 sound onlyの文字が浮かぶ二つ目の仮想ディスプレイが表示され、クリアな音声が耳朶を打つ。

『ガレリアン。ナカジマだが聞こえるか?』

 低く渋みのある声音。聞き慣れたそれは部隊長ゲンヤ・ナカジマのものである。

「こちらガレリアン。感度良好、問題無いっす。ナカジマ部隊長」
『よりにもよってお前しか残ってねーのか……』
「すいませんね、ゲームとプラモと二次元が大好きなオタ分隊長しか残ってなくて。第二は隣の107部隊の応援で、第三は別件で動けません」

 落胆が色濃く滲む発言に、フェベルが気難しい顔になる。無論、ナカジマ部隊長は不良局員のようなアストラしか戦力として残っていない事に失望した訳ではない。 アストラもそんな事は把握していて軽口で応えている。
 油の切れた機械と何ら変わらない身体に成り果てつつある陸戦魔導師。戦力として期待を持つ人間の状況判断能力は致命的だ。

『フォスター医務官とロイド嬢は?』
「あの二人はステイシス迎撃から戻った直後です。デバイスもメンテでしょうし、俺が出ます」
『馬鹿を言うな。お前さんは』
「ステイシスは新人共の第四分隊じゃ対応出来ない。揃って皆殺しだ。おい三等陸士、状況は」
 対魔導師用に特化したあの質量兵器の破壊性能は、初動対応した陸戦魔導師として熟知している。AAAクラスの魔導師でもミッド式ならば苦戦は必須。近代ベルカ 式であればかなり有利に戦線を展開出来る。第四分隊の新人隊員にも近代ベルカ式の行使者はいたが、あの貪欲な破壊衝動で稼働する質量兵器を前にすれば間違いなく尻込みするだろう。
 躊躇している暇は無い。
 フェベルが動く。アストラの電子端末から三等陸士の少女が通信を送っている地区を割り出す。

『ぶ、分隊長が支えてくれています。でも、負傷者が多くて……! 他の陸士部隊にも救援を要請していますが、到着まで保ちそうにありません!』
「現場は第十三地区です! 車なら二十分で行けます!」
「そんな近所、走った方が早ぇーよ。フェベル、現場の詳細はアンスウェラーに回せ」
「ア、アストラさん!? 走るって!?」
「車っても、今日は週末の真夜中だ。道路関係は揃いも揃って混雑。車輌じゃ余計に時間もかかる。十三地区は品のねー歓楽街だから、迷ってる時間の分だけ民間人が 死ぬ。アクセラレータで強化すれば、輸送ヘリより速く行けるぜ。おい、分隊長に後十分凌げって伝えろ」
『は、はい!』
『おいガレリアン!』

 非難するような部隊長の声を振り切って、アストラは分隊長室を飛び出す。まずは技術課に預けている鋼の相棒の回収だ。
 もしかすれば、これが最後の出動で、陸戦魔導師としての最後の戦闘になるかもしれない。

「グランセニックみたいに死亡フラグを叩き折りたいもんだけどなぁ」

 生命力が希薄な身体に鞭を入れ、アストラは隊舎を駆け抜ける。



 ☆



 一度荒事が発生すれば、フェベルは後方支援として情報管制の任務に就く。本局から次元航行部隊への異動話が来るほどの情報処理能力を存分に発揮して前線第一分 隊を支える。特にアストラとの連携は他の追随を許さない。何も介さずに意思疎通が成立する。正しく以心伝心。
 アストラの事は、彼の相棒たるアンスウェラーよりも心得ている。
 それは自負であり、確信であり、自信だった。
 それらが、何故か胸を苛む。
 それは、唐突に生まれ出た不吉な気配だ。何の根拠も無いそれは、嫌な予感。悪質な憶測である。第二のステイシス出現でにわかに浮き足立つ廊下を疾駆して行く青年 の背を、何故かは分からないが、止めないといけない衝動が湧き起こる。
 けれど、一度走り始めた彼を止められる者はいない。喩え自分の懇願さえ、アストラは聞き容れてはくれないだろう。
 夢中になるモノを見定めて、どんな障害があろうと喜び勇んでそれを破壊して乗り越えて、自分のやりたい事を我武者羅に貫き通す。その生き方、それを実行している 時のアストラ・ガレリアンに、フェベル・テーターは心を奪われ続けて来た。だから止めるつもりなんて今まで一切起こらなかった。咎める事はあっても、抗議する事は あっても、無理だと断じる事はあっても、否定する事だけはして来なかった。
 でも、今は──。

「フェベルちゃん! あの馬鹿は!?」

 本日二度目のステイシス出現の報告は、けたたましい警報と同時に隊舎全域に成されている。にわかに浮き足立つそんな空気を引き裂くようにして、強い怒声が飛んで来た。
 ラナ・フォスター医務官がフェベルの眼前で足を止める。荒い呼気を肩で行いながら、彼女は乱暴にフェベルの二の腕を掴み、鼻先が翳む距離まで顔を近付けた。
 視界を埋める同僚は、今まで見た事の無い形相だった。そこに浮かぶのは、疲労と焦燥と憤激。

「アストラは!?」
「ス、ステイシス迎撃に、今」
「っ……! どうして止めなかったのよ!?」
「だ、だって、あれが第十三地区に出たんですよ!? 近隣の陸士部隊としても迎撃に出るのは当然で」
「あいつ、次にアクセラレータ使ったら再起不能になる可能性があるの!」
「……は?」

 再起、不能──?

「最近のあいつの睡眠障害はアクセラレータの後遺症! ステイシス要撃任務から外したのは、そんな爆弾抱えた隊員を現場に出さない部隊長の判断! ったく、何の約 束だから知らないけど、そんな半分危篤状態の人間を働かせておくなんて、頭イカれてるわ! こういう事態だって予測出来たじゃない……! あたしもそうだけどさぁ……!」

 睡眠障害。極限身体強化魔法。後遺症。半分危篤状態。

「何で一番距離の近いあんたが何も分かってないの!?」
「分かってないって……え? は? あ?」

 ラナの容赦の無い罵声が把握出来ない。ラナの発露されるその感情が理解出来ない。
 両の頬を挟み込まれる。逃げ場も無く、同じ女性なのかと疑いたくなる膂力を発揮するラナに、フェベルは心の底から恐怖を懐く。それほどまでに彼女が剥き出しにした 苛立ちと焦燥が溶け合った激情は苛烈だった。シャワー室で無駄話に華を咲かせたのは二時間も前でもないのに。

「不本意極まるけど、あたしはあいつの主治医よ。個人的には人様の配慮を当然と思って無碍にしてる野郎なんてどうでもいい。生きて欲しいって思う人達の想いを知ってて自分の命を軽視する奴に生きてる資格なんて無い」
「ラナ、さん」

 錯乱を極める脳味噌が、その片隅で思い至る。
 そういえば──この臨時医務官の過去を、自分達は殆ど何も知らない。
 この今すぐフェベルを射殺してしまいそうな鋭利過ぎる眼光を放てる理由を、知らない。
 ラナがアストラを過剰に毛嫌いしている理由は、もしかして──。

「でも、ここであいつを見殺しにしたら、あたしは主治医として失格する」
「………」
「あんたも来なさい、フェベル・テーター一等陸士。あいつを止めるには、あんたが必要だわ」

 そう言って、ラナ・フォスターは有無を言わさずフェベルの腕をひっ掴み、走り出した。






 Continues.










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