根性戦記ラジカルアストラButlerS

破:私が貴方を好きになったワケ ♯.4







 日付を跨いだ時間。
 週末の真夜中ともなれば、街の喧騒は東の空が白を帯び始めても途絶えない。歓楽街なら猶更である。益々の覇気を纏う頃と言えるが、こうした絶えない活気に乗じて行われている犯罪行為──法に抵触する薬物や物品の違法取引が最たる例──も活発になる為、陸士部隊の隊舎には平日とは違う質の緊張感が漂う。
 担当区画に猥雑な歓楽街が入っている陸士部隊の週末は、必ず何かしらの荒事や事件が発生する。何事も無く朝を迎えられた試しは無い。
 ただ、この日は違った。
 少なくとも、事務官として長く108部隊に在籍しているエル・アテンザは、異質な空気を感じていた。盲目の影響で他人より鋭敏に育った感覚が、違和感を捉えて離さない。

「なんだろうね、L2U」
『第十三地区に出現した例の対魔導師用質量兵器に関する混乱かと思われます』

 最初はエルもそう考えた。担当区画の繁華街に、例の神出鬼没な質量兵器が出現したのは数時間も前だ。だが、それも陸士108部隊が保有している最大戦力の前線第一分隊が既に鎮圧済みである。人的被害を考慮し、近くの下水処理場で破壊したという報告は、エルも鎮圧任務に従事した局員達から口頭で受けている。

 本局から別事件で出向している執務官リーン・ロイド。
 臨時医務官として同じく出向中のラナ・フォスター。
 彼女達の活躍で、破壊の惨禍を降り撒く古代遺失物の一種は殲滅されている。

「他に何かあったのかな?」
『そう思われますが、108部隊のサーバにそれらしい情報は確認出来ません』
「二機目のステイシスだったりして」
『その場合、早急に近隣部隊、また首都防衛隊へ直接支援を要請するべきでしょう。ロイド執務官とフォスター女史のフィジカルと各デバイスのコンディションレベルは良好とは言えません。ガレリアン准尉が出動可能なら、鎮圧も可能でしょうが』
「冗談だって。あんなのがポコポコ出て来られたら堪ったもんじゃないよ」

 冗談の通じない長年の相棒に苦笑する。

 ステイシスに関する報告書は、ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐直属の事務官──要するに秘書官だ。最近下った辞令で、自慢出来る昇進である──という立場なので、一通り眼を通している。
 ミッドチルダの魔導師を専門に狩る冷酷無比の質量機動兵器。そうした類はガジェット・ドローン達も含め、かなりの数が古代遺失物として管理局に回収されている。その中でも、ステイシスのカタログスペックは上位に入るが、問題は性能ではない。転移魔法を使っているとしか思えない神出鬼没さが、最大の脅威だ。
 あんな物が矢継ぎ早に出現したら、近隣地区は壊滅だ。鎮圧が間に合わない。
 欠伸を噛み殺しながら通路を進んでいると、目的地だった装備課のオフィスに到着した。技術課とも呼ばれており、部隊内のデバイスに関するすべてを担当している部署だ。
 昇進したと言っても事務屋である事に変わりないエルは、盲目という障害をL2U──インテリジェントデバイスで補っている。かつて世話になった執務官から贈られたオンリーワン・デバイスが己の不調を訴えている為、診てもらいに来たのだ。

「今度クロノ君に直接診てもらう?」
『彼が多忙でなければそうしたいところですが。私を創った当時も彼は多忙を極めていましたが、今は輪を掛けてそれどころではないでしょう』
「そう言われると弱いなぁ」

 そもそもインテリジェントは互換性に欠ける。オンリーワンと言えば響きは良いが、統一規格ではなければ整備は煩雑になるのだ。最悪、不調を改善出来ない。それでも、この装備課の局員達の腕は確かなので、今は一児の父親もやっているL2Uの開発者を頼らずに済むだろうが。

『それに、私が長期整備に入った場合、誰がマスターの補佐を行うのですか?』
「んー。まぁそこは気合で?」
『何をガレリアン准尉のような非現実的な事を言っているのですか。とにかく、今は簡単なメンテナンスだけで充分です』

 まったく。頭の固いデバイスだ。そういうところは、もしかしたら、開発者に似たのかもしれない。ただ、108部隊が抱える最大の問題児と同一視されるのは頂けない。あそこまで行き当たりばったりではないつもりだ。
 そういえば、アストラは大丈夫だろうか。部隊長やフォスター医務官の話を聞く限りでは、今すぐ聖王教会の医療機関に放り込んで、徹底検査の後に徹底治療させるべきだと思うのだが。
 そんな思索をしながら、閑散としたオフィスを見渡す。自分と同じように欠伸に耐えている男性局員を発見。声を掛けようと近付くと。

「よーエル。こんな時間まで仕事かー?」

 耳元で聞き知った声音。視線を巡らせると、息を荒くしたアストラ・ガレリアン准尉がいた。

「仕事熱心だな。そんなのだと、モテキを逃すぞ」
「ガレリアンがそれ言うと説得力あるなぁ。フェベルは? 一緒じゃないの?」
「なんだよそのワンセット」

 唇を尖らせたアストラは、何も答えない。眠そうな装備課の局員の頭を小突き、手荒に用件を伝える。エルは割り込まれるような形だったが、不満を言う前に、違和感に遭遇した。
 アストラの声音と口調。そして荒い呼気。鋭敏な感覚は、そこから幾つかの情報を取得する。
 焦燥。揺れる声と何かに耐えるような口調からは、焦りの匂いがする。荒い呼気が発露するのは余裕の無さ。それは時間的なものでなく、もっと別の何かだ。
 そしてもう一つは──なんだろうか、これは。

「覚悟?」

 呟いた横で、アストラは要求した装備品──突撃槍型インテリジェントデバイスを受領する。それもアクセサリを模した待機形態ではなく、通常のデバイス形態で。
 三メートルを超える槍身は、室内で振り抜くには、あまりにも規格外の体躯。

「行くぜ、相棒」
『何処までも。我がマスター』

 端的で、無駄の無い、簡潔な意思疎通。
 華々しさも、力強さも、覇気も無い。
 淡々と、粛々と、滔々と、一人と一機は言葉と意思を交わした。
 いけないと、頭の中で誰かが警報を鳴らす。
 隊舎の中に充満している違和感の正体は、先のステイシス邀撃とは違う別の事件が発生させたものだろう。そしてアストラ・ガレリアン准尉は、その事件の対応に出動する。陸士108部隊前線第一分隊分隊長として、本来やるべき任務に従事する。
 何も無ければ、それは当然の選択。当然の行動。
 けれど、今のアストラには、何かが在る。
 極限身体強化魔法の代償。ガラクタに成り果てた身体。本当は、もう動けない筈の死体も同義な身体。それで、一体何をするつもりだ。

「ガレリアン! 駄目だ、君は──!」
「エル、一応首都防衛隊に連絡入れといてくれ」

 ぽんっと、肩を叩かれる。

 振り返ってその姿を追おうとした時には、アストラの姿は何処にも無い。
 もう走る事だって苦痛の筈なのに。

「そんな身体でどうするつもりだよ、ガレリアン」

 L2Uの整備はお預けだ。踵を返したエルは、上司たる部隊長の下へ急いだ。



 ☆



 通路を駆けながら専用のバリアジャケットを構築する。
 目指した場所は屋上で、そこには誰もいなかった。
 煌く摩天楼が眺望出来た。自動車のテールランプが一定方向に規則正しく流れ、街灯やオフィスビルの明かりがそこかしこで溢れている。住宅街から距離がある陸士108部隊隊舎の周辺は、光の濁流が衰えない。
 自動車の駆動音をはじめとする都市の雑音が夜風と共に頬を撫でてゆく。
 自分は、この風を、また感じられるのだろうか。
 これは感傷だ。らしくもないセンチメンタリズム。今更結果を欲してしまった自分を、もう一人の自分が嘲笑している証左。同時に、躊躇いでもある。
 この術式を、紡いでしまっていいのか。
 そんな逡巡は一瞬で。
 こんなガラクタの身体でまだ先のある新人魔導師達を救えるのなら。

「最後は災害救助やってた爺さん宜しく、人助けといきますか」

 鋼の相棒は何も応えない。
 だから紡ぐ。詠うように。

「我は突撃す超人。我は突貫す鉄人。刹那の間、我は欲す」

 慣れ親しんだ術式。床に走るミッドチルダ式魔法陣。稼動を示す円運動を始めたそれは、紅光色の魔法光の飛沫で周囲を淡く満たし、口頭詠唱による撃発音声の完遂を渇望している。

「我は猛攻の狩人。我は猛襲の獣。すべてを粉砕し、足元に平伏させる──奇跡を、起こせ」
『Accelerator HEATS Gear First 【Double】Gat Ready』

 魔力操作による人体改造は刹那で終わる。敵対者殲滅に障害となる全身体機能が臓器や生理現象も含めて強制休眠され、人体が戦闘に特化する。幾つかの血管が膨張した筋肉への血液循環速度に耐え切れずに破裂。弾けた毛細血管から滴り落ちた血液がこめかみを伝い、頬を流れる。
 これを不敵に舐め取る事が、極限身体強化魔法アクセラレータの完成を祝福する儀式。
 アストラは、それをしようとして、でも、やめた。
 酷い倦怠感とストレスに晒される意識が、身体の全不調が霧散している事に気付く。勿論消えた訳ではない。機能不全を起こしている身体機能の大部分が戦闘に不要とされる箇所だった為、アクセラレータの効果で強制休眠させられているだけだ。魔法効果が切れた瞬間、果たしてどんな逆流が起こるのか、見当もつかなかった。

「マジで死ぬかもな」
『それが、我がマスターの終着地です』
「そりゃ人間誰だって最後は死ぬだろ」

 苦笑しながら、アストラは跳んだ。蹴り飛ばしたコンクリートの床に放射状の亀裂が走る。
 跳躍ではなく飛翔。七十キロ強の身体は暴風のような風の抵抗を真正面から切り裂き、側のビルの屋上に着地。同時に再び跳躍。時には壁を走って、蜘蛛のようにビルの間を移動する。

『我がマスター』
「なんだよ」

 ネオンの情景が、濁流となって後方へ流れてゆく。一歩間違えれば大事故に直結する無謀な移動の最中でも、アストラの口調は緩やかだった。

『私は、我がマスターの行こうとする道を照らす事が出来たでしょうか。我がマスターの心を守り、歩む為のすべてに成り得たでしょうか』
「当然だろ。てめぇがいなきゃ、俺はここまで来られなかった。今日まで自分を貫けなかった。感謝してるぜ、アンスウェラー。ありがとう」
『素直な我がマスターは薄気味悪いですね。いつもの軽口はどうされたのですか?』
「てめぇと一緒に戦うのもこれが最後だと思うとよ。俺だって色々思うし、色々感じるさ」

 魔力で保護、強化されていた聴覚が、足元のネオン街から異質な音を拾う。普通では有り得ない騒音。微かな怒号と悲鳴が入り混じる。消火車輌や緊急車輌が発する警報音が西から聞こえた。それらを切り裂くように、腹に直接訴えるような重い砲撃音が来る。
 ネオン街も姿を変えた。オフィスビルが形を潜め、雑居ビルが所狭しと立ち並ぶ猥雑な様相を呈して来る。色取り取りの仮想掲示板が狭い夜空に浮かぶ様は煩雑として纏りが無い。近代都市を体言しているクラナガンでも、こうした品に乏しい街は少なくなかった。人も物もその流通の中心にある巨大都市なのだから当然だ。
 そんな雑多な歓楽街の空気が、今日は違う。足元に視線を投げれば、目立った混乱こそ無いものの、多くの人間達が一様に困惑した顔で右往左往している。秩序が保たれているのは、現場からそれなりの距離にある所為だろうか。

『第十三地区に入りました。敵質量兵器ステイシスを補足。前方一時方向。距離二千』
「第四分隊の連中は?」
『詳細不明』

 第四分隊は新人育成を主要任務として新設された分隊だ。分隊長を除くバックスも含めた全部隊員が新人となる。第一から第三までの分隊の補佐に回り、最近になってようやく本格稼動に至った訳だが、警邏任務中に対魔導師用質量機動兵器を遭遇とは運が悪過ぎる。満足な交流があった訳ではないので、分隊長以外は顔も名前も殆ど知らない。分隊長も、他の部隊から分隊新設の話で出向して来た陸戦魔導師である関係で、まともに話もしていない。

「生きてろよ」

 それでも仲間だ。
 何が何でも助ける。
 こんなガラクタの身体で、明日のある新人達を助けられるのなら。
 それも、一つの結果だ。
 ガラクタの身体に鞭を打つ。鈍い精神を叱咤する。品の無い雑居ビルの屋上と壁を蹴り飛ばして、敵との距離を詰め続ける。眼下に広がる猥雑な街路を、大量の民間人達が一定の方向へ流れて行く。脇目も振らないその姿には鬼気迫るものがあった。
 聴覚が爆音を捉え、触覚が微かな熱を帯びた風を感じた。敵との距離が近い。そう思った時。

『ステイシスを捕捉。敵射程距離圏内』

 歓楽街の一角は、戦場だった。ビルは基礎から掘り起こされるように薙ぎ倒され、車輌が仰向けに転がり、破裂した水道管から大量の水が垂れ流されている。数十メートル四方が徹底して破壊され、埋設されていた送電施設が紫電を纏って火の海を化していた。
 人命を容易く食い尽くす炎の中に、アストラは相棒の報告通りの物体を目撃する。人型と称するには些か無骨過ぎるシルエットが、炎の光に照らされ、陽炎のように揺れていた。
 ずんぐりとした意匠。潰れたような皿型の頭部。針金の如き細身の脚部と腕部。
 機体の随所には、戦闘の痕跡が認められた。あちこちの装甲が剥離し、駆動部が露出している。火花を散らしているが、その動作は滑らかさを保ったままだ。損害状況は見た目以上に軽度なのか。各種兵装を懸架する肩部の兵装ハードポイントには、アストラがこれまで相対した同機には見受けられなかった正体不明の機材が接続されていた。

「第四小隊の連中は!?」

 最後のビルの壁を足場にして、アストラは全力で跳躍する。風を切り、敵質量兵器の頭上を飛び越え、その背後へ着地。ステイシスも反応するが、搭載されている粗悪なセンサーは火災が発する熱で機能不全を起こしているらしく、潰れたような頭部を巡らせるだけで、足元のアストラを捕捉できていなかった。

『照合中──全隊員の生存を確認。分隊長との通信回線確保。接続しました』
「陸士108部隊第一分隊のガレリアンだ! 無事か!?」
『っ……! ガレリアン、准尉!? どうして、准尉が!?』

 低く渋みのある声は、四十代の中年男性を連想させた。実際、第四分隊の分隊長はそれくらいの中年三等陸尉である。アストラは彼の名前も覚えていない事に一抹の罪悪感を覚えながら、力を蓄えるように身を屈め、超重量突撃槍のインテリジェントデバイスを握る。

「あんたの部下から救援要請貰ってな。ここは俺が引き受ける、あんたは部下連れてとっとと離脱しろ!」

 ステイシスの頭部センサーがアストラを捉える。鋭敏化した聴覚が、敵頭部センサーに内蔵されたカメラのモーター音を拾った。淡々と駆動するカメラが、人間の瞳孔が開くようにレンズの口径を最大にする。
 標的をそれに設定して。アストラはアンスウェラーを横薙ぎに一閃。人間の反射神経では到底回避不可能な一撃を、しかし、ステイシスは鈍重なシルエットからは想像も出来ない敏捷さで回避した。背後へ大きく跳躍して背部の推進ユニットを点火し、細かな残骸を吹き飛ばす揚力を獲得。華奢な両腕を振り抜き、鋭く接続音を鳴らした。
 直後、発砲。
 落雷の如き騒音を撒き散らして、下腕部に内蔵されている銃口から大量の魔力弾が掃射された。強烈なマズルフラッシュ。空薬莢の代わりとなる魔力残滓がステイシスの背後に流れ、濃密な霧となる。
 濁流めいた射撃が、回避行動に没頭したアストラの軌跡を抉る。正確無比の照準。一つの判断ミスが、半秒の逡巡が、須らく死を招く武力行使。
 ──おかしい。こいつは──。

「おい相棒! こいつの射撃ってどっちかてーと制圧射撃じゃなかったか!? こいつ、的確に狙って来るぞ!」
『状況確認中。我がマスター、二十秒稼いで下さい』

 対魔導師用に過剰な機能を搭載するこの古代遺失物の弱点は、センサー系統の脆弱さだ。アストラの接近を感知出来ていなかった本機も、同様の欠陥を抱えているのは間違いない。しかし、制圧機能に特化している筈の射撃性能が異常に高い。アストラのデタラメな機動を確実に追随している。
 何よりも、アストラの本能が警告を発している。これまで破壊したステイシスと同様に対処するなと。

「了解だ! そっちは頼むぜ相棒!」
『第四分隊分隊長テイパー・ステンバック三等陸尉殿。申し訳ありませんが、貴官が使用しているストレージデバイスとのデータリンク許可をお願い致します。それから、口頭で結構ですので、このステイシスに関する情報提供を求めます』
『あ、ああ。警邏中に違法魔法研究の容疑で広域手配中の被疑者を発見し、これを確保しようとした瞬間に出現してな。……ああ、そうだ! お前達は民間人の避難誘導に向かえ! 応援が到着するまで、俺達以外に市民を護れる者はいない! さぁ行け!』

 通信機を介入し、第四分隊の隊員達の返事が銘々に聞こえて来る。どうやら新人達は全員無事の模様だ。満足な実戦経験が無い中で、ステイシスを相手に良く頑張ったものだ。

「やるじゃねぇか、第四分隊!」
『期待の新人共だ、誰一人やらせはせんさ! それよりもガレリアン准尉、そのステイシスはセンサー系の脆弱性はそのままだが、火力の増加と火器管制の精度向上が認められる! 装甲材質も堅牢な上、接近戦闘にも対応しているから無闇に近付くな! 准尉のデバイス、今そちらとデータリンクしたぞ!』
『確認しました』
「相棒! スペック推測!」
『データ上の機体と比較し、運動性、反応速度、総合火力、すべてに於いて三十パーセント以上の性能向上が認められます。肩部兵装ハードポイントに懸架されている正体不明の機材は制圧兵装の一種と推定。脅威度は未知数です』
「意見が合うな! キナ臭いぜ、こいつ!」
『肯定。非常に危険です。即時撤退を推奨します』
「出来ると思うか!? つーか、すると思うかこの俺が!?」
『否定。ここが我々の最後の戦場です。首都防衛隊や他陸士部隊に制圧の手柄を譲るつもりは毛頭ありません。華々しく有終の美を飾るとしましょう』
「流石。分かってんじゃねぇか、相棒──!」

 肩部に懸架されている機材──広域制圧用飛翔兵装モジュールを連想させる箱型が微細な魔力反応を示している事が気になるが、使われる前に破壊してしまえば問題無い。敵が機体性能を三十パーセント上げたのであれば、こちらも身体機能を三十パーセント上げれば済む話だ。
 アクセラレータのギアを二段階目へ。

『Gear Second 【Action】Gat Ready』

 頭蓋の何処かで嫌な音がする。幾つかの臓器が萎縮した果てに健全な機能を失った音がする。背筋の激痛に、極限身体強化魔法が三段階目に達した時、背骨が折れる確証を得る。

『待て、ガレリアン准尉! 私も詳しくは聞いていないが、君は身体に大きな不調を抱えているのだろう!? 無謀な真似はやめるんだ! 時期に首都防衛隊が来る!』

 答えたかったが、答えられなかった。吐血が止まらない。まだ被弾一つしていないのに。何処の臓器が潰れた。この出血量からして、確実に消化器関係だろう。生き残ったとしても、これは相当な食事制限が敷かれそうだ。これで肝臓辺りがやられていたら、フェベルの手料理は一生食べられないかもしれない。
 それは可哀想だ。主に俺が。あいつが作ってくれた飯を食えないのは、ちょっと、悲しい。

『首都防衛隊が現着するまでの推定時間は十分弱。それだけの時間があれば、この強化型ステイシスはこの第十三地区全域を焦土にするでしょう。誰かが盾にならなければなりません』
「それが……それが准尉だと言うのか!?」
『肯定。貴官には第四分隊を守らねばならない義務があります。そして第四分隊には、これから先のクラナガンの平穏を守らねばならない義務があります。ご理解下さい』
『っ……何を、何を……何を言うかぁ! ガレリアン准尉、そのデバイスを黙らせろ!』

 それは無理だ。何せ、今の自分は吐瀉物と吐血でとても喋れる状態ではないのだから。

『確かに准尉の素行不良は眼に余るかもしれん! しかし、君が現場に出た時、部下達をどれだけ気遣いながら戦っていたのか、私は知っている! 君のような若者が、これから先の管理局には必要だ! 死地に向かうのは、私のような歳を重ねた者でいい!』

 第四分隊の連中は、良い上司に恵まれたようだ。こんな、殆ど会話すらした事が無い人間を、本気で叱ってくれるのだから。大事にしろよ、新人共。このおっさんを。

『以上、通信終了』

 回線が強制切断された。同時に吐血もピークを跨ぐ。
 強化型ステイシスは機体を停止させている。一定の距離から踏み込んで来ないアストラを警戒しているが、決して自ら攻めに転じようとはしない。魔導師を狩る事に積極的なのは消極的なのか。この思考能力も、これまでの同型機には見られなかった特徴だ。
 アストラは静かに吐息をつく。鉄の匂いと吐瀉の酸っぱさが混在した最悪の味が舌を打った。話せない自分に代わって、自分の心中を吐露してくれた相棒に、ありがとうと伝えたかったが。もう、自分達に意思の疎通は無意味だ。
 アンスウェラーの柄を握る。それだけで、きっと充分だ。
 アストラが身を沈める。そして地を蹴る。粉塵が渦を巻き、満身創痍の体躯が舞う。
 死体のような青年准尉は、声にならない声を残して、物言わぬ機械の殲滅者へ疾駆した。



 ☆



 悲鳴と怒声が深夜の歓楽街に木霊する。破壊の雑音は対魔導師用無差別破壊兵器が出現した地点から数百メートル離れた大通りにも届いていた。異常を感知した市民達で近隣の交通機関は溢れ返り、不要な怪我人が続出し、市民の避難誘導を行うべき陸士部隊の機動性を著しく阻害している。
 通信機が発している状況は最悪だが、ステイシスの危険性を考慮すれば、まだマシだろうか。リンカーコアを持たない人間に対しては、あの機体は脅威を判断するまで静観するが、リンカーコアがあると識別した瞬間に牙を剥く。出現した付近に民間魔導師がいない事を祈るしかない。

「やっぱり輸送ヘリが来るまで待つべきだったかな……!?」
『推定ですが、現着時間はそれほど変わらなかったでしょう。私もこれほどまでに現場が混乱しているとは推測できませんでした』

 運転席のラナが、ハンドルを苛立たしげに小突く。彼女をフォローした相棒スカイトラスト・エンブレイスは、待機形態でダッシュボードに鎮座していた。無秩序に逃げ惑う民間人達に囲まれて、彼女達がここまで乗って来た車輌は前にも後ろにも進めない。
 助手席に座っているフェベルは、ぎゅっとシートベルトを握り、フロントガラスを見詰めていた。陸士部隊の車輌と分かった何人かが助けを求めて硝子を手荒に叩いて来るが、一顧だにしない。その都度、ラナが車輌に搭載されている外部スピーカーで怒鳴った。

「指定されてる避難シェルターまで急ぎなさい! ……っ、ああもう! 他の部隊は何やってんのよ!」
『マスターとロイド執務官が先に破壊したステイシスの一件で、情報が錯綜している模様です。また、時間と場所のタイミングが最悪です。現場に通ずる陸路は、ほぼご覧の状態のようです。──ロイド執務官より通信が入っています』
「繋いで!」

 了解の復唱の直後、雑音の濁流を垂れ流していた通信機が沈黙し、聞き慣れた女性執務官の声に切り替わる。

『ロイドです。ラナさん、今何処に!?』
「現場に突っ込んだ馬鹿准尉のとこに向かってるとこ! でも混乱してる民間人に足取られて立ち往生! もう本当に色々と最悪よ! そっちは!?」
『時間差で出現したステイシスの影響で、もう色々大混乱ですが、もう十分もすれば首都防衛隊が現着します!』
「それじゃ遅い! 十分後には……あいつが死ぬ!」

 その一言が、フェベルの耐えるという行為を破壊した。
 シートベルトを毟り取るよりに外して、ドアを開けて外へ。自分を呼ぶ医務官の声を無視し、避難する民間人達の隙間を縫うように、彼らとは正反対の方向へ走った。
 嘘だと思いたかった。デタラメだと信じたかった。
 でも、それは現実逃避だ。医務官としてのラナの言葉は、冷徹なまでに的確だった。
 極限身体強化魔法アクセラレータの過剰使用に因る各種内臓器官の機能低下。
 それが原因で起こっていた睡眠障害。
 アクセラレータは、人間の身体を戦闘という野蛮な暴力行為に特化させる身体強化魔法の一種。筋肉や神経を魔力で一時的に強化する補助魔法の分類だが、アクセラレータにはリミッター的な要素が一切無い。戦闘に不必要な臓器は強制的に仮死状態になり、効果持続中は人間であって人間ではなくなる。
 そんな常軌を逸した魔法を、アストラ・ガレリアンは、訓練でも用いていた。
 ここまで来る車の中で、ラナはこう吐き捨てていた。

「あんたになら通じると思うけど、高町一尉のブラスターモードとあいつのアクセラレータは、殆ど同じようなものなの。身体に掛かる負担は寿命を縮める。高町一尉はそうしたリスクをちゃんと理解して、もう他に手段が無い時にしか使わないようにしていたって話だけど、あいつは違う。あいつは、訓練でも寿命を縮める魔法を使い続けた」

 追加入力に依る段階型リミッターが課せられていたとしても、根本が無謀な自殺魔法である事に変わりはない。どれだけアストラが人間離れした頑健さを持っていたとしても、限界は来る。
 そう、今のような。

「どうして──!」

 そんな無謀な真似をし続けたのか。
 強い苛立ちは強い疑問を呼ぶが、問わなくても分かる事だった。
 少なくとも、フェベルには分かる。
 出来ない事に挑戦する為に、強くならなければならない。だからあの極限身体強化魔法を使い続け、身体に馴染ませた。きっと、こうした結果が待っている事も理解して。
 足が縺れた。誰かの肩にぶつかる。フェベルの小さな体躯は、それだけで歩道に投げ出された。整地されたコンクリートの地面に頬を引っ掻かれる。膝頭を擦り剥く。
 転んでいる暇なんて無いのに。自らの運動神経の無さを呪いながら立ち上がって、再び走り始める。息がすぐに上がる。避難場所へ逃げる民間人達と何度も何度も衝突しながら歩を進める。
 携帯端末がコール音を鳴らすが、無視。そうしていると、土地勘が利く地区まで達した。上品なオフィスビルは鳴りを潜め、雑居然とした背の低い粗悪な棟が乱立している。その裏路地へ踏み込み、ゴミを蹴り立てて必死に走り続ける。
 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。
 やっと、やっと、やっと友達以上恋人未満の関係から、先に進めたのに。
 止めないと。こんなのは嫌だ。こんなのは認めない。
 見えない壁に挑むあの横顔が見られなくなってしまうのは悲しいけれど。
 あの人の命とは、引き換えにはできない。

「アストラさん──アストラさん──アストラさん──!」

 もう何度目になるか分からない足の縺れ。不衛生な地面に顔面から転がる。すぐに立ち上がろうとするが、肺が酸素を求めて喘いでいて、走り出せない。火災の熱が感じられるところまで来ているのに。破壊の気配が、すぐ近くでしているのに。
 握り拳で悔し涙を拭おうとした時、フェベルは仄暗い路地裏に、淡い翡翠色の光を視た。






 Continues.










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