根性戦記ラジカルアストラButlerS

破:私が貴方を好きになったワケ ♯.5







 異常な心肺活動。疲弊と血液の異常循環に因る血管の損傷。筋繊維の断絶と再構築を繰り返す足と腕。五感の内、味覚が完全に消失。視覚と聴覚の機能が著しく低下。
 アストラ・ガレリアンのフィジカルは、常人なら死んでいても不思議ではないレベルに低下している。痛覚がある程度緩和されている状態でも、麻酔も無しに眼球を抉られるような痛みに襲われている筈だ。アクセラレータの効果が切れた瞬間が、彼の絶命の時かもしれない。
 にも拘らず。いや、だからなのか。
 アストラは止まらない。
 些かの衰えも無く、あらゆる逡巡を蹴散らして敵対者へ疾駆する姿は、力強さすら秘めていた。恐るべきタフさ。呆れるべき強靭さ。事情を知らぬ者が見れば、自暴自棄の無意味な突貫と見なされるかもしれない。他者どころか自らも省みずに、身勝手に振舞い続けた人間の末路と一笑に臥されても仕方ないかもしれない。
 でも、と。アンスウェラーは思う。
 ──私はそうは思わない。
 結果という「目標」を決めないまま、育ての親の遺言を律儀に護った男の最後を、鉄の心は決して蔑まない。
 ──後悔だけはするな。
 ──出来ない事に挑戦しろ。
 アストラ・ガレリアンは、理解者に恵まれた。彼の身勝手さの裏側に潜む、ひたむきな姿勢に気付いて、応援してくれる者達は少なくなかった。高町なのはが、その筆頭であろう。今は亡きクイント・ナカジマは、陸士108部隊という居場所を創ってくれた。
 でも、師には恵まれなかった。
 ──後悔せずに生きるにはどうすれば良いのか。
 ──世界には不可能という言葉がある。
 これらを教えてくれる者が、アストラには現れなかった。
 アンスウェラーは機械だ。過去に一度、感情の発露が確認された事はあったが、システムのバグとして処理された。彼に搭載されている心は冷たい無機物だ。人間のように暖かい感情を紡ぐ事は出来ないのだ。
 師として、アストラを導く事は出来ない自分。
 なら、せめて。
 せめて、アストラを否定する事だけはしない。
 そしてデバイスとして、アストラが歩むだろう破滅の道を、少しでも歩き易いようにする。
 そう決めた。
 その結果が──その結末が──今。
 ステイシスが動く。中距離制圧射撃を維持する為の滞空機動を止め、回避行動となる乱数機動を刻みながら、アストラの背後へ回る。速い。アンスウェラーは警報を発しながら、過去の戦闘記録から敵機動兵器の行動パターンを予測するが、演算処理が間に合わなかった。更に、アストラの反応が鈍化していた事が事態悪化に拍車を掛けた。
 ショートレンジでの敵射撃兵装──内蔵魔力炉直結型のスティンガーレイの掃射。アストラが反射神経のみで身を振るが、右足に被弾する。魔力弾頭はすべて貫通。主要な骨と神経がズタズタに引き裂かれた。もう二度とまともな歩行は出来ないだろう。
 姿勢を崩したアストラは、倒れながら、左手の掌を敵機へ翳した。ミッドチルダ式の魔法陣が地面に描かれる。構築済みだった術式を制御解放。アンスウェラーの保持用鎖を口に咥える直前に、撃発音声を入力。

「アサルト──!」

 指向性を持った炎が弾け、ステイシスに殺到するが、剛性が増している敵機の装甲には一切の損傷を与えられなかった。二度目のスティンガーレイの掃射が、爆ぜる魔力の炎を蹴散らし、アストラが展開した防御魔法を引き裂く。咄嗟に身を捻った事が功を奏して直撃は避けられたが、左腕が犠牲になった。原型も留めずにただの肉片となる。これでもう、彼が好んだ模型作りは出来ない。
 ──今からでも遅くはない。撤退が正しい選択だ。
 今更何を。そんな提案を呑むようなマスターではない。
 ──だが、鉄の心が叫んでいる。逃げろと。逃げて欲しいと。
 破滅へ導くのではなかったのか。死地の只中で今頃何を言うのか。それが彼の望み。これが彼の選択の果ての結末。
 ──こんな凄惨な最後がか。せめて愛する者の下に返すべきではないのか。
 彼の指針を否定して来なかったのは誰だ。自分だ。突撃槍型インテリジェントデバイス、アンスウェラーだ。
 これまでのステイシスすら、アストラは分隊の火力支援を得て鎮圧していたのだ。独力でこの強化型を破壊するのは不可能だ。
 そう、不可能。
 アストラ・ガレリアンが挑戦するべき不可能だ。

「───────っ!」

 断末魔の咆哮を上げながら、彼は倒れない。決して倒れない。
 左腕を失いながら、役に立たない右足を引き摺りながら、原型を留めているビルの壁面を盾にして掃射をやり過ごす。銃声が止まると同時に左足だけで跳躍し、右腕だけでアンスウェラーを投擲した。ステイシスは突撃槍を右肩に喰らいながら、損害を無視してアストラへ肩部のウェポンラックを展開。初遭遇の時、スティンガー・スナイプの広域爆撃型を発射した筒状の機材が作動し、砲撃魔法を制御解放する。
 終わった。人の感情が導く諦観ではなく、機械が下す無慈悲な判断として、アンスウェラーは己のマスターと、自らの最後を悟った。
 ステイシスの右側面で爆発が起こる。テイパー・ステンバック三等陸尉の砲撃魔法だ。発射された敵の砲撃魔法は大きく狙いを外し、虚空を焼いて抉った。
 隊員達と連れ添って市民達の避難誘導に向かった筈なのに。Aクラスの陸戦魔導師が、この最悪の状況下に於いて、何をしようと言うのか。

『的確な状況把握をお願いします、ステンバック三等陸尉殿。現状に於いて貴方がすべき任務は、私達の救出ではありません。部下を連れ、民間人の避難誘導を』

 四十代の陸戦魔導師が、定型の法衣型バリアジャケットを翻して現れた。年齢的に全盛期であるアストラと比較しても遜色無い逞しい体躯と武張った風貌。汎用型ストレージデバイスで連射性能に特化した射撃魔法を制御解放しながら、砲撃魔法の直撃で姿勢を崩した敵機とアストラの空隙に立ち塞がる。

『テイパー・ステンバック三等陸尉殿。復唱を』
「ガレリアン准尉! まだ動けるか!?」

 アンスウェラーを無視して、壮年の陸戦魔導師が声を張り上げる。

「……下半身と、左腕以外なら、動く、ぜ」
「つまり動けないようなものだろう! 治癒魔法は使えるか!? 簡単な止血でいい、そのままでは死ぬぞ!」
「い、やいや……右腕があれば、まだ、戦える、さ」
『その通りです。ステンバック三尉殿、我がマスターは戦闘を継続出来ます。ステイシスの足止めは我々に任せて下さい』

 弾幕となる射撃魔法を高密度で展開しながら、ステンバック三等陸尉が振り返った。肩越しに見えた壮年の陸戦魔導師の表情は、まさしく、鬼の形相であった。

「インテリジェントはマスターを生かすデバイスなのだろう! 仕えるべきマスターの力を最大限に引き出して活かすデバイスなのだろう! どうして自らのマスターを死地へ追い込む!? 殺したいのか、自らが支えるマスターを!」
『これが我がマスターの望みなのです。私はデバイスとして、この望みを成就させる。知った風情でインテリジェントデバイスを語らないでいただきたい、三等陸尉殿』

 マスターの力を最大限に引き出して活かして来た結果が今なのだ。
 ここに達するまで、マスターが積み上げて来た努力も苦労も苦痛も、何も知らない癖に。耳障りの良い正論を並べて、我々を否定するな。平凡な陸戦魔導師に過ぎない貴方には、我がマスターを理解する事など出来ない──!
 ステイシスが再びウェポンラックを展開する。鋭い弧を描いて射出された銀色の弾頭がアストラ達の頭上で分離して絨毯爆撃に変貌した。ステンバック三等陸尉が素早く防御魔法を展開。無差別攻撃を真正面から受け止める。

「ぐっ──おおおぉぉぉぉ──!」

 単純な対物破壊性能よりも、対魔導師用に魔力を削ぐ性能に秀でた射撃魔法は、Aクラスの陸戦魔導師の魔力を容易く枯渇させる。濃密な魔力残滓と粉塵の中に浮かぶ防御魔法陣は、弱々しく明滅し、消滅した。
 回避機動を挟まずに肉薄した敵機動兵器が、膝をつく三等陸尉を弾き飛ばす。盾代わりにした汎用ストレージデバイスが叩き折られ、大柄な体躯は地面を転がった。
 起き上がる気配は無かったが、生きている。気を失っただけだ。
 もう、アストラを救助出来る者は、誰もいない。
 重い地響きがする。残骸に背を預けて、腕も足も投げ出した姿勢で擱座したアストラを、三メートルを超える機械の巨躯が見下ろす。放置しても無害である事を、その貧弱極まるセンサーで精査しているのか。
 ならば、これは絶好のチャンスだった。まだアクセラレータの効果は継続している。
 ここを逃せば、終わりだ。
 それなのに。

「アストラさん!」

 フェベル・テーター一等陸士の甲高い絶叫が響く。頬に擦過傷を作り、全身を震わせて、真っ二つに裂かれた看板の傍らに立ち尽くしていた。
 炎に照らされた表情は蒼白だったが、アストラを目撃した瞬間、赤熱色に変わる。怒髪したように黒髪がざわめき、くしゃっ、と頬を歪ませた。
 情報処理の専門家である彼女が、こんな場所に、どうして。

「逃げろ──フェベル!」

 当然の警告を、フェベルは当然のように無視した。アストラへ我武者羅に駆け出す。すぐそこに破壊の惨禍を撒く古代遺失物が存在している事すら、意識に無い様子で。
 絶好にして最後のチャンスは消えた。リンカーコアを持たないフェベルを脅威認定しなかったステイシスが両腕をアストラへ向ける。鋭い接続音。内蔵されている銃口が魔力炉に直結された音に続き、銃声が鳴る前に、アストラがアンスウェラーを一閃させた。
 膂力に任せた稚拙な一撃は、運良く頭部を直撃した。装甲が裂け、細かな部品が臓物のように地面に転がる。
 その隙に、アストラは立ち上がろうとするが、出来なかった。頭部を破壊された事で混乱している機動兵器の足元で、芋虫のように這う事しか出来ない彼を、駆け寄ったフェベルが抱き起こす。大量の出血が、彼女の制服を赤く汚した。

「なんで、来た!?」
「だ、だ、って、アストラさんがぁ!」
「がぁ、じゃねぇよ! 馬鹿はてめぇは!? てめぇじゃなくて、ロイドかヤブ医者が来いよ畜生!」

 ステイシスが腕を振り抜く。スティンガーレイの銃口が内蔵されている下腕部の装甲が駆動し、ブレードが出現した。これまでの機体には確認されなかった近接戦闘用の武装だ。頭部のセンサーが破壊された事で、銃器管制に問題が生じたのか。
 アストラが支えようとするフェベルを振り解く。そのままアンスウェラーでブレードを受け止めようとするが、片腕では膂力が足りなかった。弾き飛ばされた突撃槍がアスファルトの地面を打つ。
 武器が無くなった。体力も枯れた。

「新人共と……あのお節介なオッサン助けるので……限界、なのによォ……!」

 それなのに、アストラには、護るべき者が、すぐそこにいる。
 防御魔法を制御解放。赤錆色の魔法陣が火花を散らし、ブレードを弾く。肉片となった左腕と右足から大量の出血が起こる。血の吐息をつきながら、アストラは怒鳴った。

「逃げろ! 邪魔だ!」
「そ、それなら、アストラさんも……!」
「俺が逃げれば第四分隊がヤバい! そうしたら、逃げ遅れた一般人がもっとヤバい! リンカーコアを持った民間魔導師が蜂の巣にされる!」
「そんなのアストラさんだって一緒じゃないですかぁ! どうして逃げないんですか! なんで!? そんなボロボロな身体で……何も出来ないじゃないですかぁ!」
『お前もそうなのか。フェベル』

 アンスウェラーが鋭く問う。

『我がマスターを、否定するのか』
「本当の事じゃないですか! アンスウェラーさんはアストラさんのデバイスでしょ! どうして止めてくれないの!? ねぇどうして!? おかしいよこんなのぉ!」

 先の壮年の三等陸尉にも、公私共にアストラを支えてくれていた彼女にも、アストラとアンスウェラーの歩み道は理解されない。常人ならば、これが当然の反応だ。表現さえ選ばなければ、アストラ達の行為は、「究極の自己満足」と言えてしまうのだから。
 ああ、でも。
 フェベル・テーター一等陸士には、理解して欲しかった。アストラの理想を。これまでの七転八倒の人生を。

『その問答ならば、既に終えている。お前に話す事など、何も無い』
「っ……偉そうに……デバイスの癖に、偉そうに!」

 ステイシスがもう片腕のブレードを露出させる。その一刀が、アストラの防御魔法を両断した。

「止めてよぉ! アストラさんを──止めてよぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!」

 フェベルの絶叫の中で再び聞こえる鋭い接続音。近接戦闘用ブレードがスティンガーレイの銃口に可変し、アストラを正面から捉えて──。

『Halberd Launcher』

 重い砲撃音と同時に、遥か頭上から飛来した光の本流がステイシスを直撃した。剛性を増していた筈の装甲が飴細工のように融解し、千切れた腕部が放物線を描いて飛んで行く。上半身を抉られるように消失した古代遺失物は、黒煙を上げ、その場で擱座した。
 真夜中の空に、装甲服で身を固め、重火器を構えた人間がいる。
 いや、違う。装甲服は周囲に威圧感を与える意匠を纏った防護服だ。小脇に抱えるように構えている重火器は、原型を留めていないデバイスである。対物ライフルから銃口を取り外して、魔力回路や増幅装置等を無造作に装備したその怪物的デバイスは、特に次元航行部隊に所属する航空魔導師達の間で非常に高い知名度を誇っている。
 その持ち主──ディンゴ・レオンも含めて。

「首都航空隊だ! 無事か!?」

 その呼びかけに繋ぎ止めていた緊張の糸を切られたアストラは、無言のまま、その場に倒れた。



 ☆



 リーン・ロイド執務官が先端技術医療センターに到着したのは、最低限の事後処理を終えてからだった。歓楽街に出現したステイシスが、首都航空隊第十四部隊所属の砲撃魔導師に依って鎮圧されてから三時間後である。
 明け方が近い時間帯であったが、ステイシス出現に因って発生した混乱で負傷した市民達で、院内は酷い混雑の様相を呈していた。第九地区から程近い立地条件であった事も、負傷者を優先的に受け容れた要因であろう。
 リーンは呼吸を整える事も忘れ、受付で所属と用件を告げ、慌てる事務員から搬送された管理局所属の陸戦魔導師の情報を聞き出す。現在は出術中らしく、オペルーム前まで通された。
 赤いホログラムが「出術中」と示している扉。その近くに備え付けられているベンチに、リーンは見慣れた女性を発見する。突撃槍を相似縮小したシルバーアクセサリー──待機形態のアンスウェラーを両手で包み込むように握り締めて、床を見詰めている。
 ラナ・フォスター医務官から受けた端的な報告では、彼女も現場にいたらしい。あらゆる忠告処置を無視してステイシス邀撃に出たアストラを止めるべく、事情もすべて話した上で、ラナが連れ出した。
 フェベルは微動だにしない。灰や粉塵や血──アストラの返り血だ──で薄汚れたまま、リーンを見ようとしない。いや、彼女の存在に気付いていないのだろう。
 リーンはフェベルに声を掛けようと歩み寄るが、その前に、壁に背を預けて腕を組み、威圧的意匠の防護服を展開したままの航空魔導師に視線を向けた。

「貴方が彼らを助けて下さったのですね、ディンゴ・レオン提督」
「元だ、元。全く、お前は何時まで私を提督扱いすれば気が済むのだ?」

 分厚い筋肉で覆われた肩を震わせて、航空魔導師の男が苦笑した。白髪の下にある彫りの深い顔が、優しく緩まる。
 女性の中でも長身に分類されるリーンでも見上げなければならない巨躯は、鍛え上げられた屈強な筋肉の塊だ。体力も魔力も六十代に突入して猶も衰える事を知らず、魔導師としての総合ランクはSS。砲撃魔導師としては時空管理局に所属する全魔導師の中でもトップであり、一騎当千が比喩表現ではない老人である。
 リーンとは、彼女の祖父である情報局総責任者インヘルト・ロイドの古い友人として交友関係にある。交友と言っても、祖父と孫のような関係だ。
 十年以上前に起こした不祥事で提督の地位を失い、本局内で長期拘置されていたのだが、デバイス暴走事件の際に一時釈放され、暴走デバイス鎮圧に貢献。その後、統合幕僚監部と司法取引を行い、現場に復帰している。彼のSSクラスは、もはや古代遺失物認定を受けても仕方の無いもので、航空砲撃魔導師としては破格の能力を秘めている。常に人材不足に喘ぐ管理局としては手放したくはない人材であろう。無論、起こした「不祥事」のレベルにも因るだろうが。
 リーンは、その不祥事の内容までは知らない。祖父のインヘルトと同様に可愛がってくれていた彼が忽然と姿を消した当時は、随分と沈んだものだ。

「首都航空隊に転属されたなんて、知りませんでした」
「転属の報告を親しい者にするような歳でもあるまい。私も、お前が陸に来ているとは思わなかった。出向か?」
「ええ。民間に供与されていた古代遺失物消失の件で、捜査本部が設置された陸士108部隊の司法担当をしています。最近ではステイシス邀撃が主な仕事になっていましたが」
「対魔導師用のキリングマシンか。実物を見たのは今日がはじめてだったが、Aクラスの陸戦魔導師を寄せ付けないとは、相当に危険だ。リンカーコアを持った人間しか狙わない現状は、まだマシと言えるか。教導隊に知人がいるので、有効な戦術構築をしてもらうつもりだが」

 ディンゴはそこで言葉を切り上げると、髭を蓄えた岩の如き顎をひと撫でした。その視線は、リーンからベンチに座って一言も発しないフェベルへ注がれる。

「ステイシス邀撃の任務は、予定通り今後首都航空隊で請け負う。民間人にも、陸士部隊にも、これ以上被害は出さん。絶対にな」
「……小父様が助けた陸士部隊の魔導師……ガレリアン准尉の、様態は?」
「厳しいな。私が駆けつけた時、既に半死半生の傷を負っていたが……リーンよ、今ガレリアンと言ったか?」

 ディンゴが怪訝に眼を細める。

「ええ。アストラ・ガレリアン准尉。私が出向している108部隊の前線第一分隊分隊長です」
「そうか……あの青年が、アストラ・ガレリアンか」
「お知り合い、だったのですか?」
「いや、直接の関係は無い。ただ、巡り巡った間接的な関係というべきか。あの青年の育ての親と、少々親睦があってな。そうか、あの時オペルが引き取ったという少年が、彼か」
 そう呟く声に、リーンは過去を懐かしむ響きを感じた。同時に、深い悲しみも。
 その時、手術室の扉に浮かぶ「手術中」のホログラムが消失した。扉が左右に割れ、看護師達が数人がかりで生命維持装置を搭載したストレッチャーを押して来る。寝かされているアストラ・ガレリアンを直視して、リーンは息を呑んで瞠目した。
 ディンゴの半死半生とは、比喩表現ではなかった。包帯と脱脂綿が全身を覆い、大量の管で生命維持装置や諸々の医療機材に直結されている。左腕は無く、右足は部位型医療ポッドに保護されている。再生手術用の最新型だ。
 それまでずっと沈黙していたフェベルが、弾かれたようにストレッチャーに駆け寄る。眠っているアストラを呼ぶ声は、酷く枯れ果てて、雑音のようだった。

「フェベルちゃん、退いてあげて」

 そう告げたのは、ストレッチャーを追うようにオペルームから出て来たラナ・フォスター医務官だった。緑色の手術服姿の彼女には悄然の色がある。顔色は悪く、眼の下には最後に見た時には無かった隈が現れていた。脂汗が浮かぶ額に張り付いている髪が、彼女が背負っている疲労をより強く印象付けている。

「あんたがそこにいると、その馬鹿をICUに運べない」

 助かったのか。掠れた声で問うフェベルに──。

「……何とかね。ただ」

 ラナは眉一つ動かさずに、そう言った。

「主に運動に用いる筋肉が、もう使い物にならないレベルのダメージを負ってる。脾臓と肝臓は破裂、胃も諸々のダメージで駄目、殆ど摘出した。心臓は人工物に置き換えるかどうかってレベル。今こいつから生命維持装置を外すと一分で死ぬわ。左腕は欠損。右足は再生手術で何とか出来るけど、元通りに動かすのは不可能ね」

 ラナを見上げたフェベルが、止まる。

「死ななかったのは、こいつのタフさのお陰よ。普通だったら死んでる。だからフェベルちゃん、そこを退いて。確かに助かったけど、まだ予断は許されないの」

 肩に手を遣ったラナが、フェベルの身体をそっと移動させる。解放された看護師達は、患者を刺激しないように注意しながら、慌しくストレッチャーを走らせて行った。






 Continues.










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