根性戦記ラジカルアストラButlerS

破:私が貴方を好きになったワケ ♯.6







 時空管理局次元航行部隊所属巡航L級八番艦船アースラ。
 此処で実地訓練を終えたフェベルが正式配属されたのは、時空管理局本局直属武装隊の事務員である。実地訓練中に書いた配属希望の電子書類には、ミッドチルダ地上本部と書いたのだが。情報処理の分野で高い適性が認められた結果、実地訓練の指導に当たってくれたエイミィ・リミエッタの推薦もあって、エリートの多い本局所属となった。
 そこで、出逢う事になる。
 所属戦闘魔導師の多くが空戦適性を示した精鋭中の精鋭である本局直属武装隊の中で、唯一と言っても良い未熟な陸戦魔導師──アストラ・ガレリアンに。
 当時の肩書きは三等陸士。十代前半の少年は、その未熟さもあって、エリート達の中で悪目立ちしていた。
 インテリジェントデバイスを装備しているのに、初歩的な射撃魔法しか満足に操作が出来ず、独断専行の突撃が常套手段。何か書類上の手違いで其処にいたとしか思えないレベルの陸戦魔導師であった。
 評価するべきは、化け物じみた反射神経と身体機能、そのタフさである。また、当時は珍しかった武装型インテリジェントデバイスとの息のあったコンビネーション能力も特筆に値した。
 そんなアストラは、本局所属時、一度たりとも出動していない。
 そもそも、何故彼のような空戦適性の無い魔導師が本局所属となったのか。
 海と陸の組織的対立が生み出した歪な人事が元凶だった。
 人材不足は時空管理局が抱える、永劫消える事の無い懊悩である。
 深刻な事件を扱う次元航行部隊には、ハイレベルな魔導師が何人いても足りない。対して地上部隊が直面する事件は、次元世界を危機に陥れるような超災害級ではなく、治安維持組織としての性格が非常に強い。
 こうした背景から、管理局の新人採用は、次元航行部隊が量よりも質を選び、地上本部が質よりも量を採る事が基本方針であった。
 この選択は、次元航行部隊側に高ランクの航空魔導師が集中し、地上はAランク以下の陸戦魔導師達が主な戦力となる組織的欠陥を生み出した。
 組織稼動当初はこれでも問題は無かったが、地上で発生する犯罪、事件の組織化や複雑化、高度化に対応する事が年々難しくなり、地上本部は不要な殉職者を出す事が増えていった。
 量だけでは対応出来ない事態に、地上本部は質の面でも人材を強く求めるようになる。しかし、ハイレベルの戦闘魔導師は、次元航行部隊が超災害級事件や古代遺失物対応を盾に牛耳っている。
 これに業を煮やした地上本部が、意趣返しとして、適性の無い陸戦魔導師を次元航行部隊へ無理矢理配属させる人事を行った。
 書類上で一度配属されれば、転属届を出せるようになるまで一年は必要だ。それまで次元航行部隊は、空戦適性が無い為に出動出来ない戦闘魔導師を何人も抱える羽目となる。これは現場にとって、人件費や生産性の面で、地味に応える仕打ちであった。
 もっとも、組織間のこうした悪辣極まる意趣返しに於ける一番の被害者は、無理矢理配属させられた陸戦魔導師達である。転属届の提出が許可されるまでの一年間を、組織に貢献出来ないまま無為に過ごす事を強いられるのだ。
 歪な組織対立の犠牲となった陸戦魔導師達は、どれだけ崇高な意思があろうとも、必ず腐る。辞表を提出する者も少なくはない。
 しかしながら、アストラ・ガレリアンは折れなかった。
 精鋭部隊の中の心無き者達から無能の烙印を押されようと、蔑視され嘲笑されようと、彼はその環境と戦い続けた。
 実戦で役に立てないのなら、雑務をこなした。体力だけは部隊の中でも上から数えた方が早かった彼は、本局内隊舎や訓練施設、共同オフィス等の設備の環境整備を行い、バックアップに勤めた。
 事務作業だけは壊滅的で努力ではどうにも補えなかったので、事務員として配属されていたフェベルが手伝に回った。
 これが、二人の出逢いだった。

「消耗品の発注一つまともに出来ないってどういう事ですか……?」
「ちゃんとやったってーの。桁間違えてコピー紙大量発注しただけだって」
「それを人はまともに出来てないって言うんですよ! せめてもう少しまともな誤発注して下さいよ、もう! たまにしか使わないコピー紙一万枚とか、使い切るのに何年掛かるですか! 返品だって効かないのに!」
「若さ故の過ちだ、許せ」

 誤魔化すように笑う顔は、歳相応の子供だった。少なくとも、その時のフェベルは自分よりもずっと年下に思えた。仕事の失敗の仕方も、それに対する言い訳も、とても子供じみていた。
 こんな人が陸戦魔導師として訓練校を卒業してしまった事は、時空管理局の人材不足の末期症状なのではないかと、子供心ながら大変な危惧もした。
 臨時だった筈の事務作業の手伝いが、何時の間にか、やって当然の業務になっていて。
 平均年齢が二十歳以上だった部隊内に於いて、歳的に浮いていた二人は、自然と一緒にいる事が増えていった。配属から三ヶ月が経過した頃になると、アストラの我武者羅な働きぶりに、彼を小馬鹿にしていた大人達は自らの矮小さを自覚して、彼に暖かな眼を向けるようになった。
 そう。アストラは、我武者羅だった。
 結果に拘らずに、あらゆる事に挑戦した。そして出来なかった時、出来るようになるまでやり続けた。最初は子供特有の無謀な行動と揶揄もされたが、そうではなかった。大人だからこそ躊躇してしまう時も、アストラは常に挑み続けたのだ。
 例えば、絶対的実力差のある航空魔導師の少女への挑戦。十年近くが経過した現在でも、クラナガンの陸士部隊では語り草になっている「子供の私闘」。
 何かに挑戦している時のアストラの横顔が、フェベルは好きだった。
 自堕落で、恣意的で、歓楽主義で、どうしようもない馬鹿なのに。
 前だけを見詰めて、頬を僅かに緩めて、躊躇いなく一歩を踏み出す時の表情が、堪らなく、大好きだった。すぐ近くで、誰よりも近くで、見ていたと、何時からか思っていた。
 そんな自覚を得たのは、デバイス暴走事件の頃だ。
 続出する暴走デバイス達の鎮圧部隊として、フェベルはアストラや他の航空魔導師と共にミッドチルダ地上本部へ出向。アストラは陸戦魔導師だった為、地上本部ではなく、陸士108部隊へ回された。当初フェベルは対策本部へ回される予定だったのだが、同行した航空魔導師の一人が気を利かせて、陸士108部隊へ行かせてくれた。
 親しくしていたL級八番艦アースラ──高町なのは達が、クロノ・ハラオウンの離反や、それに因って発生した事件で大きく疲弊してしまったあの事件は、最終局面で起こしたアストラの無謀な行動も含めて良い思い出が無い。
 ミッドチルダ地上本部に暴走体が雪崩れ込んだ時、アストラは身を挺してフェベル達非戦闘員を護った。当時Bクラスの陸戦魔導師に過ぎなかった彼が、自らを遥かに上回る魔力容量を秘めた暴走体達を相手に孤軍奮闘した。Sクラスの暴走体にすら、恐れを抱かずに戦った。
 勿論命に関わる重傷を負った。事件首謀者レイン・レンを逮捕し、事態が収拾した後、包帯だらけとなったアストラにどれだけの説教を垂れたか。
 本当に怖かったのだ。アストラを喪う事が。
 アストラが怒鳴る自分を飄々とかわす事に、本当に安心した。
 またあの横顔を見られると思うと、心から嬉しかった。
 その時に、フェベルは自覚したのだ。
 私はこの人が好きなのだと。
 こんな無謀な事はして欲しくないけれど、でも、そんな無謀な事に挑戦している時の顔が、大好きなのだと。

「あの時、止めておけば良かった」

 悔恨を噛み締める。後悔が胃を締め上げる。もう何度吐いたか分からないし、胃には何も残っていないけれど、フェベルは嘔吐を繰り返す。水の流れる音だけが、誰もいない深夜の化粧室に響いていた。
 鏡に映るフェベルは酷い顔だった。青白い肌は荒れ、髪は崩れ、眼の隈は酷い。生活に疲れた四十代の女性と言われれば納得してもおかしくない疲労だ。一週間以上もまともに睡眠が摂れていないのだから無理も無かった。
 一週間。アストラが半死半生の重傷を負い、意識不明となってから、既に一週間が経過していた。
 対魔導師用機動兵器ステイシスは、あれから一機も確認されていない。クラナガンは微かな緊張感に満たされながら、平穏な時間を過ごしている。だからこそ、フェベルは仕事を放り出してアストラが搬送された先端技術医療センターに詰めていられるのだが。
 ステイシス邀撃は首都航空隊の任務として彼らに引き継がれ、陸士部隊は市民の避難誘導に従事。それ以外は平常運転となった環境が、フェベルを医療センターにいられる事を許してくれた。本来フェベルが負うべき業務はリーンや第一分隊副隊長が代行し、当面は問題が無い事になっている。
 集中治療室から一般病棟へ移ったアストラを見ている時間は、ずっと増えた。
 その結果、思考を深める機会に恵まれてしまった。
 眼前でアストラを喪いかけた衝撃。
 彼の身体が極限身体強化魔法の反動で壊れかけていた事に気付けなかった自己嫌悪。
 その歪みとずっと付き合って来て、矯正しなかった後悔。
 それらが、頭を占める。占めて、ループする。
 アストラは限度を知らなかった。いや、分かっていても、その限度すら挑戦するべき壁と認識していただろう。
 なら、周囲が教えるべきだったのだ。導くべきだったのだ。理解者足るべきだったのだ。

「……理解、してましたよ……」

 鏡の中の自分へ呟く。深く重く地を這うような声で。
 していたなら、アストラがこうした結末を辿るであろう事も分かっていた筈だ。
 アンスウェラーのように。

「っ……!」

 アストラの『真』の理解者。
 友達以上恋人未満の関係から一歩踏み込めた自分よりも、ずっとずっと、彼を正確に理解していた鋼の相棒。話す事は何も無いとフェベルを冷たく切り捨てたデバイス風情。
 制服のポケットを探ると、指先が硬く冷たい感触を得る。
 あれからフェベルは、アンスウェラーをずっと持ち歩いていた。部隊の技術課が預かると申し出てくれたが、アストラの近くにあった方がいいと、もっともらしい理由を付けてフェベルが所持している。
 理由は分からなかった。預けてしまうべきだと思う。
 この──理解者であるが故に、アストラを止めてくれなかったデバイスを。
 マスターを見殺しにしてしまうような、役立たずを。
 突撃槍型のインテリジェントデバイスとは口を利いていない。彼が口火を切る事は無かったし、フェベルも自ら語りかける事も無かった。
 それでも、アンスウェラーが沈黙している事は意表であった。
 彼を忍ばせているポケットには、別の物も入っている。
 本来ならば、即座に部隊長へ報告して提出しなければならない物品。
 フェベルは、それをそっと掌に乗せて、一望する。
 形状は菱形。鮮やかな空色が枠を囲み、波打つ黒のラインが十字を描いているその色彩は、紋様のようにも思える。
 文献上の名称はジュエルシード。古代遺失物の中でも特に危険度の高い次元干渉型エネルギー結晶体。製造時期は不明。構造解析が行われた後、機能的には解体され、民間へも供与されている。それ以上の詳しい事はフェベルも知らない。直接顔を合わせる事は少なくなってしまったが、高町なのは戦技教導官とフェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官を結び合わせた古代遺失物としても理解している。
 その別名は願望機。

「……明日、ナカジマ隊長に、渡さないと」

 ぎゅっと握り締める。自らの呟きを噛み締めるように。



 ☆



 部下の生命を預かる上官として、今回の件は自らに猛省を強いるより他に無かった。
 伊達に長く管理職を務めている訳ではない。陸士108部隊の責任者になる以前から、部下を喪う経験は何度もしている。葬儀に出席して遺族に謝罪をしたのは一度や二度ではない。
 だが、ゲンヤ・ナカジマ三等陸佐がこれまで喪った局員達は、災害救助等で市民を護る為に殉職している。広域次元犯罪者や古代遺失物の対応を巡って犠牲になった部下はいない。そもそもクラナガンは時空管理局ミッドチルダ地上本部のお膝元である。末端の陸士部隊の武装隊にまで殉職を強いるような大規模騒乱や事件が多発するような場所ではない。
 かつてのデバイス暴走事件や、数年前のJS事件でも、最前線で戦いながらも陸士部隊には大量の犠牲者は出なかった。
 今回のアストラ・ガレリアン准尉のような事態は異例となる。

「クイント達以来か、こういうのは」

 執務椅子に身体を預ける。それだけでも、疲労困憊の身体は楽になれた。
 時刻を確認すると、既に昼を過ぎている。届いていた電子メールの処理だけで二時間も掛かった。エル・アテンザを秘書にしてからは書類処理が随分と円滑になるようになったから、まだ楽ではあるが。
 首都航空隊がステイシス邀撃任務を引き継ぎ、各陸士部隊がその支援に就いてから一週間。新たなステイシスの出現は確認されておらず、108部隊は警戒しながらも粛々と平常運転を行っている。元々荒事処理よりも事件捜査で高い実績を誇る部隊だけあって、他の陸士部隊の捜査応援を依頼される事が多く、その処理で隊内は盛況だ。
 アストラの様態を確認しに行ったのは一度だけだ。何度も時間を作ろうとしてみたが、分隊長離脱につき機能停止している前線第一分隊の指揮を臨時で執っている手前、先端技術医療センターに足を向ける暇も無い。
 リーン・ロイド執務官の協力もあって、フェベル・テーター一等陸士がアストラを診ているが、彼女の精神状態も懸案事項だった。あの二人の関係が変わったのは最近だ。彼の体調の問題も知らなかったらしく、精神的ショックは如何ともし難い。

「フォスター医務官の陳情をちゃんと聞いとくべきだったな。俺の管理ミスだ」
「常識の範疇であればな。あのような危篤者に対応させるなど、一体に何を考えているのかと思ったが。まぁ、合点がいったぞ」

 後悔を咀嚼するような呟きに、返事がある。
 沈むように重く、そして低く、しかし、確かなユーモアを含んだ声音。
 執務机の前に鎮座している応接椅子に、屈強な初老が腰を据えていた。管理局の制服ではなく、威圧的な意匠を秘めた防護服を構築展開したままだ。

「今更ですが、何処でもバリアジャケットを解除しない貴方の悪癖、治らないんですかね?」
「悪癖とはまた酷い評価だな。クロノに教えた手前、私が止める訳にもいくまい。魔力の浪費と嗤う者もいるが、バリアジャケットを高速展開、構築維持の訓練に、これは欠かせんよ」
「クラウディアの若艦長がレオン提督の手抜きまで目敏く気付く訳ないでしょうに」
「まぁ、そうかもしれんが。ところでゲンヤよ。お前も私を提督扱いするのは止めろ。それとその敬語もだ。今の私は三等陸尉で、航空武装隊に在籍する一介の航空魔導師に過ぎん」

 執務椅子で窮屈そうに肩を竦めてみせる旧友に、ゲンヤは苦笑した。
 確かに、現状の彼の階級は自分の三等陸佐よりもずっと低い。だが、歳が歳だ。管理局黎明期最強の砲撃魔導師だ。管理局を裏から支えている情報部総責任者インヘルト・ロイドとは旧知の仲でもある。
 ディンゴとは、彼がかつて抱えた幾つかの事件に於いて捜査協力をして以降、組織間の垣根を超えた信頼し合える同僚である。
 デバイス暴走事件直前に発生した彼の不祥事──闇の書に纏わる私怨から、八神はやてを抹殺しようとした事件──以降は疎遠になっていたが、司法取引で三等陸尉として前線に復帰して以降、再び付き合いが始まっている。

「SSクラスの砲撃魔導師が一介の航空魔導師ですか? 貴方の上官殿はさぞや大変でしょうな」
「大変なのはこちらだ。シグナムめ、隊長ならば自ら出向かんか。というかおい、敬語は止めろと言っているだろう。部下に示しがつかんぞ?」
「お断りです。どう見たって貴方の方が貫禄あるでしょうに。それに、貴方に敬語を使われて話されるなんて鳥肌ものですよ」

 老魔導師は気難しそうに眉間に皺を寄せると、腕を組んで黙ってしまった。
 彼の直属の上官はシグナムだ。八神家とディンゴ・レオン元提督を結ぶ事情は非常に複雑且つ有機的であるが、悪い関係ではないのは間違いない。ゲンヤも個人として思うところが無い訳ではなかったが、立ち入るつもりは無かった。
 ゲンヤは重い腰を上げて、ディンゴの差し向かいの応接椅子に腰掛ける。

「オペルの遺児が、お前の部下になっているとは思いもよらなかった」
「亡くなった家内との約束でしてね。ガレリアン……アストラが、あの無謀な生き方を出来る環境を作ってやって欲しいって」
「それを陸士部隊の分隊としたのか? 公私混同も甚だしいぞ?」
「家内も亡くなる直前まで、アストラのトレーニングはしててくれたんですがね。一通りの分隊長業務はあいつから教わってて。真面目にやれば、割と優秀な局員なんですよ。そうでもなけりゃ、いくら俺でもこんな人事はやりません。事務作業に関しちゃ、副官のフォロー無いと駄目なんですが」

 前任の前線第一分隊分隊長クイント・ナカジマが、何かと無謀な真似をやっては自爆していたアストラを眼に掛け、彼の哲学を理解した上で、その茨の道を歩む為に必要な術を与えようと努力していた。アストラもそれを必死に吸収していて、真面目に仕事をすれば、贔屓目無しで割と優秀な分隊長をこなしてくれる。

「誰よりも前に出て、隊員達を護る。誰よりも傷ついて、隊員達を無事に帰還させる。武装隊を預かる分隊長として、文句をつけられない適性だと俺は思いますね。先のJS事件の時も、あいつのお陰で無駄な犠牲は出なかった。まぁ、出動が掛からない時は、とても他所様に出せるような分隊長じゃないんですが」
「……第十三地区に出たステイシスの一件だが、初期対応に従事したお前の部下の報告書を読ませてもらった。オペルの遺児……アストラは、お前の言う通りの男なのだろう。だが」
「自分の身も護れないようでは、部下の身も護れない。無謀な行いは必ず身に返って来る。家内もその辺りを気にしていたようで。その辺りを上手く諭してやる事が、俺には出来なかった」
「理解者はいても、師には恵まれなかったという事か。しかし、あの青年は何故そんな無謀な行いを繰り返していた?」
「オペルの遺言だそうです」

 ──後悔だけはするな。
 ──出来ない事に挑戦しろ。

「まさか。あの言葉を今も護っていると?」
「アストラの行動原理は、全部オペルの遺言に関係してます。オペル自身、こうなる事を望んでいなかったでしょうが」
「自分の出来なかった事を養子に託して何になる。奴ほどの男が、尻の穴の小さい」

 ディンゴ・レオンとオペル・ガレリアンの接点は、少ないようで多かった。災害救助を主要任務とする陸士386部隊に在籍していたオペルは、災害担当部隊最優秀前衛者として多くの災害現場に出動していたが、向かう場所は陸のみではなかった。
 世界を無に帰す次元災害。その救援作業に従事する次元航行部隊にも、幾度と無く出向している。
 優秀な防災士長として、ディンゴはオペルを深く信頼していた。
 空戦適性は無かったが、総合AAクラスの陸戦魔導師としての実力も高かった。人命救助という主要任務には不釣合いな突撃槍型インテリジェントデバイスを手に、命の危険が隣り合わせとなる災害現場へ突貫して行く勇猛さには敬服の念すら抱いていた。
 そんなオペルが大規模な次元災害で判断ミスを犯し、若い陸戦魔導師一人を犠牲にした。引き換えに助けたのは、当時まだ五歳未満だった男児である。
 事件後に家族も世界も喪って天涯孤独となった男児を引き取り、育て、自らは災害救助隊から身を引いて荒事処理の武装隊へ転属した。そうして幾年かの後、自宅で静かに息を引き取っている。
 苦い顔をするディンゴを、ゲンヤは少しだけ硬くした声で嗜めた。

「オペルは息子夫婦と生まれたばかりの孫を災害で亡くしてるんです。それも、災害救助隊として出動した現場で。アストラの件で若い魔導師を喪ってしまった事で、思うところがあったのでしょう」
「……そうか。そうだったな。今の言葉は失言だった」

 後悔だけはするな。出来ない事に挑戦しろ。
 愛する家族を救えず、同僚と要救助者を天秤に掛ける事しか出来なかった自らの非力を嘆き、自分には災害救助の資格は無いと結論を下した男。
 遺言は、養子にはそうなってはならないと暗に伝えるものだ。

「オペルの遺言を呪いにしているのは、奴そのものなのか、それともアストラなのか」

 取り返しのつかない現状でこれを議論するのは無意味だろう。それでも、ディンゴは思索せずにはおられない。かつて全幅の信頼を寄せた男と、彼が遺した青年に関する事なのだから。



 ☆



 何もする事が無い。
 何も出来ない。
 その事実が、フェベルの心を蝕んでいる。緩慢に、だが、確実に。
 重度の危篤状態を脱して一般病棟へ移されたといっても、アストラが意識不明の昏睡状態に陥っている事に変わりはないのだ。フィジカルを詳細にモニターしている医療機材や点滴等に包囲されているアストラを見守る事しか出来ない現実は、想像したよりも、ずっとずっと、辛かった。
 部隊内の担当医だったラナは陸士108部隊で通常任務を遂行する片手間で、一日一回この先端技術医療センターに足を運び、検診をしている。それも間もなくセンターで担当医が就く事になっていた。ここは戦闘機人技術も扱える管理局直轄の医療センターだ。医療技術に関しても働く医者に対しても信頼が置ける。
 けれど、アストラが何時眼を醒ますのか。誰も答えてはくれなかった。

「体重、三キロも落ちちゃいました。どうしてくれるんですか、アストラさん」

 精一杯笑みを作っても、ベッドで眠るアストラは答えてくれない。
 横合いの椅子から立ち上がったフェベルは、彼の顔を覗き込み、硬い頬を指で撫でた。髪に触れ、優しく梳き、額を掌で包み、輪郭を手の触覚で確認して行く。

「このままだと、私も倒れちゃいますよ?」

 冗談でも比喩でもなく、そう言った。胃が食事を受け付けない上に眠れない。分かってはいる。でも、駄目なのだ。繰り返す自己嫌悪が、身体に休息を与えてくれなかった。
 視線を首から下へ移動させる。沢山の管で医療機材に繋がれた身体。排泄も今は機械がやってくれている。その後の処理はフェベルも慣れた。左腕の欠損は、戦闘機人技術を応用すれば機械的な復元が可能だという。右足は見た目こそ再生されているが、長期に渡るリハビリが必要だろう。

「早く眼を醒まして下さい」

 そして、私を安心させて欲しい──。
 その時、病室の扉が開いた。患者の検診と医療機材の定期検査かと思ったが、違う。
 現れたのは、二人の少女だった。一人は紅い髪を三つ編みで結わえた女児とも言える容姿で、白い制服に袖を通している。もう一人は蒼い髪を短く揃えた活動的な風貌をしている少女の制服は綺麗な銀色だ。双方共、基礎色が茶色となるフェベルの制服──陸士部隊所属を示す色──とは雰囲気が違う。
 白は魔導師としての技術を教え導く戦技教導官の証であり、銀は災害担当局員の憧憬の的である特別救助隊の物だ。精鋭の中の精鋭の証左である。
 一端の局員では、簡単には話せない局員達だが、フェベルにとっては馴染みのある二人だった。特に特別救助隊の少女の事は、まだ幼い頃から知っている。
 二人は、すぐには病室に入ろうとしなかった。前に立つ特別救助隊の少女──スバル・ナカジマは、フェベルの表情を見た瞬間に言葉を飲み込んでしまっている。努めて明るく振舞おうとしたであろう笑顔が、徐々に色を失っていった。視線を彷徨わせ、後ろに立つ戦技教導官の少女──ヴィータの様子を窺おうとするが、彼女はうつむいたまま、微動だにしない。

「……お久しぶりです、フェベルさん」
「はい。スバルちゃんも、お元気そうでなによりです。でも、その敬語の癖は直して下さいね? 今はスバルちゃんの方がずっと偉いんですから」
「え、偉くなんてないですって。それに、フェベルさんには小さな頃からお世話になってましたし」

 頭を掻きながら笑うスバル。クイントが存命の頃、フェベルは隊舎に来ていた幼いスバルの遊び相手を良くしていた。彼女の姉であるギンガ共々懐かれていたし、頭も行動も子供そのものであったアストラの悪戯から姉妹を護っていた。お姉ちゃんと呼ばれて付いて来られた頃が、本当に懐かしい。

「そんな所にいないで、どうぞ入って下さい」
「はい、ありがとうございます。ほら、ヴィータさん」

 背中を押されても、ヴィータの顔は上がらない。
 赤毛の少女は、無言を護ってアストラの病室に足を踏み入れた。






 Continues.










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