根性戦記ラジカルアストラButlerS

破:私が貴方を好きになったワケ ♯.7







 口火を切ったのはスバルだった。

「ICUからは出ていたんですね。受付で聞いて驚きました」
「昨日、様態が安定して、それで。時期に眼を醒ますそうです」

 そう言いながら、フェベルはスバルとヴィータに椅子を勧める。何か飲むかと訊ねるが、スバルはやんわりと断り、ヴィータは静かに首を横に振った。
 二人は何も語らず、ベッドで眠るアストラへ視線を落とす。沢山の点滴と医療機材に囲まれて横になっている青年准尉の姿は、彼を知る者なら息を呑むに違いない。殺されても死なない男と揶揄されていたのだから。
 昔から馴染みのある者達──スバルやヴィータなら、その衝撃は更に強いだろう。

「怪我の方は?」
「右足の再生治療は終わってます。リハビリをすれば、人並みに歩けるようにはなるそうです。でも左腕は、もう無理だって」
「そう……ですか。ああ、でもあれですよ。私やギン姉、ノーヴェ達に使われてる技術を使えば、精巧な義手が出来ます。普通に生活する分なら、全然問題無い筈です」

 そんなスバルの提案を、ヴィータが鋭く否定した。

「……戦闘機人技術を、そんな事に使える訳ないだろ、馬鹿」
「す、すいません。良い考えかなぁって思ったんですけど。あはは」

 後頭部を掻きながら笑うスバルだが、すぐに肩を落として眼を伏せてしまった。
 ナカジマ姉妹は身体の大部分を人工物に置き換えている戦闘機人だ。その技術を転用すれば、確かに恐ろしく精密な義手義足も開発出来るだろうが、彼女達を構成する技術は人道的な面から途絶した形態だ。公に出来るようなものではなく、流用や転用は出来ない。
 そんな事は、スバルも重々承知の上である。言ってしまえば、彼女は当事者なのだから。
 冗談のように語ったのは、病室の空気を変えたかったからだろう。
 広い個室を満たす音が、人工呼吸器とバイタルチェッカーの駆動音だけとなる。扉の外で館内放送が鳴り、誰かが慌しく駆けてゆく靴音が響く。
 フェベルも、スバルも、ヴィータも、何も言わない。重圧のような沈黙。
 スバル一人が訪ねて来たら、フェベルももっと気を楽に出来たと思う。
 フェベルはヴィータの表情を窺う。アストラの青白い寝顔を見据えて離さない小さな戦技教導官の横顔には、何も浮かんではいない。冷徹なまでの無があるだけだった。
 ヴィータとは交流らしい交流の無かったフェベルは、この瞬間に彼女が何を考えているのか、全く分からなかった。デバイス暴走事件で顔を知り、アストラと高町なのはの私闘の一件で名前と性格を覚え、それから何度か顔を合わせたに過ぎない。その時だってお互いに管理局局員という立場で事務的な会話をしただけだ。
 嫌いな訳ではない。
 けれど、親しみを持てる訳でもない。
 昔なら、きっと友達になれたかもしれない。
 でも──。

「フェベル」
「はい」
「あたしに言いたい事があるなら、言ってくれ」

 それは懺悔なのか。
 それは後悔なのか。
 フェベルには分からない。でも、それは他者が判断して良いものではないと強く思う。

「こいつにアクセラレータを教えたのは、あたしだ」
「だからアストラさんがこうなったのは自分の所為だって、そう言いたいんですか?」

 何も答えないヴィータの肩が、震えていた。
 戦技教導官の白亜の制服に包まれた肩が、子供の華奢な肩が、戦慄いている。顔は自分の膝を向いたまま上がる素振りを見せない。太腿に乗せられた手は握り拳に変わっていて、強く、なにより強く、握られていた。

「……あたしがあの魔法を教えなきゃ、こいつはこんな風にならずに済んだ」
『それは違います、紅の鉄騎』

 電子音声が鋭く告げた。弾かれたように上がったヴィータの視線がフェベルに集中する。
 勿論、今そう告げたのはフェベルではない。彼女がポケットから取り出した突撃槍を相似縮小したシルバーアクセサリー──アンスウェラーだった。

『何時如何なる時も戦陣を斬る速さと、共に戦う仲間達を護る力と、不可能に挑戦する原動力。それを我がマスターに与えてくれたのは、紅の鉄騎、貴女だ』
「その結果が、これだろ」
『はい。しかし、これは我がマスターが望んだ事です。貴女は力と使い方を我がマスターに授けた。その反動は我がマスターも熟知していた。これは自己責任です。貴女が責任を背負う事柄ではありません』
「あたしは!」

 蹴り倒された椅子が、甲高い音を響かせて床に転がった。
 胸に手を当てて、唇を噛み締めて、瞳を濡らした赤毛の少女が、振り絞るように声を張り上げた。

「あたしはアストラを殺したくてアクセラレータを教えた訳じゃない! こいつに……こいつに勝って欲しくて……あの時、なのはに勝たせてやりたくて、それで教えたんだ! 頑張ってる時のこいつの顔が……あたしは……!」
『分かっています』
「ならどうしてあたしを責めねぇんだよ!?」
『何度も申し上げますが、これは自己責任です。貴女はアクセラレータに三段階の出力レベルを設定し、安全装置としました。アクセラレータ濫用の危険性も口頭で幾度も伝えています。教える者としての責任を果たしているのです、紅の鉄騎。それとも貴女は、これから戦技教導官として指導する魔導師達すべての生死の責任を負うというのですか?』

 小さな戦技教導官が息を呑む。フェベルが握るアンスウェラーに伸びかけた手が止まる。

『紅の鉄騎。私は貴女に一角の敬意を置いています。貴女だけではない。八神一佐や烈火の将、高町一尉は素晴らしい方々だ。他者の痛みを自らの痛みにして、共に乗り越えようとする強さを持った人間達だ。だが同時に、すべてを背負おうとしてしまう悪癖がある。本来は自らに責任の発生しない事柄にすら、心を砕いてしまう』
「……デバイスの癖に、説教するつもりかよ」
『伊達に我がマスターのデバイスを長年勤めておりません。紅の鉄騎。胸を張れとまでは申しません。しかし、貴女がアクセラレータを授け、教え導いたからこそ、我がマスターは今日まで走れたのです。それを悔やむ事は、我がマスターのこれまでの道を否定する事に他ならない。どうか我がマスターのこれまでを否定しないで下さい。成果と結果を残す事が出来なかった我がマスターを、これ以上哀れむのはやめて下さい』
「……お前は、これで良かったのかよ、アンスウェラー」
『我がマスターが満足しているのです。ならば、私も満足しています』

 満足。そう、アストラ・ガレリアンという青年の生き方は究極の自己満足と言える。彼のデバイスたるアンスウェラーは、その自己満足を補助装置に過ぎない。彼はそんな自らの役割に何一つ疑問を持っていなかった。遵守し、マスターが進む道を開拓し続けた。
 なら、私はどうなるのだろう。
 フェベル・テーターという個人は、彼等に対して、また彼等にとって、何だったのか。
 他者の感情を省みない。何者の束縛も受けない。自らの道をただただ突き進む。
 それは、果たして美徳と言えるのか。長所足り得るのか。
 自分を貫くとは、実に耳障りの良い言葉だ。その姿勢は強く、その心は気高く、見る者を惹きつける。
 フェベルのように。ヴィータのように。これまで彼を支えて来た者達のように。
 でも、そんな者達を無視して、無碍にしてまで、貫かねばならない自分とは、一体何なのか。どれだけの価値があるのか。そうする事で不幸にしかならないと分かっていても手放してはならない矜持とは何だ。
 アストラ・ガレリアンとアンスウェラーの哲学は、本当はそんな素晴らしいものではない。
 ただの──独善だ。

「私の気持ちはどうなんですか?」

 掠れた声で呟く。手の中にあるアンスウェラーと、眼前に立つヴィータを、ゆっくりと見遣る。

「アストラさんがいてくれたらそれで良かった私は! 私の気持ちは! どうなるんですか!?」

 視界が歪む。鼻の奥がつんとして息が苦しくなる。痙攣しそうになる咽頭とこみ上げる嗚咽を必死に抑える。崩壊しかける涙腺を死守する。
 どうしてそんなに身勝手なのだ。どうしてそんなに他者の気持ちを無視出来るのだ。
 顔も頭の中もくしゃくしゃにしながら、フェベルはラナの言葉を思い出した。胸騒ぎを覚えながらも、アストラを見送った分隊長室で、彼女から告げられた冷徹な言葉を。
 ──個人的には人様の配慮を当然と思って無碍にしてる野郎なんてどうでもいい。
 ──生きて欲しいって思う人達の想いを知ってて自分の命を軽視する奴に生きてる資格なんて無い。

「私はアストラさんが頑張ってる時の表情が好きだった! 出来ない事に挑戦してる時の横顔が最高だった! あれが見られなくなるのは嫌だし寂しい! でも、アストラさんが死ぬよりずっとマシだ!」

 今度はフェベルが椅子を蹴り倒す番だった。
 アンスウェラーを潰す気持ちで握る。
 ヴィータを射殺す気持ちで睥睨する。

「ヴィータちゃんがアクセラレータを教えなければ、アストラさんはこんな身体になるまで頑張らなかった! アンスウェラーさんが止めていてくれれば、アストラさんは左腕を無くす事も無かった!」

 一人と一機は何も言わない。アンスウェラーには端から期待していなかったから構わない。
 だからフェベルは小さな戦技教導官に詰め寄る。スバルが慌てて止めに入ろうとするが、知った事ではなかった。瞠目する赤毛の少女の襟首を掴み、頭の裏を焙っている憤怒という仄暗い感情をぶち撒けた。

「殺したくてアクセラレータを教えた訳じゃない? あの魔法が使用者にどれだけの負担を強いるか分かってた癖に! なのはさんに勝たせたいから? そもそも勝てる訳ないじゃない! 頑張ってるアストラさんの顔が良かったから? だからあんな自殺魔法を教えたの? 誰よりも先に戦線に突撃して、仲間の盾になって、傷だらけになれる魔法を教えたの? アストラさんの身体、本当に傷だらけなんですよ? 骨折は何回したか分からない、縫い傷なんて幾つあるか本人だって分かってない! 背中には射撃魔法の傷跡が沢山あった! あれを増やしたのは誰? 増やす為の力をアストラさんに渡したのは誰?」

 分かっている。こんな事をヴィータに言っても何も変わらない。極限身体強化魔法を教えたのは確かに彼女だが、最終的に使用の決断をしているのはアストラだ。アンスウェラーの言う通り、自己責任なのだ。
 いつもなら、きっとこうなる前にブレーキを踏めた筈だ。まともな睡眠を摂って疲労を抜いていれば、もっと優しく出来た筈だ。
 ヴィータだってもう充分に傷ついている。戦技教導官になれる彼女が、この事で責任を感じていない訳が無い。そんな事は重々承知だ。
 視野が狭い。意識が朦朧とする。頭の裏の仄暗い熱さが身体中に伝播する。スバルの制止の声が遠のく。でも、口は止まらない。自分が何を言っているのか分からないのに、激情に駆られた口が汚い罵詈雑言を吐き散らかしている。
 病室の扉が開く。誰かは分からない。半ば暗転している視界では何がどうなっているのか分からない。知っている女性の声。ラナだ。
 そう認識した瞬間、フェベルの意識は途絶した。



 ☆



 酷く陰鬱な気分だった。晴れない鉛色の空が何処までも広がっているような感覚が、身体と精神を弛緩させて来る。身体の疲労は耐えられなくもない範疇だが、不健康な状態に陥っている心だけは、どうにもならない。
 溜息とパンプスの靴音を残して、リーンは狭い通路を歩く。
 まともな光の無い空間だった。通路の床に沿って埋設されている照明が、彼女の行き先を暗闇の中に浮かび上がらせている。壁には一定の間隔で扉が現れるが、リーンはいずれにも足を止めなかった。時々聞こえる怨嗟の声にも耳を貸さない。
 第九無人世界。知的生命体が確認されていない原始的世界。
 その中で、時空管理局が調査活動拠点としている現地惑星「グリューエン」。
 リーンが歩みを刻んでいるのは、グリューエンの衛星軌道上に建造された特殊拘置施設の第一監房である。終身刑、または何百年の懲役を課せられた犯罪者の中でも、その扱いには特に慎重を期せねばならない者達だけが収容される施設だ。管理局が公には死刑制度を認めていない為に、莫大な維持費の掛かるこうした施設が数多と存在する。名目上は拘置所だが、実情は牢獄だ。
 距離的にはミッドチルダから近いと言われているものの、往復するだけで一日は掛かる。その上、拘置者と面会する為には山のような書類にサインをしなければならないし、最終的には管理局の上層部──統合幕僚監部の許可が必要だ。
 法務の専門家とも言える執務官であれば、そうした面倒な諸手続きはある程度スキップ出来る。しかし、今回リーンが面会を求めた相手は、あのジェイル・スカリエッティと双肩する大物だ。渋る統合幕僚監部の石頭達を納得させる為に、情報部総責任者の血縁者という立場を最大限に活用し、使えるパイプをすべて使っても、申請から面会実現まで時間が掛かってしまった。

「お爺様には、何かお礼をしないといけませんね」

 祖父の権力を傘に着る事は、リーンにとって恥ずべき行動だったが、早急に確認しなければならない事情があったのだ。ならば個人的感情はすべて捨てて、使える手段はすべて講じるべきだ。情報部という暗部として、管理局を裏側から支えている祖父インヘルト・ロイドから授かった教えでもある。
 そうした物思いに区切りをつけたリーンはある扉の前で足を止める。通路の最果て。終点にある扉。物理と魔力の複合二重構造の堅牢な扉は、AAAクラスの対物攻性魔法にも耐え得るよう設計されている。
 これから会う拘置者の経歴を考えれば、緊張を隠せなかった。通常ならば幾人ものの監視員と保安員が同席する面会室で行われるべき面会が拘置室で行われるのだから、条件も違う。監視カメラで異常が見受けられれば保安員が飛んで来るだろうし、拘置者は面会時、特殊な拘束衣を着る事を義務付けられる。身の危険は無いと断言出来る環境が整っている。
 面会を行うに際して、相手側が提示した条件が、リーンによる単独面談だった。ならば、情報獲得の為にも、ある種の危険は覚悟しなければならない。
 リーンは首筋に不快な泡立ちを感じずにはおられない。
 この面会実現の為に力添えを賜った八神はやて一佐からは、強い口調で警告を貰っている。

「知能の高い猛獣を扱うように接しろ、か。あのはやてにそこまで言わせるなんてね」

 太陽のようなあの女性に、人間としての尊厳を与えるべきではないと断言させた男。ジェイル・スカリエッティを超える外道というのは誇張表現ではないのかもしれない。
 リーンは掌に冷たい汗を感じながら、扉を解錠する。カードリーダーに認証カードを通し、三十六桁の認証コードを入力。更に指紋と声紋を確認し、一時間の時間制限の下で、扉が開いた。
 通路と同様に満足な照明の無い簡素な部屋。備え付けのベッドと小さな机と背凭れの無い椅子しかない。ユニットバスに通ずる扉は鉄格子だ。監視カメラは天井の四隅に四つ設置され、死角が無い。加えて常駐型の監視魔法が部屋そのものを包囲している。最低限のプライバシーも無く、基本的人権すら保障されていない。
 そんな監獄の主は、ベッドに座っていた。
 いや、置かれていたというべきか。
 長身痩躯を拘束衣で折り曲げられ、身動き一つ取れない達磨にされた男が、その眼をリーンに向けた。覇気の無い草臥れた銀髪の下で、整った相貌が無害な笑顔に変わる。
 犯罪心理の専門家からは、JS事件の雛形とも呼ばれているデバイス暴走事件。あの事件の首謀者にして、後の捜査で、ジェイル・スカリエッティとの繋がりが確認された男。
 レイン・レン。極めて個人的理由──デバイスを使いこなす事が出来なかった、という破綻した理由からデバイス暴走事件を画策した狂人。その眼がリーンに向く。何を考えているのか分からない、ともすれば昆虫のように無機物めいた眼光が、仄暗い監獄の中で蠢いている。

「はじめまして。時空管理局次元航行部隊所属リーン・ロイド執務官です」

 呑まれそうになる自らを内心で叱咤して、リーンは肩書きを告げた。
 すると、項垂れるような姿勢でベッドに座っていた長身痩躯の男が、予備動作無く立ち上がった。両腕は身体の前で交差、固定され、足も稼動範囲が極めて限定されている身形である筈なのに、不自由さを感じさせない所作である。
 レイン・レンがこの部屋に拘置されてから十年近くが経過し、年齢も四十近くである筈なのに。この男は、些かの衰えも抱えていない。

「遠路遥々ご苦労様です、情報部総責任者の孫娘さん」

 慇懃な口調と無害な笑顔で、レンが頭を垂れる。何処と無く皮肉を思わせる挨拶だ。
 産業系魔導師としては破格の才能を秘めた魔導師プレシア・テスタロッサが、愛娘を亡くした事故。法的に禁止された技術を使用したあの事故で、プロジェクトの実権を掌握していたのが、この男とされている。杜撰な安全管理体制が事故を招き、結果として、フェイト・テスタロッサという少女が創造された。
 デバイス暴走事件の詳細はリーンも把握していないが、彼を逮捕したのはクロノとフェイトだった筈だ。よく生きたまま逮捕したものだと感服する。
 自分なら、きっと、我慢しないだろう。

「良い眼をされますねぇ、聡明な女性執務官さん。かつての貴女、そうですねぇ、本局直属の武装隊で犯罪者に過剰な危害を加えていた頃の貴女なら、この場で無抵抗な僕を撲殺していた事でしょう」
「……よくご存知ですね」
「存じています、存じていますとも。事件当時のクロノ君の事は、その人間関係の仔細に至るまで把握しておりました。僕、クロノ君が大好きだったんですよ。彼は元気ですか? 人造人間の出来損ないとキャハハウフフしてます?」
「譬え妄想の類であったとしても、彼等を陵辱してみなさい。執務官の資格を剥奪されようとも、貴方をこの場で再起不能にします」
「それでしたらご安心下さい。僕はホモでもゲイでもありません。人造人間の出来損ないも、知っているのは十歳前後の容姿だけです。幼女趣味ではない僕に、あれで性的興奮をしろというのは些か難儀ですよ?」
「……次にフェイトを侮辱した場合、身の安全は保障しません」
「んーこれは瞬間湯沸かし器なお方だぁ。カップ麺を作る時に重宝しそうですねぇ」

 笑いを堪えるように、レンが身体を歪める。針金のような痩躯がケタケタと揺れる様は、異様を超越して滑稽だった。

「まぁ、僕をブチ殺して貴女の気が済めば良いのですが、それでは貴女がこんな糞田舎くんだりまで来た意味が無いでしょうに。僕のような頭のおかしい変態と遊びに来た訳じゃないっしょ?」

 言われるまでもない事だった。それでも、この苛烈な先制攻撃は予想を超えていた。
 自分の事は別に良い。かつての自分は糾弾されて然るべき人間だ。批難は甘んじて受ける覚悟は今も変わっていない。だが、そんな自分に厳しくも優しい言葉を掛け、心を砕いてまで接してくれた人達を意味も無く誹謗中傷する事は許容出来なかったのだ。
 吐息をつく。個人的感傷に蓋をして、熱くなっていた身体を諌め、意識を執務官のものにする。そうでもなければ、決して長くはない制限時間を浪費して終わってしまう。

「レイン・レン。貴方には幾つか質問したい事があり、今回面会させていただきました」
「ええ、私もそのように聞いております。いやぁ、人肌が恋しかったところなんですよ。豚箱に入れられてからはスカっち関係の尋問しかなくて」
「ス、スカっち?」
「スカリエッティですよ。彼と僕は互いにスカっち、レンたんと呼び合う花園的仲だったのですよ。まぁ、彼をスカっちと呼ぶ度にトーレ君から殴る蹴るの暴行を受けていたんですけど。まったくあの筋肉娘め。ISを使わない格闘戦なら僕に勝てない癖に」

 流石双方違法医学に手を染めた狂人だ。これはもうある種のシンパシーだろう。
 軽い頭痛すら覚えながら、リーンは続けた。

「協力していただけるのであれば、私の権限内での報奨は用意します」
「最愛のクロノ君と人造人間の出来損ないの近況報告を所望します」

 次の瞬間、リーンの回し蹴りがレンの首筋を捉えていた。己を律しようとした一瞬前の自分はあっさりと瓦解した。
 長身が腹を軸に一回転し、壁に衝突。そのまま床に崩れ落ちた。

「私は再起不能にすると言いましたよね。このクソもやし野郎が」
「いやもう有言実行過ぎるでしょ常識的に考えて。流石は次元世界を統べる暴力装置の法務担当、本物のMなら勃ってしまうほどに暴力的だ」

 驚異的なバランス感覚ですっくと立ち上がった狂人は、文句を言いながら、あらぬ方向に曲がった首を壁にぶつけて本来の場所へ戻した。
 もう駄目だ。こいつはまともではない。言葉の上では分かっていたが、今感覚で理解した。こいつと比較すれば、ジェイル・スカリエッティは常識人として通用してしまう。レイン・レンとは理性的な会話が成立しない。必要な情報だけを得て、早々に暇を告げるべきだろう。
 再び吐息。感情的になった自分を今度こそ御する。

「貴方が使用していた極限身体強化魔法アクセラレータ。これについて質問します」
「……それは一体どういう意味でしょうか?」
「あれは貴方が記述開発したもので間違いありませんか?」

 満面の笑みで首肯する狂人。

「ならば、あの魔法の後遺症対策は? 戦闘行動に不要な身体機能を休眠させるアクセラレータは、効果こそ非常に強力ですが、反動が凄まじい。貴方はこのデメリットをどう克服していたのですか?」
「その質問の意図は?」
「貴方に質問する権限はありません」

 これは手厳しいと、狂人が拘束衣のまま器用に肩を竦める。
 狂った科学者への詰問は、リーンの中で一縷の望みのようなものだった。
 多大な成果は端から期待をしていないし、手遅れとなったアストラの身体は、治癒魔法を用いた現代医学でも完治不可能だ。もう陸戦魔導師として前線には立てない。それどころか、普通の生活にすら支障を出る。今更対処法が分かったところで、何をしてやれる訳でもない。
 だが、何かあるかもしれない。そうした希望が確かにあった。
 アストラ・ガレリアンと出逢って、まだ日も浅い。彼とは小さな合同捜査本部の責任者と出向執務官の関係だ。所属の違う遠い同僚。AAAクラスの航空魔導師とA+の陸戦魔導師。非凡と凡人。隔たりは決して薄くはない。
 そうした諸々は、リーンにとって些事に過ぎなかった。考慮するに値しない。
 アストラ・ガレリアンという青年が、リーンは嫌いではなかった。
 精神論のみで動いているような非生産的思考で、無秩序が人の形をしていると言っても過言ではないし、理解不可能な言動は多々見受けられる。こんな人間が前線分隊の分隊長をやっていて、陸士部隊の稼動状況を危惧したのは事実だ。
 だが、あれだけ前だけを見て、懸命に生きている人間は、きっと少ない。
 アストラ・ガレリアンには、出来るのか、出来ないのか、という選択肢が無い。
 やるのか、やらないのか。彼は自らにその二択のみを課している。
 そこに躊躇は無い。逡巡が無い。後悔も無い。
 苛烈で、ユニークで、とても魅力的な生き方だと強く思う。
 彼がもっと大人な性格だったら、男性としての魅力も感じていたかもしれない。
 いや。大人だったら、あのような生き方は出来なかっただろう。人を惹きつける事も無かっただろう。
 今は一人の友人として、アストラを助けたかった。
 長身痩躯の狂人は何度か瞬きをした後、何でもないように告げた。

「アクセラレータの後遺症の対策なんてありませんよ。あんなの使うのはイカレた僕くらいのものでしょうに」

 過度な期待はしていなかった。だが、一握の希望が無かったと言えば嘘だ。
 表情にも口調にも失望を出さずに、リーンは言った。

「貴方はデメリットを熟知した上で、何の対処法も無いまま使っていたのですか?」
「確かにアクセラレータの反動は洒落になりません。しかし、常用しなければ何とかなります。僕があれを切り札にしたのは、そういう意味もありましたが……しかし、リーン女史は何故そんな事をお知りになりたいので? 知人にアクセラレータを使った馬鹿がいたのですか?」
「繰り返しますが、貴方には質問する権限はありません。アクセラレータの事については了解しました。ご協力感謝します」

 欠片も感謝していない癖に、と薄笑いを浮かべて嘯く狂人に、リーンは持ち込んだ電子端末を操作して、膨大な電子書類を仮想ディスプレイに展開する。すべてはここに来る直前に無限書庫の司書長から直々に渡されたものだ。

「二つ目の質問です。ジュエルシードと呼称される古代遺失物はご存知ですか?」
「種別は次元干渉型。形状はエネルギー結晶体。出力は非常に強力で、大規模な次元震すら発生させる物騒極まる代物だ。古代ベルカの文献では願望器であるとされていますが、使用者の願望が正しく成就された記録は殆ど無い。そう、殆どねぇ」

 狂人が肩を震わせる。その嗤い声は鼓膜に粘りつく。

「ジュエルシードは管理局で確保後、機能を解析後、封印処理を施し、民間に供与されていました。貴方のお友達のスカリエッティの手にも幾つか渡っています」
「ふむ。それで?」

 リーンの操作に従って、仮想ディスプレイがレイン・レンの眼前に移動する。
 表示されているのは、質量兵器型古代遺失物改め、人型機動兵器ステイシスの詳細なスペックと、その開発概要と、開発者名。

「この質量兵器は、貴方とスカリエッティが共同で開発した、残存するジュエルシードを回収する為の機体……違いますか?」






 Continues.

 何年ぶりかにレイン・レンを書きましたが、愉快な子でした。









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