根性戦記ラジカルアストラButlerS

破:私が貴方を好きになったワケ ♯.8







 見覚えのある天井。微かな薬品の匂い。清潔なシーツ。
 どれもが慣れつつある医療センターのエトセトラ。
 霧散していた意識が、徐々に線を繋げ、輪郭を成して行く。身体の虚脱感は酷く、酩酊した時のようだった。重度の睡眠障害と過労に因る失神から回復した直後なのだ。無理も無いだろう。
 明瞭としない頭のまま、フェベルはまるで他人事のように、現状を分析する。
 雨音が聞こえた。弛緩する身体に鞭を打ってベッドを出て、カーテンを開ける。
 黒灰色の空があった。雨脚は決して強くはない。しかし、薄弱としてはそれに止む気配が無い。
 フェベルが眠っていた場所は、アストラが移された一般病棟の病室と同じ個室だった。見下ろした自身の衣服は、陸士部隊の制服ではなく、無味乾燥な患者衣。点滴を吊るすスタンドがベッドの横合いに屹立していて、右手から伸びた管と点滴を繋げていた。
 こうなってしまった理由は、今更思索するまでもない事だ。
 心身の疲労困憊。特に感情の抑制が全く効かなくなってしまった時に、ヴィータが現れた。アストラの重傷は自らが原因だと消沈している彼女を、自分は口汚い罵詈雑言で責め立てて、限界を振り切った精神が保身の為に意識を断絶させた。
 情けない。アストラなら、何をやっているのかと鉄拳制裁を決行する醜態。
 ヴィータに過失は無いのだ。そんな事はアンスウェラーに言われるまでもなく分かっている。
 でも、耐えられなかった。我慢出来なかった。この苛立ちを、この悔しさを、このやるせなさを、誰でもいいから吐露してぶつかなければ、駄目になってしまいそうだったから。
 フェベルは足を引き摺るようにしてトイレに向かった。途中、自分が点滴を打っている事に気付いて、不慣れな手付きでスタンドを引っ張る。
 個別に完備されているユニットバスの扉を開け、小さな鏡を覗き込んだ。

「……少し、マシになったかな」

 あれからどれだけの時間が経過しているのか分からないが、肌の質も眼の下の隈も、幾分か回復しているようだった。だが、顔色は最悪を維持している。ただでさえ痩せ気味の身体なのに、また体重は落ちているだろう。

「どれくらい、寝てたのかな」

 ハンガーに吊るされていた制服のポケットを漁る。引っ張り出した個人端末で日付と時間を確認すると、あれから三日が過ぎている。随分と派手な寝坊をやらかしてしまった。
 108部隊の仲の良かった友人達からは沢山のメールが届いていた。出向した経験のある他の陸士部隊からも、幾つか激励のメールが受信される。
 JS事件の折、陸士108部隊は、首都防衛ラインの最前線に立ち続けた。本来は地道な事件捜査を主な仕事としているのに、機動六課との協力関係から自分達が適任であるとナカジマ部隊長が判断した結果である。首都航空隊の主戦力が《聖王のゆりかご》攻略戦に割かれ、高ランクの航空魔導師の支援が期待出来ない戦況で、陸士108部隊の前線第一分隊は、最も過酷な最前線で死力を尽くした。
 戦陣を斬ったのは、分隊長のアストラ・ガレリアン准尉。AMF環境下で浮き足立つ陸戦魔導師達を叱咤激励しながら、ガジェット達を破壊し続けた。防衛ラインの一部に過ぎなかったが、その一部を死守したのは、紛れも無く108部隊の前線第一分隊の獅子奮迅の賜物である。
 フェベルは副官として防衛ライン駐屯地に出て、情報面で彼を直接オペレートしている。息の合った前線と後衛の奮闘する姿は、騒乱終結直後、他の陸士部隊でも話題に上った。情報処理の専門家として幾つかの陸士部隊に出向して来たが、防衛戦での謝辞を賜ったのは一度や二度ではなかった。
 縄張り意識が必要以上に強いと囁かれる陸士部隊だが、一度でも繋がれば、その絆は非常に強固なものとなる。フェベルの電子端末に送られて来たメールは、その絆を感じさせるものだった。
 アストラの安否を気遣うもの。フェベルの心身を労わるもの。ステイシス邀撃に使命感を燃やすもの。そうした諸々だ。アストラが先端医療センターに搬送されて数日が経過した時から来ていたメールだが、この三日間で爆発的に増えていたようだ。
 嬉しかった。有難かった。心強かった。
 そうした諸々のメールの中に、スバルの物を見つける。
 文面は、突然訪ねた事を謝罪するものだった。それから、無理をしないよう諌める言葉もある。ヴィータと落ち着いて話す機会を作って欲しいと懇願する内容で締め括られていた。
 妹のように思っていた少女に、取り返しのつかない醜態を見せてしまった。今度逢えたら謝罪しなければいけない。ヴィータとの事も──。
 その時、部屋の扉がノックされた。声を上げて応じると、現れたのは見慣れた女性看護士だった。アストラが搬送された時から、彼の看護を担当してくれている。

「良かった。気がついたんですね」
「あの、この度は、その。余計な手間をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした」
「いえ、気にされないで下さい。正直申し上げて、私個人としては、ガレリアンさんよりもテーターさんの方が心配でしたので」

 どうやら三日前の自分は、相当に余裕が無かったようだ。
 看護士が医師を呼び、簡単な診察が始まる。結果は貧血と栄養失調と過度な疲労。倒れた原因は何一つ解決されていないらしく、当面は安静にしているよう通告された。108部隊には連絡されているらしく、眠っている間にナカジマ部隊長や両親も一度見舞いに訪れていたらしい。

「あの、アストラさんは?」

 診察を終えた医師を見送った後、フェベルは女性看護士に訊ねた。

「まだ眠ったままですが、順調に回復されています。フォスター医務官は呆れられていましたが、あれだけ早く生命維持装置が外せるとは思われていなかったようです」
「……殺しても、死なない人ですから」

 勿論比喩だ。でも、何処か心の底で本気にしていたかもしれない。クラナガンを二度戦火に飲み込んだ大規模騒乱事件を最前線で経験しながら、大怪我を負いながら、でも生きている彼を無責任に信頼していたのかもしれない。
 その時、再び扉がノックされた。声を上げて対応しようとするフェベルと手で制した看護士が扉を開ける。
 現れたのは一組の男女だった。陸士部隊用の制服だが、襟に付いている部隊章は首都航空隊──航空武装隊だ。
 全く見覚えのない顔触れだったので、フェベルの身体は無意識に強張ってしまう。航空武装隊は、厳しい適正試験に合格しなければ、長期的且つ過酷と噂される航空校に入学すら出来ない。飛行魔法の行使だけならば難しくないが、空戦ともなればその難易度は桁違いに上昇する。航空武装隊は、その中でも精鋭中の精鋭である。
 そんな人達が、どうしてこんな所に。

「ミッドチルダ首都航空隊、1321隊所属のアトラー・カウテル三等空尉、失礼します!」
「アトラー、ここは病院です、静かにして下さい。同隊所属ヴィルチ・ファーラル三等空尉、失礼します」

 アトラー・カウテルと名乗る男性局員は緊張した物腰で敬礼して。そんな彼に呆れ顔で忠告をした女性局員が倣うように敬礼を残し、病室へ入る。
 駄目だ。名前も記憶に無い。ただ、その所属隊だけは聞き覚えがある。何処だろうか。あちこちの陸士部隊には応援で何度も出向しているが、流石に航空隊にまでお呼ばれした事は無い。
 しかも二人の態度が奇妙だ。まるで上官に接するような慇懃な物腰である。二人の航空隊員──アトラー・カウテルとヴィルチ・ファーラルの階級は、一等陸士であるフェベルよりも遥に上の三等空尉だ。
 綺麗な形式通り敬礼は、本来なら、フェベルの方が採るべき所作である。

「ちょ、あ、あああの、やめて下さい。何処のどなたか存じ上げませんが、その、階級も所属もお二人の方がずっと上というか、そういう事なので本当にこ、困ります」
「いえ! ガレリアン准尉の副官殿であられるテーター一等陸士に粗相は出来ません! この際、階級や所属等は気になされないようにお願い致します!」

 胸を張り、腰の後ろで手を組み、足を肩幅に広げて顎をぐっと引く。何とも馬鹿丁寧な休めの姿勢である。はじめて逢った将校に接するような態度とも言えるが、アトラーがどれだけ緊張しているのかは、硝子戸が震える大音量の声音で良く分かった。

「申し訳ありません、患者さんの身体にも響きますので、もう少し声は抑えていただけますか?」

 看護士の苦情に、アトラーではなく、ヴィルチが申し訳ありませんと深々と謝罪し、そのままアトラーの爪先を思い切り踏み締めた。踵の低いパンプスではあるが、破壊力は絶大だった模様だ。涙眼で足を抱え、しかし、看護士の苦情を律儀に守って大きな悲鳴を上げない三等空尉。ただ恨めしそうにヴィルチを睨んでいる。
 実にユニークな二人組だ。精鋭部隊である航空武装隊は、規律やモラルに厳格な場所だと想像していたが、この二人からは陸士部隊に漂うアットホームな雰囲気を強く感じる。
 アトラー・カウテル三等空尉は、これから初の実戦に挑む新兵のように緊迫を隠さないが、何処かアストラと似た雰囲気を帯びている青年だ。短く刈り上げた頭髪と精悍な顔立ちは凛々しいが、お世辞にも良好とは言えない鋭い眼付きと、着崩している制服が、粗野な印象を周囲に撒き散らしている。
 ヴィルチ・ファーラル三等空尉は、隣に立つ青年空尉とは対照的だ。端麗な顔付きだが表情は乏しく、些か淡白である。隙の無い佇まいと綺麗に着こなした制服の影響で、有能な秘書を連想させる。だが、くつろぎながらも一定の緊張感を帯びている物腰は、紛れもない戦闘魔導師の所作だ。長年アストラの側で多くの戦闘魔導師を見て来たフェベルは、何となくだが、それが分かる。
 不意に強い郷愁に駆られる。
 肩を並べるアトラーとヴィルチの姿が、かつてのアストラと自分に重なったのだ。
 自分達は、もうあの頃には戻れない。
 自分は、すぐにでも復帰する。けれど、アストラは戻れない。陸戦魔導師どころか、日常生活にすら支障の出る重傷を負ったのだから。
 陸士108部隊に転属となってから、ずっと味わっていた世界。
 時空管理局を退職するまで身を浸せるだろうと思い込んでいた、居心地の良い空間。
 自分とアストラの居場所。
 それは、何処か遠い世界に往ってしまった。どれだけ手を伸ばしても、もう邂逅は出来ない。
 看護士は、航空武装隊の二人とうつむいてしまったフェベルの間で不安な視線を彷徨わせる。だが、彼女はこの先端医療センターに勤務する看護士だ。他にも巡回しなければならない病室は幾らでもある。看護士は会釈を残すと、後ろ髪を引かれるような足取りで病室を去った。
 靴音が遠ざかった頃。ヴィルチが口火を切る。

「突然の訪問で申し訳ありません。昨日お訪ねしたのですが、まだお目覚めになられていなくて。今日は偶然近くを通り掛かったので、お邪魔したのですが」
「お加減は如何でしょうか!?」
「は、はい。私は、ただの過労だったので、もう大丈夫です。ご心配をお掛けして申し訳ありません。あの、ところでお二人はどういったご用件でここに……?」

 同じ部隊に所属する局員なら、負傷した同僚を見舞う事もするだろう。しかし、この二人は精鋭の航空武装隊。しかも何処かで顔を合わせた記憶も無い。接点が無いのに、こうして普通以上に友好的態度を採られると、杞憂が感謝を勝ってしまう。
 不安な視線で二人の動向を見守るフェベル。ヴィルチは何度かアトラーの脇を小突き、彼に主導権を移そうとしているが、肝心の青年空士は緊張した面持ちで沈黙を維持している。上がり症なのだろうか。
 やがてヴィルチが諦めた様子で嘆息をつき、肩を竦めた。

「再三ですが、申し訳ありません。緊張で思考が纏まらないようです」
「緊張、ですか?」

 一介の一等陸士に逢う事に、何故航空武装隊員が緊張しなければならないのだろう。

「彼──アトラーは、ガレリアン准尉にとても大きな憧れを抱いているんです」

 頬を苦笑で緩めたヴィルチ。フェベルは、彼女の発言の意味を理解しようと咀嚼する。しかし、異国語と聞かせたような感覚に陥ってしまって、それどころではなかった。
 この女性空尉は何を言っているのか。栄えある航空武装隊員が、よりもよって、あの人の形をした馬鹿に憧憬を持っていたなんて。

「……本当に、ですか?」
「はい。戦闘スタイルも、元々の先天資質や魔力資質の影響もありますが、ガレリアン准尉同様の突撃スタイルです。ホント、支援泣かせな相棒ですよ」

 肩を竦める女性空尉。その気苦労は、嫌でも共感出来た。実際現場に出て直接支援をする訳ではないが、フェベルもああした無謀な作戦行動を実行する馬鹿の相棒なのだから。

「ガレリアン准尉とは、訓練校時代の実地訓練中に何度かご一緒しました。その時に感銘を受けたそうですよ。危険な活動家の武力摘発の際、魔力資質に左右されず、同僚を護る為に盾になって、抵抗する武装組織の拠点に突撃したガレリアン准尉が、とても眩しく思えたようです」
「あんなの見習っちゃいけませんよ。自爆しちゃうだけです」
「ええ。私も常々そう言って聞かせているのですが、流されています。ヴィータ隊長が何度も矯正しようとしましたが、結局は駄目でした」
「ヴィータ、隊長?」
「私やアトラーが所属する航空1321隊の隊長は、ヴィータ一等空尉です。正確には元ですが。今は戦技教導隊員として、私達を指導してくれています」

 だから彼女達には見覚えが無くても、その部隊名には覚えがあったのだ。
 記憶が三日前に遡る。極度の肉体的過労と精神的疲労で気を失ってしまう直前、鬱屈とした感情を、制御不能な憤りをぶつけてしまった赤毛の少女を思い出す。でも、その表情は記憶から綺麗に抜け落ちてしまっている。同僚や上司から絶賛された良好な記憶力を駆使しても、ブラックアウトしたディスプレイのように、何も浮かんで来ない。
 シーツをぎゅっと握る。躊躇ったのは一瞬で、フェベルはヴィルチに問う。

「あの、ヴィータちゃんは?」
「……一昨日、ヴィータ隊……ヴィータ教導官の教導があったんですが……あまり、体調が芳しくなかった様子で。現在首都航空隊が最大脅威として警戒している質量機動兵器ステイシスの対策でお疲れなのかと思ったのですが」

 間違いなく自分の所為だ。今回の事態が、アストラの無謀な生き方の結果生まれた自業自得だというのに、仄暗い激情に駆られて、すべての原因をヴィータに求めてしまった。

「ヴィータ教導官を仮想敵として、ステイシス対策訓練が実施されたのですが」
「俺達二人で、勝っちまったんですよ、ヴィータ隊長に。それまで何度挑戦しても勝てなかったのに。すげぇアッサリ、勝てちまったんです」

 アトラーが呟くように、自らの発言の意味を反芻するように、口を開く。

「おかしいと思って、話を聞こうとしたら、全然駄目で」
「それで自分達で調べたって訳です。そしたらこの前の十三地区に出たステイシスに、ガレリアン准尉がやられたって事が分かって。ヴィータ隊長、ガレリアン准尉とは昔馴染みだから、それで元気無かったのかなって思ったんですけど」
「それだけで、ヴィータ教導官があんな顔をする訳が無い。原因はもっと別にあると考えました。それで」
「……私が、ヴィータちゃんに、酷い事を言ったんです」

 微かに聞こえる館内放送に飲み込まれてしまうほどの声量で、フェベルが囁く。

「アストラさんがもう戦えない身体になったのは、ヴィータちゃんの、所為だって」
「それは……どういう意味でしょうか?」

 ヴィルチの声に戸惑いが篭もる。尊敬している上官に重大な過失があると言われたのだから、すっと眼を細めた彼女の反応は極々当然であろう。
 フェベルは躊躇を覚える。逡巡し、思索する。
 この二人に、事情を話してしまって良いものか。アストラを慕ってくれていると言っても、直接言葉を交わした事は殆ど無い。陸士と空士で所属も階級も全く違う。その上、ヴィータの元部下だ。部隊を離れ、戦技教導官となった彼女を、今も強く信頼しているのは間違いない。尊敬する元上官を感情に振り回されて罵倒してしまった自分を、快く思わない筈だ。
 でも、と。フェベルは逡巡を終えて、躊躇を蹴散らした。
 誰かを傷つけておいて、自分が傷つくのが怖いなんて。そんな臆病者、アストラはきっと嫌う。そんな卑怯者にはなりたくない。ヴィータに謝罪する時、逢わせる顔が無くなる。
 浅い吐息の後、フェベルはこれまでの経緯を二人にゆっくりと話し始めた。

 これは夢だと思う。
 陸士108部隊。その前線第一分隊。自分は活力も体力も十二分に備えている身体で、分隊のフロントアタッカーを務めている。性に合わない分隊長ではない。戦陣を突破し、鍛えた体躯と防御出力を最大限に活用して、同僚達の仕事が円滑に進むよう尽力する。それが課せられた仕事。
 クイント・ナカジマ准尉が存命し、辣腕を振るっている頃は、そうだった。

「なーにもうダウン!? そんなのじゃ高町なのはちゃんには追いつけないわよ!」

 場所は隊舎の訓練施設だろうか。見慣れている筈なのに、疎外感のような感覚を持ってしまう空間で、アストラは大の字になって荒い呼吸を繰り返していた。アンスウェラーは横に投げ出され、バンプレート部に填め込まれている中枢クリスタルを明滅させている。

『ガッツです、我がマスター』

 簡単に言ってくれる。アストラは苦笑して、痺れる膂力に鞭を打ち、柄を握った。

「もう、高町の背中追うのは、止めたんスよ。この前ので、納得しましたから」
「勝てない事に?」

 そう、勝てない事に。でも、この決断に悔いは無かった。むしろ、晴れ晴れとした爽快な気分だった。将来を約束されているあの白亜の少女と、極々短時間ながら、互角の戦闘を展開出来たのだ。僥倖も僥倖。エクシードモードという切り札まで使ってくれたのだ。これ以上を望むのは贅沢というものだ。

「なら、これからは何に挑戦するの?」
「そうっスね。アクセラレータを使わずにクイントさんを負かす事っスかね?」
『現状、第一段階ギア・ダブルを行使しても、クイント女史には及びません。第二段階のギア・アクションならば勝算は充分にありますが』
「誰があんな寿命縮むような強化魔法を使わせるものですか。まぁ、君ならそう遠くない内にやれるかもね。私がこのまま訓練もデバイス強化もしなければ、だけど」

 デバイスを待機形態に可変させたクイントが、倒れたままのアストラへ手を伸ばす。

「一回り以上も歳下の部下相手に全力出すとか大人気無さ過ぎっス。俺だってあれっスよ、見事な成長グラフを描いて早々に追いついてやりますよ。こっちにはちっちゃな鬼教官殿がいらっしゃいますんで」
「あら。分隊長の私が直々に訓練相手をしてあげてるっていうのに」

 拗ねたように唇を尖らせる淑女の分隊長の手を握り、身体を起こすアストラ。
 クイント・ナカジマは多忙な陸士だった。108部隊の前線第一分隊分隊長と地上本部に在籍する名も無き部隊──便宜上ゼスト隊と呼ばれていた──に出向し、特殊且つ危険な事件捜査に従事している。これで二児の母までやっているのだから、アストラには想像も出来ない激務の日々だろう。
 プライベートの時間はおろか、休息の時間にすら事欠く始末に違いない。
 それなのに、どうして自分のような馬鹿に甲斐甲斐しく構ってくれるのか。
 日頃の戦闘訓練や書類仕事の面倒を見るだけではない。事件現場に出る時は必ず連れ出すし、近隣の陸士部隊との共同捜査にも積極的に参加させる。クイントがアストラにしているのは、分隊長としてのトレーニングに近いものだった。
 他にもっと適任がいる筈なのに。自分のように何も考えずに最前線に突貫するような生粋のフロントアタッカーに、この多忙な捜査官は何をさせようとしているのか。108部隊に配属されてからずっと疑問だった。
 その疑問を、アストラは包み隠さずにぶつけた。すると、若い二児の母は、破顔してこう言った。

「危なっかしいもの、君は。というか、君の生き方は、かな」
「生き方?」
「自分から壁を見つけて、それに正面からぶつかって行く。その壁を壊すか、ぶつかる事に満足するか、どちらかに至るまで、ずっと壁に体当たりし続ける。とっても素敵な生き方だけれど、でも、ずっと続けられるほど、大人の世界は簡単じゃないわ」

 就職年齢の低いこの世界じゃ禁句かなとクイントは肩を竦める。

「私は君のその生き方を否定しないつもりよ。でも、行動は変えさせようと思う」
「行動を、っスか?」
「人格否定なんて悲しいでしょ? そりゃ倫理的に問題あるようなら矯正も辞さないけど。それに、性格を変えるのは簡単な事じゃない。でも、行動を変える事は誰にだって出来る」

 何やら小難しい話だ。聡明だが何処か子供っぽさの残滓を漂わせているこの上官は、時々こうして、アストラの感性では理解の難儀な話を説く事がある。自分の事を思って言ってくれているのは、アストラでも肌で分かるのだが。正直、今のような話は、全くピンと来ない。

「アストラ。君はまず自分を大切にしなさい。そうじゃないと、君の生き方は、きっと君自身を不幸にする。君を支えてくれている人達を悲しませてしまう。自分自身を大切にすれば、その生き方はとても素敵なものになる。君を活かして、君を支えてくれる人達を笑顔にする筈よ」
「いや、俺自分の事超大切っスよ? 自分の遊ぶ時間最優先っス」

 そういう事言ってるんじゃないの、と。仕方が無い様子で苦笑を浮かべたクイントが、アストラの額を乱暴に、でも優しく小突いた。二児の母親である繊細な指は、無骨で冷たい鋼の装甲で覆われていて、硬かった。
 別に冗談で軽口を叩いたつもりは無かった。自分の事は大切だ。それは間違いない。でも、痛みを恐れていては、後悔をしない生き方は出来ない。出来る事柄だけに囲まれていれば微温湯のように心地良いだろうが、それは魂が緩慢な壊死に晒されているだけだ。
 だからアストラは、この時のクイントの話を謙虚に聞く事は無かった。日頃の口煩い説教の一環だろうと、右から左に殆ど聞き流してしまった。
 ただ、何か大切な事を教えてくれようと、この多忙な上官殿が貴重な時間を割いてくれている事だけは理解した。
 一度は聞き流した言葉を何とか思い出して。頭の片隅に置いて吟味して。
 でも、答えが出なかった。
 だから、今度時間がある時に意味を聞こうと決めたけれど。
 極秘捜査中に行方不明となったクイントが遺体となって発見されたとの報告を聞いた時、途方も無い喪失感と共に、彼女が何を伝えようとしてくれていたのか、一生分からない事を悟った。
 でも、それが今なら分かる。
 自分を大切にしなければ、自分を不幸にしてしまう──。
 支えてくれた人達を悲しませてしまう──。






 Continues.

 登場した新キャラ二名ですが、友人の一人が、とあるヴィータ合同誌で出した子達です。物語進行上、いた方が盛り上がるのでお借りしました。友人に感謝。
 sts放送時代から何故かクイントさんがお気に入りでした。回想シーンのみで動いているところは殆ど無かったキャラクターですが。
 リニスやリインアインスに通ずるモノがあるから、だとは思うのですが。










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