根性戦記ラジカルアストラButlerS

破:私が貴方を好きになったワケ ♯.10







 簡単な事だ。これは解雇通告だ。
 アストラは使役する側で。アンスウェラーは使役される側で。この二人を結んでいるのは使う者と使われる物という簡素な関係だ。これを断つ事は簡単である。今しがたアストラから出された最後の命令を粛々と実行すれば良い。《現使用者》の登録と個人情報すべてを抹消し、魔導端末として一度リセットすれば完遂される。
 それは嫌だと思った。
 思うではない。嫌だ。
 使役する者と、使役される物。
 アストラも、アンスウェラーも、自分達の事をそう評価していた。普通の魔導師とデバイスとは違うと言う者達全員にそう断言して来た。
 使役する者と使役される物?
 違う。断じて否だ。自分達はそんな無味乾燥で味気無い関係ではない。
 アンスウェラーの周囲には、強固な絆で結ばれたマスターとデバイスが多い。
 高町なのはとレイジングハート・エクセリオン。
 フェイト・テスタロッサ・ハラオウンとバルディッシュ・アサルト。
 八神はやてとリインフォース・ツヴァイ。
 彼女達とは、少し違う。
 譬えるなら、彼女達の直系となるスバル・ナカジマとマッハキャリバーだろうか。彼女達の関係に近い。地上滑走型の特異な魔導端末は、己のマスターを《相棒》と呼び、時として叱責し、共に最前線に挑み続けている。
 自分とアストラは、あの一人と一機のように無骨ではない。いや、荒々しさで言えば確実に自分達の方が酷いのだが、違うのだ。
 アンスウェラーは自らとマスターを結ぶ関係を明確な言葉として処理出来なかった。形容し難い何か。浮かんでは消える候補達。語彙の少ない自らに小さな無力感すら覚える。もどかしい。AIの中枢機能にエラーが出る。適切な処理をして回復しても、同じエラーが繰り返される。それは、機械としての己に殉じ、粛々とアストラの命令を実行しようとすると必ず出る。
 知性ある魔導端末は思考を加速させる。エラーの山が築かれ、処理システムに異常が検出される。
 アストラ・ガレリアンの歩みを助けると決めた。その身勝手な生き方を貫く為にあらゆるモノを犠牲にすると決めた。彼が満足する為なら、彼自身すら犠牲する事も認めた。最後には擱座するだろう彼の最後を看取る覚悟も決めていた。
 マスターの満足が自分の満足だ。
 自分が満足していないのなら、マスターも満足していないという事に他ならない。
 乱暴な理論だ。理性的ではない。現状を都合の良く解釈して、危険な希望的観測すら織り込んだ、悪質な結論である。
 マスターが道を違えた時、進むべき道を誤ってしまった時、正す事こそがインテリジェントデバイスの本当の役割。そうやって、これまで多くの者達に批難されて来た。
 マスターが思うように生きる為の道具。アンスウェラーは自らをそう呼んで来た。それは間違っていない。
 だが、思うように生き続けさせる事が出来なかった。
 その事に、そうなってしまう事を見逃していた今に、アンスウェラーは後悔を覚える。
 今も陸士部隊の中で語り草になっている高町なのはとアストラ・ガレリアンの《子供の私闘》は、止めるべきだったのか。その無謀な生き方を、祖父の遺言に束縛されて生きるのは止めろと、彼を《否定》すべきだったのか。
 祖父の感情を引き継ぎ、彼の言葉を律儀に健気にひたむきに護った少年の成れの果てが、アンスウェラーが望んだモノなのか。
 《結果》を求めなかったのは、何もアストラだけではなかった。
 アンスウェラーもまた、《結果》を望んでいなかった。考えていなかった。
 《結果》を無視して、《工程》のみを求めた一人と一機の終着地。それが、今だ。
 スカイトラスト・エンブレイスが、アストラが狂っているのなら、そのデバイスも狂っていると辛辣な評価を下していたが、もっともだ。彼の観察眼は実に正しい。
 主が破滅する事を知りながら、アンスウェラーはその道に主を導き、その道を進めるよう主を支えた。主が満足を覚えて、その末に擱座するのなら、それこそがマスターの幸せである事を信じていたから。
 知性ある魔導端末なのに。アンスウェラーは、何時からか思考する事を放棄していた。
 マスターのオーダーが最優先。その他はすべて些事。障害はこの突撃槍に賭けて貫くのみ。
 そうしていれば楽だった。強情過ぎて、一直線過ぎて、出来ない事に挑戦している時の笑顔が眩し過ぎる愛するマスターを、ずっと、ずっとずっと見ていたかった。
 その結果がこれだ。
 マスターは道を違えてはいない。道を誤ってはいない。出発点は育ての親の遺言だったのは間違いないが、彼は己が正しいと思った事を全力で遂行しようとしただけだ。

『クイント女史。貴女があの時我がマスターに伝えようとしたのは、こういう事でしたか』

 ともすれば滑稽に映るアストラの生き方を、素敵だと言ってくれた彼の恩師。高町なのはと並ぶアストラの理解者。存命していれば、きっと素晴らしい師となってくれたであろう女性。
 人格を否定せずに、行動を変える。
 それこそが、アンスウェラーがアストラにやらなければならなかった事だ。
 クイント・ナカジマの教えをアンスウェラーが実施していれば、こんな事態にはならなかった。
 エラーが加速する。処理が追随しない。四割の機能がフリーズする。
 アンスウェラーは《破損》している。自己診断プログラムは正常に稼動しているが、そうした機械的な理屈ではない。機械なのに、機械的な箇所が破損した訳ではない。
 このままでは嫌だ。
 このままでは終われない。

『──こんな筈では、なかった』

 寝静まった主を前に、知性ある魔導端末が後悔を吐露する。
 認めない。
 認めるものか。この緩慢な壊死を迎えるしかないマスターの今を認める訳にはいかない。
 こうなってしまった責任は、すべて自分だ。困難極まる道を護って照らして貫くと豪語しておいて、このザマだ。デバイスとしての解雇も、なるほど、肯けるものがある。
 《結果》が欲しい。第四分隊を救っただけでは足りない。JS事件で防衛ラインを支えた功績でも不足している。かつて高町なのはと互角に戦えた事実でも駄目だ。アストラに明確な目標を定めさせ、それを目指させる。
 でも、もうアストラは戦えない。戦える身体ではない。やり直しは出来ない。
 なら、やり直すのだ。
 こんな筈じゃなかった今を、無かった事にするのだ。
 先代オペル・ガレリアンが存命した頃でもいい。
 オペルが亡くなった直後、ゼスト・グランガイツが家族にならないかと誘ってくれた頃でもいい。
 デバイス暴走事故の頃でもいい。
 紅の鉄騎にアクセラレータを教わった頃でもいい。
 高町なのはとの私闘の頃でもいい。
 クイント女史が存命の頃でもいい。または例の事件で死亡した後でもいい。
 もうなんでもいい。
 こんな筈じゃない今を否定するに足る世界なら、なんでもいい。
 冷静であれば、何を馬鹿な事と嘲笑に伏しただろうこの選択を、今のアンスウェラーは何の逡巡も無く採用する。
 だって、それを現実に出来る手段があるのだ。
 そして、《共犯者》も、きっとこの話には乗る筈だ──。



 ☆



 二人の三等空尉が帰った後、フェベルは何をする訳でもなく、薄暗い病室にいた。ベッドの上で膝を抱えて、ただ眼前の虚空を見詰める。
 嫌悪される事すら覚悟したフェベルの独白を、しかし、あの二人は蔑む事は無かった。ただ納得していただけだった。ヴィータの不調に納得して、そうなってしまった原因に同意して、フェベルの気持ちを理解して。でも、ちゃんと話をして欲しいとだけ言い残して、二人は職務に戻った。
 良い子達なのだろう。ヴィータを心から慕い、ヴィータ自身も、きっとあの二人を可愛がっていたのだろう。
 でも、だからこそ。自らの心中を包み隠さずに吐露したフェベルには劇薬だった。
 どうせなら、思う存分罵声を浴びせて欲しかった。
 非力な癖に。
 魔力資質も何も無いただの情報管制官の癖に。
 ただ見ている事しか出来ない癖に。
 それなのに、知った風情でヴィータを罵倒し、すべての原因を彼女に押し付けて。
 そうして──自分の《罪》から眼を背けているだけではないか。
 そんな風に罵倒された方が楽だった。
 ラナに言われたのだ。憔悴し、焦燥が滲んだ表情で、吐き捨てるように怒鳴られた。

 ──何で一番距離の近いあんたが何も分かってないの!?

 本当なら、アストラと恋仲である自分が、彼の異常に気付いていなければならなかった。最近の睡眠障害も、ただの疲労と、いつものサボり癖の延長線だろうと都合良く決め付けていた。
 その結果がこれだ。
 彼を止めなかったのはアンスウェラーではない。自分──フェベルなのだ。
 アンスウェラーは確かにアストラのインテリジェントデバイスだ。マスターが道を違えた時、見失った時、指針を伝える魔導端末だ。譬え人工の心を搭載しているからと言っても、使役される物だ。彼にすべての原因を求めるのはあまりにも酷である。
 フェベルが止めなければならなかったのだ。
 フェベルが気付いていなければならなかったのだ。
 自分の幸せに溺れて、アストラの異変に気付かなかった。
 ただ泣いて喚いて誰かに責任を求める事しかしなかった矮小なる人間。
 一番近くであの笑顔を見たいと思ったのなら、一番にその笑顔を護らねばならなかった。
 それを怠って。そうして、今がある。

「こんな筈じゃ──なかった」

 嫌だ。こんな今は認めない。
 あの不遜な笑顔はもう見られない。アストラがあの横顔を浮かべる事は、もう金輪際無い。
 生きているだけでも充分だ。それ以上を望むのは贅沢だ。ヴィータに激情を吐露した時、フェベル自身がそう思ったのだ。
 でも、と。今は躊躇する。
 いや──否定する。
 アストラには生きていて欲しい。ずっと自分と一緒に生きて欲しい。
 でも、このままでは、アストラはあの笑顔を喪ったままだ。アストラをアストラ足らしめていた大切な要素が欠落するのだ。
 自分が──フェベルが、愚か者だった所為で。
 否定したい今。認めたくない現実。自覚した罪。
 こんな筈じゃない瞬間を自覚した時、フェベルはベッドの上で電子端末が点灯している事に気付いた。淡い液晶画面を操作して、仮想ディスプレイを呼び出すと、極短距離からの音声通信回線が接続された。送信者は──。

「アンス、ウェラー?」
『フェベル・テーター一等陸士、単刀直入に問おう』

 言葉を切って。知性ある魔導端末は、質問を繋いだ。

『我がマスターの今を是とするか? 非とするか?』

 答えなんて、決まっていて。
 その答えを現実にする為の道具が、自分達にはあるのだから。
 その為に今の自分のすべてを失う事になっても、怖くない。
 今のままの方が、ずっと、ずっとずっと怖いから。
 時空管理局を敵に回してでも、今を、否定してやる──!



 ☆



 固体識別名《ジュエルシード》
 種別は次元干渉型。形状はエネルギー結晶体。出力は非常に強力且つ不安定。場合に依っては大規模な次元断層すら発生させる。第一発見者は無限書庫司書長ユーノ・スクライア。
 保管輸送中の事故で第九十七管理外世界に四散。その回収には危険が伴い、負傷したユーノ・スクライアは当時民間人だった高町なのは戦技教導官に協力を要請。高町なのははこれを快諾し、未だ出自不明の高性能魔導端末レイジングハートを使役、ジュエルシード回収に従事。
 その後、当時管理局未登録の航空魔導師であったフェイト・テスタロッサとジュエルシードを巡って交戦。幾度かの戦闘中、二人の魔力出力に反応した一基のジュエルシードが発動し、極々小規模な次元震が発生。
 次元輸送船の事故で第九十七管理外世界に古代遺失物が四散してしまった事実を掴んでいた管理局次元航行部隊は、近隣地区の長期巡航・哨戒任務に就く事となっているL級八番艦船アースラに現地観測を指示。それ以降の対応は艦船責任者リンディ・ハラオウン提督に一任。
 高町、テスタロッサの戦闘に、同艦所属執務官クロノ・ハラオウンが介入。テスタロッサは使い魔アルフの支援を受けて逃亡。高町、スクライアの両名は事情聴取の為にアースラに乗艦。以降、民間協力者としてジュエルシード回収に協力。
 この際、直接の発掘者であるユーノ・スクライアからジュエルシードの特性について聴取。一種の《願望器》としての機能を保有している事が判明するが、使用者の望むような形で願望が発現する訳ではなく、蓄積されている魔力を放出して、何かしらの間違った形で願望が成就される事になる──。
 《PT事件》の事件報告書の概要で、ジュエルシードの特性について記載されているのは、其処だけだった。最終的に《PT事件》の首謀者であるプレシア・テスタロッサが九つのジュエルシードを使って次元断層を発生させている事から、このエネルギー結晶体の危険度が如実に分かる。
 また、この事件は時間無制限の情報規制が施されている。事件の根幹部に関する情報は殆どが非公開だ。その理由は倫理上の問題とある。ジュエルシードに関するものではないだろう。
 この事件の当事者だった高町なのは達とは小さな頃から付き合いのあるフェベルは、何となく理解した。違法アクセスを行うという選択肢も無い訳ではなかったが、それでジュエルシードに関する情報が無ければ徒労に終わるだろう。倫理上の問題とやらも、もしかすれば、フェイトやなのはに纏わるものなのかもしれない。
 それを極々個人的な理由で閲覧してはいけない。それこそ、彼女達に対する背徳行為だ。

「……お二人を裏切ろうとしている事に変わりはないんですけどね」

 自嘲で頬を歪めたフェベルは、更に端末を操作する。ジュエルシード消失事件発生直後、無限書庫に要請した資料を呼び出して眼を通す。改めて閲覧するまでも無く、諸々の情報も含めてフェベルは記憶していたが、見落としがないとも限らなかった。
 求めたのは、願望器としての使用方法。
 ジュエルシードに、まともな方法で願望を成就させる機能が無い事は知っている。そして、フェベルが拾得したジュエルシードは一つだけだ。下手を打ってPT事件のような次元震が発生するのだけは絶対に避けなければならない。
 時刻は二十二時を回っている。消灯の時刻は過ぎ、騒がしかった廊下からは物音一つ聞こえて来ない。
 PT事件で開示されている範囲の報告書を読了し、ジュエルシードの詳細な情報資料を読了し、その他ウェブ上から蒐集した第一級捜索指定遺失物に関する情報を読了する。仮想キーボードを、細く小さな指が滑るように弾く。その速度は尋常ではない。仮想ディスプレイをスクロールする情報もまた異常な量だが、フェベルのマルチタスクスキルはそれらすべてを余裕を持って処理していた。
 理知的にではなく、感覚で処理する。日常生活の中で、指を動かす明瞭なイメージを持って指を動かしている人間はそうはいない。情報処理の専門家が複数で処理する量を、フェベルは一人で片付ける。情報処理の基礎を授けてくれたエイミィ・リミエッタの教えを、彼女は今も忠実に護り、自らの糧としていた。
 締め括りとして本局の古代遺失物管理課のサーバーにアクセス。ジュエルシードと類似する古代遺失物の情報を拾得する。

「有益な情報はこれといって無しか」

 ジュエルシードを願望器として正常稼動させる方法。関係する方々に手を伸ばしても、それが分からない。
 フェベルは大きく吐息をつき、伸びをした。ベッドの上で長時間同じ姿勢を保っていた肩や背筋や腰が悲鳴を上げる。まだ全快していない身体が酷使されている今に不満を漏らして来るが、まだ休むのは早かった。
 個人電子端末の側に置かれているジュエルシードが視界に入る。未だにナカジマ部隊長にはその発見と拾得の報告はしていなかった。もうするつもりも無かった。服務規程違反も甚だしいが、知った事ではない。
 シリアルナンバーは21。ルブール美術館から消失したジュエルシードのナンバーと合致する。高町なのはがはじめて封印したジュエルシード。第一級捜索指定遺失物に相当する危険なロストロギア。
 これが、今の自分には必要だ。
 いや、自分《達》には絶対に必要なのだ。
 両手で強く握る。とても強く。壊れてしまいそうなほどに強く。
 その時、電子端末が震えた。自動展開された小型仮想ディスプレイに表示された名前に、フェベルは一瞬だけ躊躇って。三コールの後、応答した。



 ☆



 彼女が出るまでの三コールは、とても長く感じられた。

『はい』

 回線が接続されると同時に、抑揚の無い声がした。
 その心中に、暗澹と憂鬱が渦巻いているのは、嫌でも分かった。
 それは、ヴィータも同じだった。

「……遅くに、悪い」
『いえ』

 ヴィータとの会話を拒絶するような、短い返答。
 それでも構わない。話をしてくれるだけでも嬉しかった。
 仮に、はやてを今のアストラと同じ境遇に陥れた原因がいたとしたら、ヴィータは一切の容赦を捨てて、鉄の伯爵を握るだろう。相手の事情は斟酌しない。断固とした意思で制裁を加える。

「今日、そっちにあたしの元部下が行ったろ?」
『はい。カウテルさんと、ファーラルさんですよね?』

 今の自分があらゆる物事に対して上の空になっているのは、自覚出来ていた。それでも戦技教導官としての任務はある。こんな精神状態ではまともな教導なんて出来る筈も無い。首都航空隊第十四部隊隊長──シグナムから、例の質量兵器《ステイシス》の対策戦術構築を依頼され、所属する教導隊班長と慎重な議論を重ねて、無事に完成している。《ステイシス》を現代技術で再設計した《アンサング》にも充分に対応出来る戦術だ。
 後は、これを鎮圧任務に従事する首都航空隊に指導するだけだ。
 それなのに。かつての部下達──アトラーやヴィルチ達への指導は、ヴィータの体調不良を原因に中止となった。集中力の欠如と注意力散漫。指導する側がされる側に完膚無きまでに叩きのめされたのだから、中止を提言したシグナムの選択は正しい。
 方々に迷惑を掛けている。なのはが第四管理世界の地上本部に出向していてくれて本当に助かった。公私混同の末に仕事が手につかなくなっている姿なんて、戦技教導官に誘ってくれた彼女に申し訳が立たない。

「迷惑掛けた、ごめん」
『……とても、良い方々でした』

 音声のみの通話でも、気配でフェベルが苦笑している事が分かった。

『カウテルさんは、とても一生懸命な方で。航空隊でもああいう人っているんだなぁって驚きました』
「……相当珍しい部類だと思う、あの馬鹿は。アストラを見習っても馬鹿が加速するだけだからやめろって、あたしが隊長やってた時からずっと言ってたんだけどさ」

 模擬戦でも、実戦でも、アトラーの口癖は「ピンチはチャンスの裏返し!」。大太鼓の撥を連想させる警棒型ストレージデバイスを得物に、高い空戦適性能力を活かした撹乱と陽動、突貫を主戦術とする航空魔導師。中距離戦闘、特に射撃魔法の類は得意ではなく、アウトレンジとなると相棒のヴィルチ頼みになってしまう上、至近距離での攻撃力と空中機動の他は水準値をギリギリ確保しているレベルだ。そういう意味では、確かにアストラに通ずるものがあったのかもしれない。
 それでも、あの馬鹿を心の師と仰ぐのは論外だ。そんな馬鹿を相棒にしてしまったヴィルチの気苦労を思うと、ヴィータには彼女に同情してしまう事もあった。
 突撃思考なアトラーを直接支援する火力と身体強化魔法を数多く修得している彼女は、ミッド式では極標準的な杖型ストレージデバイス《トルティニス》を使用し、被弾率が異常に高い彼の為に幾つかのオリジナルの防護魔法を構築している。指揮官としての適性も備えていたので、昔それとなく指揮官研修の話もしてみたが、「やぶさかではありませんが、私が小隊指揮を執る場合、あのヘタレでビビリなバァカが高確率で撃墜されますので」と溜息をついて辞退された。

『私も言いましたよ、同じ事。ファーラルさんも同意見でした。手の掛かる相棒ですって』
「あいつら、陸士校時代からコンビ組んでてよ。スバルとティアナと同じなんだ。違うのは、あいつらほど汎用性が無いって事で、ツーマンセルがデフォって事か」

 アトラー・カウテルは最前線に突貫し、相棒の安全を確保して。
 ヴィルチ・ファーラルは後方支援に従事し、相棒の突撃を最大限に支援する。
 それが基本行動。互いに互いを補填する事に特化してしまった為、他の隊員と組んでも真価を発揮しない。だから部隊運用の時には極力二人を組ませていたし、後任の隊長に引き継ぐ時には、その事を特に強く伝えていた。流石は幼馴染という事だけあって、その阿吽の呼吸はヴィータも舌を巻く。連携技術とそこから弾き出される最大戦力は、二人が保有している空戦ランクの二つ以上上を行くものだ。
 だが、危なっかしい部分も少なくない。二人が部下だった頃、特に熱を込めて指導した。
 他の部下達は誤魔化せても、あの二人だけには見透かされてしまったのは、そうした関係があったからだろうとヴィータは思う。それが情けなくもあるし、嬉しくもある。なのはが眼に掛けている生徒の話を嬉しそうにしている時の心境が、とても良く分かった。

『良い部下さん達じゃないですか』
「……もうあたしは隊長じゃないんだから、ほっとけばいいのによ」

 それでも隊長時代と変わらない敬意と親睦を持って接してくれるあの二人が、本当はとても嬉しくて。迷惑を掛けてしまった事が、申し訳無くて。こんな最悪のコンディションからは早々に脱しなければならないと痛感させられて。
 でも、駄目だ。駄目なのだ。
 アストラを潰してしまった極限身体強化魔法《アクセラレータ》。あれを教え、その効果を最大限に発揮する戦術を与えたのは、自分なのだ。
 アストラの相棒はフェベルだ。仕事では副官として、プライベートでは幼馴染として、彼と接している彼女には、どれだけ謝罪をしても、済む事ではない。
 それでも謝りたかった。それ以外に、ヴィータには責任を果たす方法が見当たらない。
 三日前、アストラの病室で沢山の罵声を浴びせられた。またそうなっても良かった。むしろ、そうしてくれた方が楽だ。彼女も、自分も。

『ヴィータちゃん』
「……ああ」
『ヴィータちゃんは、アストラさんの事、好きですか?』

 覚悟していた罵詈雑言は無い。暗に拒絶する事を示す硬い声音も薄まっている。
 フェベルが何を言っているのか分からなくて。頬が熱くなっている事を自覚した瞬間、ヴィータはフェベルの質問の意味を理解した。

「な、何言って、んだよ。お前」
『答えて下さい』

 そうした話題では、家族から散々言われて来た。特に主であるはやては小さな頃に失恋してから、他人の色恋沙汰に眼が無くなった。シャマルも同様で、シグナムにはヴァイス陸曹との仲を詮索する始末だ。リインは面白がって、最近家族の一員になったアギトと一緒に悪ノリをする。ザフィーラだけが興味を示さない。アルフと上手くいっている余裕だろうか。
 アストラの事は、嫌いではない。
 きっと、好きだと思う。
 でも、これが友達に対する親愛の情なのか、それとも異性に対する思慕の情なのか。判断がつかなかった。それにヴィータははやての守護騎士だ。殆ど壊れてしまっているが、はやてが没するまで、彼女の側にいると誓いを立てている。ヴィータの心を独占して良いのは、はやてだけだ。
 それに、アストラにはフェベルがいる。
 自分の出る幕なんて、無い。

『意気地無し』
「っ……」

 がつん、と。頭を鈍器で殴られたような衝撃が、ヴィータの頭の裏を熱した。

『私も人様の事をとやかく言えた義理じゃありませんけど、ヴィータちゃんは意気地無しです。甲斐性無しです』
「……誰が意気地無しの甲斐性無しだと?」
『だからヴィータちゃんの事だって言ってるじゃないですか。そんなのだと、損しますよ?」

 小馬鹿にした声だった。仮想ディスプレイの向こう側で、フェベルはきっと他人を見下す嘲笑を浮かべているだろう。善良な彼女には似合わない鬱屈とした感情だ。
 導火線に火が付いてしまったヴィータは、それがフェベルの演技であると探る余裕が無かった。元々懺悔を請うように通信を繋げたのだから、精神的余力なんて最初から無かった。

「だ、誰があんな馬鹿好きになるか! あたしははやての守護騎士だ!」
『なら、はやてさんの為なら、何だって出来ますか?』
「当たり前だ!」
『何かしらの事情があって、はやてさんが管理局を離反したとしたら、ヴィータちゃんはどうしますか?』
「っ……そんなの……!」

 そんな事態が果たして有り得るのか。
 仮にそうなったとしたら、自分はどうするだろう。
 はやては大好きだ。昔も今も変わらない。これからも変わらない。
 そんなはやてが管理局の敵に回ったと過程した場合、自分は今の立場をすべて放り出して彼女の側に行けるだろうか。
 行きたいと思う。
 でも、でもでもでも。
 仮想ディスプレイの向こう側で、フェベルが言った。

『ありがとうございます、ヴィータちゃん。意地悪な質問をしてしまって、ごめんなさい』

 声は、いつものフェベルに戻っていた。害悪とは無縁で、誰に対しても朗らかで、明るく真面目な彼女だった。

「……フェベル?」
『ヴィータちゃんはそれで良いと思います。凄腕の戦技教導官で、カウテルさんやファーラルさんのようなとっても良い部下さん達もいて、大切な家族の為でも、それら全部を捨てる事なんて、簡単には出来ないでしょうから』
「何言ってんだお前」
『まだ体調が良くないので、もう休みますね。お休みなさい』
「お、おいちょっと待てフェベル!」

 通信が途絶える。向こう側から一方的に切断される。
 ヴィータは回線切断を告げる仮想ディスプレイを茫然と眺める。
 嫌な予感がした。ただ漠然とだが、嫌な予感が。






 Continues.

 次回、破終了。










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